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調査 2

 ロウが食堂へ向かったあと、ツバキたちは空いている会議室に運ばれたアフランとルファの私物を調べていた。軍に渡すつもりだからか警察では特に調べないらしい。

 脅迫状に使ったと思われる穴だらけの新聞、封筒と紙をすぐに発見し、カオウは回転する椅子に浅く腰掛けて新聞の穴から部屋を見回す。


「決まりだなー」

「チハヤさんが可愛そうね。今頃嘆いていそう」


 ツバキは二人の身元保証書を手に取った。身元保証書には通常、氏名・生年月日・国籍・身元保証人名とその住所・あれば本人の住所が明記されている。


「名前はアフラン・ボナージュとルファ・ボナージュ。十五歳と十三歳か。身元保証人はレント・ボナージュ。父親かしらね」

「レント・ボナージュについては調査中です」


 同席していたロウ直属の部下三号が言った。


 彼女はツバキの正体を知らないが、ロウが時折ツバキを敬うような素振りを見せるので貴族のお嬢様がお忍びで街に遊びに来ているのだと信じこんでおり、本来の生真面目な性格もあって今まで気軽に話したことはない。


 だから今も保証書を持ち上げて様々な角度から眺めたりロウの机にあった拡大鏡を勝手にとって保証書の隅々まで食い入るように見つめるツバキを不審に思っても止めるに止められない。


 カオウには貴族のような気取った雰囲気を感じないのだが、やけにロウに馴れ馴れしいのがなんとなく苦手で話しかけられず、代わりにトキツに視線を送るも、こちらは壁に持たれて大あくびをしていてなかなか気づいてもらえない。


 仕方なく自ら声をかけることにした。


「あのう。保証書に何か気になることでも?」


 まじまじと見つめたまま、ツバキはうーんと唸る。真剣な表情が少しずつ険しくなっていき、二枚とも確認してやっと顔をあげた。


「これ、偽造かも」

「え、まさか」

「紙の材質が少しツルツルしてる。それからここ。左隅の透かしの絵柄が雑」


 部下三号は正しい保証書をどこかから持ち込み、何度も触り、穴が開くほど見比べた。確かにそう言われれば違うような気がする。同じと言われれば同じような気もする。それくらいの些細な差。


「どこだ?」


 これまで興味なさそうだったトキツが身を乗り出してきた。正しい保証書とアフランの保証書を両手に持つが、全く同じ反応をする。


「間違いないのか?」

「間違いないわ」


 トキツは不思議そうに、断言するツバキを窺い見た。


「祭りのときもそうだったが、なんでそんな詳しいんだ?」

「えーと……それは……ちょっと興味があって調べたことがあるだけよ」


 視線を宙に泳がせる。

 すると、部下三号がパチンと両手を合わせた。


「もしかして、ツバキさんの家は製紙業を営んでますか?」

「はい?」


 謎が解けたと言わんばかりに明朗な声を上げられ、思わず聞き返す。


「紙幣や公文書の用紙は特殊な造りで、製法を守るために限られた家が代々受け継いでいると聞きます。ツバキさんのお家はそうなのでは?」


 だからそんなに詳しいのでしょう? と目をキラキラされては「う、うん?」としか反応できず、それを肯定と受け取った三号は自分の推理が当たったと思い込み満足げだ。


 背中に刺さる視線が痛い。

 話をそらすことにした。


「で、でもどうして偽造なんてしたのかしら」

「チハヤさんの話が本当なら、二人はれっきとしたバルカタル人なんだから偽造する必要はないよな」

「じゃあバルカタル人ではないってこと?」

「でしたら!」


 部下三号は腕をピンと伸ばして挙手する。


「二人とレント・ボナージュについての調査を急がせます!」


 そう言うなり部下三号は勢いよく部屋から飛び出した。あまりの張り切りぶりにぽかんと見送るツバキ。


「彼女、あんな性格だったのね」


 部下一号二号とは昔からの知り合いだったが、彼女は数か月前にロウ直属の部下となったばかり。

 いつもロウにびくびくしている印象しかなかったが、純粋で何事にも一直線な人だったらしい。


「それで、公文書に詳しい本当の理由は何です?」

「蒸し返すのね」

 

 催促するように眉を上げるトキツへ恨みがましい目を向ける。


「二年くらい前、チハヤさんの食堂で働いたらしいですね?」


 追い討ちをかけるような一言で、ツバキは弱味を握られたとばかりに怯む。


「聞いたのね。その時、身元保証書がどうしても必要で……いろいろと……そのう」

「偽造したのか!?」

「言い方が悪いわ。紙と役所の印は結局本物を使ったもの」


 調べた結果本物を使わざるを得なかったという言葉は飲み込んだ。

 

「それはつまり、記載内容は嘘だと」

「もういいじゃない。そんなことより今は二人のことをもっと調べなくちゃ」

 

 それでもトキツはぶつぶつ言っていたが無視し、他に何か発見できないかと持ち物を探ると、二人がバルカタル語を勉強していたらしい紙の束を見つけた。

 明らかに習いたてとわかる拙い文字。

 二人は学校に行っていないから、チハヤや店の子たちに教えてもらっていたようだ。

 接客時の言葉や食材の名前、日常会話などのメモがびっしり書いてある。

 冗談やスラングなども律儀にまとめており、ツバキはクスリと笑った。


 続いて櫛を手に取る。

 丸みを帯びた形状と飾りから女性用のものとわかる。母親の形見かと思うと自然と丁重な扱いになった。

 そっと裏返すと、ある紋章が目に止まる。

 菱形の中に五芒星が描かれた形。


「どこかで見たことがあるような……」


 ツバキは記憶をたどるが鮮明には思い出せない。

 箱の中をさらに確認していくと、バルカタル語ではなくケデウム語だけが書いてある紙を発見した。現在では使われていない文字が時折混ざっていて読みづらいが、ゆっくり読んでいく。

 ある村の名前で目が止まった。


「ロナロ……?」


 頭をがつんと殴られたような衝撃が走る。

 紙を持つ手が震える。


「本当にあったんだ」


 誰に言うともなくつぶやく。

 幼少から国の歴史や地理を事細かく習ってきたツバキは、その村を覚えていた。

 その人たちが、かつてどういう目にあったかも。

 

「彼らはロナロの民だったのね」

「ロナロ? どこにある?」


 ツバキはトキツの問いには答えず、呆然と紙を見つめる。

 ロナロはかつて、バルカタルに迫害された村だった。

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