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本領発揮 2

戦なので人がたくさん死にます。描写は抑えていますが、苦手な方はご注意を。

 ウイディラ軍から見たバルカタル軍は滑稽だった。


 自慢の魔法は無効化石をはめた盾に吸収され、近づけば銃に撃たれる。防御魔法で銃弾を防ごうにも、弾にも無効化の力があるので二発目は防ぎきれず、体内に残れば治癒魔法も役に立たない。

 魔法が悉く効かず慌てふためく姿は失笑に値する。


 リロイより魔力は優れていると聞いていたのにこの有様。このまま前進し、左右から包囲すれば勝てると誰しもが思っていた。


 指揮官が全軍前進の号令をかけようとした、まさにその時。

 突然、炎の壁が現れて視界を遮った。


 バルカタル軍との間に広がる炎は、盾を構える部隊から十メートルと離れていない。

 一斉射撃して魔法を消していくが、一部が消えてもすぐに元に戻り、視界を遮る。


 戦とは思えぬ静けさ。大砲を炎の向こうへ撃っても、着弾した音はするが悲鳴もあがらない。揺らめく炎の熱がウイディラ兵たちの心を惑わす。

 まさか逃げ帰ったのか? と誰かがつぶやいた。


 すると。

 影が、炎から飛び出した。

 それが人だと理解するよりも早く、指揮官の近くにいた兵たちが血しぶきを上げて倒れていく。


 予測不能の動き。しかしながら、一分の隙も無駄もない。

 銃しか持たない兵は反撃する好機を見い出すことも叶わず、遠くから狙おうにも照準が定まらずただ目で追うばかり。


 影が……ロウが止まったときには、周囲に生ある者はいなくなっていた。

 五十以上の兵たちが、魔王への生贄のように血を流して()している。

 ロウは遠巻きに立ち尽くしていた者たちへ向けて、邪悪な笑みを浮かべた。


「どうした? 殺しに来いよ」

「ひっ!!」


 指揮官は、彼から漂う禍々しい妖気に畏怖して膝を折った。

 静止している今なら銃で狙えるはずなのに、体が震え言うことを聞かない。武器を構える素振りを見せようものなら目で射殺(いころ)されてしまいそうだった。


 だが指揮官がいたのは軍の中央。他の部隊はと視線を遠くへやると、防御魔法で身を守り火の壁から躍り出たバルカタル兵たちが、虚を突かれたウイディラ兵の盾部隊を授印の健脚で押し崩して乗り込んできていた。

 魔王ほどでないにしろ、剣での接近戦でウイディラ兵を圧倒している。


「……バルカタルは魔法だけではないのか」


 魔法にしか興味のない国。

 指揮官はバルカタルのことをそう思っていた。しかし、魔法が優れているからこそ、剣技を磨く余裕がある。それをウイディラは完全に見誤っていた。バルカタル軍は剣の腕前も一流の者ばかりだったのだ。


「だが、まだ」


 指揮官は己を奮い立たせた。

 数は少ないが、ウイディラにも魔法を操る者がいる。この戦に向けて、強力な攻撃魔法を使う精鋭を集めた。先の戦で得たリロイの兵もいる。彼らなら、バルカタルとも魔法で対抗できるはず。

 バルカタルはウイディラのことを、銃しか扱わない軍だと思い込んでいる。今度は、ウイディラが彼らに目に物見せる番だ。


 指揮官は意欲を高めて号令を出す。

 兵の一部が銃を下ろし、両手で人の頭ほどの水球を作り出した。

 しかし。 


「ヒャハハハハハハハハ!」


 上空から笑い声が聞こえた。

 何事かと振り仰げば、バルカタル兵の軍服を来た青年が赤虎にまたがりはしゃいでいた。

 直径十メートルは越える、巨大な氷の塊を作りだして。


「まずはさっきのお礼にこの大砲ぶっ壊さなきゃなあ」


 造形の綺麗な顔からは想像できない大胆な発言が飛び出す。

 彼の琥珀の瞳は人とは思えない輝きを放ち、艶のある漆黒の髪からは獣の耳が生えている。


 人に転化した黒豹、コハクだった。


 コハクは自分が死にかけた原因を遥かな高みから見下ろす。氷の塊は大砲の比ではない。


「いくぜ!」


 その言葉と共に氷の塊が落下、ドガアアアアアッと音を立てて大砲が潰れた。

 衝撃で周りにいた兵たちが映画の爆破シーンさながらに吹っ飛ぶ。


「っは~! スッキリした!! ……さあて、次はっと」


 コハクは首をゆっくり回すと、鋭利な氷の槍を何十個と浮かべた。

 

 成人男性の身長ほども長い氷槍、狂気に満ちた目の男、地にいる兵たち。


 まさか、と誰しもの脳裏に同じ答えが浮かぶ。


 コハクは八重歯をのぞかせながらくつくつと笑う。

 ボタンを全開した軍服の隙間から見える浅黒い肌は艶かしく、人を惑わす堕天使のような危うい表情で唇を舐める。


「ほらほら。逃げないと死ぬぜ」


 次々と氷の槍が降下し始め、逃げ惑う兵たちの体を貫いた。

 氷を伝う血が地面に(よど)みを作っていく。

 魔力のない者は魔物の姿を見ることもできないため、いつ、どこから氷が降って来るかもわからない。目の前にいた仲間が突如倒れるでもなく串刺しにされて事切れる異様な光景は、ウイディラ兵の恐怖心を煽り、混乱させた。


 構えていた盾を上へ持ち上げ防ごうとし、無防備になった体をバルカタル兵に斬られる者、味方が近くにいるにも関わらず、上空にいるコハクを狙って闇雲に銃を撃つ者、極限の恐怖に陥り逃げ出す者も出始める。


「ヒャハハ! 逃げろ! 叫べ!」


 コハクがもはや悪役にしか見えない非情さで敵を追い詰める。


 否。敵だけではなかった。


「おいっ。ロウ!」


 前髪を一房だけ垂らした大佐が、なんとか氷の槍を避けながらロウへ駆け寄る。


「あいつをどうにかしろ。完全に敵味方関係なく攻撃してやがる」

「防御や治癒魔法があるだろう」

「だからって、やりすぎだ」


 ロウは上空を見上げた。授印は完全にこの惨状に酔いしれている。


「元気そうだ」

「そういう問題じゃない!……って、うわっ。こっち来る!」


 槍の雨を降らせていた獣耳男子がロウに気づいた。顔が輝きに満ちている。


「おいロウ、見てるか! たぶんニ百は殺ったぜ」

「楽しいか」

「ああ、楽しい!」


 コハクは笑いながらロウの頭上を通り過ぎていく。ロウは満足げに頷き、苦言を呈する大佐に向き直った。


「だ、そうだ」

「『だ、そうだ』じゃない!」


 がっくりと項垂れる大佐。

 ロウはふんと冷ややかに男を見下ろす。


「それで? 準備は整ったのか」

「ああ」


 大佐は不敵に笑い、目で促す。

 現在、ウイディラ軍は半数に減っていた。魔法を無効化する石を埋め込んだ盾の部隊は壊滅に近い。さらに、城に平行に並んでいた彼らは左右に二分され、バルカタル軍は中央に集まっていた。

 大佐たちは、黒豹の攻撃で混乱していた敵兵たちをさり気なく誘導していたのだ。


 逃げ惑っていたウイディラの指揮官たちがそれに気づいたときはもう遅い。


 ロウはコハクへ思念を送った。

 すると、全ての氷の槍が跡形もなく消え、地に縫い付けられていた兵士たちが糸の切れた人形のようにどさりと倒れ込む。


 そして、攻撃魔法を操る部隊が左右にいるウイディラ軍と対峙するように並んだ。右は大佐率いる火属性の集団、左はロウ含めた水属性の集団。


 各々が最強と自負する魔法で攻撃する気満々で、号令を今か今かとジリジリした表情で待つ。


 背を向けあって整列した彼らの上空には、犬狼に乗るバルカタル軍総指揮官がいた。

 城の結界内におり、この戦いを傍観していた敵兵たちへ向けて、狐目をさらに吊り上げる。

 次はお前たちだ、と脅すように。


 大きく息を吸い、力の限り叫ぶ。


「撃て!」


 鼓膜が痛むほどの轟音と地面が揺れるほどの衝撃が城外の街まで届いた。


 一方は赤、黒、緑など多彩な炎で、一方は水、氷、雪など多種の魔法で敵を飲み込む。その威力はわずかに残っていた盾の力を凌駕し、退却を始めたウイディラ兵たちの姿を人ではない物へと変えた。


 思う存分楽しんで高みの見物をしていたコハクは、高度な魔法が混ざり合い発生した灼熱の風と極寒の気を肌に感じ、胸を踊らせる。


 これがバルカタルが誇る軍なのだとゾクゾクした。

 コハクが軍にいた頃は、魔法の発動タイミングも、威力の強弱も指定されてきた。

 それはどうにも我慢ならないことだったし、平然と人に従う他の魔物たちをバカにしていたこともあった。

 しかしそれらの訓練を経た魔物たちは誇らしげで自信に満ち溢れている。

 もしこれが野生の魔物であれば、号令による一斉攻撃などできないだろう。自分の最高の魔力を出し、なおかつ他の魔法を邪魔せずむしろ融合させるような技など使えるはずがない。


 そういうことか、とコハクは納得した。

 ロウも普段は好き放題やっているように見えて、抑えるべきところはきちんとわきまえている。

 己の信念のために。


 ただロウが他と違うのは、先ほどの攻撃の際、近くの水魔法を吸収して自分の氷魔法をより強力なものへ変換したところだった。


「さすが俺が見込んだ男だ」


 黒豹は高揚した気分で舌なめずりをして、赤虎と共にロウの元へ降りて行った。

 



「ご苦労だった」


 ロウは地に降りて早々獣姿に戻ったコハクへ魔力を与えながら言った。

 赤虎に跨がるためとはいえ慣れない服を着ていたコハクに手を貸し、脱がせてやる。


 そしてすぐ隣でぐったりしている大佐へ冷ややかな視線を向けた。


「さっさと立て。ここからが本番だぞ」

「ちょ……ちょっと待て」


 ぜえぜえ、と大きく呼吸しながら答える大佐。心なしか前髪も萎れている。


「なんでお前は、なんともないんだ」


 バルカタル軍の攻撃魔法部隊は、先ほどの攻撃で全員かなり魔力を消費していた。今は治癒魔法士たちが魔力を元に戻すため奔走している。

 

 けろっとしていたのはロウだけだった。

 むしろ、あの気色悪い魔力がようやく消えたからなのか、清々(すがすが)しくさえ見える。


「思いっきりやったつもりだがな」

「まったく、また負けた気分だ」


 大佐はふうっと息を吹き、前髪の一房を揺らした。


「お前の火の壁もなかなかだったぞ」


 珍しく大佐が謙遜するのでロウがつい言葉をこぼすと、大佐の顔がぽっと赤くなる。


「本当か?」

「ああ。あれのおかげで敵の不意をつくことができた」

「だろう! 同じ量を出し続けるのは至難の業なんだぞ」


 偉そうにふんぞり返る大佐。心なしか前髪が生き生きとしてきた。

 前髪を引っこ抜きたい衝動にかられ、手を伸ばそうとしたとき。


 背後から狐目の総指揮官がぬっと現れた。


「君は銃を扱えるかね」

「いや……」


 声がかかるまで気配を感じなかった。

 驚くロウを気にもかけず、総指揮官は「そうか」と続ける。


「上空で城の結界を破ろうとしていた者たちが、諦めて周囲を探っていたのだがね。どこにも破れそうな箇所はないそうだ。そこで敵の銃を先程集めてみたのだが、扱い方がわからなくてね。陛下が用意しようとしていた銃の部隊も、まだ反対派が多くて今回は連れて来られなかったのだ。いやはや、こうしてみると、やはり陛下のご判断は……」


 うんたらかんたら一人で話し続ける総指揮官。


 要は、これから城へ入りたいが、赤い石の効力のせいで結界を破ることができない。魔法が駄目なら力技で壊すしかないが、剣や魔物の腕力だけでは時間がかかってしまう。

 また、その赤い石の結界を壊せたとしても、どうやらその内側に通常の城の結界があるらしい。そこで、敵が使っていた銃を使いたいが扱える者がおらず、困っているという。


 どうしたものかと総指揮官が腕を組んだとき。


「おーい。やっと見つけた」


 なにやら聞き覚えのある声が聞こえて振り返ったロウは目を(またた)かせた。

 驚いたような呆れたような表情で問いかける。


「どうしてお前がここにいるんだ」

 

 駆け寄って来たのは、トキツとギジーだった。


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