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本領発揮 1

 ウイディラ兵は城の前で平行に並び、前衛は長方形の大きな盾を地面に置いて構えていた。その後ろに長銃を持った兵士たち、等間隔に置かれた五台の大砲。

 これらの武器についてはウイディラとリロイの戦を調査していたので事前にわかっていたことだ。盾には魔法を無効化する赤い石が埋め込まれているはず。


 対するバルカタル兵は攻撃・守備・治癒など様々な種類の魔法の使い手たちが揃っている。

 

 コハクがいたのはその中央。

 彼の前にもバルカタル兵が何百人と倒れている。全員動く気配はなく、何本か手足が散らばっていた。


<コハク>


 思念で呼びかけるが返事はない。


 ロウはコハクを助けようと大鷹を急降下させた。

 しかし、ロウに気づいた大佐が赤虎に飛び乗り行く手を阻む。


「どけ!」

「だめだ! コハクの二の舞になりたいのか!」

 

 大佐はギリッと敵方を睨みつけた。


「コハクは城に着いて早々、派手に暴れ始めた。盾で魔法を防がれても力任せに押し進んでたんだが、突如飛んできた砲弾に気を取られて……」


 あそこまで近づくと狙撃される、と大佐は声を落として言った。


 ロウは思念で呼びかけ続けているが、コハクから未だに返答はない。だが左手首にある印はかなり薄くなっているものの、消えてはいない。


 グイッと手綱を引く。


「あっ。おい、ロウ!」


 男の制止を聞かず赤虎の脇をすり抜けた。


 大鷹の背に身を伏せ、急降下しながら敵とコハクの間に氷の防御壁を作るが、着地する直前、氷の壁は一瞬にして消えた。


「!?」


 間髪入れず銃弾がロウの右腕をかする。

 仕方なく、大鷹に乗ったままコハクを拾い上げた。

 なおも止まらない銃弾の中を何とか切り抜け、安全な距離で着地する。

 直後に大鷹の体がぐらりと傾き、ロウはコハクを抱えたまま飛び降りた。


 すぐさま近くにいた兵士が一人駆け寄ってくる。白い肩章は治癒魔法者である証。綺麗に切り揃えられた長い前髪からのぞく顔はやけに幼いような気がしたが、大鷹は彼に任せ、ロウはそっとコハクを地に寝かせた。


 腹に受けた銃創からは、ぬるりとした血がドクドクと溶けた鉛のように流れていた。すでにロウの手や制服も赤黒に塗りたくられているというのに。


「コハク」


 呼びかけながら手首の印を傷へ押し当てる。

 その手は小刻みに動いていた。

 違う、震えているのだ。

 そう自覚した瞬間、底なしの沼に落ちたような恐怖に囚われた。心と体が分離し、今自分がどこにいて何をしているのか、それさえもわからなくなる。


 なぜコハクは寝ているのか。

 なぜ自分は魔力を与えているのか。

 なぜ印から出てきた魔力はコハクの体へ入っていかないのか。

 なぜ────コハクは息をしていないのか。


「ロウ!」


 ガッと肩を掴まれて我に返る。

 振り向くと大佐がいた。

 彼はコハクを憐れみの目で見下ろしていた。


「残念だが、コハクはもう無理だ」

「なんだと」


 行き場のなくなったロウの魔力が、意思を持った黒煙のように不気味に揺らぐ。

 ゾクッと周囲にいた兵士たちの背筋が凍った。


「もう一度言ってみろ」


 凄みのあるロウの低い声は、彼らを更に震え上がらせただけだった。

 ロウは立ち上がって大佐の胸倉を掴む。


「言えねえのか」

「ひっ!」


 魔力をまとった左手で掴まれた大佐もカタカタと慄くだけ。

 どうしようもない苛立ちが殺気となり、ロウを侵食する。周囲もロウ自身でさえも、この怒りを止められる者はいない、そんな空気が漂い始めたとき。


 ポワ、とロウの右腕に白い光が灯った。

 温かい光は銃をかすめてついた傷を癒やしていく。


「落ち着いてください」


 光を出したのは、先程大鷹の手当に来た若い治癒魔法士だった。

 こんな傷など治す価値もないとロウは睨みつけたが、男はひるまない。


「魔力を与えられないのは、体内に銃弾が残っているからです。大鷹はかすっただけなので、治せました」


 ロウは大佐から手を離し、治癒魔法士に向き直る。

 男はよく見るとまだ十代の少年のようだった。戦の場に似つかわしくない幼い顔がロウを冷静にさせる。


「どういうことだ」

「弾にはおそらく無効化の力があります。取り除かないかぎり、魔力を与えることもできません」

「どうしたら取り出せる」

「医療道具はないのでできません。せめて弾を破壊することができれば、ぼくの魔法を使えるのですが」

「壊す……」

「石の力を凌駕するほどの魔力をぶつければ可能ですよ」


 遊び方を教えるような口調に、ロウは眉間のシワを深くした。

 赤い石が砕けたところを見たことはあったが、あれは前皇帝だからできたことだ。さすがに皇帝と同じ力があるとはロウも思っていない。

 だがやらなければコハクは死ぬ。


 いや、既に。


 冷えた空気が体の中を通る感覚が、ロウの思考を停止させた。


「大丈夫、まだ脈はあります。とても微弱ですが」


 ロウが躊躇っていた間に、治癒魔法士はコハクの心臓のあたりに手を置いていた。

 やけに挑発的な瞳を長い前髪からのぞかせている。まるで、そうすることがロウへ力を与えるのだと知っているかのように。


 ふんとロウは彼を見返し、腕をまくった。


 コハクのそばに膝をつき、印を傷口に当てる。

 しかし黒いモヤのような魔力は吸い込まれずロウの手にまとわりついてくる。


 ロウはもっと集中しろと自分に言い聞かせた。


 コハクを初めて見かけたのは四年前。軍に入ったは良いが反吐が出るような貴族の特権意識に嫌気がさし、辞めようとしていたときだ。


 軍用の魔物は、生後すぐ人に飼われ人に従う。規律正しい生活、決められた自由時間、魔法の使用も管理される。狭い世界の中で繰り返される日々を過ごすうち、それが当然だと多くの魔物は受け入れる。

 そんな中、与えられた存在意義に疑問を持ち、植え付けられた常識を否定するコハクを軍の人間たちは厄介者と蔑んだ。


 ただ、自分らしくありたいと切望しているだけなのに。


 一人で抗うコハクの姿がかつての自分と重なった。貴族の専横を受け入れる周囲に、不満を抱くだけだった自分と。


 そしてこう思ったのだ。コハクの力を存分に活かしてやりたいと。

 街の治安を守るという信念だけでは決してここまで続けられなかっただろう。

 コハクがいるからこそ、ロウは無能な上官の理不尽な命令にも従える。 


(まだこいつは力を活かせていない)


 ロウの手から黒い魔力が消えた。

 手の平を返し、魔力を魔法へ変換させ、氷の結晶を作る。

 先程作った氷の壁とは比べ物にならないほど小さな小さな塊。

 しかしその塊に、すべての魔力を凝縮させた。


(まだだ。もっと。)


 くらりと立ちくらみがしても、耐えて更に魔力を込める。

 チャンスは一度だけ。

 すべて出し尽くして、なくなってもいいと思った。

 それだけの覚悟で挑まなければ、おそらく赤い石を破壊することなどできない。

 

 氷は煌めきながら滑らかな玉へと形を変えた。

 そして一点だけ尖らせる。

 さながら氷の銃弾のように。


 ロウは出来上がった氷塊を握りしめると、コハクの耳元へ顔を近づけた。


「あんな弾にやられてんじゃねえぞ、コハク」


 意識がないはずのコハクの耳がピクリと動いた。

 手を開いて氷塊を浮かせる。

 この一撃が、(とど)めを刺すことになるかもしれない。

 それでもコハクの体内の異物を壊すことだけを考える。

 大きく深呼吸をして、傷口へ氷塊を撃った。

 

 衝撃でコハクの体が跳ね、大量に血を吐きだす。


「どいて!!」


 ドンッとロウは突き飛ばされた。

 呆気にとられている間に、治癒魔法士の少年が傷へ白い光を当てる。


「大丈夫です! 効いてます! 成功しました!!」


 少年が涙目で振り返った。

 よくよく見ると、白い光に包まれた傷から金属と赤い石の欠片がポロポロと転がり落ちている。

 少年はいたわるようにコハクの体をそっと撫でた。


「よかった。本当に」

「助かったのか?」

「はい! あとは魔力を与えれば元気になります」


 ロウは少年の目からこぼれ落ちる涙を見て感情を揺さぶられそうになりながらも、コハクへ魔力を与えるため立ち上がろうとした。

 だが緊張の糸が切れたのか、体に力が入らない。

 少年が急に動くなと手で制する。


「大量に魔力を消費されたんです、無理もないですよ」

「回復させられるか」

「ぼくは怪我を治すことはできますが、魔力は無理です」


 ならばとロウは他の治癒魔法士を探すが、ロウを恐れて誰も近づいてこない。

 すると少年がふひひと怪しげな笑い声をあげた。


「ではぜひともこれを飲んでください」


 と言って大きな肩がけの白いかばんから、試験管のような細長い容器を取り出す。入っているのは緑と紫の二層になっている、いかにも危険そうな液体。


 少年はなぜか目をキラキラさせていた。


「これを飲めば魔力が全回復どころか二割増ですよ。さあさあ」


 ぐいぐいとロウの手に押し付けてくる。

 ロウは顔を引きつらせた。


「何が入っているんだ」

「鳴子百合の根と、タイメイ蛙の肝、霊亀をつけた酒に、マンド……いえ、その他諸々にぼくの魔力を注ぎました」

「その他諸々とはなんだ」

「ぼくの薬はよく効きますよ。それに即効性は保証します。ぼくもあなたに話しかける前に恐怖心を取り除く薬を飲んだんです」


 よく効いてるでしょ! と少年はロウの話を聞かず自慢げに胸を張った。なかなか飲もうとしないロウに業を煮やしてコハクに飲ませようとする始末。


「貸せ!」


 ロウはコハクに変な物を飲ませられてはたまらないと奪い取り、一気に飲み干した。


 家畜小屋の匂いを嗅ぎながら亀を舐めたような味がした。


「……………………」


 思わず地に肘をついてしまった屈辱でロウの怒りが頂点に達する。

 もし少年が恐怖心を取り除く薬を飲んでいなかったら、心臓発作で天に召されたことだろう。


 ロウの体が血が沸騰しそうな勢いで熱くなっていく。呼吸がはあはあと荒くなり、汗がにじむ。

 何もしていないのに指先から黒い魔力が(もや)のように溢れ始めた。靄は()るように集まり、糸となる。

 体中に充満した魔力が生き物のように暴れまわっていた。今すぐ出さなければ意識を乗っ取られてしまいそうなほど気味が悪い。


 身を起こしたロウはコハクの体へ左手を置き、体中から溢れた魔力を無理矢理と言っていいほど吸い込ませる。


『うう……』


 コハクの呻き声。

 ガッと目を見開き、バッと起き上がる。


『なんっだこの気色悪い魔力は!』


 ブルブルと全身を振り、ロウを威嚇した。


『××まみれの鯉みたいな味させてんじゃねえぞ』

「お前のせいだろうが」


 ロウは苦笑しながら、すっかり元に戻ったコハクの頭を優しく撫でる。


「心配させやがって」

『…………』


 コハクはむぅとむくれてそっぽを向いた。


『ちくしょう、油断した。今度はぜってー皆殺しにしてやる』

「コハク」

『止めても無駄だぞ!』


 死にかけても懲りないコハクにロウは軽く息を吐いた。寒々しく広がる白い息とともに立ち上がる。


「早く帰るぞ」

『だから……!』


 コハクはまた止められると苛ついて振り返った。

 が、ロウの表情を見た瞬間、目を爛爛とさせる。


 ロウの顔は完全に警察署長らしからぬものになっていた。


「とっととケリつけて、帰るぞ」


 拳を打ち鳴らし、敵陣へ冷徹な瞳を向ける。


「いい加減、我慢ならん。この気味悪い魔力を早く発散させる」


 ロウの気迫に周囲の兵士たちは震え上がった。

 目覚めさせてはならないものが目覚めたと、そう覚悟した。


【お詫び】ロウだけはギャグにしないと決めていたのに、真面目な話が続いて我慢できませんでした。

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