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再生 99 永遠のひとつ

生徒達が慌ただしく動いている。

正確には、下級生や教師達が慌ただしく動いていた。

廊下ですれ違った生徒を見て麗は思う。

「…もうすぐ卒業式か」

先日、三年生を送る会が行われた。

歌やゲーム、部活動ごとの出し物、今までの行事や日常の様子をまとめた映像が流れ、部活動をしていなかったが胸にくるものがあった。

それと、自分は面識はないが、一緒に写真を撮ってほしいと頼まれたことが増えた。恐らく、学園祭などの行事で自分を知ったのだろう。

三年生になった時は実感していなかったが、三学期に入った時くらいから卒業を意識しはじめた。

校舎も、毎日着た制服も、学生寮ともお別れだ。

もちろん、クラスメイトや仲良くなった人もそれぞれの道を進んでいく。

嬉しさと切なさと寂しさが入り交じった感情だ。

「寂しいなあ」

それでも寂しいという気持ちが先に出る。

そう思いながら廊下を歩いていると、向こう側から中西が歩いて来る。

「水沢」

中西もこちらに気づいて手を上げた。

近づくと、どちらからというわけでもなく笑いあう。

「もうすぐ卒業だな」

「うん」

「三年間、あっという間だ」

「…うん」

その時はそう感じなかったが、いざ卒業を前にするととても短く感じる。

「楽しかったことばかりではないと思うが、お前達にとって実りのある三年間だったらそれでいい」

中西の様子が少し変だ。

よく見ると、少しだけ泣きそうな顔をしている。

それを見て麗は苦笑する。

まだ卒業式の前だ。

「泣かないでよ。もう会えない訳じゃないし、隣の校舎じゃない」

麗は、春から同じ敷地内にある大学部へ進学する。

やろうと思えば、毎日でも顔を見せることはできるだろう。

それなのに、中西はしみじみとしている。

「お前達が小さい時から見ていているからな。節目になると成長を喜んだり、涙腺が脆くなったりするものだ」

中西は麗と凛が小さい時から知っている。

仕事で遠くに行っている両親の代わりに、何かと気にかけてくれているのだ。

麗はそれを知っていたから、大袈裟だなと思いつつ、中西の気持ちが嬉しかったのだ。

「卒業式に叔母さんは来るのか?」

「うん」

卒業式には麗と凛の叔母が来る。

仕事で来れない時もあるが、行事や面談など、都合を合わせて来てくれている。

「分かった。もう、帰るんだろう?」

「うん。教室に戻って、後は…、校内をふらふらしてから帰ろうって思ってる」

教室にはまだクラスメイトも残っているだろう。

それに、何となくとしか例えることしかできないが、校内を歩きたかった。

「そうか。じゃあ、気をつけて帰れよ」

中西は優しく笑う。

教師であり幼馴染みである中西が透遥学園にいて良かった。

麗は心からそう思う。

「葵」

麗は中西を呼ぶ。

周りにいないからこそ呼べる名前だ。

「ん?」

「あ、ありがとう」

麗はお礼を言った。

今更言うまでもないが、感謝の気持ちを伝えたかった。

中西は少し驚いた後、また優しく笑う。

「私の方が感謝しなくてはならない。ありがとう」

「じゃあね」

「ああ」

そう言うと、二人は再び歩きだした。


「あ」

目の前を歩く人物を見つけると、佐月は声をだした。

それに気づいて、相手も立ち止まる。

「佐月か」

「こんにちは、実月先生」

佐月は実月に頭を下げる。

相変わらず実月は白衣を着ている。一階の廊下を歩いているということは、保健室に戻るのか保健室から出てきたのだろう。

「お前達も卒業だな」

「はい」

教師や生徒達の間で、一番話しやすい話題は卒業式のことだ。

この時期は仕方ないと思っている。

「お前は水沢達といつも一緒にいるわけじゃないんだな」

実月は前触れもなくそう言った。

どこかで麗や凛と会ったのだろう。

佐月はそう捉える。

「麗様達のことが嫌いなわけではありません。皆、それぞれ都合があります」

毎日、どんな時でも誰かと一緒にいることはできない。

それはクラスメイトや家族も同じだ。

佐月の言葉は当たり前のことだった。

「それに、あたしは一人が楽なんです。…誰かに依存してしまいそうなので」

視線を反らすその顔は少しだけ悲しそうだった。

「あたしはあたしなりに麗様達を見てきたつもりです」

視線を戻すと、真っ直ぐな目で実月を見つめる。

麗達と一緒にいなければできないということもない。

「見てきた、ねえ」

「はい」

どんな時でも誰かと一緒にいることはできないのは知っている。

大人になれば、それが身に染みるだろう。

実月は佐月の言葉を繰り返した。

「ま、それももうすぐ終わるな。帰りは気をつけろよ」

一階の廊下で会い、佐月は鞄を持っている。

実月は、佐月が帰ると思っていたようだ。

「はい、さようなら」

もうすぐ終わるというのは学園生活のことだろう。

佐月は卒業したら、ダンスや躍りに関わる大学に進学する。

佐月にとって躍りは小さい時から身近にあり、自分を表現する方法でもある。

もっともっと学びたいと思っている。

佐月は実月に一礼すると廊下を歩いていく。

「過去形にするには早いんじゃねえか」

佐月の背中を見ながら実月は眉間に皺を寄せて呟いた。


「誰もいないね」

「そうですね」

凛と大野は食堂にいた。

解放されているものの、食堂には凛と大野しかいなかった。

テーブルの上にはいちごオレと烏龍茶の紙パックが置かれている。

凛は教室にいる大野を見つけると食堂に誘った。

食堂の横にある自動販売機で好きな飲み物を買うと、あまり座らなかった真ん中の席に座った。

話す場所ならどこでも良かった。

強いて挙げるなら、何となく。

「もうすぐ卒業だね」

「はい」

「あたしは途中からだったけど、やっぱり寂しいなあ」

凛は二年生の二学期に編入した。

交遊関係ができているだろう中途半端な時期に編入して、最初は戸惑いと不安だらけだった。

双子の姉と同じクラスだったら良かった。

今でもそれは思うことだ。

大野と同じクラスになり、大野は仲良くしてくれた。

その時は自分がWONDER WORLDという物語に関わる恐れがあり、先に物語に関わっていた麗達はそれを避けようとしていたのだった。

そうとは知らずに、二年の学園祭の後に覚醒した。

そして、冬休み。

物語に出てくるティムと同じようにロティルの能力を持つ神崎に襲われた。

怖かった。

誰にも言えなかった。

自分が本の中のことに関係してるなんて言えなかった。

誰も信じてくれない。

そう思っていた。

どうして自分だけこんなことになったのか思い悩んでいたが、後で自分以外の周りの人達がすでに物語に関わっていたことを知った。

神崎に襲われたことは忘れていない。

けど、それ以上に楽しい思い出や、仲良くなった人達との関係性、新しく芽生えた気持ちの方が大事だ。

凛は目の前に座って烏龍茶を飲む大野を見る。

「大野さん、写真撮っていい?」

「えっ?あ、いいですよ」

突然、言われて大野は驚いて瞬かせたが、すぐに答えた。

「やった!」

断られたらどうしようか考えたが、大野の答えを聞いて凛は喜んで椅子から立ち上がった。

「ん?」

椅子から立ち上がった凛を見て大野は疑問に思ったが、隣の椅子に座ったことによりそれが理解できた。

凛は上着のポケットから携帯電話を取り出すと、身体を近づけた。

携帯電話を構え、画面のボタンを押すとカシャっと音が鳴った。

「ありがとう」

凛の笑顔に釣られて、大野もニコッと笑う。

凛は携帯電話の画面を見てニコニコと笑っている。

そんなに嬉しかったのか。

大野がそう聞こうとする前に、凛は顔を上げた。

「あたしが透遥学園(ここ)に来て、初めての友達だもん!嬉しい!」

凛がまぶしい。

初めは麗に頼まれて、物語に関わらないように凛を見ていた。

それだけだった。

けれど、今は違う。

凛と出会えて、仲良くなれて良かった。心からそう思う。

凛と大野の頬は赤かった。


「ショウ!」

自分を呼ぶ声が聞こえて振り返る。

そこにはトウマと滝河がいた。

「トウマ、滝河さん」

階段を下りていた梁木は足を止めると、数段戻り二階に立つ。

「高等部に用事ですか?」

大学生のトウマと滝河が高等部にいるということは用事があるのだろう。

「ああ。……っあ、…あー、ま…いっか」

トウマは頷いて答えた後、何かを思い出して言いよどみ、自分の中で問答する。

「卒業式、俺も関係してるんだ。後は内緒な」

そう言って苦笑する。

どうやら、内密なことらしい。

しかし、内密なことを卒業する生徒に話しても良いのだろうが。

「あ、はい」

梁木は一先ず頷いた。

「もうすぐ、お前達の晴れ舞台だな」

気を取り直したように咳払いをすると、改めて梁木を見て笑う。

「はい」

長いようで短い三年間だった。

その中でも、物語に関わったのは大きいことだと思っている。

図書室にある本の中の出来事が現実に起きている。

それは誰しも最初は信じることができなかった。

見たこともない異形の獣や中世で使われていたような武器、映画で見るような魔法。どれも自分の目で見ているのに、夢の中にいるような感覚だったことを今でも覚えている。

「物語に関わったこと、今でも信じられないこと…、色々な気持ちはありますが、僕は…、皆に出会えて良かったです」

卒業したら、この力は翼はどうなるんだろう。

考えていても、毎日は進んでいく。

それでも、麗や皆に会えて良かったと心からそう思える。

梁木の言葉にトウマと滝河は顔を見合わせて笑う。

改めて言われると照れ臭いが嫌な気分ではない。

「お前達…、特にショウと大野は考え方や心の在り方とか、そういうのが成長したと思ってる」

「物語をきっかけにここまで縁が広がるとは思わなかったな」

「俺もお前達に出会えて良かったよ」

トウマも滝河も笑っている。

「もう帰るのか?」

「はい。あ、校舎を色々見て回ろうとは思ってます」

懐かしむつもりはないが、思い出を振り返ってもいいだろう。

高校生はもうすぐ終わる。

「卒業式間近にはよくあることだな」

「ああ」

卒業を意識すると、懐かしんだり思い出に耽りたくなる。

それは、誰もが通る道なのかもしれない。

だからこそ、トウマと滝河は梁木の気持ちが理解できるし、一緒に行動しようと考えなかった。

「じゃあな」

「気をつけて帰れよ」

「はい」

短い言葉でも気持ちは伝わる。

トウマと滝河は廊下を歩き、梁木は階段を下りて行った。



月代は屋上にいた。

もうすぐ三月とはいえ、まだ風は冷たい。

屋上から学園を見下ろす。

校舎と講堂を結ぶ廊下は生徒や教師が慌ただしく行き来していた。

もうすぐ卒業する。

卒業したら、この翼や能力はどうなるんだろう。

そんなことをずっと考えてた。

冬休みの前に神崎先生の能力は封印された。

生徒会室に向かう者の相手をしろ。神崎先生にそう言われてマーリの能力者と戦った。

マーリの能力者の戦い方は読めなくて苦戦を強いられていた。その記憶はある。

戦っている時、ところどころ記憶が曖昧だった。記憶が途切れている時は、目の前が真っ暗になったようだった。

そして、気づけば校舎の外で倒れていた。

記憶が曖昧になることは前からあった。

自分の身体のはずなのに、自分ではないような感覚になる。

神崎先生が封印された後、物語の続きも読んだ。

マリスは生きていたのだ。

マリスは時の精霊によって命を拾われ捕らわれ、ラグマがマリスを助けに来てくれて一緒にどこかへ消えてしまった。

マリスは自分が認める人物と歩むのだろうか。

そう思えたのと同時に、自分が覚醒した時に現れる白い翼はこのままなんだろうかと考える。

それに、マリスを依り代にした背徳の王という存在はどうなったのか。

分からないことだらけで、考えても考えても纏まらない。

せめて、卒業する前に終わりにしてほしい。

はっきりとしてから卒業したい。


終わらせてやろう。


そう考えていると、近くで誰かが囁く声が聞こえる。

月代の背後から影が忍び寄る。邪悪な影が伸びて月代の目と左胸を押さえる。

誰かがいる。

考えるより先に意識が薄れていった。


不穏な気配を感じて結城は急いで階段を上がっていく。

屋上に出る扉を開けると、そこには月代がいた。

「…月代?」

月代がいる。

しかし、彼から感じる空気は月代ではなかった。

彼には会ったことがある。

身体から吹き出す黒く光る衝撃波と、首には呪印のような古代文字が浮かび上がっている。

そして、光を失った青い瞳。

「ルシファー…」

結城はおそるおそる彼の名前を呼ぶ。

それを聞いた彼は不快な顔で結城を睨んだ。

「随分な口の聞き方だな」

声は月代だが、いつもの雰囲気と違う。

その話し方、雰囲気は覚えていた。

月代の身体に取り憑いた背徳の王ルシファーだ。

それが再び自分の前に姿を現した。

「一体、何の用だ?」

以前、その姿を見た時、僅かに月代の面影はあった。

しかし、今はその面影はかなり薄れていた。

「何の用?終わらせたいという願いを我が叶えてやるのだ」

彼は傲慢な態度で笑っている。

結城は疑問を抱く。

終わらせたいと言ったのは誰なのだろうか。

「(月代が終わらせたいと願ったのだろうか?だとしたら、何を終わらせたいのか?)」

物語を終わらせたい。

この能力を終わらせたい。

それとも、それ以外のことか。

真相は本人にしか分からないが、結城は彼に疑問と不安を抱いていた。

結城の考えをよそに、彼は結城の横を通り過ぎていく。

「闇の力を手にいれ、過去も未来も我が(ほふ)ってやろう」

そう言うと彼は扉を開けて校舎に入っていった。

「……」

不服だが、彼は自分や月代に何をするか分からない。

最悪のケースは避けたい。

結城は彼の後を追っていった。



麗が教室に戻ると、まだ何人かの生徒が残っていた。

他愛ない話をしたり、ロッカーの中に残したままの教科書や道具をどうするか悩んだりしている。

皆、それぞれ卒業するまでの時間を過ごしている。

「あ、水沢さん」

他愛のないおしゃべりをしている女子生徒が麗に気づいて声をかける。

「帰り?」

「うん。あ、校内をふらふらして帰ろうかなって考えてる。思い出に写真を撮っておこうって思ってさ」

そう答えると、麗は上着のポケットから携帯電話を取り出す。

「ねえ、写真撮ってもいい?」

「いいよー」

写真として思い出を形にしたい。

そう思った麗は女子生徒に聞く。女子生徒の返事は早く、それを聞いた他の生徒も集まってきた。

麗は携帯電話を構えて撮影すると、集まった生徒達に近づいて自分も映るように構えた。

「ありがとう!」

「じゃあ、またねー」

簡単に言葉を交わすと、麗は携帯電話を上着のポケットにしまい、机の上に置いた自分の鞄を持って教室から出ていく。

教室を出ると、どこへ向かうか考える。

何となく、校舎を見て回りたい。

そのまま帰ってもいい。

それくらいの気持ちだ。

透遥学園に来た時は、どこに何があるか分からなかったが、今は違う。学生寮も同じだ。

「さて、どこから行こうかな」

講堂は卒業式の準備のために入ることはできないし、帰り道にある温室や学生寮は最後でいい。

「ま、いっか」

特に考えなくてもいい。

そう考えて廊下を歩きだした。

一年生の時に使った教室、二年生の時に使った教室、図書室や礼拝堂を回り撮影していく。

一年生の時は見知らぬ人や見知らぬ環境に戸惑ったり、中学生の時より増えた教科に驚いていた。

学園内も学生寮も広く、慣れるまで大変だった。その時、隣にいたのがシルフが作り出した仮の姿の悠梨だった。

たくさん学んだこともあるし、たくさんの出会いと別れ、思い出がある。

図書室で見つけた物語をきっかけに梁木やトウマ達と出会った。

物語を通じて仲良くなり、一緒に戦い、苦楽を共にした。

卒業したら離ればなれになってしまう。

「皆とも撮っておこう」

撮影しながら階段を下りていく。

階段を下りて一階に着くと、食堂の入口を撮影する。

その回りには講堂と体育館に続く道や購買部のカウンター、自動販売機がある。その場所も撮影していると後ろから声が聞こえる。

「姉さん」

それに気づいて振り返ると、凛と大野が食堂の前にいた。

「凛、大野さん」

麗は二人に声をかける。

「二人は食堂にいたの?」

「うん。そこの自動販売機で飲み物を買ってお喋りしてたんだ」

凛は麗の後ろにある自動販売機を指差す。

今日はやっていないが、食堂自体は解放されている。

「麗さんは何をしてたんですか?」

大野は麗に問いかける。

一人なのは見て分かるが、どこかに行く予定だったのかもしれない。

「私は帰る前に校内をふらふらしたかっただけ。校庭や温室、学生寮は帰りでもいいけど、思い出に写真を撮っておきたかったんだ」

「なるほど」

大野と凛は納得する。

皆、懐かしんだり思い出に耽ったりしている。

自分達も食堂でずっと話していた。

「後、屋上に行ってから今日は帰ろうと思ってるよ」

「あたしも写真撮っておこうかな。大野さんはどうする?」

凛は麗の言葉に興味を示す。

透遥学園に編入して、学園が好きになった。

思い出の場所はたくさん写真に残しておきたい。

「良いですね。私も一緒に行きます」

思い出の場所を撮っておくのはいいことだし、自分も後で二人の写真を撮りたい。

そう思いながら大野は答えた。

「じゃあ、屋上に行こう」

麗は食堂の入口か何枚か写真を撮ると、再び階段を上がっていく。

屋上の扉を開けると誰もいなかった。

もうすぐ卒業とはいえ、まだ外は寒い。

「ここで凛は隊長…、暁さんと特訓したんだよね」

「あれは、きつかったよー」

麗は一昨年、凛は去年の二学期に炎竜ファーシルの能力を持つ暁から特訓を受けた。

それまでも剣や弓矢は使っていたが、きつい特訓のおかげで扱い方が大きく変わった。

今でもそれは役に立っている。

話しながら屋上から見える景色を撮っていく。

校庭や大学部の校舎、行ったことはないが中等部の校舎も撮っておいた。

透遥学園は広い。

中等部、高等部、大学部の校舎、礼拝堂、学生寮など、他の施設も合わせるとかなりの広さだ。

この場所に自分はいる。

そう感じていると、後ろから凛が声をかける。

「姉さーん、そろそろ中に入ろうよ」

いつの間にか凛と大野は扉の近くにいた。

「はーい」

ふと、空を見ると雲が広がり風が強く吹き出した。

これ以上寒くなる前に入ろうと思い、三人は校舎に入っていった。

校舎に入った三人は、そのまま五階の廊下を歩いてから階段を下りることにした。

その時、あることに気づく。

「何、あれ…?」

最初に気づいたのは凛だった。

廊下に真っ白な羽根が落ちている。

一つではなく、何かを示すように廊下に落ちていた。

「あ…!」

廊下を見ていた凛は顔を上げてそれに気づく。

「覚醒してる…」

凛の言葉に気づいて麗と大野は顔を見合わせた。

覚醒している。

だとしたら、この落ちている羽根は小道具などではない。

「行ってみよう!」

慎重に行かないといけない。

麗は考えた末、廊下の先を見つめて歩きだした。

凛と大野も頷いて歩いていく。

羽根を辿って歩いていくと、ある場所でなくなっていた。

麗達は顔を上げる。

そこは生徒会室だった。

「…生徒会室」

扉の先に何かいる。

ただならぬ雰囲気が漂っている。

鋭く突き刺さるような空気だ。

意を決すると、麗は扉の取っ手に手をかける。

勢いよく扉を開けたと同時に、麗からやや離れていた凛と大野が声を上げた。

「シルフ!」

「ノーム!」

扉を開けると、視界を遮ったのは燃え盛る炎だった。

「!!」

麗は急いで魔法を発動させようとする。

しかし、それより先にシルフが起こした強い風が燃え盛る炎を吹き消そうとする。

燃え盛る炎と強い風がせめぎ合い、燃え盛る炎が風を覆って消してしまう。

炎が麗に迫る。

しかし、それより先に麗の前に厚い岩の壁が現れて炎は岩の壁にぶつかって消えてしまう。

岩の壁が消えていき、目の前にいる人物に麗達は目を見開いて驚く。

そこにいたのは月代だった。

「月代さん」

月代はこちらを見て笑っている。

「まさか目的自らこちらに出向くとは…」

瞳の色は同じだが、額や首の回り、手首に見たこともない模様が浮かび上がっていた。

「あれって…」

大野も思い当たることがあり不審な目で見ている。

見た目や声は月代だが、喋り方や態度は別人だった。

「物語で見た背徳の王…」

「じゃあ、月代さんは乗っ取られたっていうこと?」

「恐らくはそうでしょう」

前に見た月代ではないことと、ただこちらを見ているだけで不安や恐怖に襲われる感覚に陥りそうになる。

三人は気を引き締める。

彼は目的自らと言っていた。

狙いは自分達だろう。

「未来を根絶するために我が手を下してやるが、遊びに興じるのも良いだろう」

彼が両腕を広げると、周りから黒い衝撃波が広がり背中に六対の悪魔のような翼が現れた。

空間が歪み、それまで見えていた生徒会室の景色が消えていく。

生徒会室より広い空間が現れ、それと同時に彼は動いた。

「速い!」

月代はマリスの能力を持っている。

マリスの武器は長剣だ。

しかし、彼は何も持っていない。

呪文を詠唱せずに魔法を発動させるつもりだろう。

「(前に見た時と全然違う)」

何度か月代を見たことはあったが、あの時の雰囲気はなかった。

鋭く突き刺さるような視線と殺意。それは、神崎と戦った時よりも強く感じる。

圧倒的な違いに恐怖を覚えるほどだ。

「フリージング!」

麗が魔法を発動させると、両手から幾つもの氷の柱が現れて彼に向かって加速する。

彼は右手を前に突きだした。

すると、手のひらから大きな炎の球が現れ、麗の放った無数の氷の柱は溶けて消えていってしまう。

「力を使うための言葉、か。随分と面倒なものだな」

彼はただ呆れている。

彼が翼を広げると、それを見計らったように凛のネックレスが弓矢に変わり、矢を引いて構えた。

「(シルフ!力を貸して!)」

凛はそう思いながら矢を放った。

放たれた矢は風に包まれると渦を巻いていく。矢は分散すると彼の頭上に降り注ぐ。

それを見た彼は鼻で笑い、その場で翼を羽ばたかせた。

重々しい風が吹き荒れ、凛の放った風の矢は消えていく。

「その力、風か…」

彼は地面に降りて考える。

地面に足をつけたのを見た大野は、一瞬にして虚空から大鎌を生み出した。

それを構えると大きく振った。なぎ払った場所が大きく揺れ、地面が剥がれていく。風の刃が生まれると彼を狙う。

彼は動じることなく迫る風の刃と大きな岩石を睨んでいる。

「……」

彼は右手を握るように動かした。そこから禍々しい黒い炎を纏った長剣が現れる。

それを右手で構えると、真横に振った。

剣から黒い炎が吹き出すと壁のように彼の前に広がっていく。

黒い炎の壁によって大野の放った風の刃と大きな岩石は跡形もなく消えていってしまう。

シルフの力で強化した矢もノームの力が込められた大鎌も効かない。

精霊の力をもってしても彼の前には届かないことに麗達は驚愕した。

黒い炎の壁が消える前に僅かに炎が揺れた。

殺気がこちらに向かっている。

そう感じた麗は意識を集中させて長剣を出した。

「!!」

剣を顔の前で構えたと同時に目の前が熱くなる。

彼が黒い炎から剣を構えてこちらに向かって飛び出していた。

目の前に黒い炎を纏った剣がある。

熱い。

そう思いながら彼の剣を弾こうと力を込めようとした。

「そんなもので抗おうとするか」

彼は笑いながら身体を押すように力を加えた。その力と黒い炎によって麗の剣は真っ二つに折れてしまう。

「嘘?!」

麗は信じられないような顔で後ろに下がる。

それを逃がさないと、彼は左手を伸ばして麗の上着の襟を掴もうとした。

しかし、その時、どこからか声が聞こえる。

「ブレスウインド!」

その声と共に麗の前に大きな風が起こり風の刃が現れ、彼に向かって放たれた。

「慈母が施すのは聖なる防壁、クロスシールド!」

別の声が聞こえると、麗の前に一枚のカードが宙を舞う。

カードが光ると、そこから光り輝く十字の壁のようなものが現れる。

彼の剣から黒い炎が吹き出すと風の刃をかき消し、光り輝く十字の壁にぶつかって激しい音を立てている。

麗達はその声に聞き覚えがあった。

後ろを振り向くと、そこには佐月と中西がいた。

「佐月さん!葵!」

佐月と中西は麗達に駆け寄ると、彼を見る。

「大丈夫ですか?」

「あいつは月代…なのか?」

佐月と中西は疑いの眼差しで彼を見つめる。

今まで見ていた月代と別人のように違っていた。

「恐らくだけど、背徳の王ルシファーによって意識を乗っ取られたんだと思う」

麗の言葉に佐月と中西は耳を疑う。

背徳の王ルシファーの力を得た月代は、物語の中で街を壊滅し、レイナを手にかけてしまう。

佐月も中西も戸惑っている。

ただそこに立っているだけで威圧しているように感じる。

それに、レイナを手にかけたということは麗にも同じことが降りかかる恐れがある。

それは絶対に阻止しなくてはならないことだ。

能力を封印できるのはトウマだけだ。トウマが高等部にいればいいが、いない場合は五人で戦わなくてはならない。

「五人いれば我を倒せる。そう考えているな?」

彼は辺りを見回してから笑う。

まるで、麗達の意思を読まれているようだった。

どうすればいいか考えるより先に動いたのは佐月だった。

「(物語のことが現実になっちゃいけないんだ!!)」

それが現実にならないようにしてきた。

麗は守るんだ。

絶対に。

「バニシュヴェール!」

佐月が魔法を発動させると、五人の頭上に白く輝く光が降りかかる。

すると、五人の姿が少しずつ消えていく。

「(身体が消えていく…?)」

「(姿を隠す魔法なんだ)」

「(これなら…!)」

初めて耳にする魔法だが、自分達の身体が消えていくと、その効果を理解する。

動くと音が出るかもしれないし、攻撃を仕掛ければ自分の居場所がばれてしまう。

しかし、これは一つのチャンスだと考えた。

「ほう…姿を隠す術か。これではどこにいるのか分からぬなあ」

彼は驚いたり戸惑う様子はなく、ただ周りを見ている。

足音は聞こえない。

気配も消えている。

しかし、彼は気づいていた。

自分ではない魔力が散らばって充満している。

その時、背後に強い力が生まれた。

「フリーズランス!!」

彼の背後から現れた無数の氷の槍が背中に直撃する。

直撃した音と重なって中西の声が聞こえる。

「連なる流星、瞬く閃光、蒼穹へと導いて闇を撃ち落とせ…!メテオストライク!!」

中西が力強く地面を蹴ると、一瞬にして跳躍して彼の間合いに入った。

彼の腹部に目掛けて力強く蹴り上げた。

麗を死なせたくはない。

その気持ちは中西も同じだった。

中西は彼の背後に回ると、首をめがけて地面に叩きつけるように蹴り落とす。

地面に落ちていく。

しかし、翼を広げて羽ばたかせるとその場で止まって体勢を整えた。

彼が握っている剣から黒い炎が吹き出すと、彼の周りを覆いはじめる。

それは螺旋を描くように回ると激しく燃え上がって放たれた。

「シルフ!!」

激しく燃え上がる炎が迫り来る。

凛は側に待機しているシルフの名前を呼んだ。

シルフは迫り来る黒い炎を消そうと風を巻き起こした。

しかし、それより速く黒い炎が辺りに広がっていく。

『きゃーーーっっっ!!!』

複数の叫び声が聞こえ、何かが壁にぶつかる音がする。

佐月の魔法によってそれまで麗達の姿は見えなくなっていたが、徐々にその姿が見え始めていた。

「佐月さんの魔法が消えた?!」

それにも驚いたが、ドンという何かがぶつかった音も気になる。

麗は周りを見ると、火傷を負い頭から血を流している佐月と中西が倒れていた。

「佐月さん!葵!」

麗は後ろを向いて二人に駆け寄ろうとする。

その時、麗の横を何かが駆け抜けた。

「えっ…?」

麗はもう一度、振り向いた。

「サラマンドラ!」

その言葉と共に彼の真下に赤く光る魔法陣が描かれる。

「!!」

彼は避けようとするが、身体は動かない。

足元を見ると、彼の影が伸びて足首や翼を掴んでいた。

「この力…我の知らないものだな」

戸惑ってはいないものの、その力に驚いていた。

魔法陣が強く光ると、そこから炎の渦が巻き起こる。

炎の渦が螺旋を描いて彼を包んで激しく燃えている。

姿も見えないし声も聞こえない。

「トウマ!」

麗は声をあげる。

「大丈夫ですか?!」

近くで声が聞こえて横を向くと、梁木が立っている。

「ショウ!」

「麗さん!二人は大丈夫です!」

麗の近くで大野の声が聞こえる。

振り返ると、倒れている佐月と中西の元に大野がいた。

大野の治癒の力のおかげだろう。佐月と中西の傷口は塞がっていた。

「どす黒い嫌な気配を感じると思ったら、こんなことになっていたか」

「あれは月代さん…、いえ、あんな模様は浮かび上がってなかったような気がします」

トウマと梁木は分かっていた。

炎の中にいるのは月代であるが、物語と同じように背徳の王の力を得たか精神を乗っ取られたのだろうと考える。

炎が揺れ、黒い風が吹き荒れる。

黒い風は激しく燃え上がる炎を巻き込み、押し返して消してしまう。

「炎の力を操る者もいるか」

炎が消えると、そこには彼が立っていた。

全身に火傷を負い、幾つか腕や足の布は焦げていたが、痛みで動けないというようではなかった。

彼の足首や翼を掴んでいた影が消えていくのと同時に、別の場所から声が聞こえる。

「ホーリーブレード!!」

彼は勢いよく振り返る。

いつの間にか彼の死角には剣を振り上げた滝河がいた。

滝河が持つ鏡牙がまばゆい光に包まれている。

鏡牙を振り下ろすと、冷気を帯びた光の刃が幾つも現れた。

「滝河さん!」

凛と大野も滝河に気づく。

麗の横を駆け抜けたのはトウマと滝河だった。

冷気を帯びた光の刃が彼に直撃する。

それと同時にトウマも動いていた。

「ウィスプ!!」

トウマはその名前を呼んだ。

すると、天井に巨大な光の魔法陣が浮かび上がり、奇怪な音が響き渡る。

トウマの背後には光の精霊ウィスプいた。

物語の中で、死んだはずのスーマがティムによって召喚され、火の精霊サラマンドラと光の精霊ウィスプを召喚した。

それと同じようにトウマはサラマンドラとウィスプを呼び出した。

精霊を召喚できる凛も同時に複数を呼び出すのは魔力の消費が大きいと言っていた。

呪いが解けたトウマの力はどこまで強いのか。

「光の裁きだ」

トウマの言葉とともに天井に描かれた魔法陣から雷が流れ、槍のように降り注ぐ。

油断はできない。

全員がそう思い、それに続いて攻撃を仕掛けようとした。

しかし、降り注ぐ雷と光の槍の中から声が響く。

「人間というものは力を示すために言葉がいるのか…」

「お前ら!離れろ!」

危険を察知したトウマは声を張り上げる。

「ゴーレム!!」

大野と凛は倒れている佐月と中西の前に立つ。大野の前に巨大なゴーレムが現れ、腕を大きく広げた。

「ならば、それに倣うのも興だろう」

その声から焦っている様子はなかった。

麗達の身体が淡く光り、梁木とトウマも動けるように距離を保つ。

言葉が紡がれる。

「アポカリプス…!」

降り注ぐ雷と光の槍が打ち消され、彼の両手から黒く禍々しい球体が現れた。

それは雷を纏い、そこから無数の黒い槍が放たれる。その数は数えきれず天井を埋め尽くすほどだった。

「足掻け、もがけ」

彼の背後には直方体の炎が現れて吹き出すと、黒い槍の後に続く。 黒い槍と炎は麗達の前に作られた風の壁とゴーレムにぶつかると、一瞬にして消えていってしまった。

トウマと滝河が魔法を発動させようとした時には遅く、麗達に直撃した。

あまりの強さに痛みや苦しみを感じることも、叫ぶこともできない。

黒い槍と炎が消えていく。

「つまらないものだ」

彼が翼を羽ばたかせる。

目の前に広がるのは全身に火傷を負い血だらけで倒れている麗達だった。

「さて、災いを滅ぼすとするか」

辺りを見回して麗達が動かないことを確かめると、彼は奥にあるものを睨んだ。

生徒会室は広い空間が作りだされたが、扉があった場所より先はそのままだ。

上り階段が見え、その先から強大な光の力を感じる。

「忌々しい」

それを不快なものを見るような目で見つめる。

その時、麗の指がピクッと動く。

梁木達の身体も動くと、ゆっくりと痛みに耐えながら立ち上がる。

「ほお…」

彼はそれに気づいていた。

大野と凛の口唇が微かに動いている。

麗達の身体が淡い光に包まれると、火傷や傷口が塞がり痛みが引いていく。

麗も膝をたててゆっくりと立ち上がると、彼を睨みつける。

「絶対に諦めない!」

麗達は諦めていなかった。

「ならば、まずその小さき光から消してやろう」

彼は睨みながら笑う。

それから攻防を繰り返していた。

「ケルベロス!!」

凛の目の前に黒い魔法陣が浮かび上がり、そこから暗い灰色の毛並みのケルベロスが姿を現した。

ケルベロスは天井に向かって吠えると口から黒い炎を吐く。

炎は大きく伸びて横に広がると彼を狙っていく。

麗達は傷ついても何度も立ちあがり、少しずつだが彼に攻撃を与えていた。


しかし、それも長くは続かなかった。


魔法を発動させるには呪文を唱える必要がある。

呪文を唱えなくても発動できるが、その分、多くの力を使う。

集中力が鈍くなりはじめる。呼吸は乱れ、疲労の色が見えていた。

それでも諦めたくなかった。

彼は翼を広げて地面に降りると、大きく息を吐く。

「中々に楽しかったぞ。だが、もう飽きた」

彼は片手を前に突き出した。

何かが来る。

そう思った麗は後ろに下がって避けようとした。

疲労の蓄積で身体が震えている。

僅かに判断が遅れたその時、時間が止まった。

遠くで誰かの声が聞こえたような気がした。


一瞬だった。


彼の放った無数の黒い槍が地面から突きだし、それによって麗の身体は貫かれていた。

気づいた時には遅く、麗は口から血を吐くとその場に倒れてしまう。

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