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再生 98 きらめくアドレセンス

高屋は一時的にノームの力を手に入れた。

目的のための手段である。

そう考えていると、突然、目の前で爆発が起こり、結界がガラスのように砕けて消えていく。

黒煙が広がり、結界に侵入してきたのはトウマと滝河だった。



「誰かと思えば神竜と精竜士でしたか」

高屋はトウマと滝河を見る。

驚いていないのは、こうなることを予想していたからだった。

「やっぱり大野に近づいていたか!」

「お前も物語の続きを知ったな?!」

礼拝堂の前にいる大野を見る。傷を負っていたり何かされた様子はない。

トウマと滝河は敵意をあらわにしていた。

滝河の言葉に高屋は気づく。

「…ということは、二人も物語の続きを知っているんですね。はあ…、保護者気取りは相変わらずですね」

能力を封印したと思っていた。

大学内でトウマを見かけることはあっても、何故か大学内では覚醒できない。

麗達と顔を合わせていないから、少し変化があると思っていた。

しかし、トウマはまるで保護者のように麗達を気にかける。高屋の中で気に入らないことだった。

高屋は溜息吐いた。

「その言葉、そっくりそのまま返してやる。まがいっていうより、ストーカーそのままだな」

それを皮肉と分かっている。

お互いに動じていない。

笑みを浮かべながらも、目は笑っていなかった。

暫くの間、二人は睨みあい、その間に、大野は礼拝堂前の階段を下りて駆け足でトウマと滝河の近くに移動した。

それを見ていた高屋は大きな溜息を吐く。

「いくらノームが協力してくれるとはいえ、神竜に呪印がない今、相手をするにはリスクが大きい」

「ノーム?」

「どういうことだ?!」

ノームという言葉を聞いて、目に見えていないだけで何かが起きたと推測する。

ノームは大野に力を貸したはずだ。

高屋が答える前に大野は二人に説明する。

「去年の五月にも同じことがあったのですが、私の中からノームが現れ、…私とトウマ様を困らせるために、一時的だと思いますが、気まぐれで遊ぶと言ったのです」

一時的だと思いたい。

自分の中からノームが居なくなり、高屋に移動した。

去年の五月と同じことになれば、またその力を身をもって味わうだろう。

「あの野郎…!」

ノームが高屋に協力する理由を聞いて、高屋は右手の拳を震わせ、滝河は怒りながらも呆れていた。

「それと、簡単に結界に侵入したと勘違いしているかもしれませんが、侵入しやすいようにわざと結界の層を薄くしたんです。麗さんは学園内にいる。いずれ、結界に気づいてここまで来るでしょう」

高屋は麗が学園内にいると断言した。

トウマ達はそれに疑問に思う。

麗が凛と一緒に職員室に行くという話は聞いたが、それをどうして高屋が知っているのか。

考えていたその時、再び鈴の音が聞こえる。

「来ましたか」

結界が揺れて二つの影が映る。

結界の中に侵入してきたのは麗と凛だった。

「これは?」

結界の中に入った麗と凛は辺りを見回した。

大野、トウマ、高屋、滝河がいる。

でも、誰かが怪我をしたり疲れている様子はない。

「待っていました」

高屋は麗を見て笑う。

その時、どこからか強い風が吹く。

高屋以外の全員が、急に吹き荒れる強風に思わず目を閉じようとしてしまう。

「…あれ?」

麗より少し後ろにいる凛は何かに気づく。

一瞬だけ麗のうなじにピンク色の模様みたいなものが見える。

「ん?」

もう一度、目を凝らして見たが何も見当たらなかった。

「(今、何かあったような…)」

凛は考えようとしたが、それはできなかった。

高屋が目の前にいる。

意識を集中しなくてはいけない。

「レイ、凛、職員室にいたんじゃないのか?」

トウマは質問する。

二階で別れる時、麗と凛は職員室に行って中西にお菓子を渡しに行くと言っていた。

他にも誰かに渡しに行くと思うが、まさかこんなに早く結界の中に来るとは思わなかった。

「中西先生が講堂にいるって聞いたから、講堂に行ってきたの。講堂から出て、一階の廊下を歩いていたらトウマからのメールを見て図書室に向かおうとしたら、強い力を感じたんだ」

「ぱっと見たところ、何もなさそうに見えるのですが、何かあったんですか?」

麗は自分達のことを説明し、凛は気遣いながら状況を確認する。

「…トウマ様と滝河さんには伝えましたが、去年の五月と同じことになりました。一時的だと思いたいのですが、ノームが高屋さんに力を貸したのです」

『えっ?!』

大野の説明に麗と凛は目を見開いて驚いた。

二人は去年の五月のことを思い出す。

ノームが高屋に力を貸した。

それだけで警戒するには十分だった。加えて、高屋は麗と凛を操ったことがある。

それを知っていて大野と滝河は麗と凛の前に立つ。

トウマは高屋というだけで警戒して皆の前に立った。

「かなり警戒されているようだ」

高屋は自嘲気味に笑う。

今まで麗達にしてきたことを考えれば、全員に警戒されてもおかしくはない。

「今回の目的は水沢姉妹です。物語と同じならば、二人に翼があってもおかしくはない。それに、獣王がどこまで召喚できるのか気になります」

獣王というのは、物語の中で使われるティムの称号だ。

高屋は称号を持つ人物は名前ではなく称号で呼ぶことがある。

物語の続きを読んで、麗と凛にいつか翼が生えるのだろうと考えていた。

また、彼を呼び出すことができたのも興味があった。

「獣王に質問です。能力を封印されていない人物を召喚することはできますか?」

突然の質問に凛は驚く。

それを聞いて、前に結城に聞かれたことを思い出す。

結城はラグマの能力者であり、ラグマの本来の姿はディアボロスという悪魔だった。

結城は自分がディアボロスの姿に変身するかもしれないと考え、精霊や妖精を召喚できる凛に自分を召喚できるかどうか聞いたのだ。

「…やってみないと分かりません」

能力を封印されていない人物を召喚する。

凛は結城のことを言っていると思っていた。

高屋は凛が律儀に答えると思わなかったようで、意外そうな顔をしてから頷く。

「確かに」

それには高屋も納得する。

実際に見てみないと真実は分からない。

「でも、手を打っておいたほうがいいですね」

高屋はそれを握りやすいように腕を広げる。

腕の広げ方に既視感を覚える。

大野が大鎌を握る時だ。

すぐに理解した滝河は、考えると同時に右足を踏み込んで跳躍していた。

「鏡牙!!」

滝河が声を上げると、構えていた場所から鏡牙が現れる。

青みがかった白銀の柄の剣を握ると、そのまま高屋に斬りかかろうとする。

「神竜が来るかと思いましたが、精竜士でしたか」

すでに、高屋の両手には大鎌が握られていた。

高屋が大鎌を大きく振ると、目の前の地面が砕け、地面から幾つもの岩の壁が突き出した。岩の壁のせいで滝河が振り下ろした鏡牙は弾かれ、回転して地面に突き刺さってしまう。

滝河は鏡牙を掴もうとしたが、掴むことはできずに後ろに下がって着地した。

高屋はトウマと滝河の動きを封じようと考え、右手を振り上げる。

すると、トウマ、滝河、大野の周りに岩が現れ、周りを覆っていく。

「なっ!!」

「岩が!」

トウマ達は驚き、いっせいにその場から離れようとする。しかし、それより早く岩が三人の身体を覆っていく。

「…ノームの力」

大野だけはトウマと滝河と違う反応だった。

「あいつじゃなくて、ノームの力なのか?」

トウマは大野の声に気づく。

トウマはこれを高屋の力だと思ったのだ。

「はい」

それに対して、大野は躊躇なく答えた。

トウマと滝河は高屋がやったことだと思っていたが、大野だけはノームがやったことだと断言した。

トウマは自分の状態を確認する。

身体を覆う岩は肩から下が囲まれている。何かを見て喋ることはできるが、身体を動かすことは難しい。僅かに隙間があるので魔法を発動することはできるかもしれないが、この岩が地の精霊の力を持っているとしたら自分に返ってくるか、壊すのに相当の力を要するだろう。

もちろん、剣で斬りつけたり蹴ったり殴ることも難しい。

「魔法を発動することはできても、岩の強度がどれくらいあるか、だな」

滝河もトウマと同じようなことを考えていたのだろう。滝河の足元でガンガンと音が聞こえる。

恐らく、岩を蹴っているのだろう。

「…ノーム」

大野は身体を覆う岩を壊そうと考える。それと同時に、そこまでして自分とトウマを困らせようとする意図が分からなかった。

魔法を発動させることはできそうだが、恐らく、この岩を壊すことはできない。

「(せめて、何かできたら…)」

手を合わせることも膝をつくこともできない。

それでも大野は自分にできることを考える。

ゆっくりと呼吸を繰り返しと目を閉じた。

「主よ、どうかその御力で私達を見守ってください」

礼拝堂を見つめて祈ることしかできなかった。

トウマ、滝河、大野が動けなくなったと同時に高屋は動き出していた。

「フレイムフォール!」

高屋が大鎌を振り上げながら魔法を発動させる。

振り上げた場所から風が吹き荒れ、紅蓮に輝く炎の球が現れた。地面が剥がれ、砕けた地面と炎が合わさり麗と凛に襲いかかる。

高屋の力も加わっていると思うが、ノームの力によって地震が起きたり、地面から盛り上がった岩が壁のように立ち塞がっていて視界が遮られていた。

凛が上を見ると炎に包まれた岩がこちらに向かって落ちてきている。

「ディーネ!!」

凛が声を上げると、ネックレスが光り、ディーネが姿を現した。

ディーネは凛の周りを回ると両手を広げた。すると、そこから水が噴き出した。

岩を包んでいた炎は一瞬にして消え、麗は盛り上がった岩を足場にして跳躍すると落ちてくる岩を次々に斬っていく。

岩は真っ二つに割れると、麗と凛の頭上を避けて落下した。

二人は視線を合わせて頷く。

「(言葉を交わさなくても意思が通じるのは双子だから、ですかね)」

高屋は驚きながらも地面に突き刺さる鏡牙を見る。

地面に突き刺ささったまま、というのが何か引っ掛かっていた。

自分の意識で武器や道具が出せるのならば、剣を出しておく必要はないだろう。

鏡牙を所有している滝河はノームの力によって動けずにこの様子を見ているだけだ。

「(精竜士の属性は水だから、あの剣も水属性の可能性がある。となると…)」

高屋は考えながら小さく呪文を唱えた。

「フレアブレス!」

魔法を発動させると、高屋の周りに炎と風が吹き出し、それが高屋の腕に集まると渦を巻いて放たれた。

炎の渦は広がり、麗と凛、それと地面に突き刺さる鏡牙を狙う。

凛の後ろに浮遊していたディーネは両手を前に突き出す。すると、麗と凛の目の前に氷の壁が生まれ、迫り来る炎の渦をかき消してしまう。

炎の渦が鏡牙を包み込もうとする。

しかし、炎の渦は鏡牙をすり抜けて消えてしまう。

「(…すり抜けた?)」

それを見た高屋に疑問が生まれる。

滝河の所有しているものであれば、滝河と同じ水の力を持っていると考えた。水と反対の炎をぶつければ何か反応があると思っていた。

けれど、結果は考えていることは違った。

「(あの剣から水の魔法が出たり、剣が消えるということではなさそうだ。…それと、獣王が前より力をつけている。対処したほうがいいな)」

炎の渦が鏡牙にぶつかったわけでもなく、すり抜けた。ちゃんと目に見えてるし、先程まで滝河が手にしていた。

自分と同じ幻術か、光の屈折などを利用した現象か。

攻防を繰り返しながら高屋は考えていた。

高屋は凛から離れる。

黄金色のネックレスの形が弓矢に変わると、凛は構えて矢を放った。

「獣王」

高屋は凛を呼ぶ。

それに気づいた凛は高屋のほうを向いた。

「結城先生の能力に、離れた場所の景色を写し出して、いつでもその映像が見れる…防犯カメラのような力があるとしたら、貴方はどうしますか?」

「離れた場所…?防犯カメラ?」

凛は高屋の言葉を聞いてしまう。

「……えっ?!」

その単語から想像できたものに凛は驚く。

少しずつ薄れていったものが鮮明に思い出される。

一昨年の冬に起きたこと。

結城はどこかでそれを見ていたんじゃないか。

「まあ、貴方に何が起きたか僕は知りません。これは本当です。…と言っても、信じてもらえるとは思いませんが」

凛は動揺してしまい、集中力が低下してしまう。

高屋に向かって放たれた矢は別の方向にずれて消えていく。

高屋は本当に知らなかった。

ただ、それを意識させて凛の判断力を低下させるために言ったのだ。

凛の足元が揺れ、そこから岩の杭のようなものが突きだした。

その勢いで凛は吹き飛ばされてしまう。

「凛!」

麗は後ろを振り返ろうとする。

しかし、雷の塊が自分に向かっていて避けるのが精一杯だった。

凛は吹き飛ばされながら、意識を切り替えていた。

「(今は集中しなきゃ!!)」

そう思うと、咄嗟にその言葉を発動させた。

「隠された真実よ!」

その瞬間、凛の背中が淡く光り、そこから真っ白な翼が現れた。

「凛さん…!」

「凛!」

大野と滝河は目を見開いて驚いた。

話は聞いていたが、実際に見るのは初めてだった。

梁木や月代と同じように凛の背中には翼がある。

凛は翼を広げると、身体を起こすように動かした。

「…っと」

翼は神経が通っている。

分かっていても動かして身体を宙に浮かせたり、飛んだりするのはまだ完全に慣れていない。

凛は何とか身体を動かして上空に浮遊する。

「本当に凛さんにも翼が現れたんですね」

高屋は驚いていたが、それ以上に楽しそうな表情だ。

凛は高屋を睨むと、再び矢を構えて弓を引く。

「シルフ!!」

矢を放ったのと同時に凛は名前を呼んだ。

凛の足元から風が吹くと、そこからシルフが現れる。

シルフは高屋を睨むと、右手を前に出した。

放たれた無数の矢が風に包まれると加速すると、高屋の頭上に雨のように矢が降り注いだ。

高屋は意識を頭上に向ける。

すると、高屋の前に岩の壁が現れ、高屋の頭上まで伸びていく。

風を纏った矢は岩の壁にぶつかって落ちていく。

岩の壁のおかげで、一瞬だけ高屋の視界が遮られる。

その隙を見逃さなかった。

麗は岩の塊を避けながら地面に突き刺さっている鏡牙を意識していた。

「(鏡牙が消えていないっていうことは、滝河さんが前に言ってたことだよね)」

約二ヶ月前、それぞれがどんな武器や道具を使って戦うのか話したことがあった。

麗は岩の間を抜けると、地面に突き刺さる鏡牙を抜いて左手で握った。

「嘘っ?!」

「麗さんが、二刀流?」

凛と大野は驚く。

麗がレイナと同じで二刀流なのは知っているが、実際に見たのは初めてだった。

麗の目つきが変わる。

麗は向きを変えて走り出すと、岩の壁の前で強く踏み込む。

凛の近くにいたシルフがそれに続くように移動すると、強い風が吹き荒れる。

麗は両手で握る剣を振るうと風が巻き起こり、岩の壁を切り裂き、そのまま後ろにいた高屋ごと吹き飛ばした。

「(俺の思っていた通り、あいつは気づいた)」

それを見ていた滝河は、小さく拳を握った。

鏡牙が地面に突き刺さった時、鏡牙を消すこともできた。それをしなかったのは、麗が鏡牙を使えると思っていたからだ。

ふと、滝河は隣にいるとトウマを見た。

自分と同じで動けない状況に苛立っているようだった。

「兄貴もあいつらのことが心配だよな?」

当たり前だろ。

自分で質問したが、滝河は自分自身に突っ込みを入れた。

トウマは険しい顔をしながら答える。

「相手は高屋とノームだ。心配はしているが、このままだと動けない。それに、まだ今じゃない」

「??」

今じゃない、というのはどういうことだろうか。

このまま動けないまま能力を封印される可能性はある。

けれど、自分も含めてトウマは何か手を打っている。大野も何か考えてるだろう。

滝河が思案していると、吹き飛ばされた高屋が右手で指を鳴らしていた。

パチンという音が響くと、麗の身体が反応して瞳から光が消えていってしまう。

全身に傷を負った高屋は突き出た岩に着地する。

「麗さんも二刀流だと思いませんでしたし、精竜士が剣を出しておいた理由も分かりました。ですが、僕にもまだ手はあります」

高屋がそう言うと、麗はゆっくりと凛のほうを向く。

麗の表情は無くなっている。それは、麗が操られたということだった。

その間、凛はあることに気づく。

麗が振り向く前に見えたもの。

麗のうなじにはピンク色の模様が浮かび上がっていた。

さっきのは見間違いじゃなかった。

高屋は笑う。

麗を知る度に新しい力に気づかされる。

それなのに、麗は翼を出すための特殊な言葉を発動させていない。

梁木や凛のように翼があれば、色々な可能性がある。そう考えていた。

「さあ、麗さんがどう動くか…」

高屋は指を鳴らした。

すると、それを合図に麗は両手の剣を構える。

凛を見ている。

麗が口を開こうとした時、それまで様子を伺っていたトウマが動いた。

「エイコ!!」

『!!』

トウマがその名を呼ぶと、岩で覆われているトウマの影が伸びて麗の影を捕らえる。

麗の影から手が伸びて麗の両足を掴むと、麗の動きは止める。

それと同時に凛の側にいたシルフは麗の元に移動すると、柔らかな風が麗を包み込む。

「目ヲ覚マシテ…!」

シルフは麗にしか聞こえないくらいの声で呟いた。

柔らかな風が麗に溶け込むと、麗の瞳に光が戻っていく。

「元に戻った…?」

上空を浮遊していた凛はそれを見て驚いていた。

操られた麗と戦わなければならない。

そう覚悟していた。

しかし、トウマの能力と自分の意思と関係なしに動いたシルフに驚いた。

「(シルフは確か、風村悠梨っていう仮の器を作っていて、姉さんの初めての友達って…)」

麗からシルフの話を聞いた。

その時は信じられない気持ちと、麗から聞く風村悠梨の性格とシルフの性格が違うことを知った。

「(もしかしたら、精霊としてじゃなく友達として…)」

精霊に人間と同じ思考があるかどうかは分からない。

でも、何となくだが、精霊としてではなく友達として助けたんじゃないかと思うことができた。

麗は元に戻ったことを確認すると、凛は翼を羽ばたかせて降りていく。

麗の両足を掴んでいた影が消えていく。

「俺が高屋の名を知らないと思ったか?」

トウマは知っていた。

それは予想していたことだ。特に驚くことはない。

「俺の名前も知られていると思ってる。どういうことか分かるよな?」

トウマは高屋を睨んでいる。

この状況は結界を解いても続く。

トウマがエイコと呼んだもの。それは護影法(ごえいほう)で作り出した影だった。

「大野とシルフのおかげで元に戻ったが、お前の力でまたレイは操られるだろうな」

トウマは気づいていた。

操られた麗が元に戻ったのは大野の力もある。

「互いの力比べになりそうですね」

自分がまた麗を操っても、トウマの影が麗を捕らえるということだろう。

時間をかければ結果は見えてくるが、このままでは埒があかない。

高屋はそう思っていた。

「あーあ、面白くない」

トウマと高屋が睨みあっていると、どこからか声が聞こえる。

高屋の身体が淡い緑色の光に包まれると、それは人の形に変わり、藤堂という仮の器の形をしたノームが姿を現した。

「ノーム…」

突然、現れたノームに麗達の動きが止まる。

まだ戦えるが、力の消費は大きい。できるなら戦いは避けたいどころだ。

「もうやーめたっ!」

つまらなさそうに欠伸をすると、ノームは礼拝堂の前に置いてある鞄と紙袋に気づいた。

「これだね」

ノームは礼拝堂の前の階段を上り、紙袋を持つ。

紙袋の中に手を入れると、お菓子の袋を一つ取り出した。

「それはっ!」

大野は驚いてノームを止めようとする。

調理実習で作ったスノーボールは家族にも渡そうとしていた。

「バレンタインは確か、愛を伝える日だったね。 僕はもう大野ちゃんに何度も愛を囁いてるし、もらっても問題ないよね?」

そう言いながら、大野の答えを聞かずに袋の口を結んでいるリボンをほどきはじめる。

袋に手を入れると、スノーボールを一つ取って口の中に入れた。

「あっ…」

岩に覆われていて身体を動かすことはできない。

大野の声は虚しく消えた。

ノームがスノーボールを咀嚼して飲み込むと、少し不満な顔で大野を見る。

「僕はもう少し甘くてもいいけど、これはこれで悪くないね。美味しいよ」

ノームは大野を見てにっこりと笑う。

「そんな…」

大野は唖然とした。

勝手に食べたこと、それを悪びれず笑って食べていること。

ショックだった。

「ノーム!てめえ!!」

トウマの足元でガンガンと音が響く。身体を覆う岩を力強く蹴っていた。

トウマは呆れて怒っていた。

「相良君も大野ちゃんからもらってるんだからいいでしょ?」

ノームはトウマを見て笑っている。

魔法で岩を壊すことはできるだろう。

それをしていないということは、地の精霊である自分に太刀打ちできないことを表していた。

「それに、何もなく食べた訳じゃないよ」

全部食べ終えると、空になったビニールの袋を紙袋に入れて大野に近づく。

「今度、この僕がとびっきりのお返しをしてあげる」

鼻と鼻がくっつきそうな距離でノームは悪戯な笑みを浮かべる。

「だから、待っててね」

ふざけた感じじゃない。

大野は何故かそう思えなかった。

「あ、そうそう」

ノームは自分に向ける視線に気づいて振り返る。

ついで、いたのかどうかも気にしていない様子でノームは別の方へ歩いていく。

地面に置いてある鞄と紙袋に目をつけたノームは、紙袋を手にすると、そこからお菓子の袋を取り出した。

「あ!!」

大野の次に声をあげたのは麗だった。

一袋残しておいたのは、後で凛と一緒に食べるためだった。

『えっ?!』

麗の声に凛達も声をあげて驚く。

何を考えたのか、ノームはそれを高屋に向かって放り投げる。

「……え?」

自分に向かってお菓子の袋が投げられている。

どうしてそうなったのか。

そう考えるより先に、高屋は放物線を描くお菓子の袋を受けとめていた。

「じゃあね」

大野に手を振ると、ノームは淡い緑色の光に包まれ大野の中に消えていく。

ノームが消えた。

そうなると、次に問いただされるのは自分だ。

思わず受け取ったが、それをどうするかも考えなくてはならない。

普段なら考えられることも、今は考えることができない。

返すのもできないし、食べ物を地面に置くのもできない。

こんなことくらいで取り乱すなんて。

高屋はちらっと麗を見る。

麗は顔を赤らめて驚きながら、口をパクパクとさせている。

「!!」

その感情が移ったのかは分からないが、高屋は慌てて瞬時にどこかへ消えていってしまう。

結界が解かれ、トウマ、滝河、大野の身体を覆っていた岩も消えていく。

「終わった…?」

覚醒も解かれてほっとしたいところだが、今、起きたことに麗は拍子抜けしてしまった。

あの時、高屋は驚いていたし顔が赤かった。

ノームと結託してやったことではないと感じる。

麗は二年前のバレンタインのことを思い出す。

あれは自分から渡したし、どうして一つ多く作ったのか今でも分からないけど、あの時はそっけない態度だった。

思い返していると、凛は慌てて自分の鞄と紙袋がある場所へ走っていた。

凛は自分の持ち物を心配していた。

紙袋の中を確かめるとそれはちゃんとある。

凛は安心して一息吐く。

「レイ!凛!大丈夫か?!」

トウマの声に気づいて麗と凛は振り返り、トウマ達に近づく。

「…ノームは一体、何がしたかったのでしょう?」

大野は疑問を投げかける。

ノームは自分の中に消えていった。

自分とトウマを困らせるためだけに高屋と一時的に協力を結んだのは聞いたが、自分が作ったお菓子を食べられるとは思わなかった。

それに、麗のお菓子を高屋に投げて渡した。その理由が分からなかった。

「俺と純哉、大野の動きを封じたのは、レイと凛の力を見たかったのか…?」

トウマは考える。

少し前に見た物語の通りなら、高屋が接近した理由は麗と凛の力を確かめたかったのか、ただ自分達の誰かの能力を封印したかったのかは不明だ。

それに、ノームは勝手に大野のお菓子を食べて、麗のお菓子を高屋に渡した。ノームが大野の作ったお菓子が食べたかったのかもしれないが、麗のお菓子については何か分からない。

「(高屋がレイに好意を持っている…?いや、ないな)」

自分の中で考えて、すぐにそれを否定した。

仮に好意を持っていたとしたら、麗を操ったり攻撃を仕掛けてこないだろう。

それぞれがノームと高屋の行動について考えていると、突然、後ろから鋭い気配に気づく。

五人は振り返る。

やってきたのは結城だった。

「結城先生…!」

結城を見て五人は警戒する。

まだ戦えるが、麗と凛は力を消費して疲労している。

今のところ覚醒はしていないが、いつ結界が張られるか分からない。

その中で、凛だけは違う反応だった。警戒はしているが、どこか落ち着かない様子だ。

結城は凛を見て名前を呼ぶ。

「水沢凛」

「は、はいっ!」

ただ名前を呼んだだけなのに緊張する。

結城は結界を張ったり戦おうとする素振りもなく、一つだけ溜息を吐いた。

「その場にいなかったとはいえ、勝手に机に置いた理由を説明してもらおう」

結城の言葉に凛は反応する。

麗と一緒に職員室に行った時、結城はいなかった。

ある意味、いなくて良かったのかもしれない。

凛は麗に気づかれないように、結城の机の上に小さな紙袋を置いた。紙袋の口を閉じていないので、それが何が見れば分かるが、凛は邪魔にならないように机の隅に置いたのだ。

主語は言っていないものの、結城は自分が置いたお菓子について聞いている。

麗は何となく、それに気づく。

皆の前でそれを言われて恥ずかしいけど、目の前に本人がいるからはぐらかすことはできない。それに、はぐらかしたら余計に注意されそう。

凛は勇気を出して答えた。

「色々とあったけど…。でも、あの時、何も分からないあたしを助けてくれたのは結城先生です!!」

一昨年の学園祭の後、凛の物語は始まった。

図書室で見たこともない恐ろしい怪物に襲われ、必死になって逃げていた。

その時、助けてくれたのは結城だった。

初めて見た黄金色の瞳は、まるで宝石や月のようにきらきらとしていたことを今でも覚えている。

結城の瞳を見ていると、その瞳に映りたい、もっとその瞳を見ていたいと思うくらいだった。

「なるほど」

結城はそう言って頷いた。

「次はないが、勝手に置かないように」

それだけ言うと、踵を返して校舎に向かって歩いていく。

感謝の言葉として受け取っていいのか、もらってくれたのか分からない。

でも、返されないということは貰ってくれるんだろう。

そう思った凛は顔を赤らめる。

それだけで嬉しかった。



「滝河さん!」

並木道を歩いていると後ろから名前を呼ぶ声がした。

振り向くと、凛がこちらに向かってやや速く歩いていた。

「凛」

その顔を見ただけで、滝河は再び彼女を意識する。

高等部の二階にある来客用の下足場で、トウマと梁木と三人で麗達からお菓子をもらった。

皆でお菓子をもらったことは、ある意味、都合が良かったことなのかもしれない。

複数で受け渡しをすれば、変に気遣われたりすることもないだろう。

それでも、受け取る時は意識してしまった。

結城が去っていった後、トウマは麗、凛、大野に物語の続きが見つかったことを告げた。

三人は図書室に行ったが、図書室の扉は閉まっていた。

トウマと滝河は先に帰ると言っていたので、三人も帰ることにしたのだ。

ただ、凛は何かを考えていた。

用があるからと二人に伝えると、並木道に向かった。

「図書室に行ったんじゃないのか?」

「はい。でも、閉まってたんです」

「そうか」

自分達が図書室に行った時は開いていたが、もしかしたら何かがあったのかもしれない。

「…あの、さっきは渡せなかったんですけど」

そう言うと、凛は持っている紙袋の中に手を入れて四角い包みを取り出した。

「皆で渡したのは日頃の感謝の気持ちなんですけど、…こ、これはイブの時のお礼というか、申し訳ないというか…」

しどろもどろになりながら言葉を続ける。

クリスマスイブ、ショッピングモールで凛は滝河に自分の過去を話した。

麗にも言えなくて黙っていたことを、なぜか滝河に話すことができた。

身体を震わせながらわんわん泣いた。滝河は抱きしめてそれを受け止めてくれた。

そのお礼がしたかったのだ。

滝河は凛のが持っている包みを見る。

四角い包みは濃い赤にハートの模様が散りばめられている。それは何かと聞くまでもなく、バレンタインデー用のギフトだ。

凛の頬が赤い。

「!!」

それに釣られて滝河も顔が赤くなり、狼狽えてしまう。

「あ、えっと…、その、あ、ありがとう」

滝河は差し出された包みを受け取った。

たまたまだが、並木道には凛と滝河しかいない。

意識をすると恥ずかしくなる。

「あ…、その、気をつけて帰れよ…」

「は、はい!」

二人はぎくしゃくしながら、それぞれの道を歩き始めた。



二人の心は暖かかった。

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