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再生 95 大きな歯車と翼の理由(わけ)

保険医の実月が時の精霊ザートだった。

時の精霊の能力を持っているのか時の精霊そのものなのかは分からないが、その力は計り知れなかった。

凛が真相を知っていく中、突然、保健室の中の空間が歪み始める。

切り裂かれた空間からやってきたのは結城だった。



「結城先生…!」

凛は結城を見て驚いた。

いつもクールであまり表情を変えない結城が苛立っていたからだった。

「やはり、お前が時の精霊の能力者だったか」

冷たい眼差しは実月に向けられている。

あからさまに表情が変わっているわけではないが、声も苛立っているように聞こえる。

「物語の続きが書かれたことにより、俺がザートかトワのどちらかの力を持っていると思われるのは想定内だ。それに、 結城はラグマの能力者であり、ラグマの大属性は時だ。薄々、気づくだろうと思っていた」

普段、実月は結城に先生をつけて呼んでいるが、今は名字だけだった。

「お前は水沢凛にあの時のことを教えたのか?」

結城は実月に問いかける。

あの時のことと聞いて、凛の身体が反応した。

結城先生は知っている。そう思ったのだ。

「あの時…?ああ。水沢凛が望むのであれば答えてやらないこともない」

結城も実月も言葉は省いているが、自分に起きたことを知っているようだ。

結城と実月の視線が凛に向けられる。

「自分に何が起きたか知りたいか?」

実月は問いかける。

今、頷けば今まで悩んでいた答えを知ることができる。

けれど、怖くない訳じゃない。

「あたしは…」

凛が悩んでいると、結城が来た場所とは別、普段、ベットがある場所の空間が歪み始める。

空間が切り裂かれ、誰かの姿が見える。

『えっ?』

二人の声が重なる。

保健室に現れたのは麗、トウマ、滝河だった。

「姉さん…」

「…これは、どういうこと?」

麗は現状が把握できていなかった。

保健室の周りに結界が張られ、扉の部分だけ結界の壁が薄くなっていた。

扉を開けると、いつも見る場所とは違う光景だった。

「次はお前達か」

実月は麗達が来るのはあまり予想してないようだった。

凛はそれまで考えていたことを止め、麗達のほうを向く。

「実月先生が…、時の精霊ザートだったの」

「えっ?!」

「何だと?!」

凛は信じられないような顔だったが、はっきりと伝えた。

「前から怪しいと思っていたが、まさか時の精霊だったとは…!!」

トウマは驚きながらも、実月を警戒している。

誰の能力を持っているか分からなかったが、まさか精霊の力を持っているとは思わなかったようだ。

「実月先生が、時の精霊…?」

滝河も麗も信じられなかった。

今までのことが鮮明に思い出される。

「二年前の学園祭の後、怪物に追いかけられていた私とユーリを助けてくれたのは、私達が物語に関係してるって知ってたからなの?!」

二年前の学園祭の前に本を見つけ、学園祭の後に物語に出てくる怪物の群れに襲われた。

あの時は何が起きたか分からなくて必死に逃げていた。

保健室に(かくま)ってくれて、物語について教えてくれたのは実月だった。

「そうだ。あ、因みにまだ力の使い方も分からないだろうと思って、お前の携帯電話に少しだけ魔力を移してやったのは俺の優しさだ。代償はもらわない」

実月はいたずらっぽく笑って答えた。

あの時、保健室のパソコンと麗の携帯電話を繋いだ。

携帯電話自体には何も影響がなかったからあまり気にしていなかったが、覚醒した時、携帯電話を握って意識すれば武器が出てくるという力は実月が与えた力だった。

「二年前の舞冬祭の時、いとも簡単に結界の中に侵入して、まだ能力者ではなかった中西先生の意識を失わせた…」

トウマは二年前の舞冬祭のことを思い出す。

高屋が作った結界は堅く、カズとフレイが使える無効化魔法を使ってようやく侵入できる結界を実月は難なく入ってきた。

「まだ能力者ではない者が結界の中に残されるパターンは珍しくない。まだ覚醒するかどうかも分からなかったから、気を失ってもらっただけだ」

トウマの疑問に実月は答える。

ということは、覚醒しないかもしれないという選択肢もあったのかもしれない。

「ある程度の人物がいることだ。今のうちに言っておこう」

実月は結界の中にいる凛、結城、麗、トウマ、滝河を顔を見る。

「俺達はあくまで傍観者だ。適度に力は与えるが、制定者同様に緊急時以外、過度には関与しない」

制定者と聞いて、麗と滝河はある人物を思い出す。

ファーシルの能力を持つ暁は火の精霊サラマンドラ、ブロウアイズの能力を持つ静は水の精霊ディーネきに対して特別な言葉を発した時、精霊は二人のことを制定者と言っていた。

あれ以来、二人の姿は見ていない。

しかし、シェイドの力を得た神崎と戦った時、滝河は氷竜を召喚していた。

俺達という言葉に他に誰が含まれているか分からないが、さっきから疑問に思うことがある。

「ザート…あ、実月先生」

「何だ?」

滝河はどの名前で呼んでいいか分からず、普段呼んでいる名前で呼ぶ。

「この中に、まだ誰かいますか?…と言っても漠然とそう思ったことですが」

具体的は分からないが、漠然と、誰かが見ている。滝河はそう思ったのだ。

「滝河が気づくのは意外だ」

実月はほんの少しだけ驚くと、滝河を見て笑った。

そして、後ろを振り向くと合図を送る。

「出てこい」

実月が声をかけるとその場所が歪んで人の形に変わっていく。

そこにいたのは橘だった。

「橘さん?!」

橘の姿を見た麗は驚き、結城も驚いた顔で橘を見ていた。

凛とトウマは橘を見て警戒する。

「やはり、橘は存在していたか」

物語の続きを読んだ結城は、物語のように特殊な魔法によって月代と橘は融合したと思っていたが、ザートの領域の中にミスンがいたことにより、橘はまだ存在していると思ったのだ。

「橘は元に戻りたいと願っていた。元々、月代と橘は一つの存在だ。月代の中に戻りたい、けど、月代は何かの力によって覚醒させられた」

実月は結城の目を見て言葉を続ける。

「月代は背徳の王にとり憑かれてしまった。もちろん、自我はあるものの、背徳の王の意識もある」

そこまで話すと、実月は橘を見る。

後は自分で話せ、そういうような顔をしていた。

橘は話すかどうか考えた後、話しはじめる。

「私は実月先生…時の精霊に対価を払い、戦いに関わらないことを条件に、こうして存在してます。力は使えますが、もし戦ったりすれば対価を失ったまま望みは叶わなくなります」

「橘さんの願いって?」

麗は橘に質問する。

橘がいたB組の生徒に聞いたときも、橘あやめという人はいないと言われた。B組を担当する教師に聞いても初めから知らないというような顔だった。

麗は気になったが橘は首を横に振る。

「それは答えることができません」

その表情は辛そうだった。

「そうそう」

実月は橘の話の間に入る。

「さっきから俺に奇襲をかけようとするやつがいるが、今、この場所で魔法を発動しようとする考えは止めたほうがいいぞ」

結城とトウマの顔を見ると鼻で笑った。

それに対して結城とトウマは眉間に皺を寄せて実月を睨む。

自分の行動が読まれていた。

結城とトウマは、それぞれ魔法を仕掛けていた。

結城は実月に対して魔法を仕掛けようとし、トウマは実月がどんな力を持っているか試したかったのだ。

「もう一度言う、俺達は傍観者だ。平等に力は与えるが、過度に干渉はしない。ま、もし願うものがあれば対価を考えるんだな」

対価を払えば願いを叶えられる。

その言葉が恐ろしく怖いものに思えた。

物語の中で、時の精霊ザートはティムの隠された力を引き出す代わりに、魔法でも治らない傷を与えた。

年頃の女の子に対して、魔法でも治らない傷、もしかしたら薬でも治らない傷が残るというのは嫌なものだろう。

対価の重さと願いの重さ。

それはどちらも釣り合わないことなのかもしれない。

麗達が考えていると、いつの間にか周りの空間が消え始めていることに気づく。

「実月先生!!」

凛は実月を見る。

結城や麗達の視線も実月に集まる。

「俺からの話はここまでだ。お前ら、今が大事な時期だぞ。今日は帰れ」

その表情はさっきまでの傲慢な感じではなく、普段見る保険医としての表情だった。

実月の笑う顔がぼやけていく。

ゆっくりと瞬きをした後、麗達は保健室の外に立っていた。



『そんなことがあったんですね』

携帯電話から梁木の声が聞こえる。

『実月先生が誰の能力を持っているか分かりませんでしたが、まさか時の精霊とは…』

「私もずっと気になってたんだけど、まさか時の精霊だとは思わなかったよ」

あの時、気づいたら覚醒は解かれて保健室の外にいた。

気づいたら結城はいなかった。

保健室の扉を開けようとしても開かず、先に保健室にいた凛から色々と話を聞きながら帰ったのだった。

麗と凛はその場にはいなかった梁木と大野に電話で連絡しようと考えた。明日も会えるが、皆、受験勉強ややることはある。今日のうちに話しておきたいと思ったのだ。

『他の精霊と違って実体はあるんですよね?』

「うん。多分、ユーリみたいに実月先生の姿は作り出したものなのかなって思ってる」

『僕もそう思いました』

風の精霊シルフや地の精霊ノームは仮の姿を作り出していた。

実月もそれと同じで、今まで見ている姿は仮の姿で、精霊としての姿があるのではないかと考える。

麗はベッドに座りながら身体を動かして壁にもたれ掛かる。

「それと、凛から聞いたけど、保健室の近くや学園内でたまに見掛ける大きなカラスか(かささぎ)っていう人のどちらかが無の精霊だって言ってた」

『カラス?無の精霊?』

電話口から梁木の不思議そうな声が聞こえる。

それを聞いた麗は、自分と同じだと思った。

凛から同じ話を聞いた時、特定のカラスについて考えたことがなかった。

学園内にカラスがいないわけではない。ただ、保健室の近くや学園内でたまに見掛ける大きなカラスと言われてもピンとこなかった。

「意識したことはなかったけど、そうみたい」

能力者は人だけだと思っていたが、まさかカラスも物語に関わっているとは思わなかった。

『僕はまだ物語の続きを読んでいませんが、橘さんのことも、対価という言葉も気になります』

電話だと表情を見ることはできないが、声だけでも分かることはある。

梁木の声は不安そうだった。

『約二年前の冬、ユーリ…シルフがいなくなった時に、アルナとセルナの能力を持つ人と戦いましたよね?』

「うん」

悠梨が軟禁された時、保健室を出た後、急に外が真っ暗になり一階の下足場でアルナとセルナの能力を持つ人物と戦った。

それが二年前のことだ。

二年前のことなのに、ずっと前のことのように思える。

『二人が保健室を出た後、僕は残って話をしていました。その後、 結界の中に入れて浄化魔法を使ったら、夜だったのが元に戻りました』

アルナとセルナによって麗と悠梨は気を失い、その間にトウマと滝河がやってきて二人を封印した。

「確か、ショウの魔法でトウマの呪印が薄くなったって言っていたような気がする」

意識を取り戻した後、しばらくは意識がはっきりとしなかったが、トウマがそんなようなことを言っていた覚えがある。

『僕は何か悪い気配を感じて、浄化魔法なら何かできないかと思ったんです。元に戻った後、いつの間にか実月先生が現れて、対価をもらうと言って僕の背中に触れて…特殊な言葉を発動させました』

梁木は物語に出てくるカリルと同じように、背中に触れて特殊な言葉を発動させると、背中から翼が現れる。

その時は、背中の右側にだけ真っ白な翼があっただけだった。

『僕の魔法が作用したかは分かりませんが、実月先生が時の精霊の力を持っているなら、あの時、時間を元に戻したのは実月先生だと思います。 ……当時、今以上に翼を出すことに抵抗がありましたし、カリルと同じように、翼が片方しかない、物語の出来事が現実に起きていることが信じられませんでした』

梁木の声は少しだけ悲しそうだった。

自分の背中に翼があり、神経が通っているとは思わないだろう。

もしも、自分に翼があるなら先ずは疑うと思う。

『実月先生が言っていた対価というのが、僕の背中にカリルと同じ片方の翼を出すことなのか…僕自身も未だに考えていることです』

「実月先生に何かお願いしたの?」

麗は質問する。

実月は願うものがあれば対価を考えると言っていた。

対価を払ったのなら、梁木に何か願うことがあるのかもしれない。

『いえ…、本当に本の中の出来事が現実に起きているのか、ということは話しましたが、お願いというのは…』

梁木の声が小さくなる。

二年前の出来事を思い出しても、自分の言葉を一字一句までは覚えていない。

「ショウが本の中の出来事が現実に起きていることが信じられない、その考えを読んで、実月先生は特殊な言葉を発動させてショウの背中に片方の翼があることを、周りに知らせたかったのかな?」

もちろんこれは臆測である。

真意を知っているとしたら梁木だ。

『その時の僕の願い…』

電話口から声が聞こえなくなる。

考えている、麗はそう思った。

それが分かって、麗は梁木が話すのを待っていた。

やがて、息を吐く音が聞こえると梁木は再び話し始める。

『……あの時は物語に関わりたくないとも思っていました。それでも、自分には何ができるかと考えていた。もし、願うことはあっても、それは自分で解決しなければいけないことなのかもしれません』

強くなりたい。

困っている人を助けたい。

そう思うことはあれど、誰かに頼ることではない。

「実月先生は傍観者って言ってたし、本にはまだ余白はあるけど…」

新たに判明したことも、まだ謎に包まれていることもある。

それも気になるが、自分達は受験生だ。受験に向けてやることはたくさんある。

今、皆で集まるのは難しい。

それは麗も梁木も分かっていた。

「ごめんね。長い時間、電話しちゃって」

気づけば、三十分以上は話していた。

梁木にもやることはあるだろう。

麗は謝った。

『いえ。今、図書室に行くことは難しいですし、新しい出来事や情報は共有した方がいいと思います』

本当はもう一つ言いたいことがある。

しかし、梁木はそれを心の中に留めておいた。

「あ、凛も大野さんに連絡するって言ってたよ。じゃあ、また明日ねー」

『はい。また明日』

そう言うと、携帯電話の通話ボタンを押した。


麗が梁木に電話している頃、部屋に戻った凛も携帯電話を使っていた。

『えっ?実月先生が?!』

今日あったことを話し、電話口から大野の驚いているような声が聞こえる。

『実月先生も能力者だったかが誰の能力を持っているか分かりませんでしたが、まさか時の精霊とは…』

「私もずっと気になってたんだけど、まさか時の精霊だとは思わなかったよ」

あの時、気づいたら覚醒は解かれて保健室の外にいた。

保健室の扉を開けようとしても開かず、気づいたら結城もいなかったので、麗達に話をしながら帰ったのだった。

「実月先生が時の精霊っていうのも驚いたけど、学園内でたまに見る大きなカラスか、前に大野さんが言ってた鵲っていう人が無の精霊だと思う…。確証はないんだけどさ」

どちらが無の精霊だとも名乗っていない。

そもそも、カラスは人間の言葉を発することはできない。

「後、伊夜さんが実月先生…時の精霊ザートの眷属だって言ってた」

大きな出来事が動き始めた。

それまでも大きな出来事はたくさんあった。

しかし、今日あったことは自分の中でも、能力者の中でも大きく重要な出来事だ。

「実月先生だけど、なんか別人みたいな感じだったよ……」

見ている姿も声も実月のはずなのに、全く違う人に思えた。

『……』

大野の反応がない。

もしかしたら、矢継ぎ早に話してしまったのかもしれない。

そう思った凛は慌てて謝る。

「ごめん!あたしばっかり喋ってて!」

『いえ、驚きすぎて言葉もでないんですよ』

やっと電話口から大野の声が聞こえた。

凛は少しだけ安心する。

気がつくと、ずっと話してしまうことは自分でも分かっていた。

少しずつ直していきたい。

大野は、自分がその時にいなかったので教えてくれるのは有り難いと思っていた。

それにしても、保健室でそんなことが起きているとは思わなかった。

『… 能力を封印されたものは覚醒した時の記憶を失ってしまう。これを作ったのが実月先生だったとは思いませんでした。それに、精霊同士の均衡を保つために過度に干渉はしないということ…、それも気になりますね』

どうやって能力を封印して記憶を消すのかは分からないし、もしも、均衡を考えずに精霊達が力を使い続けたらどうなるか。

考えても分からないことだし、考えられることでもない。

『ノームが他の精霊のことを気にせずに力を放出し続けていたら、と考えるのは怖いですね…』

大野は地の精霊ノームと契約を交わし、ノームの力を使うことができる。

もし、自分が制止せずに力を使い続けたら。

そう思うと、大野の中で恐怖が生まれる。

前から感じていなかったわけではないが、躊躇いもなく放たれる力に圧倒されている。

「実月先生は俺達は傍観者だって言ってたけど、正直、次からどんな顔をすればいいか…」

あの時、頭に言葉が浮かんだ。

その言葉を口にしたらどうなっていただろう。

実月は何も変わらないと言っていたが、本当に何も変わらないのだろうか。

凛が考えていると、言葉が出なくなっていた。

『凛さん…?』

無言になった凛を大野は心配する。

実月の正体を最初に知ったのは凛だ。理解しても納得できるものではない。

喋ることもできずに考えてしまったのだろう。

「あ!何でもない、何でもない!…ごめんね、急に電話しちゃってさ」

夕食の時間まで少しだけ話そうと思っていたが、いつの間にか三十分は過ぎていた。

『いえ。大事なことですし、今、皆で会うのが難しいですしね』

大野もやることはある。

けれど、電話してくれた気持ちが嬉しい。

今は会うのが難しい。

勉強、模試、試験。

息抜きはしているが、今はとにかくその日に向けて備えておきたい。

「じゃあ、また明日ー」

『早いですけど、おやすみなさい』

凛は手を振りそうになり、大野は誰もいないのに、無意識に頭を下げた。

携帯電話の通話ボタンを押した後、凛は携帯電話の画面を見つめたまま考えていた。



翌日。

麗は中西と進路指導室にいた。

「…成程。昨日、そんなことがあったのか」

中西は深く頷きながら答える。

「昨日、話そうとしたんだけど…この時期、先生達も大変だしさ」

「まあな」

教師の仕事はもちろん、受験生の相談や期末テストを作るために忙しいだろう。

麗はそう考えていた。

朝、登校すると麗は真っ先に職員室に向かい中西を探した。

放課後、進路指導室で相談したいことがある。

他に人がいる手前、普段通りの話し方はできなかったが、中西はそれだけで察してくれたのだ。

「メールにも書いてあったが、まさか、実月先生が時の精霊だとは思わなかったよ。物語の続きは読んだが、時の精霊に無の精霊、いなくなったと思った橘がいたとは…」

中西は空いた時間を利用して図書室に向かい、本を読んでいた。

「あの伊夜という女性が時の精霊の眷属で、保健室の近くで見かける大きなカラスか鵲という人物が無の精霊なんだな?」

「伊夜さんは合ってるけど、無の精霊については憶測だって凛が言ってた」

無の精霊について、実月は何も言っていなかった。

力も見ていない。

無の精霊だと決めるのはできない。

「能力を封印されたものは覚醒してからの記憶を失ってしまう、それを作ったのが実月先生か…。なんか、この時期で生徒も教師も大変な時期に、色々な出来事が起きたものだな」

「…うん」

麗は苦笑しながら答える。

一月中旬を過ぎて、月末には推薦入試がある。それに向けて勉強したり、色々な参考書を読んでいたのだ。

麗の周りも、推薦や一般関係なくそのために頑張っている。

「しかし…」

中西は自分の中で色々考えているようで、腕を組んだまま首を捻っている。

「葵?」

「ああ、すまない。ちょっと、いや、かなり気になることなんだが…」

そう言うと、中西は組んでいる腕を下ろした。

「いつからWONDER WORLDの本は置かれるようなったんだろうか?」

それは、麗も疑問に思っていることだった。

「私が一年の学園祭の前に本を見つけて、…前に皆で集まった時に聞いたら、大野さんが一年の一学期に覚醒したって言ってたから、多分、一学期には本はあったと思うよ」

「正直、私はSFやファンタジーは殆ど読まないから、いつからあるのかも分からなかった」

人から薦められることがあれば読むが、自分からは選ばないジャンルだった。

「話してくれてありがとう。最初、進路指導室を指定した時、進路について悩んでいるかと思ったぞ」

「人がいると話せないことだからね」

麗は苦笑する。

職員室や資料室など、二人きりになれる場所はあるが、進路指導室なら何かない限り誰も入ってこないだろうと考えたのだ。

「レイ達も卒業か…」

「まだ試験も受けてないけどね」

気が早い。

まだ受験勉強真っ最中だ。

「レイが高等部から、凛が二年の二学期から編入して、あっという間だったなあ」

中西は一人で思い出に(ふけ)っている。

あの時は叔母と凛と離れて心細かった。

いつも側にいるわけではないが、中西がいて良かったと思う。

ふと、麗はあることを思い出す。

「葵、シルフは呼べる?」

「シルフを?」

中西は急にシルフの名前が出たことに反応する。

どうしてシルフなのか。中西は困惑する。

「私は結界を作ることができないぞ?」

以前、トウマや滝河から覚醒して意識を集中させるときいたことがあるが、何度試しても自分で結界を張ることはできなかった。

「名前を呼んでみるだけでもいいから」

麗も結界を作ることはできない。

だから、覚醒していなくても名前を呼んだらどうなるか気になったのだ。

「分かった」

中西は頷く。

「シルフ」

中西はシルフを名前を呼ぶ。

それと中西の足元から風が巻き起こり、麗と中西の瞳の色が変わる。

中西の足元に白と水色を合わせたような淡い光が浮かびあがり、魔法陣が描かれると、そこからシルフが姿を現した。

シルフは、麗が何を言いたいか分かったような困った表情で麗を見る。

麗も困ったような表情でシルフを見つめた。

「…シルフは実月先生が時の精霊だって知ってたの?」

「エエ」

シルフは躊躇いもなく答える。

まるで、こうなることを分かっているようだった。

麗と中西は驚く。

「それは最初から?」

シルフ、風村悠梨として物語を見つけてからその事実を知っていたのかもしれない。

麗はそう思ったのだ。

それに対してシルフは頷く。

「約二年前、我ガ神崎ト結城ニヨッテ(チカラ)ヲ奪ワレタ時、彼…ザートハ最初カラ我ガアノ場所ニイルコトヲ知ッテイタ」

「精霊は過度に干渉はしないって実月先生は言ってた。シルフも同じなの?」

神崎と結城がシルフを軟禁する。

実月がそれを知っていたとすると、何か精霊の力が関係あるのかもしれない。

「我ハ精霊トシテ、ソノ言葉ヲ紡ゲル者ヲ探シテイタノト同時ニ、他ノ精霊ガ過度ニ干渉シナイヨウニ見テキタ。我ガ捕ラワレタ時モ、一昨年ノ舞冬祭ノ時モ、闇ガ動コウトシテイタ。ソレガ過度ナ干渉ト危惧シタザートハアノ場所ニ現レタ」

一昨年の舞冬祭の時、高屋によって麗は操られ、結城の力によって時間が早く動かされた。

その背後には闇、恐らくは闇の精霊シェイドが潜んでいたのだろう。

「闇ハマダ潜ンデイル。ダカラ………気ヲツケテ」

シルフは真剣な表情で麗を見つめる。その表情は今にも泣きそうなくらいだった。

どうして、そんな顔をするのか。

麗が聞こうとした時、突然、どこからかガラスが爆発する大きな音が響き渡る。

「爆発?!」

麗は驚いて進路指導室から出ようとする。

「レイ!あれ!」

中西が窓の外を指差す。

麗が振り返ると、一筋の黒煙が立ち上っていた。

麗と中西が窓際に近づくと、そこは黒い煙が広がっていた。

黄昏の温室だ。

二人が互いの顔を見ると覚醒している。

何かが起きている。

そう思った二人は進路指導室を飛び出して一階に向かって走り出した。

いつの間にか、シルフの姿は消えていた。


一階へ下りて外に出ると、温室が音を立てながら燃えていた。

中に誰かいないかガラス越しに中を確認しようとするが、煙と炎のせいで誰がいるかも分からかった。

温室の前に誰がいる。

煙でよく見えなかったが、二つの影が見える。

警戒しつつ近づくと、後ろ姿に見覚えがあった。

「凛!トウマ!」

はっきりと姿は見えないが、そこにいたのは凛とトウマだった。

声に気づいた凛とトウマは振り返り、中西はもう一度、その名前を呼んだ。

「シルフ!!」

中西の足元から風が巻き起こると魔法陣が浮かび上がり、そこからシルフが姿を現した。

シルフはトウマを見て優しく笑うと、トウマもシルフを見て笑う。

シルフが両腕を広げると強い風が吹き荒れ、一瞬にして煙を晴らしていく。

「姉さん!中西先生!」

声に気づいた凛は振り返ろうとするが、トウマの声がそれを制止した。

「上だ!!」

トウマの声に反応して麗と中西も空を見上げる。

すると、燃えている温室のてっぺんには暗い灰色の狼のような獣がいた。

狼のような獣は空に向かって吠えると、こちらに向けて口を大きく開けた。口から炎を吐くと、炎は横に広がりながら麗達を狙う。

それぞれが動くより先にシルフは右手を振り上げる。それと同時に別の場所から声が聞こえる。

「凍てつく光の疾風よ、遥かなる時の声に従い立ち塞がるもの全てを撃ち破れ……フリーレンストラール!!」

狼のような獣の上空に白く大きな魔法陣が現れると青く輝きだす。魔法陣から無数の氷の刃が現れ、氷の刃はそれに向かっていっせいに降り注いでいく。

狼のような獣は振り払うように身体を動かすが、氷の刃はその体に突き刺さる。

声に気づいて見上げると、上空には梁木がいた。

「ショウ!」

「大丈夫ですか?」

梁木は翼を羽ばたかせながら、ゆっくりと下降していく。

「ショウ…」

トウマは梁木を見て表情を曇らせる。

梁木が神崎によって呪印を刻まれてからトウマがその姿を見るのは初めてだった。

背中の右側には白い翼、左側に悪魔のような黒い翼が生え、右頬には逆十字の黒い呪印が浮かび上がっていた。

翼を羽ばたかせているということは、もちろん、神経が通っている。

トウマの表情を見て、梁木は何を言いたいか分かるように首を横に振る。

「…覚醒すると何も言わなくても翼も呪印も現れます」

「そうか」

トウマは、ただ一言だけ告げる。

梁木の表情が暗くないわけではないが、明るくもない。

呪印を刻んだ神崎もすでに封印されている。

浄化魔法でも消えないのは、トウマだからこそ理解していた。

梁木の放った氷の刃によって狼のような獣は動きを止めていたが、威嚇するように吠えると梁木に向かって走り出そうとした。

「梁木!!」

それに気づいた中西はズボンのポケットに手を入れた。

しかし、梁木は獣に背を向けたまま右腕を上げる。

「僕は戦います」

梁木ははっきりと答えた。

そして、右腕を下ろすと、狼のような獣の上空に再び白く大きな魔法陣が現れ、青く輝きだすと魔法陣から無数の氷の刃が槍のように激しく降り注いだ。

「ショウ、すごい…」

梁木の魔法に麗は驚く。

前に見た時と雰囲気が違っていた。

「ケットシー!」

凛は狼のような獣から少しだけ距離をおくと、ケットシーの名前を呼ぶ。

「おう!」

凛の声に応えるように、黄金色のネックレスが光り、そこからケットシーが現れる。

「これが凛の術か…」

それを見たトウマは驚く。

自分も火の精霊サラマンドラを召喚できる。

詠唱がなくとも呼び出すことはできるが、基本、呼び出すために呪文を詠唱しなくてはならない。

「ケットシー、あれから大丈夫?」

「あの場所は闇の力が強かったから威力も半減したし力の消費も大きかったが、ここは大丈夫だ!」

ケットシーは器用に凛によじ登っていくと、後ろ足で身体を支えるように移動していく。

「凛、あいつはケルベロスだ。おいらと正反対で闇の力を持っているぞ!」

凛もそれに慣れているようで、普通に話している。

あの狼のような獣はケルベロスらしい。

確か、物語でもティムが召喚していたのを思い出す。

トウマが驚くのは、猫が喋っているということだ。

見た目はどこにでも見かけそうな茶色の毛並みの猫だ。

しかし、今、自分の前にいる猫は人の言葉を発している。やんちゃな少年のような声だ。

「(猫が喋っている…)」

精霊のように体が半透明でもないし、物語に出てくる異形の獣でもない。

身近なものが喋ると、何となく違和感があった。

そんなトウマの視線に気づいたのか、ケットシーはトウマを見る。

「お前が呪われてたやつだな。そんなんで、ケルベロスを相手にできるのかー?」

器用に右前足を口元にあててニヤリと笑っている。

焚きつけられている。

すぐにそれを理解したトウマは鼻で笑った。

「最近、動いてないから鈍ってたんだよな!」

約十一ヶ月、能力者であることを隠していた。

日常の軽い運動はしているが、戦いのための力は使っていなかった。

トウマもニヤリと笑う。

トウマが地面を蹴ろうとした時、再びケルベロスが大きな口を開けて吠える。

口から炎が吐かれると、幾つもの巨大な炎の塊が降ってくる。

「皆、避けろ!!」

巨大な炎の塊は広い範囲に降り、地面についてもその炎が消えることなく燃えている。

巨大な炎の塊が広い範囲でめらめらと燃え、麗達はケルベロスに近づくことができなかった。

「どうすれば…」

梁木は地面に降りる手前だったので、再び翼を羽ばたかせて宙を移動しながら麗達に近づく。

その時、中西はズボンのポケットに手を入れてそこからカードを一枚取り出した。

「輝きを繋ぐ道を駆け抜けろ、ブライトライド!!」

中西はカードを放ると言葉を発動させる。

カードが白く輝くと、そこから人が一人通れるくらいの光の道がカードからケルベロスに向かって伸びていく。

炎の塊を避けるように地面から宙に広がり、麗達はそれが歩けると分かると、光の道を走ってケルベロスに攻撃を仕掛けた。

ケルベロスの皮膚は硬く、体毛は鋼のような硬さだ。

麗は何度も剣を振り上げるが、大きな傷を負わせることができずにいた。

トウマはケルベロスの動きを見ながら背後に回り込んだ。後ろから蹴ろうとしたが、ケルベロスは追い払うように尻尾を振り下ろした。

ケルベロスの長い尻尾が地面につくと、地面が割れ、まるで叩きつけるような威力にトウマは風の道を軽やかに移動しながら距離をはかる。

「硬い…!」

「それに、別の方から攻撃しようとすると飛びかかったり、爪や尻尾で攻撃される。思ったより素早いな」

ケルベロスは大きな体の割には動きが速い。

麗とトウマは、思うように動くことができなかった。

麗とトウマのやや上の方から梁木の声が聞こえる。

「さっきから魔法は直撃しているのですが、びくともしません。それに、炎の他に黒いレーザーのような光線も出してきますね」

麗とトウマが接近しながら戦っているのに対して、梁木は翼を羽ばたかせながら離れた場所から魔法で攻撃していた。

「こっちもだ!」

離れた場所から中西の声が聞こえる。

中西はカードの魔法を発動させながら、攻撃をしていた。

そうしている間にも、ケルベロスは風の道を跨ぐように跳び、口から黒いレーザーを発射する。

「少しでも足止めできればいいんだけど!」

凛は中西に近づこうとする。

その上で、ケットシーが尻尾を逆立てながら両前足を上げている。

ケットシーの頭上に光り輝く玉が現れ、そこから無数の光のレーザーが放出される。

風の道を走りながら、凛はネックレスに触れた。

「ディーネ!」

凛が名前を呼ぶと、ネックレスが光り、目の前に魔法陣が描かれる。魔法陣から水の精霊ディーネが姿を現した。

「あの炎を消して!!」

凛がディーネを見ると、近くを浮遊していたディーネは凛の周りをくるりと回った。手のひらを上にして吹きかけるような仕草をすると、そこから水が吹き出し、地面や温室を燃やしていた炎の塊は一瞬にして消えてしまう。

一瞬にして炎が消えたのを見て、ケルベロスは驚いた様子で周りをキョロキョロと見ている。

凛はあることを思い浮かべる。

「(やったことがないけど、足止めできれば…!)」

物語に出てくるティムもそれを使っていた。

自分にもできるかもしれない。

危険だと察知したケルベロスは凛に向かって走り出した。

口を大きく開けて突進している。

「凛!!」

「危ない!」

麗達はケルベロスに攻撃を仕掛けようとする。

しかし、それより早くネックレスの形が鞭に変わっていく。

ネックレスが鞭に変わると、凛は軽やかに鞭を振って地面を鳴らした。

「動かないで!!」

凛はケルベロスに命令した。

その声に驚いたケルベロスは、突進していた足を止めて開いていた口を閉じた。

「嘘……っ!」

「動きが止まった?!」

ネックレスが鞭に変わったことにも驚いたが、ケルベロスが凛の言葉を聞いて足を止めたことが驚きだった。

思いつきだったが、成功したようだ。

凛自身も驚いていたが、意識を切り替えた。手にしていた鞭が溶けるようにぐにゃりと波打つと、弓矢に変わっていく。

それを構えると、ケルベロスの額に目掛けて矢を向けた。

弓を引いて右手を離すと、矢から光を帯びた風が吹き出して渦が巻き起こる。

矢は勢いを増して加速していくと、ケルベロスの額に直撃して光と風に包まれる。

ケルベロスは悲鳴をあげながら苦しみもがきだした。

鞭がネックレスの形に変わっていく。

やがて、ケルベロスは苦しみながら光に包まれ、そのままネックレスの中に消えていってしまう。

凛は少し表情を歪ませる。

新しい精霊を取り込んだ時、力が溢れる感じと身体が痛む時がある。

それはその精霊の強さなのかもしれない。

これからどう接するかは自分次第だが、ケルベロスを呼び出せるようになった。

その様子を見たことがない麗達は目を疑う。

特にトウマは凛の戦い方を初めて見る。驚くことばかりだった。

「ネックレスの中に消えた…?」

ケルベロスが吸い込まれるようにネックレスの中に消えていった。

初めて見る光景だった。

「消えた、というより中に入っていったっていう感じですね。魔力の消費はばらばらですが、名前を呼べば精霊やケットシーが来てくれます」

凛は視線を上に向ける。

自分の名前を呼ばれたケットシーは右前足を上げて得意顔をしている。

能力者によって力の使い方が違う。

トウマは興味深く話を聞いていた。

「そうだ!姉さんと先生はどこかにいたの?」

凛は二人のほうを向いた。

姉妹とはいえ、毎日一緒に行動しているわけではない。

「私達は進路指導室にいたんだ。…と言っても、話したのは物語についてだがな」

中西の後に麗も話す。

「話していたら、大きな爆発音が聞こえたから来たんだ。ショウはどうしてここに?」

麗は梁木に質問する。

受験前で連絡を取る回数は減っていた。誰が学校にいるか分からなかったのだ。

「図書室に行って物語の続きを読んでいたら、突然、爆発音が聞こえて…、背中に翼が生えたので覚醒していると分かって爆発音が聞こえた場所を探したらレイやトウマの姿が見えたんです」

模試や試験のために、図書室に行くことができなかったが、やっと物語の続きを読むことができたのだ。

梁木はレイの顔を見るが、視線が合うと、照れを隠すように顔を反らしてしまう。

「俺は、前から温室から力を感じていたんだ。神崎が封印された後も気になって来てみたら、すでに凛がいたんだ」

温室に関する出来事は幾つかあった。

麗が覚醒する前、校舎から温室の中にトウマがいたのを見つけ、温室を見に行った後に覚醒した。

一昨年の合唱会の前、温室に暁と出会った。

ただの温室だと思いたいが、どうしても勘繰ってしまう。

トウマが凛のほうを向こうとしたその時、凛の呻く声が聞こえた。

それに気づいて振り向くより先に、凛はうずくまって倒れてしまう。

「凛!」

皆は驚いて慌てて凛に駆け寄る。

凛は身体を丸めてうずくまっている。

痛みに耐えながら顔を上げて麗を見た。

「…急に背中、肩甲骨、が痛くなって…、立っていられ、なくて…」

余程、痛いのだろう。

凛の言葉は途切れ途切れだった。

中西とトウマは膝をついて、心配そうに見つめているが、麗と梁木は違った。

背中が痛い。

その光景に見覚えがあった。

「(もしかしたら…)」

梁木は一昨年の冬のことを思い出す。

確認したい。でも異性の身体に触れても良いのかどうか躊躇ってしまう。

梁木は麗を見る。

代わりに確認してほしい。

そう言おうとした先に、麗は梁木を見て頷いていた。

「凛、身体を横に向けれる?」

麗は凛に動けるかどうか確認をとる。

「………うん」

麗の言葉の少し後に、凛は頷いて痛みに耐えながら身体の向きを変える。

麗は息を飲む。

「…隠された真実よ」

凛の肩に触れると、言葉を発動させる。

その瞬間、凛の背中が淡く光り始め、背中から真っ白な翼が現れる。

『えっ?!』

トウマと中西は驚き、麗と梁木はこうなるだろうというような顔で眉間に皺を寄せる。

「どうして、翼を出す言葉を使ったんだ?」

中西は疑問を抱く。

麗と梁木があまり驚いていないように見えた。

「…僕が何度か同じ経験があったからです」

「私もそれを見たことがあったから、ショウの顔を見て、もしかしたらって思ったの」

「そうだったのか…」

中西は納得すると、凛に視線を移す。

すると、凛の様子が変わっていた。

それまで痛みに苦しみうずくまっていたが、今、苦しんでいる様子ではなかった。

凛自身も驚いていた。

背中に何かがある。それと、何かを背負っているように重みを感じる。

凛は腕を回して確認しようとする。

「羽根がある…翼?」

背中を意識すると、羽根が地面に擦れてガサガサと音がする。

それと同時に動けなくなるほどの痛みが消えていた。

凛はゆっくりと立ち上がる。

「立って大丈夫なのか?」

トウマは心配する。

自分には翼が現れたことがないので、どのくらいの痛みか、またすぐに立ち上がってもいいのか分からなかった。

「はい、もう痛くないです」

あんなに痛くて立っていられなかったのに、今はすんなりと立って動くことができる。

物語でもティムが先に翼が現れている。

凛が大丈夫だ。

そう思った麗以外の四人の視線は麗に集まる。

「ん?」

麗は何かあったかと少しだけ身構える。

「物語の最後でレイナにも翼が現れています、もしかしたらレイにも翼があるのではないでしょうか?」

梁木の言葉に中西、凛、トウマは頷いている。

「…翼、私に?」

麗は自分自身に問いかけるように呟く。

物語の最後に、カリルの力でレイナに翼が現れた。

それは麗も知っていた。

麗は自分の胸に手をあてる。

もしかしたら自分にも翼が現れるかもしれない。

そう思うと、何故か緊張する。

「隠された真実よ」

麗は不安な声で呟く。

しかし、何も起こらなかった。

「何も起こらない」

安心したような残念なような不思議な気分だ。

そう思いながら周りを見ると、結界が消え始めていた。

覚醒が解かれ、瞳の色は元に戻っていく。


ケットシーが後ろを振り返ると、校舎を見上げていた。


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