再生 94 時のアンビエント
私を挑発する者がいる。
それは一つの興味だった。
からかうという表現ではなく、あれは挑発と呼べるものだった。
彼女の口ぶりだと、何かを知っているようだ。
神崎先生の計画を遂行するには、月代の力は必要だった。
彼女によって手段が断たれるようでは問題が生じてしまう。
結果的に、それが一つの策であり、私自身が足止めをされた。
私が動けない間に、離れた場所を写す魔法によって現状を把握することができた。
白百合の間から光の精霊が現れ、神崎先生と相良斗真についていた双子が封印された。
神崎先生に力を与えた闇の精霊と彼女の消息は不明だ。迷路を作り出す魔法を解除して月代を探したが、月代の姿も見つからなかった。
問題は解決されなかった。
それから年が明けて、物語の続きが書かれた。
物語を読んだ上で月代はまだ能力を封印されていないと確信した。
そして、ミスンの能力を持つ橘もまだ学園にいるだろう。
それ以上に感じたのは、彼が誰の能力を持っているか。
彼は彼女に似ていた。
未だ誰の能力を持っているか分からなかったが、恐らく私が思う人物の能力者だろう。
そう考えると、今までの疑問と彼の行動は理解できるものが多い。
しかし、私の目的は変わらない。
歪んだ時は正常に戻す。
「物語の続きが見つかった?!」
その一言でトウマは紙コップをテーブルに置いて答えた。
「うん」
トウマの前の椅子に座っている麗は頷く。
物語の続きが書かれた日、麗達は梁木達に連絡した。
学園内にいても、いつ図書室へ行けるか分からない。そう思い、連絡するだけにしておいたのだ。
麗は大学部に用があり、せっかくだから会って話そうと伝えたのだった。
「物語の続き、というより番外編かな。幻精郷に戻るカリルとマーリの話を聞いて、レイナとティムは今まで行った場所に行くことにした話だよ」
「確かにカリルもマーリも幻精郷で暮らしていたんだよな」
そう答えるのはトウマの隣に座る滝河だ。
「レイナとティムは暮らしていた村がなくなって帰る場所はない。一緒に幻精郷に行くのも有り得ないことじゃない」
「今まで行った場所を巡っていると、まあ色々あるんだけど、レイナ達は時の精霊と無の精霊と会うんだ」
聞き慣れない名前と精霊という言葉にトウマと滝河は反応する。
口にしないものの、まだ精霊が存在しているというような表情だった。
「あ、精霊と戦ってはいないよ」
何となくそういうことを考えてると分かった麗は補足する。
精霊と戦うとなると、伝え方が変わってくる。
「その後、結城先生がやってきて、マリスの過去の話で見た妖鳥の群れを呼び出したんだ。群れは外にもいて、私達が逃げてたら生徒会室の前で佐月さんが妖鳥の群れと戦っていて、四人で退治することはできたよ」
「佐月が?」
トウマは、どうして佐月が生徒会室の前にいたのか気になった様子だ。
「うん。教室にいて、覚醒したと分かったら、無意識に生徒会室…というより白百合の間に向かったって言ってた」
「白百合の間か」
滝河が高等部に在学している時から、あの場所は開かずの間だった。
覚醒した神崎と戦った時、光の精霊ウィスプは白百合の間から現れた。
未だにあの場所に何があるかは滝河も分からないことだった。
「覚醒が解かれる前に、凛が急にファントムを呼び出して、廊下を走り出したの」
「兄貴、今から高等部に行くか?」
滝河はトウマに提案する。
この後、予定のない滝河は高等部に行こうと考える。
その前に、トウマがどこまで読んでいるか分からない。
「あ、ちょっと待て。確認する」
そう言うと、トウマはズボンのポケットに手を入れて携帯電話を取り出した。
携帯電話を手にして指を動かしている。
それを見た麗はあるものを見つける。
「トウマ、それ…」
トウマの携帯電話には緑色の首輪がついた犬のストラップがついていた。
それは、大野が持っているものと同じだった。
「クリスマスイブにショッピングモールに行ったら大野と会ったんだが、具合が良くなかったみたいだったから、買い物について行ったんだ。で、そのお礼に福引きで大野が当てた携帯ストラップをもらったんだ」
トウマは狼狽えたり焦ったりする様子もなく普通に答える。
「??」
大野が福引きで携帯ストラップを当てたのは知っている。けど二つだとは言っていない。
それに、ショッピングモールで行われた福引きの景品は麗も見ている。
携帯ストラップはペアだったはずだ。
「それって…」
お揃いなのではないか。
だから、大野はあんなに嬉しそうだったんだ。麗はそう理解する。
しかし、二人がお揃いのものをつけていて、それだけで付き合っていると考えるのは短絡的だ。
トウマなら隠したりせず、普通に付き合ってると言いそうだ。
それに、大野は物語に出てくるスーマのようにトウマを慕っている。好きという気持ちと同じかは分からない。
好きでも形は違う。
色々考えたが麗は言わないことにした。
けど、トウマは麗の考えを見抜いていた。
「レイ、思ってることが顔に出てるぞ」
「ええっっ?!」
それに反応して驚き、更にそれが面白いのかトウマは笑っている。
滝河も顔を反らして笑いを堪えているということは、それくらい顔に出ていたのかもしれない。
「大野から何か聞いたかもしれないが、別にペアの携帯ストラップをもらったから付き合ってるとかじゃない。あいつは、自分が気分が悪くなってしまって俺が買い物に付き合ったことを遠慮してたみたいで、そのお礼に自分ができることをしたかったんだろうな。その気持ちを汲み取っただけだ」
トウマはイブのことを思い出す。
もし遠慮したり断れば、大野は自分について考えるだろう。
気分が悪くならなければトウマに買い物に付き合ってもらわずに済んだ、と。
トウマはその気持ちを考え、自分にできそうなことをしただけだった。
「それが、レイでも同じだ」
トウマにそう言われて、麗は考える。
もし、自分が買い物の途中で気分が悪くなってしまって、誰かに買い物を手伝ってもらったら、お礼をしたいと思う。
「そうだね」
麗は納得して答えた。
「トウマは大人だよね」
考え方が違うし、納得できる話し方をする。
「まあ、お前達より年上だからな」
トウマは当然というように答える。
麗が高校一年の時にトウマはすでに大学生だ。はっきりと聞いていないが、三つか四つは年が違うだろう。
「話は戻るが、どうして凛はファントムを呼んで、保健室に行ったんだ?」
滝河は疑問を抱く。
咄嗟に何かを見つけたなら他のものでもいいと思ったのだ。
「凛は黒い服が見えて、咄嗟にファントムを召喚したって言ってた」
ファントムは物語でも登場している。実際にその姿を見たことはないが、そういうこともできるようだ。
「保健室に行ったのは、無意識だって。実月先生はいなかったけどね」
「実月か…」
実月の名前を聞いてトウマは腕を組む。
「あいつは、まだどの能力者か分からないんだよな」
麗が物語を見つけてから、ずっと麗達の話を聞いたりアドバイスをしているが、まだ誰の能力を持っているか明かされていない。
本には書かれていない人物なのか、番外編で出てきた時の精霊か無の精霊か。
「…怪しい」
トウマは前から実月を疑っていた。
「まだ会ったことはないが、伊夜と鵲という人物も気になるな」
携帯電話を持つトウマの手は止まっていた。
「よし、行くか!」
トウマの中で何かを考えていたようで、勢いよく椅子から立ち上がる。
「あ、兄貴?」
隣に座っていた滝河は慌てて立ち上がった。
高等部に行くかどうか聞いたのは自分だったが、その答えだと気づくのに時間を要した。
トウマと滝河か高等部にいくのであれば、ここに残る必要はない。
いくら同じ敷地内とはいえ、この場所に制服を着ているのは自分だけというのは心細いし、居たたまれない気持ちになる。
「ちょ!待って!」
麗もトウマと滝河の後に続いてホールを後にしたのだった。
麗が大学部に行っている頃、凛は高等部の廊下を歩いていた。
寮に帰ったら、参考書を見直して勉強する。
その前に、ただ理由もなく校舎を歩きたかった。
「あっという間だなあ」
教室を出て、廊下の端から端まで歩いたら階段を下りる。
これを繰り返して一階に着いたら靴を履き替えて帰る。なんとなく、そう決めていた。
自分が透遥学園高等部に編入して一年半が経とうとしている。
何もなければ後一ヶ月と少しで卒業する。
もしも、一年生の時から透遥学園にいたらどうなってたんだろう。
姉の麗と同じ時期に編入していたら交遊関係やクラス、物語に関わる時期は変わっていたのだろうか。
凛はゆっくり歩きながら考える。
「去年の学園祭の前に図書室でWONDER WORLDを見つけた。それが、姉さんがやってるゲームと同じとは思わなかったな」
去年の二学期に透遥学園に編入した。
最初の感想は、どうして、という気持ちだった。
どうして、姉と同じ時期に編入できなかったのか。
どうして、二年の二学期という中途半端な時期なのか。
姉だけが別の学校に編入すると聞いて、最初は寂しくて泣いていた日もあったが、姉は自分の気持ちを見ていてくれるように頻繁にメールや電話をくれた。
寂しいという気持ちはなくなり、自分は自分の高校生活を過ごしていたある日、姉が通う透遥学園の編入案内が来たのだ。
編入してから、姉は自分のことを心配してくれた。
それは、編入して新しい生活に馴染めるか、友達ができるかどうか心配してくれたと同時に、物語に関わらないように注意してたと後から知った。
本の中の出来事が現実に起こるなんて今でも信じられない。
けど、物語に関わってできたものもある。
「そう思うと、実月先生も色々気にしてくれたんだよね」
凛は歩きながらボソッと呟く。
「何かあったら言えよっていうのは、あたしが物語に関わるかもしれないって分かってたんだよね」
中途半端に編入して、馴染めるかどうか心配してくれていたと思っていた。
「レイナに双子の妹がいるから、あたしも関係あるって思ったんだよね…」
学園祭の前に図書室で本を見つけ、学園祭の後に覚醒した。
それからも実月は自分のことを見透かしているように思えた。
「世話焼きなのか、ただの興味なのか」
初めて会った時から不思議な人だった。
あの時は何が起きたか分からなかった。
「…あれ?」
今、実月のことを考えているはずだ。
それなのに、頭の中にいる人は誰だろう。
自分の中にある自分じゃない記憶。
歩幅に合わせて時計の針がカチカチと進んでいく。
それまで動かなかった歯車が大きな音をたてて動き始めた。
「………」
それをきっかけに、今まで気づかなかった大きな違和感が押し寄せる。
凛は急いで階段を駆け下りた。
明かりはついている。
そこにいる。
凛は扉の前で深呼吸をする。
ただ入るだけなのに緊張していた。
凛は小さくノックすると、扉の向こう側で返事が聞こえる。
「失礼します」
凛は保健室の扉を開けた。
扉を開けると、まるで自分が来ることを知っていたように実月はこちらを向いて足を組んで座っていた。
「来たか」
実月は笑いながら迎えてくれた。
保健室派が暖房が効いていて暖かい風が吹いている。
凛は扉を閉めると、ゆっくりと振り返った。
「実月先生、話があります」
凛は真っ直ぐな目で実月を見る。
それが確実かは分からない。
それでも可能性はあった。
「編入する前から気にかけてくれて、去年の冬に倒れた時、あたしの話を聞いてくれました。その時、能力を封印されたものは覚醒してからの記憶がなくなると言ってました。姉さんや他の人に聞いても、そう聞いているけど、誰が最初に言ったかは分からないと言ってました。それに、実月先生が誰の能力を持っているか誰も知りません」
能力を封印されたものは覚醒してからの記憶がなくなる。
そう言われて、物語を読んだり異形の怪物と戦い続けているが、誰が言ったのかは分かっていない。
「実月先生は誰の能力を持っているか…。物語にまだ出てきていない人物がいる、ということだと考えたんです」
自分以外にも実月を怪しむ人物はいるだろう。
本に余白はあるが、物語は完結している。
見逃しているか、まだ出ていない人物だと考えるのが妥当だろう。
「あたしや佐月さんが何度も聞いた時計の音。学園祭の前、屋上であたしじゃない記憶が見えた。まるで前から実月先生のことを知っているようだった…」
実月は口を挟まずに話を聞いている。
突然、保健室全体に歯車が現れ、一つ一つゆっくりと動き始める。
答えは出ていた。
「貴方は…時の精霊」
凛は確信を込めて言った。
少しの間の後、実月は驚きもせず、ただ息を吐いて椅子から立ち上がった。
「誰が一番か考えていたが、やっぱりお前か」
椅子から立ち上がってこちらを見る。
それだけの間に実月の瞳は海のような深い青色に変わっていた。
「俺は時の精霊ザート」
実月が言葉を発した瞬間、計り知れないほどの重い空気が広がった。
感じたことのない張りつめた空気に凛はたじろいでしまう。
「何度かヒントを与えてやったが、…まあ、神崎や結城あたりは何か気づいた様子だったな」
いつも見ているはずだし、その姿も声は実月だが、目の前にいるのは実月ではないように思える。
普段より強気というか傲慢な感じがする。
「お前らが感じていた疑問を教えてやろう。物語に関わり、能力を封印されたものは覚醒してからの記憶が無くなってしまう…。それを創り出したのは俺だ」
実月は精霊と言っていたが、他の精霊と違って話し方は今までと変わっていない。
物語でも時の精霊は他の精霊と口調が違い、人間のように実体がある。
「どうして…!」
能力を封印された者は覚醒してからの記憶がなくなる。
それを作ったのが実月だった。
けど、どうしてそれを作ったのが理解できない。
「ただ本の中の人物と同じ能力を持つだけでは面白味に欠ける。覚醒してからの記憶の中でその価値を見出だすこともできるだろう」
「そんな…」
酷い。
それまでの記憶を面白味という一言で片付けてしまう。
凛はショックを受ける。
「ん?それとも能力を封印された後でも記憶がなくなってほしくないのか?」
「………」
実月の質問に、凛は答えることができなかった。
麗から聞いたことがある。
能力を封印された者本人や周りも、その人のことを一切、覚えていなかったらしい。
凛は考える。
もしも、神崎が能力を封印された後でも記憶を持っていたら。
また襲われるかもしれない。
能力を封印された後、何度も神崎を見たが、今まで知っていた性格や話し方が嘘のように変わっていたのだ。
覚醒していた時の記憶が無いままのほうがいいのかもしれない。
「…じゃあ、あたしと姉さんが透遥学園に来ることも、あたしだけ編入する時期が違っていたのも…あんなことがあったのも全部、実月先生がやったんですかっ?!」
凛は声を荒らげそうになる。
自分と麗の編入時期が違っていたのも、物語と同じで自分が神崎に襲われたのも、実月がやったことなのか。
もし、そうだとしたら許せない。
どうせなら一緒の時期に編入したかったし、無理矢理押し倒されたくなかった。
あの時の神崎の目は本気だった。
それに対して、実月は鼻で笑う。
「この世に偶然なんてない。それに、そんなことは俺の力でやることではない」
きっぱりと否定する。
実月先生だけど実月先生じゃない。
怖い。
これが本当の彼なのか。
悪寒が走り、背中に一筋の汗が伝う。
凛は今までの疑問をぶつける。
「あたしが編入した…ううん、あたしが編入する前からある白百合の間。神崎先生が封印される時、白百合の間から光が吹き出した。あれは、白百合の間は実月先生の力なの?」
凛達の中の大きな疑問である。
白百合の間に何があるのか。
麗が特別な言葉を発した時、白百合の間から光が吹き出した。
それ以降、白百合の間の扉を開けようとしても鍵がかかっていて開けることはできなかった。
「あれは俺がやったことではない。光が干渉したことだ」
実月はしれっと答えた。
「光が、干渉?」
それはどういうことだろうか。
凛が考えるより先に実月が答えた。
「精霊の間で過度に干渉はしない、という決まりにしている。もし、干渉せず好き放題に力を使われていては均衡を保つことはできないからな」
一瞬、何を言っているか分からなかったが、何となくだが分かるような気がした。
「つまり、光の精霊が姉さん、…あたし達を助けてくれたっていうこと?」
「半分正解だな」
半分は合っていて、半分は間違っている。
「じゃあ、この前見た黒い服は…」
妖鳥の群れに襲われた後、廊下の橋で黒い服を着た人物を見たような気がする。
それが誰か考える前にファントムを召喚して、その後に保健室に向かった。
どうしてか自分でも分からなかった。
実月は、やれやれといった表情で両手を肩のところまで上げる。
「伊夜、ばれてるぞ」
「へっ?」
突然、伊夜の名前を呼んで凛は変な声を出したが、次の瞬間、凛の後ろから声が聞こえた。
「…不覚です」
「うわっ!!」
真後ろから聞こえた声に、今度は大きな声を上げて振り返った。
そこには着物をアレンジしたような黒い服を着た伊夜が立っていた。
「い、い、伊夜、さん?!」
気配もなにもなかった。
しかし、そこに彼女はいた。
口から心臓が飛び出しそうなくらい驚いたような気がする。
ドキドキと脈打つ心臓を手で押さえながら凛は伊夜を見る。
そんな凛を一瞥すると、伊夜は凛の横を通り過ぎて実月の前まで近づく。
その場で跪くと実月を見て優しく笑った。
「伊夜は俺の眷属だ。俺達と同じで実体はある」
「伊夜さんが実月先生の眷属…?」
「ああ。精霊は自分の力を分け与えて眷属を作り出せる。ノームはゴーレム、ウィスプはケットシー…、で、俺が作り出した伊夜だ」
実月は凛に分かりやすいように説明する。
伊夜は緩めた表情を正す。
「…もしかすると、あそこのカラスって」
凛は実月の説明を聞きながら、あるものを目にする。
保健室の外に見える大きな木の幹に大きなカラスが留まっている。
その瞳は紅蓮のような赤だった。
「ほう、鈴丸に気づくとは、強くなったな」
実月は感心したように笑い、窓から鈴丸と呼ぶカラスを見つめた。
「鈴丸…?」
それがカラスの名前なのか。
それと同時に凛も木の幹に留まっている大きなカラスを見た。
しかし、その場所にカラスはいなかった。
「あれ?」
その時、背後にいるそれに気づいて勢いよく振り返る。
「ひいっっ!!」
凛は悲鳴に似た声を上げた。
凛の背後には、くちばしのように少し先の尖った仮面つけている人物が立っていた。短い黒髪でやや背が高く男性にも女性にも見える。
その人物の瞳の色も鈴丸と呼ばれたカラスと同じ色だった。
「こいつは鵲だ」
「もしかしたら…」
物語に出てきた時の精霊が実月なら、無の精霊は目の前に佇んでいる人物が考えられる。
凛が色々と考えてると、突然、ネックレスが光りだしてそこからシルフが現れる。
「シルフ?」
名前を呼ばずに出てきたことに凛は驚いたが、シルフはにっこり笑うと実月のほうを向く。
「ヤット話シタノネ」
シルフは困ったような顔で実月を見ている。
「シルフは実月先生が時の精霊って知ってたの?」
シルフは顔だけ振り返って頷いた。
「俺は皆に平等にヒントをやったつもりだ」
実月はわざとらしく答える。
「さて、俺からの質問だ」
実月は凛のほうを向き直す。
「俺が時の精霊であることを知って、その上で、力を無くしたいか?」
それは、以前、実月に投げかけられた質問だった。
凛は考える。
透遥学園に編入するタイミングが違っても、自分が神崎に襲われたことも事実だ。
覚醒してからの記憶がなくなれば、神崎に襲われた記憶はなくなる。凛にとっては早く忘れたいことだ。
けれど、大野や梁木、佐月達の思い出は消えてしまう。それに、最近、滝河のことを考えると、何故か胸が痛くなる。
「… 覚醒してからの記憶がなくなれば、あたしが忘れたいことは消えるし、もう悩まなくてもいいと思う。けど、覚醒して物語に関わって…皆との楽しい思い出も消えるのは嫌です」
嫌なこと苦しいことは記憶に残っている。
それでも楽しい思い出がなかったわけではない。
それが無くなるほうが怖い。
凛は真っ直ぐ実月の目を見て答える。
それを聞いたシルフは優しい眼差しで凛を見ている。
その時、凛の頭の中で一つの言葉が浮かんだ。
その言葉に意味があるかどうかは分からない。
凛がその言葉を言おうとした時、実月が先に口を開いた。
「今、お前の頭に言葉が浮かんでそれを言ったところで何も変わらないぞ」
「やっぱり」
実月の言葉で凛は察する。
今、頭の中で浮かんだ言葉は精霊を示すための言葉だ。
以前、中西と麗が言っていた。
ふと、その言葉が浮かぶらしい。
実月の言葉から察するに、その言葉は時の精霊ザートを表すための言葉で間違いない。けど、何も変わらないということは、時の精霊ザート、実月は自分に力を貸してはくれないのだろう。
「それに俺達は傍観者だ。一方だけに力を与えるのは精霊の決まりに反する」
そう言うと、実月は凛の側で佇んでいるシルフを見た。
その時、周りの歯車にひびが入り、景色が大きく歪み始める。
「何?!」
「わざと結界の層を脆くしてやった途端、そこから無理矢理捩じ込もうとしてるな」
実月は驚く様子もなく辺りを見ている。
何かに気づいたのか、シルフ、鈴丸、鵲の姿は消えていってしまう。
入り口があった場所の空間が切り裂かれ、足元が見える。
そこにやってきたのは結城だった。