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再生 93 終わりの始まり

それを聞いた時、頭に雷が落ちたような衝撃を受けた。

十二月上旬、神崎先生があいつの足を見て笑った時、あいつと神崎先生の間に何かが起こり、物語の中で起きた出来事が頭をよぎった。

男の勘なんて大したものじゃないが、あいつは神崎先生に襲われたのではないか。そう思ったんだ。

気づけば怒りのあまり、神崎先生に蹴りかかっていた。

真相は分からない。

もし、俺の考えが間違っていなかったとして、それを確認することはできない。

物語のように襲われたのか、なんて聞けるはずがない。

もし、話すとしたら一番側にいる双子の姉だ。

それくらい繊細で、思いだしなくない過去を、どうしてあいつは俺に話してくれたのだろう。

身体も声も震えてボロボロと涙を流していた。

それくらい思い出すのも苦痛なことのはずだ。

あいつは俺に触られるのは怖くないと言っていた。

それは警戒されていないと受け止めてもいいことなのかもしれない。


ただ、あいつの泣いた顔を見て、放っておけない。

そう思ったんだ。



冬休みが明け、お正月気分も抜けてきたある日の放課後、麗は机の中にある教科書や筆記用具を取り出しながら周りを見ていた。

「ぴりぴりしてますね」

自分が思っていることが聞こえて顔を上げると、そこには鞄を持った大野が立っていた。

「三学期に入ってから、皆、緊張してる感じがするね」

大野も同じことを考えていたようだ。

三年生の三学期。模擬試験、受験、進路が迫ってきている。

皆が不安や緊張を抱えている。

「そうですね」

「受験が終わるまでは、皆が集まるのは難しいかもね」

教科書や筆記用具を鞄にしまいながら麗は苦笑する。

皆というのは麗、凛、梁木、大野、佐月を指している。

「ん?」

麗は鞄を持って椅子から立ち上がると、あるものを見た。

「携帯ストラップ、新しくしたの?」

大野の上着のポケットから、オレンジ色の首輪がついた犬のストラップが見える。

校内で携帯電話を取り出すことはあまり無いが、冬休みの前までは別のものだったような気がする。

「あ…、はい」

携帯ストラップのことを聞いただけなのに、大野は顔を赤らめて恥ずかしそうに笑う。

二人はそのまま教室を出た。

「何かあったの?」

大野の様子を見て、何かあったのだろう。

麗は大野に尋ねる。

「家族に頼まれてイブにショッピングモールで買い物した時、福引きで携帯ストラップが当たったんです」

それにしてはいつもと様子が違う。

福引きで当たることは嬉しいが、顔を赤らめるほどではないと思う。

何か他にも嬉しいことがあったのだろう。

麗はそう思うようにした。

「大野さんもイブにショッピングモールにいたんだ」

「大野さんも、ということは麗さんも?」

「うん。ショウに会ったし、別行動だけど凛と滝河さんもいたみたい」

ショッピングモールは四階建てで広い。誰かがいても不思議ではない。

「受験が落ち着いたら、皆でショッピングモールに行っても楽しそうですね」

自然とそう言いながら、大野は笑った。

二年前の自分とは考えられないくらい、考え方が変わり、視野が広がったと感じる時がある。

二年前、正確には物語に関わる前までは自分は当たり障りのなく人と接するものだと思っていた。

頼まれたことは断らず、適度な距離を保って交遊関係を築く。それでもいいと思っていた。

しかし、物語に関わり、トウマや滝河、同じ境遇の人達と出会い、考え方が変わっていった。

今の方が気を張らなくて疲れない。

そう思いながら中央階段を下りていると、後ろから声が聞こえる。

「姉さん、大野さん」

その声に反応して麗と大野は階段で立ち止まって後ろを振り向いた。

「凛」

「凛さん」

階段を下りてきたのは凛だった。

凛が近づいてきたところで揃って階段を下りていく。

「凛は帰るの?」

麗は凛に聞く。

三学期に入り、麗達も模試やテストのために、寄り道しないで帰ったり、教室や学生室で勉強するようになった。

本屋で無意識に参考書を見つけるようにもなった。

トウマや滝河には、あまり根を詰めるなと言われているが、自分の将来を考えると不安になる。

「図書室に行ってから帰るよ。本を返したいんだ」

三階に着くと、凛は階段を下りずに廊下を歩こうとする。

「私もついていこうかな」

息抜きも大事だと思った麗は凛についていこうとする。

「大野さんはどうする?」

「せっかくなので、私も行きます」

本を読むのは好きだ。

たまには本を探すのもいいかもしれない。

大野は頷いて答えた。

「オッケー」

凛は笑って答えると、麗と凛と一緒に廊下を歩いていく。


図書室に着くと、凛は鞄から本を取り出してカウンターにいる女子生徒に渡した。

その間、麗と大野はカウンターの近くにある本棚を見ることにした。

「そろそろバレンタインかー」

カウンターの近くの本棚は季節に沿ったものや、図書委員と司書が薦める本が並んでいる。

「早いですね」

バレンタインまで一ヶ月はきっていても、まだ充分に余裕がある。

けれど、麗達には受験がある。

誰かに渡したいという気持ちはあるが、その時の自分に余裕があるかどうかは分からない。

「何を見てたの?」

その時、二人の後ろから声が聞こえる。

麗と大野が振り返ると、凛が立っていた。

こちらに来るということは、返却の手続きが終わったのだろう。

「バレンタイン用にお菓子作りの本が並んでたから見てたんだ」

「バレンタイン、か」

本棚に並ぶ本を見て凛は呟く。

お菓子を渡してもうすぐ一年。他にも色々とあるが月日の流れは早く感じる。

「今年も家庭科の授業で何か作るのかな?」

「そうだといいね」

麗は答えた。

去年、家庭科の授業で作ったカップケーキを中西に渡した時、職員室で食べようとしたらしい。その時、生徒に一口あげてしまったと、わざわざ連絡があったことを思い出す。

「(葵ったら、職員室で食べなくてもいいのに)」

どうして職員室で食べようと思ったのかは分からないが、中西が言うにはもらったものは麗と凛から先に食べると決めていたようだ。

それを律儀に話してくれる辺りが中西らしい。

「(今年もあげよう)」

作って渡せばもらってくれるだろう。

そう思いながら麗は笑う。

「…そう言えば」

それまで隣で話を聞いていた大野は、後ろを向くと麗と凛に顔を近づけた。

「あれから、物語の続きは確認しましたか?」

周りには誰もいないが、図書室には多くの生徒がいる。

麗と凛は周りを見ながら首を横に振って答える。

「ううん」

「見てない」

最後に物語の続きが見つかったのは学園祭の後だ。

それから何度か図書室に行ったが、続きは書かれていなかった。

「続きというより、余白部分に何が書かれているか、ですね」

物語は完結している。

それなのに、まだ余白のページがあるのだ。

あとかぎや解説かもしれないが、麗達は何かあるかもしれないと疑っていた。

「見てみる?」

麗の一声で凛と大野は頷くと、三人は図書室の奥へ進んでいく。

奥へと進み、本を見つけると、麗は腕を伸ばして本を手に取った。凛と大野はそれぞれ麗の隣に立つ。

麗がページをめくっていくと、ある部分で手が止まった。

「続きが、あった…」

『えっ?!』

麗の言葉に二人は驚き、麗自身も驚く。

物語の最後のページから一枚めくると、そこにはタイトルが書かれていた。

「明日への旅路」

麗はタイトルを読み上げると、ゆっくりとページをめくり始めた。



驚異的な力を得たマリスを滅ぼしたレイナ達は、有翼人(ゆうよくじん)や魔族達が住まう幻精卿(げんせいきょう)へ行くことになった。

レイナとティムが育った村はすでになく、マーリとカリルは幻精卿に帰ると言っていたからだ。

レイナは幻精卿に行く前に、今までに行った場所に行きたいと提案して再び旅を続けることにした。

フィアやティアとの再会。ティムがラグマによって消えた時、何が起きたか。消えたはずのラグマとマリス、ミスンが存在していたことが分かり、新たに時の精霊と無の精霊の存在を知る。

時の精霊は番人と呼ばれ、その呼び名に反応したカリルは時の精霊に、翼狩(つばさがり)で死んだ妹を生き返らせてほしいと懇願する。しかし、それは叶わなかった。

妹に対するカリルの表情や声、それを見たレイナは苦しむ。それは嫉妬だった。

その後、レイナはカリルに対して今の気持ちを伝え仲直りをして物語は終わった。



『………』

次のページをめくると、麗の手が止まる。

「…ない」

まだ余白は残っていた。

「この話はこれで終わりということでしょうか」

大野も何か言いたげな顔をしている。

一つの話の中で、色々な出来事が起きていた。

「時の精霊と無の精霊の存在」

「レイナがカリルに気持ちを伝えた…」

大野は新たな精霊の存在、麗は最後が気になった。

「麗さんは…」

カリルの能力を持つ梁木のことをどう思っているのか。

大野は麗に聞こうとする。

その時、それまで物語を読んでいた凛が声を絞り出す。

「…職員室行ってくる」

表情はなくなり、血の気が引いていくようだった。

自ら足を運ぶなんて馬鹿げてる。

結界を張られて一対一になったら逃げられない。

それでも、その事実が知りたかった。

凛が走り出そうとした時、後ろから鋭い視線が突き刺さる。それと同時に黄金色のネックレスがかけられ、それが弓矢に変わると、凛はそれを構えたまま振り返った。

そこには結城が立っていた。

「結城先生!」

「…いつの間に」

麗と大野はそこに結城が立っていたことと同時に、自分より早く凛が気づいていたことにも驚いていた。

凛は構えている。

結城の瞳が黄金色に変わっている。

それは結界が張られ、覚醒を意味していた。

「私の気配に気づいたか。それで、私に矢を向けるという意味を理解しているのか?」

結城は驚く様子もなく凛を見ている。

「先生に聞きたいことがあります」

無意識だった。

後ろから気配を感じて振り返った時には、すでに構えていた。

矢を向けるということは戦うということだ。

とにかく集中しなければならない。

「…一昨年の冬休みの時、結城先生はどこまで知っているんですか?」

物語ではティムが途中で意識を失い、現実では凛は生徒会室から寮に移動していた。

どこまで襲われたのか分からない。

その事実を知りたいわけじゃない。

結城がどこまで知っているか、それを知りたかった。

鬼気迫る凛の言葉に、麗は表情を曇らせ大野は何かを察知する。

「…凛さん」

結城は凛を見て、面白そうに鼻で笑う。

「今、ここで答えることは可能だが、それを知ってどうする?」

結城の目を見て、凛はそれを知っていると感じる。

滝河と麗には自分の口から話したが、大野には話していない。大野を信じていないのではなく、簡単に話せるものでもないからだった。

「答えてください!」

凛は決意する。

もう自分からも逃げたくない。

麗と大野を巻き込むことになる。

けど、自分はもう一人じゃない。

「良い目をするようになったな」

凛の目を見て結城は笑う。

「えっ?」

どういう意味か分からない。

そう思っていると、結城の目が怪しく光る。

「だが、今はお前に構っている暇はない。歪んだ時は私が正す」

そう言ってくるりと後ろを向くと、結城の姿は消えていってしまう。

それと同時に、図書室の床一面に無数の真っ黒な黒い穴が生まれ、そこから何かが翼を羽ばたかせながら浮かび上がる。

「これって…」

麗はその姿に見覚えがあった。

大きな鳥のような嘴と翼を持ち、人間のように腕があり二本足で立っている。

右手には片刃の長剣を手にしている。

「物語の過去に出てきた妖鳥(ガーゴイル)だ」

物語の過去でマリスが連れ去られた時、マリスを捕まえたのが妖鳥(ガーゴイル)という怪物だった。

それが、図書室を見渡す限り、いや、図書室の外にも無数にいた。

外にいる妖鳥は握っている剣を振り上げると、窓ガラスを叩き始めた。

ドンドンと大きな音があちこちで響く。

「もしかしたら…」

「窓ガラスを割ろうとしてる?」

「図書室を出よう!!」

外にいる妖鳥が図書室に入ってきたらどうなるか。

三人では歯が立たないかもしれない。

恐怖を感じた三人は、一先ず図書室から出ることを考える。

大野が凛の前に出ると、手にしていた本が大きな鎌に変わっていく。

大きく振ると、なぎ払った場所が大きく揺れ、そこから風の刃が生まれる。風の刃は妖鳥に直撃すると、次々に塵になって消えていってしまう。

幾つかの妖鳥が消えたことにより、そこに道が開けた。

「行きましょう!!」

三人は図書室を出るために走り出した。

ドンドンと窓ガラスを叩く音を聞きながら、麗は剣を振るい、大野は魔法を放ちながら行く手を阻む妖鳥の群れを倒していく。

「ディーネ!!」

凛は前を見ながらネックレスを掴んでその名前を呼んだ。

ネックレスが光り、凛の足元に青く光る魔法陣が浮かび上がった。そこから水の精霊ディーネが姿を現すと、三人に襲いかかる妖鳥の群れと凛の周りを旋回した。

すると、一瞬にして妖鳥の群れは氷に包まれてしまう。

宙に浮いていた妖鳥も氷に包まれ、そのまま落下してしまう。

「扉!開いてる!!」

麗は走りながら先に見えるものを確認する。

扉は開いているが、結界によって見えない壁があるかもしれない。

そう思いながらも三人は迫り来る妖鳥の群れを倒しながら走っていく。

立ち止まることなく走り、そのまま何もぶつかることなく図書室を後にした。

図書室を出た後、後方から次々に窓ガラスが割れる音が響き渡った。


図書室を出た三人はそのまま廊下を走り出した。

図書室は校舎の端にある。そこから上や下に向かったほうが早いが、階段の壁には窓ガラスがある。妖鳥がどれだけいるかは分からないが、窓ガラスがある場所を走れば外側から妖鳥の群れに狙われると考えたからだった。

「どこに向かう?!」

走り出したのはいいが、目的のないまま走っていては体力が無駄に消耗される。

「結城先生が行きそうな場所…白百合の間でしょうか?!」

大野は走りながら後ろを振り向く。別の離れた場所から窓ガラスが割れる音が聞こえ、図書室から妖鳥の群れが飛び出してこちらに向かっていた。

一番後ろを走る凛の背後には、水の精霊ディーネが佇んでいる。

時折、廊下が氷結して、そこから棒状に突き出した幾つもの氷が妖鳥の群れの進行を妨げていた。

外にはまだ妖鳥が群がっているだろう。

あまり深くは考えられない。

「じゃあ、上に行こう!!」

麗はそう言うと中央階段から上に向かおうとする。

階段が見えてくると、麗達は階段を上っていく。

外を見ると、まるで自分達の動きが知られているみたいに、妖鳥の群れは剣を振り上げて窓ガラスを叩いていた。

「どうして、私達がここにいるって分かるの?!」

「恐らく、周りに他の能力者がいないか、上に何かがあるのでしょう」

「この上にあるのって…」

凛は先を見ながら考える。

四階には三年生の教室、五階には音楽室や家庭科室などの特別教室がある。

その中で、物語に関係していて結城が向かいそうな場所。

「生徒会室と白百合の間…」

それを考えていた凛が呟く。

先月、ロティルの力を持つ神崎と戦った時、闇の精霊シェイドの力を得た。その時、シェイドは生徒会室から現れた。

また、麗が光の精霊ウィスプの声を聞いた時、ウィスプは白百合の間から現れたのだった。

思案しつつ階段を駆け上がっていくと、人の気配を感じる。

金属のようなものがぶつかる音が聞こえ、上から強い風が吹き荒れる。

強い風で階段から踏み外さないように足に力を入れると、上から声が聞こえた。

「ストレイ!」

その言葉とともに、麗達の目の前が光で包まれた。

『!!』

輝くほどのまぶしい光を見てしまった麗達は驚いて、思わず顔を背けて目を閉じてしまう。

目を開けることはできないが、近くで何かを投げる音と妖鳥の悲鳴が聞こえる。

光が消えていると感じた麗達は、おそるおそる目を開く。

階段の先には佐月が立っていた。

「佐月さん!」

声に気づいた佐月が振り向くと、驚いた表情でこちらに目を向ける。

「麗様!大野さんに、凛様も!」

佐月の瞳は明るい緑色だった。

近くで、何か音がした。

麗が佐月に近づこうと階段を上がろうとした時、佐月はそれを制止する。

「動かないでください!!」

大きな声に驚いた麗の足が止まる。

麗達の後ろにある窓ガラスが割れると、そこから妖鳥の群れが侵入してきた。

佐月の足元に風が吹くと、スカートがふわりと揺れる。

佐月の両足の太股にはベルトがつけられていて、その外側には幾つもの細い針のようなものが刺さっていた。

佐月は指と指の間でそれを引き抜くと、麗達の後ろを狙って投げた。

針は麗達の真横を通りすぎて、何かに突き刺さる。

「…えっ?!」

麗達が振り返ると、背後には三匹の妖鳥が麗達に襲いかかろうとしていた。

妖鳥の額には針が突き刺さっている。

それと同時に妖鳥の悲鳴が聞こえ、妖鳥は消えていってしまう。

「……」

麗達は息を飲む。

もし動いていたら、大きな傷を負っただろう。

「お怪我はありませんか?!」

麗達の背後に敵がいないと判断した佐月は、麗達を気遣う。

「うん、大丈夫」

「ありがとうございます」

階段にガラスの破片が飛び散り、麗達は急いで階段を上がった。

妖鳥はガラスが割れたところから侵入していた。

「話は後にしよう!!」

階段を上がった先で四人は廊下や階段を見ながら距離を縮める。

左右の廊下や麗達が来た階段には、妖鳥の群れが翼を広げながらこちらに剣を向けていた。

凛の首にかかっている黄金色のネックレスが弓矢に変わっていく。

誰が踏み出したか分からず、それぞれが妖鳥の群れに向かって攻撃を開始した。

麗は斬りかかろうとしてくる妖鳥を次々に剣で倒し、凛と佐月はやや遠い場所にいる妖鳥に攻撃を仕掛ける。

大野は廊下というあまり広くない場所では物理的な攻撃は向いていないと思ったのか、大鎌を出さずに魔法を発動させる。

戦っている最中、後ろから視線を感じて麗は振り向くが、そこには誰もいなかった。

「生徒会室…」

あの時、生徒会室から闇の精霊シェイドが現れた。神崎が封印されて、シェイドがどうなったかは分からない。

そのまま消えてくれたならいいが、どこかに逃げた可能性もある。

もしも、また生徒会室に潜んでいるとしたら。

それ以上を考えることができなかった。

「……っ!」

目の前には一匹の妖鳥が麗に向けて剣を振り上げていた。

麗は一歩後ろに下がると、剣を構えなおした。そのまま踏み込むと、妖鳥の腹部を目掛けて剣を突き刺した。

妖鳥は悲鳴をあげ、そのまま塵となって消えていってしまう。

「ふう…」

油断したが何とかなった。

麗は一息吐くと、辺りを見回す。

廊下や階段を埋め尽くすくらい漂っていた妖鳥の群れはいなくなり、気配もなくなっていた。

「終わったみたいだね」

覚醒は解かれていないが、張りつめていたものが緩まったのか、周りを見る余裕ができた。

「佐月さんはどうして五階に?」

麗は後ろを向いて階段の近くにいる佐月に質問する。

「あたくしは教室に残ってダンスの練習をしていたのですが、突然、教室に残っているクラスメイトが消えたので、覚醒してると気づいたのです」

試験が近づく中、少しでも身体を動かしたいと思った佐月は、急にクラスメイトが消えたことで、それが覚醒してると気づいたようだ。

「教室を飛び出して、気づいたらここにいました」

「理由もなく?」

麗は尋ねる。

話を聞くと、教室を出たところで敵に襲われ、逃げている途中で五階にきたのではなさそうだ。

「はい。それに…」

佐月は目の前を見上げる。

「どうしてでしょうか…。白百合の間を見ていると、とても暖かくて懐かしい気持ちになるんです」

佐月は切ない表情で白百合の間を見つめる。

「私も」

自分と同じ考えの人がいた。

それが最初に思ったことだった。

「私も、何故か懐かしく感じるんだ」

「…えっ?」

どうしてか話を聞こうとした時、遠くで何かが動いた。

「ファントム!!」

それに気づいた凛はネックレスを手にしてその名前を呼んだ。

ネックレスが光り、そこから黒い影が現れる。

「あれを追って!!」

凛の意思を読み取るようにファントムは駆けるような速さで廊下を進んでいく。

それを追うように凛も廊下を走り出した。

「凛!どうしたの?!」

麗達は訳も分からず走り出した凛の後を追う。

ファントムは床を這い、それを追いかけるように廊下の角を曲がる。

それに続いて凛が角を曲がると、そこにはファントムが佇んでいた。

「いない…」

佇んでいたファントムは床に溶け込むように消えていく。

少ししてから追いついた麗、大野、佐月は立ち止まると凛の背中を見た。

「何かあったの?」

麗の声を聞いて振り返ることなく凛はただその場所を見つめている。

覚醒は解かれ、結界が消えると、割れた窓ガラスは元に戻っていた。

「……!」

凛は何かを察知すると、目の前の階段を駆け下りていく。

「ち、ちょっと…!!」

突然、ファントムを呼び出して走り出し、立ち止まったと思ったら階段を駆け下りていった。

麗達は凛の後を追って階段を下りていく。

一階まで下りると、凛は息を切らして立っていた。

凛は一点を見つめている。

麗達も凛が見つめる先を見る。

「保健室…?」

保健室の扉には札がかけられている。

以前、保険医の実月は自分は常勤ではないため、席を外す時や不在の時は札をかけると話していたのを思い出す。

実月はいなかった。


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