再生 91 それからとこれからと
舞冬祭が終わり、冬休みが近づこうとしているある日の午後。
トウマは周りを見て、少しだけたじろいでいた。
「まさか全員来るとは思わなかった…」
大学部の一階にあるホールには、トウマの他に麗、凛、梁木、大野、佐月、滝河の六人がいた。
先週の一件の後、トウマの元にメールが届いた。
今までのことが知りたい。
他にも複数のメールは届いたが、殆どが同じ内容だった。
トウマは大学生であり、講義や都合もある。個々に会うよりは、都合がつく人だけ集まるようにいっせいに返信したのだった。
それに、皆にも授業や講義、都合はある。
全員は集まらないと思っていたのだった。
「舞冬祭も終わったし、後は冬休みを待つばかりだしね」
「それでも試験対策とかあるけど」
「どうして、僕達に嘘をついたんですか?」
「今までのことを話してほしい」
麗、凛、梁木、滝河はトウマを見ている。
大野と佐月もトウマを見ているが、その瞳は潤んでいて、今にも泣き出しそうだった。
高等部は今日は午前中で終わった。集まるにはちょうど良かったのかもしれない。
トウマは諦めたように一息吐くと麗達を見る。
「先ずは、すまなかった」
トウマは椅子に座ったまま頭を下げた。
「俺が嘘をついてたのは、かん…神崎先生や結城先生、生徒会の目を欺くために、まず周りから嘘をつきたかったんだ」
トウマ達がいるテーブルの周りには人はいない。しかし、ホールには何人かいる。
他の誰かに話を聞かれないようにホールの隅にしたが、誰に聞かれるか分からない。
トウマは呼び方を改めた。
嘘というのは、トウマが封印されたということだ。
あの時、誰もがトウマの能力が封印されたと思っていた。
「カズとフレイの無効化魔法、大野の祈りの言葉、フィアの力を持つ佐月の転移魔法、それが合わされば、能力を封印する力を防げるんじゃないかって思ったんだ」
トウマの言葉に大野と佐月は頷く。
「ここまでの話は四人にした。だが、俺は能力を封印されて記憶をなくしたふりをしたんだ」
礼拝堂の前から別の場所に転移した時、大野や佐月と合流しようと思えばできたはずだった。
しかし、それでは神崎や生徒会にいる人物を欺けない。
トウマはそう考えたのだ。
「結果、計画は成功したが…、俺が油断したせいでカズとフレイは封印された…」
自分がもっと気配を察知していれば、カズとフレイは能力を封印されなかったもしれない。
トウマは眉をひそめる。
「あれから隠すのが大変だった。…あー、彰羅は気づいてたと思うし、中西先生も何か言いたげだったな」
トウマは人差し指で頬をかきながら二人のことを思い出す。
勘が鋭いのだろう。
その二人はこの場所にいない。
中西は教師であり、授業が終わったとしてもやるべきことはある。
鳴尾は、恐らく興味がないのだろう。
トウマの話を一通り聞くと、麗の中で疑問が生まれる。
「…っていうことは、もしかして学園祭の時にカズさんとフレイさんにプリンを買いに行かせたのは、自分が封印されていないってばれないようにしたの?!」
学園祭の時、食堂でプリンを買った後、カズとフレイに会った。
それに対して、トウマはばつが悪そうな顔で苦笑する。
「ああ…まあ、そうだな。一月から今までほとんど高等部には行かないようにしたし、結界を張られて覚醒したら、計画が台無しだからな」
時間がある時は高等部に赴いて、自分の呪いや物語について調べていた。
しかし、いつ覚醒するか分からない。
トウマは高等部に赴くのを控えていたのだ。
「トウマ様、…もしかしたら、夏祭りの時も?」
大野もトウマに疑問を投げる。
皆で夏祭りに行った時、見知らぬ男性に声をかけられて困っていた。
無理矢理連れていかれそうになった時、助けてくれたのがトウマ達だった。
「お、お前達を見掛けたのは偶然だ!それに、困っている人がいて手を差しのべるのは当たり前だ」
トウマは照れているのを隠すように少しだけ顔を反らし、ややぶっきらぼうに答えた。
あれは本心だった。
それだけで大野は嬉しく思い、泣きそうになってしまう。
「でも、せっかくならもっと学園祭の出し物を見たかったな」
学園祭のステージに出た時も朝からばれないように緊張していたのを思い出して、悔しそうな顔をする。
計画を立ててから今までのことを思い出していると、麗達を見て笑う。
「俺が能力者じゃないって思ってても、バレンタインデーはお菓子くれたんだったな。ありがとう」
カズとフレイから、高等部のファンからと言って受け取った紙袋いっぱいのバレンタイン用のお菓子。
その中には麗、大野、佐月のものもあった。
それぞれ、メモに名前が書いてあったのが幸いだ。
トウマの笑みに麗、大野、佐月は顔を赤らめ、それを見た梁木と滝河は複雑そうな顔で見ていた。
それを気づかれないように梁木は咳払いをしてから質問をする。
「疑問があります。神崎先生が封印された時、トウマの呪印は消えました。呪いの力を使ったのが神崎先生なら、僕の呪いも解かれたのでしょうか?」
覚醒すると、梁木の右頬に呪印が浮かび、肩甲骨の左側には悪魔のような黒い翼が現れる。
背中にも神経が通っているが、あの時、翼を見る余裕はなかった。
トウマが答えるより先に、隣に座る滝河が答える。
「俺もはっきりと見ていないが、確か呪印はあったと思う」
神崎を封印して、ほっとしようとしたのも束の間、カズとフレイが封印されてしまい、考えが追いつかなかったのだ。
「…多分、だ。俺とショウで呪印を刻まれた日が違うからじゃないか?」
トウマと梁木では呪印が刻まれた日が違う。
もしかしたら、その内、梁木の呪印も消えるかもしれない。
「ショウも俺と同じで、呪印が浮かぶと力を使えば使うほど身体に痛みが生じるのか?」
トウマの疑問に梁木は首を横に振る。
「覚醒すると、それまでは肩甲骨の右側に白い翼が生えるだけでしたが、過去のカリルのように左側に悪魔のような黒い翼が現れます。それと、治癒魔法と光魔法が使えなくなります」
「そうか」
トウマはそう呟く。
自分とは違う効力であり、自分が消えた呪印が梁木には残っている。
実際に見てみないと分からないが、手掛かりがないことには対処することは難しい。
「俺の話はこんな感じだ。次はお前らの話を聞かせてほしい」
嘘をつき始めてから、皆との連絡を経ち、高等部に行く回数を減らした。
その間、何があったか知りたかったのだ。
麗達は、一月から今までのことを話し始める。
ミスンの能力を持つ橘という少女が月代と対峙し、ミスンと同じ力を使って消えたこと。
その時、月代の翼は真っ白に変わってしまった。
凛が去年の学園祭の後に覚醒したが、自分が能力者であることを言えずに隠していた。
周りに同じ境遇の人がいないと思っていたからだ。
その後、麗と凛のわだかまりがなくなり、凛がティムと同じように召喚術を使うことを知った。
それから徐々に凛がティムの能力を持っていることが広まり、 凛は色々な場所で精霊や妖精と会い、召喚できるようになった。
「炎竜ファーシルの能力を持つ暁さんに特訓してもらって、氷竜ブロウアイズの能力を持つ静さんにも会いました」
凛か話していると、トウマは何かを考えながら聞いていた。
「凛、あ…改めて言うのもなんだが、俺も凛って呼んでいいか?」
「はい!」
去年の夏、凛が編入した時に紹介はされたが、まだ凛は能力者ではなく、麗達に比べてあまり話をしていなかった。
面識がないわけではないが、名前で呼んでいいか確認しておきたかった。
凛はただ、姉の麗と一緒にいると名字で呼ばれても二人が反応してしまうから、名前で呼ばれた方が都合がいいと感じたくらいだった。
「凛はどんなものを呼び出せるんだ?」
トウマの質問に対して、凛は目の前に手のひらを向けて、指を折りながら名前を挙げていく。
「えっと…、シルフ、セイレーン、ディーネ、ケットシー、ゴーレム、ファントム…です」
凛の答えにトウマは驚く。
物語でティムが召喚できるものと同じであり、条件はあるだろうが自然の源である精霊を召喚できるのは凄いと思ったからだ。
凛の隣にいる大野は凛の顔を見る。
「…凛さんが操られた時、サラマンドラとノームも召喚しました」
「えっ?!」
その事実に、今度は凛自身が驚く。
「その後、凛さんは意識を失いましたが、覚えていないんですよね?」
高屋によって操られたことはない。
本当に覚えていないのか、大野には分からなかった。
「…二階の廊下で神崎先生と高屋さんに会って、気づいたら五階の廊下にいたから」
「あ、凛さんが嘘を言っていると思っていません」
大野は慌てて補足する。
「分かってるって」
大野が疑っているとは思わないが、凛は笑って答える。
「すごいな」
トウマは素直に感心する。
自分もサラマンドラは召喚できる。しかし、他の精霊、しかも属性の違う精霊を召喚できるということは驚くべきことだった。
「神崎先生を封印したとはいえ、まだ、高屋、月代、結城先生がいる。油断はできないし、保険医の実月先生も気になるな」
神崎を封印しても、まだ全ての疑問が解決したわけではない。
麗達も同じ気持ちだった。
その時、大野はあることを思い出す。
「後、気になるのは伊夜と鵲と名乗った人でしょうか?」
「伊夜?鵲?」
聞いたことのない名前にトウマは聞き返す。
「夏休みに生徒会が企画した肝試しがあったんです。麗さんや凛さんとは別行動になったのですが、私は梁木と佐月さんと一緒だったんです。その時、すでに誰かによって結界は張られていたのですが、廊下で伊夜と鵲と名乗る人物に会いました」
あの時、大学生であるトウマと滝河は参加していない。
滝河は伊夜を見たことはあるが、話は聞いておこうと考えた。
大野は話を続ける。
「私達の瞳の色が変わっていたので、結界は張られていて、相手も能力者というのは分かったのですが…、特に何をするわけでもなく消えてしまったんです」
それまで話を聞いていた佐月も話に入る。
「あの時、梁木さんと大野さんは、瞬時に背後に回ったと言っていましたが、あたくしには、時間が止まり、その間に二人が移動したような感覚でした」
同じ場所にいたのに佐月だけが違う感覚だった。
トウマは佐月を見る。
「佐月だけがそう気づいたのか?」
「はい」
佐月ははっきりと答える。
「俺は実際にその二人を見ていないからな…。精霊のように身体が透けていたわけじゃないんだよな?」
「はい」
実際に見ていれば推察することはできるが、その様子を見ていないトウマは考えることしかできない。
「夏休みの夜…」
トウマは考える。
「お盆の夜なら、もしかしたらおば…」
「ち、違います!!」
トウマの言葉を遮り、慌てて否定したのは凛だった。
「ん?」
「あ、えーと…あたしは肝試しの時に会っていませんが、学園祭の後、あたし達は伊夜さんに会ってます。実体はありました」
反射的に大きな声を出してしまったが、凛は落ち着いて話を続けた。
「伊夜さん…どこかで感じたことがあるような雰囲気でした」
結界が張られ、皆はばらばらになってしまった。
麗と滝河は剣を奪われ、別の空間では凛、梁木、大野、佐月、中西が魔法を奪われた。
その時に伊夜は姿を現したのだった。
「分かった。その二人も頭の隅に置いておく」
自分が麗達から離れている間、多くのことがあった。
自分が姿を現した時、結城と月代はいなかったが、能力が封印されていなかったことはその内知られるだろう。
「今までの疑問はこれくらい?」
「そうだね」
麗が凛の顔を見ると、同じタイミングで凛は麗を見た。
「次は…この前のことですね」
梁木は頷くと滝河のほうを向く。
「滝河さん。月代さんと会った時、何がありましたか?」
月代と対峙した時、滝河は自分達を先に行かせてくれた。
相手は月代だ。
何事もなく合流したとは思えない。
それまで話を聞いていた滝河に視線が集まる。
「月代と戦って、あいつが倒れたのを見て、お前達の後を追いかけようとしたんだ。…けど、気づいたら俺は倒れてた。傷は治っていたが、何が起きたかは分からないし、目を覚ました時には月代はいなかったんだ…」
早く麗達に追いつかなくてはいけない。
それと同じくらいに、操られた凛が気になっていた。
その気持ちが油断を生んだ。
「けど、どうして凛を操ってまで白百合の間に固執したんだ?」
トウマは滝河が凛を名前で呼んでいることにほんの少しだけ驚く。
「(俺がいない間、少しずつ関係性が変わったんだな)」
物語を通じてできた繋りが人を変えていく。
それは悪いことではない。
「言葉が浮かんだ時、白百合の間から光が溢れてウィスプが現れた。神崎先生は、白百合の間にウィスプがいると思って私や凛に扉を開けさせようとしたのかな?」
あの時、ふわりと柔らかい風を感じて、気づいたら言葉が生まれた。
神崎は凛にもウィスプを呼ぶことができると思ったのではないか。
麗はそう思っていた。
「でも、あたしが開けようとした時には開かなかったよ?」
扉に触れることはできても扉を開けることはできなかった。
もう一度やってみたら扉は開くかもしれない。
凛にも予想がつかないことだった。
梁木は佐月に質問する。
「佐月さん、どうして自分が囚われている鳥籠に罠が仕掛けられていることを知っていたんですか?」
佐月を囲う黒い鳥籠に触れようとした時、佐月は罠が張られていることを知っているようだった。
「それまで講堂にいたあたしは、気づいたら生徒会室にいました。生徒会室には覚醒した神崎先生がいて、あの黒い鳥籠に触れながら何かを呟いてました。意識がはっきりしてなくて何をしたかは分かりませんが、何かあると思いました」
思い込みは良くないが、神崎は何かをするに違いない。佐月はそう思ったのだ。
それまで話を聞いていたトウマは腕時計を見て時間を確認する。
「終わったと感じるが、まだ全部が終わったわけじゃない。物語は終わっていてもまだ余白が残っているなら、また時間のある時に見に行ったほうがいいな」
本にはまだ余白はある。それに、能力者の中に結城、月代、高屋が残っている。
トウマの言う通りだ。
「図書室に見に行く?」
麗はトウマに提案する。
今、トウマがどこまで物語を読んでいるか分からない。
麗はトウマが行くなら自分もついていこうと思ったのだ。
「本の続きは気になるが、この後、用事があるんだ」
「用事?」
「来週、ライブがあるからその練習」
滝河に向かって苦笑する。
どうしてトウマは苦笑するのか。
滝河が尋ねる前に、トウマの背後から声が聞こえた。
「トウマさーん!」
聞き慣れた声に、トウマだけではなく全員が声が聞こえた方を向く。
『!!』
自分達に近づいて来るのはカズとフレイだった。
大学部の敷地内だから会うのは自然なことだが、何故か動揺してしまう。
「ホールにいたんですね」
「あれ?」
カズとフレイはトウマの隣に座る滝河に気づく。
「…こんにちは」
滝河は椅子に座ったまま軽く頭を下げる。
二人とは覚醒する前から知っている。
記憶がなくても、自分のことは覚えているだろうと考える。
「滝河君も一緒だったんだ」
「ん?」
カズとフレイは軽く手を上げて答えると、麗達に気づいた。
「高等部の子?」
「滝河君の知り合い?」
麗達を見て、カズとフレイは滝河に向かって笑う。
「…………」
二人の言葉に麗達はショックを受ける。
自分達が覚醒する前にカズとフレイは覚醒したのだろう。
雰囲気も話し方も変わらないのに、麗達の事を覚えていなかった。
「あー…、ら、来年、大学部に受験するみたいで、話を聞きたいって大学部に来たんです」
滝河は咄嗟に答える。
この五人の中で、一人くらいは大学部に進学するだろう。
そう思っての言葉だった。
「成る程な」
「年が明けたらあっという間だしね」
カズとフレイは互いの顔を見て頷く。
後、半月くらいで今年が終わる。
大学部に赴いて在学生に話を聞くこともあるだろう。
「…俺は行くからな」
何となく気まずくなったトウマは椅子から立ち上がると、椅子に掛けていた鞄を手にした。
「またな」
カズとフレイの後を追って歩くトウマの笑顔はどこか寂しそうだった。
「ふと思ったんだが…」
大学部の校舎を出て並木道を歩いていると、滝河は足を止める。
それに気づいた麗は足を止めて後ろを振り返った。
「どうしたの?」
麗の動きに気づいて梁木達も足を止めて滝河を見た。
「お前達が覚醒した時の武器や道具を改めて知りたいというか、見たいというか…」
歯切れが悪いのは、今、必要じゃないことを自分だけが知りたいということなのかもしれない。
滝河の言葉に麗達は顔を見合わせる。
今まで、覚醒して戦ってきたが全員が全員のものを見ているわけではない。
「まあ、個人的なことだから気にするな」
それはただの興味本意だ。
滝河はまた歩こうとした時、まだ歩き出そうとしない麗を見て微かに笑う。
麗達も興味がないわけではなさそうだ。
「…時間はあるか?」
滝河は一言、確認する。
高等部の授業が午前中で終わったとはいえ、この後に何もないとは限らない。
麗達が頷いたのを見ると、滝河は一息吐いて意識を集中させる。
すると、滝河の立つ場所から水が溢れて始め、広がっていく。
麗達から見えるくらいの距離まで広がり、水が止まる音が聞こえると滝河は目を開いた。
左目は薄い水色、右目は深い青色に変わっていた。
結界が作られ、覚醒していることが分かると麗達も意識を集中させる。
すると、麗達の手にそれは現れた。
「改めて見ると多様だな」
滝河は麗達が持っているものを見つめる。
覚醒して戦う時に、武器や道具を見ている余裕はない。
「私は剣。ゲームや本でレイナが使っているものと同じものだよ。片手でも両手でも扱えるし、魔法で作った剣と合わせたら二刀流もできる」
麗は剣の切っ先を下に向けて説明する。
覚醒したばかりの時はそれなりに重たかった剣も、自分に力がついてきたのか、剣を扱えるようになってきたのか、今ではちょうど良い重さだ。
「あたしは、このネックレスかな。呼べばネックレスから精霊や妖精が来てくれるし」
麗の隣にいる凛は自分の首にかかる黄金色のネックレスに触れる。
「後は、頭でそれを思い描くと、弓矢や剣に変わるよ」
ネックレスが液体のように溶けると、それは形を変えて弓矢になる。
「弓矢や剣以外にも形を変えられるのですか?」
佐月は小さく手を上げて凛に質問する。
「んー…多分、できると思うけど、形を保つのが難しいかも」
凛は苦笑する。
約三ヶ月前、屋上で暁に出会った。
特訓のおかげでできるようになったが、最初は弓矢以外に形を変えようとすると、波を打つようにグニャリと変わり、形を保つことができなかった。
漠然とだが、今はもう少し上手くできると思っている。
「僕のは短剣です。片手でも両手でも扱えるくらいですね」
凛の近くにいた梁木は、柄を見えやすいように短剣を麗達に向ける。
柄には白銀と薄い紫の模様が施されている。
「兄貴のよりは大きい感じだな」
滝河は梁木の短剣を見ながら、ここにはいないトウマを思い浮かべる。
トウマが覚醒した時には、梁木が持つ短剣よりほんの少しだけ幅が狭く、短かったような気がする。
「兄貴は二刀流、になるのか?手の使い方が普通とは逆だ」
何度かトウマの腕を見たことがあるが、軽やかに短剣を扱っていた。
麗達も想像しやいようで、納得するように頷いていた。
梁木が話し終わるのを見て大野が口を開く。
「私は…本です」
大野の両手にはやや厚めの本が握られている。
使い込まれた薄い茶色に黒い文字で何かが書かれている。
「この本の力によって、傷を癒したり、魔法を発動することができます」
本を開いて神に祈りを捧げると、力が与えられる。
「それと、地の精霊の力で、本から大鎌に変わります。…力は皆さんが知ってる通りです」
言葉を濁すのは、ここにいる殆どの人が地の精霊の力を痛感していると思ったからだ。
一振りで地面が割れ、地震や雷を起こすほどの力だった。
「あたしはこれです」
そう言うと、佐月は右手の人差し指でくるくると回しているものを見る。
「円月輪か?」
滝河は昔、見た記憶を思い出しながら佐月に問いかける。
「はい、そうです。チャクラムとも呼ばれる投擲武器ですね」
佐月は滝河に向かって答え、ピンと来ない麗達に説明する。
佐月の指には、金属製の輪っかに外側に刃がついているものがあった。
「これ以外にもあるにはあるのですが、今、この場ではちょっと…」
佐月は言葉を濁す。
何か条件や言えない理由やがあるのだろう。
滝河も麗達も特に気にせず、佐月の武器を見ている。
「最後は俺だな。知っての通り、俺のは鏡牙という名前の長剣だ」
そう言うと、滝河は鏡牙を掲げる。
青みがかった白銀の柄の剣は、太陽の光に反射して輝いている。
「これを媒体にして、虚像を作ったり盾を作り出したり魔法を発動させたりしている」
滝河の言葉に麗達は興味深く見ていた。
「ここにはいないけど、中西先生は青いカードに込められている魔法を使うよね?物語に出てくティアみたいに」
「一度に同じカードが使えるかは分かりませんが、色々な効果がありますよね」
「去年、一度だけ自分の身体を剣に変えることはできたけど、あれって、どんな感じなんだろう?」
凛はこの場にはいない中西の名前を挙げる。
物語に出てくるティアそのもののようにカードから様々な魔法を発動させることができる。
そして、約一年前、中西はカードの効果により自信の身体を剣に変えた。
その剣を握り、獣の群れに立ち向かったのは麗だった。
「後は彰羅か。大体、知ってるとは思うが、骸霧という名前の幅の広い大きな剣を持っている。両手で扱い、切りつけられたり衝撃波に触れると、貧血やめまいなどに襲われる。一時的な対処法はあっても、覚醒が解かれるか結界が解かれないと効果は持続する」
「詳しいですね」
梁木は、鳴尾の持っている骸霧より、滝河がその効果を詳しく知っていることに関心を持つ。
「あいつとは腐れ縁だからな」
そう言いながら柔らかい笑顔を向ける。
「(多分、鳴尾さんと話す時はこういう顔をするんだ)」
自分が知らない滝河の表情だ。
それは誰しもあることだから、悔しいとか悲しいとかの感情はない。
滝河の新たな一面を知ることはできた。
そう思っていたのも束の間、滝河は不快な顔になっていた。
「あいつ、手合わせでも手を抜かねえし、あいつが動けなくなるまで相手しなきゃいけねえから面倒で面倒で」
何度も鳴尾の相手をしているのだろう。
滝河は呆れている。
その気持ちが分からないわけではなかった。
敵や味方、強いか弱いかなど、鳴尾にそういう考えはない。
ただ、まっすぐな気持ちで勝負する。それだけの考えで戦っていると梁木は思う。
「……っと、彰羅のことはおいといて」
鳴尾は目的を思い出すと、小さく咳払いをする。
そして、手にしている鏡牙を地面に突き刺した。
「レイ、鏡牙を持ってみないか?」
滝河は麗に提案する。
「え?」
急な提案に麗は聞き返した。
「物語の中でレイナはマーリの剣を使っている。鏡牙がマーリの剣と同じものなら、レイにも使えるんじゃないかって思ったんだ」
もし、麗も鏡牙を持つことができるなら、どこかで役に立つ時が来るかもしれない。
麗達も物語を読んでいるので、滝河が何を言いたいかすぐに気づく。
滝河が鏡牙を地面に突き刺したのは、麗が握りやすいようにしたのかもしれない。
「(水や氷みたいに綺麗…)」
麗はそう思いながら、鏡牙の柄に触れる。
柄を握ると、初めてなのに、まるで前から使っていたかのように手に馴染む感じがする。
自分が使っているものより長く感じるが、思っていたより重くない。
「使えそうだな」
それを見ていた滝河は、納得するように頷いた。
「でも、どうして持ってみないか、なの?」
言葉としては間違っていないが、何かが引っ掛かる。
麗は疑問に思う。
滝河は少し考えると、梁木のほうを向く。
「レイ、梁木に鏡牙を渡してくれ」
「ショウに?」
麗も梁木自身も不思議な顔をしている。
とりあえず、滝河の言う通りに梁木に鏡牙の渡そうとする。
梁木が束の部分を握ろうとした瞬間、麗達は目を疑った。
「…掴めない」
梁木が呟く。
麗は鏡牙を握っている。
その上から握ろうとすると剣はすり抜けてしまう。
目の前にあるのに空を掴むだけだった。
「成る程」
滝河だけが驚かずに鏡牙を見ていた。
「どういうことなんでしょう?」
「麗様が握っている剣が梁木さんには掴めない…」
大野も佐月も不思議な顔をしている。
「先週、月代と戦った時にも同じことが起きたんだ。レイは使えるかもしれないが、他の人は多分、掴むことさえできないと思ってる」
もしかしたら、ブロウアイズの力を持つ静なら扱えるかもしれない。
けれど、この中で鏡牙に触れることができるのは麗だけであることが確認できた。
「俺が知りたかったのはその二つだ。あまり長く結界を張っていると、他の誰かに見つかるかもしれない。結界を解くぞ」
そう言うと、滝河は一息吐く。
すると、麗達を囲っていた青い結界が水に変わり滝河に集まっていく。
水は滝河の中に入るように消えると、結界はなくなり、覚醒も解かれていた。
麗達が手にしているものも消え、瞳の色は元に戻っていた。
「付き合ってくれてありがとうな」
滝河は麗達にお礼を言う。
「さ、帰るか」
滝河の一言で麗達は頷き、再び歩き出す。
「そういえば、本はまだ余白があるんだよな?」
「はい」
「一昨日、見に行ったら何も変わっていませんでした」
滝河は麗達とは違い、頻繁に図書室に行くことができない。
情報は共有しておきたかった。
それに対して、梁木と大野は答える。
「じゃあ、今日はやめておくか」
二日前に本を確認しているなら、今行っても何も変わらないだろう。
並木道を歩いて十字路に差し掛かると、滝河は疑問に思う。
「二人ともどこかに行くのか?」
麗と凛が自分達についてきている。
学生寮は高等部の北側にある。寮に帰るのであれば、自分達とは反対側の方向だ。
「駅前のショッピングモールに行くんだ」
「本屋に行って参考書を見てこようと思って… 」
年が明けて、新学期が始まればあっという間に受験だ。
滝河は二年前の自分を思い出す。
「(確かに、あの頃は張りつめていたな)」
高等部に在学していた時は水泳部の部長を務め、生徒会にも所属していた。
推薦入試ではあったものの、確実に受かる保証はない。
麗達は全員、高校三年生だ。
早ければ一学期には意識しているだろう。
梁木、大野、佐月も参考書と聞いて、どこか不安な表情を浮かべている。
校門を出たところで、滝河は麗と凛に声をかける。
「二人とも、参考になるかは分からないが、俺が使っていたやつも見てみるか?」
進学とは聞いていたが、どこの学校かどんな学科までは分からない。
それでも、滝河は経験者として助言をしようと思ったのだ。
「えっ?」
「いいんですか?」
麗と凛は少し驚いたものの、ほっとして顔を緩める。
「ああ。次に会う時に持っていく」
自分の一言で二人の表情が変わった。
話している二人を見て、何故か滝河もほっと息を吐く。
「(あれ?どうして俺がほっとしてるんだ?)」
ただ、参考書を見せようと思った。
それだけのはずなのに、心の奥でコンコンと何かがノックした感覚だった。
それが何か分からないが嫌な気分ではない。
滝河はクスッと笑う。
そのまま麗達と一緒にショッピングモールに向かうのであった。