再生 90 雨上がりの光
「我、破滅ト絶望ヲ望ム心ニ住マウ闇ナリ」
闇は全てを見下すような目で笑っていた。
信じられない。
麗達は目を疑った。
まさか闇の精霊が現れるなんて思わなかった。
「闇の精霊シェイド…」
シェイドは去年の夏、トウマを取り憑いて操った。
あの時はどこかへ消えたと思っていたが、再び姿を現したことにより麗達は自分の身に危険を感じる。
トウマの力も加わっていたが、シェイドの力は強大だ。
それに、もう一度、撃退できるかどうかは分からない。
「我ノ声ガ聞コエタトイウコトハ、ソレナリノ力は備ワッタヨウダナ」
シェイドは後ろを振り返ると神崎を見た。
神崎は表情には出さないものの、シェイドの姿に僅かに警戒していた。
「(あの声は闇の精霊シェイドだった…)」
自分の脳に聞こえた声はシェイドだった。
以前、トウマに取り憑いた時、理由は分からないが生徒会室に訪れていた。
あの力を前に手も足も出なかった。
麗や神崎が考えている間、シェイドは光の壁の中で倒れている凛を見ていた。
「触レサセヌカ…」
それは、まるで不快なものを見るような目つきだった。
「良イダロウ。光ヲ屠ル力ヲ与エテヤロウ!」
シェイドは声を高らかにして神崎に告げる。
そして、再びシェイドの姿は黒い霧に包まれると消えていってしまう。
シェイドが消えた後、神崎は自分の異変に気づく。
「力が溢れてる…?」
身体が軽く、力が漲るような感覚だった。
神崎から黒い霧が吹き出すと、廊下に広がっていく。
危険を察知したカズとフレイは、瞬時に神崎の背後に回り込む。
『ホーリーブラスト!!』
カズとフレイが魔法を発動させると、二人の目の前に大きな光の魔法陣が描かれる。
魔法陣が輝きはじめ、そこから衝撃波のような刃が飛び出した。
「逃げられないように至近距離から狙ったか」
神崎が右手を払うように動かすと、 そこから黒く輝く衝撃波が現れた。それは弧を描くようにして広がり、カズとフレイを吹き飛ばした。
「ぐああぁーーー!!」
「カズさん!フレイさん!」
二人の近くにいた大野は吹き飛ばされるカズとフレイを見てしまう。
しかし、視界の端に映る神崎を見て急いで前を向いた。
「!!」
少しでも意識をカズとフレイに向けたせいで、判断が遅れてしまう。
神崎は笑っていた。
「(間に合わない!)」
神崎の右から青い炎が噴き出した瞬間、地面が盛り上がり、大野の前にゴーレムが生まれた。
「(私が呼ぶ前にゴーレムが?!)」
大野が驚く中、ゴーレムは両腕を横に広げて壁を作る。
神崎の右手から噴き出した青い炎がゴーレムを包む。
ゴーレムは燃え、あっという間に粉々になって崩れてしまう。
ゴーレムが崩れて岩の固まりになった時、梁木は声をあげた。
「ウインドボム!」
梁木が地面に手をつけると、虚空から風の塊が生まれ、地面に消えていく。
風の塊は神崎の周りに現れると大きな爆発を起こした。
麗も梁木に続く。
「フリーズスピアー!」
麗の周りに幾つもの氷柱のような氷の刃が生まれ、神崎に向かって加速していく。
煙で視界が狭まっているが、煙の中から赤い何かが見えると麗達の視界には炎が広がった。
「!!」
炎の熱を遮るように腕を顔の前に持っていく。
炎が小さくなろうとした時、麗はそれを目にした。
「……!!」
梁木、大野の身体は火傷を負い、廊下に倒れたまま動かなかった。
「ショウ!大野さん!」
治癒魔法が発動できるか分からない。
それでも麗は二人の元に駆け寄りたかった。
しかし、それはできなかった。
麗の前には神崎がいたからだ。
「さあ、白百合の間を開けてもらおうか」
神崎の赤い瞳が麗を睨む。
麗は逃げるか攻撃を仕掛けようか考えた。
どちらを選んでも神崎は自分を狙うだろう。
けど、白百合の間を開けたらいけないような気がしていた。
諦めたくない。
神崎が踏み出した時、微かに水の流れる音が聞こえた。
それに気づいたと同時に声が聞こえる。
「タイダルウェイブ!!」
声が聞こえた方を向くより先に、渦巻いた津波が押し寄せて神崎を飲み込んだ。
津波によって神崎は流され、逃げようとするが、波は滝のように上から下に叩きつける。
津波の先には魔法によって創られた青い壁があり、津波に流された神崎は壁に叩きつけられてしまう。
驚いた麗が津波が起きたほうを向くと、そこには滝河が立っていた。
「滝河さん!」
月代と対峙した時、滝河は自分達を先に行かせてくれた。
それから滝河がどうなった気がかりだったが、迷路が消えて、五階まで辿り着けたのかもしれない。
麗が近づこうとしたが、滝河は消えた津波の先を睨んでいた。
「アクアブレス!!」
滝河の言葉に呼応するように目の前には魔法陣が浮かびあがる。
魔法陣から幾つもの水の泡が螺旋を描いて現れ、消えていく津波に向かっていく。
滝河は瞬時に麗の元に移動する。
「待たせたな」
見たところ、負傷したり疲労しているわけではない。
話したいことはあるが、麗も視線をそこに動かそうとした。
しかし、麗の目の前にいた滝河が倒れようとしていた。
滝河の前には、津波によって全身が濡れた神崎がいた。
「滝河さん!」
「ここまで辿り着いたか。だが、一人増えたところで何も変わらない!」
倒れていく滝河を見ると、形が崩れて水に変わり剣が姿を見せた。
「あれは…鏡牙?」
青みがかった白銀の柄に両刃の剣、それは滝河が使用している長剣だった。
麗が驚いていると、神崎の背後から滝河が神崎の首を目掛けて腕を振り下ろしていた。
それと同時に、カズとフレイが神崎の左右から鳩尾と背中を目掛けて蹴ろうとしていた。
神崎が避けることもできずに三人の攻撃が当たってしまう。
「ぐっ!」
神崎は身体を屈めたまま瞬時にカズとフレイの背後に移動する。
カズとフレイは宙を舞うように地面を蹴った。
廊下は浸水していて神崎も濡れている。
滝河はそれ見逃さなかった。
滝河は右手を地面に向ける。
すると、神崎の真下の水が光り、水は魔法陣を描いて氷結し始めた。
「何っ?!」
思わぬ早さに神崎の動き止まってしまい、魔法陣は輝きだす。
滝河は地面に向けていた右手を前に出していた。
右手は青く光り輝いている。
「アイスヴィントッ!!」
その瞬間、神崎の足元が凍りつき、下から上に向かって氷結していく。
そして、再び強く光ると氷は爆発を起こした。
氷が粉々に砕け、辺りは水蒸気に包まれる。
水蒸気が消えていくと、そこには深く傷を負った神崎が立っていた。
「まだ立っているか…」
滝河は息を整えながら神崎を睨む。
「中々の力だ。だが…」
神崎がその場から消えた。
次の瞬間、滝河の身体がビクンと跳ねた。
「!!」
滝河の背後には神崎がいた。
神崎の右手から電気が流れている。
「魔力の質が違う」
身体に強い電流が流れ、滝河はその場に倒れてしまう。
『滝河君!!』
カズとフレイは神崎に向かって走り出そうとした。
その時、それまで凛を囲っていた光の壁が消えていくのを見てしまう。
『!!!』
それを見た全員が驚いて凛に視線が集まる。
「………ん」
凛の瞼が動き、音や光を認識するとゆっくりと目を開いた。
「凛!」
「…姉さん?」
凛は身体を起こすと麗のほうを向く。
「…覚醒してる」
鳴尾と中西が手合わせして二人が光の壁に包まれた時、二人の瞳は元に戻っていた。
しかし、今、凛の瞳は鮮やかな青色だった。
意識がはっきりしてきた凛は、目の前の光景に声が出なかった。
梁木、大野、滝河は負傷して倒れている。
ギイギイと錆びた鉄の音が聞こえ、凛は上を向いた。
「黒い…檻?」
魔法によって創られた西洋の城のような空間は消え、それより天井は低くなっていたが、それが何か凛には予想がつかなかった。
「私を前にしてよそ見していていいのか?」
神崎の声に気づいて凛はハッとする。
顔を戻すと、目の前は神崎が立っていた。
「…!」
動けない。
首から下げているネックレスに触れることはできる。
けれど、動くのが怖いと感じた。
神崎は口角を上げて笑っている。
赤い瞳が自分を映している。
その瞳を見て、凛は去年、自分に起きたことを思い出してしまう。
身体が震えている。
神崎が右手を前に掲げて口を開こうとした時、神崎は反射的に一歩後ろに下がる。
神崎が視線を動かすより先に、視界にフレイが映る。
フレイは神崎の首を目掛けて蹴り上げようとしていた。
それに気づいた神崎は一歩後ろに下がったのだ。
フレイは神崎を睨む。
その時、神崎は何かに引っ張られ投げ飛ばされてしまう。
神崎がフレイを見たのを狙い、カズは神崎の死角に入っていた。
神崎が自分を見ていない。
「(皆を助けたい!!)」
凛は意識を集中させてネックレスを掴む。
「ケットシー!」
「おう!」
ネックレスが光ると、中からケットシーが現れた。
ケットシーは器用に凛によじ登っていくと、後ろ足で身体を支えて両前足を上げた。
すると、ケットシーの頭上に光り輝く玉が現れ、光は麗達に向かって広がっていく。柔らかい光が麗達を包むと傷口が塞がり、癒えていく。
「ほう…」
神崎はカズとフレイの攻撃を避けながら、凛の力に驚いていた。
ティムと同じで凛に召喚術が備わっていることは知っていたが、目の当たりにするのは初めてだった。
凛は息を整える。
「(どうしてだろう?…ケットシーを呼んだだけなのに、たくさん力を使ったみたい…)」
ケットシーだけを召喚して疲れることはなくなった。
それなのに、多くの力を使ったように疲れが出ていた。
「それは、あいつの闇の力が大きいからだ」
その答えは頭の上から聞こえた。
ケットシーは尻尾を立てている。
梁木、大野、滝河の傷が癒えると意識を取り戻す。
目を開くことはできても動く様子はなかった。
麗は気づいてしまう。
「魔力が限界なんだ…」
結界が張られてから、それぞれが力を使ってきた。
立ち上がることはできるかもしれないが、力を出すことはできないのだろう。
麗も同じだった。
それでも戦わないといけない。
闇の精霊シェイドの力を得た神崎に立ち向かえるかどうか分からない。
麗は意識を集中させる。
「ダイナストダスト!」
胸の前で両手を合わせ、手を広げていくと青い光が冷気を帯びていく。青い光が冷気を纏った球体になり、神崎に向かって放たれた。
冷気の球が加速していく。
「夢も希望も黒く塗りつぶすだけだ」
神崎は冷たい目で麗を睨むと、右手を上げた。
右手から氷を纏った黒い球が生まれ、右手を下ろすと氷を纏った黒い球が放たれた。
それは地面にぶつかると、一瞬にして廊下に広がり、氷の欠片が飛び散ると麗達に向かっていく。
魔力の消費で、思うように身体が動かない。
避けなきゃいけない。
氷の欠片が迫っている。
「( …助けて!)」
まだ諦めたくない。
麗は心の中で叫んだ。
それは闇を切り裂くような力強い声だった。
「サラマンドラーー!!」
どこからか炎の渦が現れ、それは神崎に襲いかかった。
麗と神崎が放った魔法は消えていってしまう。
炎は神崎を飲みこみ、廊下に水蒸気が上がる。
その双眸は宝石のように輝く薄い緑色だった。
まだ覚醒や物語のことも理解できず、黄昏の温室の前で怯えていた時に見た背中と同じだった。
大きくて強い背中。
幻だ。
誰もがそう思っていた。
けれど、彼は今、結界の中にいる。
喜びのあまり、麗は彼の名前を呼んだ。
「トウマ!!」
廊下に立っていたのはトウマだった。
大野と佐月の瞳が潤む。 梁木達は声が出ないくらい驚いている。
身体は透けていない。
幻影ではなく、地に足がついている。
誰かが姿を変えているかもしれない。
しかし、今はそれは考えることかできなかった。
カズ、フレイ、大野、佐月の計画は成功していたのだ。
それと同時に自分達に望みが見えた。
トウマは能力を封印することができる。
トウマは梁木を見ると優しく笑う。
梁木の背中には翼があり、右頬に黒い呪印が浮かび上がっていた。
「(あいつも俺と同じ効果なのか…?)」
トウマの首筋にも黒い逆十字の呪印が刻まれている。
トウマは神崎を睨む。
「まさか、封印されていなかったとは…。高屋、失敗したな」
神崎は驚いていたが、高屋の失敗について笑った。
「いくらお前らが力を使おうとも、私の結界の中だ。呪印によって動くだけでも辛いだろう」
神崎はトウマの首筋を見る。
魔法を使えば使うほど強くなるが、痛みが強くなる。
それに加えて、周りに重々しい空気が流れている。
そこにいるだけなのに力が奪われていくようだった。
首筋に浮かぶ呪印が痛む。
けれど、トウマは自分を鼓舞させるように声をあげる。
「呪いなんて関係ねえ!」
その言葉を合図にカズとフレイが地面を蹴った。
カズが神崎の足を払うように蹴ると、フレイは神崎の背後に回り、背中に目掛けて身体を捻って蹴った。
「(あたしも戦わなきゃ…!)」
凛はネックレスを掴むと、それは弓と矢に形を変えた。
「ケットシー、力を貸して!」
「おう!!」
凛の頭に上にいるケットシーは意気揚々と答えた。
弓を引いて矢を構える。
凛の目つきが変わり、神崎に向かって矢が放たれた。
放たれた矢が輝くと、神崎の足元に突き刺さった。
その瞬間、光の柱が生まれ、神崎を包む。
「ぐっ…!」
光の力によって神崎の動きが止まってしまう。
滝河はそれを見ていた。
「(もう一度、力を貸してほしい…)」
次は暴発するかもしれない。
迷いはある。
それでも今に賭けたかった。
滝河は目を閉じる。
「黒い剣、氷の塊…蒼き革命を汚す者に輝く天罰を…!」
その言葉とともに、滝河の周りの地面が裂け、ひび割れた地面から青い文字のような光が浮かび上がる。
青い光は形を作り、それぞれが繋がると魔法陣になり強く輝きだした。
滝河の周りから霧のようなものが吹き出すと、辺りの空気が冷えていく。
それが何かは分からないが、大野は強い力を感じると膝をついて胸のところで両手を重ねる。
「主よ、どうかその御力で我らを御守り下さい」
大野が祈りながら呟くと、大野達の身体は淡い光に包まれる。
滝河が両手を水平に横に突き出すと、裂けた地面が揺れて、壁や廊下が氷結していく。
裂けた地面から、左目に十字傷のある巨大な氷の竜が現れた。
トウマは笑う。
光の柱が消え、神崎は氷の竜を目にする。
「あの時、鏡の中で感じた力…」
去年の冬、神崎は無理矢理、鏡の中に侵入した。
目的は強大な氷の力を討ち滅ぼすためだった。
水の精霊ディーネの力によって、人の形をした氷の竜に手を出すことはできなかったのだ。
氷の竜が神崎に気づくと、威嚇するように吠えた。
「残り少ない力で喚び出すとは…後でどうなっても知らないようだな」
氷の竜は滝河を睨む。
滝河は怯まずに答えた。
「力を貸してほしい」
「あれから力はついたようだな」
それだけ言うと、氷の竜は再び天井に向かって吠えだ。
氷の竜の周りから吹雪が現れると、周りのものが次々に凍っていく。
神崎の足元が氷結して、徐々に太股のあたりまで伸びていく。
それと同じくらいの速さで氷の表面が溶けていく。
「氷を溶かせると思うな!」
氷の竜は身動きのとれない神崎の周りを旋回すると、威嚇するように吠えると、神崎の全身が厚い氷で覆われてしまう。
少しの間の後、氷は音を立てて崩れ始め、それと同時に神崎の周りから黒い炎が噴き出した。
神崎の息が乱れる。
それでもまだ余裕のある顔をしていた。
皆の力は限界だった。
トウマが現れたことにより力を振り絞ることができたが、いつ膝をついてもおかしくはない。
麗は息を吐く。
「(皆を守りたい!)」
絶対に諦めたくない。
皆の意思は同じだった。
その時、ふわりと柔らかい風が頬を撫で、麗の頭の中で一つの言葉が生まれた。
閃いたように、希望を願うように言葉を紡ぐ。
「幾千の聖光、 黄昏の閃光!」
その瞬間、白百合の間から強く輝く光が溢れだした。
誰もがその強い光に驚き、あまりの眩しさに目を閉じそうになってしまう。
白百合の間から溢れ出した光は次第に人の形に変わっていく。金の髪と尖った耳、透けた身体に白いローブのようなものを纏っている。
それはゆっくりと瞳を開いて言葉を発した。
「我ハ光ノ精霊ウィスプ。過去ノ時ヲ眠ラセ幾千ノマバユイ聖光ヲ導ク者ナリ」
光の精霊ウィスプ。
頭の中で聞こえた声はウィスプのものだった。
その存在を前に全ての人が驚き、神崎は嫌なものを見るような目で睨む。
その視線に気づいたウィスプは神崎の顔を見た。
「…シェイドノ力ヲ得タカ」
ウィスプはそれだけ言うと、麗のほうを向き直した。
「愚カナ…。光ノ裁キヲ下シテヤロウ」
その声は冷たく厳しいものだった。
すると、ウィスプの姿は光に包まれると消えていってしまう。
ウィスプが消えた後、麗達は何かに気づく。
「身体が動く」
力を使いすぎて立つことも魔法を発動させるのも限界だった身体が軽く感じる。
そう感じているのは麗だけではなかった。
トウマの首筋に浮かぶ呪印は薄くなっていた。
しかし、神崎だけは違っていた。
「これが光の力…。だが、まだ終わらないぞ!!」
突然、身体が鉛のように重たくなってしまう。
神崎の額に一筋の汗が伝う。
ウィスプを前にして圧されている自分がいた。
それでも、自分の目的のためには利用できるものは利用する。
神崎の真下から黒い炎が噴き出すと、渦を巻いて広がっていく。
麗達はそれぞれ動く。
トウマ、カズ、フレイは地面を蹴り、大野と滝河は黒い炎を防ぐために梁木や凛の前に立った。
「絶対に諦めない!!」
麗が声をあげた瞬間、麗の身体は光に包まれた。
自分の身体が光に包まれている。
麗は驚いて手のひらを自分に向けて確かめる。
力強く、どこか懐かしい温もりを感じる。
手のひらを握ると麗は頷く。
両手を前に突き出すと、光り輝く巨大な球が生まれ、神崎に向かって放たれた。
「光など闇で消してやる!!」
神崎は笑う。
黒い炎が大きく膨れ上がると、麗が放った光り輝く球を包み込もうとする。
闇と光が激しくぶつかり合い、闇を照らしたのは光だった。
光は闇を包みこみ、神崎を包み込んだ。
「があぁーーーーーーーーーー!!!」
まばゆい光に神崎は絶叫する。
輝く光が神崎を包んでいく。
光が消えていくと、力を無くして今にも倒れそうな神崎がいた。
油断はできない。
それでも今しかない。
トウマは意を決すると、一瞬のうちに移動して神崎の懐に入る。
緊張が走る。
神崎の心臓に近い場所に手を当てた。
息を飲む。
「交差する世界で眠れ」
その言葉と同時に右手は淡く光り、神崎の身体は宙に浮きだした。
神崎の身体から赤い気体が吹き出すと、神崎の姿は次第に消えていってしまう。
神崎の足元から黒い霧が抜けて、生徒会室の方に消えていってしまった。
まだ油断してはいけない。
皆が警戒する。
すると、トウマの首筋に浮かぶ逆十字の呪印がすっと消えていく。
「トウマの呪印が」
「消えた…!」
真っ先にそれに気づいたのは梁木と大野だった。
魔法によって呪印を刻んだのは神崎である。
呪印が消えたということは、神崎の能力を封印したということになる。
「神崎先生の能力を…封印した…」
「終わった…」
半信半疑だったものが、はっきりとしていく。
「ん?」
皆の声に気づいたトウマが自分の首に触れようとした時、トウマの頭上で何かが揺れた。
トウマが天井を見上げると、天井に吊り下げられた黒い鳥籠が消えかかっていた。
『!!』
黒い鳥籠が消え、その中にいた佐月は座った状態のまま落下してしまう。
「危ない!!」
トウマ階段の手すりに足をかけて上り、落ちてくる佐月を抱きかかえた。
「…トウマ様」
「大丈夫か?」
佐月の声が震える。
トウマは佐月の顔を覗きこんだ。
トウマがいる。
それだけで自分達の計画が無駄ではなかったと実感する。
佐月の瞳が潤むと、顔を歪めて泣き出した。
涙の理由は知っていた。
「佐月も今まですまなかったな」
トウマは眉間に皺を寄せて謝る。
抱きかかえたまま廊下に着地して佐月を下ろすと、自分を見ている視線に気づく。
カズとフレイはトウマを見ていた。
涙を流してはいないが、カズとフレイもトウマを見て安堵している。
「お前らも…」
トウマが二人に近づこうとした瞬間、二人の背後にうごめく黒い霧が見えた。
「逃げろ!!」
それが危険だと察知したトウマは制するように腕を伸ばす。
それがどういう意味か。
そう感じる前に、カズとフレイの背中に何かが触れた。
カズとフレイが振り返るのと同時に声は聞こえる。
「交差する世界で眠れ」
カズとフレイの背後には高屋が立っていた。
「僕としたことが油断しました」
その声は静かに怒っている感じだった。
高屋も封印が失敗していたと薄々気づいていたのだ。
その言葉と同時に右手は淡く光り、カズとフレイの身体は宙に浮きだした。
『…トウマ様』
カズとフレイは悔しさが混じった声で呟いた。
瞳が潤む。
カズとフレイの身体から金色の気体が吹き出すと、二人の姿は消えていってしまう。
「………!」
「カズさん!フレイさん…!」
麗達は消えていくカズとフレイを見ることしかできなかった。
トウマも驚いていたが、すぐに地面を蹴って高屋に接近する。
「てめえっっ!!」
トウマは怒りをあらわにして高屋を睨む。
「呪印が無くなった神竜と戦うなんて、馬鹿な真似はしませんよ」
高屋もトウマを睨み返すと、小馬鹿にしたように笑ってどこかに消えていってしまった。
高屋は消えてしまい、殴りかかろうとしていた拳は行き場もなく高屋がいた場所で止まる。
「くそっ!!」
悔しさでトウマは口唇を噛みながら拳を振り下ろした。
麗達も信じられないような複雑な顔をしている。
トウマがいる。
神崎の能力を封印した。
安堵すべきことはあるのに、ただ一つの油断のためにそれを素直に喜ぶことができなかった。
麗の足元が光ると、光が移動したように白百合の間の扉が光った。
そして、結界は解かれ、外は明るくなっていく。
雨は止み、雲は晴れていた。