再生 88 無の調和
操った麗を連れていこうとした時、突然、高屋の身体は何かによって倒されてしまう。
高屋が立ち上がると、そこにはカズとフレイが立っていた。
「…またですか」
カズとフレイによって結界を壊されたことがあった。
「(さっき聞こえた地司の声は彼女特有の力だろう。麗さんが解放されて、彼と地司が傷が癒えた、と考えるべきだ…)」
高屋は推察する。
麗に触れようとしてから、倒されて起き上がるまでほんの少しの時間だった。
目の前にカズとフレイがいるということ、麗が光に包まれているということから、考えられる可能性を導く。
カズとフレイは視線だけを麗に移す。
「操られた麗ちゃんを見たのは二年ぶりだね」
「凛ちゃんが倒れてる。それに、あの光は…?」
「早く終わらせて話を聞かないとな」
二人は笑いながら話していたが、目は笑っていなかった。
「随分と余裕があるんですね!」
目の前に立っているのに話すくらいの余裕がある。
それはカズとフレイに自信があるのか自分が舐められているのか。
そう考えるより先に、高屋は右手を前に出した。
「フレアゾーン!!」
その言葉とともに高屋の右手から、巨大な炎の球が現れる。
巨大な炎の球は音を立てて渦を巻き、カズとフレイに向かって放たれた。
カズとフレイに向かって加速していく。
「君は俺達が喋っていて気がつかなかったの?」
カズの一言に違和感が生まれる。
カズとフレイは避けることなく笑っている。
不規則に動く炎の球はカズとフレイの目の前まで迫っていた。
『ミラージュハイド』
その時、カズとフレイの言葉が重なる。
炎の球がカズとフレイに直撃すると、二人の身体をすり抜けてしまった。
『!!』
炎の球はそのまま壁にぶつかって爆発を起こす。
高屋は驚く。
その間に、別の方向から声が聞こえる。
「フリージング!!」
声に気づいて高屋は視線を移す。
梁木の両手から青い光が生まれ、幾つもの氷の柱が現れた。
氷の柱は高屋に襲いかかる。
「(確かに二人はあの場所にいる。でも、僕の魔法が当たろうとした時、二人の身体をすり抜けた…)」
高屋は梁木の放った氷の柱を避けながら、カズとフレイがいた場所を見る。
「(幻術…?それにしては実体感があるような…)」
身体が透けているわけでも、影がないわけでもない。
そこにいるのはカズとフレイだ。
誰かが二人の姿に変えているのかもしれない。
高屋が考えられるのはそこまでだった。
高屋は氷の柱を避けていたが、気がつくと目の前にはカズが自分の首を目掛けて蹴ろうとしていた。
「っ!!」
間一髪で後ろに下がって避けたが、自分の背後にはフレイがいた。
不意を突かれた高屋は避けようとしたが、それより先にフレイは前に回ると、高屋の腕を掴んで地面に叩きつけた。
「ぐあっ!!」
背中を打ちつけられ、再び背中に強い痛みが走る。
高屋が足に力を入れて立ち上がろうとする前に、カズは地面がえぐられてできた大きな岩に乗る。
「ライトエッジ!」
カズの目の前に光り輝く魔法陣が描かれ、そこから無数の光の刃が飛び出した。
光の刃は勢いを増して高屋に突き刺さる。
「がぁぁっ!!!」
腕や足が切り裂かれ、そこから血が流れる。
カズとフレイは梁木や大野がいる場所に近づく。
まだ高屋は動くはずだ。
油断はできない。
「…やはり、こちらの双子も恐いですね」
高屋は身体を起こすと、ゆっくりと立ち上がる。
格闘戦は得意ではない。それに、速さならカズとフレイのほうが上だ。
魔力が増幅している空間の中でも一人対複数、全員を動けなくするのは難しい。
高屋はそれを理解していた。
高屋は右手の指を鳴らす。
しかし、倒れている麗が動くことはなかった。
「(…僕の術が解かれてる。彼か地司の浄化魔法か…?)」
高屋は推察しながらも、魔法を発動させる。
自分の目的は、邪魔をするものを排除するということより、力を使わせ、麗を連れていくことだ。
彼女の手で白百合の間の扉を開けさせる。
「(僕が高等部に進学した時、すでにあの場所は白百合の間と呼ばれていた。獣王はドアノブまで触れることができたみたいだけど…、白百合の間には何があるんだ?)」
初めは、よくある学校の噂話の類いだと思った。
誰もいないのに音楽室から聞こえるピアノの音色、トイレには霊がいる、日が沈むと理科室にある標本の骸骨が動く、そういうようなものだと思っていた。
しかし、生徒会に所属し、WONDER WORLDという物語に関わった時、神崎が白百合の間を気にしていることを知った。
あの場所に私の望むものがある。
そう聞かされてから、覚醒した時に白百合の間に足を運んだことがあった。
神崎と結城はドアノブにすら触れることができなかったらしい。
それを聞いて、自分も試してみたが、神崎と結城と同じでドアノブにさえ触れることができなかった。
覚醒していない時は触れることはできても、鍵がかかっているのか扉の立て付けが悪いのか、ドアノブは回らなかった。
ただ、扉の近くに立つと、奥から何かを感じただけだった。
「…深く考えるのは止めましょう」
今、戦いながら考えることではない。
考えることができなかった。
この空間にいる人物は自分に敵意を見せている。
高屋は梁木が放った風の刃を避けながら目だけで大野を見た。
大野は両手で本を抱えたまま目を閉じて膝をついていた。
大野、麗、凛は球状に覆われた光の中にいる。
戦いに参加するというより、麗と凛を守ることに徹しているように見える。
「(地司を攻撃する余裕は…なさそうだ)」
カズとフレイが魔法と格闘術、避けたり迎撃する間に梁木が魔法を発動させる。
魔法なら反撃はできても、死角を狙われたり、目の前まで来られたら避けることはできない。
三人の呼吸が合っている。
このままだと埒があかない。
高屋はほんの僅かにできた隙を見て、距離をおいた。
「ダークフレア!!」
高屋はカズとフレイに向かって魔法を発動させる。
高屋の周りに幾つもの巨大な炎が現れ、赤く輝くと、カズとフレイを狙う。
『ホーリーブラスト!!』
カズとフレイも魔法を発動させた。
天井に大きな光の魔法陣が描かれ、輝きはじめる。
光の魔法陣から衝撃波のような刃が降りると爆風が巻き起こる。
光と闇がぶつかり、異変は起きた。
突然、天井に光と闇の球体が現れ、重圧に似た異様な空気が流れる。
重苦しい気配に全員がそれを見上げた。
それが何か分からないのに、ただ一つ、怖いという感情だけが残った。
身体が震え、急に胸が苦しくなって胸を押さえる。
怖いはずなのに、何故か視線を反らすことが出来なかった。
「あれは…?」
「何だ…」
動きたい。
でも、動けない。
怖いのに、ただ見ることしかできない。
そこにいる全員が同じだった。
どこかで見たことがある。そう思うことができて、思い出そうとする。
無に飲み込まれる。
深く考えようとした時、光と闇の球体に切れ目ができて、その中から紅い瞳が見える。
眼球が、何かを探すように動き始める。
暫くすると、紅の瞳はゆっくりと閉じ、球体そのものはすっと消えていく。
遠くでカラスの鳴き声が聞こえたような気がした。
何が起きたか。
全員が天井を見上げていたまま絶句していた。
沈黙が流れ、意識が現実に引き戻される。
「…これは、一度出直したほうが良いですね」
それが物語で見たものならば、地の精霊を滅ぼすほどの力がある。
本当にその力なのか、誰かが放った魔法なのか分からないが、あの時、自分の本能が怖いと感じた。
それに、力は残しておいたほうがいい。
高屋を考えを読むように、カズとフレイは力強く踏み出した。
『逃がさない!!』
カズとフレイが高屋の背後に回り込んで腕を振り上げた瞬間、高屋は姿を消してしまった。
「逃がしたか」
カズは腕を下ろすと、不快な顔でその場所を睨んだ。
「梁木君、大野ちゃん、大丈夫?」
フレイも高屋がいた場所を見ていたが、高屋がいなくなったことにより梁木と大野に意識を向ける。
「…はい」
魔力の消費で疲労していたが、梁木は返事をする。
大野が持っている本と周りを覆っていた球状の光が消えると、大野もカズとフレイの顔を見た。
高屋はいなくなったが、覚醒が解かれたわけではない。
油断はできないが、一先ず小さく息を吐く。
「………ん」
大野がカズとフレイに近づこうと立ち上がった時、足元から小さく声が聞こえた。
「…麗さん?」
それに気づいた大野はもう一度、その場に膝をつく。
「どうしました?」
大野の動きに気づいた梁木が大野に近づき、カズとフレイも近づく。
麗の瞼が動き、ゆっくりと目を開ける。
覚醒はしているが、目に光がある。操られてはいないようだ。
「麗さん」
「レイ」
梁木も膝をついて麗に呼び掛ける。
「……大野さん、ショウ?」
麗は何度か瞬きをすると、顔を左右に動かして二人の顔を見る。
「大丈夫ですか?」
意識がはっきりしたのか、麗はゆっくりと身体を起こして答える。
「……何とか。…って、カズさんとフレイさん?」
意識がはっきりしていくと、梁木と大野の後ろに立っているカズとフレイに気づいた。
今、気づいたが、隣には光の壁の中で倒れている凛がいるし、高屋がいない。
カズとフレイはそれぞれ麗の端に移動して膝をつくと、麗の顔を覗きこんだ。
「麗ちゃん」
「何があったから聞かせてもらえないかな?」
麗達は、今までに起きたことをカズとフレイに話しはじめる。
二階の廊下で高屋によって凛が操られ、神崎が現れた後に連れていかれてしまった。
後を追うと高等部の校舎が迷路のようになっていて、最初の場所で鳴尾と中西が手合わせをした。
鳴尾と中西と別れた後、次の場所にいたのは月代だ。
「…滝河さんは私達を先に行かせてくれたのでどうなったかは分かりませんが、中西先生と鳴尾さんは」
そこまで言うと、麗は隣で倒れている凛を見た。
「凛と同じように光の壁の中に囲まれました」
凛はまだ意識を失っている。けれど、この光の壁が中西や鳴尾を囲ったものと同じならば、反対に安全なのかもしれない。
麗に続いて梁木が説明する。
「話はできますし、見たところ中西先生が苦しそうな感じがありませんでした。それに、先生曰く、光の壁の中は心地良いそうです」
光の壁の中だけ覚醒が解かれたのは気がかりだが、操られた凛が心配だった。
「私は扉の反対側で倒れていました。それまでは、佐月さんに頼まれて講堂で舞冬祭の様子を撮影しようとしていました」
麗と梁木に続いて大野が口を開く。
「私が舞台から降りてカメラを向けようとした時、結界が張られ、それまでそこにいなかった結城先生がいました。結城先生は佐月さんを連れていこうとして、私はそれを止めようとして…気づいたら意識を失ってました」
三人が話し終わるのを待つと、カズとフレイは話しはじめる。
「最初に二階にいたのは麗ちゃん、凛ちゃん、梁木君、滝河君、中西先生で」
「講堂にいたのは大野ちゃんと佐月ちゃんだね」
「でも、どうして麗ちゃんじゃなくて凛ちゃんなんだ?」
疑問は幾つかあるが、気になったのは、高屋はずっと麗を操っていた。操るなら誰でも良かったのだろうか。
「神崎先生は私についてくるように言いました。けど……」
麗は迷う。
そのまま話したほうがいいのか、本人の口から言うまで待ったほうがいいのか。
少しだけ考えると、麗は言葉を続けた。
「…その後に来た高屋さんが操ったのは凛でした」
カズとフレイは麗が言葉に詰まったのを見逃さなかった。
それを彼女が言いたくないことだと捉える。
「この場所で高屋さんと操られた凛がいて、凛は次々に精霊を召喚して私達を襲いました。最後にノームを召喚した時、…多分、魔力の限界だったと思いますが凛は倒れてしまったんです。その後に、この光の壁が現れました」
「下の空間で月代さんと 月代と対峙した時、自分達を先に行かせてくれた滝河さんが気になりますね」
「カズさん、フレイさん、二人はあの扉から来たんですか?葵…中西先生や滝河さんはどうなってましたか?」
麗の言葉にカズとフレイは首を傾げる。
「ん?」
「中西先生と滝河君?」
二人はきょとんとしている。
「えっ?」
麗、梁木、大野は不思議に思う。
「俺達は来客用の入口から入ってから、真っ直ぐに続く道をずっと歩いてきたんだ」
「誰にも会ってないよ」
カズとフレイは首を横に振り、残念そうな顔で答えた。
カズとフレイの言葉に麗と大野は驚き、梁木は考える。
「もしかしたら、本当に迷路のようになっているかもしれませんね」
カズとフレイの言うことが本当ならば、鳴尾と中西、滝河がどうなっているかは分からない。
自分達が来た道と同じ道を辿ればこの場所に来るかもしれないが、梁木の言うように迷路のようになっていたら、再び会うのは難しいだろう。
カズとフレイは自分達がここに来る間の出来事について考えていると、光の壁に囲まれた凛に近づいた。
二人は光の壁に手をつく。
『無の統制、果てない構築、双番の支配を廻れ…ヴォッソゾーン!』
呪文を唱えると、二人の両手から格子状の直方体が振動のように広がった。
光の壁が少し揺れたが、何も起こらなかった。
「カズさんとフレイさんの魔法が…」
「効かない?!」
麗、梁木、大野は驚いた。全てを無にする魔法は今まで麗達の大きな力になっていた。
その魔法が効かない。
麗達にとっては目を疑うことだった。
「俺達の魔法が効かない…?」
「壊せないね」
カズとフレイも渋い顔をしている。
二人は顔を見合わせながら考える。
「光の壁の中では傷が治りますが、覚醒が解かれます。まだ剣とかで壁を壊そうとしていませんが、覚醒が解かれていないのであれば、反対に壊さない方がいいのかもしれません」
あの時、中西も鳴尾も覚醒が解かれたものの苦しそうな感じではなかった。
中西が言うように、心地いいと感じくらいなら光の壁を壊さないほうが安全なのかもしれない。
麗はそう考えていた。
梁木と大野も同じ気持ちでカズとフレイを見て頷く。
麗の意見は間違っていない。
自分達は中西や鳴尾を見ていないが、麗の言う通りなら、光の壁の中にいたほうが良いのかもしれない。
「驚くことはあるし、まだ疑問はある」
「麗ちゃん達の目的が凛ちゃんを取り返すことで、その凛ちゃんはここにいる。けど、佐月ちゃんがどこにいるか心配だ」
このまま待てば光の壁が消えるかもしれないし、凛が目を覚ますかもしれない。
「あれ?」
周りを見ていたフレイは、何かに気づいて声を出す。
「どうした?」
「あんなところに階段があったかなって思って」
フレイが指差すと、カズや麗達もその方向を見る。
自分達が来た扉から程なく近い場所に上に向かう階段があっただろうか。
「階段?」
「あんな場所にありましたか?」
「…扉を開けた時、既に操られた凛さんとセイレーンを見ていたので、意識する間もなかったと思います」
麗達も顔を見合わせて疑問に思う。
大野の言ったように、この場所に来てから操られた凛とセイレーンを見ていて、そこに階段があったのか意識していなかった。
「行ってみるか?」
佐月も心配だが、まだ神崎と結城の姿を見ていない。
何かあると思ったカズはフレイに提案する。
「そうだね」
フレイも同じ考えのようで間を置かずに答えた。
「麗ちゃん達はどうする?」
「凛ちゃんが目を覚ますまで待ってる?」
カズが階段に向かって走り出そうとした時、麗達のことを思い出て振り返る。
ついてくるのも留まるのも彼女達の自由だ。
それに、高屋と操られた凛と戦ったのならば、力も消費しているはずだ。
疲れていないと言えば嘘になる。
だが、佐月のことが心配だ。
「行きます」
「僕も行きます」
「この光の壁はとても強く、清らかな力を感じます。魔法や武器が通じないのであれば、待っているより佐月さんを探したほうがいいかもしれません」
麗に続いて梁木と大野も力強く答える。
大野は悔やんでいた。
あの時、もっと自分に力があれば、結城に立ち向かうことができた。
大鎌を振りかざそうとした記憶まではある。
恐らく、気を失い、何らかの力によって移動したのだろう。
それぞれが納得し、麗と大野が立ち上がろうとしたその時、どこからか声が響く。
「ブラッディレイン」
突然、地面が揺れ始めると重々しい空気が漂う。天井に赤と黒のような色の魔法陣が現れて奇怪な音を立てる。
「何、あれ…?」
一同は音に気づいて天井を見上げる。
魔法陣が不気味に光ると、そこからたくさんの血のような赤い雫が滴り落ちる。
「!!」
滴り落ちる赤い雫が身体に触れる。
それが何か考えるより先に、目の前にいる麗と大野は俯いて倒れてしまう。
「レイ!大野さん!」
麗と大野の元に駆け寄ろうとした時、カズとフレイもその場に膝をついてしまう。
「カズさん!フレイさん!」
空間を覆うように赤い雨が降る。
「……!」
どうして四人が倒れたのか。
そう考えていると、突然、胸が苦しくなり、梁木は顔を歪める。
胸が痛い。
苦しい。
「何だ、これ…」
痛みに耐えながら大きく呼吸を繰り返す。
「この術に耐えられる者がいるのか」
その声に気づいて顔を上げると、麗と大野の後ろには結城が立っていた。
「…結城先生?」
いつの間にそこにいたか気づかなかったが、考えるより先に痛みが激しくなり、梁木は苦しそうに胸を押さえる。
結城の左手首に近い場所には傷口があり、血が流れていた。
結城は横を向くと、そこに倒れている凛を見下ろす。
凛を囲う光の壁は消えていなかった。
「…結城先生、いつの、間に…?」
麗は目の前に立つ結城の存在に気づくと、痛みに耐えながら顔を上げる。
「双子でもお前は違うんだな」
「……?」
結城は苦しむ麗を見下ろすと、少しだけ表情を変えて呟いた。
嫌なものをみるような目つきではなく、困惑しているような目だった。
結城の言っている意味が分からないが、とにかく苦しくてそれ以上考えることができなかった。
頭がぼんやりとする。
赤い雫は雨のように激しく降っている。
「この力は光あるものには激しい痛みを伴い、立っていられなくなるほどの苦しみが生じると思っていたが…」
結城は考えながら天井を見上げ、それから周りを見る。
「立っているのは有翼人と悪魔の異端児であるカリルの能力を持つ者だけか」
凛を除く全員が胸を押さえて苦しんでいるが、立っているのは梁木だけだった。
結城の動きが気になった梁木は上を見る。
いつからそこにあったか分からないが、黒い鎖と丸い何かが浮いていた。
「(何かが浮いてる?)」
梁木は目を凝らそうとしたが、それはできなかった。
結城は麗の手首を掴むと、立ち上がらせていた。
「痛っ…!」
強い力で手首を捕まれた麗は思わず声をあげる。自分の力で立っていることはできるが、結城の手を振り払おうとした。
「離してください!!」
苦しくて動くのも辛いが、それでも必死に身体を動かす。
「水沢麗、目的のために来てもらおう」
結城は麗の目を見る。
「……?」
自分を掴む結城の手は氷のように冷たい。
けど、それ以上に気になったのは、何故、結城が攻撃もせずにどうして自分を見ているのか。
結城の力は強いのに、その目は何か考えているようにも見える。
結城の動きが僅かに止まる。
その隙を見て、梁木、カズ、フレイは同じことを考える。
「フリーレンストラール!!」
梁木が両手を前に突き出すと、梁木の上空に白く大きな魔法陣が現れて青く輝きだす。
『ライトエッジ!』
カズとフレイは苦しみに耐えながら立ち上がる。
カズとフレイの目の前に光り輝く大きな魔法陣が描かれ、そこから無数の光の刃が飛び出した。
光の刃は加速すると結城に向かっていく。
梁木が発動させた魔法陣から無数の氷の刃が現れ梁木が腕を振り下ろすと、氷の刃は結城に向かっていっせいに降り注ぐ。
結城は麗を掴んでいない手を上げると口を開こうとする。
その時、空間の時が止まった。
麗達はそのまま動かなくなってしまう。
周りは誰も動いていない。だが、ただ一人、結城だけは違った。
「?!」
その違和感に結城は警戒する。
自分以外に時間を操るものがいる。そう思ったのだ。
そう考えていると、突然、結城の目の前に文字盤を模した魔法陣が現れ、そこから黒いドレスを着た女性が現れる。
それは誰なのか。
結城は見たことがなかった。
黒いドレスを着た女性はにっこりと笑った。