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再生 87 君を巡る風の音

滝河と別れた麗、梁木、大野は上を目指していた。

螺旋階段は続いていたが、階段の横に扉を見つけた。

扉は大きな音をたてて開きはじめ、そこには海が広がっていた。



「これ…、海?」

別の場所に移動していなければ、ここは高等部の校舎のはずである。

けれど、一歩踏み入れるとバシャッと音がして水が足に跳ね、それが冷たいと感じる。

「扉を開ける前に感じたのは潮の香りでしたか」

プールの塩素の香りではなく、潮の匂いを感じる。

そう考えていると、どこからか歌声が聞こえてきた。

歌声が聞こえるほうを向くと、大きな岩の上に誰かが座っている。

身体は透けていて、上半身は人間、下半身は魚のようなものが小さなハープを奏でながら不思議な歌を歌っていた。

「あれは、セイレーン?!」

それが何か知っている大野は目を疑う。

「セイレーン?」

「確か…」

麗と梁木もセイレーンと聞いて、前に聞いた話を思い出す。

「今年の春、麗さんが操られた時、凛さんが召喚した精霊です」

精霊がいる。

「あそこ!」

大野があるものに気づいて指をさす。

セイレーンの後ろに誰かがいる。

セイレーンの後ろには凛が立っていた。

「凛!!」

凛の目に光はなく、ただ立っているだけだった。

大野は操られた凛を解放しようと、意識を集中させて本を生み出す。

言葉を紡ごうとした時、危険を察知したのか、セイレーンは麗達を見て狂気に満ちた笑みを浮かべる。

そして、それまで優雅に弾いていたハープを激しく弾き鳴らした。

音とも言えない音と歌声を聞いた三人は、不快な音に顔を歪めて両手で耳を塞ぐ。

大野がめくろうとした本も下に落ちて消えてしまう。

「これ…、何……?」

「頭が痛い……」

両手で耳を塞いでいたが、それでも音と歌声は聞こえる。それに、自分の達の意思とは反対に、その歌に引き寄せられるように近づいてしまう。

「身体が勝手に…?」

足に力を入れて踏ん張ろうとするが、足はどんどんセイレーンのほうへ進んでいく。

剣を出して攻撃するにも魔法を唱えるにも、歌声とハープの音に両手を離すことができなかった。

どうすればいいか懸命に考える。

その後ろで梁木は翼を羽ばたかせると、一瞬だけ両手を離した。

「ブレスウインド!!」

梁木が両手を前に突き出すと、両手の回りに風が起こり風の刃が現れる。

風の刃は加速してセイレーンに襲いかかるが、風の刃はセイレーンを身体を通り抜けてしまう。

セイレーンは歌うのを止めると、どこかへ消えてしまう。

視界に広がっていた海も消えていた。

「消えた…」

梁木はこめかみを押さえながら一息吐く。

精霊は身体が透けている。魔法が効くかどうか分からなかったが、セイレーンが消えて頭痛が治まっただけでも良いとしたい。

頭痛が治まり、歌声が聞こえなくなったと分かると麗は凛に近づこうとする。

しかし、それと同時に凛の影が動き、そこから高屋が姿を現した。

「!!」

高屋を見た麗は足を止めて、僅かに視線を反らす。

高屋の目を見ると操られることは知っていても、明らかに顔を背けると攻撃された時に対処ができない。

僅かに視線を反らすことで、動けるようにしていた。

それに、高屋には能力を封印する力と持っている。安易に近づいて隙を突かれるかもしれない。

麗達が警戒していると、高屋は苦笑する。

「いやあ、獣王の力はすごいですね」

困ったような表情だが、その言葉に重さが感じられない。

「…と、前置きはここまでにしましょう」

高屋は麗を見る。

「僕は麗さんを連れてくるようにと言われています。そこで、貴方が大人しくついてきてくれたら、凛さんは解放します」

前触れもなく、高屋は麗に提案する。

笑みを浮かべているが、目は嘘を言っているようには思えなかった。

「折角なので良いことを教えましょう。本当なら今はお昼ですが、結城先生の力で時間を早めています。それに、満月は結城先生や僕の力を増幅させます。この結界を壊そうとするのも僕と戦うのも得策ではないと思いますよ?」

高屋は三人が分かるように説明する。

何故、高屋がわざわざ現状を教えるか、麗に提案するのか分からない。

けど、早く凛を助けるためには悪くないと思える提案だった。

麗は考えながら凛を見る。

凛の目に光はなく、足元には黒い霧と身体中にうっすらと紫がかった黒い糸のようなものが見えている。

麗は考えた末に答えを出す。

「…分かった」

自分に何が起こるか分からない。

けど、そう答えることでこれ以上、誰も傷つかないかもしれない。

「……そうですか」

麗の答えに高屋は少しだけ驚いた顔をする。

それが彼の本心なのか。

梁木と大野も驚いて、麗を止めようとする。

麗は高屋に近づいていく。

凛の横を通り過ぎた時、麗は凛を見る。

「凛、ごめんね」

この後、どうなるか見当もつかないが、今よりは悪くならないだろう。

でも、謝っておきたかった。

麗が高屋の目の前で立ち止まり、思い悩む。

そうしたくない。

でも、凛が解放されるなら。

何度目かの自問自答の後、麗はゆっくりと顔を上げようとする。

高屋が麗を見る。

それを見逃さなかった。

梁木は魔法を発動させる。

「フレアトルネード!」

梁木が両手を前に突き出すと、周りから炎を巻いた紅い球が生まれる。

大野も意識を集中させて狙いを定める。

「ゴーレム!」

声をきっかけに凛の目の前の地面が盛り上がり、そこから人の形をした巨大な岩が現れる。それは両腕を横に伸ばすと凛を覆うように体を動かす。

大野の手には大鎌が生まれ、なぎ払うように大きく振った。

なぎ払った場所が大きく揺れ、風の刃が生まれる。

風の刃は梁木が発動させた渦巻いた炎の球と合わさり、高屋に襲いかかる。

ゴーレムが体全体を使って庇ったため凛には当たることはなかった。

麗は風の刃と渦巻く炎の球を避けようとした時、何かに引っ張られて宙に浮いていた。

「えっ?」

自分の真下を見ると、風の刃と渦巻く炎の球は高屋に直撃していた。

「ショウ!!」

自分の手を掴んでいたのは梁木だった。

梁木は翼を羽ばたかせ、風の刃と渦巻く炎の球が高屋に直撃する前に麗の腕を引っ張って助け出していた。

梁木が助けてくれなかったら、今頃、大きな痛手を負っていたし、高屋に操られていただろう。

考えていたことはできなかったが、梁木が助けてくれてほっとしている自分がいた。

それに、梁木と大野はちゃんと凛のことも考えている。

高屋に狙いは定めていても、凛に当たらないようにコントロールしているのだろう。

風の刃と渦巻く炎の珠が消えていき、煙が立ち上っている。

「折角、良いことを教えたつもりですが…、彼と地司はそうでもないみたいですね」

高屋の呆れたような声が聞こえる。

煙のせいで高屋の姿ははっきりと見えないが、凛を庇っていたゴーレムが消えているのは見えた。

梁木が地面に降りようと大野を探そうとした時、麗は消えていく煙の中で何かを見つける。

「ショウ!急いで降ろして!」

麗は掴まれている手に力を入れて梁木を動かす。

「えっ?!」

梁木は麗が見ていた場所を見ようとしたが、麗に引っ張られたことによりバランスを崩してしまう。

その直後だった。

梁木が宙に浮いて留まっていた場所に複数の矢が通過する。

『!!』

梁木と麗は矢が通り過ぎた場所を見て驚く。

麗は何かが来ると思っただけで、矢が自分達を狙っていたとは思っていなかった。

「矢が…」

矢が通り過ぎた場所は自分の背中にある翼だった。

反応はしていたものの、麗が引っ張っていなければ矢は刺さっていたかもしれない。

煙が消えると、凛は自分達に向かって矢を構えていた。

梁木は急いでその場に降りると、麗から離れた。

固まっていると狙われるからだ。

「!」

梁木が麗から離れた時、凛が手にしていた弓矢の形が長剣に変わり、それを構えた凛が麗に向かって走り出していた。

浄化魔法を唱えようとした麗は、意識を切り替えて一歩後ろに下がる。

麗の右手の近くに長剣が現れ、それを握って構えようとした時、凛は麗の目の前で剣を振り上げていた。

「凛!」

間一髪で間に合い、剣を上段で構えて凛の剣を受け止めた。

凛はティムと同じで、意識をすることで黄金色のネックレスの形を変えることができる。

「(隊長と特訓した時は剣に形を変えても、形を保てなかったのに…)」

戦う姿を見るのは初めてではないが、暁との特訓の時、剣より弓矢に変えるほうがしっかりとイメージできると凛は言っていた。


自分の思い浮かべるものを強く意識しろ。


凛に特訓した時も、自分が特訓を受けた時も暁が常に言っていた言葉だった。

剣でも魔法でもイメージするのは大切だ。

その力が凛の滞在能力なのかは分からないが、実際に凛と剣を交えるのは初めてだった。

「(私が操られた時もこんな感じだったのかな…?)」

凛に戦う意識はあっても、麗は凛と戦いたくない。

「凛!!」

何度、名前を読んでも凛の表情は変わらなかった。

麗と凛が剣を交えている中、高屋は魔法を発動させる。

「フレイムフォール!」

高屋が右腕を上げると、手のひらから紅蓮に輝く炎の球が現れる。そこから炎が吹き出すと、梁木と大野に襲いかかる。

「ウインドウォール!」

梁木が右手を前に突き出すと、右手から幾つもの風が現れる。それは回りの風を取り込んで壁のように立ち塞がる。

高屋が放った炎の球は梁木が作り出した風の壁にぶつかって爆発を起こす。

炎と煙が巻き起こる中、大野が続く。

「ホーリーウインド!」

大野が大鎌を凪ぎ払うと、大鎌から輝く竜巻が起こり、煙を散らしながら大きな音をたてて高屋に襲いかかる。

「彼も地司も容赦ないですね」

高屋は笑っていたが目は笑っていなかった。

右手を前に出すと、高屋の目の前には黒い壁が生まれ、輝く竜巻が激しく衝突する。

輝く竜巻は軌道を変え、凛に向かう。

「いけない!」

想定外のことに大野は驚く。

凛に当たらないようにコントロールしたが、高屋が生み出した黒い壁によって軌道が変わってしまった。

それを見た大野と梁木は凛を守ろうと、魔法を発動させようとする。

しかし、剣を振り上げようとしていた凛は麗から距離を置くと、その名前を呼ぶ。

「…サラマンドラ」

地面に残っていた火が大きくなり、それが線のように繋がっていくと魔法陣が描かれていく。

魔法陣が強く光ると、魔法陣から炎の渦が吹き出して巻き起こる。

それを見た麗達は驚いた。

精霊や妖精を召喚するのは知っているが、火を司る精霊サラマンドラを召喚したことはなかった。

精霊を召喚するには集中力とコントロールが要るし、大きな魔力を消費すると、前に能力者だったトウマが言っていたことを思い出す。

梁木と大野はサラマンドラの力を間近で見ていた。

炎の渦が螺旋に昇り、梁木と大野に襲いかかる。

二人は再び発動させた。

「ウインドウォール!」

梁木が右手を前に突き出すと、幾つもの風が現れる。それは回りの風を取り込んで壁のように立ち塞がる。

「ゴーレム!」

大野の声をきっかけに自分達の目の前の地面が盛り上がった。そこから人の形をした巨大な岩が現れると、両腕を横に伸ばして壁のように構えた。

炎の渦は風の壁に衝突すると、風の壁を飲み込んで勢いを増す。

それは軌道を変えてゴーレムに向かっていく。

炎の渦はゴーレムを飲みこみ、ゴーレムの体が炎に包まれる。

岩の体が熱を含んで赤くなる。

炎が消えていくと、ゴーレムは膝から崩れ落ちて動かなくなってしまう。

あっという間に風の壁とゴーレムを飲み込んだ炎の力に、高屋も驚きを隠しきれなかった。

火の属性があり力があればサラマンドラを召喚することは可能だ。

しかし、他の魔法と違い、力の源である精霊を扱うのはかなり難しい。集中力とコントロールする力がないと、消えたり暴発してしまう。

ティムの能力を持つ凛が精霊を召喚することは不思議ではないが、その力は恐怖に近い感情だった。

地の精霊ノームの力を得た大野が作り出したゴーレムが壊れてしまった。

「…どうすれば」

凛がサラマンドラを召喚した。

けど、それは想定内だ。

動きを止めるだけなら簡単だ。

けれど、操られているとはいえ、凛と戦いたくなかった。

滞在能力はあっても魔力の消費が激しいのだろう。

凛の表情は変わらないが、額から汗が流れて呼吸が乱れている。

大野が困惑していると、急に脳に声が響く。

「面白そう」

その楽しそうな声を聞いて、大野は危険を察知する。

それと同時に、身体から何かが抜け、大野はふらつきそうになってしまう。

翡翠のような瞳と髪、透けた身体と尖った耳、そして、岩や砂を思わせる法衣を纏っている。

大野達の前に現れたのは地の精霊ノームだった。

「ノーム…」

脳に響いた声はノームだった。

それは気づいたが、面白そうという言葉が引っ掛かる。

大野はノームを見て警戒した。

身体から何かが抜けて眩暈がしたのも、ノームが他の誰かに力を与えたこともあった。

大野はまたノームが何かするのではないかと疑っていたのだ。

大野の視線に気づいたのか、ノームは振り返る。

「ドウヤラ、疑レテイルヨウダ」

わざとらしく溜め息を吐いたノームは凛の目の前に移動する。

「アノ時ハ、マダ彼女ノ能力ガ備ワッテイマセンデシタガ、今ハドウデショウカ?」

光のない虚ろな目にノームが映る。

「サア、我ノ名ヲ呼ンデ耐エラレマスカ?」

ノームは何かを期待しているようだった。

凛は抑揚のない声でその名前を呼ぶ。

「…ノーム」

その瞬間、ノームは笑った。

さっきまで見せていた顔とは違い、威圧するような目つきに変わる。

くるりと身体の向きを変えると、大野達に向き合った。

突然、地震が起こり、地面は裂けていく。

『!!』

地面は杭のように盛り上がり地面に亀裂が走る。

麗、梁木、大野は間に走る亀裂は三人を離した。

梁木は驚き、咄嗟に翼を広げて宙に浮く。

凛から少し離れた場所にいた高屋も地震の大きさに驚きながら、小さく呪文を唱えて宙に浮かぶ。

ノームの力は痛感している。

気まぐれとはいえ、ノームの力を手にした時、底の見えない強大な力に僅かに恐怖を感じたくらいだった。

「(闇には及ばないものの精霊の力は凄いですね…)」

その力が自分に向かないよう、高屋は様子を見ていた。

「制御スル(チカラ)ガナイトハイエ、彼女モ多少ノ(チカラ)ハツケマシタネ」

ノームが楽しそうに笑いながら両腕を横に広げる。

裂けた地面の間から巨大な雷の球が現れ、それから稲光が流れて麗達を狙う。

更に風が吹き荒れて地面が割れると、巨大な岩と風が麗達を襲う。

麗達は迫りくるものに対処しようとする。

呪文を唱えていた麗は、あるものを目にして言葉を止めてしまう。

瞳が潤む。

「……凛!」

操られていて目に光はない。

表情もない。

しかし、呼吸は乱れ、全身に汗が流れて身体中が震えていた。

「(魔力が限界なんだ…!)」

それは自分も何度か体感していた。

魔法を使う時、自分の力が足りないと発動しないし、発動しても身体の負担が大きくなる。それに、失敗した場合、反動が自分に返ってくる。

「ノーム!!止めて!!」

このままだと凛が倒れてしまう。

麗はノームに向かって叫んだ。

「………」

しかし、ノームは麗を一瞥するだけだった。

その瞳は冷たかった。

ノームは大野を見る。

大野も何かを唱えていた。

「ソノ苦シソウナ顔、イイデスネ」

ノームは嬉しそうに笑う。

大野も凛に危険が迫っていることに気づいていた。

巨大な岩と雷の球、吹き荒れる風が迫ってきている。

誰かが魔法を発動させようとした。

その時、何故か彼女のことが頭をよぎる。

自分に素質はあるのか。

大丈夫なのか。

そう考えるより先に、麗は名前を呼んだ。

「シルフ!!」

突然、麗の頭上に白と水色を合わせたような淡い光が浮かびあがり、魔法陣が描かれる。

周りに風が巻き起こると、魔法陣から白のような水色の光が現れ、人の形に変わっていく。

白に近い水色の瞳と長い髪に透けた身体と尖った耳、そして、風のようなドレスを纏っているそれは、確かに知っていた。

誰もがそれを見て声が出なかった。

麗は咄嗟に彼女の名前を呼ぼうとしたが、今、目の前にいるのは風の精霊シルフだった。

「…シルフ」

彼女ではない。

それでも、麗は宙に浮くシルフを見て、懐かしい気持ちだった。

召喚されたシルフは麗を見てにっこり笑う。

「ヤット会エタ…」

シルフは麗に聞こえないように呟く。

どうしてシルフが現れたか分からなかったが、シルフは危険を察知して麗の目の前を睨む。

雷光と巨大な岩と風が麗達に迫っていた。

凛を助けたい。

麗はシルフを見て笑い返す。

「シルフ、いくよ!!」

それは彼女に言うようだった。

麗が声をあげるとシルフは頷き、風のように動く。

シルフが腕を振り上げると小さな竜巻が起こり、巨大な岩は吹き飛ばされ、雷光は消し飛んでしまう。

風は吹き荒れると、凛を覆ってしまう。

「!!」

凛は表情を変えずに周りを覆う風を見ている。

「ハア…」

麗とシルフの動きを見ていたノームは溜息を吐くと、明らかにつまらなさそうな顔で大野を睨む。

大野は何故かその意味を理解して、それがチャンスだと感じる。

大野が目を閉じると、目の前には真っ白な本が現れる

シルフの風のせいか、それは風が吹いたようにめくれ始める。

「大地より目覚め、空を仰ぐ聖なる御心よ。全てのものに光指す道標を、穢れを払い清らかな風を…。主よ、今こそその御力を我に与えたまえ…」

大野は左手で本を持ち、右手を前に出すと、大野の胸元から淡い光が溢れだし、その光は辺り一面に広がっていく。

光は凛の身体を優しく包み込むと、凛の瞳に光が戻る。

ノームの力に耐えられなくなったか、凛はその場に倒れてしまう。

「凛!」

麗は割れた地面を避けて凛に近づこうとする。

しかし、凛の真上に魔法陣が現れる。

それは中西や鳴尾を包み込んだものだった。

魔法陣から柔らかい光が現れると、凛を包むように囲っていく。

「まただ…」

梁木はゆっくりと地面に降りると、凛を囲う光の壁を見る。

「(この壁は誰が作り出したんだ…?)」

高屋の言うことが本当であれば、時間を早めたのは結城だ。けど、結城が結界を張ったとは言っていない。

仮に結城や神崎が作り出した結界だとして、治癒効果のある光の壁を作り出す理由が分からない。

「(高屋さんも、光の壁を見たのは初めてのようだ…)」

梁木は高屋を見た。

高屋は光の壁を見るのは初めだった。

「(この壁…光の力を感じる。地司が驚いていないということは、浄化の力の一種なのか?)」

この壁が誰が作り出したもので、何のためにあるか。

それを知らない高屋は光の壁を壊そうと考える。

「ダークフレアッ!!」

高屋は躊躇いもなく魔法を発動させる。

高屋の周りに幾つもの巨大な炎が現れ、赤く輝くと、幾つもの巨大な炎が凛に襲いかかる。

しかし、赤く輝く巨大な炎は光の壁を前に消えてしまう。

「消えた?!」

光の壁にぶつかる前に消えた。

不思議に思った高屋は瞬時に凛の元へ移動すると光の壁に触れようとする。

筒状に包まれた光は柔らかそうなのに、触れてみると厚い壁のようになっている。

「(触れても特に何もない、か…)」

光の壁に触れると何かの仕掛けが作動する。または、壁自体に魔法がかけられていて触れた時に発動すると考えていた。

高屋が魔法を発動していた時、大野はノームを見ていた。

大野の中に疑問が生まれた。

あの時、自分を見たのは祈りの言葉を言わせるためなのか。

それとも、あえてノーム自身が現れることで、凛の魔力を出して意識を失わせるようにしたのか。

大野の視線に気づいたのか、また、大野の思考を読んだのか、ノームはふわりと宙を舞い、大野の目の前に佇む。

「自分ヲ過大評価シスギナノデハ?」

ノームは鼻で笑う。

「我ハ面白ソウダト思ッタダケ。ソレニ、精霊ハ過度二領域ヲ荒ラスコトハシナイ」

精霊は過度に領域を荒らすことはしないということは、すでに複数の精霊が関わっているのか。

質問を投げかけようとしたが、大野の言葉を待たずにノームは消えていってしまった。

大野がノームを見ていた時、麗もまたシルフを見ていた。

どうして自分がシルフを呼び出せたか。

シルフは中西に力を与えた。

その中西はどうなっているのか。

鳴尾との手合わせで傷つき、光の壁の中にいるはずだ。

それでも、麗にとっては彼女は特別な存在だった。

色々と聞きたいことがある。

麗が口を開こうとしたその時、激しい風が巻き起こる。

「目ヲ閉ジテ!」

シルフの声が聞こえ、麗はシルフを見る前にぎゅっと目をつぶろうとした。

しかし、それより先に麗の目の前に影ができ、麗はそれを見てしまう。

「やはり、覚醒した力では押さえつけることはできませんね…」

赤い瞳が映る。

「凛さんが操られているから自分は操られない。そう思っていませんでしたか?」

油断していた。

麗の考えを見抜くように高屋は笑う。

「甘い」

高屋と麗の目が合う。

それは、顔と顔がくっつきそうなくらいの距離だった。

高屋は指を鳴らす。

「…レイ!!」

シルフは悲しそうな顔で消えていく。

彼女の声が遠退いていく。

思考が止まり、麗の瞳から光が消えていく。

「地の精霊ノームが現れたのは想定外でしたが、本来の目的は叶いました」

風が消え、麗が振り向くと、表情はなく目に光はなかった。

「レイ!」

「麗さん!」

凛に続いて麗まで操られてしまう。

シルフは消えてしまったが、操られた麗の強さは十分に理解していた。

誰かが動く前に自分が動かなければ大きな痛手を負うだろう。

それくらい考えないと、操られた麗の力は大きいものだった。

梁木と大野がそう考えていたが、先に動いたのは高屋だった。

「ダークアロー!!」

高屋の言葉と共に、虚空から無数の球体が生まれた。

それは黒く長い矢に形を変えると、梁木と大野に襲いかかる。

梁木と大野も攻撃に備えて魔法を発動させる。

「フリーズランス!」

虚空から生まれた無数の氷の槍は、高屋を狙う。

「ボルトアース!」

大野が右手を上げると、手のひらに電気が流れ、高屋の頭上に幾つもの大きな雷の塊が現れる。

それが勢いよく降りかかろうとした時、麗が呟いた。

「フレアトルネード」

麗が両手を前に突き出すと、渦を巻いた紅い球が生まれる。それは激しい音を立てながら梁木が放った無数の氷の槍とぶつかった。

無数の氷の槍は溶けて消えてしまい、渦を巻いた紅い球は高屋が放った黒い矢と合わさると、梁木と大野に向かって加速していく。

梁木と大野は高屋と麗の魔法を防ごうとするが、全てかわすことができず直撃してしまう。

また、高屋も大野が放った雷光を避けきれず腕や太ももに傷を負ってしまう。

「…麗さんも火属性を持っていましたか。レイナさんと使える魔法が違うみたいだ」

膝立ちしていた高屋は立ち上がると、麗の後ろ姿を見る。

目の前には梁木と大野が倒れていた。

「…このままのほうが良いのだろうか」

高屋は誰にも聞こえないように呟く。

この結界は結城か神崎が作り出したものだろう。

更に、どちらかの力で校舎は迷路のように入り組んでいる。

結界から出られるかどうかは分からない。

高屋はその考えを諦め、麗に近づく。

「さ、行きましょうか」

高屋はパチンと指を鳴らし、麗の肩に触れようとした瞬間、高屋の目の前に突き刺さるような殺意が生まれた。

それに気づいて反応しようとしたが、それより早く、高屋は背中を打ちつけられていた。

「がっっ!!」

激しい痛みが襲い、高屋は一瞬だけ動けなくなってしまう。

それでも気配を察知すると、僅かに大野の声が聞こえたような気がして高屋は痛みを堪えながら急いで立ち上がる。

「……これは」

それまで自分の隣にいた麗は淡い光に包まれて倒れている。

大きな痛手を負ったはずの梁木と大野も傷ついてはいるが立ち上がっていた。

しかし、高屋にとって最も重要なのは目の前にいる人物だ。

「…またですか」

高屋は不快な顔で睨んでいる。

高屋の前にはカズとフレイが立っていた。

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