再生 85 炎と氷の流星群
高屋の力によって操られてしまった凛は、神崎と高屋に連れ去られてしまう。
麗、梁木、中西、滝河の四人は三人の後を追いかけた。
「何だ、これ?!」
滝河は目の前に広がるものを見て声をあげて驚いた。
中央階段や校舎の壁は、まるで西洋のお城のようになっていた。下る階段は閉ざされ、廊下も行き止まりになっていた。
「前にもあったような…」
最近、似たようなことが続いている。
「三学期に凛さんが連れていかれた時と、学園祭の後、白いドレスを着た女性を追いかけた時ですね」
麗の後ろで梁木が答える。
「下の階段は消えているし、廊下も行き止まりになっている。進むのは上だろう」
「そうですね」
それを知らない中西と滝河は驚いていたが、やるべきことを思い出すと、階段を上っていった。
麗と梁木も顔を見合わせて頷くと、後に続いて階段を上っていく。
階段を上がると、そこに見慣れた場所はなく、広い空間に出た。
教室の何倍もの広い空間の奥に上に向かう階段が見える。
「三階、だよね?」
見慣れた廊下や教室はなかった。
「もしかして…物語の第七章でレイナ達が行った闇王ロティルの城を再現しているのでしょうか?」
麗と梁木は考える。
物語の第一部の第七章でレイナ、カリル、マーリの三人は闇王ロティルの城に続く魔法陣を見つけた。
物語の挿絵やゲームで見た景色と似ていたのだ。
周りの景色を見ていて気づかなかったが、空間の中心に誰かが立っていることに気づく。
麗が名前を呼ぶ前に、滝河は困惑した顔でその人物を見ていた。
「彰羅…」
滝河の視線の先には鳴尾が立っていた。
「よっ」
鳴尾はいつもように滝河を見て片手を上げて挨拶をする。
どうして、鳴尾がここにいるか。
神崎に手を貸すのか。
麗が考えていると、鳴尾は右手を握って親指を立てると振り返らずに後ろを指した。
「あいつらなら、この先だ」
「分かった」
中西は頷くと上に向かって走り出そうとした。
しかし、中西が踏み出した瞬間、赤いガラスのような壁が現れ、空間を囲っていく。
麗達が上ってきた階段も、上に続く階段も赤い結界に遮断されてしまう。
「!!」
上に続く階段が行けなくなってしまった。
どうして鳴尾が結界張ったのか。
麗達が驚く中、鳴尾が中西を見て笑う。
「中西先生、俺と一戦やりませんか?」
鳴尾の言葉を聞いて、中西は足を止めて鳴尾を見た。
「…何を言ってるんだ?」
鳴尾が冗談を言っているようには思えない。
紅色の目は真剣だった。
「鳴尾!今、そんなことをしてる場合ではないんだ!」
鳴尾がどんな力を使うか知りなくないと言えば嘘だ。
けれど、今は操られた凛を取り戻すのが先である。
「俺にとっては対したことねーんだよ!!」
鳴尾は意識を集中させて手を広げと、その場所が光り、赤と黒の混ざった幅の広い剣が現れた。
それを両手で握ると、中西に向かって走り出した。
「!!」
話し合いでは解決しないだろう。
そう感じた中西は、なるべく早く終わらそうと考えた。
「(鳴尾の戦い方は興味はある。確か、私と同じで魔力はあっても魔法は使えないと言っていたな…)」
鳴尾が誰の能力を持っているかは知っているし、戦い方は麗や滝河達から聞いていた。
「(重さを感じない剣なのか?)」
武器は大きければ大きいほど動きが遅くなる。
けれど、鳴尾はそれを感じさせないくらいの速さでこちらに向かっている。
「(力を貸してくれ)」
様子を見るために接近戦のほうがいい。
そう思った中西は、風を意識する。
しかし、自分の中で違和感が生じる。
「(槍が出てこないっ?!)」
普段はシルフを思い浮かべたり風を意識すると、虚空から白のような水色の槍が現れる。
それは、自分が風の精霊シルフに選ばれ、その力を宿した槍は、攻撃すれば風が巻き起こるくらいの力を持っている。
けれど、どんなに意識をしても槍が出てこない。 鳴尾はすぐ近くまで来ている。
焦って一瞬だけ判断が遅れたが、中西はズボンのポケットに手を入れた。
カードを一枚取り出すと、言葉を発動させる。
「猛き狼の怒涛の牙…キラーファング!!」
カードが光ると、中西の両手指が光り指輪のようなものが現れる。そこから鋼の刺のようなものが伸びると爪の形に変化した。
鉤爪を頭上で構えたと同時に、叩きつけられるような重みと痛みがのしかかる。
「ぐっ!!」
中西が顔を上げると、鳴尾は剣を振り下ろしながら笑っていた。
「へー、カードから魔法が出るんだ!そのカードから純哉と似た力を感じるな!」
鳴尾は中西のカードを見たのは初めてだが、カードから流れる力で直感する。
互いの力がぶつかり合う。
「………っ!」
鉤爪で鳴尾の剣を受け止めながら、腹部に目掛けて蹴ろうとしたが、突然、身体が震え、血の気が引いていくような感覚に襲われる。
力が入らず、膝をつきそうになってしまう。
中西は意識を保ち、力を込めて鳴尾の剣を弾いて間合いを取る。
「…これが、骸霧の力か…」
手合わせを経験した滝河や麗、梁木から骸霧の力は聞いていた。
それは、鳴尾が倒れるか結界が消えるまで継続される。
鳴尾は中西を見て笑っている。
激しい運動をしたような疲れと眩暈が襲う。
「成程…、確かに時間をかけてはいられないな!」
中西は鉤爪を構えて地面を蹴った。
骸霧に触れないように鳴尾の間合いに入る。
そう考えながらも、中西はもう一度、それを思い浮かべる。
「(頼む…!)」
その力はかなり強大だ。
骸霧に対抗できる。
「シルフ!」
しかし、何も起こらなかった。
中西は顔を歪ませる。
カードから魔法は出せるが、シルフは呼び出せない。
前みたいにカードが出せない状況ではない。
中西は鳴尾の間合いに入り鉤爪を振り上げた。
「まただ…」
鳴尾と中西が交えている間、麗、梁木、滝河は空間の端で見ていた。
中西が風の精霊シルフの力を得て、シルフの力を宿した槍を出せるようになった。
前みたいにカードが使えない状況でもないし、槍を出すためのカードが必要なのかは分からない。けれど、以前から槍を出すためのカードがなくても槍を出していた。
「また?」
麗の言葉に梁木が反応する。
約半月前、魔法が使えない状況で戦った時、麗と滝河はいなかった。
「先月、鳴尾さんと凛が手合わせ…と言っても一方的なんだけど。その時、凛がシルフを呼んでも現れなかったの。その時も鳴尾さんの結界の中だったけど…」
麗も滝河も居合わせていた。凛はシルフを呼んだが、何も起こらなかったのだ。
滝河は推測する。
「初めは骸霧の力が変に作用して槍が出ないのかと考えたが、もしかしたら、物語でヴィースがシルフを滅ぼしたことに関係するんじゃないか?」
物語の中で、ヴィースはシルフに攻撃したが、実体のない精霊に剣で斬るというは無意味だった。しかし、ヴィースはシルフの身体に直接魔法陣を描いた。その後、シルフに剣を突き立てると、シルフは絶叫して消えてしまった。
「つまり、相手が鳴尾さんの場合、ユ…シルフや槍が出ない、という可能性があると?」
麗と滝河の話を聞いて、一つの可能性が浮上する。
滝河は困惑した顔で答える。
「俺達はシルフを呼び出せない。仮に呼び出すことができたとして、答えられるかどうか…」
滝河の視線の先には鳴尾と中西がいる。
鳴尾は手を出されることを嫌う。
けど、今は凛を取り戻すことが先決だ。
反撃されることを覚悟で手助けすることも考えている。
三人が考えている間も二人の攻防は続いていた。
鳴尾は剣を構え直すと剣を振り下ろした。
剣を振り下ろした場所から衝撃波のような黒い刃が幾つも現れ、中西に襲いかかる。
「(これか!)」
骸霧から出る黒い衝撃波は触れたり近くを通りすぎると体力を奪われ、眩暈に似た感覚に襲われる。
「(鳴尾の戦い方は真っ直ぐだ)」
駆け引きもなく、策を考えない、ただ戦うためだけに剣を振っている。
中西はそう思いながら黒い衝撃波を吹き飛ばそうと、ポケットから一枚のカードを引いた。
「降り注ぐ氷の刃、光り輝く疾風よ、幾重に轟け…フリーズブラスト!!」
中西の持っているカードが光り、カードから大きな無数の氷の刃が現れると、黒い衝撃波に向かって加速していく。氷の刃が光ると霧のようなものが吹き出して黒い衝撃波に直撃する。
霧が残る中、一筋の黒い衝撃波が中西の横を通り過ぎる。
それと同時に、胸に痛みが走り身体がふらついてしまう。
「(身体の痛みだけでも無くなればいいんだが…)」
自分の攻撃が全く当たらないわけではない。
鳴尾の身体には傷はついている。鳴尾は痛みなどを気にせず、ただ自分に向かっていた。
霧が引いていくと、もう一度、複数の黒い衝撃波が迫っていることに気づく。
一枚取り出すと前に投げる。
「慈母が施すのは聖なる防壁、クロスシールド!」
宙を舞うカードが光ると、中西の目の前に光り輝く十字の壁のようなものが現れる。
黒い衝撃波は光り輝く十字の壁にぶつかると激しい音を立てる。
「!!」
消えていく黒い衝撃波に続いて、鳴尾が剣を構えたまま跳躍して中西に斬りかかる。
鳴尾の剣が光り輝く十字の壁にぶつかり、金属がこすれるような音を立てた後、十字の壁に亀裂が入る。
「このまま砕いてやるっ!!」
光り輝く十字の壁は壊せる。
そう確信すると、鳴尾は笑った。
中西は焦りながら、再び意識を集中させる。
光り輝く十字の壁がガラスのような音をたてて崩れ落ちると、中西の両手には鉤爪が現れていた。
鉤爪を頭上で構え、鳴尾の剣を受け止める。
剣を受け止めた中西は、剣の重みに顔を歪ませる。
「(…まだこれだけの力があるのか!)」
同じ、いや、それ以上に鳴尾の方が動いているし、武器も大きい。
攻撃しても、なお立ち上がる精神力と大きくて重たいものを持ったまま動く瞬発力。
鳴尾の限界はどこなのか分からない。
身体が思い出すはずだ。
そう言われて、静と特訓をした。
あの時は自分が本の中の出来事に関わっているなんて信じられなかった。
見たこともない場所、食堂の横にあった鏡の中に別の場所が広がっていたこと、カードから魔法が出ること。
自分が誰の力を持っているのか。
無意識に師匠と呼んだその人は誰なのか。
特訓での痛みも、今まで感じたことがなかった。
その特訓は、今になって無駄ではなかった。
今、この重みや痛みはあの時を思い出させるくらいだ。
歯を食いしばって耐えようとする。
「(そろそろきついな…)」
骸霧と黒い衝撃波の効果で体力は奪われていく。
抜けない疲労感と胸を締めつける痛みが身体を支配する。
「私は負けない!!」
中西は自分自身を奮いたたせる。
その強い目つきに、ほんの僅かに鳴尾は驚く。
楽しい。
「おもしれえ!!」
鳴尾が吠えるように叫ぶ。
鳴尾の気迫に中西は気圧されそうになる。
中西は足に意識を集中させた。
中西の真下に青い魔法陣が浮かび上がり、両足が白く輝き始める。
ありったけの力を込めてぶつけるように両腕を押し、その反動を利用して間合いを取った。
中西はポケットからカードを一枚取り出す。
「連なる流星、瞬く閃光、蒼穹へと導いて闇を撃ち落とせ…!メテオストライク!!」
中西が力強く地面を蹴ると、一瞬にして鳴尾の間合いに入った。
「!!」
鳴尾の目つきが変わり、全身から噴き出した炎のような蒸気が竜の形に変わっていく。
鳴尾が剣を構えて振り下ろすより先に中西がしゃがむと、鳴尾の腹部に目掛けて力強く蹴り上げた。
燃えるような赤い覇気が刃のように中西の身体を切り刻んでいく。
中西の鉤爪が音を立てて壊れてしまう。
それでも中西は止まらなかった。
蹴り上げられ、吹き飛ばされた鳴尾の背後に瞬時に回ると身体を回転させて蹴り落とす。
鳴尾の両手から剣が離れる前に、鳴尾は無意識に剣を振り下ろした。剣から赤い刃が現れると、瞬く間に中西の身体は吹き飛ばされてしまう。
あまりの速さに麗達は目で追うのがやっとで、気づいた時には鳴尾と中西は吹き飛ばされて地面に叩きつけられ倒れていた。
周りを囲っていた赤いガラスのような壁がすっと消えていく。
「葵!!」
「中西先生!」
「彰羅!!」
麗、梁木、滝河は声をあげ、麗と梁木は中西に、滝河は鳴尾の元に駆け寄ろうとする。
その時、鳴尾と中西の真上に見たこともない模様の魔法陣が現れる。
魔法陣から柔らかい光が現れると、鳴尾と中西の身体を包むように囲っていく。
『!!』
驚いた三人はそれぞれ中西と鳴尾の元に駆け寄って身体に触れようとしたが、筒状に包まれた光によって触れることはできなかった。
柔らかい光なのに、触れてみると厚い壁のようになっている。
「葵!…葵!!」
麗は光の向こうにいる中西を呼ぶ。
光の壁に顔を近づけて中西を見ようとする。中西の意識があるか分からず落ち着かなかったが、よく見てみると傷口から流れた血が止まり、ゆっくりだが傷が塞がっていくのが分かる。
「傷が…」
「塞がってる……?」
中西と同じように鳴尾も傷ついた身体が癒えていく。
「ん……っ」
鳴尾と中西に触れられず不安になったが、中西の身体が僅かに動く。
「葵?!」
それに気づいた麗は中西の背中に向かって声をあげる。
ゆっくりと身体が動き、中西は上半身を起こす。
「中西先生!」
光の壁が現れたり、自分達が何もしていないのに傷が塞がっていくことに驚いていたが、梁木も中西を呼ぶ。
その声に反応するように中西は後ろを振り返る。
振り返った中西を見て麗と梁木はあることに気づく。
「…梁木?」
ぼんやりとした表情の中西の瞳は元に戻っていた。
「葵、覚醒してない…」
中西が覚醒していない。
それは驚くべきことだった。
「僕達は覚醒してるのに…」
梁木も疑問を抱く。
麗と梁木は互いの目を見る。
瞳の色が違う。
自分達はまだ覚醒しているのだ。
「中西先生もか?」
麗達から少し離れた場所で滝河が声をかける。
麗、梁木、中西が滝河のほうを向くと、鳴尾も覚醒していなかった。
滝河も不思議そうな顔をしている。
鳴尾が創った結界が消えたということは覚醒が解かれたと考えられるが、自分達はまだ覚醒している。
覚醒が解かれているのは鳴尾と中西だけ。そうなったのは、恐らく、鳴尾と中西を包んでいる筒状の光の壁だろう。
「中西先生、苦しいとか何か変わったことはありますか?」
見たところ辛そうな感じはないものの、梁木は確認するために中西に質問する。
中西は自分の身体を見回している。
「…いや、痛みや苦しみはない。むしろ心地良いと感じるくらいだ」
「傷が塞がっているのは、この壁に何かあるんじゃねえか?」
鳴尾も身体を起こして自分の手のひらを見ている。
覚醒していないこと以外は特に問題はないようだ。
叩いたり剣や魔法で光の壁が壊れるかどうかは分からない。
どうしたらいいか考えていると、中西は上に続く階段を指す。
「レイ、梁木、滝河、先に行ってくれ」
「えっ?!」
「でも…」
中西の一言に三人は困惑する。
凛のことは心配だが、中西と鳴尾も心配だ。
「私なら大丈夫だ。それに凛が心配だ」
滝河も同じ考えのようで、鳴尾と中西を見ている。
「先に行ってほしい」
中西は真っ直ぐな目で麗を見ている。
中西も気持ちは同じだった。
神崎が凛を見て笑った時に直感した。それと同時に、激しい怒りが込み上げ、気づけば地面を蹴っていた。
今は凛を助けるのが先だ。そう思っていた。
「…分かった」
麗は中西を見て頷く。
今、大事なのは凛だ。
「彰羅、俺は行くから大人しくしてろよ」
「分かってる。つーか、こんなんじゃ動けねーよ」
鳴尾は不機嫌な顔で答える。
滝河は別の意味で鳴尾を心配していた。
鳴尾にとっては窮屈かもしれないが、このまま、光の壁から出なければ安全かもしれない。
光の壁が消えた後、再び覚醒するかは分からない。その時に暴れないか心配していた。
「レイ、梁木、行くぞ!」
再び怒りが込み上げる。
滝河は麗と梁木に声をかけると、階段に向かって走り出した。
階段は真っ直ぐに伸びている。
中西と鳴尾を残して階段を勢い良く駆け上がったが、先が見えないことに少なからず動揺していた。
校舎の階段は長くないし踊り場もある。しかし、駆け上がる階段は先が見えない。
「校舎の中じゃないみたい…」
「まるで、物語の中の闇王の城みたいですね」
物語の中でレイナとカリルは、ずっと続く階段を飛空魔法で上に向かっていた。
「あ!!」
麗が何かに気づいて上を指す。
梁木と滝河が視線を移すと、階段の先には重厚な扉があり、その前に誰かが倒れているのが見える。
こちらに背を向けて倒れているが、それが誰だかすぐに分かった。
「大野さん!!」
麗が名前を呼ぶ。
それは大野だった。
「大野さん!!」
大野に気づいた麗は急いで着地すると、階段を上がって大野に近づいて膝をつく。
「大野さん!」
ゆっくりと大野の上半身を起こすと、意識があるか確認する。
何回か声をかけると、大野の瞼が微かに動く。
少しずつ瞼が開くと、見慣れない天井があることと、自分が誰かに支えられていることに気づく。
「…麗、さん?」
ゆっくりと首を動かして麗の顔を見る。
「良かった」
大野の意識があることに胸を撫で下ろす。怪我をしている様子もない。
「私……、…佐月さん!!」
自分がどうしてここにいるか、意識がはっきりとしなくて考えていたが、少しの間の後、思い出したように佐月の名前を呼んだ。
「どうしたの?佐月さんと一緒に講堂に行ったんじゃないの?」
皆で食堂でご飯を食べた後、佐月と大野は舞冬祭の打ち合わせのために講堂に行った。
佐月はここにはいなかった。
「確かに佐月さんと一緒に講堂に行きました。打ち合わせが終わって、佐月さんの練習の様子を撮影しようとした時、講堂に結界が張られたんです」
打ち合わせが終わった後、大野は指定された場所に移動した。
舞台から近く、全体を見渡せる場所だ。
佐月の合図で大野は予め手渡されたカメラを構えようとした。
その時、結界が張られ、カメラを客席に置いて視線を舞台に戻すと、いつの間にか舞台には結城が立っていたのだ。
「結城先生は佐月さんに一緒に来るようにと言いました。佐月さんは断り、覚醒したことに気づいた私は逃げるために大鎌を振るおうとしたのですが……」
大野は思い出していくうちに表情を曇らせる。
「……気づいたら、麗さんの声が聞こえて」
麗の声が聞こえた。
それは、言い換えれば、それまで気を失っていたということだろう。
大野は自分の力で身体を起こして周りを見る。
「…ここはどこですか?それに、凛さんは一緒じゃないんですか?」
麗、凛、梁木と食堂で別れたが、今は凛の姿はなく、代わりに滝河がいる。
「実は…」
麗は食堂で別れた後の話をする。
食堂で別れた後、麗と梁木は一度別れ、その後、二階の廊下で凛、中西、滝河を見つけた。
雨が強く降る前に帰ろうとした時、結界が張られてしまう。
結界に入ってきたのは神崎と高屋で、高屋の力によって凛は操られてしまい連れ去られてしまった。
凛を助けようと後を追うと、広い空間に鳴尾がいて、中西との手合わせを希望したのだ。
「…鳴尾さんも葵も、突然、現れた光の壁から出られなくて、葵が促してくれたから私達は先を進んだの」
周りに自分と中西の関係を知らない人はいない。麗は中西のことを名前で呼ぶ。
今、鳴尾と中西がどうなっているかは分からないが、凛を助け出すのが先だった。
「…分かりました。まだ覚醒しているということは、この場所も誰かの力によって作られた場所だと思います。私もついていきます!」
高屋が麗以外にも操ることができることには驚いたが、それより神崎と高屋に連れていかれた凛が心配だった。
「大野さんがいたら心強いです」
「人は多い方がいいからな」
滝河の顔が険しく苛立っているような声に聞こえる。
大野は立ち上がり、麗は目の前にある重厚な扉に手をついた。
扉を押すと、大きな音をたててゆっくりと開かれる。
徐々に先が見えてくると、視界が広がっていく。
扉を開けた先には月代が立っていた。