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再生 84 悲しみの冬空

十二月になると気温は下がり、冷たい風が肌に染みるようになった。

晴れている日より曇りの日が多く、今にも雨か雪が降りそうな空だ。



チャイムが鳴り、担任の教師が教室を出ると、生徒達は思い思いに動く。

「んーっ、終わったー!」

凛は上体を反らし腕を伸ばす。

三日間の期末テストが終わった。

三年生にとって二学期の成績は進路にも影響が出る。いつもより勉強したし、手応えはあったと思いたい。

週末には舞冬祭があり、テストの結果次第で冬休みの過ごし方が変わる。

それでも、まずは一息つきたかった。

「冬休み、か…」

去年、期末テストで赤点をとり冬休み中に補習を受けた。

その帰りに物語の過去を見つけ、ティムがロティルに襲われたことを知ってしまう。

それを読んだ後、自分もティムと同じようにロティルの能力を持つ神崎に襲われてしまった。

物語と同じように自分も気を失ってしまい詳細は分からないが、今でも心の奥に残っていた。

どこまでされたのか分からないし、知ってしまうのが怖い。

詳しいことがわからないから相談できないが、あの時は確かに覚醒していた。能力者以外に話して分かってもらえるか分からない。

椅子に座ったまま思い返していたが、周りが椅子から立ち上がり教室を出たり、雑談する声を聞いて、凛はハッとして首を横に振る。

「(いけない!)」

教室で塞ぎこんでいると誰かに心配される。

凛は意識を切り替えると、机の中からノートや教科書を鞄にしまう梁木を見る。

「梁木さん」

凛は椅子から立ち上がって梁木に声をかけると、梁木は声に気づいて顔を上げる。

「はい」

梁木の周りには誰もいない。

凛はにっこりと笑う。

「ちょっと時間ある?」



「突然、食堂でご飯を食べに行かないか聞かれた時は驚きましたよ」

梁木は苦笑する。

「てっきり、凛が話してるかと思ったよ」

麗は笑いながら隣でお茶を飲む凛を見た。

凛に声をかけられて西階段を下りると、食堂の前に麗、大野、佐月がいた。

テストも終わったし、特に予定もなく帰るだけだったので梁木は了承した。それなのに、食堂で麗達に会うのは珍しいと思ったのだ。

「梁木さん、ごめんね。テストも終わったし、皆でご飯食べたいって思ったんだー」

テストは一日、二、三教科だ。午前中で終わる。

授業が短縮される日は食堂のメニューが少なくなるが、それでも利用する生徒は多い。

「舞冬祭前だから佐月さんは大変だよね?」

麗は目の前に座る佐月の顔を見る。

期末テストは終わったが、その後に舞冬祭が控えていた。

舞冬祭は躍りに関するものの発表の場であり、一昨年から始まった行事である。

ダンス部だけの参加も増え、躍りに興味を持つ人や自分に自信をつける人も増えているらしい。

「部活は引退して後輩に任せましたが、舞冬祭は出たいと思って参加表明をしました。やっぱり勉強の合間に練習するのは大変ですね」

佐月は苦笑しながら答えたが、その表情は決して大変そうに見えなかった。

一年からダンス部に所属し、部活と勉強を両立してきた。佐月にとって躍りは小さい時から身近にあり大切なものと聞いていた。

「後さ、この前のことも気になるし、本にはまだ余白もあったよね?」

凛は周りを見て、人がいないことを確認すると少しだけ声を抑える。

周りに能力者以外がいる時は分からないように話しているが、話に集中して、いつ声が大きくなるか分からない。

「後、三ヶ月で卒業ですしね」

「このまま、この力を持ったまま卒業するのでしょうか?」

凛の言葉に反応したのは梁木と大野だった。

何事もなければ三月に卒業する。

物語は完結したが、本にはまだ余白が残っている。それが何を意味しているのか。

このまま何もなかったらどうなるのだろう。この力を持ったまま進学するのか、卒業と同時に力がなくなるかは予想できない。

「カズさんやフレイさんは結界が張られるのは高等部だけって言ってたしね」

凛は大学部に行った時を思い出す。

梁木、大野、佐月の頭に疑問符が浮かぶ。

それに気づいた麗は補足する。

「先月の中旬にカズさんとフレイさんから連絡があって大学部に行ったんだ。私と凛が無効化魔法を使った時のことを話したの」

「それで、カズさんとフレイさんが、結界が張られるのは高等部だけって言ってたんだ。並木道や寮までの道でも結界が張られたことはあるけど、確かに大学部や寮で覚醒したことはないんだよね」

二人の話に梁木、大野、佐月は納得するように頷く。

確かに覚醒するのは高等部周辺だ。大学部や学園の外で覚醒したことはなかった。

話の途中で、佐月は壁に掛けられている時計を見る。

「申し訳ありません。この後、舞冬祭の打ち合わせがあるので失礼します」

佐月が椅子から立ち上がって頭を下げると、隣に座っている大野も椅子から立ち上がった。

「…大野さん?」

舞冬祭の打ち合わせのために佐月が椅子から立ち上がるのは分かるが、大野まで一緒に立ち上がったのを見て麗達は疑問に思う。

麗達の視線に気づいた大野が答える。

「実は佐月さんに頼まれて、舞冬祭の練習の様子を撮影することになったんです」

「最初は個人的に撮影してほしいから頼んだのですが、ダンス部からも写真や映像を見たいと言われたんです」

佐月は自分の踊る姿を見てみたいのと、今後に活かせないか見てみたいと考えたのだ。

「それでは、失礼します」

「また明日」

佐月と大野は頭を下げると、テーブルの上にあるトレイと鞄を持って返却口に向かった。

「私達も出ようか」

「うん」

食事は終わっている。

このまま話していてもいいが食器は片付けたい。

麗達も鞄とトレイを持って椅子から立ち上がると、返却口と書かれた札がある台にトレイを置いて食堂から出ていく。

食堂を出た麗達は声をかけられる。

「水沢さん、梁木君、ちょうどいいところに。できたら、ちょっと手伝ってくれないかな?」

声をかけたのは、四十代くらいの穏和そうな女性だった。

「河村先生」

「どうしましたか?」

声に気づいたのは麗と梁木だ。二人が二年の時の担任であり、国語を教えている。

「職員室から資料室に運んでもらいたいものがあるの」

河村と呼ばれた女性は、凛に気づくと、困ったような顔をする。

「もしかして、何か用事があった?」

姉妹で校内にいることは珍しくないが、鞄を持っているのを見て用事があるか、帰るとこだったのかもしれない。そう思ったらしい。

麗と梁木が答える前に凛は河村を見る。

「帰る前に食堂でご飯を食べただけなので、気にしないでください」

「本当に?」

自分も手伝った方が良いかもしれないが、気を遣われると遠慮してしまう。

凛は顔の前でパタパタと手を振る。

「姉さん、あたしは実月先生のとこにいるから」

「分かった」

麗は頷く。

職員室から資料室に何かを運ぶくらいなら時間はかからないだろう。

終わったら保健室に行けばいい。

「じゃあ、後でね」

そう言うと凛は真っ直ぐ廊下を歩き、麗と梁木は河村について階段を上っていく。


保健室に着いた凛は扉をノックする。

「失礼しまーす」

中に誰かいる気配を感じると、返事を待たずに扉を開いた。

「おー」

中にいた実月は凛を見ると声をかける。

保健室はエアコンのおかげで程よく暖かい。

校舎の中といえど廊下は暖かくない。肌がじんわりは暖まっていくような気がした。

「今、時間は大丈夫ですか?」

とりあえず扉を閉めた凛は出入口から実月に確認する。

前に忙しいと断られたことが何度かあった。

「ああ」

実月が答えると、凛は嬉しそうに実月が座る椅子の前に移動する。

実月の前に座ると、早速、話を始める。

「実は先月、並木道で鳴尾さんと手合わせしたんです。…と言っても、鳴尾さんから一方的に言われたんですけど」

凛は先日、大学部に行って、カズとフレイに二人が使う無効化魔法を使った話をした。滝河に送ってもらう途中の並木道で鳴尾に会い、手合わせをしろと言われた。

麗も滝河も鳴尾と手合わせの経験があるのか、諦めたような顔をして手を出さなかった。

「前みたいに精霊を呼び出せない状況じゃなかったのにシルフが呼び出せなくて…」

梁木、大野、佐月、中西と同じ空間に閉じ込められた時、精霊を呼び出すことができなかった。自分だけでなく、皆も魔法が使えない状況だった。

伊夜と名乗る女性が現れたが、結界を張ったのが彼女なのかは分からない。

話していると、途中で足に何かが当たる。

「ん?」

気になって下を向くと、ケットシーが凛の足に頭をこすりつけていた。

「ケットシー!」

話していて気づかなかったが、凛の首には黄金色のネックレスがかけられていた。

保健室で覚醒すると、精霊が現れることがある。

この結界が実月が張ったものかは分からないが、実月が何もしていないところを見ると結界を作ったのは実月なのだろう。

名前を呼ばれたケットシーは顔を上げる。

その顔は悲しそうだった。

「凛、ごめん…」

鳴尾の攻撃で凛は吹き飛ばされ、ケットシーも消えてしまった。

凛は首を横に振る。

「ううん、あたしの力が足りなくてケットシーに無理させちゃった…」

精霊が自分の力に比例しているのなら、ケットシーが消えてしまったのは自分のせいだ。

特訓とは違う殺意と手加減なしの力。

もう一度希望した手合わせも、一蹴されてしまった。

悔しかった。

もっと強かったら。

ケットシーは跳躍すると凛の膝の上に乗る。

「ヴィースの能力者、あいつは強いし滞在能力も高い」

ケットシーの目は真剣だった。

鳴尾と手合わせして痛感していた。

もっと強くなりたい。

そう強く思ったのだった。

「あたし、頑張る!」

凛はケットシーの頭を撫でる。

「………」

凛とケットシーのやりとりを、実月は何かを探るような目で見ていた。

ケットシーの耳がピクッと動く。

「そういえば、お前はどうするんだ?」

ふと、ケットシーは実月のほうを向く。

「ん?」

実月は特に驚く素振りもなく、こちらを見ている。

実月とケットシーが口を開こうとした時、思い出したように声を上げる。

「あ!職員室!」

「どうした?用事か?」

「姉さんと梁木さんが河村先生に手伝いを頼まれて、そろそろ終わらないかなって思って…」

職員室から資料室に運ぶのなら、そう時間はかからない。

そう考えた凛は、落ちないようにケットシーを抱えてから床に下ろす。

それから椅子から立ち上がると、出入口に向かって歩き出した。

「ちょっと、職員室に行ってきます」

「水沢」

扉を開けようとすると、実月は凛に声をかける。

凛が振り返ると、実月は真剣な表情をしていた。

「気をつけろよ」

「…はい」

どうして、実月が真剣な表情をしているのか分からなかったが、凛は返事をすると扉を開けて保健室を後にする。

扉が閉まると、実月は天井を見上げる。

「そろそろ、か」

窓から外を見ると、ぽつぽつと雨が降りはじめていた。


保健室を出た凛は近くの東階段から上に向かう。

「あ、雨だ」

階段を上っていくと、窓から外の景色を見る。

空は曇り、ぽつぽつと雨が降りはじめていた。

「姉さん…終わったかな?」

今日は傘を持ってきていないし、麗と梁木の手伝いが何時で終わるかは分からない。

職員室を覗いて、麗と梁木がいなければ先に帰ろうと考えていた。

二階に着くと、来客用の下足場には中西と滝河がいた。

「中西先生、滝河さん」

凛が声をかけると、それまで話していた中西と滝河は凛の方を向く。

「水沢」

中西は手を上げる。

「二人が一緒にいるって珍しいですね」

二人が来客用の下足場にいることはあまり見ない。凛は不思議に思う。

「中西先生に渡したいものがあったんだ」

「打ち合わせの前に大学部に行こうか考えていたところだったから助かったよ」

中西の手にはノートくらいの大きさの封筒がある。

滝河は前も、大学部にいる教授に頼まれて高等部に封筒を渡しに来ていた。同じ敷地内だと用事を頼まれることがあるようだ。

「凛ー」

話していると廊下から声がする。

三人が振り返ると、麗と梁木がこちらに向かっていた。

「姉さん」

「お待たせー」

「終わった?」

「うん」

麗と梁木の手伝いは終わったようだ。保健室を出るタイミングが良かった。

「雨も降ってきたから、小雨のうちに帰ろう」

麗の手元を見ると、折り畳み傘を持っている様子はない。自分と同じだ。

「夜は晴れるそうだが、雨が強く降らないうちに帰った方がいいぞ」

中西は帰るように促す。

テストが終わり、まだ舞冬祭やテストの結果はあるが、早く帰って休んだ方がいいと思っていた。

そう思った麗達も顔を見合わせて頷いた。

帰ろうと誰かがそう言おうとした時、異変が起こる。

「!!」

廊下にいた人は消え、黒い壁が周りを覆っていく。

「雨が止んでる…?」

滝河が後ろを向いて来客用の扉から外を見ると、雨は止んでいた。

「外が真っ暗だ…」

中西も入口を見る。

雨が降っていて空は曇っていたが、今はお昼だ。それなのに、日は沈んでいて雲は晴れて大きな満月が見える。

「結界…」

梁木も周りの気配と、麗達の瞳の色が変わっていることに気づいて警戒している。

その時、廊下からコツコツと足音が響く。

麗達が振り返ると、近づいてきたのは神崎だった。

「神崎先生…」

凛の顔が強張り、恐怖を感じて一歩後ろに下がる。

梁木、中西、滝河は麗と凛の前に立つと神崎を睨んだ。

麗達は警戒しながら、何が起きても動けるように集中している。

神崎は特に動じることもなく、姿の見えない麗に声をかける。

「水沢麗、私と一緒にきてもらいたい」

「えっ………?」

急に攻撃を仕掛けられると思って凛を庇おうとしたが、予想外の言葉に麗の動きが止まる。

神崎の言葉に反応したのは凛だった。

去年の冬、図書室で本を見つけてティムの過去を読んだ後、神崎に襲われた。

三学期の始め、生徒会室に連れていかれた凛は、逃げるようなことがあれば、姉である麗に同じことをするかと宣告した。

自分がされたことを麗にする。

それは凛にとって耐えられないことだった。

抑えていた気持ちが甦る。

同じことになりたくないし、麗を行かせることはしたくない。

凛の声が震える。

「……た、また…!あたしと同じことをするんですか?!」

凛が感情をあらわにして叫ぶ。

凛が声を荒らげたことに麗達は驚いたが、それ以上に驚いたのは凛の言葉だった。

「凛…?」

またとはどういう意味なんだろう。

麗は凛を見る。

今にも泣きそうな顔をしていた。

五人の視線が神崎に集中する。

「水沢の妹に、何か?」

神崎は、知らないというような不思議な顔で首を傾げる。

「そんな…」

凛は言葉を無くす。

確かに、あの時、生徒会室で神崎に襲われた。

自分の記憶が間違っているはずがない。

血の気が引いていく。

「私もたくさんの生徒と接していて、全て覚えているわけではないからな」

神崎の言うことは間違っていない。

高等部だけでも何百人と生徒が在籍している。毎日、全生徒と会っているわけではない。

でも、自分の過去は変わらない。

「それで、私が、君に何をしたか教えてもらおうか?」

神崎は凛を見ている。

思ってもいないことに、凛は動転してしまう。

自分がされたことを自分の口からは言いたくない。

せっかく、麗とのわだかまりがなくなり、皆とも仲良くなれた。

もし、言ってしまったらそれが壊れてしまうかもしれない。

恥ずかしさで顔が赤くなる。

視線を感じて俯いていた顔を上げる。

「!!」

神崎は凛の顔から太もも辺りを見て笑っていた。

凛は襲われた時のことを思い出して涙が零れる。


神崎は知っていて、知らないふりをしている。


それに気づいてしまった。


言葉にしなくても分かってしまった。


もっと一緒にいれば良かったという悔しさ、悲しさ、それ以上に怒りが自分を支配する。

気づけば、麗は涙をこらえて凛の前に立っていた。

「凛は渡さない!!」

しかし、それより早く神崎の前で何かが激しくぶつかる音がした。

神崎は右手を上げている。

神崎の目の前には黒い壁が現れ、中西と滝河の足は黒い壁の前でぶつかっていた。

轟くような衝撃が広がる。

神崎が笑った瞬間、中西と滝河は地面を蹴っていたのだ。

麗以上に中西と滝河は怒りをあらわにしている。

「…姉さん、葵さんに滝河さんも…」

三人の行動で気づかなかったが、凛の横で梁木が呪文を唱えている。

梁木も見たことのないくらい険しい顔をしていた。

「やれやれ…」

神崎を覆う黒い壁が消えていくと、それを見計らって魔法を発動させる。

「フリーズウェイブッ!」

周りの空気が冷えると、梁木の両手から氷の波が現れた。氷の波が神崎を覆う。

しかし、神崎を覆う瞬間、神崎の周りから燃えさかる炎が吹き出して氷の波は蒸発して消えていってしまう。

動じていない神崎は、振り返らずに名前を呼ぶ。

「高屋」

少しの間の後、結界に入ってきたのは高屋だった。

高屋も覚醒している。

高屋が現れたことにより状況は変わる。

凛を守ることだけを考えていたが、高屋は麗を操る力を持っている。麗が操られたら、また麗と戦わなくてはならない。

「今夜は満月、そのために時間を早めましたか…」

高屋は独り言のように呟くと、神崎の前に出る。 梁木、滝河、中西は麗と凛の前に立ち、麗は警戒しつつも反射的に視線を反らした。

高屋はこうなることを予想していた。

「目を見て人を操る。誰がそんなことを言いましたか?」

にやりと笑うと、高屋は麗と目線を合わせようとせず伏し目がちに呟いた。

「ブラインドミスティ」

その瞬間、凛の頭上に魔法陣が現れ、そこから黒い霧と糸のようなものが現れる。

黒い糸は凛の身体に絡みつくと、凛の身体に溶け込んでいく。

凛の目から光が消える。

「さあ、行きましょうか」

高屋が手を伸ばして笑うと、それまで梁木達の後ろにいた凛はふらふらと歩き出した。

「凛!!」

何が起きたか分からないが、麗は咄嗟に凛の手首を掴んだ。

凛の動きが止まり、ゆっくりと振り向く。

「……」

凛の表情は無かった。

「…凛?」

凛はぐっと力を入れると、麗の手を振りほどいてしまう。

そのまま高屋と神崎に近づいていく。

「計画に多少のずれはあるが仕方ない。高屋、行くぞ」

「はい」

高屋は納得のいかない顔をしていたが、神崎はそれを気にせず、麗達に背を向けて歩き出した。

高屋も何も言わず麗達に背を向けると、操られた凛もそれに続いて歩き出して結界から出ていく。

「そんな…」

神崎の狙いは分からないが、自分の手を振り払われた。

それは三学期の始めにあったことを思い出させるようだった。

せっかく、わだかまりがなくなったのに、また離れてしまう。

涙がこぼれそうになる。

麗は迷いを振り払うように首を振ると、手の甲で涙をぬぐう。

そんなこと絶対にしたくない。

「追いかけよう!!」

梁木達も麗と同じだ。

中西と滝河の怒りはおさまっていない。

四人は神崎達の後を追って走り出した。



その頃、佐月は窮地に立たされていた。

大野と一緒に講堂へ向かい、打ち合わせと練習の様子を撮影してもらおうと思った。

踊っている時の自分はどんな感じなのだろう。

そう思い、彼女に協力を頼んだ。

撮影してもらえるなら誰でも良かったが、普段の自分が出せて気を使わない人がいい。

それだけだった。

しかし、今の状況は佐月にとって非常に危険だった。

「…どういう、ことなんですか?」

佐月は肩で呼吸を繰り返しながら、目の前にいる人物を睨む。

同じ舞台の上には結城が立っていた。

「先程も言ったように、私と一緒に来てもらいたい。それだけだ」

「そのために、大野さんを…!」

佐月は視線を落とす。

佐月の足元には大野が倒れていた。

「地の精霊の力を手にしたところで、私と同等になったとは思えない」

結城は大野を見下ろしている。

講堂に結界が張られたと同時に結城が舞台に立っていた。

結城は佐月を連れていくと言い、それを阻止しようとした大野が佐月の前に立つ。けれど、結城の一手で大野が構えていた大鎌は消えて、気を失ってしまった。

それを見て佐月は呆然とした。

精霊の力を手に入れたら強くなる。それを過信していた。

力の源である精霊、その力を得た大野が歯が立たない。

信じられなかった。

そう思えるのは相手が結城だからだ。

結城は呪文を唱えずに強力な魔法を発動している。

一対一で戦うにはあまりに不利であり、大野を連れて逃げることのほうが大事である。

戦うという言葉は意味をなさない。ただ、結城の魔法を避けるか弾く、それだけしか方法がなかった。

魔法の構築の早さ、魔力、判断力、差は明らかだった。

自分の力が残り少なくなっているのが分かる。

「(最後の力を振り絞って、転移するしかない!)」

佐月は意識を集中するために、大きく息を吸う。

今、できるのはこれしかなかった。

佐月は口を開く。

「時の…」

「ラメントケージ」

佐月が口を開いた瞬間、佐月の真下に黒い魔法陣が浮かび上がり、そこから触手のようなものが現れると格子状に組まれていく。

「!!」

咄嗟のことに驚いてしまい、佐月は逃げ遅れてしまう。

結城は表情を変えずに右手を前に突き出していた。

自分が捕われていく。

今、自分に何か起きたら大野が危険だ。

「(力が…抜けていく…!)」

懸命に意識を保とうとするが、意識は遠ざかり気を失って倒れてしまう。

佐月を覆う黒い鳥籠のようなものは宙に浮かんでいる。

「ブレスレット…?」

結城は黒い鳥籠の中で倒れている佐月を見る。

シャツの袖口から青翡翠色の飾りがついたブレスレットが見える。

「能力者の中でもどんな力を使うかあまり書かれていない…。捕らえておくというのも一理あるな」

佐月は能力者の中でもどんな力を使うか分からない。それに、物語の中でフィアも数回しか登場していない。注意しておいたほうがいいだろう。

そう考えたと同時に、結城、大野、佐月の頭上の空間が歪むと黒い穴が現れる。

黒い穴は広がり、三人を飲みこむと跡形も無く消えてしまった。

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