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再生 82 時計仕掛けの邂逅

学園祭も終わり、それぞれの進路が決まりつつあった。

受験や模試の対策などが行われ、同時に期末テストに向けて勉強もしていた。

そんなある日の休み時間、麗と佐月が廊下で話している。

「佐月さんは別の大学に進学する予定なんだよね?」

「はい。以前もお話しましたが、ここの大学部も躍りやダンスに関して学べそうですが、もっと力を入れている学校で勉強したいと思ったんです」

佐月は物語のように、麗や凛には少しだけ改まった話し方をする。

「もちろん、この学園が嫌なわけではないですよ」

大野には少しだけ砕けた話し方をするそうだが、麗は自分にも同じように話してほしいと考えながら話を聞いていた。

「…麗様、あれからお身体の具合はどうですか?」

佐月は不安な表情で麗を見る。

その言葉を聞いて、何を言いたいかすぐに理解できた。

約十日前、学園祭が終わった後に物語の続きが見つかり、本を読んだ麗と凛はショックで気を失ってしまった。

「受験対策やテスト勉強があるから大変だけど、私も凛も大丈夫だよ」

物語のことで不安にはなる。

しかし、受験や期末テストはある。勉強も高校生活も疎かにしたくない。そう話していると、どこからか声が聞こえる。

「水沢」

声がするほうを向くと、そこには中西がいた。

「…放課後、進路指導室に来るように」

中西は何かを躊躇うような険しい顔をしていた。



放課後。

進路指導室の扉が叩かれる。

「…失礼します」

ゆっくりと扉を開いた麗は中を確認する。中にいる中西は声に反応して後ろを振り返る。

麗は恐る恐る中に入ると扉を閉めた。

「あ、あの…」

普段なら呼ばれることがあってもすぐに近づくことができる。しかし、この時期に一対一で進路指導室にいるということは、進路や成績について何か言われるかと考えていたのだ。

そう思っていると、中西は俯いたままスタスタと近づき、何も言わずに麗を強く抱きしめた。

「えっ?」

突然抱き締められた麗は驚く。

しがみつくような力強さだ。

「…物語の結末を読んだ」

中西の声は震えている。

その一言で何を言いたいか理解したのと同時に、振りほどこうとした手を止める。

「私は…お前や凛に何かあったら…立っていられないかもしれない…」

麗は両手で中西の肩に触れる。

涙を流していないが、今にも泣きそうな悲しい顔をしていた。

「続きは読んだのか?」

「うん」

麗ははっきりと答える。

いつ物語の続きが見つかったのか。他に誰が読んでいるのか。

中西は他に誰が物語の続きを読んだか知らなかった。

「一番辛いのはお前や凛だよな」

「…うん」

否定できなかった。

もしも、物語と同じことが起きたら自分は死んでしまう。

その文字を見た瞬間、全身の血が無くなったような気がしたくらいだ。

「でも、物語と違うことも起きてるんだよな?」

「うん」

今、自分を抱き締めているのは中西先生ではなく、幼馴染の葵だった。自分のことを心配してくれる姉のような存在だ。

「物語の続きを読んで、不安で不安で仕方なかった。お前を抱きしめるだけ何かが変わるわけじゃないのは分かっていても…こうしたかったんだ」

放課後、教室で待ち伏せして抱きしめることは簡単だ。しかし、中西は教師であり、麗は生徒だ。前触れもなく抱きしめたり、涙を流したりしたら怪しまれる。

ただ、自分を抱きしめるために進路指導室に呼び出したのだ。

「葵、ありがとう…」

職権濫用に近いのではないか。

そう思いながらも、麗は中西を抱き寄せる。

それでも、中西は何かしたかったのかもしれない。

「学園祭が終わった時には物語の続きが見つかった。……私だって死にたくない」

今は生徒ではない。幼馴染として、彼女を抱きしめたい。

しばらく二人は抱き合っていた。


ひとしきり抱き合った後、麗と中西が進路指導室から出ると、廊下には凛が待っていた。

「水沢」

中西は気持ちを切り替えて、教師として凛を呼ぶ。

中西はどうして凛がここにいるか分からなかったが、麗はそれに気づく。

「佐月さんが言ってた?」

休み時間に中西に会ったのは佐月だけだ。恐らく、佐月が凛に伝えたのだろう。

「うん、佐月さんが教えてくれた。それで、何かあったの?」

凛は、麗が呼び出された理由までは知らない様子だった。

「あ…」

麗は中西の顔を見る。

中西は麗の顔を見て何が言いたいか分かったように頷いた。

「物語の続きを読んで、私のことを心配してくれたみたい」

凛に近づいて声を抑えて話す。

進路指導室は二階にある。職員室の他に教師が利用する場所も多く、誰が聞いているか分からない。

「…そっか」

それだけで凛は何となく理解した。

物語を知るのは一部の人間だ。人が行き来する場所では話しにくい。

「私は行くから、ちゃんと姉妹で帰れよ」

そう言うと、さっきより落ち着いた顔で去っていった。

「姉妹で、だって」

「一人で帰ったら心配されちゃうね」

麗と凛は顔を見合わせて苦笑する。

二人は中西の言いたいことが分かった。

中西は教師であり、この時間に学生寮まで見送ることはできない。そんなような意味合いだろう。

教師であるが二人とは付き合いが長い。何となくで伝わることもある。

「じゃあ、一緒に帰ろうか」

「うん」

二人が廊下を歩こうとした時、後ろから声が聞こえた。

「水沢!!」

大きな声に驚きつつ、麗と凛は同時に振り返る。

「滝河さん?!」

滝河は早足でこちらに向かってくる。少しだけ息が乱れているのはどこかで走ってきたのかもしれない。

滝河は麗の前に立つと、何かを言いかけて止め、また何かを言いかけて一息吐く。

呼吸を整えた滝河の顔は苦しそうだった。

「…物語を、読んだ」

その一言だけでも躊躇う。それくらいの気持ちだった。

しかし、麗と凛はあまり驚かなかった。

「…驚かないのか?」

滝河は不思議そうな顔をしている。麗も凛も驚くと思っていたのだ。

麗は首を横に振って答える。

「学園祭の後、物語の続きが見つかって、私や凛、ショウ、大野さん、佐月さんの五人で読んだよ…。読んだ後、ショックで私も凛も気を失って…」

「気づいたら保健室にいました。だから、実月先生も知ってます…」

麗の後に続いて凛も答える。

二人の表情は決して明るいものではない。

落ち着いたわけじゃない。けれど、どうすることもできないし、麗も凛もただ物語の通りにならないよう願うばかりだった。

物語の出来事が全て起こるわけではない。

「兄貴も…物語を読んでスーマが死ぬと知った時、自分もスーマと同じようになるんじゃないかって言ってた。いくら俺達が心配しても、一番辛いのは本人だ」

滝河は身近にいる義理の兄であり、スーマの能力者であったトウマのことを思い出す。

「カズさんとフレイさんが知っているか分からない。彰羅は…まあ、興味はないと思うが、少しでも何かあれば誰かに頼れ」

カズとフレイが物語を読んだか分からないし、鳴尾が物語を読むかは分からない。

物語の続きが書かれたということは、神崎達も知っているかもしれない。

自分が麗の力になれるか分からない。けれど、辛いなら自分でも自分以外でも頼ればいい。滝河はそう考えていた。

「ありがとう」

「ありがとうございます」

やや強張っていた表情がほぐれ、麗と凛は少しだけ笑う。

物語に関わった時は不安しかなかった。

ゲームや本の中の出来事が現実に起こるなんて考えられなかった。

見たこともない異形のものを見たときの恐怖や、登場人物が使う武器や魔法を見た時の驚き、他にも多くの感情がある。それが現実だと受け止めるしかなかった。

しかし、月日の流れとともに、同じ境遇の人物が増えた。

自分は一人ではない。

そう思えることができた。

それまで麗を見ていたはずの滝河は、いつの間にか凛を見ている。

「お前も…誰かに頼れ」

麗を見る表情とは違う。

自分を見る真っ直ぐな眼差しに凛は意識してしまう。

「あ、ありがとう…ございます」

凛は俯く。

あの時から、異性と少しぶつかったり手が触れたりするだけで反射的に離れたり身体が強張ってしまうようになった。梁木やクラスメイトに驚かれることもあった。

それが少しずつなくなっているのは、周りにいる仲間のおかげだと思いたい。

「ね、姉さん」

滝河を見ると、何故か分からないけど慌ててしまう。それに気づかれないように凛は麗に声をかけて帰ろうとした。

その時、突然、三人の真下に真っ白な魔法陣が浮かび上がる。

二重の円に幾つもの文字と、大小異なる線が交差している。今までに見たことのないような模様に驚いていると、魔法陣が光り、麗達の周りを包むと淡く光り始める。

光は麗達の姿が見えなくなるくらい輝き、周りの景色は白んでいく。


真っ白な空間の壁に幾つもの剣や槍、あらゆる形の武器と言われるものが並んでいる。

麗と滝河は見たこともない場所を、口を開けたまま見渡していた。

「ここは…」

「今までに感じたことがない力だ…」

よく見ると、壁に掛けられている武器には幾つか空いている場所がある。

麗と滝河は顔を見合わせる。

瞳の色は変わっている。

そう認識した時、背後から重々しい声が響く。

「刃を捧げよ」

その声と同時に、どこからか時計の針の音が聞こえる。

麗と滝河の背後から、首から大きな時計をぶら下げた白く輝く巨大な鎧が現れた。

『!!』

二人は驚き、立ち向かおうと意識を集中させて剣を出そうとした。

異変に気づいたのはその時だった。

「………え?」

「どうした?」

麗の声に気づいた滝河は麗を見る。

「…剣が、出ない」

覚醒した時、意識を集中させてると物語でレイナが使っている剣が現れる。

覚醒して間もない頃は、実月によって何らかの作用が働いた携帯電話を握って意識を集中させると剣を出すことができた。

今は携帯電話を握らなくても意識を集中させるだけで剣を出すことができる。

だが、今はどんなに剣のことを考えても剣は出ない。

自分の手のひらを見ながら驚く麗の横で、滝河も意識を集中させる。

「……嘘だろ?」

意識を集中させれば鏡牙(きょうが)という剣を出すことができる。

しかし、どんなに意識しても剣が出ることはなかった。

「鏡牙が出ない…」

この場所に来て、何かの仕掛けが働いたのか。

滝河が考えていると、麗が何か見つけたように声をあげる。

「あ!!」

声に反応して見上げると、壁に掛けられている武器の隙間に麗の剣と滝河の剣が並んでいた。

「あんなところに剣が!」

剣は高い位置に掛けられていて、自分の手で届く場所ではなかった。

二人がどうにか剣を取ることができないか考えていると、目の前にいる 白く輝く巨大な鎧が一歩一歩と大きな音を立ててこちらに向かってくる。

「魔法で戦うしかないな!」

「うん!」

麗が頷くと、滝河の真下に青い魔法陣が現れた。


「ここは…」

いつの間にか真っ白な空間にいた。

恐らく、さっきのは転移魔法なのだろう。

けれど、そこに麗と滝河の姿はなかった。

「大野さん?」

「…佐月さん?」

凛と同じ場所には梁木、大野、佐月、中西の四人がいた。

「どうして皆がここに?」

凛は疑問を抱く。

中西は少し前まで話をしていたから近くにいてもおかしくはないが、梁木、大野、佐月は二階の進路指導室付近にはいなかった。

「僕は日誌を書いたので、職員室に寄ってから帰ろうとしました」

「あたしは中央階段を下りてました」

「私は職員室にいた」

梁木達も状況が飲み込めないのか、自分がそれまでに何をしていたかを話す。

分かっているのは全員の瞳が変わっていることだった。

その時、天井から重々しい声が響く。

「言霊を捧げよ」

声と同時に、どこからか時計の針の音が聞こえる。

真っ白な壁一面に見慣れない文字が浮かび上がり、天井から文字盤のような模様が書かれた白く輝く大きな虫が現れた。

『!!』

白く輝く大きな虫は天井を覆いつくすくらいの数だ。

「数が多いですね」

梁木は天井を見上げる。

一人なら難しいが、今は五人いる。呪印によって光の魔法と治癒魔法が使えないが、それでも五人いれば何とかなるだろう。

その時、中西が一歩前に出る。

「ここがどんな場所かは分からないが、今はこの虫を倒すのが先だ」

そう言うと、ズボンのポケットに手を入れる。

覚醒した時、いつもズボンのポケットにカードが現れる。そこから一枚取り、瞬時に模様を見て頭に浮かんだ言葉を発動させている。

しかし、ポケットに手を入れて、そのまま異変に気づく。

「…カードが、ない」

右側のポケットではないと考え、中西は他のポケットに手を入れる。

「……ない」

今までそんなことはなかった。

信じられなかった。

中西の異変に気づいた大野に不安が生まれ、持っていた本をぎゅっと握る。

覚醒して意識を集中させると、本から地の精霊の力を宿した大鎌が現れる。

「…えっ?」

けれど、どんなに意識しても大鎌は現れなかった。

「葵さん!大野さん!」

凛の声で、中西と大野は我に返る。

気づくと二人の周りには 白く輝く大きな虫が集り、襲いかかろうとしていた。 中西が大野の前に立って構えた時、どこからか幾つもの矢とナイフが現れて白く輝く大きな虫に直撃する。

矢とナイフが刺さった虫はそのまま止まり、地面に落下する前に消えていってしまう。

凛は弓矢を構え、佐月は両手にナイフを構えていた。

「どうしたの?」

凛に続いて梁木、佐月は中西と大野に気づく。

いつもならカードから魔法を出したり、大鎌を振るって敵を一掃しているはずだ。

中西と大野は顔を見合わせてから凛達を見る。

「カードが出ないんだ」

「大鎌が出ないんです」

二人の言葉に凛、梁木、佐月は驚く。

この状況で冗談を言っているとは思えない。

「カードと大鎌が出ない?」

凛は二人の言葉を復唱する。

今まで、カードや大鎌が出なかったことはなかった。

凛は首にかかるネックレスを掴む。

「ケットシー!」

そのものの姿をイメージしてネックレスを掴んで名前を呼ぶと、ネックレスから精霊が現れる。

凛は名前を呼ぶ。

「…ケットシー!!」

しかし、名前を呼んでも何も起きなかった。

カードがない。

大鎌が出ない。

召喚できない。

「さっき、言霊を捧げよ、と聞こえました。それって…」

梁木の言葉に四人も頷く。

魔法が使えない。

その異変は五人にとって信じられないことであり、それと同時に、今の状況が危険だと気づく。

この五人は魔法や召喚術を中心として戦っている。

魔法以外で大きな虫の群れを倒さなくてはいけない。

梁木は短剣を構え、凛のネックレスが弓と矢に変わっていく。

凛達の思考を読み取るように、白く輝く大きな虫の群れは旋回して凛達に狙いを定めていた。


「はあ…」

麗は大きく息を吐いて、両膝に両手を置く。

顔だけ上げると、滝河は白く輝く巨大な鎧に魔法を放っていた。

巨大な鎧は動きが止まることなく、大きな剣を振り上げて滝河を襲う。

剣が使えず、魔法だけで巨大な鎧に立ち向かっている。その鎧に傷をつけたり、一部を壊すことはできても、致命傷を与えるのは難しかった。

戦いながら風の魔法を使って宙に浮かび、壁に掛けられている剣を取ろうとしたが、その旅に巨大な鎧に気づかれ、何度も振り落とされている。

魔力も有限ではない。

麗は息があがっていた。

「(剣が使えたらいいのに…!)」

魔法を使うのが苦手ではないが、剣のほうが動きやすい。

滝河のように、魔法を拳や足に伝わらせて戦うことができたらいいが、何度か試してみて、思っていたよりコントロールが難しいと痛感した。

「魔法だけならショウや大野さんのほうがいいのかな…?」

梁木と大野は魔法に長けている。

剣が使えないという状況でも戦えるだろう。

「(カズさんとフレイさんがいれば無効化魔法が使えるのに…!)」

限りはあるが全てを無効にする魔法がある。

それはカズとフレイしか使えない。

今は戦いに集中しないといけない。

滝河が後ずさると同時に、麗は呪文を唱えながら走り出した。


「………」

埒があかない。

凛は弓を引く。

何度、矢を放っても大きな虫を撃ち落としても数は減らなかった。

梁木は翼を広げて移動しながら短剣で一匹ずつ確実に倒している。

佐月は輪っかの外側に刃がついた武器をブーメランのように投げている。

凛、梁木、佐月の背後で大野が困惑しながら大きな虫の攻撃を避ける。

大野を庇うように中西は大きな虫を拳で殴ったり、蹴り飛ばしている。

魔法が使えず、武器だけで大きな虫の群れを倒さなくてはいけない。

その表面に傷をつけたり撃ち落とすことはできても、数が減ることはなかった。

集中力を保つのが難しくなってきた。

「(召喚できたらいいのに!)」

弓矢を使うのが苦手ではないが、精霊を召喚したほうが一度に撃ち落とすことができる。

隙を見て精霊の名前を呼んでも何も起きなかった。

「…武器だけなら姉さんや滝河さんのほうがいいのかな?」

双子の姉である麗や滝河は剣に長けている。

この状況でも戦えるだろう。

「(カズさんとフレイさんの魔法があればいいのに…!)」

初めて魔法の効果を聞いた時、そんなことができるのかと考えてしまった。

全てを無効にする。

それはカズとフレイしか使えなかった。

戦いに集中しないといけないのに、そう考えるほど危険な状態だった。


その時だった。


何故か分からないけど、そこに何もないはずに何かあると思えた。

同じことを考えていたのかもしれない。

手を出して触ろうとすると、確かにそこに何か柔らかいものがあった。

そこにいないのに、その声は聞こえる。

『無の統制、果てない構築、双番の支配を廻れ。ヴォッソゾーン!』

麗と凛と声が重なる。

二人が同時に呪文を唱えると、二人の手から格子状の直方体が振動のように広がり、真っ白な空間に亀裂が走る。

それを見た全員が目を見開いた。

それを使えるのはカズとフレイだけのはずだ。二人しか使えないと思っていた。

空間は硝子のように砕け散りながら消えていくと、麗の目の前には凛が立っていた。

麗と凛の手のひらは重なっている。

「凛?」

「…姉さん?」

麗と凛は自分達が手を合わせていることと、カズとフレイしか使えなかった魔法が使えたことに驚いている。

滝河、梁木、大野、佐月、中西、全員がすぐ近くにいたのだ。

それと同時に、麗と滝河は白く輝く大きな虫を、凛、梁木、大野、佐月、中西は巨大な鎧に気づいた。

「あれは?!」

「凛さん、知っているんですか?」

凛は巨大な鎧を見てあることを思い出す。

「肝試しの時、結城先生と会って、その時に…この大きさじゃないけど、大きな時計をぶら下げた白い鎧がいたの」

あの時は結城も知らないという顔をしていた。

結局、誰が結界を張ったのか、無数の白く輝く鎧は誰が召喚したのか分からなかった。

大きな虫と巨大な鎧に立ち向かおうと麗達が構えようとした時、大きな虫の群れが旋回して巨大な鎧に向かっていく。

大きな虫の群れが巨大な鎧を隠すように回ると、いつの間にかその場所には、肝試しの時に見た伊夜が立っていた。

「誰だっ?!」

伊夜を知らない滝河、麗、凛、中西の四人は警戒したが、梁木の一言で攻撃しようとする手を止める。

「…どうしてここに?」

梁木、大野、佐月の三人は攻撃を仕掛けようとしていないが、警戒はしていた。

「梁木、知ってるのか?」

伊夜を知らない中西は梁木に問いかける。

「肝試しの時、僕、大野さん、佐月さんの三人は廊下でこの人と、(かささぎ)というくちばしのような仮面をつけた人物と会ったんです。その時は、ただ僕達の前に現れただけですが…」

梁木の説明が終わるのを見計らったように、伊夜は一歩前に出て一礼する。

「初めまして、私は伊夜(いや)と申します」

肝試しの時は、俯いているのと薄暗さで、目元や表情はよく見ることができなかったが、彼女の瞳は深い青色だった。

腰まで伸びた長い黒髪で、着物をアレンジしたような黒い服を着ている。

凛は伊夜を見ていた。会ったことないのに初めてじゃないような気がする。

凛の視線に気づいたのか、伊夜は凛を見てにっこりと笑う。

どこからか時計の針の音が聞こえて響く。

凛がそれに気づくと、いつの間にか伊夜は凛の目の前に立っていた。

「!!」

ほんの一瞬だった。

瞬きする間もなく、魔法を使う素振りもなかった。

何をしたか分からなかった。滝河、麗、中西も驚いている。

佐月も驚いていたが、何かを探るように伊夜を見ている。

「…悪くはないですね」

そう言うと、伊夜はどこかへ消えていってしまう。

凛の周りで何かが薫る。

「(あれ?)」

身近にあるような気がするし、ないような気がする。

その香りが何かを考えている間に、覚醒は解かれていた。



その頃、神崎と結城は図書室にいた。

そのはずだった。

マリスの能力者である月代のことを知ったが、物語の結末は想像しているものとは違っていた。

本の余白はまだある。

物語は終わったはずなのに、まだ続きがあるのか。

そう考えていた矢先に、それは起きた。

神崎が本を閉じた後、目の前から図書室が消えていた。

周りの本棚や手にしていたはずの本さえ消えていたのだ。

今までに感じたことのない力を感じる。

それだけで、ここが誰かが作り出した結界であり、覚醒していることが分かる。

結城が何かに気づいて視線を向ける。

結城の視線の先を見ると、そこには人が立っていた。

髪は短い黒で、背丈は男性とも女性とも思えるくらいである。

瞳が赤いということは能力者だろう。

くちばしのように少し先の尖った仮面つけていて顔や性別ははっきりとは分からないが、大人の顔つきではなかった。

自分達は結界を作っていない。恐らく、目の前にいる人物が作り出した空間なのだろう。

何故、ここまで探ろうとするのか。

それは、覚醒した時から張り巡らせておいた魔法が全て発動していないからだ。

呪文を唱えなくても魔法は発動できる。身体を動かしたり頭の中で思い浮かべれば、それは容易にできる。

「誰だ?」

結城が問いかける。

目の前にいる人物は動くことも何かを喋ることもせず、ただ神崎と結城を見ている。

まだ自分達の知らない能力者がいる。

それだけでも警戒することだが、目の前にいる人物が何の目的でここにいるか分からなかったのだ。

結城は目の前にいる人物を睨む。

それにびくともせず、目を細めて微笑すると、一瞬のうちに消えていってしまう。

「…消えた?」

瞬きする間もなかった。

いつの間にか、目の前には本棚が並び、神崎の手には本が握られていた。

「今までに感じたことのない力を感じました」

覚醒は解かれている。

それが分かると、結城は思ったことを口にする。

神崎は何が起きたか考えつつ、手にしていた本を本棚に戻す。

「本にはまだ余白がある。物語はまだ終わっていないか、物語にも書かれていないこともあるのかもしれない」

自分が強いと自負しているわけではないが、自分の作り出した魔法が発動しなかったことや、少しでも様子を伺ってしまったことは予想外だった。

「(闇の精霊、月代を依代にした背徳の王なる力、保険医の実月、それに今の人物…)」

不安とは程遠いが、気になるものは排除しなければ自分の野望は叶わない。

そう思いながら、何もできなかった自分自身に苛立っていたのだった。

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