再生 81 悲劇のほころび
夕方五時。
麗、凛、梁木、大野、佐月の五人は図書室の前にいた。
学園祭が終わり、白いドレスを着た少女を見た後に一度は集まったが、片付けが残っていたためにそれぞれの教室に戻った。
途中で離れた凛と大野には何があったか説明して、また集まろうと話したのだ。
一年目の学園祭は麗が物語を見つけ、二年目の学園祭は凜が物語を見つけた。今年も何かあると思い、学園祭の前に図書室に行ったが、その時には続きは書かれていなかった。
集まった五人は、誰かが話すわけでもなく顔を見合わせて頷くと、図書室に入っていく。
学園祭で使用された図書室は、まだ人の出入りがあるのか扉は開いていた。図書室に入り、奥へと進んでいく。
本棚から、濃い青色の表紙に金色の文字で『WONDER WORLD 2』と書かれた本を見つける。
何度も本を手にしているはずなのに、麗の手は少し震えていた。
前にも感じたことのある感覚だ。
麗の周りに四人が集まる。
息を飲み、ゆっくりと本を開く。
最後に読み終わった場所から一枚めくる。
「…ある」
本を持っている麗が一番にそれを目にする。
続きはないかもしれない。
続きが見つかってほしい。
両方の気持ちが混ざっている。
麗の一言で四人も察する。
物語の続きが書かれている。
『えっっ?!』
四人は声に出して驚いたが、図書室ということを思い出して周りを見たり口に手を当てる。
胸の鼓動が速くなる。
麗はゆっくりとページをめくった。
何者かに宝石を奪われた次の日、リンカンの家を訪ねたのは闇王の城でいなくなったティムだった。
ティムは今までのことと、いなくなった時に何があったか全てを話し、ようやくレイナとティムは和解する。
宝石に眠る光の精霊の力によって、荒廃していく世界が元に戻ったが、ルシファーの力を得たマリスによって街は破壊されてしまう。
街は炎に包まれ、人々は逃げ惑う中、ティムは水の精霊ディーネを召喚して炎を消していく。
レイナ達の前に現れたマリスは、スーマに似たものを召喚して、マリス自らも戦う。
レイナとマリスの攻防は続くが、レイナは魔法の使いすぎで意識が朦朧としてしまう。
その時、マリスの放った魔法がレイナの腹部を貫き、レイナは倒れてしまう。
腹部から血が止まらず、息は止まった。
それがレイナの死を意味する。
マーリは激高し、ティムは絶叫した。
反撃するマーリとティムの傍らで、カリルは動かないレイナの元に膝をつく。
自身が持っているナイフで左腕を切るとそこから血は流れ、レイナの腹部に血が落ちる。
その瞬間、奇跡は起きた。
レイナの腹部の傷口が塞がり、止まっていた鼓動が再び脈打ちはじめたのだ。
背中には純白の輝く翼が生え、レイナの力によって形勢は変わり、マリスは禁呪によって自らの命と引き換えに街を破壊してしまう。
その光景はレイナとティムの村の火事と酷似していた。
レイナの力によって街は光に包まれ元に戻り、その後、延期したローザの結婚式が行われた。
ローザの計らいでレイナはウェディングドレスを着せてもらった後、四人は街を離れて新たな旅に向かった。
『………』
finと書いてあるということは物語はこれで終わりなのだろう。
しかし、まだ余白は残っている。
物語の結末に、五人は驚いたまま言葉が出なかった。
情報が多く理解ができないのもある。
けれど、それ以上にレイナの死が五人の中で大きな意味を持つ。
もしも、物語と同じことが起きるならレイナの能力を持つ麗は、マリスの能力を持つ月代によって殺される。
「……」
自分もレイナと同じになってしまうのだろうか。
姉が死んでしまうかもしれない。
そう思うと頭が痛くなり、視界が歪んでいく。
力が抜けて、歪んでいく視界が真っ暗になっていく。
持っている本が手から離れていく。
「レイ!!」
「凛さん!」
「麗様!凛様!」
麗の手から離れた本が床に落ちる。
気づいた時には、麗と凛は膝から崩れ落ちて気を失っていた。
麗の隣にいた梁木と凛の隣にいた大野はそれぞれを抱きかかえる。
「佐月さん、受付に誰かいないか見てきてもらえないですか?」
片膝を着いて凛の上半身を起こした大野は佐月を見る。
佐月に代わって自分が行ってもいいが、佐月のほうが動きが早いと判断したのだ。
「分かった!」
佐月は頷く。
結界は張られていない。
図書室に誰かいるなら声を出して助けを求めよう。そう考えていた。
「!!」
佐月が受付のほうを見て歩き出そうとした瞬間、一点を見つめて呆然とする。
図書室の壁が歪み、黒いもやに覆われる。
「結界!」
「こんな時に!」
梁木と大野は顔を見合わせ、覚醒したことに気づく。
佐月はただ一点を見つめたままだった。
梁木と大野が佐月を見てから、佐月が見ているほうを向く。
『……!』
そこには鳥と人間を合わせたものが二本足で立っていた。
威嚇するように翼を羽ばたかせ、右手に握る両刃の長剣がギラリと光る。
それが図書室の見渡す限りに現れ、梁木達を睨んでいた。
梁木、大野、佐月は焦る。三人だけで戦えないわけではないが、気を失っている麗と凛が心配だ。
梁木と大野は、自分一人が前に立とうと考えていた。敵を一掃するのが最優先だと思ったのだ。
見渡す限り自分達の後ろにもいる。囲まれていた。
どうしようか考えていたその時、梁木と大野の前に立ったのは佐月だった。
「麗様と凛様はあたしが守る!!」
佐月は意識を集中させる。
「(…できる!)」
その場で軽やかにステップを踏むと、シャツの袖口から青翡翠色の飾りがついたブレスレットが見える。
「時の章よ」
トンと足を床に着けた時、佐月の真下には紅い魔法陣が生まれた。
魔法陣が光り、佐月の周りを包むと淡く光り始める。
「契約の元、命じる。我らを彼方へと運び、光へ導け…!」
光は佐月達の姿が見えなくなるくらい輝き、やがて、時空が歪んでいった。
淡い光が消えると、そこは保健室だった。
「来たか」
椅子に座っていた実月は入口付近にしゃがんでいる五人を見ると、まるで保健室に来ることを知っていたような口ぶりだった。
「ここは…」
「保健室?」
三人は顔を見合わせる。
瞳の色は元に戻っていた。
何が起きたか分からなかったが、佐月の魔法に梁木はあるものが浮かぶ。
「佐月さん、もしかしたら…」
「話は後だ。水沢姉妹をベッドに運ぶぞ」
梁木が言葉を続けようとしたが、それより先に実月は椅子から立ちあがり、大野に代わって凛を抱きかかえる。
「は、はい!」
梁木はハッとする。
麗と凛は気を失っている。
梁木は麗を抱えてベッドまで歩く。
まるで誰かが利用することを知っていたように、掛け布団はめくれ、人が入りやすいようになっていた。
手が空いた大野は梁木を手伝う。
麗をベッドに座らせ、身体を横にするとベッドの中心に移動させた。
凛をベッドに運んだ実月は、顔色の悪い佐月に近づいて肩に触れる。
「お前も休むか?」
「いえ、あたしは……大丈夫です…」
自分の魔法が成功した。
それまで発動しなかったこともあったが、麗と凛を守りたいという気持ちが自分を奮い立たせたと思いたい。
しかし、魔力の消費は大きく、激しい運動をしたように呼吸は乱れ、身体は汗ばんでいた。
実月は佐月だけに聞こえる声で伝える。
「よくできたな」
実月は佐月に椅子に座るように促すと、ベッドに横たわる麗と凛を見る梁木と大野の背中を見る。
「お前らも座れ」
麗と凛を心配する気持ちも分かる。
けれど、いつ目を覚ますか分からない。今は自分達が落ち着く方が先だ。
梁木と大野は何も言わずに空いている椅子に座る。
「どうした?」
梁木と大野の顔が見て椅子に座った時には佐月の呼吸も正常になろうとしていた。
三人は今までに起きたことを話し始める。
学園祭が終わり、白いドレスを着た少女と、西洋の服とマントを身につけた高屋が三階の廊下を走っていた。
追いかけていると結城が現れ、凛が召喚したファントムのおかげで結城達の居場所は突き止めたが、少女も高屋も結城も消えてしまった。
「学園祭の片付けがあったので、改めて集まり図書室に行ったら…物語の続きが書かれていたんです」
梁木の言葉に実月は反応する。
「最後、レイナとマリスが戦うのですが、マリスの魔法によって……レイナが死んでしまうんです」
「麗様は、もしかしたら自分も死んでしまうかもしれない、多分、そう思ったんでしょう…」
梁木に続いて大野と佐月も説明する。
「レイと凛さんが気を失っていて、そしたら結界が張られて」
「敵に囲まれた時、佐月さんが魔法で私達を移動してくれたんです」
大野は佐月を見て頷く。
言葉にしなかったが、大野も気づいていた。
梁木は大野を見る。
「大野さんも気づいていたんですね」
「はい。物語の過去でスーマ様に転移魔法を使いました。それを思い出したんです」
「転移魔法はそれまで発動しなかったこともありましたが、うまくいって良かったです」
もし、あのまま敵と戦っていたら対処が遅れていたかもしれない。
呼吸が整い、落ち着いた佐月は右にあるベッドを見てホッと息を吐く。
三人が話している間に、実月は机の上にある電話でどこかに話している。
受話器を下ろすと、梁木達に伝える。
「今、職員室に連絡した。先生方から寮に連絡をしてもらうから、お前らはもう帰れ」
麗と凛がいつ目覚めるか分からない。
それに、実月は学園祭の後で梁木達が疲れていると判断した。
「でも…」
二人が目が覚めるまで待ちたい。
麗と凛と違い、実家で暮らしているから遅くまで学校にいることはできないが、それでも心配だった。
大野と佐月も同じ気持ちだ。
しかし、実月は梁木の言葉を遮る。
「帰れ。水沢姉妹には後で連絡すればいいだろ?」
実月は真面目な顔をしている。
その表情に梁木達は何も言うことができなかった。
「明日は振替休日だから、帰ってゆっくり休め」
一転して、実月は優しく笑う。
二学期は行事が立て続けにある。それに加えて、中間テストや模擬試験もあった。
学園祭が終わって一気に疲れが出ていた。
「…分かりました」
二人が心配だが、実月が言っていることは理解できる。
梁木が椅子の下に置いてある鞄を持ったのを見て、大野と佐月も鞄や荷物を持って椅子から立ち上がる。
保健室を出る前に、梁木はベッドに横たわる麗と凛を見た。
「俺がついてるから心配するな」
二人が目を覚ましても、寮長に迎えに来てもらうだろう。二人きりで寮に帰らせないようにはさせないつもりだ。
実月が落ち着かせようと話していると、佐月の視線に気づく。
「佐月、どうした?」
佐月は何かを言いたげに実月を見ていた。
「…いえ、何でもないです」
佐月は何かを疑うような目だった。
言葉と表情が合っていない。
実月はそう言おうとしたが、気にしないことにした。
「気をつけて帰れよ」
実月は手を振って見送り、梁木達は一礼して保健室から出ていく。
扉が閉まったことを確認すると、実月はベッドに近づく。
「お前達はどうするんだろうな」
悲しそうな表情で呟くと、実月は振り返らずに声をかける。
「もういいぞ」
その言葉を合図に、パーテーションの奥で影がひらりと揺れた。
数一時間前、月代は図書室にいた。
校内を歩いている時、図書室から誰かに呼ばれたような気がした。
その時は学園祭を楽しみたくて特に気にしていなかったが、後になって気になったのだ。
「…そんな」
濃い青色の本を手にしたまま愕然とする。
「マリスが……死ぬ?」
物語の続きが書かれていた。
物語は完結したがまだ余白はある。けれど、月代にとって信じられないことが書かれていた。
背徳の王と呼ばれる力を得たマリスはレイナ達と戦い、レイナに手をかけたが息を吹き返す。
目的は果たしたのかもしれないが、禁呪によって死んでしまう。
「… 本当にそれがマリスの望みだったのか?」
マリスにとってラグマはどれくらいの存在なのか。
結城は自分のことをどう思っているのか。
胸の鼓動が速くなる。
能力者として、自分の存在理由は何なのか。
色々と考えると頭が痛くなってくる。
月代は本を閉じて本棚に戻すと、急いで図書室を後にした。
階段を駆け上がり生徒会室の前まで来ると、大きく呼吸を繰り返す。
気持ちを落ち着かせると、扉をノックした。
「失礼します…」
ゆっくりと扉を開いて中に入ると、そこには誰もいなかった。
「誰もいないか」
学園祭が終わったばかりだから仕方ない。
そう思って生徒会室を出ようとした時、月代の背後から影が忍び寄る。
「時は満ちた」
地を這うような声が身体中に反響していく。
邪悪な影が伸びて月代の目と左胸を押さえる。
目の前が真っ暗になる。
助けて。
ラグマ様…!
生徒会室の扉が音を立てて開かれる。
感じたことのないような悪寒に、神崎と結城は足早に生徒会室を目指したのだ。
『!!』
そこには彼が立っていた。
しかし、そこに月代はいなかった。
「…月代?」
見たことのない月代に結城は戸惑う。
月代の身体から黒く光る衝撃波のものが吹き出し、首には呪印のような古代文字が浮かび上がっていた。
人が変わったような顔で神崎と結城を見ている。
どこかで見たことある。でも、思い出せなかった。
結城の隣で神崎は警戒しながらも、彼と距離を縮めようとする。
「あの時、月城の背後に黒いもやが見えたのはお前だったか」
神崎がそれに会ったのは二回目だった。
一回目は去年の六月。物語の過去を知った月代を襲おうとした時。
二回目は夏休みの前、生徒会室に闇の精霊シェイドが現れた次の日。
恐らく、物語でラグマが言っていたルシファーという存在なのだろう。神崎はそう推測した。
それは神崎を見ると鼻で笑った。
「随分と傲慢な奴だ。闇の精霊が目をつけた者よ」
声は月代だが、いつもの雰囲気とは違っている。
彼はその身体を見回すと手指を動かす。
「(これは…ルシファーの力なのか?)」
結城は彼の存在に目を疑った。
目の前にいるのは見慣れた少年だが、今までに感じたことのない圧力を感じる。
「この身体は脆弱だが…まあ、使うには悪くない。我の力を見せてやろう」
傲慢で高圧的。
それが彼の印象だった。
神崎と結城は表情に出さないものの、彼に恐怖と僅かな不安を抱く。
それに気づいたのか、彼は結城を睨む。
「一時的だが精神と身体は返してやる」
そう言うと、彼の首に浮かぶ呪印のような古代文字は消え始め、虚ろだった青い瞳に光が戻る。
張られていた糸が切れたように、月代はその場に膝を着いて倒れてしまう。
少しの間の後、神崎が口を開く。
「…結城、月代を保健室へ」
「分かりました」
保健室には実月がいる。
神崎や結城、高屋の力をびくともせず、生徒会の中でも、彼は誰の力を持っているか分からなかった。
警戒すべき人物だが、今はそんなことは言っていられない。
結城は月代を抱きかかえると、生徒会室から出ていった。
一人になった神崎は月代がいた場所に膝を着く。
何もできなかった。
闇の精霊シェイドと対峙した時、いや、それ以上に圧されてしまったのだ。
それと同時に、自分の中に隠れていた気持ちがはっきりと浮かんできた。
「あの力があれば私の願いが叶う…!」
気がつけば笑みを浮かべていた。
次の日。
月曜日だが今日は振替休日である。
学園内は静かだが、寮はいつもと変わらなかった。大広間で話し合う者もいれば部活や勉強のために学園に向かう者もいる。
麗は自分の部屋にいた。
何をするわけでもなくベッドの上でごろごろと転がっている。
「学園祭は楽しかったのになあ…」
学園祭はすごく楽しかった。あの楽しさが今年で終わるのは寂しい気持ちだ。
その後、物語の続きが見つかった。結末がどうなるか分かったが、レイナの死は麗にとって信じられないことだった。
物語と同じことが現実に起きるなら、自分も死んでしまうのではないか。
そう思った後、気分が悪くなり気を失ってしまった。
二年前の学園祭の次の日もこんな風にもやもやしたような気がする。
そう考えていると、部屋の扉を叩く音が聞こえる。
「はーい」
音に反応してベッドから身体を起こし、扉を開けようとしたとこで反対側から扉は開いた。
「姉さん。今、いい?」
「凛…」
扉から顔を覗かせたのは凛だった。
凛の目を見るだけで何を言いたいか分かった麗は、頷いてから凛を部屋に招き入れる。
「身体は大丈夫?」
「うん。姉さんこそ大丈夫?」
「ご飯食べた後、早目に寝たから大丈夫だよ」
凛は扉を閉めると靴を脱いで部屋に上がる。
特に何も言わず、麗と凛はベッドに腰かけた。
「…私達、気を失ったみたい」
「うん」
「目が覚めたら凛もベッドにいたから、多分、凛も気を失ったんだよね」
「…うん」
目が覚めたら保健室にいた。
そこが保健室だと認識しようとした時に隣で小さく声が聞こえた。左を向くと、隣のベッドに凛が寝ていた。
実月に聞くと、物語の続きが見つかり二人とも倒れたらしい。いつ目が覚めるか分からないため、梁木、大野、佐月は先に帰らせたと話していた。
「物語は終わったけどさ…、本当に物語の通りになっちゃうのかな…?」
凛は俯く。
消え入りそうな声は何を言いたいかすぐに分かった。
不思議な力によって生き返るが、レイナは死んでしまう。
もしかしたら、麗も同じになってしまうのではないか。
麗もずっと考えていたことだ。
「凛…」
自分と同じように凛もショックを受けたのかもしれない。
麗が凛の肩に触れようとした時、凛は勢いよく顔を上げる。
「…!!」
麗は言葉が出なかった。
凛の目から大粒の涙がボロボロと零れている。
「そんなの絶対に嫌!嫌だよ!!」
凛は麗に抱きついて声をあげて泣き出した。
全てが物語と同じになっているわけではない。それでもレイナの死は、麗にとっても同じになってほしくないことだった。
麗は凛を抱き返して涙を流す。
自分だって物語の通りになってほしくない。
そう言おうとした時、凛は涙を堪えて伝える。
「でも、一番辛いのは、姉さんだよね…」
「…うん」
凛は分かっている。
それでも怖いのだろう。
麗はゆっくりと呼吸をすると、落ち着かせるように話す。
「物語が全部、現実に起きるわけじゃない。実際に物語と現実で違うことはあるでしょ?」
物語では、ターサはセルナとアルナによって殺されるが、現実は大野は死んでもいないし能力を封印されていない。アーヴァは生きているが、音楽を担当する内藤は能力を封印されている。
「私も怖い。どうしようもないっていったらいけないけどさ…、全部が同じになってないから、私はそれを信じようと思う」
絶対という言葉は使いたくないが、大丈夫と思うしかないのだ。
それから凛は何も言わずに麗の胸で泣いていた。
少しすると、身体を離して指や手の甲で涙を拭う。
「多分さ、大野さんも同じなのかなって思う」
大野という言葉に凛は思い出して顔を上げる。
凛が編入して初めての友達が大野だ。
大野はターサの力を持っていて、物語では殺されてしまう。
それを知った時、大野はどんな気持ちだったのだろう。
凛を落ち着けさせるために話しているが、麗はトウマのことを考えていた。
「(あの時、トウマもこんな気持ちだったのかな?)」
スーマの力を持つトウマも、去年の二月の終わり、スーマが殺されてしまうことを知った。
不安が襲いかかりトウマを探しに行った時、トウマは自分も死にたくないと吐露した。
誰だって死にたくない。
「(ショウも昔のカリルみたいに悪魔の翼が生えた…)」
去年の冬、梁木は神崎によってよって呪いをかけられ、背中の左側に過去のカリルのように悪魔のような禍々しい翼が現れた。
あの時、梁木はカリルと同じになってしまうのではないかと思ったようだ。
物語の登場人物と皆を一緒にしてはいけない。
「(死にたくない…!)」
そう思いながら、凛をぎゅっと抱きしめた。