再生 80 残響リフレイン
舞台の幕が上がり、熱気も興奮も最高潮に達しようとしていた。
周りが椅子から立ち上がるのを見て、麗と凛も椅子から立ち上がる。
梁木は座って見ようと思ったが、舞台からやや後方の席ということもあり、見えにくいと判断して椅子から立ち上がった。
「……」
大野は、あまり経験がないのか勝手が分からず座ったままだった。
その時、ドラムスティックを叩く音が聞こえ、演奏が始まるのと同時に舞台の照明がつく。
舞台の上にはカズ、フレイ、エイコが演奏している。舞台の中心に立つトウマは歓声に応えるように両腕を横に伸ばして笑う。
「………!」
舞台の中心にトウマがいる。
胸を締めつけられる気持ちを抑え、大野は立ち上がってその姿を見ようとする。
頬に一筋の涙が零れる。
講堂は舞台以外は暗い。泣いていることに気づかれないように、横を向くふりをして涙を拭う。
トウマの歌声、ギター、ベース、ドラムの音が重なって響く。
周りは拍手をしたり、腕を振り上げてリズムにのっている。
大野も音に合わせて小さく身体を動かす。
そこには確かにトウマがいた。
歌うトウマもかっこいい。
麗は二年前のことを思い出して小さく笑う。
「(確か、歌に合わせて私とユーリを見たような気がしたっけ)」
照明の光も無く、誰がどこにいるか分からない中で、まるでそこにいる事を知っているように麗を見つめた。
照明のおかげでトウマと目が合い、胸が高鳴った。
「(すごい偶然だったなあ)」
そう思っている間にもライブは続いている。
歌いながら歓声に手を振って応えているトウマは、 歌いながら麗達がいるほうを見た。
『!!』
麗達は驚く。
トウマから見たら、ここに自分達がいるのは知らない。けれど、トウマはこちらを向いて歌っている。
悲しげな表情で何かを伝えるように歌う。
ーどうか俺の嘘を許してくれー
「…!!」
歌のワンフレーズのはずなのに、自分に向けて言われたように感じる。
大野は手で口を押さえ、ぼろぼろと涙を流す。
「トウマ様…」
音にかき消されて聞こえないはずなのに、大野の悲痛な声は確かに聞こえた。
麗、凛、梁木もトウマの表情を見て驚いていた。
ライブを楽しむ気持ちはあるが、動揺してしまう。
そんな麗達のことなど知らずにライブは盛り上がり、アンコールまで続いた。
「ありがとうございましたーー!」
曲が終わり、トウマが講堂に向かって叫ぶと、歓声と拍手、たくさんの視線が飛び交った。
舞台の照明が落ちて、トウマ達は舞台から去っていく。
幕は下りず、暗い中で機材の入れ換えが行われている。
「すごかったね!」
凛は興奮しながら隣にいる大野の顔を見る。
生の演奏は音の響きも臨場感も違う。
去年は見ることのできなかったから、見ることができて嬉しかった。
「…そうですね」
凛の熱量とは反対に、大野は少し遅れて反応する。
つまらなかったわけではない。
生の演奏や臨場感は伝わっている。
けれど、このやりきれない気持ちは自分にしか分からない。
そう思いながら大野は苦笑した。
トウマ達が去っていったほうと反対側に月代がいた。
トウマの背中を睨み、再び照明がつくまでバンドのメンバーがそれぞれ楽器の確認をしている。
自分の姿を見てから手のひらを見た。
クラスメイトとの約束通り、新しい衣装を着ている。丈もぴったりだし、さっと動いただけだが思っていたより動きやすい。派手じゃないけど自分で選ばない色のネクタイだし、ついているカフスやピンも動いても邪魔にならないようだ。
「(黒を基調とした服にところどころ濃い赤のアクセントがある)」
女装したのは仕方なかったが、この仕上がりを見たらクラスメイトに感謝しなければいけない。
「次は 『S-kreuz』です! 」
放送室から声が聞こえると、先程と同じくらいの拍手と歓声聞こえる。
「(歌える!!)」
月代にとって、歌うことはとても大切なことだ。
舞台の上の人影が動くと、それを合図に演奏が始まり、いっせいに照明がついた。
今しかできない歌を歌うんだ。
そう思いながら、月代は舞台の中心に向かって歩いていった。
トウマと月代のライブを見た四人は教室に向かって歩いていた。
「格好良かったね」
講堂を出た後、四人はあまり言葉を交わさなかった。
ライブ自体はとても楽しかった。
カズとフレイも普段と違ったし、ほとんど話したこともないがドラムのエイコもすごい。女性でありながら、激しくドラムを叩く姿は同性としても格好良いと感じた。
ただ、麗達の中では、もう彼の中に自分達がいないということが心の隅に残っていた。
もう随分と経っているはずなのに、忘れることはできない。
だからこそ、麗は今、ライブの感想を話したいと思ったのだ。
「去年、初めて見た時は驚きましたが、生の音というのは良いですね」
麗の気持ちを察するように梁木は頷く。
去年、初めて見た時、普段とは違うトウマに驚いた。
梁木の知るトウマは、スーマの能力を持ち、異形ものにも恐れず立ち向かって戦う人物だ。
舞台の上で激しく歌うトウマはまだ見慣れなかったが、生の演奏というのはどんな音楽であれ不思議と身体に響く。あの感じは良いと思える。
麗と梁木の後ろで大野は考えていた。
自分の知らないトウマがいた。
生の激しい音楽というものを体感したのは少なく、あの大きな音に驚いて耳を塞いでしまった。
けれど、歌うトウマは自分の中で魅力的でキラキラと輝いていた。
それは、能力者として初めてトウマに出会った時に感じた気持ちにも似ていた。
気づいてたら涙を流していたのだ。
「(トウマ様はトウマ様…)」
舞台で歌うトウマも能力者だったトウマも変わらない。
この気持ちは変わらない。
微笑みながら教室に戻っていった。
午後四時。
学園祭は終わり、並木道を歩いて学園を後にする来場者を教室の窓から眺めていた。
「終わった…」
二学期が始まり、合唱会の練習、それと並行するように十月の体育祭に中間テスト、学園祭準備。この二ヶ月は怒涛の勢いだった。
嫌な疲れではないし、学園祭が始まる前も学園祭の最中も大変だったけど、それ以上に楽しかった。
一年生の時は実行委員を勤め、二年生の時は臨時だが演劇部の舞台に出た。今年はクラスの出し物だけで、梁木達と色々と見ることができた。
麗は教室を見渡すと、上着のポケットから携帯電話を取り出す。
教室内ではクラスの出し物で使われたものを片付けていた。
カメラのレンズを教室に向けるとボタンを押す。
カシャッという音が聞こえると、携帯電話を上着のポケットに入れた。
「(後で凛と見せあおう)」
麗も学園祭の準備をしている時から、携帯電話で撮影していた。
今までの学校行事で撮影していなかったわけではないが、三年生になってから撮影する機会は増えたような気がする。
教室内を埋め尽くしていたたくさんのバルーンアートは、終わりの時間に近づいている時に来場者に幾つかプレゼントしていた。そのため、残った風船を片付けたり余った景品を分担する程度だった。
空き教室に椅子と机を持っていったので、何人かの生徒と空き教室に行こうと入口を向いた瞬間、廊下を走り抜ける人影を目にする。
「?」
学園祭は終わったので、来場者ではない。ということは、生徒か教師、学園内の関係者だろう。
麗は教室から出て廊下を見る。
裾や袖口、胸元にレースやフリルがふんだんにあしらわれた純白のロングドレスを着ていて、裾を摘んで走っている。
頭にもドレスと同じような飾りをつけていて、目元だけを隠す仮面をつけていたのが見えた。
長い黒髪ということは女性と判断できる。
「あれって、ファッションショーのかな?」
ライブの後、講堂では有志のファッションショーが行われていた。
麗は見ていなかったが、パンフレットに記載されていたのでファッションショーに参加した人なのかもしれない。
やや踵の高い靴を履いていて、カツカツと靴音が聞こえている。
そのまま別の教室から椅子と机を運びに行こうとした時、それを追うように誰かが麗の横を通り過ぎた。
「!!」
走っているのに、何故かハッキリと顔が見えた。
「(高屋さんっ?!)」
それは西洋の服とマントを身につけた高屋だった。
どうしてそれを着ているかすぐに理解できた。
それは恐らく、演劇部の舞台の衣装だろう。演劇部の部長である柿本から、去年が悲恋だったのに対して、今年は純愛ものにするとも聞いていた。
高屋が白いドレスの少女を追っている。
そう考えた時、麗はようやく周りの異変に気づく。
「クラスメイトがいないっ?!」
それまで片付けたり、雑談しているクラスメイトが消えていた。
それが何を意味しているか気づくより先に、背後から大野が麗を呼ぶ。
「麗さん!」
麗が驚いて振り返ると、大野の瞳の色は変わっていた。
覚醒しているということは、ドレスを着ている少女も能力者だろう。
麗と大野がは教室から出ると、目の前を走る凛、梁木、佐月を見つける。
後ろから聞こえる音に気づいた佐月は走りながら後ろを振り向く。
「麗様!大野さん!」
佐月の声に気づいたのか、凛と梁木も後ろを振り返る。
三人も覚醒していることに気づいて廊下に出たのだろう。
教室の廊下はそこまで長くない。階段を上り下りしたり教室に入っても追いつくことができるはずだ。
白いドレスを着ている少女は走りながらA組の教室を覗くと、また前を向いて走っていく。
廊下の角を曲がり、階段を上っていき、高屋もそれを追って階段を上っていく。
凛を先頭に、階段の前に着くと、そこにいる人に気づいて凛は足を止めて階段を見上げた。
階段の真ん中には燕尾服を着た結城が立っていた。
「…結城先生?」
少しだけ反応が遅れたのは、普段と違い、やや長めの髪を結っていていつもの雰囲気とは違っていたからだった。
「(かっこいい…)」
警戒しなくてはいけないのに、結城の姿に見惚れてしまいそうになる。
しかし、後ろから駆けつける梁木達のおかげで意識を戻すことができた。
結城は階段の下から麗達を一瞥する。
「我々の邪魔をしないでもらいたい」
眉間に皺を寄せている表情は普段より機嫌が悪いようにも見える。
「ホロウメイズ」
結城が後ろを向きながら魔法を発動させる。
結城の周りの空間が歪むと、結城の姿が消えていく。
「あっ…!」
結城が消えていく。
薄れていく影を見て、凛はひらめいて首にかかっている金色のネックレスを掴む。
「ファントム!」
凛が声をあげると、ネックレスが光り、そこから黒い影が現れる。
覚醒した凛を見たことがあっても精霊を呼び出す姿を見たことがない麗は、それを見て驚いた。
「あの影を追って!」
凛の意思を読み取り、ファントムは結城の影を追って這うように移動する。
「!!」
凛がファントムの後を追いかけようと踏み出したその時、眩暈が起こり、身体がふらついて膝をついてしまう。
「凛!」
麗は凛に近づいて膝をつく。
「大丈夫…。ちょっとまだファントムを召喚するのが大変なだけ」
額から汗が流れる。
召喚に失敗したのなら反動あるはずだ。ファントムが言うことを聞かないわけじゃなく、ただ他の精霊に比べると魔力の消費が大きい。
凛も気になるし、白いドレスを着た少女も高屋も気になる。
そう考えていると、大野が凛の肩に触れる。
「私が凛さんについているので、麗さん達は先に行って下さい」
凛一人を置いていって敵に襲われるかもしれない。
結城が発動させた魔法がどんな効果なのかも分からない。
「…分かった!」
考えたが、大野がいれば大丈夫だと思い、麗は階段を上がっていく。
五階に着いた三人は、あることに気づいた。
「階段が続いている?!」
高等部の校舎は五階建てであり、階段を上り始めたのは四階である。五階に着いたら、上に続く階段はないはずなのだ。
「麗様!廊下が!」
佐月が廊下を指さす。
麗と梁木が廊下を見ると、真っ直ぐな床が曲がりくねり、ところどころ壁ができたり幾何学模様ができていた。
「あれ…?まだ片付けしてない…わけじゃないよね?」
五階の廊下をトリックアートにしているという話は聞いたことなかった。
「これ、前にも似たようなことがありませんでした?」
梁木はあることを思い出す。
梁木の言葉に麗と佐月も気づく。
「凛が呼び出された時!」
「凛様が呼び出された時!」
麗と佐月の言葉が合わさる。
それは、今年の三月中旬。春休みの前に凛が神崎に呼び出され、生徒会室に向かった。その時、階段が一つに繋がっているみたいにずっと続いていたり、教室の扉も壁になったり、あるはずの廊下が塞がって迷路のようになっていた。
「今は影を追うのが先です!」
梁木は廊下を移動する黒い影を見つけると、後を追いかける。
麗と佐月もそれに続く。
三人が廊下を走っていると、黒い影は右に曲がる。
「あっちは…白百合の間?!」
中央階段のみ上に続く階段があり、その先には白百合の間がある。
黒い影が消え、麗達が階段の前で足を止めて見上げると、そこには高屋、結城、白いドレスの少女がいた。
白いドレスの少女は白百合の間の扉の前に立っている。
「やっと見つけました」
高屋は階段の真ん中に立っている。
「講堂で行われていたファッションショー、どうして貴方がいたのでしょう?」
高屋は少女を見る。
ライブが終わった後、講堂では演劇部の舞台や有志のファッションショーが行われてた。
演劇部の舞台に立った後、高屋は舞台袖で見ようと思っていた。
初めは、今の生徒会や実行委員のやり方を見たり、ファッションショーを見て楽しんでいた。
ショーが終盤に差し掛かり、高屋がいる反対側の舞台袖から白いドレスを着た少女が現れた。
少女は彼に似ている。
そう感じて、今すぐにでも結界を張って少女を捕らえようとした。しかし、講堂には他に能力者の気配も感じる。確証もないまま結界を張るのは得策ではないと考えた。
ショーが終わり、幕が下りたのと同時に少女は舞台から走り去って今に至る。
少女は白百合の間の扉に背を向けると、高屋と結城を見た。
仮面をつけていて顔が分からないが、麗達とあまり年齢は変わらなさそうだ。
少女が口を開く。
音を発していないが口の開き方で、それが何を言っているか理解できる。
「ごめんなさい…?」
麗が少女の言葉を理解して口にしたその瞬間、少女の真下に白く輝く魔法陣が浮かび上がり時計の針の音が聞こえる。
「させない…!」
何かを察知した結城は右手を振り払うに動かした。
少女の周りに黒く光る槍のようなものが現れ、それは瞬時に幾つも組み合わさると檻のように少女を囲もうとする。
しかし、檻のようなものは消えていき、少女の姿は消え去ってしまう。
「結城先生の魔法が効かない…?」
「消えた…」
高屋は自分より強いであろう結城の魔法が聞かなかったことにやや驚く。
やり方や属性は違えど、結城は自分より強く、白いドレスを着た少女を捕らえられるだろうと思っていた。
白いドレスを着た少女がいなくなり、目の前には白百合の間の扉がある。
「私は確認したいことがある。後は任せる」
そう言うと、後ろを振り返り、階段を下りようと一歩踏み出した。
『!!』
結城が近づいてくる。
そう思い、麗達は警戒した。しかし、麗達が動くより先に結城は瞬時に消えていってしまう。
結城がいなくなり、緊張の糸を緩めようとしたが、まだ高屋がいることに気づき、梁木と佐月は麗の前に立った。
覚醒した高屋と視線を合わせると麗は操られてしまうからだ。
梁木は高屋を睨む。
それを見た高屋は、少し考えると溜息を吐く。
「…後は任せる、と言われても、僕の目的は終わってますし、流石にこの格好のまま戦うわけにもいかないので、僕も失礼します」
高屋は自分の身体を見る。演劇部の舞台に出ていて、西洋の貴族のような服とマントを身につけていた。
高屋が梁木を一瞥すると、高屋も瞬時にして消えていってしまう。
それと同時に、瞳の色は元に戻り、草木で生い茂っていた階段も元に戻っていた。
「…消えた」
「何だったんでしょうか…」
もし、戦うとなったら、それなりの覚悟はしていた。
結城と高屋の二人は麗達にとって強くて警戒すべき人物だ。尚且つ、階段の後ろには生徒会室がある。もしも、他に能力者がいた場合、三人だけでどうにかなると思えない。
それと、白いドレスを着た少女のことも気になる。
何故、この場所に来たのか。
あの場所に何があるのか。
「白百合の間…」
麗は目の前にある場所を意識した時、後ろから声が聞こえる。
「姉さーん!」
麗達が振り返ると、廊下を走ってきたと思われる凛と大野が近づいている。
「凛!大野さん!」
麗達は廊下を見た。
先程まであった曲がりくねった床や、ところどころできた壁、幾何学模様は無くなっていた。
「大丈夫?」
凛は三人を見て確認する。
見たところ傷を負った様子も疲労した様子もない。
「何があったんですか?」
大野が問いかける。
凛は疲れているが、二人にも変わった様子は見当たらなかった。
「実は…」
麗が説明しようとした時、梁木が止めようとする。
「ショウ?」
「結界も消えたはずです。誰かが来るかもしれませんし、片付けがあるので教室に戻りがてら話しませんか?」
「あっ!」
麗は気づく。
白いドレスを着た少女、高屋、結城のことは気になるが、先ずは学園祭の片付けが残っている。
五人は何が起きたか話しながら階段を下りていった。
保健室の扉を叩く音がする。
こちらが返事をするより先に扉は開かれた。
燕尾服から私服に着替えた結城が保健室の中に入る。
「結城先生?どうかされましたか?」
実月は二つのベッドを直しながら、入口を向いて来訪者を確認する。
「人を探していまして」
結城は保健室を見渡してから、実月を見る。
「ここにいるのではないかと思ったのです」
その瞬間、結城の瞳が黄金色に変わる。
あくまで冷静で、しかし、普段は見せないような表情をしていた。
結城が殺気立っている。
「見ての通り、ここには私しかいませんよ」
実月は笑いながら答える。
その瞳は海のような深い青色だった。
保健室は実月しかいない。それに、他に人の気配がない。
それでも、結城はこの場所を怪しんだ。
「私達の中で貴方は要注意人物です」
「ここでも要注意人物ですか。…心外ですね」
実月は動じることなく、お手上げというように腕を上げる。
二人とも言葉遣いは普段と変わらない。
突然、実月の真下に黒い魔法陣が浮かび上がり、稲光のようなものが現れた。
実月は驚くこともなく、床に浮かび上がった魔法陣を見るだけだった。
魔法陣から炎が噴き出した瞬間、炎も魔法陣も消えていってしまう。
「!!」
それを見た結城は驚いた。
「(私の魔法が消えた…?)」
彼に似ている少女が校内を歩いている。
そう神崎に言われ、三年A組の出し物に協力した後、着替える間もなく校内を偵察していた。
講堂でファッションショーが行われた時、彼女を見つけ、機会を伺っていた。
白百合の間の前で彼女が消えた後、ここに来るだろうと思っていたのだ。
「どうかしましたか?」
穏やかに笑っている実月だが、その目は結城を見下しているようだった。
結城は顔を動かさず、僅かに視線を動かす。
「(私の魔法にも動じず、何かするわけでもなく魔法を打ち消した。それにいつ張られたか分からない強大な結界…。この男、やはり要注意人物か…)」
保健室へ来た時は結界は張られていなかった。しかし、気づく間もなく結界が張られた。
「(結界は消えたか)」
結城は目を閉じて一息吐く。
目を開けると、瞳の色は元に戻っていた。
「誰もいないのでしたら、ここには用はありません。失礼します」
このままここにいる必要はない。
無駄だと分かると、結城は実月に背を向けて保健室を後にする。
実月も何も言わず、結城の背中を見ていた。
「(勘は悪くないな)」
扉が閉まると、実月は整えたベッドを見る。
「さ、準備はできたし、俺も休憩するか」
学園祭の間は朝から忙しかった。
思っていたより少なかったが、怪我人や体調不良の人のために動いていた。
煙草を吸う時間は少なかった。先ずは一息吐きたい。
白衣のポケットから、タバコとライターを取り出して笑った。