再生 75 揺らめく月と炎
合唱会が近づき、毎日のように歌の練習をしていたある日。
三年A組にとっては革命とも言える出来事が起きる。
その日も放課後は歌の練習をしようとしていた。
ホームルームで担任の教師が連絡事項を話していると、小さく扉を叩く音が聞こえる。
「来ましたか」
まるで、それが何か知っているように反応した後、扉が開かれる。
教室に入ってくる人物を見て、A組の生徒の半分以上が驚きや喜びといった反応を見せる。
「結城先生?」
月代もその内の一人だった。
「失礼します」
「結城先生、わざわざA組に来てくれてありがとうございます」
結城は一礼すると教室に入り、教壇の手前で足を止める。
「一週間前、学園祭の出し物について話を聞いたが、私には通常の業務や行事についてやるべきことがある」
この時期は行事が多い。つまり教師たちも準備や運営がある。学園祭が終われば期末テストや受験に対してやることはあるだろう。
学園祭の出し物は手伝ってもらえない、そう思っていた。
結城はやや困ったような表情で咳払いをする。
「しかし、君達にとっては最後の学園祭だ。よりたくさんの思い出作りのため、限られた時間の中で、という条件はあるが協力しよう」
理解できる言葉のはずなのに、生徒の反応がない。
結城がもっと言葉をかい摘んで話そうとした時、生徒からいっせいに歓声や悲鳴が響き渡る。
「み、皆さん、落ち着きなさい!」
生徒達の反応を見た担任の教師は、こうなることを分かっていたが、あまりの反応の大きさに慌てて静かにさせようとする。
笑顔で拳を握る者、椅子から立ち上がる者、嬉しさを示すのは人それぞれだが、その中で、月代だけ机に両肘をついて頭を抱えていた。
それは一週間前まで遡る。
月代は教室で女子生徒五人に囲まれていた。
「月代君、ちょっといいかな?」
「お願いしたいことがあるんだけどー」
女性が苦手なわけではないが、いっせいに囲まれると流石にたじろいでしまう。
女子生徒の一人が一歩前に出る。
「月代君さ、メイド服着ない?」
「…は?」
何をされるか分からなかったが、突然の発言に月代は拍子抜けしたような声を出す。
「前から思ってたんだよね。月代君、似合いそうだと思って」
そう言って女子生徒達は笑いあう。
その女子生徒の中に家庭科部に所属している者もいる。
何を考えているか分からないが、女性の服が似合うと言われても嬉しくない。
女装はしたくない。はっきりと断ろうとした。
「嫌だ!」
「もちろんタダではお願いしない」
「月代君、バンドの新しい衣装作ろうか?」
「え?」
バンドの新しい衣装と聞いて、月代は反応する。
その反応を見た女子生徒がにやりと笑う。
「去年の学園祭のライブの衣装、袖と足が短くない?それに上着のボタン外してたのって入らなくなったんじゃない?」
女子生徒の言葉にどきっとする。
彼女達がステージを見ていたかは分からないが、その言葉は間違っていなかった。身長が伸びて体格が良くなったのは嬉しいが、貴重なステージ衣装が入らなくなるのは辛い。
「(食いついてる!)」
「(いいぞ!)」
女子生徒の後ろにいる女子生徒三人も目配せしながら前のめりで応援している。
「私達はプロじゃないからお金はもらわない。もらっても材料費だけかな」
「結城先生の返答に関わらず、月代君に新しいステージ衣装を作る。もし、結城先生が了承してくれたら、学園祭の出し物でメイド服を着る。月代君にとって悪い話じゃないと思うんだけどなー」
「そうそう。私達が進学のために色々な服を作りたいっていうのもあるんだけどね」
女物の服は着たくないけど、どうやら、面白半分で交渉しているわけではなさそうだ。
月代は目を輝かせながら話を聞いていたが、一呼吸して落ち着こうとする。
安く服を用意してくれる。
ちょうど、ステージ用の服を新調しよう考えていた。
自分で用意するにしてもお金はかかる。バイトやおこづかいのやりくりでは難しい。それを材料費だけで作ってもらえるなら答えないわけはない。
以前、家庭科の授業の時に彼女たちの仕上りを見たが、部活動の賜物なのか彼女たちの力なのか、その仕上りは他の生徒たちより抜きん出ていた。プロが作ったものの遜色ないと言えば大袈裟だが、ただ一言、すごい。
作ってもらえるのなら有り難い。
それに、表に出ることが苦手な結城だ。この時期は忙しいし、了承するはずなんて絶対にない。
そう思った月代は俯いていた顔を上げる。
「分かった」
月代の答えに女子生徒達は顔を見合わせて笑顔を見せる。
「嘘っ?!」
「ありがとう!」
女子生徒達は両腕を上げてハイタッチをする。
「もし、ステージの問題で月代君のバンドが出演できなくても衣装は作るから」
「それに、結城先生、クールというかそっけないし、授業や行事で断られると思うんだけどね」
女子生徒達も月代と同じ考えだった
結城は話を断る。
誰もがそう思っていた。
そして、今に至る。
結果、月代は新しいステージ用の服を用意してもらうのと同時に、学園祭の出し物で女性用の服を着ることが確定した。
「結城先生、何で断らなかったんだよ…」
絶対にないなんて有り得ない。
でも、表に出ることが苦手と聞いたことがあったから断ると思っていた。
これでは、目先のことしか考えずに安易に了承したみたいだ。
頭の中で色々考えると、目の前に影ができる。
月代が顔を上げると、そこには家庭科部の女子生徒が立っていた。
家庭科部の女子生徒がにやりと笑う。
その企んだ笑みが怖くて、月代は椅子を引いて立ち上がろうとした。
しかし、家庭科部の女子生徒は困った顔で苦笑する。
「あの、ごめん…」
一瞬、逃げようとしたが、女子生徒の言葉に浮かせていた腰を戻す。
「まさか、結城先生がオッケーしてくれるなんて思わなかったからさ」
「あ、でも月代君のステージ衣装はちゃんと作るよ」
結城が了承する前提で話をしていた訳じゃなかった。
彼女達も月代と同じ考えだったのかもしれない。
少しだけホッとした月代は、ある疑問を投げかける。
「あ、あのさ、この時期、家庭科部は大変じゃないのか?A組全員分の衣装、結城先生の衣装、俺の衣装…。合唱会や体育祭もあるし」
合唱会まで半月。その後には体育祭と学園祭がある。
二人で全部やるには到底時間がかかる。放課後に残って作業するなら、申し訳ないと考えてしまう。
それに対して、二人は顔を見合わせて笑う。
「確かに家庭科部は忙しいよ。学園祭で演劇部の衣装もあるし、できるなら他のクラスの出し物の衣装も手伝うし」
「A組の衣装といっても全員分じゃなくて、多分、交代制になると思うから数人分でいいし。それに加えて、結城先生の燕尾服、月代君用のメイド服、女性用だと肩幅や骨格の問題で入らないしね」
想定内のことなのか、二人はあっけらかんとしている。
「それに、先月の肝試しの時も複数の衣装を作ったし、作ると言っても私達だけじゃなくて、部活動の中でやるよ」
「作業分担するし、各部員の力の向上にもなるからね。二年生の時にもそうしてたんだよ」
「そうだったのか」
それを聞いて月代は納得したが、自分が女物の服を着ることには変わらない。
「じゃあ、私達は部の会議があるから、終わったら合唱会の練習に戻るから」
そう言うと、二人は別の生徒にも声をかけて教室から出ていく。
合唱会の練習はあるし、それが終われば体育祭がある。
今年も講堂のステージで歌えますように。
そう願いながら、月代は学園祭までの一ヶ月半をどうするか頭を悩ませるのであった。
その頃、麗は柿本の教室を訪ねていた。
入口付近にいた生徒に取り次いでもらい、柿本が来ると口を開くより先に頭を下げた。
「柿本さん、ごめん」
それが何を指しているかすぐに理解した柿本は、苦笑する。
「水沢さん、頭を上げてよー。一週間前にも言ったけど強制じゃないし、台本の候補はたくさんあるって」
去年、ふとしたことから演劇部の舞台に立った。
芝居の経験もないし、演劇部に所属したこともない。立ち位置や自分の動きを確認しつつ、心を込めて台詞を言うのがこんなに難しいとは思わなかった。
本当に自分で良かったのかと今でも疑問に思うが、興味がないわけでない。
そもそも演劇部ではないし、高屋が舞台に出るなら、また敵に襲われるかもしれないと思っていた。
「…因みに、高屋さんは?」
あの時、高屋も複雑な表情だった。
高屋は、自分の好きなようにすればいいと言ったが、どうなったのか分からない。
「高屋さんは出てくれるって」
「そう…」
生徒会役員だから。
顧問である神崎に先に手を打たれたから。
他にも理由があるのかもしれないが、高屋は劇に出る。
高屋は高屋であり、自分は自分だ。それなのに、どこかすっきりとしない気分だ。
「ほら、気にしてないって言ったじゃない!私、これから部の会議だから行くね」
表情に出ているのか、柿本は笑いながら麗の肩を叩く。
そう言うと、柿本は手を振って麗の横を通り過ぎて歩いていった。
廊下に出た麗はどうしようか考えていた。
「今日はクラスでの練習はないんだよね」
体育祭や学園祭も近づいているので、クラスの半分が部活動の練習や会議に参加している。
クラスでの合唱会の練習はなく、麗はとりあえず廊下を歩く。
「あれから一年か」
合唱会は音楽を担当する内藤が発案者だ。
歌うことの楽しさ、歌や音楽を身近にという目的で始まった。
去年の今頃、麗は内藤と佐月と歌の練習のために屋上に向かい、マリスの能力を持つ月代と戦った。その時、内藤が持っていたハープについている赤い宝石から火の精霊サラマンドラが現れた。サラマンドラを呼んだのは、ファーシルの能力を持つ男性であり、男性によってサラマンドラと共に消えていってしまう。
その後、どうなったか誰も分からない。
「隊長と出会ったのも去年か…」
去年の始業式の後、黄昏の温室でファーシルの能力を持つ男性と出会った。
彼との特訓のおかげで、剣の扱いがうまくなったと思うし、物語のレイナのように二刀流もできるようになった。
思い出に耽りたいわけではないが、何となく、たたそれだけの気分になった。
「屋上に行ってみよう」
屋上は部活動の練習や生徒達の憩いの場にもなっている。
あまりに人が多いなら、今日は大人しく帰ろう。
そう思いながら廊下を歩いていると、後ろから声が聞こえてくる。
「姉さーん」
声に気づいて振り返ると、凛がこちらに向かって歩いていた。
「凛」
麗は足を止める。
「帰り?今日は合唱会の練習はないの?」
「うん。体育祭や学園祭もあるし、クラスの半分が部活動の練習や会議に参加するから、今日はないんだ」
「うちのクラスも同じ。やっぱり合唱会、体育祭、学園祭が続くと大変だよねー」
凛は苦笑する。
凛が編入して一年が経った。去年はクラスに馴染めるか、新しい生活はどうなるか不安なことだらけだったようだ。
その中で合唱会、体育祭、学園祭と行事が続き、毎日が慌ただしく、就寝時間前に寝ていたらしい。
「帰る前にB組に行ってたんだ。去年、同じクラスだった演劇部の柿本さん…今は部長なんだけど、先週の話を断ってきたんだ」
演劇部の舞台に出てほしいと頼まれた話は凛にもしていた。
「なるほどね。姉さんのドレス姿見たかったんだけどなー」
そう言うと、ペロッとしたをだして茶化す。
「もう!台本はまだ決まってないし、ドレスはもう着ない!」
凛が冗談を言っているのは分かっているので、麗も笑って返す。
「ねえ、凛。屋上に行かない?」
「え?何かあった?」
「話しながら答えるよ」
麗は後ろを指すと、きびすを返して歩き出した。
凛は特に怪しむことなく、後ろをついて行く。
麗は西階段の上りながら、去年、屋上で会った時のことを話す。
内藤先生が持っているハープについていた宝石に火の精霊サラマンドラがいたこと。ファーシルの能力を持つ男性によって宝石からサラマンドラが現れたこと。
ファーシルの能力を持つ男性とサラマンドラは一緒に消えて、内藤の能力を封印されてしまうことを話した。
「あたしがバタバタしてる時に、そんなことがあったんだね。ちなみに、その男性はどうなったの?」
階段を上りながら凛は麗に問いかける。
後から聞いたが、その時には麗達は物語に関わっていた。そんなことが起きていたなんて知らなかったのだ。
「あれから、誰も見てないから分からないんだよね」
五階に着くと、左側には小さな階段があり、屋上に出る扉がある。
麗と凛は話していないのに、二人同時に右を向く。
「何もない、よね…?」
「うん」
肝試し以降、何度も五階の廊下を歩いているが、あれから五階を歩いても特に変わった様子はないし、嫌な気配もしない。
気にしていても何か変わるわけではないし、敵に襲われることは変わらない。
「行こっか」
それだけ言うと、麗は左を向いて小さな階段を上っていく。
「去年、扉を開けたらマリスの能力を持つ月代さんがいて、トウマやショウ、滝河さんが助けに来てくれて…」
麗は凛の顔を見て話しながら屋上の扉を開ける。
「それで、ファーシル隊長の力を持つ人がこうやって…」
扉を開けると、そこには四十代くらいの髪の短い男性が立っていた。
凛は扉の隙間から屋上を見る。
学園内には教師の他に用務員や事務員もいるが、そこにいる人物に見覚えはなかった。
「姉さん」
凛は麗の顔を見る。
もしかしたら誰か知っているかもしれない。
麗の顔は前を見たまま引きつっていた。
「隊、長…?」
「隊長って、まさか…?」
凛がその言葉を理解した時、男性は手招きしながら楽しそうに笑った。
「やっと来たか。まあ、こっちに来い」
麗と凛は男性の存在に驚きながら、手にしていたドアノブを開いて屋上に出る。
「久しぶりだな」
扉を閉めると、改めて男性を見る。
「姉さん、この人って、もしかしたら…」
凛は目の前で笑っている男性を見ながら、プルプルと身体を震わせている。
「さっき話したファーシル隊長の力を持つ人だよ」
麗は男性を見ながら答え、男性は凛を見つめる。
麗は、嬉しそうな恐れているような複雑な顔をしていた。
「お前が静が言っていた、精霊と心を通わせることができる凛か」
「えっ?!あたしのこと知ってるんですか?」
男性の言葉を聞いた凛は、自分のことを知っていることに驚く。
「私は暁、と言っておこうか。今日ここにいるのは、お前を試すためだ」
暁と名乗る男性は暖かい笑顔で麗と凛を見ている。
「仮にも、まあ、一応、静が認めたわけだ。私も興味がある」
それまで、にこにこと笑っていた暁の目つきが変わる。
瞳の色が薄い橙に変わり、周りに灼熱の炎が吹き出した。
『!!!』
麗と凛の瞳の色も変わり、凛の首には黄金色のネックレスがかかる。
二人は暁に圧されている。
麗は去年、それを感じていたが、凛は初めてだ。感じたことのない恐怖に身体が小刻みに震えている。
暁の周りに吹き出した炎は屋上を囲うように広がっていく。
「結界?!」
凛は空を見上げる。
真っ赤な炎は、あっという間に半球状に広がった。
「私は大剣、お前はどんな武器を使うんだ?」
暁は確認するように凛に質問する。
「弓矢です」
凛は隠さずに答える。
暁がファーシルの能力を持っていることは分かったが、どんな戦い方をするかは分からない。
「他の武器は?お前はティムの力を持っているのではないのか?」
暁は拍子抜けしたような顔で凛に問いかける。
暁が言っていることはすぐに理解できた。
物語に出てくるティムは、頭の中に思い描くものを具現化して、首にかけられているネックレスの形を変えることができる。
ティムはそのネックレスから弓矢、剣、鞭に変えている。
そのネックレスが物語に出てくるものと同じなら、他のものに形を変えられると思ったからだ。
凛は言葉で伝えるより見せた方が早いと考え、右手に意識を集中させる。
すると、首にかけられているネックレスがグニャリと形を変えて、右手には黄金色の長剣が現れる。
現れた長剣の柄を握ろうとしたが、長剣は波を打つように形を変えてしまう。
「…弓矢は問題ないのですが、他のものに形を変えようとすると元に戻ってしまうんです」
自分がティムの能力者だと分かった時、他のものに形を変えられるか試してみた。けれど、すぐに元に戻ってしまったのだ。
「(具現化する力が足りないのか、ただ単純に全体の魔力が足りないか)」
それを聞いた暁は考える。
どちらも可能性はないとは言えない。
「そうか。では、それも含めて特訓してやろう」
とりあえず、限られた時間の中でできることをやろうとする。
「サラマンドラ」
暁がその名前を呼ぶと、右手から激しい炎が現れ、人の形に変わっていく。
透き通った身体、揺らめく火のような髪に尖った耳、そして、炎のような法衣を纏っている。
それはゆっくりと目を開いた。
「我ハ火ノ精霊サラマンドラ。混沌ノ焔ヲ携エ、生命ノ燈火ヲ支配スル万物ナリ」
サラマンドラを目の当たりにした凛は、その迫力と炎の熱さに口を開けたまま声が出なかった。
そこにいるだけで炎に包まれるような感覚に陥る。
「火の精霊サラマンドラ…」
麗は去年、見ていたが、改めてその存在に恐怖を抱く。
自分は精霊を呼び出すことはできないが、トウマはサラマンドラを召喚していた。強大なものを呼び出すトウマの魔力にも驚いたが、一瞬にして全てを焼きつくすような炎を持つサラマンドラの存在にただ恐怖するだけだったのだ。
「先ずは、サラマンドラを扱えるほどの魔力をつけることができるかだ。シルフやディーネは比較的、友好的だが、サラマンドラやノームは違うからな」
二人の脳裏にノームが思い浮かぶ。人間の姿の時は飄々として掴みどころがない感じだが、精霊の姿に戻った時は、冷たく突き刺さるような感じだった。
凛は麗の顔を見る。
麗が精霊を呼び出すことができるかどうかは分からないが、二人いれば何とかなるかもしれない。
麗が口を開くより先に、暁が口を開く。
「麗、お前は邪魔をするなよ」
「ええーーーーっ!!」
気を張りつめていたはずなのに、暁の言葉に凛は勢いよく暁の顔を見た。
「凛、ごめん」
麗は手助けしたいけど、できなかった。
それは、鳴尾も戦いの邪魔をされるのをひどく嫌い、ヴィースの能力を持つ鳴尾と、ヴィースの師匠の能力を持つ暁はどこか似ていた。
手助けしたら、多分、自分もきついことになる。そう思っていた。
「そうそう、手加減してやるから。…多分な」
二人の反応が面白く、暁は楽しそうに笑う。
凛は困ったような表情をするものの、意識を集中させる。
右手にある黄金色の歪んだ長剣の形が変わり、弓と矢に形作られていく。
「強くなれよ」
暁の目が光り、サラマンドラが揺らめく。
その楽しそうな笑みは、ほんの少しだけ鳴尾に似ていた。
神崎が変だ。
変、というのは言い過ぎなのかもしれないが、最近の言動は不思議だ。
自分が能力者として覚醒した時は、神崎はすでに覚醒していて、野望があると聞いたことがあった。それは今でもそれは変わらないと思うけど、何というかちゃんと教師をしている。
それに、生徒会行事を楽しんでいるように見える。
それまでも楽しんでいたと思うが、ただ生徒達のために動いているのが違和感があった。
ある日、神崎に会った時、オブラートに包んで聞いてみた。
獣を召喚して戦うよう仕向けないのか。
願いはどうなったのか。
それに対して、神崎は本当にただ忙しいだけで、元から行事は楽しんでいる方だと答えた。
計画も進めている、と付け足して。
情報処理という学生達にとって難しい教科を担当し、冷たく厳しい印象を持たれているが、けっして生徒達が嫌いなわけではない。
これからの時代、インターネットやコンピューターはどんどん進化していく。十代のうちから基礎やルールを学び、来るべき時に備えるというのが情報処理を担当する教師達の方針だった。
それは分かっていても、いまいち納得できないのは、神崎という人物だから。
考えていても仕方ない。
二学期は行事が多いし、生徒会が新しい企画を出せば行事が増える。
忙しいのは自分も変わらない。
やることはたくさんある。
するべきこともある。
「はあ…」
そう思いながら、結城は無意識に溜息を吐いていた。