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再生 73 甘酸っぱい夏の終わり

約一ヶ月半の夏休みはあっという間に終わろうとしている。

夏休みの始めは、何をしようか、やりたいことは全部できるだろうか、そんなことを考えていた。けれど、気がつけばもうすぐ夏休みは終わりに近づいていた。



そんなある日の昼過ぎ。

麗、凛、梁木、大野の四人は学園近くのショッピングモールにあるカフェにいた。

来店を告げるベルが鳴り、その人は従業員と話して麗達を指さして近づく。

「お待たせしました」

佐月は麗達が座っている席に近づくと、頭を下げた。

「私達もさっき着いたばかりだから」

「大丈夫だよ」

立ちっぱなしだとお店にも迷惑がかかると思った凛は、空いている席に手のひらを向ける。

佐月はテーブルの上を見る。

目の前の飲み物がほとんど減っていないのは、皆も集まったばかりなのは本当だろう。

佐月は麗と凛に軽く頭を下げると、空いている席に座る。

タイミングよくやってきた従業員に飲み物を注文すると、ようやく一息ついた。

「佐月さん、こっちまで来てくれてありがとう」

ショッピングモールから一番遠いのは佐月だ。麗は話したいことがあり凛、梁木、大野、佐月、合わせて五人が集まれる機会を作ろうとしていた。しかし、中々予定が合わず、やっと都合がついたのが今日だったのだ。

「いいえ。せっかく麗様が連絡してくださったんですから」

トレイを持つ従業員がやってきて、佐月の前にグラスに注がれた鮮やかな黄色の飲み物を置いた。

グラスの回りに水滴が浮かんでいて、中の氷がカランという音をたてる。

よく見ると、梁木や大野の前に置かれているのはカップだ。温かいものが飲みたい気分なのかもしれない。

「佐月さんが来たから話し始めようか」

「二週間前の肝試しのことだよね?」

凛が麗の顔を見る。

ここに来る間、何のために集まったかは聞いていた。

「うん。メールでもいいけど、ちゃんと会って話をしたかったんだ」

五人の都合を考えるとメールのほうが早い。けれど、細かいことやニュアンスは実際に話したほうがいいと考えていた。

「二週間前の肝試しの時、皆は何かあった?」

肝試しという言葉に思い当たることがあるのか、四人はそれぞれ反応する。

「肝試しの時、私達が戻ってきたらショウ達も微妙な顔だったし、聞こうと思っても夜も遅かったからさ」

肝試しが終わってからどこかで話をすることはできたが、話がいつ終わるか分からないし、寮生ではない三人は家族が心配すると思い、その場は解散したのだった。

「私と凛はすでに話し合ったけど、ショウ達のことも聞きたいんだ」

「学校でも話せるけど、狙われるかもしれないしさ」

凛は回りを気にしたのか、少しだけ声を抑える。

「僕達だけ、ということは覚醒してからの話ですね」

「うん」

梁木は言わなくても分かってくれている。

席に案内されようとした時、なるべく会話が聞こえにくい場所を選んだ。全く人が通らないわけではないが、これから話すことは他の人が聞いたら意味のわからないことだし、自分達は怪しまれるだろう。

梁木、大野、佐月は顔を見合わせて頷く。

「レイ達より先に出発して、五階までは…まあ、肝試しとして想定していましたが、五階で伊夜(いや)(かささぎ)という人物に遭遇しました。顔を見合わせて覚醒したのは分かったので、恐らく、相手も能力者だと思います」

「廊下が薄暗かったのではっきり言えませんが、声から伊夜という方は女性だと思いますが、鵲という方は喋らなかったので女性か男性かは分かりませんでした」

始めは教師や職員が変装していると思ったが、覚醒していると分かり、目の前の相手に警戒したのだった。

「警戒していると、突然、時計の針の音が聞こえて…そしたら、あたし達が動いていない間、というか時間が止まっていたというか…。いつの間にか、相手はあたし達の横を通りすぎていました」

「佐月さんは時間が止まって、その間に横を通りすぎたと言っていましたが、僕と大野さんは、相手が一瞬にして後ろにいたと感じました。そしたら、伊夜という人は用は終わりましたと言って、消えていきました」

「その後は瞳も元に戻り、何事もなく西階段を下りて一階に戻りました」

それまで黙って話を聞いていた麗と凛は、顔を見合わせた。

「私達と違うね」

「…うん」

梁木達が出発してから自分達が出発してまで、およそ五分。その間にそんなことが起きているとは思わなかった。

何かあったのは自分達だけではなかった。

「レイ達は僕達とは違うことが起きたんですか?」

麗と凛の反応を見て、梁木達も気づく。

あの時、麗と凛にも何かが起きていた、と。

「二階で葵に会ったのは多分、皆と同じなんだけど、その後…階段を四つ分上がったような気がして…」

「ええっ?!」

麗の言葉に驚いたのは梁木だった。

高等部の校舎は五階建てだ。中央階段の上には白百合の間という部屋があるが、そこは立ち入り禁止の場所であり、階数にも含まれていない。間違って上ったとしても扉に気づいて先には行けない。

「そのまま廊下を歩いていたら、白衣を着た人が倒れていて…髪が長くて、体格的に男性だったけど、実月先生でも角谷先生でもなかったよ」

学園内で白衣を着ている男性は少ない。保険医の実月と理科を担当する角谷(すみや)以外なら、誰かは想像しにくい。

「倒れている人に声をかけたら、その人は顔を上げて…」

麗が説明していた隣で、凛が眉間に皺を寄せながら呟いた。

「ゾンビがいたの…」

今、思い出しても、あれは心臓に悪い。

乱れた髪に、ただれた皮膚と溶けて歯が見える口元。懐中電灯はあったものの、薄暗さで余計に不気味だった。

「それを見た私達は怖くて走ったんだけど、多分、別々に走ったんだと思う」

「気づいたら、あたしも姉さんも一人だったの」

同じ場所にいたなら声や気配で気づくことができたが、今、思うと、結界によって意図的に別の場所が作られたのではないか。そう考えることができる。

「その後はどうしたんですか?」

階段は薄暗くなかったので、仮にはぐれても一階に戻ることはできるだろう。

大野もそう思っていた。

「私は西階段にいて、凛に連絡してから一人で戻ろうと思ったんだけど、階段を下りようとしたら…ルトがいた」

『えっ?!』

麗の言葉に梁木、大野、佐月は声を出して驚く。

「それは高屋さんではないのですか?」

ルトは図書室にある本に出てくる架空の人物だ。夢ならともかく、実際にいるなんて考えられない。

「その時は怖くてはっきり覚えてないんだけど、服装はゲームや本で見たままだった。それに、ルトは私の名前をちょっと変わった言い方をするから…」

夢の中でルトに会った時、麗という名前を変わった発音をしていた。

架空の人物だから実際にいるはずはない。けれど、自分の名前の言い方が違うこと、高等部の校舎を知らないことを見ると高屋には思えなかった。

「ルトが階段を上っていったから後ろを振り返ったんだけど…、そこには誰もいなかった」

麗が言っていることが本当ならば、それこそホラーである。

可能性として、結界が張られて誰かがルトの幻影を作り出したのかもしれない。しかし、会話をしていたとなると、ますますそれが何であったから分からない。

「一階まで下りて、少ししたら凛がいたんだよね」

「うん」

「凛さんは何があったんですか?」

大野は凛に聞く。

本人は強がっていたが、怖いのは苦手なはずだ。

「あたしは多分、中央階段のほうにいて、隠れていた結城先生に遭遇したの。あ、覚醒してたのは分かったよ」

覚醒すると首に黄金色のネックレスがかけられる。一人で覚醒したのが分かるのはそのためだ。

「その時、結界が張られて…あ、結城先生が結界を張ったんじゃないよ。で、時計の針の音が聞こえたら、白い鎧が現れて襲ってきて…、結城先生のおかげで助かったよ」

結城は物語の中でラグマの能力を持っている。凛は結城にどんな感情を持っているかわからないが、凛を助けたということは、凛を狙うために近づいたのではないのだろう。

「その後、いつの間にか一階に移動してて、姉さんと会ったんだ」

あの時、頭の上の空間が歪んで黒い穴が現れた。物語で見たことがあると思っていて、景色が霞んでいくと思ったら一階にいた。

麗と凛の話を聞いて、梁木達は言葉が出なかった。

約五分という短い時間の間に色々なことが起きていた。麗がメールではなく、直接あって話がしたいという理由も頷ける。

「時計の針の音を聞いたのは僕と大野さん、佐月さん、凛さんの四人ですね」

梁木が考えながら頭の中を整理する。

「ルトを見たのは私だけ」

「敵か分からないけど、白い鎧を見たのはあたしだけ」

「そして、伊夜(いや)(かささぎ)という人物に会ったのは僕達だけですね。考えられるのは、同時に複数の空間が現れたということでしょうか」

どんな条件でそうなったかは分からないが、同時に起きたとなると、伊夜と鵲と名乗った人物が怪しいと考える。

「企画したのは生徒会なので、生徒会も怪しくないですか?」

佐月はグラスの中に残った氷をストローで混ぜながら言う。

飲みながら話をしていたので、残っているのは氷だけだった。

佐月の言う通り、肝試しは生徒会が企画した。役員が増えたと聞いていても能力者はいる。生徒会にいる誰かが企んだという可能性もある。

「確かに」

「…でも結城先生は知らなかったみたいだよ?」

麗、梁木、大野はその可能性を感じていたが、凛だけは反応が違った。

凛が結城と会った時、結城は結界が張られたことを知らなかった。

「もうすぐ夏休みも終わるし、二学期になったら五階を見てみよう」

五階には生徒会室もある。もしかしたら敵に狙われるかもしれないが、肝試しの時に起きたことが分かるかもしれない。

「そうですね」

いつになるか分からないが、実際に五階に行って確認したら何か分かるかもしれない。

麗の言葉に四人は頷いた。

やっぱり直接、会って話をして良かったと麗は思う。それも理由の一つだが、受験や勉強などで皆と集まる時間がなくなってしまうと思っていた。

話をしていて思ったより時間が経っていたのか、空になったグラスに残っていた氷はほとんど溶けていた。

「話はしたし、この後どうする?」

時間があるなら話したいし、どこかに移動してもいい。

それは凛や梁木達も同じ考えのようだった。

凛は壁を見てから少し考え、麗を見る。

「あの…、お祭り行かない?」

凛が何を見ていたかすぐに理解した。

佐月が来る前に、その話をしていた。

考えていることは同じなのかもしれない。



夕方六時。

梁木、大野、佐月は学生寮の門の前にいた。

少しすると、後ろから下駄の音が聞こえる。

「あっ!」

下駄の音に気づいて三人が振り返ると、浴衣を着た麗と凛が歩いていた。

「凛さん!」

「麗様!」

大野と佐月は浴衣姿の二人を見て目を輝かせる。

「待たせてごめんね」

麗は三人に気づいて手を振る。

「浴衣着たんですね」

「着付けできるんですね」

麗と凛が着付けをできるのは知らなかった。

大野と佐月はそう思っていた。

「あ、着付けは寮にいる家庭科部の人にやってもらったんだ」

「浴衣は自前なんだけど、姉さんも持ってきてたんだね」

凛は麗の顔を見て笑う。

透遥学園に進学する前は叔母の家で暮らしていた。叔母の家を出る時、必要になるかもしれないと言って持たせてもらった物のうちの一つが浴衣だった。

「うん」

麗も輪の顔を見て笑うと、視線に気づいて振り向いた。

「………」

梁木は口を開けたまま麗を見ていた。

頬が赤く見えるのは暑さのせいだろうか。

「??」

麗は不思議に思いながら、歩き出していた凛達の後を歩いていく。


学園から歩いて十分ほどの場所に神社がある。

神社の前には屋台が立ち並び、のぼりや提灯も飾られていた。

鳥居の前は多くの人が集まっていた。

麗は歩きながらきょろきょろと屋台を見ている凛に話しかける。

「凛はカフェの壁に貼ってあったポスターを見ていきたくなったんでしょ?」

「うん。遊べるのも少なくなると思うし、皆で行きたかったんだ」

「規模は小さいですが、花火も上がるみたいですよ」

麗と凛が話している間に、大野は壁に張られているポスターを見る。

「せっかくお誘いいただいたのに、すみません」

大野の隣にいる佐月は四人に頭を下げる。

「気にしないで」

「先に声をかけた人がいるなら、そっちを大事にしなきゃね」

カフェで提案した時、佐月だけが申し訳ないような表情をした。

佐月は所属しているダンス部の生徒に先に誘われていたのだった。

「それでは失礼します」

佐月は一礼すると、鳥居をくぐって屋台が並ぶ道を歩いていく。

「私達も行こうか」

「うん」

お祭りは何故だかわくわくする。

それは普段、落ち着いて見える梁木も同じだった。

提灯の灯り、浴衣や甚平、目移りする屋台の食べ物、どれもキラキラしていて見ているだけでも楽しい。

金魚すくい、射的、輪投げはついつい熱くなってしまうし、食べ物はどれも良い香りが漂っている。お腹に制限がなければ全部食べたいくらいだ。

屋台を見ながら歩き、人が通るのに邪魔にならない境内の隅で足を止める。

「楽しいー!」

凛はクレープを食べながらにこにこ笑っている。

「フランクフルト食べたし、たこ焼き食べたし」

「焼そばも食べましたね」

四人もいれば分けられるので色々食べられる。

「満喫してますね」

「だって、皆とお祭りって楽しいじゃん」

凛の笑顔につられて三人もずっと笑っていた。

「凛、帰りに綿飴買って帰ろうか?」

「うん!」

寮に帰ったら半分ずつ食べよう。

そう思いながら、凛は食べ終えたクレープの包み紙をゴミ箱に捨てる。

「あれあれー?」

「可愛い子がいる!!」

声に気づいて凛が振り返ると、麗の周りに三人の男性がいた。

Tシャツと短パン、サンダルといったラフな格好の男性はにやにやしながら麗を見ていた。

「こっちにも浴衣の子がいるじゃん」

「あれ?もしかしたら双子?超似てるじゃん」

男性の一人が凛に気づき、麗と凛を見比べながら驚いている。

「止めてください!困ってるじゃないですか!」

それを見た梁木は、感じの悪い男性三人組を見て声をあげる。

喧嘩や口論にはなりたくないが、麗達の困っているのを見たくない。

「ああっ?!」

しかし、男性は梁木を睨んで威圧しようとする

「あれ?こっちに可愛い子がいるじゃん」

別の男性は梁木の後ろにいる大野に気づいてジロジロと見る。

「!!」

「はい、君はあっちねー」

男性の一人が梁木の肩を押して無理矢理動かそうとする。

「俺達と遊ぼうよ」

大野の腕を掴んで麗の隣に連れていく。

「こっちの君も、俺達と一緒に遊ぼうねー」

凛の近くにいた男性も凛の手首を掴んだ。

「!!」

手首を捕まれた凛は、怖くて血の気が引く。

掴んだのはあの人じゃない。

それでも凛の脳裏に神崎がよぎる。

薄れていた感覚がはっきりとしていく。

「嫌だっ!離して!!」

恐怖で瞳が潤む。

梁木が凛と男性の間に入ろうとした時、男性の手は勢いよく払いのけられた。

大野の手首を掴んでいた手も払いのけられていた。

『あ……』

梁木と麗は突然、現れた二人を見て驚いた。

大野の前にいたのはトウマだった。

「…トウマ様?」

大野は咄嗟に彼の名前を呼ぶ。

自分のことは覚えていないと分かっていても、その名前は大野の心に染み着いていた。

凛は目の前にいる人物を見て顔を上げる。

「滝河さん?」

滝河は振り向こうとせず、目の前にいる男性を睨む。

「俺達の知り合いに何か用?」

トウマはにっこり笑っているが目は笑っていない。

「(トウマ、私たちのこと覚えてる?)」

麗は男性達が見ていないと気づき、急いで梁木に近づく。

「レイ、大丈夫ですか?」

「うん」

麗はトウマの言葉が気になってトウマを見ている。

怖がっていたり泣いているわけではないと分かり、梁木も少しだけ安心する。

「失せろ」

滝河は男性三人を睨んでいる。

静かに怒っている。

「何だとーっ?!」

「ガ、ガキのくせに生意気だ!」

男性は怯みながら、滝河に殴りかかろうとする。しかし、滝河は男性の手首を掴むとそのまま腕をひねって背中につけた。

「もう一度言う。失せろ」

滝河は力を込めて唸るように呟く。

「あ、ああ…っっ!!」

痛みで声が出ないのか、手首を捕まれた男性は顔を歪ませて何度も頷いている。

滝河は男性を手首を離して背中を押すと、他の男性と一緒に走って逃げ出してしまう。

「滝河さん」

「水沢、大丈夫か…」

凛がいることを思い出した滝河は、後ろを向いて凛の顔を見ようとする。しかし、浴衣姿だと気づき、口を開けたまま魅入っていた。

「…いいな」

じっと見つめていた滝河は浴衣姿の凛を見て顔を赤らめ、ボソッと呟く。

「あ、あの…」

麗はトウマに近づいて話そうとしたが、それより先にトウマは滝河に近づく。

「純哉、珍しくキレてたなー」

「なっ!!」

トウマに指摘された滝河は、慌てて振り向いてトウマに近づいた。

「ち、違う!俺は…!」

滝河が慌てているのと、キレていたと言葉を聞いて、麗達は意外だと思う。今まで怒ったところをあまり見たことがなかった。

「あの…、助けてくれてありがとうございます」

大野はトウマの背中に声をかける。

能力者としての記憶を失い、自分達のことは覚えていなくても、助けてくれたことには変わらない。

大野は小さく頭を下げた。

「知らない人でも、困っている人がいたら助けるのは当たり前だし、純哉の友達なら尚更だ」

トウマはやや視線を反らしつつ、思っていたことを口にする。

「純哉の友達…」

その言葉が引っ掛かる。

私達のためではなく、ただ困っている人を助けただけ。それと、滝河の友達だから。

滝河が自分達のことを友達だと思ってくれるのは嬉しいが、やっぱり自分達のことを覚えていないんだと感じた。

悲しいけど、それでも助けてくれたことには変わらない。麗もお礼を言いたかった。

麗はトウマを見る。

トウマは麗の視線に気づく。

「あ…」

麗が言葉を発するより先に、トウマは麗の顔を見ようとせずに滝河に近づいて肩を組む。

「さ、あいつらも待っているから俺達は行くぞ」

「あ、ああ。じゃあ、またな」

滝河は顔だけ後ろを向いて凛を見る。

滝河はまだ照れたような顔だった。

トウマに促されるように滝河も一緒に歩いていく。

「凛」

「大丈夫ですか?」

麗と大野は凛に近づく。

「大野さんこそ大丈夫?」

怖かったのは三人とも同じのようで、無意識にそれぞれの手を握っている。

トウマと滝河の背中を見ながら梁木は口唇を噛む。

トウマと滝河のおかげで助かったのは事実だが、自分がもう少し早く動いていたら結果は変わっていたかもしれない。

喧嘩が強いわけでもない。でも、焦りというか悔しいという気持ちが先に出てしまった。

「ん?」

梁木は右手で胸を押さえる。

胸が痛むのは何故だろう。

「先を越されたからじゃねーの?」

「うわっ!!」

突然、背後から聞こえた声に驚き、梁木は大きな声を出す。

慌てて振り返ると、梁木の真後ろには鳴尾が立っていた。

「な、鳴尾さん?」

鳴尾は黒に近い紺色の甚平を着ていて、頭にはヒーローのお面をつけていた。

いつからそこに立っていたか分からないが、トウマと滝河がいた時には背後に誰もいなかったはずだ。

「先を越されたってどういう意味ですか?」

鳴尾の言っていることは間違いではなかった。

でも、それを誰かに言われたくなかった。

「どーゆー意味もあるか、そのままだ」

鳴尾は即答すると、持っていた小さな林檎飴を梁木の口の中に突っ込む。

「あがっ?!」

「屋台のおっちゃんに貰ったけど、俺、甘いものあまり好きじゃないからお前にやる」

そう言うと、鳴尾は手を振ってトウマと滝河の後を追うように去っていく。

鳴尾は勘がいいというか、何か見抜いているのかもしれない。

梁木は口の中に入れられた林檎飴を手に持って一口かじる。

「あ、酸っぱい…」

飴の部分は甘いのに、棒に刺さった林檎は酸っぱかった。


その後、祭を楽しんだ四人は、花火を見て神社で別れた。

麗と凛は手を繋ぎながら寮までの道を歩いていた。

「楽しかったね」

「うん」

「帰ったら、綿飴食べよう」

凛はもう片方の手で長方形の淡いピンク色のビニールを持っている。

途中で見知らぬ男性に絡まれてしまったが、それ以外は楽しかった。

男性に手首を捕まれた時、本当に恐かった。

忘れたつもりだった。

それなのに、まだ記憶の片隅にあったことを痛感した。

凛が考えていることが分かるように、麗は話を続ける。

「助けに来てくれて良かったね」

「…うん」

滝河とトウマが助けに来てくれて嬉しかった。

「……」

あれから学園内で何回かトウマを見たけど、まさか、今日会うとは思わなかった。

「(やっぱり、ちょっと辛いなあ…)」

今までのことが無くなっているようだった。

トウマのことを考えると胸が痛い。

「トウマさんは…滝河さんのお兄さんだっけ?」

麗が考えていることが見えているように凛が質問する。

「うん、義理のね」

物語の中でスーマとマーリは血は繋がっていない兄弟のような関係だったが、トウマと滝河は僅かだが血が繋がっているらしい。

こういう時に双子なんだなと思う。言葉にしなくても伝わる時があるし、考えていることが分かる時もある。

麗が凛を見ると、ほんの少しだけ頬が赤くなっていることに気づく。

「…あれ?」

もうすぐ九月だが、まだまだ夜も暑い。

それでも手を離さずに二人は並んで仲良く歩いていった。

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