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再生 72 真夏の迷い道

生徒会と書かれた腕章をつけている生徒が宣言する。

「これより、生徒会企画の肝試しを行います」



夜八時。

開催宣言の後、拍手や歓声が控え目に聞こえた。

校舎の中なので外まで声が聞こえるわけではないが、夜なので故意に大きな声や音は出せない。

一階に集まっている生徒はざっと二クラス分。二時間以内には納まると聞いていたが、遠くから学園に通っている生徒もいれば、未成年を夜に外出するのを心配されたのか。思っていたよりも参加する人は多くなかった。

その生徒達の中に麗、凛、梁木、大野、佐月はいた。

「ショウも参加するんだね」

「はい、怖いのは苦手ではないですし、学園生活の思い出になると思って」

梁木の隣で佐月が凛の様子を伺っている。

「凛様、…本当に大丈夫ですか?」

怖いものが苦手と思っていたが、凛がここにいるということは、虚勢を張っているのか怖いものは苦手ではないということだ。

「だ、だだ、大丈夫だよっ!」

そう言いながら、凛は左手で隣にいる大野の腕を掴む。

「あ、何か話すみたいですよ」

それを見た大野も心配したが、生徒会役員の生徒は集まっている生徒を見ると話し始める。

「ルールの説明をします。先ず、くじを引いてもらいます」

そう言って左を見ると、いつの間にかもう一人の生徒は天井部分が丸くくりぬかれた白い箱を持っていた。

「この箱には番号が書いてある紙が入ってます。ある程度の時間を空けてグループで校舎を回ってください。ルートは中央階段を利用して五階に上がり、理科室を通り、西階段を下りて、地下の用具室を通り、廊下を歩いて戻ってくるだけです。各所に脅かし役の方もいますので注意してください」

何かを取ってきたりお題があるわけではないが、脅かし役がいる。

ずるをすることはできるかもしれないが、せっかくだから企画を楽しみたい。

「では、順番に引きに来てください」

生徒の合図で集まっていた生徒達は次々にくじを引き始める。

麗達は自然とできた列に並んでくじを引いていく。

数十秒後、下足場には幾つかのグループができていた。

「凛、一緒だね」

「姉さーん!」

麗は今まで凛と一緒になることがなかったので、同じ数字の紙を見た時は嬉しくて両手を合わせていた。

凛は知っている人がいいと思っていて、紙を見ていたら麗が紙に書かれている数字を見せていたのだった。

「この三人の組み合わせは初めてですね」

「新鮮です」

「そうですね」

梁木、大野、佐月の三人は互いの顔を見て笑う。

「それでは、スタートです」

女子生徒の合図で、階段から近い場所にいた生徒達が別の生徒から懐中電灯を受け取り、下足場から中央階段に向かって歩いていく。

「五階に上がって、廊下を歩いて、一階に下りて廊下を歩いて戻ってくる。ルートは簡単だね」

麗は先程言われた説明を復唱しながら左を向く。

一階の下足場から食堂を見ようとしても、薄暗くて何があるかは分からない。

「では、行ってきます」

自分達の順番になったのか、梁木は麗に声をかけてから生徒から懐中電灯を受け取り、階段を上っていく。

約五分後。

「いよいよ私達の番だね」

「…う、うん」

麗は凛に声をかけ、生徒から懐中電灯を受け取った。

その後ろにぴったりと張りつくように凛も歩き出す。

夜の学校は思っていたよりも静かで暗い。

遊園地のお化け屋敷は行ったことはあるが、毎日通っている学校となれば、感じることはいつもと違う。

それと、先に行ったグループがいるだろう一階の廊下から悲鳴や声が聞こえる。

「凛、私がいるから大丈夫だよ」

麗は落ち着かせようとして、懐中電灯を持っていない手で凛の手を握る。

「…うん」

凛は力強く頷く。すでに目は潤んでいた。

二階に着くと、麗は左右を見る。ルートではない場所は真っ暗だ。指導室や教室の明かりはついていない。

凛は落ち着かない様子で左右を見ている。

「ルートじゃないとこは関係なさそうだし、上に行こう」

二人が階段を上がろうとすると、突然、背後から大きな声が聞こえる。

「わっ!!」

「うわっ!」

「きゃっ!!」

背後から聞こえた麗と凛は驚いて大声を出してしまう。

おそるおそる振り返ると、目の前にぼんやりと白い何かが佇んでいた。

「オバケ!!」

それを見た凛は声をあげて麗の腕にしがみつく。

白い何かから、押し殺した笑い声が聞こえる。

落ち着いて確認すると、それは真っ白なシーツだった。

「凛は怖がりだな」

白いシーツの中から手が見えて、内側からめくられる。

中から見えたのは中西だった。

「…葵さん?」

「なんだ、葵かー」

麗も驚いていたが、中西の顔を見るとほっとした。

白いシーツを被っているだけなのに、肝試し、真っ暗な学校という意識があるとそれだけで怖いと感じた。

「実は、こういうのをやってみたかったんだ。皆、楽しんでくれているみたいだな」

中西は楽しそうに笑っている。

「そ、そうだね」

凛はまだ胸を押さえて苦笑している。

「他の生徒が来るから、私はまた隠れなくては」

中西は再びシーツを被ると、真っ暗な廊下に消えていく。

中西のそういうところが好きだ。

二人はそう思いながら階段を上っていく。

階段を上っていくと、ちょっとした音や光に敏感になっていると感じる。

宙に浮かぶ炎のような明かり、暗闇から聞こえる子供の笑い声、薬品の香り、インターホンのような音やすすり泣く声など。

それまで、肝試しという感覚で歩いていたが、凝っている、というよりこだわりすぎている。

「ちょっと凝りすぎじゃない…?」

「もうやだあー」

隣にいる凛に感想を求めようとしたが、凛はすでに半泣きで麗の腕にしがみついていた。

「(聞ける状態じゃないな)」

しがみつく力が段々と強くなっていく。

廊下の電灯は途切れ途切れでついたり消えたりして、いつも見ている場所が見えなくなるだけで怖さが増す。

「こんな時に魔法が使えたらいいのに」

麗はぽつりと呟く。

覚醒していれば、魔法で光を出して辺りを照らすことができるからだ。

警戒しながら階段を上っていくと、違和感を覚える。

「(一階からスタートして、二階で葵に会って…階段を三つ分上ってもう一つ上がっ、て…)」

麗の表情が固まる。

ゆっくりと凛の方を見ると、凛も何かに気づいて震えている。

「凛」

「姉さん…」

思っていることを心の中にしまっておけなくて、麗は疑問を口にする。

「…一階分、多くない?」

高等部の校舎は五階建てだ。

数分感覚でスタートしてるのに、先にいるだろう人達の声も聞こえないし後ろから誰かがくる様子もない。

うろたえながら廊下を歩いていくと、目の前に誰かが倒れているのが見える。

「あれ!」

少し薄暗いので懐中電灯を向けると、その人は白衣を着ていた。髪はやや長めで背格好からして男性だと思える。

白衣を着ている男性で連想するのは、保険医の実月と理科を担当する角谷(すみや)だ。しかし、実月はそこまで髪は長くないし、角谷は体格がいいというより中年らしい体格であり髪はない。

麗と凛は色々と考えたが、倒れているのは何かあったに違いないと思い、慌てて倒れている男性に近づく。

考えている暇はない。

「大丈夫ですか?」

さっきより目が慣れてきたが、相手の顔色が分かるだろうか。

麗が男性に近づいて膝をついた時、男性の身体がピクリと動く。

意識を失っているわけではないと分かり、二人ははほっとした。

「うう…っ」

男性の声に覚えがあったが、それが誰か気づくより先に男性が軽く頭を動かして顔を上げる。

『!!!』

乱れた髪に、ただれた皮膚と溶けて歯が見える口元。

『ぎゃーーーーー!!』

ゾンビだ。

そう思ったと同時に二人は絶叫して走り去ってしまう。

麗と凛が走り去った後、白衣を着た男性は何事もなかったようにむくっと起き上がる。

「…演劇部のメイク技術は中々、好評のようだ」

笑いながらそう言うと、神崎は近くの教室に入っていった。


「はあ…はあ…」

驚いた。

階段の手前で立ち止まり、乱れた息を整える。

「…びっくりしたよね」

息も整ってきたところで、やっと横を向いて凛の様子を確認しようとする。

あれだけ叫んだんだ。泣いているに違いない。

「あれ?」

隣を見ると凛はいなかった。

辺りを見回したけど、薄暗くて近くにいるかどうか分からない。

「凛ー」

今、気づいたけど懐中電灯を持っていない。

凛が持っていったか、落としてしまったのか。

「凛ー!」

廊下に向かって呼んでも返事はない。

誰の声も聞こえなかった。

「…どうしよう?」

男性が倒れている場所から真っ直ぐ走ってきたから、迷子になることはないし、凛が編入して一年、毎日学校に通ってて迷子になること自体考えられない。

それに、あんなに怖がっていたから、どこかに隠れて誰かを驚かそうとする余裕は無いと思う。

懐中電灯は無いが、どの場所も階段は歩けるくらいの明るさなので踏み外して転ぶことはない。

「学校であまり出しちゃいけないけど、メールだけしておこう」

凛には悪いけど、階段を下りて一階に戻ろう。

そう思い、スカートのポケットに手を入れて携帯電話を取り出そうとした時、階段を上ってくる音が聞こえる。

もしかしたら、凛が戻ってきているのかもしれない。

階段を下りると、麗は足を止めた。

「えっ?」

「あ…」

階段を上がる人物も麗を見て足を止めた。

横だけ少し跳ねた藍と青の混ざった髪に、濃い赤い瞳。魔術師のようなローブとマントを身につけている少年には見覚えがあった。

「ウララさん?」

「…ルト、さん?」

そこにはゲームの登場人物であるルトがいた。

どうしてここにルトがいるのだろう。

高屋かもしれないが、高屋とルトで名前の呼ばれ方が違う。

麗はそう思っていると、ルトは胸を撫で下ろした。

「知っている人がいて良かった」

「え?」

「見たこともない場所ですが、ここはどこですか?」

ルトは辺りをキョロキョロと見ている。

本当にルトだとしたら、覚醒しているか夢の中なのかもしれない。

「学校だけど」

「学校…?」

ルトは聞き慣れないのか知らない様子で首を傾げる。

「それにウララさんのその服は何でしょう?」

ルトは麗が着ている制服を指した。

制服を知らないことに驚いたが、ルトにとっては学校も制服も見たことがないのだろう。

夢なら覚めてほしいし、覚醒しているのであれば結界を壊さないといけない。

「ここには誰もいないのですか?」

肝試しのことを言うかどうか迷ったが、ルトの場合、肝試し自体知っているかどうかも分からない。

「…えっと、それは…」

麗が言うのを躊躇っていると、ルトは麗のやや斜め後ろを見た。

「この上から何か不穏な力を感じますね。見に行ってみましょうか」

上を見るとにやりと笑い、麗の横を通り過ぎては階段を上がっていく。

「ち、ちょっと!ル……」

麗は階段を上がっていくルトに声をかけようとした。

しかし、そこには誰もいなかった。

「!!」

麗は目を見開いて驚き、怖くて、気づいたら階段を駆け下りていた。


遡ること数十分前。

梁木、大野、佐月の三人は目の前にいる人物に警戒していた。

それまでは、白いシーツを被った中西や怖いと思わせる音や声、肝試しにしては力が入っていると思いながら楽しんでいた。誰かが脅かしに来ると分かっていても、夜の校舎はどこか怖かった。

しかし、今は違う。

階段を上がり、暫くすると、あることに気づく。

違和感に気づいて顔を見合わせると、瞳の色が変わっていたのだった。

覚醒していることに気づき、廊下に出たところでその人達がいた。

「貴方達は誰ですか?」

梁木は大野と佐月より少し前に出て問いかける。

戦うとなると三人とも魔法を使ったほうがいいし、大野は大鎌があるので接近戦には向かないものの、遠距離なら問題ない。

佐月は麗達に比べると、どんな戦い方をするのかはっきりしない。

梁木がそこまで考えるのは、目の前にいる人物は今まで感じたことのない雰囲気だからだ。

目の前にいる片方が一歩前に出る。

「初めまして、私は伊夜(いや)と申します。こちらは(かささぎ)です」

声から想像すると女性だろう。

伊夜と名乗る女性は梁木達に深く頭を下げる。

俯いているのと薄暗さで、目元や表情はよく見ることができない。

鵲と呼ばれた人の性別は分からないが、無言で頭を下げる。

伊夜は長い黒髪で、着物をアレンジしたような黒い服を着ている。鵲は短い黒髪で、くちばしのように少し先の尖った仮面つけていて顔や性別ははっきりとは分からなかった。

「… 貴方達は僕達の敵ですか?」

物語はまだ続いている。まだ出てきていない人物の能力者かもしれないと感じた。

「いえ」

伊夜は否定とも肯定とも捉えられる返事をする。

「では、結界を張ったのは貴方達ですか?」

「いいえ」

伊夜は首を振って答える。

ただそこにいるだけで異様な雰囲気が漂う。

「梁木さん、どう思いますか?」

それまで様子を伺っていた大野は、梁木に近づいて耳打ちする。大野も二人が自分達の敵か味方か分からなかった。

「僕達の瞳の色が変わっているということは、あの二人も能力者だと思いますし、回りに結界が張られているかもしれません」

「多分…」

梁木と大野の会話を遮るように佐月が呟く。

「あたし達の敵じゃないと思う」

佐月も梁木と大野同様、警戒していたが、何故だか敵だと思えなかった。

その時、どこからか時計の針の音が聞こえて響く。

三人がそれに気づくと、いつの間にか伊夜と鵲が梁木達の背後に立っていた。

「!!」

「いつの間に?!」

ほんの一瞬だった。

魔法を使う素振りもなかったし、口元も動いていない。

梁木と大野が驚いていると、佐月だけは二人とは違う驚き方をしている。

「…違う。ちゃんと、あたし達の横を歩いていた。けど、あたし達の身体が動かないっていうか、時間が止まったような気がする」

そんなことがあるのか。

佐月は驚きながら伊夜の背中を見つめている。

「私達に戦う意思はありません」

梁木達に背を向けていた伊夜が振り返ると、時計の針の音が聞こえなくなる。

「用は終わりましたので、失礼します」

伊夜が微笑むと、一瞬にして二人の姿は消えていってしまう。

三人の瞳の色は元に戻り、顔を見合わせる。

「何だったんだ…?」

彼女達がどんな目的で現れたのか。

その場で立ち止まって考えそうだったが、肝試しのことを思い出して薄暗い廊下を歩いていった。


怖かった。

学校のイベントにしては、かなりこだわっている。

それまでも怖かったが、ゾンビを見て、気づいたら泣き叫びながら廊下を走っていた。

「(やっぱり、参加しなきゃ良かったかな?)」

姉の麗に心配された時、参加するのを止めようと思っていた。けど、この学園に編入して一年、学園生活は楽しいし、もしかしたら来年には皆と離ればなれになる。その前に、一つでも皆との思い出を作りたかった。

「…あれ?」

息をきらしながら走って、気づいたら麗がいないことに気づく。

「え…?一人?」

この場所はそこまで暗くないが、懐中電灯は持っていない。

真っ直ぐ走ったから、五階で間違いない。

「姉さーん」

凛は麗を呼んだ。

誰かがいる気配はないし、声も聞こえない。

麗と一緒の方向に走った記憶がない。そもそも、怖くてそれどころではなかった。

「どうしよう」

真っ直ぐ歩いていれば階段があるはずだ。階段は暗くないので下りてしまえば一階に戻れる。

不安に襲われていると、凛の後ろからコツコツと足音が聞こえる。

「…え?」

足音に反応して凛は後ろを振り返る。

足音は近づいてきているような気がする。どこかに隠れようと思っていても、教室は真っ暗だし鍵もかかっているだろう。

「血を吸わせろ」

「ひいぃっ!!」

突然、背後から聞こえた声に驚いて凛は振り返った。

そこには結城がいた。

「ゆ、結城先生!その格好?!」

結城がいたことにも驚いたが、いつもと違うものに驚いていた。

結城は西洋の貴族のような服を着てマントを羽織っていた。

白銀の長い髪と黄金色の瞳はラグマそのものだった。

「それに八重歯……牙?」

結城は自分自身を見ると、溜息を吐いて答える。

「これは演劇部が用意してくれたものだ。…ヴァンパイアをイメージしたらしい。今回の企画は演劇部にも協力してもらっている」

結城は自分から望んでいないようで、張り切っているようには見えなかった。

「ラグマ様みたい…」

しかし、凛は結城の姿を見て、頬を赤らめて思わず声に出していた。

物語に出てくるラグマは吸血鬼ではないが、貴族のような服やマント、白銀の長い髪は違和感がなく、さまになっていた。

「それより、肝試しは複数のグループで回るルールだが、一人なのか?」

「あ…実は、はぐれてしまったみたいなんです」

事前にルートを説明することとルート以外の場所の電気をつけないようにしたことによって、真っ暗な場所で怪我をすることはないが、絶対の安全はない。

万が一を考えて複数のグループを作ったのだった。

「そうか」

実際に見ていないので凛が本当のことを言っているかは分からないが、はぐれてしまったのなら、次に肝試しを行う場合、対策が必要となる。

結城はそう思いながら、一つの疑問を口にする。

「ところで、覚醒していることには気づいているのか?」

「え?」

結城に言われて、凛は下を向く。さっきまではなかったはずなのに、首には黄金色のネックレスがかかっていた。

「結城先生の目、コンタクトだと思いました」

まさか覚醒していると思わなかった。

凛は辺りを見回して結界が張られているか探そうと思ったが、暗くて探すことができない。

その動きを見て、結城は答える。

「よく意識しないと気づかないが、結界は張られている」

「どうして分かったんですか?」

「行動を見ていれば分かることだ。だが、この結界、私達が作ったのではないな…」

結城にも覚えがないようで眉をひそめている。

「(この感じは神崎先生や高屋のものではない。一体、誰が…)」

二人が考えていると、突然、どこからか時計の針の音が聞こえ、幾つかの足音が聞こえる。

「時計の音…?」

凛が振り向くより先に結城は後ろを振り返っていた。

そこには、首から大きな時計をぶら下げた無数の白く輝く鎧が近づいていた。

『!!』

凛と結城は見たことがないものに驚き、敵か味方か分からなかったが、無数の白く輝く鎧は結城を見ると、手にしていた剣を振り上げて走り出した。

「近づいてくる!」

こちらに近づいてくる白く輝く鎧を見て、凛はネックレスを握る。

何かを呼び出さなきゃ攻撃されてしまうかもしれない。

しかし、それより早く結城は凛の前に立つ。

「私に立ち向かうとは愚かしい」

ただ前を見つめ、にやりと笑う。

「グラスグラビディ」

結城が言葉を発動させると、突然、天井に巨大な氷が現れた。無数の白く輝く鎧に衝突すると、そのまま地面に叩きつける。

衝撃で冷気が頬を撫でる。

「蒸し暑い日にはちょうど良い冷気だ」

結城は笑いながら目の前を見ている。

霧のような冷気で何も見えなかったが、氷が溶け始めて冷気が消えていくと、無数の白く輝く鎧は塵になって消えていってしまう。

「結城先生、すごい…」

凛は結城の背中を見ながら、呪文を唱えずに魔法を使うことや、見たこともないものに対して怯まないことに驚いていた。

時計の針の音が少しずつ消えていく。

それに気づいた結城は振り返って凛を見る。

「結界が消えかかっている」

そう言うと、凛の頭上の空間が歪んで黒い穴が現れる。

「え?」

黒い穴に気がついて凛は顔を上げる。

これは、物語で見たことがある。そう思っていると、凛の回りの景色が霞んでいく。

「頃合いを見計らって下足場に戻るといい」

自分を見つめる顔が誰かと重なる。

架空の話のはずなのに、そこに彼がいるみたいだ。

「ラグマ様…」

気づいたら凛はそう言っていた。

黒い穴は凛を飲みこみ、凛の姿は消えていった。



「…あ」

瞳を開くと、そこは見慣れた場所だった。

左を向くと食堂、目の前にはプールに続く道がある。

「食堂があるっていうことは一階?」

「凛!!」

あの結城の魔法は転移するものだった。

そう思いながら声がしたほうを向くと、目の前に麗がいた。

「姉さん!!」

凛は麗を見て抱きついた。

「どこに行ってたの?!」

麗も凛を抱き締めたが、すぐに身体を離して質問する。

「あ、えっと…、姉さんとはぐれた後、ヴァンパイアの格好をした結城先生に会って、そしたら、結界が張られていて敵に襲われたの」

「えっ?!」

麗の目を見ても覚醒していない。

麗を見て安心していて忘れていたが、麗と別れてから結構な時間が経っていることを思い出す。

「……あっ!!」

「肝試し!」

「後で話そう!」

「うん!」

麗と凛は遠くに見える明かりに向かって足早に歩き出す。

まだ肝試しの最中だ。 皆が心配しているはずだ。

廊下を歩いて下足場に戻ると、何事もなかったように生徒会役員に迎えられ、いつの間にか手にしていた懐中電灯を渡す。

肝試しが終わったら自由解散なので残っている生徒は少なかったが、梁木、大野、佐月は残っていた。

三人は麗と凛を見ると、他の生徒達とは違う複雑な表情をしていた。

肝試しで皆も何かあったのだろう。

話しているとあっという間に時間が過ぎてしまうし、帰るのが遅くなってしまう。

壁に掛けられている時計を見ると、時計は八時半を過ぎていた。




肝試しが始まる前の話。

夕方、生徒会室に向かうと円卓の上には、綺麗に畳まれてビニールに入った衣装が幾つか用意されていた。

「…これは?」

事前に会議に参加していて議事録も目を通している。

それが何かは分かっていても、思っていたものと違う。

結城は目の前で衣装の横に置いてある紙を手にしている神崎に確認する。

「今夜の肝試しに使うものだが?」

神崎は結城を見ると、さも当たり前かのように答える。

「それは分かっています」

「家庭科部の生徒達が張り切りすぎたそうだ」

肝試しに関しての会議で、演劇部や家庭科部の一部の生徒が協力して衣装を製作してくれる。それは会議の時に聞いていた。

結城は円卓に近づいて衣装を確認すると、その仕上がりは思っていた以上だった。

「ん?」

ビニールには名前が書かれたが、それを見てあることに気づく。

「衣装に統一感がないですね」

血や土がついて汚れた白衣やシャツ、西洋貴族のような豪華な服とマント、狼のような着ぐるみ、袴と日本刀など。サイズは事前に採寸してあるので着れないということはないが、統一感はなかった。

「そうだな」

それに対して神崎は苦笑する。

肝試しに合った仮装にするというのは聞いていても、どんなものにするかは演劇部と家庭科の意見を取り入れていた。

今の生徒会役員は今までになかった新しい企画を発案する人物が多い。できるかできないかは別として、催し物が多いのは生徒達にとっても楽しみが増えて良いと思う。

神崎は紙に目を通しながら呟く。

「結城、私は自分が望むもののためなら、利用するものは利用する」

その言葉は、前にも聞いたことがあった。それに興味を抱いて生徒会副顧問として、能力者として神崎の側にいる。

自分も利用されていると思っている。

「だが、たまには教師として、生徒会顧問として催し物を楽しむのも良いだろう?」

神崎は結城を見る。

その表情は、いつも見る顔とは違い、純粋に楽しもうとしている笑い方だった。

「…そうですね」

能力者ではなく、ただ一人の教師としているのも悪くない。

結城は少しだけ笑って答えた。

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