再生 66 気まぐれ猫のステップ
目の前に誰かがいる。
薄暗くてよく見えないが、その人はローブのような服を着ていた。少しずつ近づくと、明かりがついたようにその人が見えてくる。
背中に翼が生えている。有翼人だ。
僕は自分のことと重ねる。神崎先生の力によって背中には悪魔のような禍々しい翼が現れた。
片翼だけでも見るのが辛いと思っていたのに、過去のカリルのような翼が現れてしまった。
それまで魔法で隠すことができたのに、覚醒すると何もしなくても現れるようになった。
翼がある。それは認めたくなくても認めざるを得ない現実だ。
物語の通り、僕もその翼に変わるのか分からない。
焦燥と悔しさに似た思いで、僕は目の前にある翼に触れようとする。
それに気づいたのか、その人は後ろを振り返る。
髪の長さは違うし、その人の右頬には古い傷跡がある。
でも、よく知っている。
彼は僕だ。
気づくと僕の背中が輝いたような気がした。
五月に入り、連休が終わると春の陽気も懐かしくなるようになる。
平日のお昼過ぎという時間に麗と凛は学園の門をくぐって並木道を歩いていた。
「意外と面白かったねー」
「そう?」
凛は楽しそうな顔で両腕を上げて背伸びをする。
「だって、学校の授業で映画を見るってないじゃん?見るとしても視聴覚室だし」
「まあね」
「それに、芸術観賞日っていうのも珍しいしね」
高等部では年に一回、芸術観賞日というのがある。その日だけ授業は無く、美術館や映画館、劇場など芸術に関する場所に行く。
インターネットやテレビなどで見る機会が増えた昨今、映像を通して見るよりも、実際に見ることによって得られるものがあるという方針だった。
「年に一回、芸術に関する場所に行って観賞する。その日だけ授業はないし、現地集合、現地解散だから楽って言えば楽だけど…」
「感想文の提出が明日までなんだよね。覚えているうちに書かないと…。でもさ、芸術観賞日っていうくらいなら秋でもいいのにね」
芸術と聞いて連想するのは秋。凛は十月や十一月に行っても良いと思った。
「秋だと体育祭や学園祭もあるしね」
二学期になれば体育祭や学園祭もある。それ以外にも行事はあるので、学園側も色々と組み込むのは難しいのだろう。
寮生である二人は朝、寮を出て、現地で梁木達と会った。
観賞後は現地解散であり、自由だ。生徒によっては私服を持ってきて、帰りに私服に着替えて遊びに行く生徒もいるらしい。
「観賞が終わったら解散だから、どこかに遊びに行きたくなるのも分かる気がする」
普段なら授業中だ。その時ばかりは出掛けたくなる気持ちも分からなくはなかった。
「まあ、私達も買い物して、帰りにケーキ買っちゃったし」
麗は笑いながら右手に持っていたビニール袋を持ち上げる。
麗と凛も地下鉄で移動していて、駅に着くと駅前のショッピングモールで雑貨を見て、帰りに新作というポスターに惹かれてケーキ屋でケーキを買っていた。
「まあね。帰って感想文書く前に一緒に食べようよ」
「うん」
凛が編入する前、麗に教えてもらって買った時、とてもおいしくてあっという間に食べてしまったのを覚えている。
「(…あれ?)」
ふと左を見ると、校庭がぐにゃぐにゃと揺れたような気がする。
もう一度見ると何ともなかった。
「(気のせいだよね?)」
そう思いながら、寮に向かって歩いていった。
次の日の放課後。
凛は大きく息をついて職員室から出てくる。
「(…まさか、感想文を忘れるなんて思わなかった)」
昨日、感想文を書いたまま机の上に置き忘れた。
それに気づいたのは始業時間前だった。
「(先生、待っててくれて良かった)」
ホームルームが終わった後、急いで寮に戻って感想文を取りに行ってたのだった。
職員室を出て、左を向くとそこには梁木がいた。
「間に合いましたか?」
梁木は凛が来ると思って二階で待っていたのだ。
「うん、大丈夫だった!」
担任の教師から言われた時間は二十分。寮から校舎までは走ったが、それ以外は走らないようにして間に合わせることができた。
「寮だと忘れ物をしても取りに帰れますね」
「そこは有り難いかな」
二人は階段を下りて靴を履き替えると左側から出ていく。
礼拝堂に大野がいるかもしれない。
二人はそう思い、無意識に左側から出ていたのだった。
歩いていると、目の前に茶色の毛並みの猫を見つける。
「あ、猫」
「野良猫ですかね?」
「最近、ちょくちょく見かけてて、寮でも見たんだけど…」
猫は凛の姿に気づくと、嬉しそうに近づく。
下足場で見つけた時は、鏡のとこまで走っていった。また、温室で見つけた時、ついていったら操られた麗がいた。
猫を見たら、何かあるかもしれない。そう思うようになった。
猫は凛の前で止まると座って凛を見る。
器用に右前足を上げると口を開く。
「よっ」
一瞬、何が起きたか分からずに固まってしまう。
誰かが喋った。
後ろを向いて梁木を見ても、梁木は目を丸くしているだけだ。
もう一度猫を見ると、やっとその事実に気づく。
「…猫が、喋ったあ?!」
あまりに信じられなくて、声が裏返るくらいだった。
猫は普通、人の言葉を話さない。それは当たり前だ。
しかし、今、自分の前にいる猫は人の言葉を発した。やんちゃな少年のような声だった。
「おーい、聞こえてるか?」
驚いて考えている間、猫は首をかしげる。
「あ、うん」
凛は咄嗟に頷く。
「お前、名前は?」
名前を聞かれて、思わず名乗ってしまう。
「あ、凛。水沢凛」
「おいらはケットシーだ」
「ケットシー…?」
聞いたことがない名前だった。そもそも、どうして人の言葉を話せるか分からない。
気づけば梁木も凛の横でしゃがんで、ケットシーと名乗る猫を見ている。
「おいらの姿が見えて、言葉が理解できるなら、お前らに素質があるっていうことだ」
最初は何が起きたか分からなかったが、少しずつ考えることができた時、凛はあることに気づく。
「もしかして、精霊?」
「今さら気づいたのかよー」
ケットシーは呆れた様子で溜息を吐く。
「精霊というより妖精に近いな」
そう言うと、ケットシーは凛の膝に前足を置く。
「おいらがお前を強くしてやる。困ったら、ちゃんと名前を呼ぶんだぞ!」
「う、うん」
話していても悪意や敵意を感じない。自分に害はないと感じると、返事をする。
妖精ということは物語に関わっていると思うが、どんなことが起きるか分からず、少しだけ不安だった。
それまで凛を見ていたケットシーは梁木を見ると、梁木によじのぼっていく。
「ち、ちょっと…」
梁木は落ちると危ないと思い、ケットシーを抱えようとする。
抱えられたケットシーは、前足で梁木の右頬をぽんぽんと叩く。
「お前、呪われてるなー」
ケットシーは軽い言い方をしていたが、梁木にとっては驚くべきことだった。
「どうして分かるんですか?」
覚醒して、一定の条件で梁木の右頬には逆十字の呪印が浮かび上がる。
ケットシーは呪印が浮かび上がることを知っているようだった。
「それは、おいらが光の眷属だからさ」
抱えられたケットシーは梁木の腕をすり抜けると、肩へ前足を乗せて、頭の上によじ登っていく。
「(あれっ?)」
ケットシーからいい香りがする。嗅いだことあるようなないような感じで、どちらかと言えば食べ物じゃなくて花の香りのような気がする。
「お前に呪いをかけた人物は、相当、強い力を持ってるから気をつけろよ」
そう言うと、ケットシーはどこかへ消えていってしまう。
「消えた…」
ケットシーが消えたことに驚いたが、二人は互いの顔を見てあることに気づいた。
「覚醒してる」
「梁木さん、翼がない…」
梁木は凛の瞳が変わっていることで覚醒していると分かったが、凛の言葉で、自分の背中に何もないことに気づく。
梁木は背中に触れる。覚醒した時に現れるようになった翼は、今は無かった。
どうして翼が現れないのか気になったが、梁木は辺りを見回す。
周りを見ても結界は見えないが、覚醒しているということは見えない結界が張られているかもしれない。
「礼拝堂に行ってみましょう」
「うん」
二人は目の前に見える礼拝堂に向かう。
礼拝堂の扉の前に立ち、梁木が扉を軽く叩いてから中に入る。
そこには、麗と大野、見知らぬ男性がいた。
三人は凛と梁木に気づく。
「この人、誰だろう…?」
凛は目の前にいる男性に見覚えがなかった。けど、覚醒してる状態でここにいるということは物語に関わっているのだろう。それに、麗も大野もどこか困った表情だ。
それが気になって凛は麗に近づこうとする。
「…足が動かない?」
さっきまで歩いていた。それなのに、今はどんなに力を入れても足は動かせなかった。
凛が驚いていると、やや前にいる梁木が男性を見て警戒していることに気づいた。
男性は梁木を見て笑っている。
「久しぶりだね」
「知ってるの?」
男性は梁木を知っている。
それを知らなかった麗は梁木を見る。
「彼は…地の精霊ノームです」
「ピンポーン」
それを聞いた麗と凛は驚き、ノームは笑いながら人差し指を立てる。
去年、ルイアスとリークの能力を持つ朝日と西浦と戦った時に現れた。その時、大野に力を与えて消えてしまっていた。
「この姿で会うのは一年ぶりくらいかな?」
「どうして、精霊が人間の姿に…?」
精霊が人の姿に変えるのは驚かなかったが、何故、今、ここにいるのか麗は分からなかった。
大野は男性が現れてから、ずっと動いていない。
「僕がこの姿でも君達には関係ない…わけでもないか」
ノームは少しだけ考えると、大野に背を向けて凛に近づく。
凛は必死に足を動かそうとしている。
「無駄だよ、僕が力を出してるんだ」
ノームはただ笑いながら凛に近づいている。
凛の前に立つと、右頬に触れる。
「召喚術を使うっていうのは君だね」
凛は触れられて寒気を感じて、ノームの左手を払いのける。
「…どうして知ってるんですか?」
急に頬に触れられて驚いたが、それ以上に、ノームがどうして自分の頬に触れたか疑問だった。
「はあ…、精霊である僕にそんな質問する?」
ノームはうんざりしたような顔で溜息を吐く。
「君はまだ僕を呼べない。力が備わっていないのに無理に呼び出すと、暴発するか、自分の身体に力が跳ね返ってくるからね」
ノームはさっきまで見せていた顔とは違って、威圧するような目つきだった。
「!!」
凛はその目が怖くて顔を背けてしまう。
「協力しないっていうことじゃないけど、まあ、君次第だよー」
ノームはにっこりと笑うと、後ろを振り返って大野を見る。
「ねえ、もし、僕が浮気したら君はどうする?」
ノームはあくまで余裕のある表情だ。
浮気という聞き慣れない言葉に麗、凛、梁木は驚く。
大野に付き合ってる人がいるのか、ノームは精霊なのに付き合っているのか。そもそも、大野からそんな話は聞いたことがなかった。
三人は軽く戸惑っていると、大野も聞き慣れないのか驚いて顔を赤らめていた。
「浮気も何も…」
恋人同士ではないし、そもそも目の前にいるのは人間ではなく精霊だ。前にも「妬ける」と言われたが、精霊に人と同じような感情があるのか分からない。
大野が俯いていた顔を上げて答えようとすると、ノームは一瞬だけ切ない顔をする。
それを見て、ほんの少しだけ胸が痛くなった。
「そう、分かったよ」
ノームは気にしていない様子で笑うと、その場所から消えていってしまう。
ノームが消えると、四人の瞳が元に戻り、それまで全く動かなかった身体が動かせるようになる。
「どういうこと?」
麗も凛も何が起きたか理解できていなかった。
「私と大野さんが礼拝堂に着いて話していたら、いきなりあの人、ノームが目の前に現れたの」
麗は凛と梁木に何が起きたか説明する。
「大野さんの瞳の色が変わったから覚醒したのは分かったんだけど、身体を動かすことができなかった…」
「夢の中で人間の姿のノームは何回か見たことはありますが、あの時から目の前に現れたのは初めてでした」
「そうしたら、凛とショウが来たんだよ」
麗と大野の話を聞いて、それほど時間が経っていないことを知る。
二人に何かあったわけでもなさそうだ。
「僕達は大野さんが礼拝堂にいると思って来たのですが…」
「えっとね、校舎を出て礼拝堂に向かう途中で、ケットシーっていう猫の妖精に会ったの」
『えっ?!』
凛の言葉に麗と大野の声が重なる。
自分達が礼拝堂にいる間にそんなことが起きているとは思わなかったのだろう。
「ケットシーはあたしに強くしてやるって言って…」
そこまで言った凛は、眉間に皺をよせて横にいる梁木を見る。
「ケットシーは僕の右頬に触れて、呪われてると言いました。それからすぐに消えてしまったので、どうして知ってるのか聞けませんでした」
梁木も眉間に皺をよせている。
「後、地の精霊が言っていたこと…」
麗も気になっていることがあり大野を見る。
「大野さん、浮気って…何?」
付き合ってるのか付き合ってないとか、人の姿に変われる精霊とか、色々なことがあるが、一番は浮気とはどういう意味だろうか。麗は単純にどういう意味か分からなかった。
「確かにノームは人の姿に変わる時は男性です。…勿論、付き合う以前の問題ですが、浮気という言葉自体、どういう意味か分かりません」
物語のターサのように大野がトウマを慕っているは知っているが、大野に恋愛経験があるかは聞いたことがない。
本人が分からないと言っているのならば、これ以上に、聞くことはできなかった。
「中間テストも近いですし、今日は帰りましょうか」
「そうだね」
約一週間後には中間テストがある。
放課後に集まるのも大事だが、今は勉強も大事だ。
麗は凛と梁木と並ぶように歩く。
大野も歩こうとした時、少しだけふらついてしまう。
「(あれ?)」
三人は気づかなかったものの、身体から何かが抜けて軽くなったような違和感を覚えた。
大野は三人の後に続いて礼拝堂を後にする。
次の日。
高屋は並木道を歩いていた。
大学部に進級して一ヶ月以上経ち、少しずつ新しい生活に慣れてきた。
そう思いながら歩いていると、目の前に誰かが立っていることに気づく。私服ということは同じ大学部の生徒か職員だろう。
「君が高屋雫君?」
相手は自分のことを知っているようだが、高屋は相手を知らなかった。
「そうですが、何か用でしょうか?」
生徒会に所属していると、こちらが知らなくても挨拶されることはある。しかし、目の前にいる男性は覚えがない。それに、高等部以上に大学部の敷地は広いし、生徒や職員の数は多い。
「単刀直入なんだけど、僕の力が欲しくない?」
「は?」
「僕達は思いの強い者に興味を持つ。君にはそれがある」
突然の言葉に高屋は戸惑い、男性は余裕のある表情で笑って高屋を指す。
相手を知らないというのもあるが、何故か高屋は男性に警戒していた。
「君はうまく隠してるけど、奥に秘めているものがあるよね?」
無視をして通りすぎることは簡単なのに、それができないし、男性の言葉を全て否定することはしなかった。
「そして、君には僕の力が流れている」
男性はにやりと笑う。
その一言で、高屋はやっと気づいた。
目の前にいるのが誰なのか。
「…もしかしたら、精霊?」
「そう、僕は地の精霊ノーム」
その瞬間、男性…ノームの周りの空気が重くなり、ノームは飄々としているのに、高屋は首を絞められているような感覚に陥る。
ノームがここにいるはずはない。
こうして目の当たりにするのは初めてだが、去年、大野の武器が大鎌に変わって、魔力の質が変わったのは気づいていた。
それは、ただ大野の力が強くなっただけだと思っていた。
「…その地の精霊が何故、僕に声をかけたのでしょうか?」
「んー、浮気、かな?」
「は?」
浮気という予想外の言葉が返ってくるとは思わず、高屋は驚く。そもそも、精霊に人間と同じような感覚があるのかどうかも分からない。
自分のペースを乱されるようだった。
「僕は一時の気まぐれとはいえ、思いの強さに興味をもって力を貸してあげているんだけど、その子は僕より他の男に夢中でさー」
ノームはわざとらしく溜息を吐く。
「僕の覇気を浴びても、君は立っていられてる。それは、僕にとって面白いことだ」
「それで、具体的には何をしてもらえるのでしょう?」
あくまで冷静に話を探る。本当は立っているだけでも辛い状況だった。
目の前にいるだけでそう思えるなら、戦った場合はどうなるのだろう。そんな疑問が生まれる。
恐怖という刃が自分の身体に突き刺さるようだった。
「僕の力を貸してあげるんだ。それくらいは分かるだろう?」
頷くのは簡単だ。ノームの力を手にしたら今よりもっと強くなる。
しかし、リスクが大きいのも分かっていた。
「分かりました」
それでも興味が勝ったのと、単純にノームの力が欲しかった。
高屋は答えを出す。
「交渉成立だね」
その答えを知っていたようにノームはただ笑っている。
「あくまで気まぐれだけどね」
そう言うと、ノームの身体が透けて高屋の中に消えていく。
「!!」
力がみなぎっていくのと身体が軋むような感覚が同時に襲ってくる。
「…これが精霊の力?」
覚醒してから感じたことのない力と恐怖に、改めて精霊の力の大きさを身体で感じたのだった。
同じ頃、麗と梁木は中央階段を下りていた。
「昨日、夢を見て…目の前に翼が生えた人が出てきて、その翼に触れようとしたらその人が振り返って…その人はすごく僕に似ていました。その後、僕の背中が光ったとこで目が覚めました」
「それって、ショウの背中にもカリルと同じ翼が生えたっていうこと?」
今、階段を下りているのは麗と梁木しかいない。前後を確認してから話をしていた。
「分かりません。何かの兆候だと思いたいのですが…」
一階に着いた二人は、それぞれの場所で靴を履き替える。
再び合流したところで、二人は保健室から出てくる大野を見つける。
「大野さん、大丈夫?」
「どうかしたのですか?」
事情を知ってる麗と、事情を知らない梁木はそれぞれ反応が違う。
「大野さん、昨日から、軽いめまいがするんだって」
麗は梁木に説明する。
「六時間目の途中で保健室に行ったんだよね。私がついていこうとしたんだけど…」
「一人で歩けそうだったんです。身体が怠いのに、なんか軽くなったような…矛盾していますが、実月先生は、後から何かあるかもしれないから気をつけろと言ってました」
大野の顔色は悪くないものの、元気はなく疲れているようにも見える。
「礼拝堂でお祈りしたら今日は帰ったら?」
大野が毎日、礼拝堂でお祈りしているのは知っている。
毎日欠かさずやっていることを止めるのは難しい。それを分かっていて、せめて早めに帰って休むことを提案する。
「そうですね」
大野もそれに頷く。早目に休んでおいたほうたほうが悪化するよりはいい。
「はい。先生が保健室に届けてって」
麗は持っていた学生鞄の一つと同じくらいの大きさのトートバッグを大野に渡す。
「だから、鞄を二つ持っていたんですね」
四階の廊下で麗と会った時、どうして鞄を二つ持っているのか聞こうとしたが、聞く前に夢の話をしたかったので聞けなかった。
「わざわざ、すみません」
大野は麗から鞄とトートバッグを受け取ると、下足場に向かい靴を履き替える。
麗と梁木は大野が靴を履き替えるのを待つと、左側の出入口から出て礼拝堂に行こうとする。
校舎を出て歩いていると、礼拝堂の近くに誰かがいる。
その人は麗達に気づくと、ドアノブ触れようとしていた手を下ろす。
「ちょうどいいところにいました」
礼拝堂の周りが黒い結界に覆われて、瞳の色が変わっていく。
「確認しに来ました」
高屋の目が赤く光っていた。