再生 65 呼応する声
鈴の音が聞こえた後、足音が近づく。
高屋の結界から姿を現したのは覚醒した中西だった。
「葵さん!!」
「大丈夫か?!」
結界の中に入った中西は、凛の前に立つと周りを見て状況を確認しようとする。
「(レイの虚ろな目…前に見たことがある)」
それは、一昨年の舞冬祭の時だった。
「(確か、その時にいたのは…)」
虚ろな目をしている麗の横にいたのは高屋だった。
「中西先生、彼女と戦えますか?」
高屋は何もせずに、ただ中西を見ている。
一昨年の舞冬祭の時に見ているだけで、実際に操られた麗と戦わなきゃいけないのは初めてだった。
中西にとって、麗は一人の生徒であり大切な幼馴染みだ。こちらに戦う意思がなくても、相手はそうではない。
高屋は中西が麗に攻撃できないのを分かっていた。
「その判断は時に危険ですよ」
にやりと笑うと、高屋は指を鳴らした。
すると、突然、中西の真下に黒い魔法陣が浮かび上がり、そこから魔法で作り出された黒い鎖が現れて中西を縛りつける。
「!!」
「中西先生は、確かカードを使って魔法を使いましたよね?その状態だと使えませんが、どうしますか?」
黒い鎖は中西の腕と身体を縛りつけている。動くことはできても、カードを出して魔法を使うことができない。
「(確かにこの状態だと戦うことができない…どうする?)」
中西が考えていると、いつの間にか高屋が巨大な炎を放っていた。
その時、あることを思い出す。
「(前に相良と滝河が言っていた、指先じゃなくて、足から放つイメージ…)」
目を閉じて意識を集中させる。右手でズボンのポケットに触れると、ポケットから一枚のカードが飛び出した。
「青き水の弾丸、光が示す空より撃ち落とせ…アクアショット!!」
宙に浮いたカードが消えると、右足が光り、真下に青白い衝撃波のようなものが現れる。
中西が足を振り上げると、水に覆われた右足が波を打つように激しく揺れ、迫る巨大な炎にぶつかると水蒸気に変わって消えてしまう。
「!!」
それを見た高屋と凛は驚く。中西が戦う姿を見たのは初めてだった。
驚いていると、ボソボソと呟く声が聞こえる。
凛が下を向くと、大野の右手が動いていた。大野の右手から光が現れて、中西の身体を包むと、腕と身体を縛っていた黒い鎖は消えていく。
黒い鎖が消えて中西が後ろを振り返ると、倒れていた大野が立ち上がっていた。
中西は大野の元に駆け寄ろうとしたが、操られた麗が自分に向けて剣を構えていることに気づいた。
ズボンのポケットから一枚のカードを取り出すと、指を鳴らした。
「孤独な蛇が潜むのは三ツ又の鉄鎖…スネークチェーン!」
中西が声をあげるとカードが光り、カードから三本の鎖が飛び出して蛇のように動きだした。鎖は目にも留まらない速さで麗の身体を縛り自由を奪う。
それを見ていた大野は今がチャンスだと思い、持っていた本を開く。
しかし、その間に麗は力を込めて腕を動かし、苦しそうな声で呟いていた。
「…ブレイク」
その言葉に反応したように、自由を奪われた麗の両手から衝撃波のようなものが現れ、縛っていた鎖を消してしまう。
動けると認識した麗は、再び剣を構えて中西に向かって走り出した。
「(梁木達が言っていた通り、強い。そして、シェイドと戦った時まではいかないものの、殺意を感じる…)」
中西はできるなら麗に攻撃したくないと考えていた。しかし、戦いたくないけど戦わなければいけない。
中西は意識を集中させる。
「(すまない…私に力を貸してくれ)」
中西が考えている間、大野は麗を解放しようとしていた。
「中西先生に意識を向けているうちに…!」
けれど、高屋は気づいていた。
「僕が中西先生だけ見ているわけではありませんよ!」
高屋は右手を前に出して魔法を発動させようとした。
その時、凛は決心してネックレスを握る。
「大野さん、耳塞いで!」
「…えっ?」
突然の言葉に大野は聞き返そうとしたが、それより早く凛は大野の前に出た。
「セイレーン!!」
凛が名前を呼ぶと、ネックレスが光り、一瞬にして景色が変わって目の前には海が広がる。
目の前に身体が透けている上半身は人間、下半身は魚のような精霊が現れ、小さなハープを奏でながら不思議な歌を歌いだす。
「!!」
「…精霊を召喚した?」
それを見た大野、高屋、中西は驚いたが、頭の中にまで響くような歌声に三人はいっせいに両手で耳を塞ぐ。
「何だ、これ…」
「頭が…痛い…」
聞いているだけで頭が痛くなり、気を失いそうだった。
「(…僕の術とはタイプが違うようだ)」
幻術や幻覚魔法を使う高屋は、感じたことのない力だと認識する。
三人は動くことができなかった。
自分達のことを考えていたが、麗を見ると、構えていた剣は地面に落ちて両耳を塞いで動いていなかった。
凛がティムと同じ精霊を召喚した。
それを目の当たりにして、大野と中西は本当に能力者なんだと改めて実感した。
セイレーンが消えると、目の前に広がる海もハープの音も消える。
「…どうやら、先に狙うのは彼女みたいですね」
精霊を召喚するにも呪文を唱えないといけない。恐らく呪文を唱えなくても召喚できるが、通常の魔法以上に負担は大きいだろう。
「炎の精霊サラマンドラよ、畏怖なる力をもって立ち塞がるものを屠り、嘆きと滅びの道を与えよ…」
高屋は呪文を唱え、動けると分かった麗は地面に落ちた剣を拾うと、中西に向かって走り出した。
中西が意識を集中させると、右手が風に包まれて白のような水色の槍が現れる。槍を両手で持つと、麗が振り上げた剣を受け止める。
いくら操られているとはいえ、中西は麗を傷つけることはしたくなかった。
その時、高屋の魔法が完成する。
「フレイムフォール!」
高屋が右腕を上げると、手のひらから紅蓮に輝く炎の球が現れる。そこから炎が吹き出すと、大野と凛に襲いかかる。
大野が口を開く前に、いつの間にか意識を取り戻していた梁木が二人の前に立つ。梁木は呪文を唱えていた。
「(皆を守りたい…!)」
凛が梁木の横に立つと、凛の真下に青く光る魔法陣が浮かび上がる。
「ディーネ!」
凛が両手を前に突き出すと、ネックレスが光り、魔法陣から水の精霊ディーネが姿を現した。
「…精霊を召喚した?!」
セイレーンを見ていなかった梁木は、凛の近くに浮遊するディーネを見る。
水のように透き通る身体に揺れる髪と尖った耳。氷のような法衣を纏っている。
それは二学期の終わりに見た姿そのままだった。
水の精霊ディーネは凛の周りをくるりと回ると、手のひらを上にして吹きかけるような仕草をする。すると、そこから水が吹き出して一瞬にして火を消してしまう。
「…呼び出せた」
水の精霊ディーネが消えていってしまう。
凛の額から汗が流れ、疲れているのか呼吸を整えようと息を吐く。
それまで何もなかったのに、突然、膝が震えて、身体に力が入らないのかその場に膝をついてしまう。
「凛さん?!」
突然、その場に膝をついた凛を見て、大野は駆け寄って凛の顔を見る。
「(身体が震えて立てない…。まだいくつも精霊を呼び出すことができないんだ)」
凛はまだ自分に力が備わっていないことを理解していた。
それでも戦わなければいけないと思っていた。
麗の攻撃を避けながら、中西はそれを見ていた。
大野のように駆け寄りたくても、麗は攻撃の手を止めなかった。
「(これがレイの本当の力なのか?隙ができない…!)」
目の前にいる彼女が別人のように思える。
虚ろな目は自分を見ていない。
それが、何故か辛くて中西の表情が歪む。
早く目を覚ましてほしい。
中西は悲痛な声で叫ぶ。
「レイーーー!!」
叫んだのは中西だ。しかし、声は二つ聞こえる。
その声はとても懐かしかった。
「葵…。……ユーリ?」
その声を聞いた麗の瞳に光が戻り、気を失って倒れてしまう。
『レイ!!』
中西と梁木は麗に駆け寄り、凛は膝をついたまま立ち上がろうとしていた。
高屋は何かに驚いていたが、一息つくと、中西を見る。
「…今日はここまでにしましょう」
高屋は後ろを向くと、校舎に向かって歩こうとする。
「させません!」
梁木が呪文を唱えようとした時、一瞬にして高屋は凛の背後に回る。
気配を感じた凛が振り返るより先に、高屋は凛の背中に触れた。
高屋が凛の背後に回ったことと背中に触れたことに梁木、大野、凛は驚く。
能力を封印される、そう思っていた。
「隠された真実よ」
高屋が特殊な言葉を呟く。
しかし、何も起きなかった。
「おや、何も起きませんでしたか」
呟いた高屋は、その結果に驚いているような残念なような表情をしていた。
高屋は動こうとしない三人の横を通りすぎていく。
「強くなってくださいね」
高屋は思い出したように立ち止まると、振り向いて凛の顔を見る。
「獣王」
「…えっ?」
何故か、楽しそうに笑っていた。
再び背を向けると一瞬にして姿が消えていく。
周りを覆っていた黒い結界と梁木の背中にある翼が消えていくと、瞳の色が元に戻っていた。
「皆、大丈夫か?!」
中西は後ろを向いて梁木、大野、凛を見る。
「はい」
膝をついていた凛も大野の肩を借りて立ち上がる。
見た感じでは異変がないと分かると、中西は目の前で倒れている麗を抱きあげた。
「一先ず、保健室に行こう」
次にいつ敵に襲われるか分からない。
それに気を失って倒れている麗を放っておくことはできなかった。
三人は頷くと校舎の中に入っていく。
どこかで何かが聞こえる。
それが話し声だと分かり、麗は目を開けた。
「………保健室?」
寮の部屋とは天井の色が違う。
それが保健室だと分かり、麗は身体を動かしてベッドから起き上がる。
その音に気づいたのか、反対側からカーテンが開かれる。
「起きたか?」
「実月先生」
そこにいたのは実月だった。
実月がカーテンをすべて開けると、椅子には梁木、大野、凛、中西が座っていた。
「気がつきましたか?」
梁木は立ち上がって麗が寝ていたベッドに近づく。
「…私、そうだ」
麗は何が起きたか思い出そうとして大野と凛のほうを向く。
あの時、大野と別れて礼拝堂に向かっていた。
「大野さん、ごめん。先に礼拝堂に入ってなきゃいけなかったのに、凛の顔を見たら安心しちゃって…」
麗は反省していた。
桜の咲く時期は警戒しなきゃいけない。前にそう話したはずなのに、凛の顔を見て安心してしまった。
「あたし…?」
凛は自分の顔を指差す。
あの時、凛は校舎に向かっていて礼拝堂にはいなかった。
凛が返事をしようとした時、梁木が首を横に振って答える。
「あの時、レイの前にいたのは姿を変えた高屋さんでした。僕と大野さんが駆けつけ、その後、寮の方向から凛さんが駆けつけました」
梁木の言葉を聞いて、麗は驚かなかった。
「やっぱり…。気づいたら考えることができなくて、多分、私は操られたんだなって思った…」
気づいていて言葉に耳を塞ぐことができなかった。
「私も先生に頼まれたとはいえ、麗さんについてってもらえば良かったと思いました」
大野も少しの時間とはいえ、麗についていってもらえば操られなかったのではないかと反省していた。
「操られて…、気づいたら、葵と…ユーリの声が聞こえたようなような気がして…。でも、気のせいだよね」
確かにもう一人の声が聞こえたような気がする。しかし、思いあたる声の持ち主はそこにはいなかった。
「いや、あの時、そこにはいなかったが私も風村の声を聞いたぞ」
麗はどこか諦めきれないような顔で俯いていたが、中西の一言で顔を上げる。
「そうそう、姉さんが寝てる間に話してたんだけど、高屋さんが消える前にあたしのことを獣王って言ったの。確か、獣王って…」
凛は隣にいる大野を見る。
「高屋さんは生徒会の能力者を称号で呼んでいます。私もターサの称号である地司と呼ばれています。凛さんはティムの能力を持っているので獣王と呼んだのでしょう」
能力者ではない人物がいる時や公の場所では苗字で呼ぶが、基本的に生徒会室の中や能力者だけの時には称号で呼んでいた。
「だから、あたしのことを獣王って呼んだんだ。それと…」
どうして高屋が物語の中のティムの称号で呼ぶのか分からなかったが、大野の言葉を聞いて納得できた。
話の途中であることが浮かんだ凛は梁木を見る。
「梁木さん、気を悪くしたらすみません。さっき、背中にあったのって…」
麗が操られて、その時は聞くことができなかった。梁木の背中には真っ白な翼と、悪魔のような翼があった。
当の本人は、ただ凛が知らないからというくらいの気持ちで答える。
「二学期の終わりに、神崎先生が僕に呪いをかけました…。何が起きるかはっきりとしていませんが、光属性の魔法、回復や浄化魔法が使えなくなるのと、それまで特別な言葉を使って翼を隠していましたが、その言葉を使わず常に出るようになりました。…ちゃんと神経も通っていて動かすことができます」
翼や呪印を見て吹っ切れたわけでもないし、特殊な言葉を発しても隠すことができない。いつまでも悲観的になっていても現状は変わらなかった。
「神崎先生…」
梁木がカリルの力を持っているのは聞いたことがあったし、物語を読んで、カリルが有翼人と悪魔のハーフであり、月日が流れて両方とも真っ白な翼に変わったのは知っていた。
呪いをかけた相手が神崎だと知り、凛は背筋が凍るような感覚だった。
三ヶ月以上だっても、あの時のことは忘れはしない。
二人の会話を聞いていた中西も気になっていたことを口にする。
「最後に高屋が言っていた言葉、どうして水沢の妹に言ったんだろうか?」
気をつけないと凛を名前で呼びそうになる。中西は公の場であると意識して呼び方を変える。
「あれは、翼を出す言葉で、身体に触れるかどうかは分かりませんが、それを言うと翼や羽根を持つ能力者なら翼や羽根が現れます。恐らく、レイナの母親が大天使ユルディス、つまり、有翼人なので、レイナとティムも有翼人だと予想できます。高屋さんもそう思っていたようですが…」
高屋が凛の背中に触れた時、凛には何も起きなかった。
つまり、凛には翼がないということを指している。
「前、私も試してみたけど翼は出なかった」
麗と梁木は顔を見合わせて頷く。
以前、レイナが大天使ユルディスの娘だと分かり、覚醒した時に試してみたが、その時にも何も起こらなかった。
「まだ立ち上がらないほうがいいぞ」
麗はベッドから出て、梁木達がいる場所まで歩こうとしたが、実月の言う通り、少し頭を動かしただけで目眩がしたのでベッドの中にいることにした。
麗には聞かなきゃいけないことがあった。
「あ、あのさ…」
俯きながら、ベッドのシーツを掴む。
聞くのが怖い。でも、何かあったと思っていた。
「私が操られた時、何が起きたの?」
大野と凛は話そうかどうか考え、中西も話すのに躊躇していた。
三人が考えている間、話し始めたのは梁木だった。
「…今回は剣と、呪文を唱えずに魔法を使ったこと、それに加えて第五章でレイナが使ったのと同じで、剣に魔法を宿して、さらに、高屋さんが放った魔法を吸収しました。結果、大野さんが召喚したゴーレムを壊して、黒い炎を帯びた剣は大野さんも巻き込みました…」
話を濁すことは簡単だ。
しかし、それでは何も変わらないし、麗はもっと自分を責めるだろう。それなら、隠さずに話したほうが良いと思ったのだ。
そんな梁木の考えを知らない凛、大野、中西は驚いて梁木を見る。
どうして言ったのだろう。そういう顔だった。
「はぐらかしたら、レイはもっと後悔すると思いました」
そうなると思っていて梁木は三人の顔を見返した。
「…ショウ、ありがとう」
梁木の言う通り、はぐらかされて後から事実を知るよりも、はっきり言って欲しかったのだ。
自分の気持ちを分かってくれた梁木に対して嬉しい反面、麗は大野の顔を見て頭を下げる。
「大野さん、ごめんなさい」
自分に意思がなくても、大野を攻撃したことには変わらない。
「謝らないでください。…私も人のことはいえませんから」
ほんの少しだけ視線を反らして答えたのは、大野自身も麗達に攻撃したことがあったからだった。
「レイが操られたのは、 一昨年の舞冬祭、去年の春、そして今日…。確か、舞冬祭の時は桜の花びらに似たものを見た時に意識をなくしたと言っていませんでしたか?」
「…うん。舞台に上がった時、突然、ピンク色の花びらみたいなのが見えて…後は、気づいたら保健室だった」
梁木は思い出しながら麗を見る。
一昨年の舞冬祭の時、舞台に上がったら、突然、花びらのようなものが現れた。後日、梁木から高屋に操られていたことを知った。
話している途中で、梁木はあることを思い出す。
「そういえば、麗が操られた時、うなじにピンクの色の模様みたいなものを見たような気がします」
麗が操られたことに意識していて断言できないが、髪の間からうっすらと何か見えたような気がした。
「本当?」
麗は梁木達に見えるように後ろを向くと、うなじが見えるように髪をあげる。
しかし、何もなかった。
「…何もない。見間違いかもしれませんね」
はっきりと見ていないので、これ以上、追求しても仕方がない。
麗は落ち込んでいるものの、現状を知りたいという気持ちのほうが強かった。
「後は何かあった?」
「後は…」
梁木が思い出したように凛の顔を見る。
「凛さんが精霊を召喚しました」
「えっ?!」
それを聞いた麗は驚いて凛を見る。
凜から直接聞いていたことが、自分が操られている時にそれは起きた。
「召喚したのはセイレーンと呼ばれるものと、水の精霊ディーネ。精霊を呼び出すため呪文は唱えていなかったはずですが…」
梁木もどうやって精霊を呼び出したかまでは分からなかった。
梁木の言葉に続くように凛が答える。
「姉さんには少し話したけど、魔法はまだ使えないけど精霊は召喚できる。呪文とかはいらなくて、名前を呼べば出てきてくれる。ただ、セイレーンの後にディーネを呼び出したら立っていることができなかったから、力が足りなくて、身体に負荷がかかったんじゃないかなって思う」
凛は思っていたよりも自分自身を分析している。
精霊を召喚できるのはティムと同じだった。
そう考えて、麗はあることを思い出す。
「物語と同じなら、凛はユ…シルフも呼び出せるの?」
あの時、確かに彼女の声が聞こえた。中西もその声を聞いている。
物語ではセイレーンとシルフを召喚した少女がいた。獣王と呼ばれた少女がティムだとしたら、その力を持つ凛もシルフを呼び出せると考えられる。
凛はあっさり答えた。
「うん、できるよ」
「ちょっと待ってくれ」
麗と凛の話に入ってきたのは中西だった。
「確かに私もこの目で精霊を見た。しかし、水沢の妹に精霊が召喚できるなら、私や大野はどうなるんだ?」
風の精霊シルフは特別な言葉を言った中西に、地の精霊ノームは大野に力を与えた。
もしも、凛が他の精霊も召喚できるなら、力を与えて体内に消えていった精霊がどうなるか分からなかった。
それは大野も同じ考えだった。
「それを知るのは、恐らく精霊自身だと思いますが、トウマは精霊を召喚していました。素質の問題もあるのではないでしょうか?」
トウマが能力者だった時、呪文を唱えたり唱えなかったりするが火の精霊サラマンドラを召喚していた。
精霊が誰かを選んで力を与えるのと、精霊を召喚するのは別の問題なのかもしれない。
四人はなんとなくだが、納得できたようだ。
「あの…、姉さんが操られない方法ってないのかな?」
その時、凛は一番の疑問を口にする。
今、保健室にいるメンバーの中で自分が一番、覚醒したのが遅いと思っている凛は、せめて何か策はないかと考えていた。
「操られない方法…事前に操られないような魔法があれば良いのですが…。後は大野さんの祈りの言葉でしょうか?」
梁木は今までのことを思い出しながら答える。
「もしかしたら、佐月さんも私と同じことができるのではないでしょうか?」
佐月は巫女であるフィアの力を持っている。大野の言う通り、可能性があれば佐月も大野と同じことができるかもしれない。
「今度、佐月さんに聞いてみよう」
麗も頷いて答える。
もう操られたくないし、友達を傷つけたくない。
大事な人を傷つけられたくないのは梁木達も同じである。
それと同時に、麗が操られて剣で攻撃された場合、主に魔法を使って戦う梁木と大野では接近戦に向いていなので、対処ができない。
精霊を召喚できても凛はまだ戦いに慣れていない、中西は接近戦に向いているが、教師であるため、いつも麗達のそばにいるとは限らなかった。
五人が話し合っている間、実月は何も言わずに凛の横顔を眺めていた。
生徒会室の扉を開けると、珍しく結城がいた。
高屋は一礼してから中に入ると扉を閉める。
「報告します」
結城は棚からファイルを取り出そうとしていた手を止めて高屋のほうを向く。
「水沢凛が精霊を召喚しました」
結城は棚の扉を閉じて高屋のほうを向く。
高屋は話を続ける。
「条件は不明、呪文を唱えなくてもその名前を呼ぶだけで召喚していました」
「…そうか」
結城は考えていることを口にしようと思ったが、不明確なことなのでただ頷くだけだった。
「神崎先生は会議だ。私から報告しておこう」
「分かりました」
結城が何かを言おうとしていることは分かっても、本人が言わないのなら今は必要ではないことだと推測する。
高屋は結城に頭を下げると、生徒会室から出ていく。
一人になった結城は天井を見上げる。
「(物語でラグマがディアボロスという悪魔だったことが判明した。マリスには召喚できる素質があるということか…)」
召喚するにも条件が分からない。
それに、もし、自分がディアボロスの姿になったとして、召喚されるのかどうかも分からなかった。
「…探ってみるか」
そう考えると、ほんの少しだけ眉をひそめた。