再生 64 戸惑いの春情
春がきた。
学園には至るところに桜が咲き、どこにいても桜を見ることができる。
暖かい日差しを浴びると、より春を感じることができる。
大野は礼拝堂で十字架の前で膝をついて祈りを捧げていた。
窓から差し込む光が暖かい。
「(主よ、どうか私達をお導き下さい…)」
閉じていた瞳を開くと、扉を叩く音が聞こえる。
大野が立ち上がって後ろを振り向くと、ゆっくりと扉が開いた。
「あ、いたいた」
「大野さーん」
「…失礼します」
扉を開けて顔を出したのは、麗、凛、梁木の三人だった。
三人は見慣れない場所にほんの少しだけ落ち着かない顔をしている。
麗と凛が中に入り、最後に梁木が中に入ると扉を閉める。
「わざわざ来ていただいてすみません」
大野は三人の顔を見て頭を下げる。
「実月先生がいないと勝手に保健室に入れないからね」
凛は顔の前で手をパタパタと振って答える。
新学期になり、麗達は三年生に進級した。
クラス替えも行われて、これからのことを話そうと考えていた矢先、廊下で出会った実月に、これから用があるから保健室にはいないと言われたのだ。
他の場所を考えていると、大野が礼拝堂を提案した。
「礼拝堂も人の出入りがあるので、長い時間は話せないと思いますけど、ここなら清らかな力で覆われているので、生徒会の方達が近寄りにくいと思いました」
大野に促されて三人は近くの長椅子に座り、大野も近くの椅子に座る。
「確かにそれは一理ありますね。では、さっそく話をはじめましょうか」
梁木の一言で大野と凛は麗を見る。
麗は困ったような顔で少しだけ俯く。
「その前に、凛さんには改めて話した方が良いかもしれません」
「そうですね。僕達が集まったのは今の時期の問題のためです」
梁木は大野に頷くと凛のほうを見る。
「物語でも書かれていますが、ルトがレイナを操ったように、レイも高屋さんに操られたことがあります」
最初に集まろうと言ったのは梁木だった。
春になると桜が咲く。去年の今頃、麗は高屋に操られ、一昨年は舞冬祭の時に桜の花びらに似たものを見て操られている。
「もしも、操られるきっかけが桜なら、今の時期は注意をしなくてはいけません」
梁木は桜が嫌いという訳ではなく、桜をきっかけにまた麗が操られてしまうのではないかと不安になっていた。
「なるほど。確かにここに来る途中、姉さんはぼーっとしてたよね」
「………」
凛は礼拝堂に向かう途中のことを思い出す。
靴を履き替えて外に出た麗は、桜に呼び止められたように桜を見ていたのだった。
麗は覚えていないようで何も答えない。
「梁木さん、姉さんが操られた時、どうなるの?」
一昨年と去年のことを見ていてない凛は、知っているだろうと思って梁木に聞く。
「操られた場合、目は虚ろな感じになり、基本的に操った高屋さんの言うことを聞きます。意識を失うか浄化魔法を使えば元に戻りますが…」
梁木は答えながら麗を見た。
「レイ、話しても大丈夫ですか?」
「…うん」
これ以上話していいか麗に確認する。
対策を練っても、その時になれば状況は変わるし、麗がそれを聞いてどう感じるか分からなかった。
麗は自分がまた操られたら、今度は凛に攻撃をしてしまうんじゃないかと不安になっていた。
麗が頷くと、話してもいいと判断した梁木は話を続ける。
「操られたレイの力は普段より強くなっていると感じました。呪文の詠唱なしで魔法を使う。その時、今まで使っていなかった補助系魔法も使いました」
去年、校庭で操られた麗と戦った時、それまで使っていなかった魔法を使っていた。それが元から使えたのか、操られた時にしか使えないかは分からない。
「梁木さん、私達の他に麗さんが操られたことを知っている人はいますか?」
大野の質問に梁木は首をかしげて考える。
「…大野さんが知らないのは、多分、中西先生ではないでしょうか?当時は覚醒していませんでしたが、一昨年の舞冬祭の時に見ています」
「じゃあ、佐月さんは知らないということでしょうか?」
「話をしたことはありますが、恐らく、実際に見たことはないと思います」
佐月が能力者だと気づいたのが二学期だった。
その佐月は部活の集まりがあってここにはいない。
「剣も魔法も使う、しかも両利き。浄化魔法なら僕や大野さんで元に戻すこともできますが、直接、剣で攻撃されたら…手も足も出せないと思います」
あの時の自分より強くなったと感じていても、剣での戦いはどうなるか分からないし、隙をつかれたら立て直さなくてはいけない。
麗が俯いたまま黙っているのを見て大野は立ちあがり、凛は麗と距離を縮めて肩をくっつける。
麗は顔を上げて凛を見る。
「大丈夫、姉さんにはあたし達がいるんだから」
麗はずっと不安だった。
自分が操られた時、梁木やトウマ、悠梨を攻撃してしまった。もし次に操られて中西や凛がいたらどうなるか分からない。
それなのに、何故か凛の言葉が頼もしく思える。
麗の肩に手が添えられる。見上げると、大野が麗の後ろに立って微笑んでいた。
「今年はクラスも近いしね」
そう言うと、凛は梁木の顔を見る。
「そうですね。今年は凛さんと同じクラスですね」
梁木も凛を見て答える。
「うん」
始業式の前、校舎の前でクラス分けを記載した紙が貼り出された。
麗と凛は一緒に登校して貼り出された紙を見た。今年は一緒がいいと二人は同時に思っていたが、それは叶わなかった。
「凛さんとは離れましたが、今年は麗さんと一緒ですね」
「うん、初めてだよね」
大野は麗を見て笑う。
それぞれが初めだと思っていた。
「で、私と凛のクラスの真ん中に佐月さんがいる。クラス合同の授業もあると思うし、皆と近いね」
佐月と同じクラスになれなかったのは残念だが、能力者が集まっていると何かあった時に動きやすい。
「でも、あんまり三年生っていう実感がないかも」
クラス替えはあっても、自分が三年生に進級したという実感がなかった。
「そうですか?進路について考えなければいけませんし、やることは色々あると思いますよ?」
梁木の言う通り、ホームルームの時に行事や進路について話を聞いていた。人によっては一年の時から進路を決めている人もいるらしい。
「大学には色々な学部がありますし、他の大学や専門学校に行く人もいるみたいですね」
そう言いながら、大野も自分の進路は決まっていなかった。
「あ、そろそろ三十分ですね」
大野が腕時計を見る。
話をしていると時間はあっという間に過ぎる。
「他の人が来るかもしれないし、礼拝堂を出ようか」
他の人が来ないとは限らない。
それが生徒会かもしれない。
「そうだね」
麗が椅子から立ち上がると、梁木と凛も立ち上がる。
麗は礼拝堂を出る前に、振り返って大きな十字架を見る。
「礼拝堂はほとんど来たことないけど、なんか…こう、空気が澄んでるというか身体が軽くなる感じだね」
どう言えばいいか分からないが、いるだけで気分がすっきりする。
「何となく分かる気がする」
「確かに」
凛と梁木も振り返って十字架を見る。
礼拝堂のしきたりは分からないけど、気づいたら麗はそのままお辞儀をしていた。
凛と梁木も頭を下げる。
椅子の上に置いた鞄を持つと、四人は礼拝堂を後にする。
二日後の放課後。
窓際の席にいる麗は窓から校庭を見ていた。
「(桜は綺麗だけど…見てても眠くならないし、本当に桜がきっかけなのかな?)」
前に礼拝堂で話した時、操られるきっかけが桜なのかもしれないという話が出た。
「(初めて高屋さんに会った時も桜が咲いてたし、去年も桜が咲いていた。…私もなるべく一人にならないようにしなきゃ)」
可能性はゼロではなかったが、学校にいる間、絶対に一人になるということはできなかった。
「麗さん」
声が聞こえて振り向くと、目の前には大野が立っていた。
「この後、何もなければ途中まで一緒に帰りませんか?」
「あ、うん。何もないから帰ろう」
麗は立ち上がって鞄を持つと、あることを思い出す。
「大野さん、礼拝堂に行くよね?少しだけ中に入ってもいいかな?」
「えっ?」
「前に礼拝堂に行った時、気分がすっきりしたから少しだけ立ち寄りたいって思ったけど、やっぱり関係ない人がいるとまずいかな?」
前触れもなく言われた大野は驚いたが、麗の他にも礼拝堂に行ってお祈りしたいという生徒は過去に何人かいた。
「いえ、願い事があって礼拝堂でお祈りする人たちもいますし、問題ないですよ」
「ありがとう」
麗は安心して笑うと、大野の後について教室を出る。
廊下を歩いて階段を下りていると、二階で呼び止められる。
「大野さん、ちょっと用事を頼みたいんだけどいいかな?」
大野に声をかけたのは担任の夏目だった。
大野は麗を見送りたいと思っていたが、教師に呼び止められては何か理由がないと断れないと考える。
「礼拝堂はすぐ近くだし、私も気をつけるから、行ってきていいよ」
「麗さん」
麗の言う通り、校舎の裏に礼拝堂はある。時間もほとんどかからない。
結界が張られたら気づくし、礼拝堂の周りなら生徒会も近寄りにくいと考えた大野さんは頷く。
「分かりました。礼拝堂に着いたら、中に入って待ってて下さい」
「うん」
そう言うと、麗は大野と別れて階段を下りていく。
数十分前。
凛は寮に向かっていた。
歩いてると、あの時に見た茶色の毛並みの猫を見つける。
「あ、猫」
猫は座ったまま凛を見ている。
「餌をあげたり構うと情が移るって言うけど、やっぱり猫も可愛いなあ」
猫は威嚇したり逃げる様子もないので、近づいて触ろうとすると猫は凛の横を走っていってしまう。
「あっ!!」
そのまま走り去ると思っていたが、猫は立ち止まり後ろを振り返ると、合図を送るように鳴く。
「え?」
何故か、ついてきてと言われたような気がして、凛は猫を追って校舎に戻っていく。
大野と別れた麗は一階で靴を履き替えると北側の出口から外に出る。
礼拝堂が見えて、礼拝堂の前にある階段を上がろうとすると、突然、結界が張られる。
「!!」
辺りは黒い霧に包まれ、麗の瞳が深い水色に変わっていく。
自分一人だと狙われる。麗は警戒する。
結界の中に礼拝堂があることに気づくと、扉に触れようとする。
礼拝堂の中なら安全だと思っていた。
すると、後ろから足音が聞こえる。
振り返ると、そこには凛が立っていた。
「凛」
敵かもしれないと思っていた麗は凛の姿を見て、ほっと一息つく。
「あの…」
「どうして」
俯いている凛が口を開く。
「どうして、あの時…手を握ってくれなかったの?」
「……えっ?」
「本に関係してるって分かった時、安心したのに…」
麗は思い出す。
凛が能力者だと分かった時、信じたくなかった。それでも妹を守りたいと思った。
神崎と会った時、明らかに凛は怯えていた。
もしかしたら、物語と同じで神崎に襲われたんじゃないか。思いたくなくても考えてしまう。
あの時、手を握っていたら凛と離ればなれにならなかったかもしれない。
どうして無理にでも引き止めなかったのか。
「私は一人じゃないって思ったのに…」
顔を上げた凛は苦しそうで、今にも泣きそうな表情だった。
不安と後悔が押し寄せる。
「…凛、聞いて」
一人になった気持ちは分かっている。
話そうと声を出そうとしても、声が震えてうまく話せない。
麗は自分が凛に思っていたこと思い出して後悔する。
声だけじゃない、身体も震えていた。
凛は麗を見ている。
「嘘つき」
凛の苦しむ顔を見たくない。
「いやあーーーーーっ!!」
麗の叫び声が響く。
麗の目から涙がぼろぼろと零れ落ちて、力が抜けたように膝をついてうなだれてしまう。
麗の前まで近づいて見下ろす。
「後一歩、踏み込めば彼女の心は壊れる…」
それを見る表情は苦しそうだった。
「あの方の計画のためとはいえやり過ぎましたか…」
その時、走る音が聞こえる。駆けつけたのは梁木と大野だった。
梁木の右頬には逆十字の黒い印がうっすらと浮かび上がり、右には真っ白な翼、左には悪魔のような翼がある。
「これは…」
「凛さん、一体…」
梁木と大野は目の前の状況が分からずに戸惑ってしまう。
彼女が二人を見ると一笑する。
その時、梁木と大野の後ろからこちらに向かって走ってくる音が聞こえる。
二人が振り返ると、そこには覚醒した凛がいた。
「え?」
凛が二人いる。
梁木と大野は驚いて、それぞれを見る。
麗の前にいる彼女は凛を見て笑う。
「まさか貴方が来るなんて思いませんでした」
彼女が黒い霧に包まれると声が変わっていく。
黒い霧が晴れて姿を現したのは高屋だった。
高屋の瞳は赤色だった。
「まさか…」
凛は何が起きているか考える。
梁木の背中に翼があることも不思議に思ったが、それは一先ず置いておこう。
梁木と大野は驚いている。高屋はうなだれている麗を見ている。
「操った…?」
前に梁木達から聞いていたことが起きたのかもしれない。
「姉さんをどうするつもり?!」
凛は高屋を見る。睨んでいるつもりだが、高屋には効かなかった。
「貴方ができなかったことを、彼女にやってもらうだけですよ」
高屋は何もしないで、ただ笑っている。
凛の中で思い当たることはある。それは、白百合の間の扉を開けられなかったことだった。
自分が白百合の間の扉に触れられたのなら、姉である麗もできるかもしれない。
「…でも、その様子だと行かせてくれなさそうですね」
梁木は短剣を構え、大野は本を抱えている。
その後ろで、凛はどうしたらいいか分からず警戒していた。
「ね?麗さん」
高屋が笑って指を鳴らすと、それまでうなだれていた麗は俯いたまま立ち上がる。
赤い瞳が光り、礼拝堂の回りに咲く桜の花びらが舞う。
いつの間にか麗の右手には長剣が握られていた。
顔を上げた麗の目は虚ろだった。
「凛さん!離れて!」
大野は凛にそう言うと、走って凛に近づこうとする。
麗は踏み込むように走ると、呪文を唱えている梁木に向かって剣を振り上げる。
その時、梁木の魔法が完成する。
「プロテクション!」
声に反応して梁木の前に円形の盾のような壁が現れ、麗の攻撃は弾かれる。
「(僕の読みは当たった。次は…)」
両手で剣を握る麗は無表情だった。
「風の精霊シルフよ、汝の力を持ち、風を起こせ…ウイング!」
梁木の目の前の盾のような壁が消えかかる時、周りに風が集まって梁木を丸く包むと、身体は宙に浮かんでいく。
「(…やっぱり神経が通ってる。でも…翼を広げるのは躊躇ってしまう)」
神崎の術によって、梁木の背中に今までなかった悪魔のような翼が現れ、 右頬には逆十字の黒い印が浮かび上がるようになった。
魔法を使わなくても翼を広げて飛ぶことができるのに、それが怖くてできなかった。
「ウイング」
抑揚のない声で麗が呟くと、梁木と同じように麗の周りに風が集まり宙に浮かぶ。
そのまま梁木に接近して切りかかろうとする。
「麗さんは彼を選びましたか…っ?」
高屋は空を飛ぶ麗を見ると、足元の違和感に気づく。
高屋の足元から木の根が生えて高屋の足に絡み合い、高屋の自由を奪う。
「これは!」
高屋が前を見ると、大野は大きな鎌を構えて大きく振り下ろしていた。
振り下ろした場所が大きく揺れて風の刃が生まれると、高屋に襲いかかる。 高屋は急いで魔法を発動させて木の根を消そうとしたが、それより先に麗は握っていた剣を高屋の足元に向かって振り下ろした。
「ブレスウインド」
地面に降りながら呟くと、地面に突き刺さった剣から風の刃が現れる。風の刃は高屋の足に絡まった木の根を切り裂いていく。
梁木は麗を見た時は、あるものを見つける。
「…あれ?」
風が吹いて、一瞬だけ麗のうなじにピンク色の模様みたいなものが見えた。
呪文を唱えていた高屋は驚いて足元を見る。
麗が地面に降りている時、梁木は呪文を唱えていた。
「水の精霊ディーネよ、連なる水を描き凍れる刃を与えよ…フリージング!!」
梁木の両手から青い光が生まれ、幾つもの氷の柱が現れる。
それは麗を避けて高屋に向かって不規則に加速していく。
高屋の魔法も完成する。
「フレアブラスト!」
高屋の周りから無数の炎の刃が現れて加速していく。梁木の放った氷の柱と炎の刃がぶつかって爆発すると、爆風で視界が遮られる。
「前が見にくい…。姿を見失うと攻撃できない」
梁木は下を見ながら考える。
能力を封印できるのは高屋しかいない。能力を封印できるトウマがいない今、自分達はただ戦うしかないできないし、油断すれば自分達が封印されてしまう。
視界が晴れようとした時、大野の声が聞こえる。
「ボルトアース!」
大野が持っていた鎌は本に変わり、右手を上げると、手のひらに電気が流れ、高屋の頭上に幾つもの大きな雷の塊が現れる。
それは、勢い良く降りかかると高屋に直撃する。
「ぐあぁーーーーーっ!!」
爆風の中から高屋の叫び声が聞こえる。
「(梁木さんが言っていた通り、麗さんの力は強いし、呪文を唱えずに魔法を発動させている。動きを止めるか魔力が底をつけば浄化魔法を使える…!)」
麗の様子を見て、大野は少なからず動揺していた。
剣と鎌では大きさも長さも違う。剣術に詳しくなくても近づかれてはいけないと分かる。
大野は、麗の動きを止めてから浄化魔法を使おうと考えていた。
操られているとはいえ、友達を攻撃するのは気が引ける。
しかし、何かしないと相手は自分達を攻撃するだろう。
「油断できませんね」
梁木は大野と凛の近くに降りると、魔法を解く。
爆風がおさまると、そこには全身に傷を負った高屋と麗が立っていた。
「キュアブレス」
麗が右手を前に出して呟くと、高屋と麗の身体が淡くは光り、傷が癒えていく。
麗はゆっくりと息を吐く。
「(すごい…)」
凛は目の前で起きていることに驚いて動くことができなかった。
大野が戦う姿は見たことあるが、次々に繰り出す技に目を疑う。
梁木や高屋の戦う姿にも驚いたが、凛が一番気になっていたのは姉の麗だ。
姉がレイナの力を持っているのは知っていても、戦う姿を見たのは初めてだった。操られているとはいえ、呪文を唱えずに魔法を使ったり、レイナのように剣を振るう姿は凛にとっては別人のように見える。
「(あたしも戦わなきゃ…!)」
凛は自分が召喚できるものでどうすればいいか考える。
凛が考えていると、高屋が自分を見ていることに気づく。
「三人の中で最も魔力が強いのは地司でしょうか。そういえば…まだ魔法は使えませんでしたよね?」
物語でティムは魔法を使ったりモンスターや精霊を召喚しているが、凛は魔法を使ったことがない。
弓矢を使うのは慣れてきたが、精霊を呼び出すこともまだ慣れていなかった。
「戦いに慣れていない、そんな感じがしますね」
高屋がにやりと笑う。
それが何かをすると推測した大野は声をあげる。
「ゴーレム!」
声をきっかけに大野の目の前の地面が盛り上がり、そこから人の形をした大きな岩が現れる。それは両腕を横に伸ばすと壁のように立ち塞がる。
ゴーレムと呼ばれた岩の大きさで前が見にくいが、大野から少し離れた場所にいる梁木はそれに気づいた。
「!!」
いつの間にか、麗は地面に突き刺さっていた剣を抜いて、ゴーレムの懐に入っていた。
虚ろな目にほんの少しだけ殺意が見えたような気がする。
「ダークウェイブブレード」
麗が呟くと、麗が構えていた剣から青黒い波動が流れる。
「ダークフレア!!」
それとほぼ同時に高屋は魔法を発動させる。
高屋の周りに幾つもの巨大な炎が現れ、赤く輝くと、幾つもの巨大な炎が大野の前に立つゴーレムを狙う。
高屋は呪文を唱えずに高等魔法を使い、ゴーレムを壊そうと考えていた。しかし、赤く輝く巨大な炎はゴーレムに直撃する前に麗が構えている剣に吸収されて消えてしまう。
「魔法が剣に吸い込まれた?!」
それを見た高屋は表情を変えて驚く。
余裕のある表情が消える。
麗が構えている剣は黒い炎をまとい、麗はそれを振り上げる。すると、斬った場所から黒い炎が吹き出してゴーレムを包む。
「フリーズウェイブ!!」
梁木は咄嗟に魔法を発動させる。周りの空気が冷えると、梁木の両手から氷の波が現れた。氷の波は黒い炎を包むと威力が小さくなったが、すぐにまた燃え広がり一瞬にして大野も包み込んでしまう。
『!!』
大野の声は聞こえず、黒い炎はすぐに消えてしまう。
炎が消えると、ゴーレムは真っ二つに切れて崩れ、大野は全身に火傷を負って倒れていた。
「大野さん!!」
梁木は大野の傷を直そうと、魔法を発動させようとした。
しかし、それはできなかった。
「…アブソーブ」
いつの間にか梁木の背後に回っていた。
麗が呟くと、梁木の身体が淡く光り、その光は麗に移動すると身体の中に消えていく。
「そんな…」
麗の魔力はどれだけあるのか。
このまま倒れたら凛が一人になる。
梁木は血が抜けたような感覚に陥り、立っていられなくなると倒れてしまう。
風が吹いて桜の花びらが舞う。
麗は剣を握ったまま凛を見ている。
「二人は倒れました。さあ、どうしますか?」
高屋は麗の計り知れない力に恐怖を感じているが、今の状況を楽しんでいた。
それとは反対に凛は必死になって考える。
「(姉さんの力は知らなかったけど…操られていてもこんなに強いと思わなかった。それに…高屋さんも強い)」
麗と高屋の強さは痛感しても、自分一人でこの場を対処できる自信はなかった。
「(どうしよう…!)」
精霊を呼び出してまた気を失うかもしれない。
でも、何かしなきゃ何も変わらない。
決心すると首にかけられているネックレスを握る。
考えていることを声に出そうとした時、高屋の後ろから声が聞こえる。
「清らかに包みこむ安らぎの息吹…リライズブレス!」
どこからか一枚のカードが翻り、凛の頭上で光ると、梁木と大野の身体が淡く光る。倒れている大野の傷が消えていく。
「大野さんの火傷が消えていく…」
全身の火傷がみるみるうちに消えていく。凛が驚いていると、鈴の音が聞こえる。
「僕の結界に誰が入ってきますね」
鈴の音が聞こえた後、足音が近づく。
「……あ」
黒い霧の結界から姿を現したのは中西だった。