再生 6 水の鎖
学園祭も終わり、生徒達は次の行事や期末テストの話題が出ていた。
終礼のチャイムが鳴り、帰り支度をする生徒や掃除が終わっても喋り続ける生徒達がいた。
教室から出た麗と悠梨は廊下を歩いていた。麗は目をこすって大きな欠伸をする。
「レイ、大丈夫?」
「うん、昨日は本当にびっくりしたもん。気づいたら魔法を使ってたし、気づいたら部屋にいるし…」
「あたしもマジで驚いた。あれが覚醒なんだよね」
結界に閉じ込められてデビルデーモンと戦ったこと、覚醒して魔法を使ったこと、トウマの存在。ゲームの世界が現実に起こっている。二人はまだ信じることができなかった。
何かを考えていた麗は悠梨の顔を見る。
「ねえ、ユーリ。私、気を失ったんだよね…?」
「そう。あたしとトウマさんで寮まで運んだの」
「そっか…」
ぼーっとした様子で階段を降りていく。
昨日の夕方、気づいたらゲームと同じように自分が魔法を使って怪物を倒したこと、それは覚えている。
しかし、トウマと握手をしようとしたとこから記憶にない。目が覚めた時には、制服を着たまま寮のベッドにいた
思い出しながら階段を降りていると、踊り場で男子生徒とすれ違う。麗は何も気にすることなく階段を降りるが、悠梨は表情が険しくなり、すれ違った生徒の背中を睨むように見ていた。
何か気づいた麗が立ち止まる。
「ユーリ、どうしたの?」
「ううん、なんでもない。さ、保健室に行こう」
悠梨は急いで階段を降りて麗と並んで歩いた。
その日、滝河純哉は朝から難しい顔をしていた。
これから生徒会室に行かなきゃいけない。しかし、行く気にならない。
学園祭前日の説明会で、生徒会会計という立場で臨まなくてはならなかったが、あの人と会ってからどこか冷静に欠けている。それに、前より誰かに監視されている感覚が増した。
レイナの力を持つ者が覚醒したことは生徒会は気づいている。近いうちに誰かが動くだろう。
そう考えながら、滝河は焦りと苛立ちからを抑え、踵を返すと屋上に向かいはじめた。
階段を上り、屋上の扉を開けるとそこには寝転がり目を閉じている男子生徒がいた。滝河はそれを見て苦笑する。
「彰羅」
彰羅と呼ばれた少年は目を開けると起き上がり欠伸をして笑った。
「純哉か」
「これから会議なのにここにいるのか?」
「お前こそ」
二人は目が合うと苦笑した。滝河の気持ちを察したように思っていることを口にした。
「レイナの力を持つやつが覚醒したな」
それを聞いた滝河は少し驚いている様子だったが、話を続ける。
「多分、学園祭前日にいた生徒だと思う」
「さっき、すれ違った。変なやつといたな」
彰羅の一言で滝河は首を傾げる。あの時、彰羅は講堂にいなかったはずだ。どこかで見たのだろう。
「何となく、だけどな」
「……あの人も動いてる」
それまで話を聞いていた彰羅は鼻を動かし何かを感じると滝河の名前を呼んだ。
「純哉、結界…張れるか?」
滝河も何かに気づいたが、次に彰羅は声を出さず口だけ動かした。表情や動きから直感的に相手の考えていることを読み取る読心術だった。
「結界を張るぞ」
滝河は頷くと意識を集中して、両手を合わせた。彰羅も滝河と同じで目を閉じて両手を合わせる。二人が両手を開いていくと掌から滝河は深く青い、彰羅は赤い直方体のようなものが現れ、二人を包むと一つの空間になった。
二人が目を開く。滝河は薄い水色、彰羅は紅色に変わっていた。
「結界は使用した者以外の姿や声を周りから遮断するものだっけ?これで俺らの姿や会話も閉ざされたな。…誰かが俺たちを監視してる」
「ああ、嫌な予感はしてるんだけどな」
「純哉、見つかりそうか?」
「…分からない」
滝河は首を小さく横に振って溜息を吐く。
「骸霧は見つかったのか?」
「ああ」
彰羅は頷くと右手を前に出した。何かを思い描くように意識を集中すると、二人の目の前に赤と黒の混ざった幅の広い長剣が現れた。
「覚醒した時は赤い手鏡だった。女じゃねえのにな」
彰羅は長剣を両手で握ると犬歯を見せて苦笑する。
滝河も目を閉じて意識を集中する。
すると、先端に水色の宝玉がついた杖が現れた。
「…これだ」
「俺は温室の中心に丸い窪みがあって、ちょうど手鏡と同じくらいだったから嵌めたんだ。そしたら地面が割れて骸霧が出てきた」
「そうか…」
「純哉、あそこには行ったのか?」
「ああ、魔力は感じるが特に何もみつからない…」
滝河は険しい顔で下を向く。そんな滝河を見て彰羅は何かを感じて少しだけ滝河に近づいた。
「俺もあの場所が怪しいと思う。が、俺らは誰かに監視されてる。気をつけろよ」
「お前は俺の考えてることが分かるみたいだな」
「何となく、だ」
「お前の直感も力の一つだな」
二人が顔を合わせて笑うと意識を解いた。二人を囲っていた結界も消え始め、長剣と杖も無くなっていた。二人の瞳の色も元に戻っている。
「俺は…あいつを探すために生徒会にいる。そのほうが探しやすい」
「そうだな。俺も探すものがある」
そう言うと、滝河は大きく背伸びをして扉に向かい歩き始める。
「すっきりした。ありがとう」
「ああ。無理するなよ」
滝河の気持ちを察したように、彰羅は何か笑っている。滝河もそれに気づいて顔を見ずに手を振って階段を降りていった。
一階の廊下の突き当たりに大きな鏡がある。左を見ると食堂でおしゃべりしている生徒達がいる。
滝河はそれを見てから目の前の鏡を見つめた。何か違和感を覚えるが、そのまま右にある第二プールに向かった。
「(俺は何をしているんだろう)」
滝河はプールの真ん中で目を閉じて深く考えていた。滝河の周りを風が包みプールの真ん中に立っている。
「(あれはどこにあるのか…。あいつはどこにいるのか…)」
大きく深呼吸して我に返ると、そこには学園祭で見た雰囲気と違うカズとフレイがいた。滝河は警戒した。
「…何の用ですか?」
「結界が張ってあったから気になったのさ」
「こんな時間に誰がいるほうが怪しいしね」
二人はプールの出入口に近い場所で立ち、滝河の様子を見ている。
「…あの人に言われて来たんですか?」
「あの人はそんなことしないよ」
「それに、何をそんなに焦ってるの?」
フレイの一言で滝河は納得した。焦り、この言葉が当て嵌まっていたのだ。視線を落とし何かを躊躇う。
「俺は俺の意志で生徒会にいます。探しものが見つかるまでは…」
「そっか」
「まあ、好きにすればいいよ」
思いのほか、二人は何もなかったように苦笑してプールから出て行こうとする。
「待ってください!」
二人の反応に驚いた滝河は思わず引き留めてしまった。自分でも驚いていたが、もう遅い。二人は滝河を見ている。
「あ…貴方たちは何の用でここに来たんですか?それに、ここは俺の結界の中。簡単に出入りできたとは思えません」
滝河の言葉に、二人は鼻で笑って答えた。
「それって俺達の属性が火だから?」
「甘いね」
次の瞬間、滝河の真下から水が手のように伸びて滝河の足を掴んだ。滝河は驚いて足元を見る。
「私もいるわ」
手のように伸びた水は人の形に変わり、エイコの姿が見え始める。
「いつの間に………?!」
エイコは滝河の真後ろに立ち、何もせずその場に佇んでいる。
「そうだ……ずっと前から気になってた!彼女は誰だ?!」
「私は影」
「影?」
滝河はエイコの言葉を聞き返す。結界の中にいるなら彼女もまた能力者だろう。
「そう、俺達もエイコもあの人の手足であり影だよ」
「君が自分の意志で動くなら、俺達はあの人の側にいるだけ」
二人は落ち着いた様子で笑っているが、滝河は何かに気づいた。
「瞳の色……いつの間に覚醒したんだ…?」
滝河は考えた。最初に二人を見た時は何も無かった。しかし、今の二人の瞳の色は金色に変わっている。
「どうして簡単に結界に侵入できたか教えてあげる。確かに俺達の大属性はあの人と同じ火、君の大属性は水、魔力の違いはあってもこの場所なら普段の力は出せないだろうね」
「ここは第二プールであり、水の力が広がる場所では僕達には不利かもしれない」
双子の声が重なる。
『だから無効にした』
「??」
滝河は理解することができなかった。魔力の差はあっても自分の結界の中では有利だと思っていた。
「水を消せば僕達も侵入できる」
「だから、こうしてこの場所でも俺達は力を発揮できるってわけ」
カズは右耳、フレイは左耳につけてるピアスが赤く光る。
「さ、どうする?」
「…分かりました」
滝河は困惑した。自分の空間なら、倒すことはできなくても動きを止めることはできると思ってた。それが何かの力で相殺して無効になってるのだろう。自分の力が発揮される場所でも三対一じゃが不利だ。
滝河はプールの端まで移動すると、集中を解いて溜息のように大きく息を吐く。どこかで水が零れる音が聞こえ、滝河の瞳の色も元に戻っていた。
結界が解かれたことが分かると二人も目を閉じて意識を解く。
「利口だね」
「そんなに怖がらなくてもいいよ。僕達は本当に君の様子を見にきただけだけだから…」
滝河は何かに気づいて振り返る。さっきまで様子を伺っていたエイコの姿はなかった。
「フレイ、帰ろうか?」
「そうだね」
二人は滝河の様子に気づきプールから出ていこうとするが、何かを思い出したように振り返りカズは滝河に告げた。
「鏡牙、見つかると良いな」
そう言うと、二人は扉を開けて部屋を後にした。
滝河は呆然とした。
「どうして鏡牙のことを知ってるんだ……?!」
自分が探してるものを、あの人達は知ってるかもしれない。
冷静でいられると思っていた。
何も考えることができず、しばらくの間、プールの上で立ち尽くしていた。
その頃、トウマは大学部から高等部に向かう並木道を歩いていた。
「十一月になると肌寒いな」
日が傾くと風が冷たく感じる。そんなことを考えていると、どこかで鈴の音が聞こえた。トウマが何か感じたその時、黒い霧がトウマの周りを囲み始める。紫と黒を混ぜたような色の暗い空間が広がり、足音が近づく。
「まさか、引っかかるとは思いませんでした」
トウマの目の前に、横だけ跳ねた癖毛の少年が現れた。光に反射しているのか髪は暗い藍色に見え、濃くて赤い瞳は神秘的にも見えた。
「こんにちは」
「わざわざ結界に入ってやったんだ。高等部二年の高屋雫…この感じ…ルトだな?」
トウマはわざとらしく溜息を吐いて目の前の少年を睨みつける。
「流石、よく動き回っている…と言っても良いですかね」
高屋と呼ばれた少年は笑顔でトウマを見ている。
「今度はレイか?」
トウマは不快な表情で高屋を睨んでいる。
「さあ」
高屋は何かを考えたふりをしてはぐらかした。
「ルトはあの世界でもレイナばかり見てたな。ストーカーみたいに」
トウマは十分に嫌味をこめて笑った。
「貴方こそ、また側をうろちょろしてるみたいですね。保護者気取りですか?」
それに怯むことなく、高屋も笑顔で見下した。
二人の笑顔が引きつり、一歩も動かずに様子を伺っている。
「今度こそ滅ぼされたいみたいだな?」
「今の貴方の力じゃ無理でしょう?」
トウマは威圧したつもりだったが、高屋の言葉を聞いて瞳の色が薄い緑色に変わる。
「…何か知ってるな?無理にでも吐かせてやる」
トウマは片足を一歩後ろに引いて構えた。
その時、どこかで鈴の音が聞こえた。
「鈴の音…?」
「ああ、誰かが僕の結界に侵入したみたいですね」
二人は互いを警戒しつつ、鈴の音がしたほうを向く。誰かが近づいている。
高屋と同じ制服を着ていることから高等部の生徒だろう。毛先だけ少し跳ねた髪、物静かそうに見える少年は目を見開いて驚き、状況を理解できず辺りを見回してる。
「ここは…何でしょう…?」
高屋は目の前にいる少年を睨み、何かを考えている。
「(結界に入れるのは能力者だけ。けど、この少年はまだ覚醒してないみたいですね…)」
すぐに何かを察した高屋は瞳を閉じる。
「ここは一旦、引きましょう」
高屋が指を鳴らすと三人を囲む黒い霧が溶けて消え始める。トウマが消えていく結界を見ると、元の空間が広がっていた。
いつの間にか高屋の姿はなかった。
「逃げたか」
トウマも舌打ちをすると安心したように溜息を吐く。
「あ……貴方達は一体、何者なんですか?」
少年はトウマに近づいた。何かに驚いて、うろたえているようにも見える。
それを見たトウマは考えて独り言を呟く。
「覚醒してないみたいだな…」
「え?」
少年が聞き返すと、トウマは何事もなかったように少年に背を向けて歩いていく。
「さっきのことは忘れろ」
少年は理解できず去っていくトウマを見ることしかできなかった。
「楽しそうですね」
生徒会室で下の様子を見ていた神崎に一人の男性が声をかける。
「結城か」
肩くらいまで伸びた長い髪、切れ長の瞳は冷たい印象に見せる。結城と呼ばれた男性は神崎の背中を見ている。
「ああ、面白くなってきた」
「レイナの力を持つ者が覚醒し、まだ学園内に幾つかの気配を感じます」
「未だ覚醒していない者がいる。ああ…満月が近づいてるな」
神崎は何かを思い出して空を見上げる。結城はすぐに何か理解して頷く。
「分かりました」
神崎は月を見ながら何かを心待ちにしているように笑った。