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再生 58 月明かりの天秤

屋上に出た三人は外が暗くなっていること、目の前にいる人物に目を疑った。

「まだ五時前なのに、真っ暗…」

「やっぱり結界が張られてるな」

三人は何が起きているか考える。目の前にいる月代も麗達を見て驚いているように見えた。

人の気配を感じて扉を見たが、それが麗達だと気づいた結城は梁木を見る。

「確か、二学期の終わりに神崎先生が呪いをかけたと言っていたな」

それを聞いた梁木は、二学期の終業式の日を思い出す。

「!!」

突然、心臓が跳ねるような感覚に襲われ、梁木は胸を押さえる。

「ショウ!」

その場に膝をついて胸を押さえる梁木に驚いた麗は、咄嗟に梁木の肩に触れようとする。

梁木の背中が白と黒に光り、右頬には逆十字の黒い印がうっすらと浮かび上がり、右には真っ白な翼、左には悪魔のような禍々しい翼が現れる。

物語のカリルと同じことが起きたことを全て認めたわけじゃなかった。でも、差し伸べてくれた手を振り払いたくなかった。

「大丈夫です」

苦しくてもどかしいような表情のまま、ゆっくりと立ち上がる。

「僕は戦うと決めたんですから…!」

梁木は真っ直ぐ前を見た。

梁木は呪文を唱えながら考える。

「(トウマの呪いは魔法を使えば使うほど強くなるけど、激痛で身体が動かなくなる…。僕もトウマと同じになるのか…?)」

不安がよぎりながら意識を集中させる。

「ホーリーウインド!」

梁木の真下に魔法陣が描かれるが、一瞬にして消えてしまう。

「…えっ?」

魔法が発動しない。

初めて使う魔法でもないし、呪文を間違えたわけでもない。

それを見た麗達も梁木自身も信じられないというような顔で驚く。

「今だ!!」

月代は翼を広げて走りだし、虚空から現れた剣を握ると梁木に切りかかる。

魔法が出ないことに驚いている梁木は月代に気づいて攻撃を避けようとしたが、それより先に滝河は梁木の前に立ち剣を構えて受け止める。

「梁木!大丈夫か?!」

滝河は一瞬だけ後ろを向いてから月代の攻撃を剣で弾いていく。

「いけない!今は集中しないと…!」

梁木が呪文を唱えようとした時、隣にいる麗の魔法が完成する。

「フリーズランス!!」

虚空から生まれた無数の氷の槍は、結城に向かっていく。

結城は後ろを振り向かず、無数の氷の槍が結城にぶつかろうとした時、結城の背中に赤い透明な壁が現れて氷の槍は溶けて消えてしまう。

月代の剣を弾いて距離をおいた滝河は、結城の背中に問いかける。

「結城先生!」

結城は静かに振り返って滝河を睨む。

「生徒会は一体何を企んでいるんですか?!」

「知る必要はない」

結城は淡々と答える。

滝河は結城がラグマの能力者と知り、自分より強い相手に攻撃できないと分かっていた。

月代がマリスの能力者であり、戦いかたを見たことはあっても、結城がどんな戦いかたをするか分からず警戒する。

剣を構えて動かない滝河を見て、結城は気づいていた。

「相手が自分より強いと分かっていて手を出さないのは懸命なことだとは思うが、それでは何もできないぞ」

月代が翼を広げて飛翔すると、結城は麗達に背を向けたまま笑う。

「赤き神々よ…」

突然、麗達の真下に赤い魔法陣が描かれると地面から幾つもの炎が噴き出した。

結界の中が紅く染まり、三人は炎に包まれる。炎と煙が消えていくと、三人の周りに青い結界が張られていた。

「なんとか間に合ったみたいだな…」

滝河は少しだけ周りを見てから息をつく。

三人は致命傷はなかったものの、全身に傷を負っていた。

梁木は自分達の傷を治そうと、再び呪文を唱える。

「キュアブレス!」

梁木が両手を前に出して呟いた。

しかし、何も起こらなかった。

梁木の右頬にある逆十字の呪印が少しだけ濃くなる。

「………嘘だ」

それはさっきと同じだった。

梁木は信じられない様子で自分の手のひらを見る。

今まで使っていた魔法が使えない。麗と滝河も驚く中、麗があることに気づく。

「…ショウ、呪印が濃くなったような気がする」

麗も滝河も信じられなかった。それは、トウマの時に見たことのある現象だった。

それを見ていた結城は何が起きているか推測すると、上空にいる月代を見る。

「月代、相手をしてやれ」

「分かりました」

月代が結城の顔を見て頷き、翼を広げようとした時、結城の後ろから声が聞こえる。

「ヴィルディストラクト」

結城が後ろを振り向くと、橘の両手には糸が絡まっていて、橘を囲っていた檻のようなものは朽ちていってしまう。

「月の力で魔力が増幅するのは結城先生だけじゃないですから」

橘のその一言で結城は察知する。

「お前や月代もその可能性があったということか」

橘は生徒会から逃げること、月代は禁呪を使われないように橘と接触しないこと。結城の中で二人の考えは安易に想像できることだった。

しかし、自分の力が増した結界の中で自分の魔法を打ち消されることは想像していなかった。

「(もしも、それが私の望む結果に繋がれば…)」

橘の中にある考えに浮かぶ。

俯いていた橘は顔を上げる。

「結城先生のその瞳の力は、全員じゃなくても魅入られる人がいます。それは月代さんも…」

それが何を言っているかすぐに理解できた結城は橘の目を見て笑った。

結城の瞳が光る。

「そうか。では、お前も私の力が通用するということだな」

「…はい」

橘もこうなることを分かっていたように頷いた。

「(操られてるわけじゃないけど、この人の瞳は絶対的な力があるように思える…)」

橘は結城の横を通り、麗達に近づく。

橘の指にかけられている糸が光り、手を広げると、いつの間にか結界全体に糸が張り巡らされていた。

月代は糸を避けながら飛翔しつつ、地面に降りていく。

月代が地面に足をつけた時、橘は指を動かした。

「闇の門よ…」

橘が呟くと、地面に降りた月代の身体は操られたように動かなくなってしまう。

「この言葉はもしかして…?!」

その言葉が何を意味するか分かり、結城は少し焦った様子で右手を前に突き出す。

「…ラメントケージ」

橘の真下に黒い魔法陣が浮かび上がり、そこから触手のようなものが現れると格子状に組まれていく。

「鏡の中に潜む影、時に迷う悪しき天使よ…」

指を動かすと、糸は橘を囲う黒い鳥籠のようなものに絡まり、きつく絡まっていくと黒い鳥籠を消してしまう。

「私の魔法を消した…?」

自分の魔法を打ち消したことに結城は驚く。

橘は月代に近づいていく。

「あの言葉…」

「ミスンと同じことをしようとしてるのか?」

麗と滝河は考えながら動こうとしたが、張り巡らされた糸のせいで思うように動くことができなかった。

「…………」

梁木は自分に起きた異常に、他のことを考えることができない様子だった。

橘の言葉に続いて月代の声が重なる。

『白い翼と黒き心を抱く者を神と魔の名において我らを誘え、我らが進む道は永く果てない闇…』

月代は自分が本当にマリスと同じになるのではないかと不安になりながら、そうなりたくないと身体を動かして必死に抵抗する。

二人の翼が淡く光りだす。

橘は月代の目の前に立つと、苦しそうな表情で月代を見る。

結城が口を開く。

それより早く橘と月代が呟いた。

『バニシングヴァース』

その時、橘から強い光が溢れだし、麗達は眩しさに思わず目を閉じてしまう。橘から近い場所にいた結城も、腕を目の前に出して光を見ないようにしている。

光が消えると、橘の姿はなかった。

結界の中を張り巡る糸も、いつの間にか消えていた。

月代は何が起きたか分からず呆然としていたが、橘が消えただけで自分には何の変化もないと分かると結城の顔を見る。

「結城せんせ……」

その時、月代の身体がびくんと大きく震えると、身体中から汗が吹き出すような感覚が襲う。

「あ、あ、あっ…………!!」

身体が何かに抵抗している。

翼を広げたままその場に膝をつくと、胸を掴んで苦痛で顔を歪める。

「(俺は、マリスと…同じになるのか…?)」

月代の背中に生えている漆黒の翼はぼろぼろと抜け落ちて、苦痛に耐えながら翼が抜け落ちる感覚に月代自身も愕然とした。

「(…嫌だ!!)」

激しい痛みがまとわりついてくる。

「ああああああああああーーーっっっ!!!」

痛みと恐怖が押し寄せてくる。自分がどうなってしまうか分からず、混乱した月代は顔を上げて絶叫した。

突然、月代と結城の頭上の空間が歪み、黒い穴が現れる。

「……」

結城は麗達を一瞥すると、黒い穴は広がって月代と結城を飲みこむと二人の姿は跡形も無く消えてしまう。

黒い穴も消えて無くなると、残された麗達は我に返る。

「消えた…」

「第五章と同じ…」

物語と同じことが起きている。

もう何度も痛感しているのに、目の前で起きることが信じられなかった。

誰もいなくなったことで緊張感が解けたのか、麗はあることを思い出す。

「そういえば、私達が屋上に来た時、ショウの背中から翼が出たよね?」

「…はい」

結城に見られてから、突然、翼が現れて右頬に逆十字の呪印が浮かび上がった。それは全員が見ていた。

「翼を出す時って、確か特別な言葉が必要じゃなかった?」

『!!』

麗の言葉に滝河も梁木もはっとする。

「そうだ…!」

「…屋上に来た時は翼もなかった」

屋上に来てから翼が現れるまで、梁木は翼を出すための言葉を口にしていなかった。

「梁木、さっき、魔法が使えなかったな?」

滝河も後から考えようとしたことを思い出す。

「呪文は間違えてないんだよな?」

「はい」

覚醒した梁木と一緒になることは少ないが、梁木が呪文を唱えて魔法が出ないという話は聞いたことがなかった。

戦いに集中していて、後で本人に確かめようと考えていた。

「初めて使う魔法ではないですし、詠唱しなくても使えていた魔法です」

自分で思い返しても、呪文を間違えてはいなかった。

「確かに、いつも使ってるよね。…どうして魔法が使えなくなったか思い当たることはある?」

麗も疑問に思っていた。攻撃を受けた時、いつも梁木が回復魔法を使って傷を治していた。

原因が分からないまま考えていると、どこかで声が聞こえる。

「呪い」

その声に驚いて振り向くと、結城がいた場所には高屋が立っていた。

「高屋!」

高屋がいることに驚いたが、滝河と梁木は麗の前に立ち、麗は咄嗟に視線を反らす。

「僕と目を合わせると操られるからですか?残念ですが、今は戦うつもりはありません」

高屋は麗が何を考えているかすぐ分かると、困ったように笑った。

「信用できるかよ!!」

滝河は意識を集中すると右手には白銀の剣が現れ、それを握ると高屋に向かって走り出した。

「(…もう一度!)」

梁木は不安になりながら、もう一度、意識を集中する。

「聖なる風の輝きよ、我が手に集いて力となれ…」

呪文を唱えると、梁木の周りに風が弧を描いて集まりはじめる。

「ホーリーウインド!」

両手を前に出して言葉を発動させる。

梁木の真下に魔法陣が描かれるが、再び消えてしまう。

「…発動しない」

魔法が発動しない。

梁木は言葉を失った。

呪印がまた少し濃くなったような気がする。

「(まただ…)」

麗は焦っている梁木の顔を見て、原因を考えようとする。

「やはり、梁木さんは魔法が使えないようですね。ひょっとして…」

高屋は滝河の攻撃を避けながら梁木を見ている。

梁木は焦らないように落ち着いて呪文を唱えはじめる。

「水の精霊ディーネよ、連なる水を描き凍れる刃を与えよ…フリージング!!」

梁木の両手から青い光が生まれ、幾つもの氷の柱が現れる。

氷の柱は滝河を避けながら、高屋に向かっていく。

「(これは発動できる…)」

原因が分からないまま、梁木は再び呪文を唱えようとする。

それより先に呪文を唱えていたのは麗だった。

「聖なる風の輝きよ、我が手に集いて力となれ…ホーリーウインド!!」

呪文を唱えると、周りに風が弧を描いて集まり、麗は両手を前に出した。

麗の放った輝く竜巻と氷の柱が合わさって勢いを増していく。

麗の魔法に高屋は驚いている様子だったが、高屋の目の前に黒い壁が現れると魔法を弾いてしまう。

梁木や滝河も何かに驚いていたが、魔法を発動させた麗自身も驚いていた。

「この結界内で光の魔法が使えない…というわけじゃありませんね」

高屋は呪文を唱えて宙に浮くと、空を見上げる。

「先生の結界も消えることですし、僕は失礼します」

滝河が空を見ると、屋上を覆っていた黒い壁が消えはじめ、薄暗い空が見える。

「………」

何か言いかけようとした高屋は眉間に皺を寄せて顔を反らした。

そして、結界が全て消えようとした時、高屋も霧のように消えていってしまう。

結界が消えて人の気配がないことが分かった滝河は、後ろを振り向いて麗と梁木を見る。

「終わったみたいだな」

梁木の翼と呪印は消え、三人の瞳の色は元に戻っていた。

「橘さんはどうなるんたろう?」

「橘?」

聞いたことのない名前に滝河は首を傾げる。

「ミスンの能力者の橘あやめさん。この前、佐月さんから教えてもらったんだ」

滝河は名前を知らないと気づいた麗は滝河に説明する。

「そうか。橘が消えて、その後に月代と結城先生がいなくなった。物語の続きが書かれていない以上、俺達は推測することしかできない。それよりも…」

滝河の後に続いて麗も梁木の顔を見る。

梁木はどうしたらいいか分からない顔をしていた。

「梁木、どうした?」

滝河も何が起きたか分からず、色々と考えて簡単に質問する。

麗も梁木自身もそう思っていた。

「僕にも原因が分かりません」

思い返しても呪文を間違えたわけでもなかった。

梁木は首を横に振って答える。

「あくまで俺の考えだが、あの時、高屋は呪いと言っていた。それが本当なら、梁木の呪いは光の魔法と治癒魔法が使えなくなることなんじゃないか?」

『!!』

滝河の言葉に二人は驚いたが、戦いが終わって考えられるようになって思い返すと、納得できなかったが否定できることはなかった。

「一理ありますね」

「最初は全員が魔法を使えなくなったと思ったんだけど、ショウと同じ魔法が使ってみたら私は使えた…」

全部の魔法が使えなければ、他の原因も考えられるのかもしれない。しかし、別の魔法は使えたし、麗が同じ魔法を使っても発動させることはできた。

「後、気のせいかもしれないけど、ショウが魔法を使った時、右頬の呪印が濃くなったような気がする」

「…それは本当ですか?」

戦いの中で気づかなかったのと、頬を触っても分かるものではなく、梁木はそのことに驚いて無意識に右頬に触れる。

「うん」

麗は頷いた。

「呪いをかける人物は同じでも、呪いの種類が同じっていうわけじゃないのか…」

滝河は少し俯いて呟く。

梁木と同じ呪印を刻まれたトウマは、魔法を使えば使うほど強くなるが激痛によって全身が動かなくなるという呪いだった。

「梁木、光と治癒魔法以外も使えるんだよな?」

「はい。どこまでできるかは分かりませんが水、火、風の魔法は使えます」

「私は光の魔法は使えるし、治癒魔法は簡単なのなら…」

滝河の一言で梁木と麗は何を考えているか想像がついた。

梁木の呪いは何なのか。それと、できる限り梁木の能力を皆で補うことだった。

「能力を封印する力を持っているのは高屋だけだ。生徒会室には迂闊に近づけないな」

冷たい風が吹く。空を見ると日が傾いて少しずつ空が薄暗くなっていた。

三人はそれぞれのことを考えながら屋上を後にした。



真っ暗な場所で月代はうずくまっていた。

「…俺は一体、何のために戦うんだろう?」

一昨年の舞冬祭の時に覚醒して、それから本を読むようになった。本と同じ内容のゲームは知っていたが、思っていたよりゲームの内容と差がなくて驚いたのを覚えている。

「結城先生は計画には俺が必要だって言ってくれたけど…、物語と同じようになった俺は今でも必要とされているのか…」

あの人に必要とされなくなる。

いつからかそれが怖いと感じるようになった。

「…ラグマ様」

虚ろな青い瞳が潤む。

月代の周りには白と黒の羽根が幾つも落ちていた。

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