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再生 53 空に投げた賽

麗と梁木は図書室に移動して物語の続きを探していた。

「これって…」

本を開いたまま、二人は驚いて顔を見合わせていた。

「次はマリスですね」

突然、レイナ達の前に現れたミスンという女性は、自分がマリスの片割れであり有翼人ということを話し始める。

ミスンはマリスと元に戻りたいと話し、レイナ達についていくことになる。

マリスと対峙したミスンは禁じられた魔法を使い、マリスの中に溶け込むように消えていってしまう。その後、マリスの漆黒の翼は抜け落ちて苦しみながら彼もまたどこかへ消えていってしまう。

「マリスの能力を持っているのは月代さんだけど、ミスンさんの能力を持っている人は私達の周りにはいないね」

「そうですね。僕達と同じ学年なら探せるかもしれませんが、別の学年…高等部の生徒じゃなかった場合、特定するのは難しいですね」

透遥学園は中等部、高等部、大学部で成り立っている。教師以外にもたくさんの職員がいる。その中で特定の人物を探すのは二人にとっては考えるだけで疲れることだった。

「……あ」

本を閉じようとした梁木は何かを思い出して小さく口を開く。

「どうしたの?」

「…何日か前に高等部の制服を着た髪の長い女性が夢に出てきました。後ろ姿だったから顔は分かりませんが、彼女の背中が光ると真っ白な翼が現れました。もし、夢が本当ならミスンの能力者は高等部にいるかもしれない…」

梁木はずっと麗に謝ることを考えていて、自分が何日か前に見た夢を忘れていた。

「まだ覚醒してるかどうかも分からないし、ミスンさんはレイナ達の敵じゃないと思いたいけど、気をつけなきゃね」

「はい。それと、物語で事の顛末を見ていてレイナを操ったルト…高屋さんにも警戒したほうがいいですね」

ルトの力を持っている高屋は過去に何回か麗を操っている。梁木は物語の続きが見つかったことによって、高屋がまた麗と接触するんじゃないかと考えていた。

気をつけていてもその時になったらどうなるか分からない。それでも、梁木は麗を心配していた。

「…うん」

麗もそれは分かっていてた。

梁木は本の続きが書かれていないか確認してから本を閉じる。

「今日はもう帰りましょうか」

本を本棚に戻して鞄を手にする梁木を見て、麗も足元に置いた鞄を持って梁木と図書室を出ようとする。

「!!」

突然、背後から視線を感じた梁木は咄嗟に後ろを振り返る。しかし、図書室には多くの生徒がいて自分を見ている人物はいなかった。

「どうしたの?」

「いえ、誰かに見られていると思ったのですが…気のせいですね」

立ったまま本を読んでいる生徒もいる、椅子に座って調べものをしている生徒もいる。梁木は気のせいだと思い、二人はそのまま図書室を後にする。

二人が図書室から出た後、本棚から人影が動いた。


図書室を出ると、ちょうど横の階段を急いで下りる音が聞こえる。

「水沢!ここにいたのか!」

階段を下りてきたのは中西だった。

「先生」

階段を下りた中西は慌てているように見える。それに気づいたのは麗だった。

「…妹が、倒れたみたいだ!」

それを聞いた麗は耳を疑った。

「さっき、保健室に運ばれたと担任の先生が…」

驚いた麗は中西の言葉を聞かずに階段を駆け下りていく。梁木と中西も麗の後を追って階段を下りて保健室に向かう。

保健室に着いて扉を開けると、まるで麗が保健室に来ることを知っていたように実月は扉の方を向いていた。

「水沢の妹なら帰ったばかりだぞ」

「……え?」

実月は椅子に座って本を読んでいた。

麗の後から梁木と中西も保健室に入り、梁木は保健室の扉を閉める。

「疲れている様子だったから、寝不足か栄養不足じゃないか」

読んでいた本にしおりを挟んで閉じると机の端に置いた。

帰ったばかりということは、歩けるくらいには体調が良くなったのかもしれない。けど、麗は凜のことが心配で仕方なかった。

「凜は…、妹は何か言ってた?」

麗は、もしかしたら何か話したのかもしれないと思って実月に問いかける。

実月は不安な表情の麗を見て答えた。

「いや、特に何も言ってなかったな」

「………」

麗は実月が嘘を言っているようには思えなかった。妹が保健室にいないと分かり、どうしようか考えた後、踵を返して梁木と中西の間を通り抜ける。

「…私、帰るね」

俯いたまま保健室を出ていく麗の背中を梁木と中西はただ見ていることしかできなかった。

梁木は閉まっている扉を見ていた。

「実月先生、水沢の妹は…本当に何も言っていませんでしたか?」

ほんの少しの沈黙の後、中西はためらいながら実月に聞く。

「…と、言いますと?」

実月は困ったような表情で中西の目を見る。

「あ、いえ…実月先生が嘘を言っているとは思いません。ただ、理由は分かりませんが、水沢の妹に何かあったんじゃないかと思ったのです」

中西は実月を疑っていると思われないように伝えようとする。中西と水沢姉妹が幼馴染みというのは実月も梁木も知っていた。

「姉に聞こうとしても答えてもらえるか分かりませんし、妹に直接聞いても口を閉ざしてしまうかもしれません」

公私混同しないようにしていても、最近の凜の様子はいつもとは違っているように思えたのだった。

それまで何も言わずに話を聞いていた実月は椅子から立ち上がって答える。

「そうですね。思春期の生徒達は悩むことがたくさんあります。しかし、今はそっとしておいたほうが良いのではないでしょうか?」

「私もそう思います。生徒たち自身が答えを出さなきゃいけないときもあります。ですが…」

手にした本を机の後ろにある本棚に戻す実月の横顔を見ながら、中西は苦しそうに呟く。

「何かあったら私は行動を起こすかもしれなくて…」

実月と中西の会話を聞きながら、梁木は悲しい表情で保健室を出ていった麗のことを考えていた。


保健室を出た麗は寮に向かって歩いていた。

「(凜…もしかしたら、昨日のことがあって寝れなかったのかな)」

昨日、妹が能力者だと分かり、ティムの能力を持っていることを知った。

「(あれから何があったから聞いても教えてくれそうにないし、思い出させたくない…)」

できるなら妹に関わってほしくないと思っていた麗は、神崎について行った後、何があったか気になっていた。

「(もし物語みたいに凜と戦うことになったらどうしよう……)」

寮に帰らなきゃいけないのに足どりが重たく感じる。

麗の頭の中であることがよぎる。

「(もしも、力を封印したら、凜が思い悩んでることがなくなるのかな?)」

能力者の中で力を封印できるのはトウマと高屋だけ。そう思いつつ、麗は後ろを振り返る。

遠くには高等部の校舎が見える。

冷たい風が吹く中、立ち止まった足は再び寮に向かっていた。



二日後の放課後、橘は礼拝堂にいた。

大きな十字架の前で膝をついて祈りを捧げていた橘は、目を開けるとゆっくりと立ち上がる。

「(神様、どうか見守ってください)」

困ったような顔で十字架を見上げると、扉が開く音が聞こえる。

礼拝堂にやって来たのは大野だった。

「(彼女は確か…)」

大野は礼拝堂の扉を閉める。

何度か礼拝堂に来ている橘は、大野と何度か会っていた。少し頭を下げて大野の横を通りすぎようとした時、大野が口を開く。

「貴方、能力者ですか?」

突然の言葉に橘ははっとして大野の顔を見た。大野は扉の前から動こうとせずに橘の目を見ている。

「(彼女も気づいてた)」

嘘をついても仕方ないと思った橘は否定せずに答える。

「はい」

「やっぱり…」

大野はそれを知っていたかのように小さく息を吐く。

「いつから気づいていたのですか?」

「夏休みの一週間くらい前、ここで貴方に会った時に背中に光る翼のようなものが見えました。それと…」

「そこにいたか」

話の途中で扉の向こうから声が聞こえ、ゆっくりと扉が開く。

やって来たのはトウマだった。

「トウマ様」

扉を閉めたトウマは横目で大野を見た後、橘に近づく。

「お前がミスンの能力者だな?」

橘はトウマが礼拝堂に来たことに驚いたが、相手が自分のことを知っていると分かり姿勢を正して頭を下げる。

「はい」

「なら話は早い。さっき、図書室に行ったら物語の続きが書かれていた。そこで出てくるミスンがマリスの片割れであり、その後どうなるかも書かれていた」

トウマの言葉に大野と橘は反応する。

「マリスの能力を持っているのは月代だ。俺は以前、大野から月代に似ている生徒がいると聞いて、ここに来るのを待っていたんだ」

トウマは礼拝堂の回りを見ると、再び橘の顔を見る。

「いくつか聞きたいことがある。まず、目的はなんだ?」

橘は考える。物語に関わるものとして本は読んでいた。トウマ達を見て自分の敵だと思わなかったが、誰の能力を持っているか分からずどこまで信用していいか分からなかった。

橘がそう考えている間、トウマは言葉をつけ加える。

「ちなみに俺はスーマ、大野はターサの力を持っている」

「…私が考えていたことが分かるんですか?」

「俺がここに来た時に警戒したように見えただけだ」

隠してもそのうち分かることだと思い、トウマは隠さずに答える。

その顔を見て嘘を言っていないと思った橘は、少しだけ警戒するのをやめて話し始める。

「私は物語の続きを読んでいませんが、貴方が言うように私はミスンの力を持っていると思います。自分がミスンという名前の力を持っているのは理解していますが、それは夢で誰かが教えてくれただけで、実際に力を使うのは正直、怖いです…」

「夢…」

大野はトウマの後ろで二人を見ていた。瞳の色が変わっていないということは、能力者が結界を張っていないということだった。

「私は元の生活に戻りたいです。結城先生や高屋さんは私がミスンの能力者だと知り、マリスの力を持つ月代さんと会わせないようにしていると思っています…」

「力を封印したら、月代も力を出せなくなるかもしれない…と考えているのかもしれないな」

橘の話を聞きながらトウマはふと、窓の外を見る。ほんの少しだけ何かが反射して光ったように見えた。

「俺は能力を封印できる力を持っている。力を封印されたものは覚醒してからの記憶がなくなる」

「……えっ?」

トウマの言葉を聞いて耳を疑った。それは、橘にとって望んでいたことに近かった。

「お前はさっき、元の生活に戻りたいと言ったな?俺が力を封印すれば、覚醒する前に戻れるかもしれない」

橘は覚醒してから、本の中の出来事が現実に起こることが信じられなかった。しかも、自分も本の中のように武器や魔法を使い、見たこともない怪物と戦わなきゃいけないことを認めたくなかった。

覚醒して少し経ってから、夢の中で自分のことをミスンと呼ぶ声を聞いて、自分はミスンという人物の能力を持っているんだと気づいた。

「俺は無理に封印しようと思わないが…どうする?」

今、この機会を逃すと結城や高屋がいる生徒会に利用されるか、また学園内で怪物に襲われるかもしれない。

「…お願いします」

橘は意を決してトウマの目を見て答える。

「分かった」

橘の目を見てトウマは頷く。

「ここは誰かに狙われるかもしれない。外に出よう」

「分かりました」

トウマは振り返り、扉に手をかけようとする。

「大野、お前はここにいろ。いいな?」

「…はい」

トウマは自分の少し後ろにいる大野に声をかける。ほんの少しの強い口調に大野は震える声で答える。

「…頼んだぞ」

一瞬、声を詰まらせてそう告げるトウマの表情は少しだけ強張っていた。

大野はトウマの背中を見ると、大きな十字架に向かって歩き出した。

扉を開けて礼拝堂から出たトウマは、高等部の校舎に向かって歩こうとした。

橘が扉を閉めてトウマの後ろを歩こうとした時、目の前を歩くトウマの足が止まる。

「…あの」

橘が声をかけようと身体を動かした時、目の前に殺気を感じて前を見る。

「見つけましたよ」

トウマの視線の先には高屋が立っていた。

高屋の瞳は赤色だった。

「高屋さん!」

高屋の姿に驚いた橘は咄嗟にトウマの後ろに隠れてしまう。トウマと橘の瞳の色も変わっていた。

「第五章が書かれ、貴方が神竜に近づくことは予想していましたよ」

礼拝堂を出た直後は気づかなかったか、いつの間にか周りは黒い結界で覆われていた。

「相変わらずストーカーみたいだな」

「どこかの誰かさんみたいに、保護者気取りで高等部をうろついているわけではありませんよ」

高屋を見下して鼻で笑うトウマも、トウマを一瞥して笑う高屋も目は笑っていなかった。

「地面に這いつくばらせるぞ」

互いに挑発しているのは分かっていても、トウマのこめかみはピクピクと動いていた。

「その言葉、そのままお返しします」

高屋は右手を前に出すと、高屋の周りに大きな炎の球が現れる。右手を横に動かすと、炎の球は加速してトウマに襲いかかる。

「そこから動くなよ」

橘にそう言い、トウマが小さく呪文を唱えると、橘の周りに赤いガラスのような結界が現れる。

トウマは迫ってくる炎の珠を避けると、高屋に向かって走り出す。

「きゃっ!」

炎の球が赤い結界にぶつかり、橘は驚いて避けようとする。

「…あの人は私を守ろうとしている?」

橘は高屋に蹴りかかるトウマを見つめる。

さっきまでの目つきとは違い、今は別人のように鋭く突き刺さるような目つきだった。

トウマは避けながら攻撃を仕掛ける高屋と距離を縮める。

「(変ですね…。さっきから何か呟いている様子だけど、魔法を放つわけでもない…)」

高屋は攻撃を避けながらトウマの動きに疑問を抱く。それは何度もトウマと戦ってきたから分かることだった。

「(何か企んでいるのは分かりますが、だからと言って深く考えてる余裕はなさそうだ)」

分かっていても、それ以上考える余裕はなかった。意識を集中していないと、あっという間に隙ができてしまいそうだった。

高屋が一歩後ろに下がったのを見て、トウマは腕を伸ばして高屋の手首を掴む。

「!!」

高屋は腕を振り払おうとしたが、それより早くトウマは高屋の腕を引っ張り、そのまま投げ飛ばす。

「ブレスウインド!」

トウマが両手を前に出すと、両手の回りに風が巻き起こり、幾つもの風の刃が現れる。

風の刃は加速して高屋に襲いかかる。投げ飛ばされて背中から地面に叩きつけられ、避ける間もなく風の刃が高屋に直撃する。

「ぐっっ!!」

トウマは間髪入れずに片膝をついて地面に右手をつく。右手は赤く輝いていた。

「天と地を交わりし漆黒の闇、炎を司る紅。汝に命令する、汝の陣を汚すもの全てを焼き尽くせ…」

呪文を唱えると、高屋の真下から幾つもの炎の球が浮かび上がり、それぞれ線のように繋がって大きな魔法陣が描かれていく。

「サラマンドラー!!」

魔法陣が強く光ると、魔法陣から炎の渦が吹き出す。炎の渦は魔法陣の中にいる高屋を飲み込むと激しく燃え上がる。

「……っ!」

トウマは全身を突き刺すような痛みに襲われ表情を歪める。首筋には逆十字の黒い呪印が濃く浮かび上がっていた。

痛みを堪えて立ち上がろうとした時、消えかかる炎の中から声が聞こえる。

「本当に隙を与えないですね」

炎の中から風が激しく吹き荒れる。炎は消え、そこには全身に火傷を負った高屋が立っていた。

トウマが立ち上がろうとしたその時、足元の異変に気づく。

「!!」

いつの間にか魔法でできた黒い鎖が現れ、トウマの両足を繋いでいた。

「くそっ!いつの間に!」

それに気づかなかったトウマは、急いで黒い鎖を外そうとする。

しかし、その間に高屋は呪文を唱え終わっていた。

「インフェルノダウン!」

高屋が言葉を発動させるとトウマの頭上と足元に紅色の魔法陣が現れ、強く光ると、魔法陣から炎が噴き出した。

「!!」

上下から激しく噴き出した炎によってトウマの姿は見えなくなり、叩きつけるように炎は揺れている。

礼拝堂の入口でトウマと高屋の戦いを見ていた橘は、二人の力に驚いて見ていることしかできなかった。

「すごい…」

紅色の魔法陣と炎が消えると、全身に火傷を負ったトウマが立っていた。

トウマの両足を繋ぐ黒い鎖は消えている。

「(動きを封じながら、その隙に高等魔法か…。呪印で動きが鈍くなってるうちにやるとしたら…)」

腕や足から血は流れ、ふらつく足を抑えながらトウマはほんの僅かに視線を動かす。

「(神竜の視線の先には高等部の校舎…。何かするつもりでしょうが、呪印のおかげで動きが鈍くなっているうちに…)」

高屋もトウマの視線の先を見て、トウマが次に何をするか考えながら呪文を唱える。

トウマが呪文を唱えている間に高屋の魔法が完成する。

「ディープミスト」

高屋の両手から紫の霧が噴き出すと、いっせいに広がりトウマの視界を遮る。

「(狙い通りだ…!)」

紫の霧は結界の端まで広がり、トウマは辺りを見回す。

その時、どこかで鈴の音が聞こえる。

「僕の結界に誰か侵入してきた?」

高屋が動こうとした時、鈴の音を聞いて立ち止まろうとする。それは高屋が作り出した結界の中に誰かが入ってきた音だった。

「ホーリーウインド!」

トウマの放った輝く竜巻は大きな音をたてて紫の霧を散らしていく。

「紫色の霧…?」

「この力…」

「高屋だな!!」

結界の中に入ってきたのは麗、梁木、滝河の三人だった。

三人は強い力に気づいて集まり、礼拝堂に向かおうとしていたのだった。

トウマは僅かに感じる殺気に気づき、そこから離れようとする。しかし、足元には再び黒い鎖が繋がっていた。

「!!」

同じ手にかかった自分に苛立ったものの、すぐに黒い鎖を壊そうとする。

霧が晴れていく中、トウマの背後に突き刺さるような殺気が生まれる。

「あ、あれ!」

麗が指をさすと、そこにはトウマと高屋がいた。

霧ではっきりと見えないが、トウマの足下は淡い光と紅い光がぼんやりと見える。

「その後ろにいるのは高屋…!!」

トウマの背後に立つ高屋に気づいた滝河は走りだし、梁木は呪文を唱え始める。

背後に立つ高屋に気づいたトウマは後ろを振り返ろうとする。

トウマの背中に手を当てて高屋が笑う。

「交差する世界で眠れ」

その時、何か振動したような気がする。

『!!!』

高屋以外の全員が言葉を失った。

麗達に気づいたトウマは信じられないような目で麗達を見た。

「……後は頼んだぞ」

悔しいような不安な顔で笑う。

淡い光に包まれると瞳の色が元に戻り、トウマの姿は次第に消えていってしまう。

「トウマ!!」

「兄貴っ!!!」

梁木と滝河は叫ぶように声をあげ、麗と橘は驚きのあまり声が出なかった。

橘の回りを囲っていた赤い結界は消え、それを見た橘は何かを呟くとどこかへ消えていってしまう。

辺りを覆っていた黒い結界は徐々に消えていく。

高屋は結界が消えていくことに驚いていたが、それより自分を見る視線に気づいて振り向いた。

「………」

視線の先には、呆然としながら高屋を見る麗がいた。

高屋は困ったような呆れたような表情で麗を見ると、麗達の横を通りすぎる。

「これも仕事ですので…」

傷口を押さえながら去っていく高屋の背中はどこか悲しく見える。



校舎に入った高屋は、よろめきながら階段を上っていく。

目的を果たしたはずなのもやもやしていた。

さっき、自分を見ていた彼女の顔を思い出す。

「…それくらい分かってますよ」

それは自分に言い聞かせるようだった。

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