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彼女は高等部の制服を着ていた。学園内に髪の長い女子生徒はたくさんいる、後ろ姿だけでは誰か分からなかった。

突然、彼女の背中が淡く光ると、そこには真っ白な翼が現れる。それを見た僕は驚いたし、すぐに能力者じゃないかと気づく。

僕に気づいたのか彼女はゆっくりと振り返ろうとする。口元が見えて顔が見えようとした時、それが夢だと気づく。

ぼんやりと消えていく彼女の翼を見て、何故かもどかしい気持ちだった。



年が明け、お正月気分もようやく落ち着いてきたある日、生徒会室には神崎、結城、高屋がいた。

神崎は結城と高屋の顔を見る。

「何の用でしょうか?」

高屋は椅子に座る神崎に問いかける。

「高屋、冬休みに協力してくれたことは感謝する」

「…あの時、図書室に結界を張り、水沢麗達を足止めするようにしたのは、水沢凛が追試後に図書室に行くことを予想していたのですね」

去年の追試の日、試験勉強のために登校した高屋を見つけ、計画について話していた。

そうなることを考えていた高屋は特に驚く様子はなかった。

「水沢麗達を足止めをすることにより計画は進み、相良斗真の側にいる双子の力も見ることができた」

「あの力は光でも闇でもない力を感じます。それに、一昨年の舞冬祭の時、僕の結界を破ったのがあの力でした。しかし…」

「しかし…?」

神崎は納得のいかないような顔で聞き返す。

「シルフ、蒼飛の次は水沢凛まで襲わなくても良かったのではないでしょうか?」

高屋はまだ凛が覚醒して力が安定しないと思っていた。また、凛が同じ能力者として結城に好意に似た感情を持っていることは気づいていた。

「誰かの力によって水沢凛は眠らされ、生徒会室とは別の場所に転移した」

神崎は高屋ではなく、隣に立つ結城を睨みつける。そうなることを分かっていた結城は、物怖じせずに息を吐く。

「……それ以上の必要性がないと判断しました」

二人のやりとりを見て、高屋は何となく何があったか気づいてしまった。

「水沢凛に駒になってもらい、私から逃げられない状況を作るためだ」

「(目的のためには手段を選ばない、か…)」

高屋は改めて神崎の考え方について驚きと恐怖を感じる。

「また相良斗真が高等部をうろついている。こちらも警戒しつつ、計画を進めてもらう」

「はい」

それぞれ違うことを考えながら結城と高屋は頭を下げた。



麗は大学部のテラスにいた。

椅子に座って人を待っているだけなのに周りを見たり落ち着かないのは、普段、あまり足を運ばない場所だからなのかもしれない。

学生の集まるホールは私服姿の生徒が何人かいたが、自分の知らない場所で少し緊張しているのか、一番端の椅子に座ることにしたのだった。

「待たせたな」

麗の後ろから声が聞こえ、振り返るとそこには紙コップを二つ持った滝河がいた。

滝河は紙コップをテーブルに置くと、麗と向かい合うように椅子に座る。麗が自分の目の前に置かれた紙コップを見るとココアが入っていた。

「あ、ありがとう」

麗は頼んでいなかったものに少し驚いたが、すぐに上着のポケットから小さな財布を取り出そうとした。

「俺がコーヒーを飲みたかったからついでだ。金はいらない」

滝河は紙コップに入っているコーヒーに口をつける。

そう言われた麗は取り出そうとした財布を元に戻して両手で紙コップを持つ。高等部から大学部までさほど距離はないが、温かいココアの熱が冷えた手にじんわりと伝わる。

「あれから梁木の様子はどうだ?」

麗が大学部に来たのは話したいことがあり、また滝河から連絡があったからだった。

ココアを一口飲んだ麗は紙コップをテーブルの上に置いて話し始める。

「二学期の終わりよりはあからさまに避けられてる感じはしないんだけど、…必要以外の会話はほとんどしてないし、避けられてるなって感じてる。それもあるんだけど……」

滝河はコーヒーを飲みながら麗の顔を見ている。梁木のことが気になって麗に連絡をとったが、麗はとても不安そうな顔をしていた。

「最近…さらに凛の様子が変で…、冬休みに叔母さんの家に帰った時もぎこちないというか、気持ちが別のとこにいってるというか…」

冬休みに凛の追試が終わった後、久しぶりに叔母の家に帰省していた。その時、いつもと違う凛の態度に麗は心配していた。

自分から話し始めたのに、どう話したらいいか分からなかった。

「追試の結果を気にしていたとか?」

滝河も何かに気づき、思っていたことを口にする。

「…そわそわしているというより何かを怖がっているような感じだった。手を繋ごうとした時、思いっきり振り払われたことがあって…凛は慌ててすぐに謝ったけど…」

姉妹は手を繋ぐことがあるんだ、と頭のどこかで思いながら、目の前でどんどん不安になっていく麗を落ち着かせようとする。

滝河も何度か凛に会った時、どこか不安な表情を見てきた。

「帰省した時のことは俺にも分からないが、一度、二人で話し合ってみたらどうだ?」

それは一番適切な答えだった。

「…前も何回か一緒に帰ろうとか声をかけたんだけど、用事があるって言われたり、教室に行っても先に帰ってたみたいで…」

「それでも、第三者が聞くよりお前が話したほうがいいと思う」

麗以外の誰かが凛について聞くことはできるが、姉である麗が直接聞いたほうが凛も素直に話してくれるんじゃないかと考えていた。

麗は少し考えて、紙コップに入っていたココアを一気に飲む。

「…聞いてみる」

麗の表情はまだはっきりしない様子だったが、少しだけ納得したようにも見えていた。

「そうか」

滝河はそれだけ言うと、コーヒーを飲み干して紙コップを潰して立ち上がる。

「また話は聞く。すまないが、課題が残ってるから俺は行く」

それを聞いた麗は、高等部と大学部の冬休みの長さが違うことを思いだし、課題があるのに自分のために時間を作ってくれたことに申し訳ないと思ってしまう。

「用事があるのに話を聞いてくれてありがとう」

麗は椅子から立ち上がると、下に置いた鞄を持つ。

「いや、梁木や水沢の妹のことは俺も気にしていたからな」

滝河は自動販売機の横にあるごみ箱に紙コップを入れてホールから出ようとしていた。滝河の後に続くように麗も大学部を後にする。


大学部の校舎を出た麗は寮に帰ろうと歩いていた。高等部の校舎が見え始めた時、並木道を歩く大野の姿を見つける。

「大野さん」

大野も麗の姿に気づいたのか麗に近づく。

「今、帰り?」

「はい。麗さんは…」

大野は麗が歩いてきた方を向く。思い当たる場所は少なかった。

「…大学部に用事でしたか?」

「あ、うん。…ちょっと滝河さんに話を聞いてもらってて」

麗の表情を見た大野はあまり深く聞かないほうが良いと考えた。麗は困ったような表情だった。

「実は、麗さんを探していたんです」

「私?」

クラスも違うし委員会に所属してない大野が自分を探す理由はあまり多くなかった。

大野は話そうか話すのを止めようか考えたが、周りに誰もいないことを確認すると少し間を開けて話し出す。

「凛さんですが、新学期が始まってから様子が変というか、無理に明るく振る舞っているというか…」

大野はどう話して良いか分からず考えながら話す。

「後、清掃時間に五階に行った時、何かに怯えているような表情をしていて…。麗さんは何があったか分かりますか?」

感じたことを話しているが、そう感じたのは自分だけかもしれない。しかし、あからさまに違う態度に大野は心配していた。

「(……やっぱり凛に何かあったんだ)」

大野の言葉を聞いて、麗の不安がはっきりしていくような感覚に陥る。

表情が固って言葉が出てこない。

「あ…、いえ、私が気になっただけで、その、勘違いだったら良いのですが…」

麗が話さないのは自分が話したからだと大野は思い、慌てて言葉を付け足す。

「う、ううん、話してくれてありがとう。…私も前から気になってたし…凛には明日、聞いてみる」

何とか気持ちを落ち着かせようと大きく息を吸う。大野はクラスメイトとして、自分が知らない凛のことを話してくれた。その気持ちは受け取らなきゃいけない。

「…私が変なことを言ったせいですよね?」

「ううん、大野さんは自分が気になったから私に話してくれたんだよね?」

「…はい」

気持ちを落ち着かせながら話していたけど、その言葉は本当だった。

それに気づいた大野は小さく頷いた。

「私も気になってたし、気にしないで」

ごまかすように無理して笑顔を作る。

気にしないで。

自分が言ったのに、気にせずにはいられなかった。



次の日の放課後。

梁木は帰ろうと鞄を持って立ち上がると、自分の席より前に座っていた麗が勢いよく椅子を引いて立ち上がる。

「じゃあね」

麗は梁木の顔を見て声をかけると、飛び出すように教室を出ていった。

「………」

梁木も教室を出ると、目の前を歩く麗は階段を下りずに廊下をまっすぐ向かっていた。

「(…どこに行くんだろう?)」

麗がどこに行くのか少し気になったけど、話しかけられずにそのまま階段を下りていく。

二学期の終わりにあった出来事から梁木は麗達と距離を置いていた。神崎の力によって、カリルと同じような翼が現れたこと、それによって、さらに本の中の出来事が現実になっていることを痛感せずにはいられなかった。

怖い。

自分に意思はなくても物語は進み、物語に出てくる怪物に襲われる。

慣れてしまったけど、まだその恐怖はいつも自分にまとわりついていた。

「(レイ達が心配するのも分かってるけど、今更どうやって接すればいいか…)」

冬休みの間も麗や他の人から心配するメールが届いていた。

並木道を歩いて分かれ道が見えてきた時、校門の前に誰かが立っていることに気づく。

「ショウ」

もたれていた身体を起こして姿勢をただす。そこにいたのはトウマだった。

「……トウマ」

同じ学園にいるから会うことは不思議ではなかったが、まるで自分のことを待っていたように思えた。

一度は目が合ったものの、気まずいと感じた梁木はすぐに視線を反らしてトウマの横を通りすぎようとする。

「迷っているのか?」

「……えっ?」

トウマの言葉に驚いた梁木は振り返ってトウマの顔を見る。

その言葉は自分の中で何度も繰り返して考えていることだった。

「力を封印すれば、苦しみや悩んでいることは消える。けど…どうなるか分かるな?」

トウマはまっすぐな目で梁木を見ている。

梁木はトウマが能力を封印する力を使うということに気づき、すぐにその後のことも気づいた。

「…封印された者は覚醒してからの記憶がなくなる」

トウマの言葉はすぐに理解できた。

能力を封印する力を使えば、自分は覚醒する前の状態に戻れると思う。自分が抱えている悩みも消える。

しかし、覚醒した後の記憶は消える。つまり、麗達と出会ってからの記憶が全て消えてしまう。

「それでも、お前はどうする?」

トウマが冗談を言っているように聞こえない。

抱えている悩みや苦しみから解放されるか、大事なものを失うか。

トウマは梁木の目の前まで近づき、困ったような表情で梁木を見る。

「(トウマは僕が望めば、力を封印してくれるかもしれない。…けど)」

封印したらトウマとの関係も消えてしまう。

梁木は悩んだ結果、はっきりと首を横に振る。

「……それは嫌です」

「そうか」

それを聞いたトウマどこか安心した様子で大学部の方に向かって歩いていく。

「(トウマ…)」

梁木は後を追わずに去っていくトウマの背中を見送る。

トウマの姿が見えなくなった後、梁木は歩き出した。

「(出会った時には、トウマはすでに覚醒していて呪印もあった)」

トウマの呪印は力を使えば使うほど強くなるが、使えば使うほど身体中に痛みが走るというものだった。

「呪印を刻まれた時、トウマだってショックだったし悩んだのに…」

梁木は前にトウマに聞いたことがあった。

呪印が刻まれた時、どうだったか。

「確か、俺だって驚いたし、今でも呪いを解く方法を探してる…だったかな」

呪印の痛みに堪えながら、それでも戦う強さは一体どこから出てくるのだろう。

まだ呪印を刻まれた時のことは覚えてる。

あの翼も言葉を発動させればまた現れると思う。

トウマみたいに強くなれないかもしれない。

「…それでも強くなりたい」

それまでずっと俯きながら歩いていた梁木は顔を上げた。

色々なことを考えて、色々悩めばいい。

そう思うと身体も軽く感じるような気がした。



約数十分前。

麗は凛の教室の前で待っていた。

「(まだホームルームかな。早く教室を出て良かった)」

少しすると幾つもの椅子を引く音が聞こえ、教室の扉が開く。

クラスの担任の教師が教室から出ていった後、すぐに鞄を持った凛の姿を見つけた。

「凛」

「…姉さん」

麗の姿を見た凛は少し驚いていたが、気づかれないように振る舞う。

「どうしたの?」

「久しぶりに一緒に帰らない?」

凛が驚いたのは突然、自分が教室の前で待っていたからじゃないか。そう不安に思いながら、麗は凛の答えを待つ。

「(姉さん…。私がぎくしゃくしてるから変に思ってるよね。でも、このままだともっと心配かけちゃうし…)」

凛は持っていた鞄をきゅっと握ると苦笑する。

「うん」

二人は廊下を歩いていく。

一階で靴を履き替えて外に出ると、空は曇っていて風が吹いていた。それまで寒いと感じなかったのに、外に出たことによって熱を奪われていくような気がする。

「(普段なら他愛もない話をするけど…)」

麗は横目で隣を歩く凛を見る。凛の表情は何かに悩んでるようにも見えた。

「(ううん、何か話さなきゃ…)」

凛の表情を見て、自分が何とかしないといけないと思った麗は少し考えてから口を開いた。

「り、凛」

「…何?」

凛は顔を上げて麗の顔を見る。

「凛は一人部屋だったよね?」

「うん」

「寮は一人部屋もあるけど二人部屋もあるんだよ」

「そうなの?」

凛は知らないというような顔で驚いていた。それまで悩んでいた顔が消えたのを見て、麗は話を続ける。

「ただ一人部屋よりかなり数が少ないから、入寮希望があっても二人部屋になる確率は低いみたい」

「へえ…。二人部屋があるなら姉さんと一緒が良かったな」

「そうだね。部屋が一緒なら勉強もはかどるかもしれないし、パソコンがあるから色々見れるしね」

「そうかも」

笑って答える凛を見て、麗はほっとする。人間だから何か考えることはあるかもしれない。けど、ここ二、三ヶ月の凛の様子は心配になるくらいだった。

温室が見えて、そのまままっすぐ歩く。

凛もさっきまでの表情と違い、いつも通りに笑っていた。

「…そういえばパソコンで思い出したんだけど、姉さんってゲームやってたよね?メールのやりとりしてた時に書いてあったような…」

「うん、やってたよ」

麗は困ったように笑って答える。あれから続きが出てないし、それより本の続きが気になっていたのだった。

温室が近づいて、遠くに寮が見えてくる。

「確か、タイトルが…」

続きを言おうとしたが、何かに気づいて驚いて言葉を詰まらせる。

それまで笑っていた顔が強張っていく。

「…WONDER WORLD」

凛の言葉に麗は立ち止まり横を向こうとした時、突然、二人の足元から黒い霧が吹き出した。

黒い霧は辺りを覆い、広い範囲に広がっていく。

「(結界?!)」

麗は驚いて後ろを振り返る。校舎を出てから全く人がいなかったわけじゃないが、嫌な気配は感じていなかった。

瞳が深い水色に変わっていく。

「(凛が一緒にいる時に結界が張られるなんて…。力を持ってるのは私一人だし、早く結界から出て帰ろう…)」

麗は能力者が自分だけだから一人で対処しないといけない、結界の外で妹が一人で残されていると思い警戒していた。

その時、後ろで小さな声が聞こえる。

「………嘘」

近くで聞こえた声に麗は耳を疑った。

振り向きたくない。

そう思ったが、聞こえた声に反応して身体は後ろを向いていた。

「……嘘」

麗もまた彼女と同じ言葉を呟いていた。

そこにいたのは凛だった。凛の瞳は鮮やかな青色に変わっている。

「…どうして?」

凛は信じられないものを見るような目で麗を見ている。

結界の中に残れるのは能力者だけ。麗は結界の中に妹がいることに驚きを隠しきれなかった。

それは妹も自分と同じ能力者ということだった。

「…凛も能力者、なの?」

麗の問いかけに凛は小さく頷く。凛もまた姉が結界の中にいることに驚いている様子だった。

その時、二人の頭の中であることが浮かぶ。

「凛が持ってる力って…」

「姉さんの力って…」

二人が声を揃えて呟く。

「ティム」

「レイナ」

麗は凛に対してそうなってほしくないことが起きて驚き、凛は身近にいる姉が能力者であることに驚いていた。

ほんの僅かに見つめあった後、今まで聞けなかったことを質問する。

「どうして…?」

色々言いたいことがあるのに、口にするとそれは単純な一言だった。

「…だって、本の中のことが現実に起こるなんて、話しても信じてもらえるわけないじゃない!」

凛は今まで我慢していたものが切れたように、声を震わせて答えた。

「………」

今にも泣き出しそうな凛の表情を見て、麗は言葉を探した。

自分が覚醒した時も何が起きているか分からなかったし、現実を受け入れなきゃいけないと思っていてもできなかった。自分の周りに誰かいたから戦うことができているのかもしれない。けど、もしかしたら凛は一人だったのかもしれない。誰にも言えずに、ずっと我慢をしてきたのかもしれない。

「凛、結界から出ることが先だけど、私以外にも仲間はいるし今まで話せなかったこと…話そう」

「……うん」

麗は凛の手をとると目を見て話す。凛の瞳が潤み、安心したような顔で答える。

「やっと見つけた」

突然聞こえた声に驚いて後ろを振り向くと、目の前に神崎が立っていた。

神崎も覚醒していた。

「神崎、先生…」

麗は自分達に近づこうとする神崎の姿を見て驚いた。それは、神崎がトウマと梁木に呪印を刻んだ人物であり、鏡の中で神崎の強さを見て、自分一人では勝てないと分かっていたからだった。

麗は横にいる凛の顔を見ると、さっきまでの表情と違って何かに怯えているように青ざめていた。

それを見た麗は嫌な予感がして、咄嗟に凛の前に立つ。

「(凛がどこまで物語を読んでるか分からないけど、私が守らなきゃ!)」

神崎は二人のことなど気にしていない様子で話しかける。

「水沢凛、話がある。ついてこい」

神崎は麗の後ろにいる凛の顔を見ている。

「……お断りします」

凛は神崎を見て苦しそうな顔をしていたが、首を横に振って答える。

「そうか」

神崎は表情を変えずに溜息をつく。

「その様子だと、姉妹で互いが能力者だということを知らなかったようだな」

神崎の言葉に二人は反応して互いの顔を見る。

それを見た神崎がにやりと笑う。

「お前が姉のそばにいるのは自然なことだ」

それまで笑っていた神崎の顔が変わり、冷たい目で凛を見る。

「…しかし、自分の身に何が起きたか忘れていないだろうな?」

神崎の視線と言葉が凛の胸に突き刺さる。

それが何を言っているか気づいた凛は、全身の血の気が引くような感覚が襲い、身体が小刻みに震えはじめる。

「…………あ」

半月経ってもあの時のことははっきり覚えている。

「…凛?どうしたの?」

麗は後ろを振り返り、凛の肩に触れて顔を見る。

凛は冬休みの出来事を思い出して身体が動かなかった。

あの時のことは忘れたい。

姉に知られたくない。

嘘をついて今まで黙っていたことを謝りたい。

頭の中で色々な気持ちがぐるぐる回って吐き気がする。

凛は俯いたまま麗の声を聞こうとしなかったが、何を思ったのか顔を上げることなく麗の横を通りすぎて神崎に近づこうとする。

「凛!待って…!」

麗は通りすぎる凛の手首を掴む。

「!!」

手首を掴まれた凛は驚き、咄嗟に麗の手を振り払ってしまう。

思わず顔を上げた凛の表情に、麗は言葉を失った。

「………ごめんなさい…」

凛は苦しそうな顔でぼろぼろと大粒の涙を流していた。

「…凛!」

それだけ言うと凛は再び俯いて神崎の目の前まで歩いていく。

「素直なのは良いことだ」

神崎は凛を見て滑稽なものを見るような目で笑い、呆然としている麗の方を向く。

「私の邪魔をするものは、誰であろうと容赦はしない」

睨むような目で麗を見ると、踵を返して高等部の校舎に向かって歩いていく。

「……」

凛は振り返らず、神崎の後ろについて歩いていく。

黒い結界が消え、ようやく何が起きたか理解しはじめた時には麗もまた顔を歪めて涙を流していた。

「……………っっ!」

何もできなかった。

物語に関わるようになって、もしかしたら一番恐れていたことかもしれない。

妹と離ればなれになり、戦わなきゃいけなくなるかもしれない。

神崎の口ぶりだと凛に何かあったのは間違いない。

ロティルの力を持っている神崎と、ティムの力を持つ凛。物語で関係することは限られていた。

胸が締めつけられるくらい苦しくて、拭っても拭っても涙は止まらなかった。



その後、凛から連絡がくることはなかった。

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