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再生 50 聖夜の前の悪夢

冬休みに入り、クリスマスや正月を前に気持ちが浮き足だっている人達がいる中、麗は朝からもやもやしていた。

「はあ…」

午前十時。冬休みならゆっくり寝ていられるかもしれないが、今日は少しは違っていた。

「今日は情報処理の追試か…。昨日は何ともなかったような気がしたけど…情報処理の先生は神崎先生か結城先生…」

冬休みの最初の三日間は期末テストの補習と追試が行われる。双子の妹である凛は、昨日今日と補習と追試のために学校に行くことになっている。

「考えすぎかもしれないけど…。私って過保護なのかな?」

神崎も結城も能力者であり、物語に大きく関わっている。妹には物語に関わってほしくないと思っている麗は妹の追試が分かった時から気になっていたのだった。

「最近、何か変なんだよね。…離れてる間に色々あったかもしれないけどさ…」

麗はぶつぶつと呟きながらベッドに横たわる。自分の知らないところで何かあったのかもしれないし、姉妹でも過度な干渉はしていけない。それは麗自身も分かっていた。

「確か佐月さんも追試だったはず…。凛の追試が終わるまで図書室か保健室に行こう。何かあるかもしれない」

考えても何も始まらないと思った麗は起き上がり、学校へ行く準備をし始めた。


麗が寮を出て高等部の校舎に向かって歩いていると、自分を呼ぶ声が聞こえる。

『麗ちゃん』

声に気づいた麗が振り向くと、そこにはカズとフレイがいた。

「カズさん、フレイさん」

目の前に現れた双子に麗は少し驚いたが、すぐに二人に近づく。

「今日は二人だけですか?」

麗は、カズとフレイがいつもトウマと一緒にいると思っていた。カズとフレイは笑って答える。

「そ、今日は俺達だけ」

「いつも一緒にいるわけじゃないよ」

「そうですよねー」

麗も自分の言葉に気づいて笑う。

「冬休みなのに高等部に用事ですか?」

トウマは自分にはさんをつけることも敬語も使わなくてもいいと言われていたが、カズとフレイには敬語を使っていた。

麗の質問に双子がそれぞれ答える。

「大学部も冬休みだけど、今日は高等部の図書室に用があってね」

「先週、物語の続きが書かれたってトウマ様から聞いたんだ」

それを聞いて、麗はほっとしたような表情で二人を見た。

「私、先週、図書室に行きました。第四章まで書かれていましたよ。もし、その続きがあるなら気になるので、良かったら一緒に行きませんか?」

図書室に行って敵に襲われた場合、一人より多い方がいい。そう思った麗は二人に聞いた。

双子は顔を見合わせて何かを考える。

「(力を使った時は、去年、滝河君がプールにいた時と麗ちゃんが操られた時…)」

「(麗ちゃんはそれを知らないから都合がいいね)」

二人は頷くと、麗の顔を見て笑う。

「いいよ」

「僕達は二階の来客用の入口に行くから、そこで待ってて」

「はい」

麗も頷いて答えると、真っ直ぐ歩いて校舎に向かって歩いていく。


三人は図書室に向かい、物語の続きを読んでいた。麗はすでに第四章を読んでいたが、少しでも何かないか見直していた。

「次は地の精霊ノームか」

本を持っていたカズがぼそっと呟く。カズの隣で本を覗きこんでいたフレイがカズの顔を見る。

「兄さん、大野ちゃんのことを考えた?」

「ああ。けど、特に変わったことはないって言っていたような気がするんだが…」

「また会った時に聞いてみようよ」

二人の会話を聞いていた麗は、口に出さなくても考えてることが分かったり言葉を省いても伝わるんだなと思った。

「あ、ごめんね。二人だけで話しちゃって」

麗が自分達を見ていることに気づいたフレイは、麗が何か話したいと思ったのか麗の顔を見て謝る。

「いえ」

口にしなくても何となく伝わる感じは自分も凛と話している時がそうだから。そう思っていた。

「(…カズさんとフレイさんといるってあんまりないかも)」

麗はふと、二人の顔を見て考える。トウマとバンドを組んでいて、よくトウマといることは知っていても、あまり話をしたことがなかった。

「カズさんとフレイさんもトウマと同じ頃に覚醒したんですか?」

麗の視線に気づいた二人はそれぞれ思ったことを答える。

「多分、トウマ様が覚醒したすぐ後かな」

「覚醒した時は勝手に身体が動くし変な力に驚いたよ。その後、トウマ様が自分達も能力者じゃないかって聞いてきて…今、思うと、突然聞いてきたんだなって思ったよ」

二人が少し上を向いて苦笑するのは、トウマと出会った時を思い出しているのかもしれない。

「それからトウマ様って呼び始めて」

「物語を読んでいくうちに、自分達は物語に関係してるんじゃないか、物語の過去に出てきたスーマ様の城にいた双子って僕達のことじゃないかって思ったんだ 」

「…そうだったんですね」

自分が物語に関わるようになって、今までは現実と向き合うことだけを考えていた。しかし、物語が進み、周りに能力者が増えて少しずつ周りを見ることができるようになってきた。

「君の話はトウマ様から聞いてる」

「トウマ様は君のこともすごく気にかけてるよ」

「……」

トウマが二人に対して自分の話をしているんじゃないかと予想がついていた。隠すことはないし、いつかは知ることだと思っていた。

トウマは自分が覚醒して間もない頃からよく話を聞いてくれた。

『大丈夫』

その時を思い出していた麗は二人の声にはっとする。

「俺達もいる」

「僕達もいるよ」

二人は優しく笑う。

それは、麗にとって心強い言葉だった。

「ありがとうございます」

カズは開いたままの本を閉じると、本棚に戻した。

「物語の続きはないみたいだし、俺達は帰るか」

それを聞いて麗は壁にかけられている時計を見る。もうすぐ十一時だ。

「私も図書室を出ます。…そろそろ追試が終わると思うし」

「追試?」

追試という言葉を聞いてカズは麗の顔を見る。

「あ、私じゃなくて妹が追試なんです」

「ああ、佐月ちゃんも追試って言っていたような気がする」

フレイも何かを思い出した様子だった。

麗が入口に向かって歩き出そうとした時、二人は何かに気づく。

『待って』

麗は立ち止まり、後ろを振り返る。

「結界が張られている」

二人の瞳は金色に変わっていた。

二人の瞳の色に気づいて麗は辺りを見る。気づかなかったが、いつの間にか図書室は黒いもやみたいなので覆われていた。

「…本当だ」

麗の瞳も深い水色に変わっていた。

麗はあることに気づいて二人を見る。

「そういえば、カズさんとフレイさんの覚醒したとこって初めて見たかも」

今まで物語に関わり、色々な人の瞳の色が変わるのを見ていたが、二人が覚醒したところを見たのは初めてだった。

「俺達は初めてじゃないけどな」

「??」

カズの言葉に麗は疑問に思ったが、フレイはカズの肩を軽く叩く。

「そ、それより敵がいるかもしれない。警戒しよう」

「はい」

フレイの言葉に麗は意識を集中させた。

二人は顔を見合わせる。

本棚の間を抜けて、入口の扉を開けようとした。

「開かない」

カズが力を加えても扉はびくともしない。

「本を読み終わった時には結界は張られていなかったから、兄さんが本を戻して入口に向かって歩こうとした時、結界が張られたんだと思う」

麗は二人に声をかけられて、ようやく結界が張られていることに気づいたが、二人はそれより前に気づいていた様子だった。

「(二人は結界が張られていることに気づいてた。覚醒したのも初めて見たし、どんな戦いかたなんだろう?)」

麗は二人に興味を持っていた。

入口の前で話していても何も起こらないが、結界の中にいられるのは能力者だけ。周りに何かいる気配はなかったが、三人は警戒していた。

「時計の針が止まってる」

フレイは受付に置かれている時計を見て、時計の針が止まっていることに気づく。

「このまま結界が消えるのを待つか、結界を壊すのが先か…」

「この気配、前にも感じたことがある」

二人が何かに気づいて麗の顔を見る。

それは、約一年前に感じたことだった。

『舞冬祭』

「……えっ?」

二人が同時に口にした言葉に麗はその言葉に反応する。

その時、どこからか指を鳴らすような音が聞こえた。麗の真下に黒い魔法陣が浮かび上がると、そこから魔法で作り出された黒い鎖が現れて麗を縛りつける。

『麗ちゃん!?』

鎖で縛られ身動きがとれない麗は、そのまま床に座りこんでしまう。黒い鎖から霧が噴き出して、黒い球体が麗を包みこむ。

「カズさん!フレイさん!」

麗は大きな声を出す。しかし、声は反響して二人には聞こえていないようだった。

二人は驚いたような困った顔で首をかしげて互いを見る。

「私の声、聞こえてますか?!」

麗はさっきより少し大きな声を出した。しかし、声は反響するだけで二人の表情は変わらなかった。

「どうしよう…。これを消す方法があるのかな?」

声が届かないと知った麗は心配そうな目で二人を見つめる。

動きで伝えようと思っていても、鎖で縛られていて手や身体を動かすことができなかった。

「麗ちゃん」

何か対策がないか考えていると、カズがその場に膝をついて麗と目線を合わせる。

「俺の声は聞こえてる?」

はっきり聞こえてる。そう言うように麗は頷いた。

「何か起こる前に消したほうがいいね」

フレイも同じようにその場に膝をついて、カズの顔を見た。

「俺達にしか使えない魔法もあるんだ」

「血が繋がってるからこそ、かな」

二人は片手で黒い球体に触れると、呪文を唱える。

『無の統制、果てない構築、双番の支配を廻れ…ヴォッソゾーン!』

呪文を唱えると、二人の手から格子状の直方体が振動のように広がり、麗を包む黒い球体と図書室を覆う結界に亀裂が走る。

「……えっ?」

麗はその様子に驚いて辺りを見回す。攻撃魔法でも浄化魔法でもない力に麗は驚いていた。

やがて、黒い球体と結界が消えていくと、三人の瞳の色は元に戻ってい

く。

「今のは一体何だったんですか?」

覚醒して一年以上経つけど、物語にも書かれていないし自分の知らない魔法だった。

「あ…」

身体を縛る黒い鎖も消えて麗が立とうとした時、カズとフレイはそれぞれ麗の手を取って立たせる。

「ありがとうございます」

麗は少しだけ恥ずかしくなり頬が赤くなる。

「無効化魔法かな」

「無効化…?」

「そう。全てを無しにする魔法。…と言っても限界はあると思うんだけどね」

初めて見た魔法に麗はただ驚くばかりだった。

「息がぴったり合わないと発動しないけどね」

「実際にトウマ様と滝河君が試してみても発動しなかった」

麗は考えた。確かにこの魔法を使えれば今後の役に立つかもしれない。しかし、先にトウマと滝河が行って発動しなかったら、自分がその魔法を使うことができないかもしれない。

「結界や麗ちゃんを包んでいた黒い球体…さっき読んだルトの力に似てない?」

フレイの言葉にカズと麗は考える。

「確かに操られたレイナがカリルに対して使ってたな」

「じゃあ、図書室に結界を張ったのは…」

三人の頭の中で一人の人物が頭をよぎる。

ルトの能力を持っているのは高屋だった。

カズとフレイは視線を交わしてから麗を見る。

「心配だね。麗ちゃん、妹のところに行くなら僕達が送っていくよ」

「そうだな。図書室で分かれて狙われるかもしれない」

「あ、でも……」

一人になって凛を迎えに行ってもその間に敵に襲われるかもしれない。

けれど、そこまでしてもらうのは申し訳ないと思っていた。

「あっ…」

その時、スカートのポケットが震え、麗は無意識にポケットに手を入れる。

「どうしたの?」

「すみません、失礼します」

麗は一言断って、ポケットから出した携帯電話を触る。

「えっ?」

「何かあった?」

「凛が…妹が用事ができたから帰るのが遅くなるって。何かあったのかな?」

『用事?』

二人は携帯電話の画面を見ないようにして麗の顔を覗きこむ。

「はい。あんまり干渉しちゃいけないのは分かってるんですけど、心配で…」

麗は携帯電話をポケットにしまうと、何かあるんじゃないかと考える。

「どうする?」

「このまま図書室で待ってる?」

二人の問いかけに麗は悩む。図書室で待ってると連絡して待つことは可能だが、図書室が何時まで開いているか分からなかった。それに、カズとフレイの二人まで待っててもらうのはやはり申し訳ないと思った。

「私、寮に帰ります。帰ったら妹には連絡します」

「分かった」

「じゃあ、寮まで送っていくよ」

恐らく、自分がどの返事をしても二人は送っていくと言うかもしれない。そう思った麗は何も言わずに頷いた。



遡ること数十分前。

追試を終えた凛は四階の廊下を歩いていた。

「先生から急に資料室に資料を置いてきてほしいって頼まれたのはいいけど、…姉さん、待ってたのかな?」

凛は追試が決まった時、麗から寄り道しないようにと言われていた。それに、朝、麗から追試が終わったら教えてほしいと連絡があったのだった。

「ま、寮に帰ったら聞いてみよう」

凛は深く考えずに階段を下りていく。

「…そういえば、まだ図書室開いてるよね」

階段を下りていく途中、凛は本のことを考えて足を止める。

「行ってみよう」

三階に下りた凛は、左を向いて図書室の扉を開く。

扉を開けると、人はほとんどいなかった。

「十二時まで開いてて良かった」

凛は奥へと進み、本のある本棚へ進んでいく。突き当たりを左に曲がり、本のある場所で立ち止まって見上げると、あるものに気づく。

「WONDER WORLDがもう一冊ある?!」

それまで一冊しか無かった本が今は色違いで二冊並んでいた。

深い緑色の表紙に金色の文字の本、その隣にある赤色の表紙に金色の文字の本は少し色あせているように見えた。

「似た感じだから続きなのかな?」

凛は持っていた鞄を足元に置くと、背伸びをして赤い本を手に取る。

本の表紙をめくると、題名が書かれていて、また一枚めくると見たことのある名前がいくつか書かれていた。

「レイナ、カリル、スーマ、マリス、ティム…これって物語の人物…」

凛は一つの場所に目がいく。

「レイナとティム…。二人はどうなるんだろう?」

ページをめくって物語を読んでいく。少しするとあることに気づいた。

「これ、続きじゃなくて過去の話だ…」

凛は驚いたが、すぐに物語を読むことに集中した。

「レイナとティムは元は一緒に暮らしてたんだ」

レイナとティムは小さな村で父親と三人で暮らしていた。ある日、突然、村が火事になり二人は離ればなれになってしまう。

「……火事の中、父親は魔法を使ってレイナをどこかへ移動したみたいだけど、その間、ティムはどうしてたんだろう…?」

自分達が住んでいた町が火事になったことはないし、仕事で遠いところにいると聞いているだけで両親がいないという話は聞いたことがない。

本の中の出来事なのに、まるで自分が感じたことのように思えてくる。

今でも本の中の登場人物のように見たことのない獣に襲われたり、不思議な力が備わっているなんて信じられない。けど、それは夢ではなく現実で、もしかしたら自分はティムという人物の力があるんじゃないかと思えるようになってきた。

それは、最初に獣に襲われそうになった時に助けてくれた結城や、本を読むようになり自分が一人ではないと話してくれた神崎の話を聞いてそう感じた。

「でも、魔法なんて本当に使えるのかな…?」

凛は覚醒してから弓矢を使って戦うことはあっても、魔法を使ったことは無かった。

レイナの過去を知った凛は、ぱらぱらとページをめくっていく。

「ティム…」

物語を読み始めて、すぐに凛は驚いた。

「………嘘」

気づいたらそう呟いていた。

「レイナとティムの村を火事にしたのはラグマ様とマリスで、ティムはそれを知らずに…。それに、ティムに魔法を使ったレイナって物語で食い違ってたとこ…これって、もしかして…」

凛はある一つのことを推測する。

「誰かがレイナの姿に変身して、二人を引き離した……?」

そう思うと、今までのレイナとティムの関係がうまく当てはまるような気がした。

「城で再会したレイナとティムの過去が食い違ってたのは、レイナに変身した誰かがいて、ティムはそれをレイナだと思い込んだまま城に連れられたんだ」

城に連れられたティムは、アルナやセルナと出会い、自分の起きたことや城の決まりについて知っていく。

村は焼けてしまい、レイナの消息も分からないままロティルの提案したテストを受けることになる。ティムは獣に命令するという形で動かなくした後、獣王という称号を得る。

それまでぼそぼそと呟きながら読んでいた凛は、物語の結末を知り、全身の血の気が引いていくような気分になった。

「えっ…………」

本を持つ手が震えてる。

自分がティムの力を持っていたら。

ロティルの力を持っている人物は。

凛は震える手で本を閉じて、本棚に本を戻す。

「帰らなきゃ…!」

身の危険を感じる。

足元に置いた鞄を手にして早く図書室を出ようとした。

その時、近くで声が聞こえる。

「どこに行くつもりかな?」

その声に驚いて振り向くと、そこには神崎が立っていた。

「神崎先生…」

自分が本を読み始めるまで近くには誰もいなかった。誰かがいたことさえ気づかないくらい物語を読むのに集中していたのだろうか。

そんなことを考えていたが、神崎の不敵な笑みに凛は背筋が凍るような気分だった。

「物語の過去を知ってしまったようだな」

神崎の口調が変わり、瞳が赤に変わっていた。それを見た凛の瞳の色も鮮やかな青に変わっていく。

怖くなった凛は、遠回りでもいいから後ろを向いて逃げようとした。

しかし、それより先に神崎は凛の右手首を掴む。

「!!」

「私の顔を見て逃げるということはそういうことか」

「離してください!!」

凛は神崎の手を振り払おうとした。しかし、目の前の出来事に驚いて言葉を失う。

「え…」

今まで図書室にいたはずだった。

けど、今、目の前に見えるのは図書室ではなかった。

「生徒会室…」

「そう、生徒会室だ」

三階にある図書室から五階の生徒会室に移動したことに驚いたが、神崎も能力者であり、前に瞬間的に移動できる魔法があると結城から聞いたことがあったため、凛は神崎が魔法を使って生徒会室に移動したんだと思った。

一瞬、判断が遅くなったが凛は神崎から逃げようと入口に向かって走ろうとする。

「この場所で私から逃げようと思うな」

神崎は掴んでいた凛の手首を離し、そのまま肩を押した。咄嗟のことに驚いた凛はそのまま後ろにある円形の机にぶつかってしまう。

「……っ!!」

神崎は押しつけるように凛の身体を倒し、左手で凛の両手首を掴んで机に押しつける。

「離してっ…!!」

怖くなった凛は神崎の手を振りほどいて起き上がろうとしたが、神崎の力は強く、全く動かすことができなかった。

「嫌……」

さっき読んだ物語のことを考える。

嫌だ。

ただ、怖くて早く逃げ出したい。

「動けない相手を見るのは楽しいものだ」

神崎は目の前で必死に抵抗する凛の顔を見て笑う。

神崎の右手が凛の制服の上着に触れる。そのまま器用に上着のボタンを外していく。

「や、やめてください!!」

神崎の赤い瞳が怖くて凛は目をつぶってしまう。

それでも凛は必死に身体を動かして抵抗しようとするが、全く動くことができなかった。

「お前は私達の鍵になるかもしれない。そのためにまずは言うことを聞いてもらおうか」

身体の震えは止まらず、抵抗もできない。今まで感じたことのない恐怖が押し寄せる。

涙が止まらなかった。

「嫌…、……けて、助けて……、結城先生ーーー!!!」

神崎が凛の足に触れようとした瞬間、凛は力いっぱい叫んだ。

自分が図書室で見たことのない獣に襲われた時、助けてくれたのは結城だった。

誰かが声に気づいてくれるかもしれない。助けてほしい。

凛は涙を流しながら目を開けた。涙ではっきり見えなかったが、それまで笑っていた神崎の表情が変わり、どこか気に入らないような不快な顔をしていた。

「………」

神崎の言葉が耳に入らない。

突然、めまいに襲われたように視界が歪んだ。



「……………えっ?」

凛は両目をこすって涙を拭う。

そこは見慣れた場所だった。

それを手で触って、起き上がって分かる。

「……ここ、あたしの部屋……?」

凛は自分の部屋のベッドに横たわっていた。

「魔法…?え、夢……?」

凛は下を向くと、夢ではないと理解する。

凛が着ている制服のボタンは取れたままだった。

「夢、じゃない……」

全身の血の気が引いていく。

心臓の音が聞こえるようだった。

無理矢理押し倒されて触られたことに嫌悪と恐怖しかなかった。

「あたし……襲われた……」

自分の身に起きたことを思いだし、全身が震えて再び涙がぼろぼろとこぼれる。

怖かった。

夢だと思いたかった。けど、自分じゃない手の感触と神崎の声が現実なんだと思い知らされる。

「うっ………っっ……」

自分は襲われたんだと思いんだ凛は涙を流しながら両膝を抱えこむように座る。

「(本当にティムみたいになっちゃうのかな…)」

神崎から逃げたい。しかし、神崎は情報処理の教師であり授業がある時は逃げることはできない。

それに、これからも敵に襲われるかもしれない。

「(レイナとティムは火事で離ればなれになって……もしかしたら、また姉さんと離ればなれになっちゃうのかな…)」

物語では火事で離ればなれになり、再会したと思っていたら戦っていた。

「(せっかく透遥学園に編入して一緒になれたのに………離れたくないよ… )」

考えれば考えるほど悪いほうに考えてしまう。

何も考えたくない。

「(結城先生…先生はどう思うんだろう…)」

結城も神崎と同じように生徒会の顧問のような立場だった。

最初に自分のことを助けてくれたのは結城だった。けど、結城に話そうと思っていても、神崎がいる可能性が高い。

誰かに話したくても、きっと信じてもらえない。

その時、実月の言葉を思い出す。


「何かあったら保健室に来いよ」


実月は何度か凛のことを気にかけてくれていた。

「実月先生…」

色々なことが頭を回ってもやもやする。

「怖いよ…」

まぶたが赤く腫れるまで泣き続けて、気づいたら横になって眠りについていた。


夢なら早く覚めて欲しい。


早く。

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