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再生 48 鮮やかな青

神崎は何か聞き取れない音を呟き、水晶の壁一面に黒い魔法陣が浮かび上がると、人のように二本足で立つ獣の群れが現れた。

神崎はどこかへ消えていってしまい、麗達四人は動かない梁木を囲うと、ゆっくりと迫り来る獣の群れを前にそれぞれ構える。



一歩一歩、確実にゆっくり歩いてくる獣の群れを前にして、トウマは考える。

「(デビルデーモンやダークデーモンとは違う感じだが…。身体の痛みも少しだけ治まってる。早いうちに倒すか…)」

トウマは自分が先に攻撃を仕掛けようとした。しかし、それより先に獣の群れに向かって走り出したのは中西だった。

それに気づいたトウマは中西を止めようとしたが、厳しい目つきの表情に一瞬だけ躊躇ってしまう。

「くっ…」

気がつけば獣の群れは中西に向かって牙をむいて、叩き落とすように腕を振り上げていた。

トウマは滝河の顔を見ると、視線を合わせて頷く。

「純哉、中西先生を援護しろ!」

「分かった!」

いつの間にか剣を構えていた滝河はトウマの合図で走り出し、槍を構えている中西の後に続く。

トウマは後ろを振り返る。梁木はぴくりとも動いていない。

「レイ、俺と一緒にショウを守るぞ」

「うん」

麗は頷くと、虚空から現れた剣を握り構える。

トウマは梁木を守りきれない時を考え、小さく呪文を唱える。

「ウインドウォール」

トウマが右手を上げると、どこからか風が集まり、梁木の周りを囲うと壁のように覆っていく。

「(鏡の中は水の力が強いはず。…詠唱無しでも火の魔法は使えるが、力を温存するか強力魔法で一掃するか…)」

トウマは現状を考えて意識を集中させると、両手が淡く光り、二本の短剣が現れる。それを構えると、襲いかかる獣の攻撃を避けて切りかかる。

切られた獣は苦しむように声をあげたが、傷口はゆっくりと塞がり元に戻っていく。

「傷口が塞がった?!」

切られた場所から血が流れることもなく、傷口が塞がるのを見てトウマは目を疑った。

今までに攻撃して、自然に傷が塞がる敵に遭遇したことがなく、トウマは少し戸惑ったが、獣と距離をおくと握っていた短剣は消え、片膝を立てて地面に手をつく。

トウマの右手は赤く光っていた。

「天と地を交わりし漆黒の闇、炎を司る紅。汝に命令する、汝の陣を汚すもの全てを焼き尽くせ…!」

トウマが呪文を唱えていると、地面から幾つもの炎の球が浮かび上がり、それぞれ線のように繋がっていくと大きな魔法陣が描かれていく。

トウマの首筋に浮かぶ黒い呪印が再び濃くなっていた。

トウマが呪文を唱えていると、背後から獣が近づき襲いかかる。トウマが気づいて避けようとしたが、獣の後ろから麗が切りかかった。獣はよろめいて倒れて消えてしまう。

トウマは麗を見て頷くと、前を見て言葉を発動させる。

「サラマンドラーーッ!」

魔法陣が強く光ると、魔法陣から炎の渦が吹き出た。炎の渦は魔法陣の中にいる獣の群れを包むと激しく燃え上がる。

炎が消えると獣の群れは全て消えていた。

「……っ!」

トウマは身体中を突き刺すような痛みに表情を歪め、立ち上がることができなかった。

「トウマ!大丈夫??」

片膝を立てたまま動かないトウマを見て、麗は側に駆け寄る。麗がトウマの肩に触れる前にトウマは立ち上がった。

「…大丈夫だ。身体は痛むが力は増幅している。それと、敵は攻撃しても治癒能力があるかもしれない。強力な魔法か、一体ずつ確実に倒していくしかないな」

後ろを向くと梁木を囲う風の壁がさらに厚くなっているように見える。

「!!」

何かに気づいたトウマは意識を集中させ、虚空から現れた短剣を握ると麗の後ろに向かって投げつける。短剣は麗の真横を通り抜け、麗の背後にいた獣の首に突き刺さる。

獣は動かなくなり、そのまま消えてしまった。

「油断できねえな」

トウマの目つきが変わる。

いつの間にか、トウマと麗、滝河と中西と分かれるように獣の群れは周りを囲んでいた。

中西はトウマの方を見て改めて考える。

「(…やはり、相良の力は凄い)」

トウマの戦い方を何度も見ているわけではないが、怯まずに立ち向かう強い精神力にただ驚いていた。

考えながらも、襲いかかる獣に槍で攻撃を受け止める。槍を凪ぎ払うと風が吹き荒れ、獣の群れを吹き飛ばしていく。

中西は物語を読んで、ティアはもちろん、大切な人の悲しむ顔を見たくないと思っていた。物語の中でブロウアイズがマリスによって右目を刺され、そこから水の精霊が現れた。

その後、ブロウアイズはどこかに消えてしまい消息が分からなくなってしまう。

変えられるなら変えたい。

「師匠」

中西は獣の攻撃を避けた時に、ちらりと水晶の中にいる男性を見る。

「先生!!」

その時、後ろから滝河の声が聞こえる。

中西が声に気づいて前を向くと、一匹の獣が中西の腰を目掛けて叩きつけるように両手を振り払っていた。

中西は激しい勢いで飛ばされ、水晶の壁にぶつかる。

「先生!」

滝河は倒れたまま動かない中西の元に近づく。

しばらくして中西の身体が僅かに動き、立ち上がるとズボンのポケットに手を入れる。

「…大丈夫だ」

「先生、鏡の中に来たときから身体が軽いというか力が入れやすいと思いませんか?」

滝河の言葉に中西の手が止まる。

「…そういえば、前に鏡の中に来た時より身体が動く」

右手を握ったり離したりしながら改めて考えると、身体が軽く動かしやすい感覚だった。

獣の群れは滝河と中西に向かって歩いている。

「後、さっきから敵に攻撃しても傷が塞がってしまいます」

「一匹ずつ確実に倒していくしかないな」

二人は顔を見合わせて頷く。

中西はズボンのポケットから一枚のカードを取り出すと、指を鳴らした。

「孤独な蛇が潜むのは三ツ又の鉄鎖…スネークチェーン!!」

中西が叫ぶとカードが光り、カードから三本の鎖が飛び出し蛇のように動きだした。鎖は目にも留まらない速さで一本ずつ獣を締め上げて動きを封じる。

中西は再びズボンのポケットに手を入れてカードを取り出した。

「降り注ぐ氷の刃、光り輝く疾風よ幾重に轟け…フリーズブラスト!」

中西の持っているカードが光り、カードから大きな無数の氷の刃が現れる。鎖によって動けない獣の群れに向かって加速し、氷の刃が光ると、霧のようなものが吹き出す。霧の中から氷が砕ける音が響き渡る。

霧が消えていくと、獣の群れは動かなくなっていた。

その間に走り出していた滝河は剣を構え、動かなくなっていた獣の群れを切っていく。

「(もっと強くなりたい!)」

滝河は仲間を守りたいという気持ちが強くなっていた。

「(物語の通りになってほしくない!)」

獣の群れが消えていくのを見ると、中西と一緒にトウマ達の元に駆け寄る。

その時、滝河の中で何故か凛の笑顔が頭をよぎる。

「(どうして、あいつの顔がよぎるんだ?!)」

胸をチクリと指すような痛みを感じ、胸を押さえて考えようとしたが意識を戻した。

「二人とも、大丈夫か?」

中西のすぐ後に滝河もトウマと麗の様子を見る。二人は自分と同じように疲れている様子だった。

「思ったより…力を使いますね」

トウマは痛みに堪えながら呼吸を整える。中西が最後に見た時より呪印がはっきり浮かんでいた。

「攻撃しても回復するから身体がきついよ…」

麗も大きく息を吐いた。

「何か手立てがあれば良いんだが…」

中西は全体に攻撃できて、一撃で倒せる方法はないか考える。

その時、獣の群れはいっせいに吠えると麗達に向かって襲いかかる。

『!!!』

麗達はそれぞれ構えたが、それより先に中西はポケットからカードを取り出す。

カードには、ピエロが背中合わせになり両手を胸の前で交差させて剣を握っている絵が描かれていた。

ドクンと、胸が脈打つ。

「レイ!!」

その瞬間、中西と麗の真下が赤く光り、二人の目つきが変わる。

二人は顔を見合わせて頷くと、麗は右手で剣を握り獣の群れに向かって走り出した。中西の身体が赤い光に包まれると、中西の身体は紅蓮に光る剣に変わる。

『!!!』

それを見たトウマと滝河は驚きをあらわにした。前に中西と会った時、自分の身体が剣に変わることはなかったと話していた。それが、今、目の前で起きている。

紅蓮に光る剣は宙に浮いたまま、麗の手元に引き寄せられるように動く。

麗はそれを左手で握ると、風のように走り、獣の群れを次々に振りかざす。

跳躍して獣の群れの中心に着地した瞬間、紅蓮に光る剣は元の姿に戻り、獣の群れは真っ二つに切り裂かれる。風と炎に包まれると塵になって消えていってしまう。

「葵」

「レイ…」

二人は顔を見合わせて驚いていた。無意識とはいえ気づいたら身体が勝手に動いていた。

「私は…剣になったのか?」

中西は麗に問いかける。中西自身も自分が剣に変わったと思っていなかった。

「うん…。葵が私の名前を呼んで、真下が赤く光ったと思ったら…気づいたら身体が勝手に動いてて…」

「ティアと同じで私も剣に姿を変えられるんだな」

中西の思いは複雑で、信じられないことだったが、気づいたら獣の群れが消えていたのが事実だった。

「レイ、先生」

二人が驚きつつ辺りを見回していると、トウマと滝河が近づいてくる。

「すごいな。彰羅と手合わせをした時より動きが早いし、威力も増しているように見えた」

「先生も…ティアと同じで剣に姿を変えられるんですね」

麗に対して驚きや関心という気持ちがあったが、中西に対しては物語と同じように剣に姿を変えられることをどう伝えていいか複雑な気分だった。

「敵はいなくなったが…」

トウマは辺りを見回す。獣の群れはいなくなったが、覚醒したままだった。

「水晶はこのままなんだろうか…」

「それと、師匠だな」

中西と滝河も何も起きていない現状に警戒している。

「私達がまだ覚醒したままなら、何か手があるんじゃないかな」

「静かになったか」

麗が大きな水晶を見上げた時、水晶から声が聞こえた。三人も水晶を見上げると、青い水晶がすっと消え始め、中にいた髪の長い男性が地面に降りる。

『師匠!』

滝河と中西が同時に男性を呼び、男性に近づこうとした時、目を閉じていた男性がゆっくり目を開く。

男性の瞳は深い青色で、右目には白い魔法陣が描かれていた。

『!!』

その時、トウマ、滝河、中西の頭に一つの言葉が浮かび上がる。それが何か気づいて口にしようとしたが、それより先に男性が口を開く。

「天上の輝き…鏡月の涙」

その瞬間、男性の身体が青く光り、霧のような蒸気が吹き出すと人の形に変わっていく。

水のように透き通る身体に揺れる髪と尖った耳。氷のような法衣を纏っている。

それはうっすらと瞳を開いた。

「我ハ水ノ精霊ディーネ。天上ノ輝キヲ身ニ纏イ、永久ノ瞬キヲ抱ク者ナリ」

それを見た四人は言葉を失い驚いた。

「水の精霊ディーネ…」

「師匠の身体の中にいたのか…?」

「どうして…?」

四人の驚きの中に疑問や不安、焦りが混じっていた。

そんな四人の気持ちを知らずに男性は淡々と話しだす。

「鏡を割ったのも、この周りの水晶も、あの男から守るためにディーネがやったことだ」

「あの男…」

「神崎か…!」

トウマは神崎のことを思いだし、再び怒りが込み上げる。

戦いが終わって、水の精霊が現れても梁木は動かなかった。

「じゃあ…師匠の身体の中に精霊がいたのか?」

中西の疑問に男性が中西の顔を見て答える。

「身体と言うより右目だな」

男性の右目は魔法陣が描かれていたままだった。

「お前達も言葉が浮かび上がったが、遅かったな」

男性はトウマ、中西、滝河の顔を見てにやりと笑う。

滝河と中西は師と仰ぐ者に対して、悔しい気持ちをぐっと堪えるだけだったが、トウマは悔しさより焦りや苛立ちに近い気分だった。

男性は睨むように中西を見る。

「葵はシルフの力があるとして…」

次に滝河の顔を見ると、突然、四人の目の前から男性の姿が消えた。次の瞬間、滝河の目の前に男性が姿を現われ、滝河の右手首を掴んで軽々とひねり倒してしまう。

「っ!!」

一瞬の出来事に滝河は驚いたが、気づいたら背中を打ちつけられていた。

男性は仰向けで倒れている滝河を見下す。

「鏡牙も満足に使いこなせていない、私が教えたことの半分もできていない。これからどうなるかはお前自身だが…」

男性は呆れた顔で滝河を見ていた。

「優しい師から情けをかけてやろう」

何かを企むように笑うと、男性は後ろを振り返る。

「ディーネ」

それまで何も動かず佇んでいたディーネは男性に呼ばれると優しい目で男性を見る。

「…汝、選定者ナリ」

そう呟くと、ディーネは宙に浮いたまま滝河の周りをくるりと回る。水のようなものが滝河を包んで消えると、滝河の右目だけ深い青に変わっていた。

「…力が溢れてくるみたいだ」

滝河は天井の水晶に映る自分の顔を見て驚き、立ち上がった時に身体が軽く感じたことにも驚いていた。

ディーネが男性に近づくと左腕を上げる。すると、周りの水晶が水のように揺れ始め、ディーネの左手に吸い込まれていく。

水晶で囲まれていた空間が元に戻っていく。

「純哉、強くなれ」

男性はさっきまでの表情とは違い、厳しい顔で滝河を見つめる。

「…はい!」

滝河は姿勢を正すと真っ直ぐな目で男性を見る。

幾つもの大きな渦が麗達を包む。

視界が遮られていく中、滝河と中西は僅かに男性の姿を見つける。

男性は笑っていた。


麗達が目を開けると、目の前には校舎の壁があった。

「…ここ、学校?」

「戻ってきたのか」

中西と滝河はあることに気づいて驚く。

そこに鏡はなかった。

「鏡が無くなってる?」

「サラマンドラの時みたいだな」

合唱会の前、火の精霊サラマンドラと対峙した麗達は、隊長と呼ばれる男性とサラマンドラが一緒に消えてしまうのを見ていた。

「師匠もどこかに消えてしまったのか…?」

「分からねえな。サラマンドラは召喚できたが、あの男はあれから見ていない」

瞳の色は元に戻り、四人が男性とディーネについて考えていると、背後から気配を感じる。

最初に気づいたのは麗だった。

「ショウ!」

それまで座り込んだまま動かなかった梁木が、俯いたままゆっくりと立ち上がっていた。

麗は安心した表情で梁木の身体に触れようとする。しかし、梁木は麗の手を避けて麗達に背を向ける。

「…一人にしてください」

振り絞った声は震え、無気力な状態でよろよろと歩いていく。

まるで全てを拒絶するようだった。

その背中はあまりに悲しく、麗達はただ見ることしかできなかった。



神崎は生徒会準備室に戻り、ロッカーからシャツを取り出すと着ているシャツを脱ぐ。

「傷は治したが職員室に行く前に着替えておくか…」

新しいシャツに袖を通してボタンをかけていく。

「(私の気配に気づいたあの生徒…やはりカリルの能力を持っていたか。…氷竜と水の精霊を消すことはできなかったが、呪印を刻みつけたのは大きい)」

脱いだシャツを簡単に畳むと、机の上にあった書類と一緒に持つ。

「(残る精霊は光。私の願いのために、そろそろ動かすか…)」

電気を消して準備室を出ると、ポケットから鍵を取り出して鍵をかける。

「(呪いは消させない…!)」

神崎は楽しそうに笑っていた。

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