再生 44 戻れない歯車
「……えっ?」
凛は目の前で起きたことに目を疑う。
落ちた本を拾い、急いで図書室を出ようと本棚から離れると、テーブルの上に座る大きな獣の群れがいた。
「…夢、じゃないよね?」
凛は両目をこすってもう一度目を開ける。
目の前のテーブルの上には、黒い体に尖った牙と耳、こめかみには太い角が生えた獣が群れをなしていた。
「…こんなの映画とかで見たことある。…よく分からないけど、図書室から出なきゃ!」
凛は咄嗟に、恐怖と逃げなきゃいけないという意識が働いた。
獣の群れに見つからないように入り口に向かって歩こうとしたが、後ろを振り向こうとした時、足を滑らせてその場に転んでしまう。
「っ!!」
「!!」
その音に気づいた獣の群れは、大きな音を立てて凛に向かって走りだした。
「!!」
驚いて急いで起き上がると、こちらに向かって走る獣の群れから離れるように本棚の奥に回って走った。
「(何、これ……?)」
振り返りながら考える。
どうして目の前に見たことのない怪物が現れたか、どうして自分に向かって走ってくるのか分からなかった。
獣の群れは吠えて威嚇したり、机や本棚を薙ぎ倒して凛の進む道を阻んでいるようだった。
「(怖い…!)」
凛は理由も分からず、ただ獣の群れから逃げようと必死に走り回っていた。
「(さっきまで誰かいたはずなのに、誰もいない…?)」
凛が図書室に入った時は何人かの生徒を見たような気がするが、気がつくと誰もいなかった。
獣の群れから逃げ回り、ようやく入口が見えてくる。
「入口が!」
凛は入口の扉を見て安心したが、横から一匹の獣が襲いかかっていた。
「…っ!?」
凛は驚いて咄嗟に向きを変えて走ろうとしたが、気づけば凛は獣の群れに囲まれていた。獣の群れは凛を睨みながら威嚇している。
「やだ……」
怖くて立っているのがやっとだった。
その時、凛の後ろから音が聞こえる。ゆっくり振り向くと、そこには閲覧用に置かれている複数のパソコンがあった。その内の一台が触れてもいないのに電源が入り、起動し始める。
「…えっ?」
凛は驚いてパソコンの画面を見た
パソコンの画面が暗転して触れてもいないのにキーボードを叩く音が聞こえる。
「画面に文字が…」
凛がパソコンの画面を見ていると、凛の後ろにいた獣の群れがいっせいに襲いかかる。
凛が振り返った時には獣の群れが自分に牙を向き、両腕を振り上げていた。
「(誰か……助けて…!!)」
一瞬でも後ろを振り返ったことを後悔していた。
「いやあーーーー!!」
凛は恐怖で泣きながら、目を閉じて力の限り叫んだ。
咄嗟に手に力が入り、何かを押したような気がする。
何かが光り、凛の目の前で鈍い音が聞こえる。
何も起きなくて、凛はゆっくりと目を開けた。
そこには、結城が凛に背を向けて立っていた。それまで自分に襲いかかっていた獣の群れは氷に包まれ、氷にひびが入ると音を立てて崩れて消えていってしまう。
「…えっ?」
凛は背後に光る何かに気づいて後ろを振り向く。パソコンの画面が淡く光り、画面が水のように揺れるとそこから黄金色に輝く細いものが現れる。
それは弧を描くように動くと、凛の首に巻きついてネックレスに変わっていった。
凛は何が起きたか分からず、ただ目の前で起きていることを受け止めるだけで精一杯だった。
襲いかかっていた獣の群れは消えた。ようやくそれを理解すると、張りつめていたものがほぐれて、そのまま力なく座り込んでしまう。
それに気づいたのか結城が振り返る。
結城の瞳は黄金色に光っていた。
「…綺麗な目」
一瞬だけ凛の瞳が鮮やかな青色に変わる。
凛は覚醒した結城の目を見て、目が離せなくなるような感覚だった。
結城はほんの少しだけ躊躇った後、凛に質問する。
「私が誰か分かるか?」
何が起きているか分からない。
しかし、自分に襲いかかっていた獣の群れは消えてしまった。
何かを考える余裕ができた凛は、その言葉を聞いて考える。教師だと思ったはずだが、いまいち思い出せない。
凛は首を横に振る。
「…そうか」
それを見た結城はちょっと安心したようだった。
「私は結城匠、情報処理の臨時担当をしている」
学園に編入してから、何度か情報処理の授業で会っている。結城に言われてようやく気づく。
「臨時だからそんなに受け持つわけではないからな」
結城は他の教師と違って自分は臨時であり、それが生徒達に覚えてもらいにくいと気づいていた。
「すみません。まだ編入したばかりで覚えてなくて…」
目の前にいる人物が教師だと思い出した凛は、申し訳ない顔で結城を見る。
凛の言葉を気にしていないのか、結城はあることに気づく。
「もしかして、立てないのか?」
「…何が起きたか分からなくて、追いかけていた怪物がいなくなったと思ったら力が抜けて…」
結城は立たせようと右手をさしのべる。
「ほら」
「ありがとうござい…」
凛が結城の手を取って立ち上がろうとした瞬間、脳裏にどこかで見たような光景が浮かぶ。
自分に手を差し伸べたのは、白銀の長い髪に左目に傷がある男性だった。
目の前にいる結城と姿が重なる。
「ラグマ、様…」
驚いた凛は、咄嗟にある言葉を口にする。
「えっ…?今の何…?」
自分でも何を言ったか分からず、不思議な顔で首を傾げた。
結城も驚いてたが、何かを企んだように笑うと、凛の腕を引いて立ち上がらせる。
結城は真面目な顔で凛に話しだした。
「信じられないかもしれないが、今、お前が読もうとしていた本の出来事が実際に起きている」
「…え?」
立ち上がって手を離した凛は、結城の言葉に耳を疑った。
「本は読んだか?」
凛は困惑した様子で首を横に振る。
「いいえ。学園祭の前に本を見つけて、さっき、本を読もうとしたら急に気持ち悪くなって…。でも、本の中のことが起こるなんて信じられません!!」
「自分の目で見て、感じたことが非現実だと?」
結城の言葉が胸をさす。
考えられないし認めたくないけど、自分の目で怪物を見て、唸り声を聞いて、感じたことのない恐怖を知った。
それは認めなきゃいけない事実だった。
「……」
結城は、ただ現状を把握できずに困惑している凛を見ている。
「…私も最初は認めるのが怖かった。しかし、認めるしかなかった。お前が認めたくないのも分かる」
「はい…」
結城が自分と同じ状況だったことに驚き、それを踏まえて自分が落ち着けるように話してくれていると感じた。
「生徒会の役員の中に何人か本に関わる者がいる。それに、いつもいる訳ではないが私もいる。もし、不安になるなら生徒会準備室に来るといい」
それまで図書室を覆っていた重々しい空気が消えると、結城の瞳は元に戻っていた。
凛は結城の瞳が元に戻ったことに不思議に思う。
「学園祭後で疲れているだろう。帰ってゆっくり休め」
そう言われて、凛は明日は月曜日で、学園祭の振替休日であることを思い出した。
「あの…」
凛は他にも色々と聞きたいことがあったが、気づくと結城は先に出入口に向かって歩いていた。
一人になるとまた怪物に襲われるかもしれないと思い、結城の後を追うように図書室を後にする。
あれから教室に鞄を取りに行き、寮に帰ると、廊下で麗を見つける。
「凛、今帰り?」
にっこり笑って凛に近づいている。
凛は麗の笑顔を見て、図書室で起きたことを話そうとした。
しかし、麗の反応が怖くて言うのを躊躇い、言葉を濁す。
「う、うん。クラスの人達とずっと話してたんだー」
「そっか、学園祭の後だもんね。凛もお疲れ様」
その場で立ち止まった麗は、凛の答えに対してただ笑っていた。
「学園祭は楽しかった?」
笑って答えている姉の顔が見れなくて、僅かに視線を反らす。
「うん、カフェも大成功だったし、楽しかった!」
「今日はゆっくり寝て、また明日にでも学園祭の話をしよう」
麗は自分も疲れているのもあったが、凛は学園で初めての学園祭でもっと疲れたんじゃないかと思った。
「じゃあ、また明日ね」
そう言うと、手を振り、凛の横を通り過ぎて歩きだした。
「……」
凛も手を振り、麗の背中を見つめる。呼び止めようとしたが、思い悩み、そのまま自分の部屋に向かって歩いた。
部屋の扉を開けて中に入り、扉を閉める。
扉の横にあるスイッチをつけると部屋の明かりがついた。
「姉さんに嘘ついちゃった…。でも、話しても信じてもらえないよね…」
本の中のことが起こるなんて考えられない。けど、認めなきゃいけない。
誰かに話したくても怪しまれる。
「…姉さんも葵さんも話せないし、大野さんは真面目な感じだから、余計にびっくりしちゃうよね…」
考えが新しい考えを生んでぐるぐる回る。
凛の頭の中で結城のことが浮かぶ。
「あまり会ったことなかったけど、先生だったんだ。あの目、宝石みたいに綺麗だったな…」
靴を脱いで部屋に上がり、鞄を置くとベッドに倒れこむ。
獣の群れに襲われたのは怖かったけど、結城も本に関係している。それが分かると、何故だか不安が和らぐような気がした。
「生徒会準備室、行ってみようかな…」
もやもやした気分が頭を回っている。
時計を見ると、六時半を過ぎていた。
次の日の正午、凛は麗の部屋の前にいた。
何度か扉をノックしても扉が開く気配はなかった。
「あれ?出掛けてるのかな?」
凛はズボンのポケットから携帯電話を取り出すと、電話をかけようとした。
少しだけ考えると、再び携帯電話をポケットの中に入れる。
「ま、いっか。先に学校に行って、後から学園祭の話をしよう」
凛は深く考えず、自分の部屋に向かって歩きだした。
その頃、麗は梁木、大野、佐月と一緒に図書室にいた。
麗が本を持ち、麗の周りで三人が覗きこんで見ていた。
「トウマから聞いてたけど、新しく出てきたティアっていう人物さ…」
「自らの身体を剣に変えること以外は中西先生に似ていますね」
麗の隣で梁木が頷いて答える。
「第三章が見つかったのは学園祭の八日前でしたっけ?」
大野が麗の顔を見る。
「確か、連絡もらったのが八日前の土曜日だったよ」
麗と大野は少しずつ距離が縮まったのか、互いに前より話しやすい関係になっていた。
「急に劇に出ることになったから、正直、図書室には行けなくて…」
「あ、昨日、凛さんが劇が見れなくて残念だと言っていましたよ」
「凛も見に来ようとしたんだ」
麗は苦笑する。梁木と滝河が舞台を見に来てたのは聞いたが、実の妹に見られるのはまた違った感覚だったのかもしれない。
「(そういえば、一年前の今日、覚醒したんだっけ…)」
去年の出来事を思い返そうとしたが、声に気づいて佐月の顔を見る。
「レイナ様は二刀流もできるそうですが、麗様はできるのですか?」
佐月の言葉に対して麗は首を横に振って答えた。
「覚醒した時は両手で剣を握っているので、できるかどうかは分かりません」
「そうでしたか」
「せっかく四人が集まっていますし、解散する前に鏡を見に行きませんか?」
梁木は三人の顔を見て提案する。
もし、敵に襲われるようなことがあっても、四人ならなんとかなるかもしれないと思ったからだった。
「私はいいけど、大野さんと佐月さんはどうする?」
大野と佐月は顔を見合せてから答えた。
「分かりました」
「本を読んだ後、大野さんと一緒に礼拝堂に行くだけなので、問題ありません」
「じゃあ、行ってみよう」
麗は本を閉じて本棚に戻すと、梁木達と一緒に図書室を出ていく。
四人は一階に下りて、食堂の横にある鏡の前に立つ。鏡は四人の姿を写していた。
「一見、普通の鏡に見えますが…」
「中西先生、滝河さん、麗さんは鏡の中に入ったんですよね?」
佐月と大野がじっと鏡を見つめている。
「私が触った時は、中から男の人の腕が出てきて引っ張られたけど…」
麗は鏡に近づき、ゆっくりと触れる。しかし、何も起こらなかった。
「何も起こりませんね」
梁木も鏡に触れたが、ただ自分達が写っているだけだった。
「何かタイミングがあるかもしれない」
「トウマや滝河さん、中西先生も鏡のことは知っていますし、様子をみましょう」
梁木の言葉に麗、大野、佐月は頷く。
それから四人は下駄箱がある場所まで一緒に歩き、それぞれ手を振ると、大野と佐月は左の出入口から礼拝堂へ、麗と梁木は右の出入口へ歩いていった。
その頃、凛は階段を上り、五階にある生徒会準備室に向かっていた。
五階に着くと目の前に見える生徒会室の隣を見る。
「誰かいるのかな…」
振替休日で誰もいないかもしれない。そう思いながらも、扉をノックする。
しばらくすると、扉越しに結城の声が聞こえた。
「どうぞ」
その声を聞いた凛は、昨日会った人だと気づき、扉を開けて中に入る。
「失礼します」
扉を閉めて前を見ると、結城が椅子に座って書類に目を通していた。
「やはり、来たか…」
「高等部二年の水沢凛です。あ、あの、昨日はありがとうございました」
結城が顔を上げたのを見て、凛は昨日のことを思い出して頭を下げる。
「ここに来たということは、知りたいことがあるのだろう。座って話を聞こうか」
結城が左を向くと、ファイルが並んでいる棚の下に長椅子があった。凛はそこに座ると、考えていることをゆっくりと言葉にする。
「先生…昨日のことは夢じゃないんですよね?」
それは凛が一番初めに感じたことだった。
「ああ」
「だって…!」
認めなきゃいけないのは分かっていても、突然、自分の目の前に見たこともない怪物が現れて、自分を襲おうとしたことを今でも信じることができなかった。
そう言おうとした時、結城は持っていた書類を机の上に置いた。
「もう一度、状況を説明しよう。この学園に『WONDER WORLD』という本に出てくる登場人物の力を持つ者たちがいる。それは…」
結城が続きを言おうとした時、凛は驚いて勢いよく立ち上がる。
「そんな話あるんですか!?」
「昨日、お前が見たのは幻だったと?」
「それは…」
昨日、自分が見て感じたことは全て本物だった。
言い返すことができずに、そのままゆっくりと椅子に座った。
結城は大きく息をつくと話を続ける。
「…それは覚醒という方法で物語に出てくる登場人物の力を持っている。そして、学園の中で誰かがその力を使って何かをしようとしているらしい」
「覚醒…。先生も覚醒して物語の誰かの力を持っているんですか?」
「ああ。覚醒すると瞳の色が変わり、特別な力を使うことができる」
凛は昨日見た結城の瞳を思い出す。結城の瞳は宝石のように綺麗だった。
「武器を出したり魔法を使ったり、後は…結界を張ることができる」
「結界って何ですか?」
結城はどう説明していいのか考えながらも聞かれたことに答えていく。
「…力を持つ者をその場に囲ったり、攻撃を防ぐものと言ったほうが分かりやすいかな」
「はい…」
自分が質問したことに対して結城は答えてくれるが、いまいち想像ができなかった。昨日、自分が見たものは本当だったと改めて感じる。
それと同時に、読むことができなかった物語に僅かに興味を持つ。
凛の考えを読んだように結城が答えた。
「物語に興味を持ったか?物語を読めば、何か分かるかもしれない」
「あたしが考えていることが分かるんですか?」
凛が驚いていると、結城は笑ったように答える。
「教師としても色々な生徒を見ている。表情で相手の考えることが分かる時もある」
「…恥ずかしい」
それを聞いて、凛は自分がそんな顔をしていたと思い、両手で頬を押さえる。
「確か、今日は図書室が閉まるのが早かったような気がする」
「本当ですか?」
「振替休日の時はいつもより早く閉まると思っていたはず…」
凛は本に興味を持ったが、昨日みたいに怪物に襲われるかもしれないと思うと、怖くて足がすくむようだった。
それを見た結城は何かを考えて笑う。
「この書類が片づいて、少ししたら私も図書室に行こうと思っている。もし、図書室に行くなら行ってきたらどうだ?」
結城の言葉を聞いて安心したのか、凛は椅子から立ち上がる。
「分かりました」
図書室が何時まで開いているか分からなかったが、結城が後から図書室に向かうと聞いて、少しだけ不安と恐怖が薄れていく。
「あたし、図書室に行ってきます。話を聞いてくれてありがとうございました」
凛は頭を下げると、扉を開けて部屋から出ていく。
その後ろ姿を見て、結城は笑っていた。
一時間後。
図書室から出てきた凛は扉の貼り紙を見る。
「二時までだったんだ。でも、少しでも読めて良かった」
あれから凛は図書室で『WONDER WORLD』を探して、閉館時間ぎりぎりまで読んでいた。
「レイナとカリルが竜が持っている魔導書を見つけて旅をする物語か。結局、結城先生は来なかったけど、昨日みたいに怪物も出てこなかったし、また今度、続きを読みに行こうっと」
凛は再び五階に向かおうと廊下に出た。
その時、突然、凛の目の前に昨日見た獣が三匹現れる。
「!!!」
頭の中で昨日の出来事が蘇る。
獣は凛に気づくと牙を剥いて走りだした。
「昨日の、怪物っ?!」
凛は急いで後ろを向いて階段を駆け上がる。駆け上がりながら少しだけ後ろを向くと、獣は大きな足音を立てて階段を上っていた。
「嘘っ?!追ってきてる?!」
凛は大きな足音に驚きながら階段を上っていく。
「結城、先生…いないのにっ!」
五階に戻ると、そのまま廊下を走る。
「(そういえば…覚醒ってどうやってできるんだろう…?)」
昨日のことを思いだし、走りながら不安と恐怖も思いだす。
凛の後を追って三匹の獣は吠えながら走っている。
走っているのか恐怖のせいか、どんどん脈が早くなる。
「(怖い…誰か…)」
走っている途中で足を捻ってしまい、転がるように倒れてしまう。
「痛っ!」
急いで起き上がろうとしたが、右足に痛みを感じでうまく立ち上がることができない。
それでも三匹の獣は近づいてくる。
恐怖で全身が震えている。
瞳が鮮やかな青色に変わっていく。
「嫌だ……来ないでーーーっ!!!」
凛はぼろぼろと泣きながら絶叫した。
すると、それまで走っていた三匹の獣は、ぴたりと立ち止まってしまう。
「………えっ?」
それまで牙をむいて襲いかかっていた三匹の獣が、何かに押さえつけられたように立ち止まっている。
「今、あたしの声に反応した…何…?」
凛は何が起きたか分からず呆然としていたが、獣が動かないと分かると、痛みを堪えて立ち上がった。
「(逃げるにしても足は痛いし、せめて追い払うだけでもできたら…)」
凛は何かできないか懸命に考える。
結城はいない、そこにいるのは凛だけだった。
その時、身動きがとれずにもがいてる三匹の群れは足を踏み鳴らすと、天井に向かって吠えだした。
「!!」
動いて襲ってくる。
咄嗟に動こうとした時、いつの間にか首には黄金色にネックレスがついていた。それは、瞬時に形を変えて弓と矢に変わっていく。
「えっ…?」
凛はいつネックレスがそこにあったか、どうしてそれが弓と矢の形に変わったか分からなかったが、その瞬間、まるで自分の身体じゃないように羽根を持つと、すっと矢を引き始める。
鋭い眼差しで見つめ、動き出した獣の足元を狙う。
右手を離し、矢が放たれる。矢から風が吹き出し渦が巻き起こると、三本に分裂して加速する。
加速した矢は角度を変えて、三匹の獣の足に直撃した。
三匹の獣は絶叫して苦しみもがいている。
やがて、獣は風に包まれると、風とともに消えていってしまう。
「消え、た………?」
自分を追っていた獣がいなくなった。
そう認識すると、弓と矢は消えていく。張りつめていたものが解け、意識を失って倒れてしまう。
近くで扉が開く音が聞こえた。
「双子の妹も覚醒したか」
生徒会室には神崎と結城がいた。
椅子に座っている神崎は右を向く。
円卓の前にいた結城は左を向いた。
「はい、力を出して意識を失い、今は隣の準備室で眠っています。それは思惑通りですが…」
「?」
何かを考え、言葉を詰まらせると少し呆れたように話を続ける。
「昨日、今日とデビルデーモンを召喚しなくても良かったのでは?」
結城の中では、神崎が別の手段で計画を行うと思っていたらしい。
「人間は、生命の危険を感じると普段起こらないことが起きると言うしな。それに、お前が助けたことによって、双子の妹はお前を意識する」
神崎はしれっと答えると結城の目を見る。
「…昨日、私の目を見て、手を取った瞬間にラグマ様と言いました」
「第一段階はまあまあだな。鍵の可能性がある双子の妹を生徒会側につかせ、姉と引き離せ」
結城は頭を下げると、神崎は何かを企むように笑った。