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再生 43 疑問と前触れ

麗が次の言葉を言いかけた時、突然、天井から黒い幕のようなものが現れる。

勢いよく広がり、舞台を遮断するように覆っていった。



「これは?」

「劇の演出……じゃないよね?」

高屋と麗は驚いて辺りを見回す。

それまで目にしていた講堂が消え、誰もいなかった。

周りは薄暗く、何の音もない中、高屋が怪訝な顔をする。

「結界、ですね」

「えっ?!」

「瞳の色が変わっています」

麗が高屋を見ると、高屋の瞳の色が赤くなっていた。麗も自分が覚醒していると気づいたが、高屋の目を見ると自分が操られてしまう事と、劇の中で高屋の台詞を思い出して咄嗟に視線を反らした。

まだ少しだけ胸がどきどきしている。

何かに気づいたのか、高屋は後ろを向いた。

「…疑われても仕方ありませんが、劇の最中です。操ることはしません」

その声は少し呆れたような声だった。

麗は高屋の言葉に気づく。確かに今は劇の最中だった。

高屋も驚いていたという事は、結界を張ったのは高屋ではないと感じた。

「…すみません」

高屋の言う事は正しいと思い、麗は謝る。

「…それは良いのですが、結界だとしたら講堂にいる能力者がいてもおかしくないのに、誰の気配も感じませんね」

高屋は左右を見てから上を見る。

「確かに」

薄暗くて視界が悪い中、意識を集中させても人がいる気配はなかった。

「(講堂にいる他の能力者を遮断する力…一体、誰が張った結界なのか…)」

高屋はこのまま立ち止まっていても仕方ないと思い、何か見つからないかとりあえず歩いていこうとする。

高屋は麗に背を向ける。

「水沢さんはここに残り、結界が消えるのを待つか、誰かが来るまで待っていて下さい。僕は何かないか探してきます」

高屋が何かを呟くと、高屋の手のひらに炎のような丸い光が現れる。炎のような丸い光は高屋の周りをくるくると動くと、薄暗い場所が少しだけ明るくなる。

「では」

背を向けて去ろうとする高屋を見て、麗は何もない薄暗い場所で一人残される事に恐怖を感じて、声を上げた。

「わ、私も行きますっ!」

麗の声を聞いて、高屋は立ち止まって振り返る。

「……」

高屋が右手をふわっと投げるように振ると、それまで高屋の周りを動いていた炎のような丸い光が麗の元に動いていく。

麗の周りをくるくると回っている。

「足元、気をつけて下さい」

高屋の言葉を聞いて、麗は薄暗い中、バルコニーのセットから降りる時を考えて炎のような丸い光を移動させたと考えた。

「…ありがとうございます」

麗が動くと炎のような丸い光もその周りを動いている。

バルコニーのセットの裏にある簡易的な階段を降りると高屋の元に近づいていく。

「何が起こるか分からないので、気をつけて下さい」

「はい」

麗は高屋の後ろについて歩く。いつものように歩こうとしてあることに気づく。ドレスは動きにくく少しもどかしい感じだった。

魔法でできた明かりのおかげか薄暗いのに慣れてきたのか、さっきより怖いと感じない。

そう思いながら麗は高屋の後ろを歩いていた。

「(本当に誰もいる気配がしない…。舞台の袖にはトウマ達もいたし、お客さんもいたはずなのに)」

しばらく歩いていると、遠くでぼんやりと何かが見える。

二人が近づくと、それはバルコニーのセットだった。

「あれっ?」

「…まっすぐ歩いたつもりでしたが」

麗と高屋はそれぞれ驚いている。

「何の音もしないし、手で触れようとしても何があるわけでもないのですね」

高屋はバルコニーのセットを見上げたまま考えている。

すると、高屋は器用に肩のベルトを外してマントを外す。

「衣装係の方には申し訳ありませんが…」

「…高屋さん?」

高屋が小さく呟くと、外したマントが淡く光りだす。二人の周りを動いている炎のような丸い光より強い光だった。

「目印にはなるでしょう」

そう言うと、マントを畳んでバルコニーのセットの下に置く。

「今度は別の方向へ歩いてみますか」

「はい」

高屋は無意識に麗の顔を見て確認する。麗はそれに気づかずに頷くと、また高屋の後ろについて歩く。

何もない場所でどれくらい歩いたか分からないまま、二人は警戒しながら歩いていた。

不安になった麗は溜息を吐く。

「…疲れましたか?」

突然、高屋は口を開く。それは麗を気遣った言葉だったが、疲れたと答えたら薄暗い中で取り残されると思い、首を横に振る。

「いえ、大丈夫です」

「…疲れたからと言って、一人にしませんよ」

麗は考えていることが読まれたのと、自分が心配されると思わなかったので、僅かに驚いた。

その後、二人は話さず歩き続け、やがて、二人の目の前にぼんやりと何かが見え始める。

「あ、あれ!」

二人が近づくと、それは、さきほど高屋が小さくまとめたマントだった。

マントは強い光に包まれたままだった。

「…同じ場所に戻ってきたということですね」

高屋が呟くと、二人の周りを動いている光が、さらに大きく強く光り始める。

「何もないし、何も聞こえない。結界の中にいるのは私達だけなんでしょうか…?」

麗は結界の中に残されてからずっと不安だった。

その時、突然、バルコニーのセットの連結部分が外れ、麗の真下に落ちる。

「!!」

「危ない!」

麗は驚いて避けようとしたが、それより先に高屋は覆うように麗をかばった。

セットの一部は高屋の背中や肩に落下して、床に散らばっている。

麗がおそるおそる目を開くと、セットが自分に落ちないように、高屋が自分を抱きかかえるように守っていた。

「ぐっ…!!」

高屋は痛みで立っていられずその場に膝をつく。

麗は自分をかばってくれたと気づき、高屋に触れようとする。

「大丈夫ですか?!」

麗が触れる前に高屋は顔を背け、痛みに耐えながら立ち上がる。

「……はい」

高屋の声は苦しそうだった。

高屋は大きく息をつくと、再び麗に背を向ける。

「(…この気配は)」

高屋の耳に微かに何かが唸り声のような音が聞こえる。

「このままでは埒があきません。結界の中なので、少し強引でも良いでしょう」

痛みに耐え、楽しそうに笑うと、高屋は意識を集中させる。

「炎の精霊サラマンドラよ…、畏怖なる力をもって立ち塞がるものを屠り、嘆きと滅びの道を与えよ…」

その時、薄暗かった空間がうっすらと明るくなり、更に辺りが見回せるようになる。

『!!』

突然、高屋と麗の周りに牛と狼のような獣が二本足で立っていた。

「…いつの間にっ!?」

麗はバルコニーのセットが落ちてきたことに意識していて、目の前に現れた獣の群れに気づいていなかった。

麗が右手を意識すると、どこからか長剣が現れる。それを握って構えるより先に、高屋の魔法が完成する。

「フレイムフォール!」

高屋が右腕を上げると、手のひらから紅蓮に輝く炎の球が現れる。そこから炎が吹き出して高屋と麗に襲いかかっている獣の群れを焼き払う。

「すごい」

麗は改めて高屋の力に驚く。

炎と煙が巻き起こり、獣は焼けて消えていってしまう。

その時、煙の中から火傷を負った煙が唸り声をあげて麗に向かって突進する。

「!!」

麗は突進してくる獣に攻撃しようと剣を構えて踏み込もうとしたが、ドレスの裾を踏み、よろめいて尻餅をついてしまう。

「わっ!!…と、と、と…!」

「水沢さん!」

高屋は獣の背後を狙って攻撃しようとしたが、突然、背中と肩に激痛がはしる。

「ぐっ……!」

獣は急に振り返ると、高屋に向かって両腕を振り下ろした。

「(水沢さんをかばった時の…!)」

一瞬だけ高屋の動きが止まり、咄嗟に避けきれず攻撃を食らってしまう。

「高屋さん!」

麗は驚き高屋に近づこうか考えたが、再び獣は麗に向かって突進していた。両腕を上げて攻撃しようとしたが、麗は裾を踏まないように踏み込み、襲いかかる獣に剣を振り上げた。

獣は絶叫して倒れると、塵になって消えていく。

握っていた長剣は消え、周りに敵の気配が無くなったことを確認すると、麗は高屋を探す。

「高屋さん!」

高屋は麗から少し離れた場所で傷を負って倒れていた。

麗は小さく呟きながら高屋に近づいて膝をつく。右手をかざすと淡く光り、高屋の身体から流れていた血は止まり、傷が癒えていく。

「……ん」

高屋は身体を動かして起き上がろうとする。麗は背中を支えるように身体を起こす。

「大丈夫ですか?!」

ゆっくりと目を開いた高屋は悔しそうな顔で視線を反らした。

「情けないところを見せてしまいましたね…」

高屋は自分が攻撃を受けて倒れる姿を麗に見られなくなかった。

「そんな…。多分、バルコニーのセットが落ちた時に私をかばったから…」

「……」

麗は高屋が攻撃を受けた理由を知っていたから、申し訳ない気持ちだった。

高屋は麗の顔を見ようとしたが、上にある何かに気づく。

薄暗い空間が次第に明るくなり、重々しい結界は天井からゆっくりと消えていく。

ゆっくりと目を閉じて、再び目を開くと、瞳の色は戻っていた。

彼は優しく笑う。

「……どうか、忘れないで下さい」

突然見せた笑顔に麗はきょとんとする。

「…えっ?」

何を言っているか分からず戸惑っていたが、少ししてあることを思い出す。

「薄紅色の花が咲き乱れる頃…また、お逢いしましょう……」

まだ劇の最中で、高屋の言葉は台詞だと気づいた。

瀕死の中、王女様の元に辿り着いた王子様は最期の言葉を残して死んでしまうのだった。

彼は目を閉じると、力が抜けたように動かなくなる。

いつの間にか結界は消え、元に戻っていた。

悲しい音楽が流れ、幕が下りていくと同時にたくさんの拍手が鳴り響く。

麗は何が起こったか分からなかったが、舞台の途中であることを思いだし、俯いたまま動かない彼の両手を握っていた。

幕が下りると少しずつ拍手は止んで、放送が聞こえる。

「これをもちまして、演劇部の発表を終わります」

舞台が終わったと感じると、麗は大きく息を吐いた。

そして、高屋もすっと起き上がり舞台の袖に向かって歩き出した。

「水沢さん、お疲れ様!!」

麗が高屋の後ろ姿を見ていると、舞台の袖の反対側で柿本が嬉しそうに笑っている。

「柿本さん」

麗は舞台の袖に戻ると柿本の目の前で不安な顔を見せる。

「…大丈夫だった、のかな?」

「うん!良かったよ!」

柿本は麗の手をとり、にっこり笑っている。

それを聞いて麗はほっとする。

「お疲れ様」

麗は声のする方を見ると、柿本の後ろにトウマ達がいた。

「次は俺達のライブだ。行ってくる」

麗が舞台を見ると、すでに劇のセットは片付けられ、ドラムや機材などが設置されていた。カズ、フレイ、エイコはそれぞれの場所で音を確認している。

カズとフレイが麗が見ていることに気づいて手を振る。

「頑張って!」

麗はトウマ達に聞きたいことがあったが、今はライブのことでいっぱいだと思った。麗はトウマに声をかけると、舞台に向かって歩き出しているトウマは振り返らずに腕を上げて応えた。


制服に着替えた高屋は講堂の裏口から出ると、表の入口から入ろうとした。

「(…思ったより打ち所が悪かったようだ)」

痛みを堪えながら考えていると、横から拍手が聞こえる。

高屋が拍手が聞こえる方を向くと神崎が立っていた。

「中々、迫真の演技だったじゃないか」

神崎は何かを含んだ笑みで高屋を見ている。

それが何を意味しているか気づいていて、分かった上でその場に適した答えを出す。

「…ありがとうございます」

痛みに気づかれないように平然と答え、神崎の横を通り過ぎた。


その後、トウマと月代のライブは大いに盛り上がり、楽しい時間はあっという間に過ぎていった。



午後五時。

学園祭は終わり、生徒たちは疲労と達成感に包まれながら片づけていた。

麗と梁木は廊下を歩いていた。

「終わった…」

去年より疲れたと感じるのは慣れないことをしたからだと感じている。

「レイもお疲れ様でした。明日は振替休日なのでゆっくり休みましょう」

「うん」

麗はその場に立ち止まると背伸びをする。

「けど…」

梁木は周りに人がいないことを確かめると、立ち止まって少しだけ声を抑えて話す。

「劇の途中で結界が張られたって本当ですか?」

「うん…。ショウは劇は見てた?」

「はい。僕と滝河さんは一緒に見ましたが、劇が中断することはなかったし、強い力や気配も感じませんでした」

確かに結界は張られて、麗と高屋は結界の中に残された。

誰が何のために結界を張って、獣の群れと戦わせたのか。それは麗にも分からなかった。

「劇の次はライブだったからトウマ達に聞こうとしたけど、ライブ前でそっちに集中すると思って聞けなかった。でも、多分、トウマ達も知らないと思う」

麗は不安な顔で俯く。

「注意することしかできませんね」

「…そうだね」

理由が分からない以上、自分達にできることは少なかった。麗は顔を上げて、また歩き出した。

「明日は休みだし、今日あったことはトウマ達に連絡してみるよ」

階段を降りようとして、麗は廊下の先を見つめる。

「どうしました?」

急に立ち止まった麗を見て梁木は振り返って聞く。

「ただ、凛のクラスの片付けはまだ終わってないかもって思っただけ」

「確かに片付けやホームルームはそれぞれのクラスで違うと思います。見に行きますか?」

麗は廊下の先で机と椅子を運ぶ生徒や段ボール箱を持った生徒を見かけると、首を横に振って答える。

「多分、まだ終わってないと思うし、凛とは寮でも話せるから今日は帰るよ」

「はい」

梁木は笑って答える。疲れているのは梁木も同じだった。

二人は心地良い疲れを感じながら階段を下りていく。


数十分後。

大野と凛は教室の扉を開けて廊下に出る。

「あー!終わったー!」

「お疲れ様です。学園祭はどうでしたか?」

凛はその場で両腕を伸ばして背伸びをする。身体は疲れている筈なのに達成感があった。

「楽しかった!クラスの出し物も他のクラスのも!でも、姉さんの劇は見に行きたかったかな…」

凛は麗の劇を楽しみにしていたが、ちょうどその時間にクラスのカフェが忙しくなって見に行くことができなかった。

「私も見に行けたら良かったのですが…残念です」

二人は残念そうな顔をする。

「後で姉さんから劇の話を聞こう」

「凛さんはもう帰りますか?」

大野に聞かれ、凛は考える。

「姉さんのクラスの片付けが終わったか分からないし、日誌だけ職員室に置いたら帰るよ」

凛は手にしていた黒い日誌を振って答える。

編入してから慣れてきたのか、凛は大野と親しくなっていた。

「分かりました。私は礼拝堂に寄ってから帰ります」

「じゃあ、また明後日ね」

二人は手を振ると、それぞれの方を向いて歩き出した。

日誌を置いて職員室を出た凛はこの前の出来事を思い出す。

「そういえば、学園祭の前に図書室で本を見たような…」

階段を下りようとしたが、階段を上って三階に戻ると図書室に足を運ぶ。

学園祭で使用されたこともあり、図書室はまだ扉は開いたままだった。片付けをしている生徒を見ながら奥へと進み、以前見つけた本を探した。

「あった」

凛は本棚から一冊の本を取り出す。深い緑色の表紙に金色の文字で『WONDER WORLD』と書かれている。

「どこかで見たことあるような気がするんだけど…」

そう思いながらゆっくりと本を開く。

突然、風もないのにめくれ始め、そこから光が吹きだした。

「!!」

図書室全体に不思議な空気が流れ、頭がぐらぐらするような感覚に襲われる。

「何……これ…?」

その瞬間、扉が大きな音をたてて閉まる音が聞こえる。

金属と金属が擦れるような音が響き渡り、凛は咄嗟に目を閉じて両手で耳を塞ぐ。

「うっっ!!」

本を持っている手を離し、本は床に落ちてしまう。

音は止み、凛はおそるおそる手を離すと大きく息をついた。

「…止んだ?」

凛が落ちた本を拾おうとしたその時、どこかで奇妙な唸り声が聞こえる。

「……何?」

何が起こっているか分からず、恐怖と不安が増していく。

本を拾うと本棚に戻し、急いで図書室を出ようとした。

本棚から離れて声が聞こえる方を見ると、そこにはテーブルの上に座っている大きな獣の群れがいた。

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