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再生 41 もう一つの戯曲

『………え?』

二人は互いを見て、声を出して驚いた。

準備室から出てきたのは、王子様の衣装を着た高屋だった。


二人が驚いていると、家庭科室にいるほぼ全員が麗と高屋をしげしげと見ている。

「二人とも、ほぼぴったりですね」

メジャーを持っていた女子生徒がそう言うと、衣装を来ていた男子生徒が頷いた。

「衣装は問題なし。後は台本の見直しですね」

他の生徒達も台本やプリントを見ながら話し合っている。

「あ、あの…、私…!」

麗は高屋を見て、代役を止めようかと考えた。王子様の代役が高屋だと知った時、練習中に何かあるんじゃないかと警戒した。しかし、高屋の隣にいた男子生徒は高屋の方を向いて話している。

「高屋さんも高校最後の学園祭になりますね」

「はい。……さっきも言いましたが、僕は生徒会の実行委員として台本に目は通しましたが、演劇部に所属した経験はありません。そんな僕で大丈夫でしょうか?」

「僕達、演劇部に力を貸してください!」

男子生徒は高屋に頭を下げる。

高屋は少し困った様子だったが、何かを決めたように答える。

「…分かりました」

それを聞いて、麗はさっきの衣装を着た女子生徒の言葉を思い出す。自分にとっては二回目の学園祭だけど、高屋や女子生徒にとっては最後の学園祭だった。

高屋は三年生として、実行委員として学園祭を成功させたいと思っているんじゃないか。

麗はそう考えると、高屋に対して警戒はするけど、舞台を成功させたいと考える。

麗が自分の方を見ていると気づいた高屋は、麗に近づくと苦笑する。

「お互い大変だと思いますが、よろしくお願いします」

「は、はい!」

何を言われるか予想していなかった麗は、思わぬ高屋の言葉に少しだけ驚いた。

「学園祭まで後十日。先ずは着替えて舞台に集合、台詞と立ち位置の確認ね」

女子生徒が両手をポンと叩くと、周りに聞こえるように声を出す。

『はい!』

麗達が揃って答えると、高屋と男子生徒達は再び準備室に向かって移動していく。

高屋は準備室に入る前に後ろを振り返り、柿本と話す麗を見ていた。



次の日。

梁木はトウマと講堂から人目につきにくい場所にいた。通路では道具や機材、段ボール箱を持っている生徒が慌ただしく行き来している。

「…レイが劇に出る?!」

「はい」

ただの話なら人目につきにくい場所じゃなくても良かったが、他の能力者に聞かれると良くないかもしれないと思い、梁木はライブのリハーサルが終わった後、人目につきにくい場所を選んだのだった。

「お前達のクラスは模擬店じゃなかったのか?」

トウマは特に驚いた様子ではなかった。

「はい、僕達のクラスは模擬店ですが、昨日の放課後、レイが演劇部に所属している柿本さんと一緒に家庭科室に行ったら代役として劇に出ることになったそうです」

「代役?学園祭まで十日をきってるのに急な話だな」

「柿本さんが足を踏み外して劇に出られなくて、一緒に読み合わせの練習をしていたレイに話が振られたんだそうです。そこまでは特に気にしていなかったのですが…」

梁木は通路を見て誰もいない事を確認すると、一歩だけトウマに近づいた。

「レイの役はお姫様なのですが、相手役の生徒も盲腸で入院して…その代役が高屋さんだそうです」

「!!」

梁木の一言でトウマの表情が変わる。

「柿本さんの足の怪我も相手の盲腸もどうにかなる訳ではありませんが…何か、こう…できすぎているような気がして…」

梁木の表情が険しくなっていく。

怪我も盲腸も他人の意思でできることではなかった。

「確かに、生徒会側の策略じゃないかと勘ぐるのも無理ないな」

トウマも、怪我や病気は仕方ないとしてもどこかで疑っていた。

「…とりあえず純哉や双子には話しておくし、俺自身も注意しておく」

梁木は自分も同意したというように頷いたが、トウマの表情がさっきと少し違うことに気づいた。

「どうかしましたか?」

「いや、対したことじゃない。お前は去年、講堂のライブを見ていないと思うが、俺の他にもう一組出ていたんだが、それが月代のバンドだ。そして、今年も出るらしい」

「えっ?!」

去年の講堂でのライブを知らない梁木は、トウマがバンドを組んでいたことも驚いたが、月代もバンドを組んでいて、学園祭のライブに出ていたことに驚く。

「去年、好評だったから今年も声がかかったらしい。まあ、模擬店の当番じゃなかったら見に来いよ」

「…はい」

さっきまで、麗と高屋が劇に出ることに不安な表情を浮かべていたトウマだったが今は楽しそうに笑っていた。

「それに、お姫様役なんだろう?中々、見れないぞ。レイは大変だと思うがな」

それは少なからず梁木も考えていたことだった。

「…そうですね」

麗が舞台に立つという事を考え、梁木は微笑んだ。


その頃、麗は講堂の舞台に立っていた。

台本を片手に持ち、目の前の男子生徒を見る。

「お父様、どうか許してください!私はあの方のことを…あ、あ、愛しているのです…」

その時、舞台の外で見ていた女子生徒が手を叩く。

「ストップ!水沢さん、台詞は問題ないんだけど、愛しているのところをもう少しどもらないで言えないかな?」

女子生徒は苦笑している。

「…はい」

麗は台本に視線を落とす。悲劇とは知っていたが、恋愛経験のない麗に愛の言葉は恥ずかしかった。

舞台の袖で高屋は台本を見直しながら、舞台を見ていた。

「じゃあ、次に王子が父親である王様に自分の意思を伝えるところにしましょう。高屋さん」

「はい」

女子生徒に呼ばれた高屋と体格の良い男子生徒はが舞台に現れる。

女子生徒が手を叩いた瞬間、高屋の雰囲気が変わる。

「お前は本気なのか?あの国は我が国の敵だぞ!?」

「分かっています!それでも僕の気持ちは揺るぎません!」

普段と違う高屋に麗はじっと見ていた。恥ずかしさとかはなく、そこに本当に王子がいるように見えた。

女子生徒が再び手を叩く。

「高屋さんは大丈夫そうですね。じゃあ…」

女子生徒は台本をめくっていく。

「二人の重要なシーンにしましょう」

にっこり笑って舞台にいる高屋と舞台の袖にいた麗を見る。

麗は舞台に現れ、体格の良い男子生徒が舞台の袖に移動する。

二人を見ると、女子生徒は手を叩いた。

「…貴方が僕の国と敵対する国のお姫様と知っています。…それでも、僕は一目見た時に貴方に心を奪われました」

高屋は苦しそうな表情で麗を見つめる。

劇の中の台詞と分かっていても、普段見ない高屋の一面にどきっとした。

それでも麗は意識を集中させる。

「…私も森の中で貴方にお会いしてから、胸の高鳴りが止まりません。こんな気持ちは初めてです」

麗の台詞の後、高屋は少しだけ困ったような表情になる。

少しの間の後、女子生徒が手を叩く。

「はい、オッケーです。そろそろ時間が近づいてるので今日は終わりにします。明日は土曜ですが、出れる方は出てきてください」

女子生徒は腕時計を見ると舞台の袖に控えていた生徒達に声をかける。

『お疲れ様でした!』

皆に続いて高屋は挨拶をすると、舞台の袖に置いてあった鞄を持ち、鞄の中からプリントを取り出す。

麗は他の生徒と一言二言交わすと、鞄を持って講堂を後にする。

講堂と校舎を繋ぐ通路を歩きながら考える。

「柿本さんと一緒に台本は読んでたけど、いざ、自分がやるとなると難しいなあ…」

校舎に入り、食堂を通りすぎると、ふと、誰かに呼ばれたように食堂の横にある鏡を見る。

大きな鏡の前に立つと、麗の姿が映し出される。

「…確か、葵が鏡の中で師匠と呼んでる人に会って特訓してもらったって言ってたっけ」

麗がゆっくりと鏡に触れると、鏡は水のように揺れ始めた。

「えっ?!」

波紋のように広がると鏡に影が生まれ、鏡に写る自分と別の腕が現れる。

「え、えっ?」

鏡から手が伸びると麗の手首を掴む。

麗は驚いて抵抗しようとするが、そのまま誰かの手に引っ張られてしまう。


まるで海の中にいるみたい。

その場所を見た麗が最初に感じたことだった。そこは水のように揺れ、水晶のようにきらきらしている。

「これが葵の言っていた場所…」

麗は目の前に広がる空間に驚いたが、不思議と怖いと思わなかった。

「!!」

突然、刺すような視線を感じて振り返ると、そこには腰まで伸びた髪の長い四十代くらいの男性が立っていた。

鋭い目の色は深い青色だった。

「葵が言ってた人…?」

それに気づいた麗の瞳が深い水色に変わっていく。

「ほう…気配だけで気づいたか」

会ったことがないはずなのに、どこかで会ったような気がした。

「暁から聞いていたが、次はお前か」

男性は麗に近づいている。

「…私が誰か分かるか?」

男性の問いに、麗は九月の始めにも同じことがあったのを思い出す。あの時と同じで、今までに会ったことがなかった。

首を傾げながら悩んでいると、男性の背後に中西に似た女性が浮かんだような気がする。

麗の頭に一つの言葉が浮かんだ。

「…ブロウアイズ、さん?」

麗の答えに男性は足を止め、満足した様子で笑う。

「だから葵は鏡の中に入れたんだ!……ん?」

麗はひらめいたように納得したが、自分でも無意識に言っていたみたいで、自分の言葉に疑問を抱く。

「あれ?なんで、葵と関係あるんだろう?」

中西が誰の能力者で、目の前の男性とどんな関係かわからないはずなのに、麗は気づいたらそう言っていた。

「それを今から私が教えてやる」

「え?」

男性が足を開いて身構えると、足元に青く輝く魔法陣が浮かび上がる。

「今から魔法と体術を使ってお前を攻撃する。お前は魔法や剣術、何を使ってもいいから私の攻撃を防げ」

「そ、そ、そんな急な…!」

「私には時間がない」

男性の表情はほんの僅かに困ったような焦っているように見える。

それを見た麗は何かを決意して意識を集中させる。すると、麗の右手に長剣が握られる。

「暁がお前に何を教えたか見てやろう」

麗は男性を見つめると、長剣を両手で握り直して構えた。

男性は麗を上から下まで眺めている。

「そのうち身体が思い出すはずだ」

男性は楽しそうに笑っていた。



次の日。

土曜の高等部はいつもより人は少ないが、学園祭の準備は着々と行われていた。

廊下の端や空き教室には段ボール箱や工具、看板などが置かれている。

トウマと滝河は図書室にいた。トウマは本を開いたまま驚いている。

「…次はレイナの幼馴染みに水の精霊、それに、マーリとティアが師匠と呼ぶ竜か」

「ティアは特殊なカードと格闘術、後、自分の身体を剣に変えることかできる…。兄貴、これって、中西先生の能力に似てないか?」

滝河の言葉にトウマははっとした。

「確かに身体が剣に変わること以外は中西先生と一致してるな」

「…行方不明になったブロウアイズと氷漬けの竜…。鏡の中にいた師匠で間違いないな」

「前に純哉が言ってた鏡か?俺が触れた時は特に何もなかった。ただ、前に氷竜を召喚した時にあの鏡から出てきたから、多分、そうだろうな」

トウマは鏡に強い力を感じていたのは知っていたが、実際に鏡の中に入ったことがなかったので推測するしかなかった。

滝河は今までのことを思い返す。

「マーリとティアが氷漬けの竜を見て師匠と言った。マーリはスーマのことを兄貴と言ってる…。中西先生の能力がティアのものなら、中西先生の戦い方が俺や兄貴に似てるのか…!」

独り言のようにぶつぶつ呟いていたが、考えがまとまったのか納得して頷く。

滝河が考えている間にトウマは次のページをめくる。そこには何も書いていなかった。

「レイが読んだ時は次のタイトルが書かれていたみたいだが…たまたまか」

「このことはあいつらに言っておいたほうがいいよな?」

滝河がトウマの顔を見る。滝河は物語の続きを見つけたのが自分達が最初だと思い、麗や中西達に早く伝えたいと思っていた。

しかし、トウマは難しい顔をする。

「いや、今日は土曜だ。中西先生はいるかもしれないが、レイは劇の練習だろうし、他のやつらが全員いるかは分からない。校舎を出たら連絡だけにしようと思う」

滝河は物語のことに意識を集中していて、今日が土曜ということを忘れていた。

「そうだな。じゃあ、連絡は兄貴に頼むとして、時間があるなら鏡を見に行かないか?何か嫌な予感がするんだ…」

物語では、マリスが氷漬けの竜の刺すと、そこから水の精霊が出てきた。滝河は何か引っ掛かっていた。話していくうちに、表情が曇っていく。

滝河が何を言いたいか気づいたトウマは、滝河に提案する。

「鏡に向かう中で中西先生に会ったら物語の続きが見つかったことを話す。いなかったら、そのまま鏡を見に行くか」

「分かった」

トウマは本を閉じると本棚に戻す。

トウマは自分が学園祭のライブに出るとはいえ、大学部の生徒二人が高等部に長い時間いるのは良くないかもしれない。

そう考えながらトウマと滝河は図書室を後にする。


学園祭の準備は慌ただしく、また、何かを作り上げていく楽しさを感じながらも時間はあっという間に過ぎていった。



学園祭当日の朝。

凛は麗の部屋の扉をノックした。

少しした後、扉が開いて麗が顔を覗かせる。

「凛、おはよう」

「おはよう。一緒に学校に行かない?」

凛が編入して一ヶ月以上が経った。互いに一人で登下校することもあるか、こうして声をかけるのは学園祭の準備で一緒に登下校する時間がなかったかもしれない。

麗はそう思いながら、目の前で笑う凛の顔を見た。

「うん。ちょっと待ってて」

凛はそのまま麗の部屋を覗く。制服に着替えていたが、机の上に鞄や袋があるのは、まだ準備の途中だったのだろう。

「姉さん、劇はお昼過ぎだったよね?」

「うん、ライブの前だよ」

気のせいか麗は少し緊張しているように見える。

「当番じゃなかったら見に行くね」

「いいよ、恥ずかしいもん」

にやにやしている凛を見ながら、麗は恥ずかしそうに答える。

机の上に置かれていた台本やプリントを鞄に入れると袋と一緒に手に持つ。

「お待たせ」

部屋を出た麗は鍵を閉めると、歩き出そうとしていた凛と並んでて歩き始める。

「いよいよだね」

「凛は初めての学園祭だからね」

麗も緊張している様子だったが、凛もほんの少し緊張しているように見える。

「お客さん、いっぱい来るといいなあ」

隣で無邪気に笑う凛を見て、麗も同じように嬉しくなった。

「私も見に行くね」

「うん」

この学園の行事が好き。麗は凛に自分と同じことを思ってほしかった。

二人は笑いながら校舎に入っていく。


午前八時半。

生徒達は校庭に集まり並んでいた。

校庭や校舎を繋ぐ並木道は大きなパネルや色とりどりの風船で飾りつけられていた。

朝礼台に一人の男性が立つと、それまで雑談していた生徒達の声は止んでいく。朝礼台に立ったのは朝日だった。

朝日は端にいた生徒から拡張器を受け取ると一礼をした。

「これより、透遥学園、学園祭を始めます」

朝日は柔らかい雰囲気で周りを見ている。

覚醒していた時を知っている麗達は複雑な思いを抱きつつ朝日を見ていた。

朝日が拡張器を下ろすと、生徒達がいっせいに拍手をする。



長くて短い一日が始まる。

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