再生 34 記憶の暗示
一学期の最終日。
生徒会室には神崎、結城、高屋、鳴尾、月代がいた。中央には楕円形のテーブルがあり、それぞれ椅子に座っている。
結城は周りを見て、それから持っていた紙に目を通しながら話を始める。
「すでに気づいている者もいるかもしれないが、二学期付けで新しい生徒が来る。名前は水沢凛、高等部二年に在籍する水沢麗の双子の妹らしい」
結城の言葉を聞いた高屋、鳴尾、月代はそれぞれ驚く。
「双子の妹?」
高屋は結城を見る。
「月曜日に事務室に行ったら編入手続きをしていて、書類を見せてもらった。…顔は水沢麗によく似ていた」
ほんの少しだけ結城は言葉を詰まらせたが、いつものように話し出す。
「水沢麗の妹であるとしたら、能力者、そして…鍵を持つ可能性が高い」
結城は神崎の方を振り向く。神崎は楽しそうな顔で結城を見ていた。
「もしも能力者であり、素質があるとしたら、生徒会でその力を利用する」
神崎は結城の顔を見て笑っていたが、目は結城を威圧しているようだった。
神崎の本心を察知した結城は何かを言いかけたが、言っても何も変わらないと思い、話を元に戻す。
「…二学期の前に、再度、入寮手続きなどで学園に来ると教頭先生が仰っていた。詳しい日にちはまだ分からないが、様子を見たほうが良い」
結城の話を聞いた高屋は何かを考えながら微笑み、鳴尾はあくびをすると足を組み直す。月代は小さく頷くだけだった。
「そして、もう一つ。物語の続きが見つかった」
「えっ…?!」
その言葉を聞いて声を出して驚いたのは月代だった。神崎、高屋、鳴尾も声に出さなかったが、少しは驚いている様子だった。
「先週の土曜日…あれから、図書室に行ったら新たな本を発見した」
約一週間前、闇の精霊がトウマの身体を操り、悠梨の正体が風の精霊だった。生徒会室にいた神崎、結城、高屋はそれを知っていた。
「原因は分からないが本は第一章しか記載されていなかった。内容は…」
結城は持っていた紙をテーブルに置くと、退屈そうに足を組んで座っている鳴尾を見る。
「鳴尾」
結城に呼ばれた鳴尾は結城の顔を見る。
「風村悠梨が風の精霊だったことは知っていたか?」
先週の土曜日、生徒会室にいなかったのは鳴尾と月代だった。
「物語の続きは新しいことが書かれていたが、その中でも気になったのは赤竜士ヴィースが風の精霊を滅ぼしたこと。鳴尾、お前はその事を知っていたか?」
神崎、高屋、月代は鳴尾の顔を見て、鳴尾の答えを待つ。
鳴尾は組んでいた足を戻すと椅子から立ち上がった。
「知らない。…っていうかそんな事興味ない。俺はただ強い奴と戦えればそれでいいさ」
鳴尾はそう言うと、そのまま後ろを振り返り、生徒会室から出ていってしまう。
扉が閉まると、結城は小さく溜息を吐く。
「…鳴尾は相変わらずだな」
「まあ、赤竜士らしいですね」
呆れた表情の結城を見て高屋が苦笑する。
「一応、生徒会役員としての仕事はしているんだが…」
結城の反応を見て面白いのか、神崎も苦笑している。
「僕もやりたい事がありますので、失礼します」
何かを思い出したように高屋も立ち上がり、小さく頭を下げると扉を開けて出ていってしまう。
鳴尾と高屋が生徒会室から出ていった後、残ったのが自分だけだと気づき、居づらいと思ったのか月代は慌てて椅子から立ち上がる。
「あっ、俺も……」
月代が神崎と結城に背を向けると、結城は月代を呼び止める。
「月代」
月代は足を止め、ゆっくりと振り返った。
「お前はどこまで本を読んだ?そして…何を見た?」
結城はただ月代の顔を見て問いかけた。それだけなのに月代にとっては萎縮してしまうような感覚だった。
月代は身体をまっすぐ向けて、落ち着いて答えようとする。
「本は二冊とも読みました。レイナ達によってラグマ様もロティル様も滅ぼされて…。もしも、物語の通りになるなら、ラグマ様の力を持つ結城先生とロティル様の力を持つ神崎先生は力を封印されてしまう。前に、力を封印された者は覚醒された時からの記憶を失うと聞いたことがあります。…俺は…それは、嫌です」
月代は自分なりに考えていることを話していたが、思い悩むような表情だった。
俯いていた顔を上げると、神崎と目が会った。その時、六月の出来事を思い出す。物語の過去を読んでいた月代は、神崎に物語でマリスはロティルに襲われると聞き、自分もまた生徒会室で神崎に襲われそうになったのだった。
神崎の目が自分を見て笑っていることに気づき、悪寒が走り、すぐに目を反らした。
「成程…。それで、何か見えたり感じたりすることは?」
月代の話を一通り聞いた結城は新たな疑問を投げかける。
月代は少し考えると、何かを思い出したように答える。
「物語の続きがあることは知りませんでした。けど、何日か前に、俺の目の前にレイナ達や見慣れない男性、大きな甲冑、後…風の精霊が現れる夢を見ました。現実的じゃないのに、マリスが…俺が自分で見て感じているような感じでした」
ほんの少しだけ月代の瞳の色が青く変わったような気がした。それに気づいた結城と神崎は顔を見合わせて再び月代の顔を見たが、月代の瞳の色は元に戻っていた。
「分かった。これから…と言っても明日から夏休みだ。登校日なり始業式なり、何か感じたり見えたならすぐに話せ」
「はい、分かりました」
月代は姿勢を正し、まっすぐな目で結城の顔を見る。そして、一礼すると再び背を向けて歩きだし生徒会室から出ていく。
扉が閉まると結城は立ち上がり、誰もいない扉を見ている神崎に問いかける。
「…月代に何かしましたか?」
「先月、ここで月代を襲おうとしただけだ」
神崎は結城の顔を見ず、何事も無かったように平然と答えたが、それを聞いた結城は驚いて声を上げようとしたが、それを察知した神崎は立ち上がり結城の顔を見る。
「結城、お前が代わりになるか?」
神崎の言葉に結城は言葉を詰まらせる。
「………」
神崎は以前、風の精霊である悠梨を襲おうとして未遂に終わった。そして、物語の中でロティルはマリスを襲っている。それを知っていた結城は、マリスの力を持つ月代がいずれ襲われるのではないかと懸念していた。
結城の反応を見て楽しんだ神崎の目つきが変わる。
「月代は物語の続きがあること知らなかった。それなのに、物語の続きを知っているような言い方だったな」
「生徒会側も力をつけています。特に高屋と月代…月代はマリスの記憶が見えるのか、物語の先を見る力があるのか…」
神崎も結城も月代の力についてまだ知らないことが多かった。
「月代についてはまだ知らないことがあるな」
何かを企み笑う神崎の顔を見て結城は口角を上げて笑った。
「(この方のまっすぐな目…、これから何を見るのか…)」
結城は少しだけ天井を見上げる。
「水沢麗の妹に鍵の素質があるとしたら、私が欲しい物が手に入るだろう」
「はい」
「その前に…」
神崎は窓際に向かって歩きだし外の景色を見る。
「まだ物語の続きを知らない能力者が本を読みに来るかもしれない。今以上に警戒しておくことだな」
「かしこまりました」
神崎の背中に向かって結城は頭を下げて答える。
神崎も結城も笑っていた。
一学期が終わり、明日から夏休み。
ホームルームを終え、教室を出ていく生徒達の顔は期待に胸を膨らませていた。
麗と梁木もまた夏休みを前に嬉しそうだった。教室を出た二人は廊下を歩き、人気のない場所に向かっていた。
「明日から夏休みですね」
「うん」
「月曜日に電話で聞きましたが、レイの妹が編入してくるんですよね?」
物語の続きが見つかった月曜日、梁木と大野が図書室がいる時、麗は寮で中西によって妹の編入を知った。
その後、麗は梁木達に連絡を取っていた。
「うん、妹が透遥学園に来るのはすごく嬉しいし楽しみだよ。…ユーリのことはまだ信じたくない気持ちもあるけど、妹が編入してくるし、ちゃんと物語の続きを読もうって思った…」
廊下の端で立ち止まって二人は話し出す。
物語の中でレイナの双子の妹ティムはレイナ達を襲うが、冥刻使ラグマの魔法によってどこかに消えてしまう。
そして、物語の過去でレイナと離れ離れになってしまったティムは、ロティルの城でロティルに襲われてしまう。
麗は妹が編入してくることによって能力者と覚醒し、物語と同じようにロティルの能力者に襲われてしまうんじゃないかと危惧していた。
「…レイの妹が編入してくることを知ってるのは中西先生だけですか?」
「後、トウマに連絡したよ」
「実月先生は?」
「ううん、まだ。中西先生が知ってるなら実月先生も知ってるかなって思って」
麗の妹が編入してくることを知ったのは中西だった。教師である中西が知っているということは、実月も知っていると思ったのだった。
梁木はそれを聞いて別のことを考える。
「今から図書室に行きませんか?」
「…えっ?」
突然の提案に麗は驚いて梁木の顔を見る。
「月曜日はレイも気持ちの整理がつかず、そんな中で図書室に誘うことはできませんでした。けど、物語の続きを読もうって言った今なら、大丈夫かなと思ったのですが……やっぱり、まだ辛いですよね…?」
梁木は自分から提案したが、話している途中で麗の気持ちを考え、言うのはまだ早いと感じた。しかし、麗は首を横に振って答える。
「私のこと、心配してくれたんだよね?」
「…はい」
麗は少し悲しそうな表情で梁木を見つめる。それを見た梁木は麗を困らせてしまったと思い、気まずい様子で頷く。
「ユーリのことを考えるとまだ辛いよ。でも、二学期から妹が編入してくる。もっと色々なことを知らなきゃいけない…だから、物語の続きを読みに行く」
そう言って力強く頷く麗を見て、梁木は驚いた。梁木は麗がまだ気持ちの整理がつかず断られると思っていたからだった。
「分かりました」
そう言うと、二人は再び廊下を歩き出した。
麗達が廊下で話している時、トウマは五階にいた。
「(前にも感じたが、五階には色々な力を感じる…)」
トウマはその場に立ち止まり目を閉じる。意識を集中させると、トウマの脳裏に炎が浮かび上がる。
「!!!」
トウマは驚いて目を開けると、目についたのは音楽室だった。それまで気がつかなかったが、微かに何かを弾く音が聞こえる。
「楽器…?」
トウマは誰かがいると思い、音楽室に向かって歩いていく。
音楽室の前に着いて扉を開けると、内藤が椅子に座って大きなハープを弾いていた。優雅に弾く姿とは違い、奏でる音は力強く情熱的だった。
扉が開く音に気づき、ハープを弾く手を止める。
「あ、あの……」
トウマはハープを弾く手を止めたのを見て、内藤に声をかける。
いつの間にかトウマの瞳は薄い緑色に変わっていた。
それに気づいた内藤はあることに気づき、椅子から立ち上がる。
「貴方…能力者ね?!」
内藤の瞳が緑色に変わっていく。それは本を知る能力者の証だった。
「能力者?!」
トウマは目の前にいる人物が敵か味方か分からず警戒している。
内藤は再びハープを構え、力強く弦を弾く。
その時、彼女の周りに炎が巻き起こる。炎は音楽室を覆うように広がっていく。
すっと息を吸い、口を開こうとした時、勢いよく扉が開く。
「待ってくださいっ!!」
扉を開ける大きな音と少女の大声に驚いた二人は扉の方を見る。そこには走ってきたのか息を切らしている女子生徒がいた。
髪を高い位置で二つに結んだ少女の瞳は明るい緑色だった。
「…佐月さん?」
内藤は佐月と呼ぶ少女を見て、彼女もまた覚醒していることに驚いていた。音楽室を覆っていた炎が少しずつ消えていく。
「こっちも能力者か…?」
振り返ったトウマは、見たことがない能力者に少し戸惑っていたが、彼女が顔を上げた瞬間、どこかで会ったような懐かしい空気を感じた。
トウマは驚いている中、佐月はトウマの顔を見て信じられないものを見るように驚く。顔を赤らめ、瞳は潤んで涙が零れる。
佐月はトウマの前で膝をつき、右手を胸に当てる。
嬉しさで彼女の声が少しだけ震えていた。
「やっと…やっと、お会いできました。神竜スーマ様の能力を持つお方ですね?」
前にも似たようなことがあったような気がする。
トウマはそう思いながら、はっきりと答えた。
「そうだ」
彼女は初めて会った気がしないと感じた。
その時、トウマは物語の過去を思い出す。ロティルによってスーマは囚われ、希望を失いかけた時に助けに来てくれた少女のことを。
それを思い出した時、目の前で膝をつく佐月に笑顔を向ける。
「フィアだな?」
俯いていた佐月の顔が更に笑みが零れ、ゆっくりと顔を上げる。
「はい!」
トウマと佐月を見ていた内藤は何があったから分からず、大きなハープをおろして様子を伺っている。
佐月は顔を上げてトウマの顔を見つめる。まだ頬は赤く、涙を流していた。
「高等部二年、佐月絢葉。大天使にお仕えしていたフィアの力を持っています」
佐月は自分の名前を名乗り、それからまたゆっくりと立ち上がった。
「俺はトウマ。大学部に在籍している」
「トウマ、様っ!」
トウマの名前を知った佐月はそれだけで一つの喜びを感じた。
「様はつけなくてもいい……と言っても、お前も無理だろうな」
トウマは困ったように頭をかいたが、自分の周りで自分を様をつけて呼ぶ人物を知っているので、止めることはしなかった。
「ところで…えっと、佐月さん?」
「佐月でいいです」
面識もないのに呼び捨てにするのは失礼だと思い言い直したが、佐月はそれを否定した。
「じゃあ、佐月。お前はどうして俺がここにいることが分かったんだ?」
「ホームルームが終わって内藤先生に会いに行こうとしたら、どこか暖かく懐かしい雰囲気を感じて、廊下の端からトウマ様が音楽室に入っていくのが見えたんです」
「内藤先生…、そうだ、彼女は敵なのか?味方なのか?」
佐月が内藤の名前を出したところで、トウマは後ろで様子を伺っていた内藤の顔を見る。
佐月も内藤の顔を見て答える。
「内藤先生はあたし達の味方です」
「…先生は誰の力を持っているんですか?」
トウマは内藤を見て問いかける。
急に話を振られて驚いたが、内藤は首を横に振る。
「私は自分が物語と関わりがあると分かっているけど、誰の力を持っているか分からないの…。けど、夢で佐月さんによく似た女の子が私をアーヴァと呼んでいたから、私はアーヴァという人の能力を持っていると思うの」
内藤の瞳の色が元に戻っていく。それと同時にトウマと佐月の瞳の色も元に戻っていく。
「物語の続きも見つかったし、まだ出ていない登場人物かもしれないな。それと…俺は音楽室に来る前に燃え盛る炎のようなものを感じた。それに、先生がハープを弾いた瞬間、炎が広がった。それは先生の力なんですか?」
トウマは内藤が持っているハープを指した。
内藤はハープを見てからトウマの顔を見る。
「このハープは我が家で代々、受け継がれている大事なハープなの」
内藤がピンと弦を弾くと、一瞬だがハープの回りに炎が渦を巻いたような気がした。
「たまに音楽室で弾いてるの」
それに気づいたトウマはハープを見つめて、何かを考える。
「ところで、トウマ様」
トウマの後ろで佐月が問いかける。
「物語に出てくるレイナ様とティム様の能力を持つ方は御存知ですか?」
佐月は物語を読んでいると思い、トウマは答える。
「レイナの能力者はすでにいる。他にも仲間がいる。だが、ティムの能力者はまだ分からない…」
麗の妹がいることは聞いていても、妹が能力者であり、それがティムとは限らない。
トウマは断言できないと思い、首を横に振る。
「そうでしたか…」
佐月は少しだけ表情を曇らせる。
トウマはその表情を見て、物語の過去を思い出す。囚われたスーマを救いに城に侵入したフィアは、スーマを見て悲痛な顔を浮かべていた。物語の過去を思い出す中、トウマはフィアの能力を思い出す。
「!!」
それに気づいたトウマは振り返り、フィアの両手を取る。
「お前の能力を知りたい。もしかしたら、今後、大きな力になるかもしれない!」
突然、両手を握られた佐月は驚き、再び顔を赤らめる。
「ト、トウマ様?!」
トウマはまっすぐな目で佐月を見つめている。
戸惑う佐月を見た内藤は壁にかかっている時計を見ると、申し訳なさそうに二人に声をかける。
「二人とも申し訳ないんだけど…」
「あっ!」
トウマは勢いで佐月の両手を握ってしまったことに気づき、慌てて手を離す。
トウマと佐月は内藤の顔を見る。
「あの…、もうすぐ会議があるから音楽室を閉めたいんだけど…」
それは二人にとって予想しなかったことだった。