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再生 33 巡る引力

月曜日。

憂鬱なのは暑さのせいだけじゃなかった。

身支度を整えて、靴を履いて扉を開ける。鍵を閉めて振り返ると、自然に目の前の扉が目に入る。

壁に掛けられていたはずの名札は消え、そこは空き部屋になっていた。

「…………」

麗にとって、それは信じたくない現実の一つだった。

込み上げる気持ちを抑えて学校に向かう。

まぶたは少しだけ腫れていた。



「悠梨……それ、誰?」

目の前にいる女子生徒は麗の質問に対して、小さく首を傾げて困ったように答えた。

答えたのは去年、麗と悠梨と同じクラスだった生徒だ。

麗は自分の教室に行く前に悠梨がいる教室を訪ねたのだった。

麗は唖然として教室の入口から中を覗く。彼女が座っていた席は知らない人が座っていた。

頭の中で、あの時の事が甦る。

土曜の出来事の後、寮に戻った麗は悠梨の部屋の扉を叩いた。しかし、返事は無く、たまたま通りかかった寮長にずっと空き部屋だと告げられたのだった。

「水沢さん、どうしたの?暑さでぼーっとしたんじゃない?」

事情を知らない女子生徒は、ただ麗の様子を心配している。

麗が何か言おうとした時、教室の中から女子生徒の名前を呼ぶ声が聞こえる。

「あっ、ごめん。私、戻るね」

「う、うん」

女子生徒は小さく手を振ると教室の中へ戻っていった。

「………」

落ち込んだ麗は教室から離れ、自分の教室に向かって歩き出した。

自分の教室の戻る途中、梁木の後ろ姿を見つける。

「ショウ」

麗の声に気づいた梁木は後ろを振り返り、麗の表情に気づく。

「…おはようございます。……もしかしたら、ユーリの教室に行きましたか?」

「うん。一年の時に同じクラスだった人に聞いていたら、知らないって言われた…。まるで、最初からいなかったみたいな感じでさ…」

梁木に駆け寄り、隣を歩きながら麗は答える。

梁木は麗のまぶたが腫れている事に気づく。顔を見ると、土曜日の時と同じ悲しい顔だった。

「僕は先程、中西先生に会った時に、クラスの名簿からユーリの名前が消えていた事に気づいたそうです。…本当にユーリは風の精霊シルフが作り出したのですね…」

土曜日の出来事から二日も経っていないはずなのに、悠梨のことを覚えていなかったり、クラスの名簿から名前が消えていたり、まるで彼女は最初からいなかったようだった。

「…嘘を言ってるように思えないのは分かってる、分かってるけど……やっぱり…信じられないよ」

麗の声が震え、瞳が潤んで涙が零れる。麗は涙を拭い、落ち着こうとした。事情を知らない人が見たら廊下で急に泣いていたら驚かれるし、梁木を困らせると思ったからだ。

それを見た梁木は麗の気持ちを察する。締めつけられるような苦しさは梁木も感じていた。

話を聞かれてはいけないと思った二人は、自然に教室の前で立ち止まって話していた。

「…それは僕も同じです」

麗は顔を上げて梁木の顔を見ると、梁木もまた今にも泣きそうな辛い顔をしていた。

「……」

「…そろそろ、チャイムが鳴る頃なので教室に入りましょう」

麗は手の甲で涙を拭うと、小さく深呼吸をする。

先に教室に入る梁木の背中を見送ってから麗も教室に入っていった。


夏休み前の一週間は、午前中で授業が終わる。

放課後、掃除を終えた麗は寮に帰ろうと教室を出る。午前中までなのに授業が長く感じた。そう思っていた時、後ろから声が聞こえる。

「レイ」

麗が振り返ると、教室の入口には梁木が立っていた。梁木は教室を出て左右を見ると、麗に一歩近づく。

「僕は今から図書室に行って、トウマが言っていた物語の続きを見に行きます。もちろん、レイの気持ちも分かっています。けど、僕は…これから何が起きようとしているか知りたいのです」

「………」

麗も物語の続きは気になっていた。しかし、今の気持ちのままだと何かあった時に対応できず、梁木に迷惑がかかると感じていた。

麗が答える前に、梁木が言葉を続ける。

「だから、僕一人で行きます。レイは寮に戻っていてください」

辛い表情を隠すように告げると、梁木は麗に背を向けて歩き出していく。

自分も図書室に行って物語の続きが読みたい、けれど、今の状態で敵に襲われた時に戦えるかどうか不安だった。

麗は表情を曇らせ何か考えると、梁木と反対の方を向いて歩き出した。



その頃、大野は礼拝堂にいた。

正面にある大きな十字架の前に跪くと両手を組み何かを祈るように瞳を閉じている。

「(主よ、どうか私達に光ある道をお導き下さい…)」

ゆっくりと目を開けて立ち上がり、礼拝堂を出ようとした時、後ろから扉が開く音が聞こえる。

大野が振り返ると、扉を開けたのは見慣れない女子生徒だった。太もも辺りまで伸びた黒く長い髪、穏やかな表情の女子生徒は大野に気づくと会釈をして礼拝堂の中へと入る。

「…すみません、お祈りしてもいいですか?」

大野は女子生徒の顔を見て、誰かに似ていると気づく。

「(……月代さん?!)」

大野は月代と似ていることに驚いたが、見間違いだと思い、女子生徒に気づかれないように微笑んだ。

「あ、はい、どうぞ。私はもう礼拝堂を出るところですので…」

女子生徒はもう一度会釈をすると、大きな十字架に向かって歩き出した。

大野は気にしないようにしつつ礼拝堂の入口に向かって歩く。

扉を開ける前に十字架に向かって頭を下げようと振り返った時、女子生徒はすでに大きな十字架の前で跪き、両手を胸の前に重ねていた。

その時、女子生徒の背中が輝いて白い翼が見えたような気がした。

「!!!」

それを見た大野は驚いたが、声に出さないようにゆっくりと礼拝堂を後にした。

「あの翼、見間違いだと良いけど…」

大野は何かあるんじゃないかと考え、そのまま高等部の校舎に入っていく。

靴を履き替えて中央の階段を上っていく。三階の自分達の教室を過ぎていくと、何か不穏な気配を感じる。

「何か感じる…」

大野はほんの少しだけ足を早め、図書室の扉を開く。

図書室の中は静かだった。

周りは黒い霧のようなもので覆われ、大野はすぐにそれが結界だと気づいた。中へ入り、扉を閉めようとした瞬間、扉は大きな音を立てて閉まってしまう。

「!!」

驚いた大野は扉を開けようとしたが、扉はびくともしなかった。瞳が琥珀色に変わっていく。

「……結界の中に閉じ込められた?!」

自分の力では扉が開かないと思った大野は図書室の奥へと歩き出した。

「結界を壊すか、本があるところに行くか…」

大野はその場に立ち止まって考えると、更に奥へと進んでいく。

本がある場所に辿り着くと、あるものを見て驚いた。

「梁木さん!!」

それは、本棚の前でうずくまるように倒れている梁木だった。

大野は梁木の元へ駆け寄り、その場に膝をつく。

「………ん」

梁木はゆっくりと目を開き、大野に気づくと立ち上がろうとした。

「…大野さん?」

大野は上半身を起こす梁木の肩を支える。梁木も覚醒していた。

「…どうして?……それに、覚醒してる…?」

意識がはっきりしていないせいか、目の前にいる大野にも驚いていた。

「私は物語の続きを探しに来ました。そしたら、図書室に結界が張られ…閉じ込められました」

大野は梁木の意識がはっきりしていないと分かり、落ち着いて説明をする。

「僕も物語の続きが気になって図書室に来ました。本はすぐに見つかったのですが…本を開こうとしたら、突然、背中に強い痛みが走って…」

梁木は立ち上がり辺りを見回す。すると、梁木から少し離れた場所に濃い青色の本が開いたまま落ちていた。

「そうだ…あの本です!」

床に落ちている本を見つけ拾い上げようとした時、突然、辺りからキイキイと音が聞こえる。二人が振り返ると、膝下くらいの小さな黒い鬼のようなものが辺り一面に立っていた。小さな鬼の群れはナイフのような短剣を上下に振っている。

「!!」

一匹の小さな鬼が梁木達を見ると、合図を送るように大きな声をあげた。すると、周りの小さな鬼は次々に梁木達に襲いかかる。

梁木は大野の前に出ると、短剣を生み出して、小さな鬼の攻撃を受け止める。

小さな鬼と距離をあけると、梁木は右手を前に突き出して呪文を唱える。

「空の一雲薙ぎ払う瞬く光よ、輝く…」

梁木が呪文を唱えている時、二、三匹の小さな鬼がナイフを振り上げて飛びかかる。

梁木は呪文を唱えるのを止め、小さな鬼の攻撃をかわしていく。その後ろで大野が魔法を発動させる。

「ボルトアース!!」

左手で本を持ち、右手を上げると、手のひらに電気が流れ、小さな鬼の群れの上空に幾つもの大きな雷の塊が現れる。それは、勢い良く降りかかると小さな鬼の群れは次々に消えていってしまう。

「呪文の詠唱無しであんな強力な魔法を…。地の精霊の力、それとも大野さんの力なのでしょうか…」

梁木は大野の魔法を見て驚いていた。

呪文は唱えなくても発動させることはできるが、魔力と身体に負担がかかる。大野は特に疲れている様子ではなかった。

「梁木さん、大丈夫ですか?!」

「あ、はい。ありがとうございます」

梁木が大野の顔を見ると、前を見て驚いていた。

『!!』

二人が前を見ると、さっきまで数が減ったと思っていた小さな鬼は数が減るどころか増えていた。

「そんな……」

「魔法が効かなかったわけじゃないのに…」

小さな鬼の群れは、いつの間にか梁木と大野を囲っていた。

「敵は小さくて動きも速い。広い範囲の魔法、しかも詠唱時間が短いか詠唱しないで発動させる方が良いかもしれません…」

梁木は辺りを見ながら考える。小さな鬼の群れはさっきより数が多く、キイキイと鳴きながら様子を伺っていた。

何かを思いついた梁木は小さな声で大野に話す。

「大野さん、僕が合図を出したら目をつぶってください」

「えっ?あ、はい…!」

大野は一瞬だけ戸惑ったが、梁木に何か考えがあると察して頷く。

梁木は少し後ろに下がり、大野と距離を縮める。

「空と海を渡りし聖なる鳥、導き出す光、永遠に…」

梁木の両手には、光の球が生まれ、次第に大きくなっていく。

小さな鬼の一匹が遠くから走り出して、梁木に切りかかろうとする。

「今です!!」

梁木の声で大野はぎゅっと目を閉じる。

梁木の魔法が完成した。

「ストレイ!!」

光の球は強く輝き出すと辺りに広がった。光を見てしまった小さな鬼の群れは目を閉じて苦しそうにうめいた。

まぶしくて目を閉じている大野は、咄嗟に本を両手で持つと、祈るように意識を集中させる。すると、本の形が変わり、大きな鎌に変わっていく。

大野は目を閉じたまま大きな鎌を構えると、なぎ払うように大きく振る。なぎ払った場所が大きく揺れて風の刃が生まれ、風の刃は勢いを増すと小さな鬼の群れに襲いかかる。

強い光が消えていく中、呪文を唱えていた梁木の魔法が完成する。

「フレアトルネード!!」

梁木が両手を前に突き出すと、周りから炎を巻いた紅い球が生まれ、大野の放った風の刃と合わさると渦を巻き、まぶしくて動けない小さな鬼の群れを次々に包んでいく。

強い光が徐々に薄れていくと、大野はゆっくりと目を開く。炎の渦に包まれた小さな鬼の群れは苦しそうに叫び、やがて、炎の渦が消えていくと、小さな鬼の群れは一匹残らず消えていた。

それと同時に図書室を覆っていた黒い霧のようなものが少しずつ消えていく。

「…結界が消えた」

「どうやら、終わったみたいですね」

結界が消えると、倒れた本棚や焼けた本などは何もなかったように元に戻っていた。

「はい」

「前もそう思いましたが、大野さんの力は本当にすごいですね」

「そんな…、梁木さんの咄嗟の機転があったからこそですよ」

梁木の短刀と大野の鎌が消え、二人の瞳の色が元に戻っていく。

二人は顔を見合わせて小さく微笑むと、本の存在を思い出す。

「あ!」

「本は?!」

二人が周りを見ると、先程と同じ場所に濃い青色の本が開いたまま落ちていた。

梁木は床に落ちている本を拾い上げると、大野が見やすいように本を広げる。

それに気づいた大野は梁木に近づく。

「この前、図書室に行った時には無かったのに…」

「見落としていたのか、新しく置かれるようになったのかもしれませんね」

梁木は何かを考えると、本を開いてページをめくっていく。

本を読むだけなのに、何故か不安で胸が苦しい気分だった。



梁木と大野が図書室にいる間、トウマは高等部と大学部を結ぶ並木道にいた。

時間は昼の二時。日差しは強く、日向にいたら汗が止まらなくなるくらい暑かった。

並木道の日影に移動すると、遠くから声が聞こえる。

「トウマ兄ー!」

トウマが振り向くと、高等部に続く道から鳴尾が走ってやって来た。

「彰羅」

トウマは日影から出ると、鳴尾の近くまで歩く。

「トウマ兄が俺を呼ぶなんて珍しいな」

「まあな」

トウマは苦笑すると、真剣な顔で鳴尾の顔を見る。

「単刀直入に聞く。彰羅、風の精霊シルフが人間に姿を変えていたのは知っていたか?」

トウマは物語の続きを読み、風の精霊シルフはヴィースによって滅ぼされたことを知る。ヴィースの能力者である鳴尾はその事を知っているかどうか気になって呼び出したのだった。

真っ直ぐな目で鳴尾を見るトウマに思わぬ答えが返ってくる。

「え?そうなのか?」

思ってもいない鳴尾の答えに、トウマは少しだけ驚く。

鳴尾は思い出すように話を続ける。

「あ!前に…と言ってもかなり前だけど、水沢麗といつも一緒にいた奴か?あいつ、何か変だなーって思っていたんだが…。あれ?違うのか?」

「…いや、間違ってない」

鳴尾の性格を知っているトウマは話を聞きながら少し驚いていた。

「あいつ、風の精霊だったのか。まあ、俺は気にしないけどな」

「…お前らしいというか何というか」

細かいことは気にしないのか、鳴尾はトウマの話にただ頷いて答えるだけだった。

ふと、トウマは先月の出来事を思い出す。六月、食堂で魔物の群れに襲われた後、トウマは髪の長い女性を見かけ、それを追って食堂を出ようとしたら悠梨に止められた。

そして、先週、トウマは闇の精霊シェイドによって操られてしまう。

「もしかしたら、ユーリはその事を知っていたんじゃないか?」

トウマは一つの出来事を推察する。

「あのまま、女性についていったら…」

自分の中で考えていることに不安を覚え、それと同時に悠梨は自分のこともちゃんと見ていたんだと気づく。

「…トウマ兄?」

鳴尾はやや俯いて考えるトウマを心配するように声をかける。

それに気づいたトウマは、はっとして鳴尾の顔を見た。

「いや、何でもない。ところで、お前はどこまで読んだ?」

「ああ、図書室の本のことか。一応、全部読んだぜ…少なからず俺も関わりがあるからな」

「物語の続きがあるのは知ってるのか?」

「続きがあるのか?」

「ああ、俺も気づいたのは先週だけどな」

トウマの言葉に鳴尾は驚いて聞き返す。どうやら、鳴尾も物語の続きがあることは知らなかったようだ。

「そっか。ま、もうすぐ夏休みだし、生徒会の仕事も出なきゃいけないこともあるし、そのうち図書室に行くか」

「今から行かないのか?」

今日は月曜とはいえ、高等部は夏休みまで授業は午前中で終わる。生徒会の業務があったとしても、図書室に行く時間はあると思っていた。

「いや、これから行くとこがあるんだ」

「??」

鳴尾は高等部に続く道の方を向いたが、くるりと振り返る。

「黄昏の温室。なんか、楽しそうな予感がするんだ!」

そう言うと犬歯を見せて笑い、高等部に向かって歩いていった。



『えっ?!』

梁木と大野は同時に声を出して驚いた。

「…続きが、無い?」

梁木の手が止まる。続きを読もうとページをめくると、そこには何も書いてなかった。

「ページはまだあるので、これで終わりというわけでは無いと思いますが…」

大野は本の最初を思い出す。最初のページには第一章から第六章、それに加えて番外編が二つ書かれていた。

「しかし、第一章だけでも大きな情報を得られました。レイナとカリルの再会、カリルにもう片方の翼が生えたこと、宝石と精霊の関係性…」

大野は本に視線を落としていたが、顔を上げて梁木の顔を見る。

「ファーシルとロゼッタ、新しい人物も出ましたね。それに、トウマ様が言っていた風の精霊シルフがヴィースによって消えてしまうこと…」

先週、トウマから聞いていたが、改めて自分の目で物語を読むと驚いてばかりだった。

「物語の続きがあることを知っているのは、今のところ、トウマ、大野さん、僕の三人ですね」

「そうですね」

「レイにも話したいのですが…レイはまだユーリがシルフだという事実を受け止めていないように見えます」

梁木は悲しそうな表情で俯く。

「今はそっとしておいた方が良いかもしれませんね」

大野も麗の気持ちを察していた。

「物語ではマリスがレイナ達を狙っていましたが、生徒会にはマリスの能力者がいましたか?」

「私も滝河さんもすでに生徒会には所属していませんが、恐らくマリスの能力者は二年の月代さんだと思います」

「僕らと同じ学年ですね。…物語の続きが無いなら、今日はこれで帰りましょうか」

梁木は物語の続きを思い出しつつ、壁に掛けられている時計を見た。

大野も時計を見ると、すでに二時を過ぎていた。

「そうですね」

大野が小さく頷くと、梁木は本を閉じて元にあった場所に戻した。

「夏休みが始まる前に、もう一度、図書室に行こうと思います」

大野の後に続いて、梁木も図書室を後にする。

梁木の背中が少しだけ光ったような気がした。



「失礼します」

三階の職員室の隣には事務室がある。

職員室と繋がっているが、入る時には声をかけていた。

「あ、中西先生」

中西の声に気づいた三十代くらいの男性は、椅子ごと振り返ると笑顔で挨拶をする。

「頼まれた書類を持ってきました」

「いやー、わざわざ、ありがとうございます」

中西は手に持っていた二枚の紙を男性がいる机の上に置く。

「いえ、これくらい大したことじゃないですよ」

中西はふと、事務室の窓口の机に置かれている包装された真新しい女子制服を見つける。

「この時期に編入ですか?」

「はい、二学期付けで新しい生徒が来ますよ」

男性は机の引き出しを開けると、一枚の紙を取り出して中西に見せる。

「二年生だそうです。こんな時期なので、馴染めるかどうか大変ですよね」

男性はそう言いながら、まだ見ぬ新しい生徒のことを気遣った。

中西は願書のような紙を見せてもらうと、そこには見慣れた苗字を見つける。

写真に写っているのは見たことのあるセーラー服を着ている少女だった。

「そ、そ、そ、そうですね…」

それを見た中西はうろたえ、動揺している様子を気づかれないように取り繕う。

「わ、私は用事があるので失礼しますっ!!」

足早に事務室を後にした中西は階段を下りて、教師用の出入口で靴を履き替えると、ある場所に向かって走り出した。


その頃、麗は寮の自室のベッドの上で両足を抱えて座っていた。

「ユーリが風の精霊シルフだなんて…信じたくないよ…。毎日、ずっと一緒にいたのに…」

麗は悲しくて今にも泣きそうな顔をしていた。

その時、扉を強く叩く音が聞こえる。

「……」

音に気づいた麗は顔を上げてベッドから立ち上がる。

何回も扉を叩く音は何か急いでるように感じた。

「……はいっ!」

麗の声に気づいたのか外から知っている声が聞こえる。

「レイ!私だ、開けてほしい!」

扉を叩いていたのは中西だった。

「葵っ?!」

それに気づいた麗は足早に扉を開ける。

扉を開けると、走っていたのか息を切らした中西が立っていた。

「あ、葵?!寮まで来てど、どうしたの?」

寮も学園の敷地内だが、中西は麗のことをレイと呼んでいた。それくらい、中西は何かに動揺している様子だった。

中西は両手を膝につけたまま息を切らしたまま喋ろうとしなかったが、落ち着いたのか少しずつ話しだす。

「…………がっ」

「えっ??」

中西が何かに動揺しているのに気づいて、麗も少なからずおろおろしていた。

「…凛が、凛が…透遥学園に、来るぞ…!!」

中西は顔を上げて麗の顔を見た。その顔は動揺しているが真剣だった。

麗は中西が寮に来たことに驚いていたが、告げられた言葉を聞いて、廊下に響き渡るくらいの大声を出して驚いた。

「えっ、……えーーーーーっっ!!!」

麗は自分の声の大きさに驚きつつ、一度部屋に戻ると何かを持ってくる。

麗は持ってきた携帯電話のボタンを押して耳にあてる。暫くすると声が聞こえた。

『もしもし、姉さん?』

「もしもし、凛?あ、あの、ちょっとっ…!」

その事実を知った麗は中西より動揺していた。動揺していて、うまく言葉が出てこない。

それに気づいたのか、電話の向こうの凛と呼ばれた少女は楽しそうに笑っていた。

『あ?もしかしたら、葵さんから何か聞いたー?』

「き、聞いたよ!!それ、いつ決まったの?何で教えてくれなかったの?!」

『ちょっと前だったかな。言わない方が姉さんもびっくりすると思ってー』

少女はにこにこと笑っているようだった。

電話をかけた時から中西は携帯電話に顔を近づけて聞いていた。

嬉しさより、突然の出来事に二人はずっと驚きっぱなしだったた。

『二学期から透遥学園の生徒だよ!』

彼女はとても嬉しそうに笑っている。



後少しで一学期が終わる。

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