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再生 31 永遠の風

トウマは闇の精霊シェイドによって操られ、それに気づいた麗達はトウマの身体から離そうとシェイドと戦おうとする。

しかし、突然現れた大野に驚き、シェイドの攻撃によって三人は大きな傷を負ってしまう。

負傷した麗達の前に現れたのは中西だった。



中西は目の前の出来事に動揺を隠す事ができなかった。

自分の目の前にいる全ての人の瞳の色が変わっている。そして、自分もまた瞳の色が赤く変わっていると気づいていたからだ。

それは、自分の中にぼんやりと残る記憶を思い出させる。

中西が現れた事によってシェイド以外の全員が驚いていた。

「葵…」

麗の声が震える。以前、悠梨から聞いていたが、それを目の当たりにして信じる事ができなかった。

中西は口唇をきゅっと噛むと自分に言い聞かすように呟く。

「…やはり、師匠が言ってたのは本当だったんだな」

俯いた顔を上げて、怪我をしている麗に問いかけた。

「レイ、お前達に怪我を負わせたのは誰だ?」

そう言うと、右を向いて同じ廊下にいるトウマ達を見る。

その目つきは、今までに見た事が無いくらい厳しく真剣だった。

麗は真剣な表情の中西に驚いたと同時に、何から話して良いか分からず思った事を答える。

「トウマは…操られてるだけなの!!」

麗の顔は今にも泣きそうだった。

「…分かった」

その表情を見て、中西は再び目の前のシェイドへ身体を向ける。

中西が力強く踏み込んだ瞬間、中西はシェイドの懐に入っていた。

『!!!』

突然の出来事に全員が驚き、シェイドは半歩後ろに下がろうとした。

「すまないな」

悲しそうな声でそう呟くと、それより早く右足を踏み込みシェイドの左腕を掴むと背負うようにして勢い良く投げ飛ばす。

「!!」

反応が遅れたシェイドの身体は投げ出され、その間に中西は左胸のポケットからカードを一枚出して言葉を発動させる。

「降り注ぐ氷の刃、光り輝く疾風よ幾重に轟け…フリーズブラスト!!」

その瞬間、中西の持っているカードが光り、カードから大きな無数の氷の刃が現れてシェイドに向かって加速していく。氷の刃が光ると霧のようなものが吹き出してシェイドに直撃する。

霧で視界が遮られる中、赤いものが揺れると霧の中から幾つもの炎の球体が中西を襲う。炎の球体の一つが軌道を変えて大野にも襲いかかる。

驚いた大野は小さく呪文を唱えたが、中西は大野の前に立ち再び、カードを一枚取り出すと後ろに投げて言葉を発動させた。

「慈母が施すのは聖なる防壁、クロスシールド!」

中西の持つカードが光ると、大野の目の前に光り輝く十字の壁のようなものが現れ、炎の球体は光り輝く十字の壁にぶつかって消えていってしまう。

中西は幾つもの炎の球体を避けながら走り、麗達の横を過ぎて薄れていく霧に向かっていく。

シェイドに向かって臆せず戦う中西を見て麗達はただ驚くだけだった。

「葵、すごい…!」

「カードから魔法が出た?!」

「それもそうだが、中西先生のあの動き……俺や兄貴の体術に似てる…」

麗は中西の能力、梁木はカードから魔法が出ること、滝河は中西の動きに驚いていた。

薄れていく霧の中、中西は何かが光るのを見た。それが何か分かる前にカードを一枚取り出す。

「猛き狼の怒涛の牙…キラーファング!!」

カードが光ると、中西の両手指が光り指輪のようなものが現れる。そこから鋼の刺のようなものが伸びると爪の形に変化した。

中西は右手を頭の上、左手を胸の前に構えた。

「ぐっっ!!」

薄れていく霧の中から両手に短剣を構えたシェイドが姿を見せる。

「中々、面白い力を使うな。だが……!」

シェイドは中西に切りかかろうとしたが、中西が構えていたことに驚いて笑っていた。

中西はシェイドの短剣を弾こうと鉤爪を振り上げる。しかし、シェイドは先を読むように身体をひねり勢い良く中西のお腹を蹴る。

「ぐっ!!」

中西は痛みに僅かに動きが止まり、シェイドはその隙を見て中西に切りかかった。

シェイドが笑う。

「殺意がない」

中西は避けきれずに切られてしまう。

『!!』

麗達は中西が切られてしまったことに驚いたが、突然、中西の身体が大きな氷の塊に変わり、それは音を立てて粉々に砕け散ってしまう。

自分の目の前で砕け散る氷にはっとしたシェイドは背後に生まれた気配に気づく。

シェイドが後ろを振り返ると、傷を負った中西がカードを構えていた。

火焔(ほむら)が導く紅、フレアボール!」

中西が声をあげると、カードから幾つもの巨大な炎の球が飛び出してシェイドに直撃する。

中西はできたら傷つけるようなことはしたくないと思っていた。しかし、目の前にいる相手は自分に殺意を向けている。油断したら自分は殺されてしまうと肌で感じた。

中西は息を飲む。

揺れる炎と黒い煙で視界が遮られている中、そこから右腕が見える。

「!!」

中西は危険を感じて離れようとした。しかし、炎と煙の中から現れた右腕の回りには黒い渦のようなものが生まれ、右腕から離れると球体状になり中西を覆い隠す。

「ぐああぁーーーーーっっ!!」

黒い球体の中西の叫び声が聞こえ、目の前の炎と煙は薄れていく。

炎と煙が消えていくと、そこには火傷を負ったシェイドが笑っていた。

「人間にしては面白い。だが、いつまでも遊んでいる暇はない」

黒い球体が消えていくと、そこには全身に大きな傷を負った中西が立っていた。

中西はその場に両膝をついてしまう。

シェイドは中西に背を向けると、麗に向かってゆっくりと歩き出した。

「!!」

麗達は戦おうと立ち上がろうとするが、痛みに耐えて立ち上がるのがやっとだった。

両膝をついて動くことができない中西は考えていた。自分がもっと早く気づいていたら、こんなことにはならなかったかもしれない、と。

「(私がもっと強かったら…!)」

シェイドは麗の近くで立ち止まると、冷たい目つきで笑った。

中西は痛みに耐えながら、シェイドの後ろ姿を睨みつけることしかできなかった。

「(レイを守りたい!!)」

中西は悔しさと痛みに口唇を噛み、シェイドが右手を上げた瞬間、どこからか強い風が吹き荒れる。

『!!!』

廊下全体に強い風が吹き荒れ、全員の動きが止まってしまう。

傷ついた麗、梁木、滝河、中西の身体が淡く光ると傷が癒えていく。

吹き荒れる強い風はシェイドの身体を囲うと両腕と身体を締めつけて動きを封じてしまう。

「!!」

シェイドは両腕に力を込めて締めつける風を消そうとしたが、びくともしなかった。

その時、中央の階段から足音が聞こえる。

ゆっくりと階段を上がってきたのは悠梨だった。

「…ユーリ?」

突然、悠梨が現れたことに驚いたが、悠梨だけはいつもと様子が違っていた。

悠梨の瞳は白に近い水色だった。

悠梨は麗を見ると優しく笑い、廊下の先にいる中西を見つめる。

「風村…?」

悠梨の顔は少し緊張しているように見えた。

「お前の瞳の色も変わっている…」

中西は悠梨の瞳の色が変わっていることに気づき、それが自分と同じ状況だと理解する。

「…先生、あたしのこと気づいてるでしょ?」

「…えっ?」

悠梨の突然の言葉に中西は驚いた。自分の目の前の状況に驚かず、ただ何かを伝えようと話を続ける。

「あの時、図書室から本を探して、突然現れた骸骨の群れに臆することなくあたしを守ってくれた。そして、先生は覚醒した」

二月上旬。図書室で本を読んでいた中西は、突然大きな地震と共に骸骨の群れに襲われた。その時、一階の食堂の横にある鏡の近くで中西は覚醒して、特殊な力を使って骸骨の群れを一掃した。

「…やはり、あれは夢じゃなかったんだな」

中西の中でぼんやりとしていたものが徐々にはっきりしていく。

「本を読んで覚醒した者の中で、あたしは、先生の意思の強さに惹かれた。…先生は何のために戦うの?」

悠梨の言葉に中西ははっとした。


頭の中で悲しく笑う麗が映し出される。


中西と悠梨の声が重なる。

『レイを守るため』

麗、梁木、滝河、大野は何が起こるか分からず、ただ見ていることしかできなかった。

中西の記憶の中で一つの言葉が見つかる。

「だから…先生が今、頭に浮かんだ言葉を言えば、この状況は大きく変わる」

悠梨の言葉ははっきりしないようで、何かの確信を示しているように聞こえた。

中西は悠梨の表情を見て顔を曇らせる。

「だが…お前は悲しそうな顔をしている。それに、嫌な感じがする…」

悠梨はほんの少し悲しそうにしていた。

「先生は分かってるんだね…これからのことを…」

「………」

「先生、レイを守りたいんでしょ?」

「ああ」

中西は真っ直ぐな瞳で強く答える。

「あたしがシェイドを押さえつけていられるのも時間が限られてる。だから、早く言って…」

「けど、お前が…」

中西は俯いて何かを考えている。

二人の話を聞いていた麗の頭に中ですっと風が吹いたように何かが浮かび上がる。

「葵…だめだよ…」

何かに気づいた麗は信じられない様子で顔を横に振る。梁木と滝河は麗の表情を見て不安がよぎる。

「………」

悠梨はゆっくりと瞳を閉じる。

その時、締めつけてられて動けず苦しんでいるシェイドの瞳の色が赤から薄い緑色に変わる。

目つきが変わり、彼は悲痛な声で叫ぶ。

「シルフ、やめろーーーーーっ!!」

『!!!』

彼の言葉に麗達に衝撃が走る。

ただ一人、悠梨は優しく笑っていた。

中西は思い悩み、悲しそうに呟く。瞳から一滴の涙が零れる。

「光ある風……風牙の爪」

「……ありがとう」

悠梨はゆっくりと瞳を開いくと身体が白のような水色に光り始めて姿を変えていく。

白のような水色の瞳と長い髪に透けた身体と尖った耳、そして、風のような法衣を纏っている。

シルフと呼ばれたものは麗を見ると、悲しそうな表情を見せる。

「ゴメンナサイ」

シルフは片言ような独特の言葉で呟いた。

麗は驚きと悲しみが混ざったような顔で涙が零れる。

彼の瞳の色は再び赤く変わり、大きな力を加えると締めつけていた風は糸のように切れて消えていってしまう。

「シルフ…やはりお前だったか。だが、我の力には足元にも及ばない!」

シェイドは右手を突き出すと、そこから黒い炎を生み出す。黒い炎はシルフに向かって襲いかかるが、シルフは宙に浮くと、素早く避けながら中西の元へ移動する。

中西の周りをひるがえると、中西が握っていた鉤爪が風に包まれ、白のような水色の槍に変わっていく。

「これは…!」

中西は鉤爪が槍に変わったことに驚いたが、まるで今までに扱っていたように槍を握ると、シェイドに向かって走り出した。槍を持っているとは思えない速さで突き、シェイドは虚空から生み出した短剣を握ると、中西の槍を弾いていく。

中西が槍を勢い良く横に払うと、シェイドは瞬時に背後に回り、中西に切りかかろうとする。

「そんな長いものを構えていては、懐ががら空きだ!」

中西が振り返ると同時に水色の槍は風のように消え、そこには鉤爪が握られていた。

「!!」

中西はシェイドの攻撃を防ぎ、鉤爪で短剣を弾くと身体をひねらせて大きく蹴り上げた。

「ぐっ!!」

シェイドは蹴り飛ばされて倒れそうになるが、足に力を込めて身体を踏み支える。

シルフは中西から少し離れると別の場所を見た。

シルフの動きに気づいた大野と梁木の目が合い、何かに気づくとそれぞれ頷く。

大野は意を決して目を閉じると、大野の目の前に真っ白な本が現れ、それは風が吹いたようにめくれ始める。

「大地より目覚め、空を仰ぐ聖なる御心よ。全てのものに光指す道標を、穢れを払い清らかな風を…。主よ、今こそその御力を我に与えたまえ…」

大野は左手で本を持ち、右手を前に出すと、大野の胸元から淡い光が溢れだし、その光は持っている本を包み、辺り一面に広がっていく。

「汚れしものの不浄なる全てを取りはらえ…アンチディルク」

梁木が呪文を唱えると、シェイドの真下に白い魔法陣が描かれ、シェイドは淡い光に包まれる。

「それが狙いか!!」

シェイドが握っていた短剣が一本消えると、残ったもう一本の短剣を逆手で構えると、心臓に突き刺そうとする。

「!!」

大野と梁木は驚き、それでも自分達の力を信じようとした。

シルフはシェイドを睨み、右手を振り払うと、再び風が吹き荒れてシェイドの身体を囲んで両腕と身体を締めつけてしまう。

「!!」

シェイドは驚き、力を込めて締めつける風を消そうとしたが、びくともしなかった。

「だめーーーー!!!!」

それまで状況を飲み込めず呆然としていた麗は、目の前でシェイドが短剣を心臓に突き刺そうとしていたのを見て、ようやく我に返り、右腕を伸ばして叫んだ。

廊下中に広がる淡い光は階段の先まで伸び、白百合の間と呼ばれる扉の場所まで広がる

その時、白百合の間の扉からまばゆいくらいの光が溢れ出して階段から廊下に広がっていく。

「この光は……っ?!」

両腕と身体の動きを封じられたシェイドは光を浴びて苦しそうに顔を反らし逃げようと身体を動かした。

しかし、真下に描かれた白い魔法陣が光り輝き、合わさった光はシェイドを飲み込む。

「があぁーーーーーっっ!!」

シェイドは悶え苦しみ絶叫する。瞳の色が赤から薄い緑色に変わり始め、彼の身体から人の形をした黒い霧が抜けていく。

「鍵は…、我ノ手ニ…」

トウマの身体からシェイドが離れ、意識を失うようにトウマはその場に膝をついた。

「トウマ様!!」

「兄貴!!」

今にも倒れそうなトウマにかけ寄ったのは大野と滝河だった。滝河はトウマの身体を支え、トウマはゆっくりと目を開く。瞳の色は薄い緑色だった。

「……お前ら」

麗達はシェイドがトウマの身体から離れたと分かり、胸を撫で下ろす。

ゆっくりと目を開いたトウマは周りを見ると、悔しいような悲しい顔で顔を上げた。

「本当にすまなかった…。俺が闇の精霊シェイドの罠にかかり操られてから、何が起きたか見て…何を話しているか聞こえていたのに、押さえつけられているみたいに何も動けなかった…」

普段のトウマだと分かり安心した大野は、突っかえていたものが取れたようにボロボロと涙を流して首を横に振る。

「トウマ様が謝ることはありません!私こそ、自分のせいで…こんなことになってしまって、皆さんを傷つけてしまった……!」

大野はずっと泣きながら首を横に振っていた。それはトウマを守る為とはいえ、トウマを通じて知り合えた人達を傷つけてしまったことを後悔していたのだった。

「大野、お前は何も悪くない。それは皆も分かっている…」

「はい……」

トウマは右手を上げて、大野の頬に伝う涙を拭う。大野は少し驚いたが、トウマの暖かさを感じて照れながら泣いていた。

トウマは優しく笑うと、次に顔をまっすぐ向けて顔を曇らせる。

「…やっぱり、お前は精霊だったんだな」

トウマの一声で全員の視線が一点に集中する。

トウマの視線の先には中西とその後ろに浮いているシルフがいた。それまで麗達の様子を見ていた中西は後ろを振り返り、悲しそうな顔で見上げる。

シルフは悲しそうな顔でゆっくりと頷く。

「我ハ風ノ精霊シルフ」

シェイドとの戦いの時に知った筈なのに、シルフの言葉は麗達の胸に大きく突き刺さった。

それまで黙っていた梁木は苦痛の表情でシルフを見つめる。

「僕やトウマは地の精霊ノームの時に似たような状況を見ました。……ユーリはシルフが作り出したんでしょうか?」

認めたくない。

梁木の問い掛けにシルフは小さく頷く。

「…風村悠梨ハ我ガ作リ出シタモノ」

「そんな…嘘だよね……?」

麗はシルフの言葉を受け入れることができなかった。

麗の悲しそうな顔を見て、シルフは首を横に振る。

「…ゴメンナサイ」

「全部…今までのことは…嘘だったの?」

麗の瞳が潤み、涙が零れる。

麗が高等部に編入して初めての友達が悠梨だった。学生寮でも部屋が近く、いつも一緒にいた。それが全部作られたものじゃないかと不安に思ったのだった。

シルフは大きく首を横に振って答える。

「我ハ風村悠梨トシテ、一人ノ少女ニ出会イ、時ニ笑イ、時ニ涙ヲ流シテ…コレガ人間ノ女ノ子ナンダト感ジタ。本当ニ楽シカッタ…。デモ、我ノ存在ニ気ヅキ始メタノガ神崎ヤ結城ダッタ…」

麗達は悠梨が神崎と結城によって捕まったことを思い出した。あの時、悠梨は白百合の間に近づこうとして神崎と結城に見つかり、生徒会室に監禁されていた。

身体が思うように動けるようになったのかトウマは立ち上がってシルフを見上げる。

「俺は…お前の存在に気づき始めていたのに、何もすることができなかった…」

トウマも眉間に皺をよせて考え、自分のしてきたことに後悔していた。

シルフはただ悲しい顔で首を横に振っていた。

「…イイエ。貴方ノセイデハナイ」

シルフは目の前にいる中西の顔を覗きこむ。中西はどうしたらいいか分からず困っていた。

「貴方ト出会イ、彼女ヲ守リタイトイウ強イ気持チニ惹カレタ」

シルフは麗を見て微笑むと、再び中西の顔を見る。

「貴方ノ真ッ直グナ強サガ好キ」

シルフは悠梨のように楽しそうににっこりと笑ったが、次第に困ったような表情に変わる。

「貴方ニ我ノ力ヲ与エル。ケド、貴方ノ力ダケデハ立ッテイルノモ辛クナル…」

中西は目の前の出来事を理解することができなかった。話は聞いていたが、実際に目の当たりにすると思考は追いつかず言葉にするのが難しかった。

そんな思いに悩み、やっとの思いでシルフに伝える。

「…私には分からないかもしれない、お前が望むことをできないかもしれない。でも…お前が辛い思いをしないなら、それでいい」

中西が悩んでいたのは、シルフがずっと悲しい顔をしていたからだった。中西は自分ができることなら何か一つでもしたいと考えていた。

中西の答えを聞いたシルフは少し驚いたが、優しく笑うと麗達の周りを大きく回る。麗達の周りに暖かく優しい風が吹く。

シルフは麗の顔を見ると優しく微笑む。

「泣カナイデ。本当ニ楽シカッタ」

「ユー………シルフ」

麗はシルフの微笑みを見て涙は止まらなかったが、抑えていた気持ちが落ち着いたようにその名前を口にした。

「アリガトウ」

シルフは麗に向かって笑い、中西を見ると、シルフの透けた身体が消え始め中西の身体の中に吸い込まれるように入っていく。

中西の周りに風が吹き、何かが自分の中で溢れていくような気がした。

麗は俯いて声をあげて泣き、大野は前に自分が地の精霊の力を得た時を思い出して複雑な表情になる。梁木も瞳が潤み苦痛の表情で顔を反らし、トウマと滝河も苦しそうに顔をしかめた。

中西はゆっくりと麗に近づく。物事の成り行きが分からず、ただ、ずっと自分を落ち着けさせるのに精一杯だった。

「レイ」

麗は名前を呼ばれて少しだけ顔を上げる。まぶたは少し赤く腫れ、ずっと苦しい顔をしていた。名前を呼ばれた麗は零れる涙を両手で拭う。

中西は麗の頬に伝う涙を拭うと、麗の目を見て問いかけた。

「…全部話してくれないか?」

麗は涙を拭いながら、ゆっくりと頷いた。

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