再生 3 戦いの唱え
突然、二人の前に現れた獣の群れに、麗と悠梨は言葉を失い動くことができなかった。
見たこともない獣はテーブルの上で二人を威嚇して睨みつけている。
「な、に…これ…っ?」
「レッサーデーモン…!」
「えっ?!」
悠梨の言葉に麗は驚いた。
「マジありえない!ゲームに出てくるモンスターだよ…。でも、なんでゲームの敵がこんなところに…?」
悠梨はわずかに視線を反らして麗を見た。それを見た一匹の獣は、隙を突いて悠梨に飛びかかり牙を剥く。
「きゃっ!」
突進した獣は悠梨を押し倒し、悠梨は両手を交差させて近づけさせないようにした。
「この…っ!近づかないでよ!」
悠梨は力の限り勢いをつけて獣の腹を蹴った。金切り声のような悲鳴をあげた獣はよろめいてその場に倒れてしまう。
「ユーリ!大丈夫?!」
「やばいよ…。とにかく、ここから出よう!」
麗は素早く起き上がった悠梨に駆け寄り、手を取ると図書室の入口に向かって走り出した。
獣の群れから姿を隠した二人は本棚の間を必死に走る。
本棚の隙間から獣が見える。
獣の群れは二人と別の方向に回ると本棚に体当たりして本棚を倒した。
『!!』
次々に倒れる本棚に驚いた二人は、一瞬だけ立ち止まってしまった。埃が舞う中、麗の左足は倒れた本の下敷きになってしまう。
「痛………っ!」
「レイ、歩ける?!」
眉間に皺を寄せて痛みを堪える麗の手を掴み、麗の歩く速度に合わせいるが、二人の頭の中は困惑していた。打ったとこが悪かったのか麗の左足は腫れて靴下が赤く滲んでいる。
「…大丈夫?」
「痛いけど…早く、早く出よう」
悠梨の手を借りて歩き、速度が落ちているが走り続けた。
さっきから獣の姿が見えないことなど考えず走っていたが、入口の前には三体の獣が奇声を発して立っていた。
「どうしよう…他の場所に隠れる?」
「無理…。っていうか、あたし達…囲まれてる…」
乱れた呼吸も整い、二人は周りを見ると獣の群れに囲まれていた。獣の群れの視線は鋭く、こちらを見て明らかに威嚇している。
「私達…どうなるのかな………?」
二人は身体を寄せ合い震えている。何も考えることができない。
張り詰めた空気の中、二人の後ろから音が聞こえた。恐る恐る振り向くと、そこには閲覧用に置かれているパソコンが幾つかあった。その中の一台のパソコンが触れてもいないのに電源が入り、起動し始める。
「パソコンが……」
「動いた………?」
二人は呆然とした。
獣の群れは警戒しながら少しずつ距離を縮めているが、何故か二人はパソコンから目を離そうとしない。
パソコンの画面が暗転し、触れてもいないのにキーボードを叩く音が聞こえ、画面に文字が入力される。
ー鍵となる名前を入力してくださいー
「…鍵となる名前を入力してください?」
悠梨は文字を目で追い、更に困惑した。
「どういうこと………って、レイ?」
悠梨は横にいる麗を見た。麗は悠梨から離れて、何かに吸い寄せられるようにパソコンに近づいていく。それまで焦りと不安な表情だった顔は虚ろになり、片手でキーボードを叩く。
画面に一文字ずつ入力される。
空気が止まったように流れが変わる。
R.E.I.N.A
「…レイナ」
我に返った麗は気づいたらそう呟いた。
画面に新しい文字が入力される。
ー汝、輪廻に咲く革命者ー
次の瞬間、画面から溢れるほどの光が吹き出し、麗、悠梨、獣の群れも光から視線を反らした。少しずつ光が弱くなり画面を見ると、画面に剣の柄が埋まっていた。
二人は目を疑った。次々に考えられないことばかりが起きている。
「剣…?」
麗は剣の柄を握り画面から引き抜こうとした。
画面は水のように波紋を投げ、ゆっくりと姿を見せ始めた。
「これって、レイナが使ってる剣じゃん…」
「私の手に…」
ゲームのキャラクターの武器がここに存在している。剣を握った麗は戸惑いながら剣をじっと見つめていた。
それまで身動き一つしなかった獣の群れは互いの顔を合わせ、そのうち入口の前にいた二体が麗に飛びかかった。
麗はゲームの中で戦う主人公レイナを想像して剣を振りかざす。無我夢中で獣を切りつけると、傷口から血が流れ呻き声をあげてうずくまった。やがて獣は灰に変わり散ってしまう。
「何…これ…」
見様見真似で剣を振った麗は自分の意識と違う感覚に驚いている。
その様子を見て驚いた悠梨は、再び聞こえた音に反応してパソコンの振り向いた。先程と同じ文字が入力されている。
悠梨は息を飲み、麗に背を向けて素早く入力した。
麗の時と同じように画面から光が溢れだし、画面から何か突起物が現れた。悠梨がそれを引き抜くと、画面は水のように波紋を投げ、銃のようなボーガンが現れる。
悠梨は麗を見ると、獣が麗の上に跨がり襲いかかろうとしていた。麗は剣で防ぐのが精一杯だった。
「レイ!!」
悠梨は引き金を引いて矢を放った。
矢は風を纏いながら加速し、麗に跨がっていた獣の首に命中する。獣が絶叫すると灰に変わり散っていってしまう。
「ユーリ!」
「とにかく出よう!」
二人は図書室を出て廊下を走った。どこに行くわけでもなく、獣の群れから逃げたかった。
追ってくる獣の群れを見ずに、悠梨は麗の足の痛みを見て走り、麗は少しでも早く走ろうと痛みに耐えている。
「レイ、大丈夫?」
「うん…なんとか」
階段を降りて廊下の角を曲がった瞬間、横から何かに強く引かれて二人は中に飛び込んだ。部屋の扉が閉まると、獣の鳴き声が遠ざかっていくのが聞こえた。
何が起こったか分からない二人は、大きく息を吐きながら目の前に立つ人物を見た。呆気にとられて開いた口が塞がらない。
「危なかったな」
二人の目の前には、白衣を着た長身の男性が前屈みで二人を見ている。
「おーい、大丈夫か?」
男性は白衣のポケットから煙草とライターを取り出すと煙草に火をつけてくわえた。
我に返った二人は勢い良く返事をした。
「………あっ、はい!」
「は、はいっ!」
煙たい空気を感じて、ようやく意識も落ち着いてきた。部屋にはテーブルと机、体重計や身長計が目に入り、戸棚の中には書類や救急箱が見える。
ここは保健室だった。
二人も何度かここに来てたことがある。
「お前ら、こんな時間まで何をしてた?」
男性は部屋の奥の給湯室でお茶を沸かし、近くに伏せてあったカップにお茶を注ぐとテーブルの上に置いた。男性が無言で手招きするので、二人は椅子に座ってお茶を飲む。
時計を見ると六時を過ぎ、外を見ると暗くなっていた。
「ユーリ、どうしよう?言っても信じてもらえないよね?」
「っていうかさ、剣もボーガンもいつの間にか消えてるし…」
二人は男性に聞こえないように話しているが、男性には聞こえていた。
「…あ?怪我してるじゃねーか。ほら、足を出せ」
「あ、足……」
麗は自分の足を見てようやく痛みを思い出した。靴下を脱ぐと摩擦で皮膚がめくれていた。
男性はテーブルに置いてあった救急箱を開ける。
「俺は実月響一。知ってるだろうが、ここの保険医だ。お前ら、名前は?」
煙草を口の端でくわえ器用に喋りながら、消毒をして包帯を巻いている。
「水沢麗、一年です」
「あたしは風村悠梨」
「………で、怪我の原因は?」
実月の問いかけに二人は黙り込んだ。信じられないことが次々に起こり、自分達も必死に思い返している。
「嘘だ、嘘」
実月は鼻で笑うと、救急箱の蓋を閉じて短くなった煙草をテーブルの上にある灰皿で潰した。
「図書室で『WONDER WORLD』の本を開いて、怪物に襲われて、気がついたら武器を持って戦ってた」
「な、何で…?」
「何で知ってるんですか?!」
実月の言葉に二人は思わず顔を見合わせて驚いた。
「しかも、武器はいつの間にか消えてるし、怪物もここに来ない…。後は話を聞いてやる」
「…はい」
二人は不本意だったが今までの出来事を話し始める。
偶然、立ち寄った図書室で、自分たちが遊んでいるゲームと同じ題名の本を開いた事。本を開いた途端に光が吹き出して目の前にゲームに出てくる獣に襲われた事。パソコンに映し出された奇妙な文字、二人は包み隠さず話した。
「気づいたらパソコンの画面から剣が出てきて、何がなんだか分からないまま剣を振ってたんです」
「あたしもボーガンが出てきた時は…マジで驚いたけど…」
話を聞きながら実月はお湯を沸かし、インスタントコーヒーを滝れて椅子に腰掛けた。
「よく分かった。お前らの疑問も含めて今の状況を説明してやる。この学園に『WONDER WORLD』の登場人物の力を持つ奴らがいる。そして誰かが何かをしようとしてる。そいつらは…」
実月の話の途中で悠梨が立ち上がった。
「待って!現実にそんな事ある訳ないじゃない!それに、あたし達がやってるゲームとあの本は何か関係があるっていうの?」
実月は表情を変えずに話を続ける。
「話は最後まで聞け。そいつらは覚醒という形でゲームのキャラのままになっている。そうなったらこれからも襲われるだろうな。風村も現実を見ただろ?」
実月の言葉を言い返せなくて、悠梨は口唇を噛んで黙って椅子に座る。
「ゲームを知ってるなら話はもっと簡単だ。お前らは力を使って敵を倒す。もちろん、武器や技を使うやつもいる」
「あ、あの…私達もその覚醒をして、ゲームのキャラになっちゃったんですか…?」
麗は持っていたカップを膝の上に置いた。実月の話を信じたとしても、この数時間で起きた出来事が現実からかけ離れてて、まだ理解することができない。
「覚醒はまだしてない、きっかけみたいな状態だな。さっき言ってたパソコンに入力した名前が、お前の受け継いだと思われる名前だ」
今度は麗が驚いて椅子から立ち上がった。膝の上に置いたカップのことを忘れ、危うく落としそうになった。
「え?…私がレイナの力を持ってるんですか?」
麗の問いかけに実月はコーヒーを飲み干すと鼻で笑った。
「へえ…主人公だな」
感情の起伏もなく淡々とした口調で答える。
「あ、棒読み」
「うわー、信じてない」
二人は呆れて疑いの眼差しで実月を見ている。実月は椅子に座ったまま机の上にあるパソコンを起動させた。
「お前ら、携帯電話持ってるか?」
急な質問に二人は顔を見合わせて首を傾げる。学園祭の実行委員だったとしても、普段から校内での携帯電話の所持は認められていなかったからだ。
何かを察した実月は手をパタパタと振って否定する。
「ん?没収なんて古臭いことしねーよ」
二人は無言で頷くとスカートのポケットから携帯電話を取り出した。
「どうするんですか?」
「ちょっと貸してみな」
実月は二人から携帯電話を受け取るとパソコンに繋いでいたコードを引っ張り、携帯電話の接続端子と繋げて何かを入力し始める。
「何してるんですか…?」
風村は気になって立ち上がると、パソコンの画面を覗こうとしたが、それより早くキーボードを打つ指が止まり接続端子を外した。パソコンの画面にはデスクトップと思われる幾つかの歯車や時計の画像が映っている。
「言い忘れたが、さっきの獣が追ってこないだろう?それは結界が張ってあるからだ」
『結界?』
「ゲームで見てないか?力が有るものだけをその場所に残したり、攻撃を反射したり防ぐものだ。まあ、そのうち分かるだろう」
二人の携帯電話を持つと二人に返した。
「実月先生も覚醒してるんですか?」
「さあな。まあ、何かあったら教えてやるからここに来い」
実月ははぐらかして笑っている。
「ああ、その携帯電話にちょっと手を加えた。持ってる時に武器のことを考えてみな?」
携帯電話をスカートのポケットの中にしまい、二人は言われた通りにさっき見た武器のことを思い出した。すると二人の目の前には剣とボーガンが現れて宙に浮かんでいる。
「武器が…?」
「何…これ?」
二人は宙に浮かぶ剣とボーガンを握り、それを確かめた。ちゃんと固さや重さを感じる。
「武器が消えたのは集中力が無くなったからだろうな。ちゃんと覚醒したら、そんな事も無いだろう」
「じゃあ、技や魔法も使えるようになるの?」
「そのうちな」
二人がようやく理解して落ち着いた表情を見せると、再び武器が消えていってしまう。
「さ、こんな時間だ。明日は振替休日だったか?」
「はい」
時計を見ると七時を過ぎていた。寮の門限は厳しくないが、点呼や食事などで寮長に注意される。二人は立ち上がり、実月に頭を下げた。
「明日、また来てもいいですか」
「ああ、気軽に来い」
実月は扉の前でけだるそうに手を振り、保健室から出て行く二人を見送る。二人の姿が見えなくなると扉を閉めて中に入った。白衣のポケットから煙草とライターを取り出すと煙草に火をつけてくわえた。
煙を吐き出して、小さく笑う。
「始まるな」
実月も身支度を済ませ、保健室の電気を消して鍵をかけて夜の校内を歩いていった。