再生 28 問いかけた背中
麗、悠梨、梁木、トウマ、滝河の五人は食堂で話していた。
今までの事やこれからの事を話して、食堂を出ようと椅子を引いて立ち上がろうとしたその時、突然、黒い霧のようなものが吹き出し、ドーム状に広がると水晶のような壁に変わっていく。
それが結界であり、覚醒した五人は、目の前に現れた無数のデビルデーモンに囲まれていた。
「デビルデーモンがどうして…」
「この感じ…あたし達がトウマと会った時と似てる」
剣を両手で握って構えていた麗は、ふと、小さな疑問を抱く。
「物語の中で、ティムもデビルデーモンを召喚してたよね……?」
「え?」
麗の言葉を聞いた悠梨は驚いて麗の顔を見る。
「もしかしたら、妹とは別の誰かがティムの能力者で、ううん…でも…」
麗は自分の妹が能力者ではないか、妹じゃなくてもティムの能力者がいるのではないかと不安に襲われる。
「そんな事無い!だって、レイの妹が能力者だったら、あたし達が覚醒した時にはもう覚醒してたっていうことだし…。あたし達に攻撃するはずないよ!」
「ユーリ…」
麗には悠梨が必死で何かを伝えているように見えた。
それを見て考えた麗はゆっくり首を横に振る。
「そうだね。姉妹だもんね」
麗の言葉は自分自身に言い聞かせているようだった。
「それに…」
悠梨が何か言いかけたその時、デビルデーモンの一匹が天井に向かって力強く吠え、麗と悠梨に向かって走り出した。
『!!』
二人は驚いて、それぞれ剣とボーガンを構え直したが、それより早く滝河は二人の横を走り過ぎていく。
「こんな時にぐだぐだ喋るな!!」
長剣を構え、顔を見ずに二人に向かって叫んだ滝河は、麗と悠梨に向かって走るデビルデーモンに斬りかかる。傷口から血が流れるより早く、傷口から氷柱のようなものが現れると、一瞬にしてデビルデーモンは氷に覆われ崩れ落ちてしまう。
「すごい…」
「滝河さん、前と何か違った感じに見えますね」
滝河の剣技を見た麗、悠梨、梁木の三人は驚く。
今年の冬に滝河と遭遇した時、滝河の持っている剣は長い杖だった。それを簡単に振り回していたが、剣を扱う姿は見ていなかったのだ。
崩れ落ちて消えてしまうデビルデーモンの後に続き、複数のデビルデーモンは滝河の周りを囲んで次々に襲いかかる。
滝河が辺りを見回して、右手で持っていた長剣が水のように形を変えて消えると、滝河の足元に青く輝く魔法陣が浮かび上がる。
右足を半歩下げて、何かを構える滝河の足元は冷気に包まれていた。
「滝河さんの足元…」
「まあ、見てなって」
滝河を見て驚く二人の後ろからトウマがすっと現れると、二人に向かって笑い、腕を伸ばして右手を前に出した。
トウマが小さく呟くと、目の前に大きな炎の壁のようなものが生まれる。
やがて滝河の足元を包む冷気が増すと、滝河は腰を落として、重心を前に傾ける。
走り出すように踏み込み、引き寄せられるように一瞬でデビルデーモンとの距離が縮まると、身体をひねらせて大きく足を振り上げた。
『!!!』
滝河の蹴りはデビルデーモンの首を狙い、直撃したデビルデーモンは絶叫して倒れてしまう。
そして、滝河の右足が地面につくと、そこから青い大きな魔法陣が浮かび上がり、いくつもの槍のような氷の刃が吹き出した。氷の刃は滝河の周りを囲っていたデビルデーモンを襲い、傷口から氷柱のようなものが現れると次々に氷に覆われ崩れ落ちてしまう。
魔法陣から吹き出した氷の刃は、トウマが作り出した炎の壁に向かって加速したが、炎の壁に突き刺さる前に蒸発して消えてしまった。
「あれは、一体…?」
滝河の一連の動きを見ていた麗、悠梨、梁木は驚いていた。
「魔力を足に集中させて放ったんだ」
炎の壁が消えて無くなり、トウマは振り返り麗と悠梨の顔を見る。
「え?」
「魔法を使う時、頭の中で呪文が浮かび上がり、それを唱えて手から魔法を放つ。それを省略したのが詠唱破棄…呪文を唱えて魔法を放つより魔力の消費が激しい。…まあ、それは良いとして」
梁木も三人に近づいて話を聞いている。
「魔法を出せるのは手だけじゃないって事だ。足に意識を集中させればあれができる」
トウマは話しながら顔だけで滝河を見て笑った。
滝河は真っ直ぐ立ったまま、自分の右手を見つめていた。
「水が氷に…力が強くなってる。やっぱりこの辺りは水の力が強いんだ」
それを見ていた三人は理解はしているようだったが、いまいち納得していない様子で息を飲んだ。
今まで様子を見ていたのか、一匹のデビルデーモンが牙を剥いて吠えると、それを合図にデビルデーモンの群れはそれぞれに襲いかかる。
その時、食堂の端で何かが落ちたような音が聞こえた。五人が音が聞こえた方を向くと、カウンターの奥で真っ白な作業着を着たやや体格の良い女性がこちらを見て目を丸くして驚いていた。
『おばちゃん?!』
女性の姿を見た麗と悠梨は驚き、梁木やトウマも女性を見て驚いていた。
「結界の中にいる…?」
「まさか…能力者なのでしょうか?」
女性の姿を目にした一匹のデビルデーモンはその場に立ち止まり、女性に向かって大きく口を開いた。
口を開いたその場所から小さな炎の球が生まれ、それは渦を巻いて次第に大きくなると、女性に向かって放たれた。
「おばちゃん!」
「危ないっ!!」
麗と悠梨が声を上げ、後ろにいた梁木が何かを呟いている。トウマが踏み込んで走り出すより先に、デビルデーモンから放たれた炎の球は加速して女性に向かっていく。
「あ……ああ、あっ……!」
女性は恐怖に怯え、よろめきながら後ろに下がっていく。
炎の球が女性にぶつかる直前、何を思ったのか、女性は咄嗟に手元にあった大きな中華鍋の取っ手を掴むと力を込め、デビルデーモンを睨みつけた。
「大事な食堂に何てことするんだい!!」
女性は身体を捻らせると、中華鍋を片手で持ち上げると大きく振り回し、自分に向かってくる炎の球を打ち返した。
『……………!!』
それを見た全員が口を開けたまま驚き、デビルデーモンの群れもそれを見て呆然としていた。
炎の球は跳ね返り、デビルデーモンに直撃すると、一瞬にして炎に包まれ消えてしまう。それと同時に中華鍋を持った女性の姿も消えていってしまう。
「おばちゃんが消えちゃった…?!」
我に返ったのか、麗はカウンターを見つめながら声を上げた。
「多分、能力者じゃないんだろう。結界の中にいられるのは能力者だけ。時間差で取り残されたんだろう…」
麗の後ろにいたトウマは少し考えると、振り返ってデビルデーモンの群れを睨みつけて笑った。
「これで心置きなく戦える!!」
トウマは一瞬だけ左手で太股に触れると、デビルデーモンの群れに向かって走り出した。トウマの口が動き、小さく何かを呟くとトウマの両足は炎に包まれる。
「トウマも滝河さんと同じ技を使うの?!」
麗と悠梨が驚く隣で、滝河は呆れたような驚いたよ顔でトウマを見ていた。
「兄貴は、お前らに魔法は手以外でも出せるとか話したんだろう?…兄貴、自分もできるって言わなかったのかよ」
三人が何を話しているか関係なく、トウマは襲ってくるデビルデーモンの攻撃を避けながら、次々に蹴り倒していく。
「聞いてたの?!」
「戦ってる最中に聞こえる訳ないだろう…俺の勘だ。確かに魔法は手以外でも…例えば武器やうまくいけば他のものでもできるかもしれない。兄貴も俺と同じ技を使える。けど…」
デビルデーモンに囲まれたトウマはいつの間にか両手に短剣を握っていた。両足はまだ炎に包まれている。
滝河はトウマの首筋を見て、何かに恐れながらも目の前の出来事を楽しんでいた。
「あの力を使っても呪印は浮かんでない…。神竜スーマ、どんだけ力があるんだよ…!」
神竜スーマ。物語に出てくる登場人物であり、竜族の中で最も強い人物である。
もしも本当にトウマが神竜スーマの力を持っていて呪印の力が無かったら、計り知れない力を持っている。誰もがそう思っていた。
「ま、兄貴が戦ってるのを見て黙ってみてられないけどな!!」
そう言った滝河の右手にはいつの間にか長剣が握られていた。
それを両手で構え直すと、デビルデーモンの群れに向かって走り出した。
「ユーリ、私達も!」
「うん!」
麗と悠梨は目を合わせて頷くと、麗は滝河の後を追うように走り、悠梨は一瞬にして両腕から生まれた幾つもの風の球をデビルデーモンの群れに向かって放っていた。
悠梨の後ろ姿を見つめ何かを考えながら、梁木は呪文を唱えていた。
数十分後。
「これで全部…か?」
五人を囲っていたデビルデーモンの群れはいなくなり、五人は少し疲れてる様子で辺りを見回した。
「兄貴、呪印は…うっすら見えてるくらいか」
滝河はトウマの首筋を見た。そこにはうっすらと黒い逆十字の模様が浮かび上がっていた。
「なるべく魔力をコントロールしたからな」
「ねえ、デビルデーモンがいなくなったのに結界が消えないよ」
「あれ!」
麗が辺りを見回すと、食堂を覆っている黒い結界は消えていなかった。
悠梨も辺りを見回すと、何かを見つけて指をさした。
五人から少し離れた場所に巨大な黒い魔法陣が描かれ、そこからデビルデーモンより一回り以上大きな獣が次々に現れる。
「何、これ…?」
デビルデーモンと同じ長い体毛と尖った耳。違うのは牙とこめかみに生えた太い角の大きさだった。
全員が目の前の獣の群れに驚き声を失った。デビルデーモンの群れとの戦いで疲労の顔が見えている中、先のデビルデーモンの群れより数が多く、その見た目にも圧倒されていた。
「…ダークデーモン」
少し俯いていた悠梨は顔を上げて呟いた。
「え…?」
「第七章でティムが召喚した獣だよ!」
麗と悠梨と話す中、梁木と滝河もひそひそと話していた。
「確か、デビルデーモンより強くて、魔法も僅かなものしか効かない…」
「デビルデーモンより生命力は高いが、光と闇の魔法に弱い…」
梁木と滝河は顔を見合わせて頷き、同時に呪文を唱えようとしたが、それより先にトウマが四人の前に出る。
「光か闇の魔法だな?俺が一掃してやる!!」
トウマは意識を集中させた。小さく息を吸い、吐き出す。
「(光と闇は他の属性より魔力の消耗が激しい…。となると、一撃で終わらせたい。光か闇…どちらにするか)」
再び小さく息を吸い、意を決する。
「闇の精霊シェイドよ…」
トウマが呪文を唱えようとした次の瞬間、心臓の鼓動が激しくなったような感覚に襲われ、今まで感じたことがない強い痛みが走る。
「ぐっっ…!!」
トウマの額から汗が流れ、首筋にうっすら浮かんでいた呪印が濃くなると、立てないくらいの激しい痛みにトウマは片膝をついてしまう。
「兄貴!!」
トウマが自分の身体に意識を向けた時には、ダークデーモンの何体かは五人に向かって大きく口を開いていた。
動かなくなったトウマに驚き、滝河はトウマの前に立つと持っていた長剣を両手で構える。
「鏡牙!!」
滝河が声を上げると、長剣と同じ大きさくらいの水晶が何本も現れ、それは滝河の周りを回ると巨大な水晶の壁に形を変えていく。
「滝河さん、すごくない?」
「あれも剣の力なの?!」
悠梨と麗が驚いている間に、二人の前に梁木が立っていた。
「レイ、ユーリ。狙われてるのは僕達もですよ」
梁木の声に気づいて麗と悠梨がダークデーモンの群れを見ると、こちらを向いて大きく口を開けていた。
梁木が小さく呟くと、梁木の目の前に光り輝く壁のような物が生まれて三人を覆う。
ダークデーモンの群れは合わせたように、口からいっせいに黒く渦巻く光線を放つ。
黒く渦巻く光線は思わぬ速さで五人に向かい、滝河の生み出した水晶の壁と、梁木の生み出した光り輝く壁に激しい音を立ててぶつかる。二つの壁に大きな亀裂が走り、粉々に砕けると消えていってしまう。
『!!!』
滝河と梁木が驚いたと同時に、ダークデーモンの放った黒く渦巻く光線に直撃し、片膝をついて動けないトウマを巻き込み吹き飛ばされてしまう。
「滝河さん!」
「ショウ!」
麗と悠梨の後方に吹き飛ばされた滝河と梁木は全身に傷を負い、動かなかった。
ダークデーモンの群れは巨体を揺らしながら、ゆっくりと麗と悠梨に向かって歩いていく。
「ユーリ、どうしよう…?」
「結界もまだ消えてないし、とにかく…戦うしかないよ」
麗と悠梨はダークデーモンの力に圧倒して困惑していた。結界が無くならない以上、結界を壊すか戦うしか方法は無かった。
「(力を使うしか無い……!)」
悠梨は何を考え、右手を払うように動かそうとした時、何かを切り裂くような音が結界の中で響き渡った。二人の目の前の空間が裂け、そこから誰かの足元が見える。焦げ茶色のような髪に紅い色の瞳、左手首には黒いブレスレットが見える。裂けた空間から現れたのは大きな長剣を持った鳴尾だった。
「………」
「確かヴィースの能力者の鳴尾さん?」
麗は突然現れた鳴尾に驚き、悠梨は驚いていたが、それ以上に険しい顔つきだった。
鳴尾は辺りをぐるりと見回し、倒れて動かないトウマ、滝河、梁木を見つけた。
「トウマ兄と純哉、あれはカリルの能力者…。となると…」
鳴尾は身体をダークデーモンの方に向けると、犬歯を見せて嬉しそうに笑う。
「こいつらだな!!」
鳴尾は持っていた大きな長剣をぐっと握ると腰を落として構える。しかし、ふと何かを思ったのか首だけで後ろを見ると麗と悠梨に向かって叫んだ。
「お前ら、絶対に手を出すなよ!特に、そこのお前な!」
鳴尾は悠梨の顔を睨むように見た。
鳴尾の言葉に麗と悠梨は驚き、特に悠梨は何かに怯えるように顔を背けてしまう。
それだけ言うと、鳴尾は再び大きな長剣を構え直してダークデーモンの群れに向かって睨みつけた。
「最近、暴れてなくてうずうずしてるんだ!!」
鳴尾は地を蹴り、ダークデーモンの群れに向かって走り出した。
「いっくぜーーーー!!」
走りながら大きな長剣を軽々と振り回し、立ちはだかるダークデーモンを次々と斬り倒していく。斬られたダークデーモンは絶叫すると、次々に塵になって消えていく。
「すごい…」
「………」
麗は鳴尾の剣の腕に驚き、悠梨は痛みに耐えるような表情で様子を伺っていた。
二人が鳴尾の戦いを見ている中、鳴尾は少し距離を置くと、ダークデーモンの群れに向かって勢いよく剣を振り下ろした。剣を振り下ろすと幾つもの鎌のような空気の刃が現れ、ダークデーモンを切り裂いていく。
ダークデーモンが倒れる前に再び鳴尾はダークデーモンの群れに向かって走り出した。一体のダークデーモンが腕を振り上げて鳴尾を叩き潰そうとするが、鳴尾は大きな剣で受け止め、その場で跳躍するとダークデーモンを斬り倒す。
攻撃を受けて傷を負って吹き飛ばされても、片膝をついて体勢を整えて再びダークデーモンに斬りかかる姿は、麗と悠梨がゲームで見た赤竜士ヴィースに酷似していた。
鳴尾は戦いを楽しんでいた。
鳴尾は一人でダークデーモンの群れを倒していき、最後の一体になった。ダークデーモンは鳴尾に突進したが、途中で急に止まると、麗と悠梨に向かって口を大きく開き、黒く渦巻く光線を放った。
『!!!』
思わぬ行動に驚いた麗は剣を構え、鳴尾は一瞬にしてダークデーモンの懐に入ると斬り倒した。
ダークデーモンは塵に変わり消えたが、黒く渦巻く光線は麗の前で失速すると、麗の握っていた剣を弾いて消えていった。
「…っと」
突然、ダークデーモンが黒く渦巻く光線を放ったこと、自分に向かって放ったが剣にぶつかって消えてしまったことに驚いていた麗は、咄嗟に弾かれて宙に浮いた剣を左手で受け止めた。
「………」
それを見た鳴尾は麗の左手を睨む。
やがて、食堂を覆っていた黒い水晶のような結界が消えると、それを見た麗は倒れている三人の元に駆け寄り、トウマの前で膝をついた。
小さく呪文を唱えるとトウマの傷が癒えていく。
「………敵は?」
気を失っていたトウマが目を覚ますと、目の前で膝をついている麗に向かって問いかけた。
「鳴尾さんが来て、全部倒した…」
麗は少し考えたが、トウマがまだ意識がはっきりしてないと思い簡単に答えた。
「…彰羅が?」
トウマはゆっくりと立ち上がって辺りを見回すと、麗に近づく鳴尾を見つける。
鳴尾は麗の背中に向かって問いかける。
「お前、利き手は右か?」
「えっ?」
一瞬、何を言われたか分からなかった麗は振り返り、鳴尾の顔を見て考える。
鳴尾自身は単純な興味だったが、麗の答えを待ってる間に麗の両手を見た。
「ま、いいや。次はお前な!」
鳴尾はにっこりと笑って左手で麗を指さすと、持っていた大きな長剣を両手で構え、目の前の空間を切り裂くように降り下ろした。
鳴尾の目の前の空間が裂けて、そこに向かって歩き出すと、空間の裂け目は閉じて鳴尾の姿は消えていってしまう。
「……?」
消えてしまったその場所を見ながら麗は首を傾げる。何かに気づいたトウマは呆れたように苦笑した。
「彰羅に狙われたな」
「え?」
「彰羅は敵や味方関係無く、戦いが好きだ。強い相手と戦えるならそれで良いんだろうな」
「………えーーっ!!」
麗の頭の中で、鳴尾が梁木に戦いを挑んだ事を思いだし、それが自分に向けられたと気づいた麗は大きな声を上げて驚いた。
「食堂を覆っていた結界も消えたなら、もう大丈夫だろう。純哉とショウも回復……」
麗に向かって苦笑していたトウマはゆっくりと身体を起こした滝河と梁木を見て、麗に何か伝えようとしたが、後ろから気配を感じて振り返った。
「あれは!!」
食堂の出入口の横を通りすぎる髪の長い人物に気づくと、目を見開いて驚き、食堂から飛び出しそうになる。
「駄目っ!!」
食堂から勢い良く飛び出しそうになるトウマの左手を掴み、動きを止めたのは悠梨だった。
「ユーリ…?」
トウマは後ろを振り返り驚いていた。引き留める必要があるかどうかより、悠梨の顔が今にも泣き出しそうな悲しい顔をしていたからだった。
「…お前はやっぱり何か知ってるのか?」
二人の間に僅かに風が吹く。
何かに気づいたトウマは悠梨の肩を手を置くと、何かを呟こうとする。
「言わないで!!」
「ユーリ…」
悠梨は首を大きく左右に振り、さっきよりも更に苦しそうな顔でトウマを見つめていた。気分を落ち着かせたトウマは悠梨の肩を置いた手を離す。
トウマが再び後ろを振り返ると、そこには誰もいなかった。
悠梨によって落ち着きを取り戻したトウマだったが、それでも食堂の横を通りすぎた何か気になっていた。
「あいつは……」
いつの間にか呪印は消えている。
悠梨はただトウマの背中を見つめていた。