再生 27 加速するもう一つの力
六月になり、梅雨入りした空を眺めると理由も無く憂鬱な気分になる。
衣替えも終わって制服のシャツも半袖になったけど、背中に伝う汗が肌に張りつく感じがしていた。
「もう六月、後少し…」
悠梨は高等部と大学部の間の並木道に立ち、誰かを探すように何度か辺りを見回した。
すると、大学部の校舎がある方からトウマが悠梨に向かって歩いてくる姿が見える。トウマは悠梨の姿を見つけると、少しだけ歩く速度を早めて悠梨に近づく。
「ユーリ、俺を呼び出して何か用か?」
悠梨はトウマの目の前まで歩くと、困ったような悲しいような表情でトウマを見つめる。
「………話があるの。ついてきて」
空は更に曇り、ぽつぽつと雨が降り始めた。
「……………で?」
トウマは悠梨に連れていかれた場所の前で呆れたように口を開く。
「何?」
悠梨は後ろを振り返り、トウマの考えを知らずに何事もないように聞き返した。
「何?じゃねえよ。お前の用事は食堂なのか?」
今日は土曜日。午前中までの授業は終わり、時間はちょうど一時だったので食堂にはお昼ご飯を食べる生徒や談笑する生徒達がいた。
トウマの問いかけに、悠梨は顔をしかめて少しだけ不機嫌になる。
「だって、また追試受けたくないんだもん!」
悠梨は去年の二学期の期末テストの時に赤点を取り、追試を受けていた。
それを思い出したトウマは納得しかけたが、連れていかれた場所が食堂だという事に疑問を抱く。
「だからって、何で食堂なんだ?普通、図書室か学生室だろ?」
高等部では食堂で勉強することは禁じられていなかったが、食堂は食事をする場所、あまり長居は出来なさそうな雰囲気はあった。
学生室とは学園内に幾つか置かれている、生徒が勉強をするところだ。
「食堂のおばちゃんが作るプリン一週間分」
悠梨は食堂の入口で立ち止まるとくるりと振り向き、トウマに向かってにっこり笑う。
その言葉を聞いて、自分の発言を少し悔やむように溜め息を吐く。
「あれ、覚えていたのか…?あれはお前の気を…」
トウマが少し俯いた顔を上げると、さっきとはまた違った目つきで悠梨はトウマを見つめている。
「いや、何でもない…。確かに言ったのは俺だ」
何となくトウマは自分に言い聞かすように呟いた。
「じゃあ、四つね」
「は?何で四つなんだ?」
トウマはいつの間にか食堂の扉を開けようとしている悠梨の背中に問いかける。
「用があるのはあたしだけじゃないんだー」
悠梨は楽しそうに笑い、食堂の扉を開ける。
悠梨が食堂に入り、続けてトウマも入ると食堂の奥から誰かがこちらに向かって手を振っている。
合図を送るように小さく手を振っていたのは麗と梁木だった。
「…で、お前らも期末テストが不安で俺に勉強を見てもらおうとしたのか?」
食堂のテーブルの上には、プリンが入っていたと思われる空になった丸いプラスチックの容器と、プラスチックのスプーンが四つ置かれていた。
「えへへ…それもあるんだけどね」
麗は恥ずかしいような表情をごまかすように苦笑すると、テーブルの隅に置いてあったノートに触れた。
「トウマ。僕達は今まで起こった出来事を話し合うためにレイとユーリに呼ばれました」
「あたし達さ、皆、同じ時に戦ってるわけじゃないじゃない?だから、土曜に学校がある時は午前中で授業が終わるから、こうして集まったの」
麗に続いて梁木と悠梨も口を開く。
「確かに、そうだな。俺とショウは先月の中旬くらいに図書室でWONDER WORLDの続きがあることに気づいた」
トウマは隣にいる梁木の顔を見ると、梁木と目が合い互いに頷く。
「その後、ルイアスと過去の物語に登場するリークという人の能力者と戦いました」
トウマと梁木は少しだけ話す声を抑えた。食堂の奥に座り、周りに誰も居ないとはいえ、知らない人から聞けば不思議に思われてしまう。
「物語の過去でカリルは村を襲われ、目の前で妹を殺され、リークによって片翼を失った…」
「そのリークの能力者に会った瞬間…僕は理性を失いそうになりました。リークとルイアスの能力者によって僕達は追い詰められましたが、大野さん…スーマに仕えていたターサの能力者です。彼女と…」
梁木は少し俯いたまま説明していたが、何かを思い言葉を詰まらせる。
ほんの少しの間の後、梁木は顔を上げて口を開く。
「地の精霊ノームによって、僕達は助けられました…」
『えっ!!』
事情を知らない麗と悠梨が声を上げて目を見開いた。
二人の声は思っていたより大きく、食堂に居た生徒達は一瞬だけ麗達を見た。
しかし、またすぐに何事も無かったように視線を元に戻す。
それに気づいた麗は、辺りを気にして声を抑えた。
「…それって、精霊の力を持っている人がいるっていうこと?!」
麗の質問にトウマと梁木は同時に首を横に振る。
二人の表情は納得のいかないような困った顔をしていた。
「あいつが言うには仮の器を作り、自分は存在しているらしい…」
「けど、物語の登場人物が全て人間とは限らない…僕はそう思いました」
二人の話を聞いた麗と悠梨は顔を合わせて、不思議な顔で呟いた。
「それで、地の精霊はどうしたの?」
悠梨が眉をしかめてトウマの顔を見た。
トウマは一瞬、何かを考えたが、思い直して答える。
「地の精霊ノームは力を与える媒体を探して、大野が…それに応えた」
「僕達も目の前で見ていましたが、今でも信じられません…」
梁木は先日起きた出来事を思い出して、辛そうな声で首を横に振った。
「今まで登場人物の能力者は人間だけだと思っていたが、人間以外も有り得る、後、精霊の力を持つ者や、地の精霊以外にも他の精霊が潜んでいるということだな」
トウマは視線をどこかに向けようとしたが、何かに気づき視線を麗に向けた。
「レイは物語の過去は見ましたか?」
梁木は顔を上げて目の前に座る麗の顔を見た。
「私?」
名前を呼ばれた麗は自分自身を指さして、それから少しずつ話し始める。
「私も先月の中旬くらいだったかな?寮に戻って、ちょっと考え事をしながらパソコンの電源をつけてゲームのディスクを反対に入れちゃったんだ。…そしたら、パソコンの画面が光って、『WONDER WORLD〜過ぎ去りし記憶〜』って映し出されたの」
『えっ!!』
「レイ!そんな事があったのっ?!」
麗の話を聞いて三人は声を上げて驚き、その中でも悠梨は椅子から立ち上がりそうなくらい驚いていた。
「うん、最初は反対にディスクを入れちゃったから取り出そうとしたんだけど、びっくりしたよ」
「じゃあ、レイも見たんだ?」
「うん。最初はレイナと妹のティムを見たけど、ちゃんと全員見たよ。カリルもスーマもあんな過去があって、レイナと出会ったんだよね…」
麗と悠梨の話を聞いていた梁木は話が止まるのを待ち、ゆっくりと話し出す。
「そういえば、レイには別の学校に通う妹がいましたよね?」
「うん、いるよ」
「彼女も能力者なのでしょうか?」
梁木の質問に麗は少し考えると首を傾げる。
「うーん…物語の過去を見た時に、不安になって電話したんだけど、特に何も無いみたい」
麗の話を聞いていたトウマと梁木は言葉を詰まらせる。
物語の過去では、レイナとティムは村の火事によって離ればなれになり、闇王の城に連れていかれた。ティムは、火事によって負った傷を癒していたが、強さを表す称号のテストの後にロティルに襲われたのだった。
もしも、麗の妹がティムの能力者だとしたら、ロティルの能力者に襲われてしまうかもしれない。誰もがそう思っていた。
四人は言葉を失い、物語の過去が自分達にも関わるのかもしれないと思うと、言葉にできない思いだった。
「何も、ないなら良いが…」
トウマは途切れ途切れに呟き、俯いていた顔を上げる。
「ところで、ユーリ」
突然、梁木に名前を呼ばれた悠梨は驚いて梁木の顔を見る。
「なっ、何?!」
「ユーリは、どこで物語の過去を知ったのですか?」
梁木の何気ない問いかけに、悠梨は一瞬、視線を反らしたように見えたが、焦っているような様子で苦笑する。
「あ、あたしも、図書室っ!確か、先月の終わりだったかなー」
「そうですか。皆、似たような時期だったのですね」
梁木はそれを聞いて納得したように頷いたが、トウマは眉間に皺をよせて悠梨を見ていた。
しかし、何か言い聞かすように小さく頷き、何か言おうとした時、麗が話しだす。
「過去で…スーマは闇の精霊シェイドの術にかかって身体を乗っ取られる。…もしかしたら、トウマも闇の精霊シェイドによって操られてしまうのかな……?」
物語の過去の中でスーマは闇の精霊シェイドの術によって操られ、その後、レイナとカリルに出会っている。
その時の強さは、レイナとカリルの力を大きく上回っていた。
四人に新たな不安が生まれるが、梁木が何かを思い出したように呟く。
「ちょっと待ってください。…確か、第一章で操られたスーマは『我が守護精シェイド』と言っていたような気がします。ということは、完全に支配されたわけではなく、どこかにスーマの意識は存在していたのではないのでしょうか?」
梁木の一言で、三人は物語の第一章を思い出したが、初めて第一章を見たのが随分前で、すぐに思い出すことができなかった。
梁木は何か言いたそうな顔でトウマの方を向く。自分の知らないところでまだ能力者はいる。もしかしたら、トウマも狙われるかもしれないと感じていた。
「まだ学園には俺達が知らない能力者がいるはずだ。…警戒はする」
梁木の視線を感じだトウマは三人の顔を見ると、三人は真っ直ぐな瞳で力強く頷いた。
トウマはふと、柱に掛けてある時計を目にした。
「もう、一時間が経っていたのか…」
クラスも学年も違う四人が集まる機会は多くなく、また、物語の過去を知りできるうちに話し合いたいと思っていた。
気がつけば、食堂にちらほらと居た生徒は少なくなっていた。
「プリンも食べたし、場所を変えようか?」
悠梨は小さく両手を合わせて立ち上がろうとしたが、何かを思い出した麗はトウマに問いかける。
「そうだ!前に滝河さんと戦った時、滝河さんは真っ先にティムの名前を出してた。あの時、すでに滝河さんは物語の第七章や過去を知ってたのかな?」
「レイ、あたしがいない時?」
「うん、一月の中旬くらいだったかな。私とショウと戦って、後からトウマと…確か、ヴィースの能力者に会ったんだ」
冬休みが明けた約一週間後、校舎を歩いていた麗と梁木は滝河の結界の中に侵入してしまい、戦うことになってしまった。
トウマが戦いに加わり、滝河が持っていた水色の宝玉がついた杖が鏡牙という青みがかった白銀の剣に変わったことで戦いは一時的に終わったのだった。
「純哉は大学部にいても会うことは少ないが…連絡して聞いておくか」
トウマが話している時に梁木は何かに気がついて、やや遠くの方を見ていた。
その時、トウマの背後から声が聞こえる。
「俺がどうかしたか?」
トウマは椅子に座ったまま後ろを振り返ると、そこには滝河が立っていた。
「純哉。お前も高等部に来てたのか?」
「ああ。帰る前に食堂を通りかかったら兄貴達の姿が見えたから来たけど…俺の話をしてたのか?」
高等部に在学している時に比べて印象が違うのは、制服ではなく私服のせいかもしれない。麗と二つしか年は変わらないが、大人っぽく見える。
滝河はトウマ達が座るテーブルに近づき、テーブルの端で立ち止まる。
「俺じゃなくて、レイがな。前にレイ達と戦った時に純哉がティムの名前を出したらしい。お前はあの時、ティムを知っていたのか?」
「レイ?ああ、兄貴がよく言うこいつのあだ名か」
滝河は麗を見ると、あまり面識が無いのか小さく頭を下げた。
「俺が水沢達と戦った時…そうだ、鏡牙を手にした時だな。確かに、あの時には俺は物語の最後まで読んだし、ティムという獣を操る少女の事も知ってた」
滝河は、顎に指を添えて思い出しながら話していく。
トウマが真っ直ぐな目で滝河を見ていた。
「やっぱり、お前も物語は全部見ていたか」
「ティムはレイナの双子の妹みたいだな。なら、お前にも妹はいるのか?」
「あ、はい…」
滝河の質問に、麗は思わずいつもと違う様子で答えた。滝河とは学園祭の準備の時や一月に戦った時だけで面識が無いので、普段、皆と話すような口調で答えていいのか考えたのだった。
それに気づいた滝河は優しく笑った。
「別に…兄貴に話すような感じでいい。それで、その妹はどこだ?」
「あ、えっと…妹はこの学園じゃなくて、別の学校にいるの」
「別の学校?」
「はい…あ、うん。妹はゲームはやらないし、前に連絡した時にも特に変わったことは無いって言ってた」
「……ゲーム?」
麗を見ていた滝河はゲームという言葉が引っ掛かり、トウマの方を向いて問いかける。
「図書室にある本以外に、本と同じ内容のゲームがあるらしい。レイとユーリはゲームをやってて、その後に図書室で本を読んで覚醒した」
トウマは麗と悠梨の顔を見たが、悠梨は何を思ったのか一瞬だけ視線を反らしてしまう。
「へえ…そんなのがあるんだな」
ゲームの事を知らない滝河はトウマの説明を聞いて、興味を持つように呟いた。
「覚醒したのは図書室なんだけどね」
「俺も図書室にある本を読んで覚醒した。つまり、きっかけはどうであれ、能力者は図書室にある本を読んで覚醒する可能性が高いな」
「そうだな。ところで、純哉、物語の過去の話を記した本が図書室にあるのは知ってるか?」
トウマはふと思い出して、滝河の顔を見る。高等部を卒業した滝河があまり高等部を訪れていないと思っていたのだった。
しかし、滝河の返ってきた答えは違っていた。
「ああ、今、図書室で見つけてきた」
『えっ?!』
思わぬ答えに麗と梁木は同時に驚き、トウマも二人よりは反応は薄いが驚いている。
悠梨は黙ったまま滝河の話を聞いていた。
「と言っても全部じゃなくて一部だけどな」
「どこまで読んだ?」
「スーマとティムのとこだけ。マリスは俺には関係無いし、レイナとカリルも時間がある時にまた読めばいいと思っている」
物語の中でマーリの力を持つ滝河は、マーリの事が載っていないと知ると、スーマとティムの話を読んでおいた方が良いと思ったらしい。
「それと、お前は知らないかもしれないが、朝日は封印した」
「…それ、本当か?!」
滝河は、マーリより強いルイアスの力を持つ朝日が封印されていたことに驚く。物語の中では階級と強さによって黒いアクセサリーを身につける場所が違うようだ。
「ああ…さっき、レイとユーリには話したが、大野の力のおかげで朝日と西浦というやつを封印した。それと……」
「大野、やっぱり兄貴と接触してたか…」
「地の精霊ノームが存在している」
「な、何だと…?!」
滝河は大野の名前を聞いて、自分と同じように生徒会に敵対する能力者がいることを知っていて、気づかれないように動いていたと思っていた。しかし、次のトウマの言葉を聞いて、さっきよりも大きな声を上げて驚いた。
「精霊の力を持つ能力者がいるってことか?!」
麗と梁木と同じように滝河も驚き、両手をテーブルにつけて身体を前に傾ける。
「あいつが言うには仮の器を作り、自分は存在しているらしい。地の精霊ノームは力を与える媒体を探し、大野がそれに応えた」
麗と梁木に説明した時と同じように滝河にも話していく。
トウマは落ち着いていたが、精霊が存在していることは知らなかった。
「今まで物語に出てくる登場人物の能力者は人間だけだと思っていたが…人間以外もいる。それと、精霊の力を持つ者や、地の精霊以外にも他の精霊がいるということだな」
「そんな…」
滝河は驚いて言葉を詰まらせる。滝河もまた、最初は本に出てくる登場人物の力を持っていて、魔法や武器を使うことが信じられなかったのだ。
「せっかく純哉もいるんだ。それぞれの話を聞いて情報を知っておきたい。今のところ、現時点で名前が分かってて、能力者が誰が分からないのはティア、ティム、フィアの三人…精霊も合わせるともっといるな。魔力を感じるとこには何かあるかもしれないし、それぞれもっと力をつけておかなきゃいけないな」
トウマは皆の顔を見回すと、自分自身にも言うように話していた。
トウマは柱に掛かっている時計を見る。
「一時間は過ぎてるな…場所を変えよう。図書室…いや、どこか別の場所が良いな。せっかくだから力の強化をするか」
「なら、俺もついていく」
滝河はトウマを見て頷き、トウマもまた滝河の顔を見て頷いた。
麗、梁木、悠梨もそれぞれ顔を見合わせて頷き、四人は椅子を引いて立ち上がろうとした。
その時、突然、床から黒い霧が噴き出し、勢い良く流れると麗達の周りを覆い始める。
『!!』
麗達は驚いて椅子から立ち上がり、辺りを見回した。
霧はドーム状に広がり、水晶のような壁のように変わっていく。
「これは…!」
「結界っ!」
トウマと梁木は周りを覆ったものが結界だと分かると、一瞬にして瞳の色が変わる。
梁木の瞳は紫に、トウマの瞳は薄い緑色をしていた。
「…今までに感じたことのない力強い魔力だ」
辺りを睨むように見回していた滝河の瞳も水色に変わっていた。
結界の中の上の方から黒い水のようなものが滴り落ちると、それは大きな球体に変わり、中から長い体毛に尖った牙と耳、こめかみには太い角が生えた獣が現れた。
「これ……デビルデーモンだよ!」
「私達が覚醒して、トウマと会った時に出てきてた…ゲームの後半で出てくる敵がどうして……」
麗と悠梨はデビルデーモンを見て驚いていた。
それは、麗と悠梨は覚醒したばかりの頃、黄昏の温室の辺りでデビルデーモンの群れと遭遇し、トウマの力もあり敵を倒したが、戦いを知らない二人は大きな痛手を負ったのだった。
麗の瞳は深い水色、悠梨の瞳は白に近い水色だった。
その間にも上から幾つもの黒い水のようなものが滴り落ち、その大きな球体から幾つものデビルデーモンが姿を現す。
瞬く間に、食堂には無数のデビルデーモンが群がり牙を剥いていた。