再生 24 交差する軸
「お前、能力者だな?」
トウマは梁木の腕を離すと、訝しげに女子生徒を睨む。
トウマと梁木の目の前にいる女子生徒は、俯いて指で涙を拭うと楽しそうに小さく笑う。
顔を上げてると瞳の色が淡い緑に変わっていた。
それは覚醒だった。
「やっぱり能力者か」
トウマが分かっていたように女子生徒を睨む。
その横にいる梁木は、時が止まったように目を見開いて驚いていた。
女子生徒はにっこり笑ったまま動こうとしない。
その時、女子生徒の背後で何かが光ったような気がした。トウマがそれに気づくより先に、薄暗い空間から幾つもの矢がトウマを目掛けて思わぬ速さで向かっていた。トウマは襲いかかる無数の矢を避けると、女子生徒の後ろの奥を見つめる。
「この奥は確か普段使わない道具をしまっている倉庫…」
女子生徒の後ろで足音の近づく音が聞こえる。薄暗い廊下から姿を現したのは弓を構え、覚醒した朝日だった。
朝日の瞳は薄い紫色だった。
!!!
朝日の姿を見た見た梁木は、再び胸を打たれたような感覚に襲われ、少し前に本で見たカリルの過去を思い出した。
それはまるで自分がカリルそのもののように鮮明に浮かび上がる。
「………」
梁木は歯を食いしばり、口唇を噛みしめる。
胸の鼓動が速くなる。
「朝日、やっぱりお前はルイアスの能力者だな。そっちのは感じたことのない魔力……」
トウマは朝日を睨み、朝日の前に立っている女子生徒を見ようとした時、俯いていた梁木が顔を上げる。
「スパイラルグレイブッ!!!」
突然、梁木の真下に魔法陣が浮かび上がり、梁木の右手には風が起こり激しい渦を巻き始める。
勢いよく吹き出した風の渦は、加速して廊下を削り、女子生徒と朝日の足元を狙う。
しかし、風の渦は軌道が逸れてしまい壁に激しい音をたててぶつかってしまう。
「(詠唱破棄…!)」
トウマは驚き梁木の顔を見た。梁木は額から汗を流し、呼吸は乱れ、激昂しているように見えた。
「(本を読んでルイアスを思い出した?それとも、こいつが…?何にしても集中できてねえ…!)」
トウマは梁木の状況を考え、朝日達と距離を取ろうとした。
「フリーズスピアーッ!」
梁木の周りに幾つもの細い氷の刃が生まれ、勢いよく加速していく。
氷の刃が朝日達に直撃する手前で軌道が逸れてしまい、女子生徒の頬をかすめ、壁に激突して霧が吹き出した。
女子生徒の頬が切れて、そこからうっすらと血が流れる。
「(続けて詠唱破棄したら魔力の消耗も激しいし、攻撃が当たらねえ…!)」
朝日は霧で視界が薄れている中、目の前で朝日が矢を持ち、弓を構えいる姿を見る。
「ショウ!そんな状態で魔法を放っても当たらない!!」
トウマは近くにいる梁木に向かって声を上げるが、梁木はトウマの声が聞こえていないのか、続けて呪文を唱える。
トウマは小さく呪文を唱えると右手を前に突き出す。
「ウインドウォール!」
梁木の呪文が完成するより先に、トウマは魔法を放つ。トウマの放った幾つもの風は回りの風を取り込み、朝日達の間に吹くと壁のように立ち塞がる。
朝日が放った矢は分裂して梁木を狙うが、風の壁によって矢は全てその場に落ちて消えてしまう。
トウマは梁木の腕を引くと、そのまま自分と向かい合わせて肩を掴んで大きな声を出す。
「ショウ!落ち着け!!」
その声で我に返った梁木は目を見開くと、やっと少し落ち着いたのか小さく息を吐いた。
「………トウマ?」
「やっと、落ち着いたか」
梁木が我に返ったと思ったトウマは、霧が晴れた先に立つ女子生徒と朝日を睨みつける。
トウマは何かに気づいていた。
「お前、リークの能力者だな?」
霧が晴れても女子生徒は変わらず笑い続けている。
ほんの少し俯いた女子生徒はゆっくりと顔を上げる。
「高等部三年、西浦愛…」
西浦と名乗った女子生徒の目が冷たく笑う。
「リークの力を持っています」
「やっぱりな」
魔法で作られた風の壁が消えると、トウマは梁木の前に立ち、にやりと笑う。
そして、西浦の後ろに立つ朝日を睨む。
「朝日、お前はルイアスの力を持ってるな?」
朝日は何か警戒した様子でトウマを睨み返す。
「…あいつは…神竜スーマの能力者」
物語の中でルイアスは幻精郷でスーマの存在に気づき、スーマの力で消滅させられた。
それを知っているのか、朝日はトウマの様子を伺っている。
「(力の差は分かっているつもりだ…けど)」
朝日の握っている弓がどこかに消えると、ゆっくりと目を閉じる。
「俺には守りたいものがある!」
朝日はそう言うと、トウマ達に聞き取りにくい音のようなものを呟く。
それが辺りにこだますると、突然、トウマ達の回りの地面が割れて何か骨のようなものが飛び出した。
『!!!』
トウマと梁木は驚き辺りを見回す。
幾つもの地面が割れて骨のようなものが飛び出し、そこから現れたのは、先程、トウマ達を追っていた骸骨だった。
骸骨の群れは骨を鳴らしながら両手に構える剣を振っている。
「やはり…あの骸骨の群れは貴方が召喚したのですね」
梁木は胸を押さえ、冷静さを失わないように朝日を睨む。
朝日は梁木を睨むと鼻で笑った。
「禁忌の異端児の能力者か。俺がこの手で潰してやる」
物語でカリルは白い翼を持つ有翼人と悪魔の混血児だった。
それが自分の能力者であるカリルのことを指していると分かった梁木は、苦しそうに顔をしかめていた。
「…残念だな、朝日」
梁木の横でトウマが笑いながら朝日を見ていた。
「!!」
何かに気づいた朝日は左手を前に突きだし、骸骨の群れに命令する。
「やれっ!!」
朝日の声に反応した骸骨の群れは奇声をあげると、トウマと梁木に向かって襲いかかった。
梁木は辺りを見回して呪文を唱えていたが、それより先にトウマが声をあげる。
トウマの両手は赤く光っていた。
「フレイムサークルッ!!」
トウマが魔法を発動させると、トウマの両手から幾つもの赤く光る炎の輪が現れ、それは目にも止まらない速さで骸骨の群れを囲み、締め上げるように包みこんだ。
骨は焼かれ、やがて灰に変わりその場に消えていく。
燃えさかる炎の隙間から鋭い殺気がトウマに近づく。
「!!」
トウマがそれに気づき、咄嗟に腕を上げて額のあたりで交差させて防ぐ。
炎の中、朝日は力強く地面を蹴って飛び出し、トウマの頭上を目がけて蹴り上げようとしていたのだった。
朝日は顔を歪ませてトウマを睨み、そのまま足に力を込める。
トウマは瞬時に手首をひねり朝日の足を掴むと、そのまま廊下に叩きつけた。
「がっ!!!!」
廊下に叩きつけられた朝日は背中に強い痛みを覚え、動きが止まってしまう。
「だから、残念だって言ってるだろ」
トウマは朝日を見下すと、西浦の方を向いて睨みつける。
西浦は何もしないで様子を見ているだけだった。
「奏は貴方を恐れ、そこの彼は私を恐れている。楽しくなりそうですね」
そう言うと、ゆっくりと一歩踏み出し、トウマに向かって走り出した。西浦の右手が淡く光り、形を変えて何か細長いものに変わっていく。
「(本で読んだ通りならリークの武器はただの長剣…俺の短剣で弾ける…!)」
トウマの両手が光り、二本の短剣が現れると刃を下にして構えようとした。
何かが違う。
そう思うより先に梁木は声を上げていた。
「トウマ!避けてください!!」
梁木の声に反応して、トウマは一瞬だけ後ろを振り返る。すぐに前を向くと、西浦の右手にある光の先端が大きく尖ったものに変わり、それを両手で持ち直すと光が消え、それは巨大な斧に変わっていた。
「清らかな翼、隠された真実よ…」
西浦が強気な表情で笑い言葉を発動させると、西浦の背中が淡く光り、透き通る蝶のような羽が現れた。
「!!」
それを見た梁木は呪文を唱え始める。
西浦の背中の羽が広がると、動きが速くなり両手で斧を振り上げる。
西浦が斧を降り下ろそうとした時、梁木の魔法が完成する。
「プロテクション!」
梁木が両手を前に出すと、声に反応して西浦とトウマの間に大きな円形の盾のような壁が現れ、西浦が降り下ろした斧にぶつかると、激しい音を立てて辺りに響く。
「…斧?リークの武器は長剣じゃなかったのか?」
魔法でできた防御壁は消え、トウマは僅かに驚いていた。
物語の中でリークは長剣を持っていたはずだった。
「それは、リークの隣にいたタインの…」
何かに気づいた梁木は信じられないような表情で呟く。
攻撃を防がれた西浦は少しだけ距離をおくと、にっこり笑って答える。
「そうです。これは、リークの従者であるタインのもの。切り殺すことは困難でも…」
瞬きをする間に、トウマの目の前から西浦の姿が消えた。
「!!」
一瞬のうちにトウマの背後に西浦が立っていた。
「トウマ!」
梁木が叫んだと同時に、腰に激痛が走り、梁木は吹き飛ばされる。
「!!!!!」
トウマによって投げ飛ばされ動けなかった朝日が立ち上がり、梁木の背後に回ると身体をひねらせて梁木の腰を目がけて蹴り飛ばしていた。
驚いてトウマが振り返り、梁木を見るより先に、トウマの目の前には西浦が笑いながら斧を振り上げていた。
「叩き潰すのはどうでしょう?」
西浦の鋭く突き刺さる殺気に驚き、トウマは咄嗟に後ろに下がり距離をおいた。
西浦が力強く斧を振り下ろすと、地面が割れて辺りが大きく揺れる。
「……っと!」
トウマが膝と手を地面につけて揺れる身体を整えようとした時、西浦の持っていた斧が消え、朝日の攻撃によって動けなくなった梁木に近づいていた。
「さあ、彼も翼はあるのでしょうか…」
西浦は梁木の目の前で梁木を見下すと、横になっていた身体を足で転がして背中を向けさせる。
「や……めろ…」
「ああ、そうしてみると物語のようですね」
梁木は顔を上げて西浦を睨むが、西浦は表情を変えずに笑っていた。
トウマが地面を蹴り、梁木に近づこうとしたが、目の前には朝日が立っていた。
「近づけさせない!」
朝日がトウマを睨み、聞き取りにくい音を発すると、トウマの真下の地面が割れ、再び幾つもの骸骨の手が飛び出した。
「!!」
幾つもの骸骨の手はトウマの両足を掴むと、何かを砕くように力を強めていく。
「くっ…!」
「流石、竜族の中で最も強い神竜の力を持つ方ですね。魔力、体力、体術…奏の結界の中でそれだけで済むとは。けど…」
トウマが呪文を唱えているとトウマの両足が赤く光るが、突然、身体がビクンと跳ねると、トウマの首筋に黒い逆十字の呪印が浮かび上がる。
「そろそろ呪印が出ると思いましたよ」
西浦はトウマの顔を見ると楽しそうに笑っていた。
「こいつも呪印を知ってるか…」
トウマは痛みを堪え奥歯を噛むと、西浦を睨む。
トウマの両足の光りは強くなったり鈍くなったりしていていた。
「貴方の呪印は力を使えば使うほど魔力は強くなるけど、痛みが強く増していくそうですね。奏は地の属性も持っています。地の属性が苦手な有翼人は動きも鈍くなります」
「その割にはお前は動けるんだな!」
物語の中ではリークは有翼人と似たエルフという種族であり、主に風の属性を持っているが、地の属性にはあまり強くなかった。
「力の差ですかね」
西浦は梁木に視線を戻すと足で梁木の背中を力強く踏みつける。
「ぐあぁっ!!!」
「……隠された真実よ」
その瞬間、梁木の背中は光り始め、肩甲骨の右側に真っ白な翼が現れる。
「本当に物語のままですね」
梁木は背中の痛みに耐えながら西浦を睨む。
西浦は楽しそうに笑いながら梁木の顔を覗きこむ。
「アブソーブ」
西浦が小さく呟くと梁木の身体が淡く光り、光が西浦に移動していくと、西浦の身体の中に消えていく。
「補助系魔法か」
トウマが呟くと、顔を上げて西浦を睨んでいた梁木は気を失い、動かなくなってしまった。
「彼の魔力を吸い取りました。これで彼は力を出せない…このまま、あの方のとこに連れていきますか」
「てめぇ!」
トウマの両足が再び強く光り、炎のように熱を帯びていく。
その時、どこからか違う気配を感じて西浦と朝日が振り向くと、ゆっくりと階段を降りる音が響く。
階段を降りてきたのは覚醒した大野だった。
大野の瞳は琥珀色に変わっていた。
「あら、大野さんじゃない」
西浦は一瞬で顔つきを変えて、礼拝堂で見掛けたような柔らかい笑顔でにっこりと大野を見つめる。
大野は両手で持っている厚い本をぎゅっと強く握る。
「やはり、貴方は能力者だったのですね」
大野は西浦が能力者ということに気づいていた。
礼拝堂で見せる顔が通じないと思ったのか、西浦の顔つきが変わり冷たく笑う。
「気づいていたんですね」
「礼拝堂には清らかな力で覆われているのに…どうして」
大野は西浦を見ると驚いたような怪訝そうな顔で呟いた。
「力の差ですよ。聖なる力を前にして近寄ることもできない者もいれば、私のようなものもいます」
「貴方は隠すのがお上手なんですね」
大野は西浦を睨むが、西浦は気にしていない様子で笑っている。
「確かに貴方も地の属性を持っている。けど、奏が最も力を出せるこの場所、結界の中、貴方の魔力でどうにかすることができるのですか?」
西浦は自分と朝日の魔力と、大野の魔力がどれだけの差があるか分かっていた。
それは、大野も分かっていたが、トウマと会った時に嫌な予感がしていても立ってもいられなかったのだ。
実際に魔力の強い場所に向かったら、そこには倒れた梁木と身動きが取れないトウマがいたのだった。
「トウマ様…」
その時、更に強い地震が起こり、辺りが大きく揺れ始める。
『!!!』
西浦は地震に驚き、梁木の背中を踏みつけていた足を離し、その場に膝をついた。
そこにいた全員が驚き、地震によって足元がおぼつかない中、トウマは自分の両足を掴む骸骨の力が弱まったと分かると、力を込めて蹴り、骸骨の手を砕く。
そして、小さく呪文を唱えると自分と大野、気を失っている梁木の周りに水晶のような壁が現れ、それぞれを包む。
「思ったより魔力の消費が激しいな。朝日の力のせいか?けど、何かが違う…」
トウマは辺りを見回すと、自分達を覆う結界の力が変わっていることに気づく。
トウマの呼吸は乱れ、肩を上下に動かして息をしている。
辺りを覆う結界が揺れ、誰かが階段を下りてくる。
階段を下りて結界の中に入ってきたのは、先程見かけた藤堂という男性だった。
「藤堂」
思いもよらない人物にトウマは驚き、階段を下りた先にいた大野も驚いて後ろを振り返る。
そこに居る全員が驚いたのは、藤堂の瞳の色が緑であること。それは能力者の証だった。
藤堂は現状を知り、辺りを見回すと、目の前にいる大野に一歩近づく。
「大野ちゃん、答えを聞きにきてあげたよ」
にっこりと笑う藤堂に、大野は考え小さく首を傾げる。
「え?」
「さっき、大野ちゃんは僕から逃げた。だから、僕が来てあげたんだよ」
「………」
藤堂の意図が分からず、大野は考え、一歩後ろに下がる。
「僕から逃げるの?それでも良いけど…後ろ、君が慕っている相良君も、そこに倒れている彼もどうするの?」
「それは…」
大野は、自分の力だけで西浦と朝日に立ち向かう力は持っていないと気づいていた。
藤堂は何か思い出したように大野の先にいる朝日の顔を見て嘲笑した。
「ああ、確か、ここは誰かさんが最も力を出せる場所、誰かさんの結界…って言ってたよね?」
「貴様!」
自分のことだと気づいた朝日は怒りを露にして、小さく聞き取りにくい音を発した。
すると、突然、藤堂の足元の廊下が割れ、そこから幾つもの腐敗した手のようなものが現れた。
幾つもの腐敗した手のようなものは藤堂の両足を掴む。
「………」
藤堂が足元を睨むと足元が光り、腐敗した手のようなものは一瞬にして土に囲まれ、砂に変わり消えていく。
足元を睨んでいた藤堂は、朝日の顔を見ると強気に笑う。
「ふーん、こんなものなんだー?」
「くっ!」
朝日は藤堂の力に驚いていたが、何か納得いかない顔で藤堂を睨んでいる。
藤堂は大野の顔を見ると、顔を近づける。
「僕の名前を呼べば、君が望むことをしてあげるよ?そこで倒れている彼も、相良君も助けてあげる」
藤堂は右手で大野の頬に触れ、誘惑するように妖しく笑っている。
「けど、君の魔力で立っていることも辛くなると思うけど。…さあ、どうする?」
大野は藤堂の手から離れ、距離を置こうとするが、後ろには西浦が立っていた。
「逃げちゃだーめ」
自分から逃げようとする大野の手首を掴み、自分の方へと引き寄せる。
手首を捕まれた大野は驚いて顔を赤らめる。藤堂の手を振りほどこうとするが、藤堂は手を離そうとせず笑っている。
「大野、話を聞くなっ!」
いつの間にか地震はおさまり、その場に立ち上がったトウマは今にも飛びかかりそうな勢いで叫ぶ。
「うるさいなあ」
藤堂はトウマの方を見ると、呆れたように溜息を吐く。
手首を捕まれている大野は何かに気づきながら、何かに困惑していた。
その顔を見て、藤堂は顔を赤らめ、嬉しそうに笑う。
「良いね。その顔…好きだなあ。もっと僕に見せて?」
藤堂と大野のやり取りを見ていたトウマは辺りに漂う力を感じると、何かに気づき、信じられないものを見るように藤堂の顔を見る。
「まさか………てめえが誰か分かったぞ!!大野、お前に辛い思いをさせたくない!止めろ!」
藤堂はトウマの顔を見て、勝ち誇ったような企むような顔で睨み返す。
「決めるのは大野ちゃんだよ」
藤堂は自分の右手を見ると、そこに繋がる大野の顔を見る。
大野は俯き、今にも泣きそうな顔で困惑している。
やがて、顔を上げると諦めたような何かを決めたような目で藤堂を見つめる。
藤堂は事のなりゆきを楽しむように笑っていた。
大野は再び俯き、藤堂は顔を大野に近づける。
「天高き輪廻の万物…大地の力…」
それを聞いた藤堂は満足げに笑い、大野の耳元で囁く。
「はい、良くできました」
藤堂はにっこり笑うと身体が光り始め、姿を変えていく。
翡翠のような瞳と髪、透けた身体と尖った耳、そして、岩や砂を思わせる法衣を纏っている。
それはゆっくりと瞳を開いて笑った。
「サア、壊シテアゲル」
再び地震が起こると、上下に大きく揺れ、廊下や壁に亀裂が走りだす。
そこに立っていたトウマ、朝日、西浦は地震に驚き、立っていることもできなかった。
「…ん」
梁木の身体が僅かに動き、意識を取り戻した。そして、目を開きゆっくりと立ち上がろうとしたが、地震の揺れによって、その場に膝をついてしまう。
「これは一体…?!」
一瞬の隙を狙ってトウマは駆け出し、朝日の横を通り過ぎると気を失っている梁木の元へ移動する。
「ショウ!大丈夫か?!」
そして、再び小さく呪文を唱えると、自分と大野、梁木の周りを包んでいた水晶のような壁が更に厚くなる。
首筋に浮かぶ呪印の痛みに耐えながら、トウマは梁木を守るように前に立つと、姿を変えた藤堂を睨む。
それに気づいた藤堂は一瞥すると、地震によって動くことができない西浦を見て小さく首を傾げる。
「確カ、我に弱イ者ガイマシタネ」
片言のような話し方と冷たい目つきに隠れた笑み。
それが何か気づいた西浦は、信じられないものを見るように驚き、藤堂に向かって指を差した。
「そ、そんな…まさか…信じられない…!精霊の力を持つ者がいるなんて…!」
西浦の言葉に朝日は驚き、トウマは息を飲んだ。
本に出てくる人物の能力を持った者は見てきていても、今まで精霊の力を持つ者はいなかった。
精霊の力を持つ者はいないと思っていた。
藤堂から伝わる魔力に全員が畏怖を覚えた。
「違イマス」
大野が本を開き、右手を梁木に向かってかざすと小さく呪文を唱えた。すると、梁木の身体が淡く光り、傷が癒えていく。
「我ハ地ノ精霊ノーム」
今までの軽そうな口調とは違い、今は冷たく突き刺さるような口調だった。
その時、西浦の真下の地面が裂け、砕けた瓦礫が重力によって浮かび上がる。
「!!」
西浦は咄嗟に羽を広げ、宙に浮かび上がると右手を前に突き出した。
「彼の魔力を吸い取ったおかげで、私の魔力は溢れている!今、ここで捕らえれば、良い手土産になる!」
西浦が言葉を発動させるより早く、ノームが西浦を睨みつける。
すると、ノームの周りから稲妻が走り、一瞬にして西浦に襲いかかる。
「捕ラエル?…無理デスネ」
ノームが手を広げて腕を上げると、幾つもの大きな岩が現れ、大きな音を立てて落ちる稲妻にぶつかり砕け散る。
雷光に包まれた西浦は声も出せずに悶え苦しんでいる。
やがて稲妻が消えると、そこには全身に傷を負い、血を流している西浦が立っていた。
足元がおぼつかず、意識を失うようにその場に倒れようとしていた。
地震は続き、ほんの少しだけ揺れがおさまったのを狙い、トウマは倒れそうな西浦に向かって素早く移動すると手を伸ばした。
しかし、それより先に朝日が西浦の前に立った。
トウマの伸ばした右手は思いもよらず朝日の胸に当たる。トウマは驚いていたが、口より先に身体が動き、身体をひねり朝日とほぼ同時に西浦の胸に触れた。
「…交差する世界で眠れ」
トウマの言葉と同時に右手は淡く光り、朝日と西浦の身体は宙に浮きだした。
「朝日…何故?」
自分がそんな言葉を口にしたほどトウマは驚いていた。
トウマは先ずは西浦を封印して、その後に朝日を封印しようとしていたのだった。
「リーク様のいない世界なんて、俺には考えられない」
トウマを睨みながら答えた朝日は、西浦に手を伸ばそうとしたが、二人から淡い紫と緑のような気体が吹き出すと、朝日の瞳の色が元に戻り二人の姿は次第に消えていってしまう。
やがて地震はおさまり、ノームがゆっくりと目を閉じると、壊れた壁や足場も無いほど崩れた地面は元に戻っていた。
「終わった…?」
大野が辺りを見回して何かを確認すると、安心したのか力が抜けたようにその場に座り込んでしまった。
「大野!」
いつの間にかトウマ、梁木、大野を覆っていた水晶の壁のようなものも消えていた。
トウマは大野に駆け寄ると腕をとり、顔を覗きこむ。
「大丈夫か?」
「はい…」
大野はトウマの手を取って立ち上がり、トウマの顔を見ると困ったように頷いた。
梁木は立ち上がり、何が起こったのか分からずトウマに問いかける。
「トウマ…一体何が起きたのですか?」
トウマは振り返り梁木の顔を見ると、傍観していたノームを睨む。
「お前が気絶した後、大野が結界の中に侵入して…それに…」
トウマはうまく説明することができず、思ったことを口にした。
「さっき会った藤堂…その正体が地の精霊ノームだ…」
「えっ?!」
トウマの言葉を理解できず、梁木は呆然としていた。それに気づいたトウマも視線をそらす。
「俺だって信じられねえよ!まさか、精霊の力を持つやつがいるなんて!朝日の結界を壊して自分の結界を作り上げる力…そうだ、さっきの地震も図書室で起きた時に感じた魔力に似ている…」
「違イマスネ」
戸惑うトウマの言葉を遮ったのはノームだった。
ノームは眉間に皺をよせて話しだす。
「先程モ否定シマシタガ、藤堂渉ガ我ノ能力者デハ無ク、藤堂渉ハ我ガ作リ出シタ仮ノ器デス」
『!!!』
「アア、彼女ハソコマデ知ラナカッタト思イマスガネ…」
「藤堂さんが仮の器なら…この現実に精霊が存在しているということなのでしょうか?」
梁木は必死に理解しようと頭を働かせ、ノームに問いかける。
「精霊ハ自然界ニ存在スル魂ノヨウナモノ」
ノームは首を横に振り、真っ直ぐな目で梁木を見る。
「じゃあ、何故、大野につきまとった?!」
トウマは声をあげて問いかけた。どんな事があっても、困っている大野に接触していたのは事実だった。
「それは…」
トウマの質問に答えたのは、隣にいた大野だった。
「私は、最初に藤堂さんが地の精霊だと気づきました。彼は私に力を与える代わりに、私を媒体にしたいと言ってきたのです…。私が答えを出せば魔力は増加する…でも、私のせいで藤堂さんが消えてしまうと思って…」
ノームは大野の顔を見ると、宙に浮いた身体を近づける。
「我ノ魔力ヲ扱ウノハ自分ノ魔力デハドウスルコトモデキナイ。ケド、ソコノ人間ヲ助ケタイ…」
ノームはトウマの顔を見て嘲笑する。
「我ハ…彼女ノ思イノ強サニ惹カレテ試シタクナッタノデス」
ノームは真っ直ぐな瞳で大野を見つめている。
「マア、我ニトッテハ滅ボサレルヨリ遊ビニ興ジテモ良イト思ッタダケ…」
それを聞いて大野は困り、トウマと梁木も複雑な顔でノームを見ていた。
「ソウダ、面白イカラ、ツイデニ良イ事ヲ教エテアゲマショウ」
ノームは大野から離れ、更に宙に浮かび上がる。大野、トウマ、梁木は驚き、ノームを見上げている。
「我ラハ物ヤ人ニ姿ヲ変エテ存在シテイル。…我ラガ能力者カトハ限リマセンケドネ」
「じゃあ、他にも精霊が学園内にいるのか?」
「フフフ…意外ト近クニイルノデハナイデショウカ?」
ノームは何かを企むように笑うと、再び大野に顔を近づける。
「サア、ソノ身体ヲ戴キマショウ。我ノ力、大事ニスルンデスヨ?」
ノームの顔は、先程見た藤堂の顔に似ていた。
それは試すような、からかうような笑みだった。
「貴方ハ我ノモノデスカラネ」
藤堂のように笑い、ウインクをするとノームの透けた身体が消え始め、大野の身体の中に吸い込まれるように入っていく。
ノームが消えると、大野が両手で持っていた本が形を変え、棒のようなものに変わると先端が尖り、大きな鎌へと変わっていく。
大野は大きな鎌を握り、その手は小さく震えていた。
「私が予感していた恐怖…巨大な力とこの大きな鎌。この形、何かを刈り取る力…」
大野の持っている大きな鎌が消えると、三人の瞳の色は元に戻り、辺りを覆う結界も消えていた。
トウマの首筋に浮かぶ呪印もゆっくりと消えていく。
「精霊は意外と近くにいるかもしれない」
トウマはノームの言葉を思いだし、空を見上げる。
「もっと力をつけなきゃ。それに、今日のこと、レイとユーリに話さなきゃ」
梁木は心につかえている重たい感情を消化できずにもやもやしていた。
その頃、麗は寮の自分の部屋にいた。
パソコンの電源をつけたままベッドに横たわり、涙を流していた。