表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/100

再生 21 予期せぬ力

操られた麗は虚ろな目で吹き荒れる桜を見上げている。

「さあ、始めましょうか…」

高屋の瞳は赤く光っていた。




空が茜色に染まり、少しずつ薄暗くなっていく。

梁木、トウマ、悠梨は驚き、剣を構えたまま動かない麗の様子を伺っていた。

「…レイを操って…どういうつもりっ?!」

悠梨は高屋を睨み、声を荒らげる。

それを見た高屋は顔色を変えずに微笑している。

高屋が右手を下ろしたまま指を鳴らす。

それに反応した麗は地面を蹴り、思わぬ速さで梁木に近づき切りかかった。

「!!!」

梁木は驚き、意識をすると、一瞬にして右手に短剣が現れる。

「ぐっっ!!」

梁木は短剣を構え、間一髪で麗の剣を受けとめる。

「麗さんは彼を選びましたか。となる、と………」

高屋は梁木を見ると思っていたことが当たったような顔をして笑っていたが、目の前の強い殺気に気づき意識を戻す。

「!!」

高屋の目の前にはトウマが両手に短剣を構え襲いかかろうとしていた。

「本当に僕が嫌いなんですね」

高屋の笑みが消え、不快な顔でトウマを睨み攻撃をかわしていく。

トウマは短剣を振り上げ、避ける高屋に近づき切りかかろうとする。

「ああ」

トウマも高屋を睨んでいる。

「(詠唱破棄は魔力の消費が大きい…となると、先にどちらかの動きを止めた方が…)」

トウマは僅かに左を向いて麗と梁木の様子を伺う。

梁木も麗の様子を見るために、攻撃を受けとめたり避けていた。

「レイの長剣と僕の短剣だと長さや力の差がある。だからと言って、浄化呪文を唱える隙があるかどうか…」

梁木は攻撃を避けながらトウマとの距離を縮め、麗と大きく距離を取ると呪文を唱えた。

「凍てつく光の疾風よ、遥かなる時の声に従い立ち塞がるもの全てを撃ち破れ……フリーレンストラール!!」

梁木が両手を前に突き出すと、梁木の上空に白く大きな魔法陣が現れ、青く輝きだす。魔法陣から無数の氷の刃が現れ、梁木が腕を振り下ろすと、氷の刃は高屋に向かっていっせいに降り注いでいく。

「術者狙いですか…」

高屋は笑い、小さく何かを呟くと右手を前に出そうとした。

しかし、それより先に別の場所から声が聞こえる。

「リフレクト」

抑揚のない声に反応したように、高屋の周りにはガラスのような光の壁が現れる。梁木の放った無数の氷の刃が光の壁にぶつかると跳ね返り、軌道を変えて梁木に襲いかかる。

梁木は驚き咄嗟に呪文を唱えたが、それより早く無数の氷の刃は梁木に衝突してしまう。

「ぐあぁーーーっっっ!!」

無数の氷の刃によって梁木は吹き飛ばされ、全身は切り裂かれ、傷口から血が吹き出してしまう。

『!!』

高屋でさえ何が起こったか分からず、全員が声が聞こえた方を向く。

そこには虚ろな目で右手を突きだしていた麗が立っていた。

高屋は消えていく光の壁を見て驚いていたが、次の瞬間、強い殺気に気づき後ろを振り返った。

「背中ががら空きだっ!!」

「(死角を…!)」

高屋の背後からトウマが現れ、両手の短刀を振り上げた。

「!!」

高屋は咄嗟に半身を反らして避けようとした。

しかし、再び声が聞こえる。

「プロテクション」

声に反応して高屋とトウマの間に円形の盾のような壁が現れ、トウマの攻撃は弾かれてしまう。

「!!」

「詠唱破棄を連続で…」

トウマと高屋は麗を見ると、麗はさっきと変わらず右手を高く突きだしていた。

「ぐっ!!」

トウマは力を込めて円形の防御壁を打ち破ろうとした。

「ルトに操られたレイナさんも詠唱破棄で魔法を発動させ、麗さんは今まで見た事のがなかった補助系魔法も使う…本当に計り知れない力ですね」

高屋はトウマを睨みながら笑い、麗の顔を見る。

トウマも高屋を睨みながら力を込めていく。やがて、円形の防御壁が音を立てると亀裂が走り、防御壁は粉々に砕けてしまう。

防御壁が消えて無くなると、高屋は後ろに下がってトウマと距離をおく。

しかし次の瞬間、高屋の上空に再び白く大きな魔法陣が現れ、青く輝きだすと魔法陣から無数の氷の刃が槍のように激しく降り注ぐ。

「ぐっっ!!」

突然の出来事に高屋は呪文を唱えることもできず、両手を交差して無数の氷の刃を防ぐことしかできなかった。

「ショウ!」

トウマは梁木の魔法だと思い、梁木を見た。梁木は上半身だけ起き上がり、左手を前に突きだしていた。

悠梨が梁木の近くに駆け寄り右手を梁木の前に出すと、悠梨の右手は淡く光りだす。梁木の全身が淡く光ると血が止まり傷口が閉じていく。

「詠唱破棄か二段魔法か…やはり、梁木さんの力は早目に対処したほうが良いですね」

高屋は全身に大きな傷を負っていたが、梁木を見て笑っていた。

梁木は時間をあけずに再び詠唱する。

「空の一雲薙ぎ払う瞬く光よ、輝く刃となり風を弾け…ライトエッジ!」

梁木の目の前に光り輝く魔法陣が描かれ、そこから無数の光の刃が飛び出した。光の刃は勢いを増して高屋に向かっていく。

麗は高屋の方を向くと右手を前に出して小さく呟いた。

「リフレクト」

再び麗の声に反応したように高屋の回りにはガラスのような光の壁が現れた。

梁木の放った幾つもの光の刃が光の壁にぶつかろうとするその瞬間、悠梨は梁木の横に立ち、両手を前に突きだした。

悠梨の両手には大きな風の渦が巻き起こり、梁木の放った幾つもの光の刃にぶつかると更に加速する。

「!!」

勢いが増した光の刃が高屋の前に現れた光の風にぶつかると、激しい音を立てて粉々に砕け散り、高屋を吹き飛ばす。

それを見た麗は一瞬立ち止まったように見えたが、くるりと悠梨を見ると悠梨に向かって斬りかかろうとする。悠梨が右手を前に出すその前にトウマは二人の間に入り、トウマは両手の短刀を振り上げて麗の剣を弾いた。

「?!」

剣は弾かれて宙に舞い、落ちる前に麗は左手を伸ばし跳躍して受けとった。そして、左手で剣を握り払うように振ると、黒い光のような衝撃波が現れトウマを襲う。

「(レイが左利き…?!)」

トウマは黒い衝撃波を避けて後ろに下がると、背後に殺気を感じて振り返った。

そこには頭から血を流し、傷だらけの高屋が立っていた。

高屋が怒りを見せるように笑う。

「インフェルノダウン」

「(至近距離で高等魔術…!)」

トウマの頭上と足元に紅色の魔法陣が現れ、強く光ると魔法陣から炎が噴き出した。

「!!!」

トウマは危険を感じて逃げようとしたが、上下から激しく噴き出した炎によってトウマの姿は見えなくなり、叩きつけるように炎は揺れている。

「トウマ!!」

梁木は、炎に包まれたトウマに向かって両手を前に出して呪文を唱えようとした。しかし、それより早く炎の中から力強い声が響く。

「アブソリュートゼロ…!」

炎の真下に青い魔法陣が浮かび上がり、そこから水蒸気のようなものが噴き出した瞬間、それは思わぬ速さで凍りつき、校庭の回りを覆い始めると炎を包んでいく。

炎は氷で覆われ氷が砕かれていくと、そこには全身に傷を負ったトウマが立っていた。

「すごい…」

「けど、前より呪印が濃くなってるような気がする…」

梁木と悠梨はトウマの力に驚きを隠せなかったが、それと同時にトウマの首筋にある逆十字の呪印を見て不安が(よぎ)った。

「魔法を打ち消すとは流石ですね」

「このままだと空が暗くなって月が昇る…。その前にけりをつけないとな」

「分かってますね」

高屋もトウマも互いを睨みながら口角を上げて笑っている。

梁木は何かに気づいて空を見上げる。少しずつ空が暗くなり、うっすら満月が見えていた。

「まずいですね」

「満月は高屋の力を強くする…」

悠梨は空を見上げると気づかれないように僅かに後ろを見た。

「このまま時間が経つと満月の力で僕は強くなる。さあ、どうしますか?」

傷を負っていたが、高屋の表情には余裕のような様子が見える。

「(呪印の痛みはそれほどじゃない…力が強くなってる今、高屋の動きを止めるしかない…!)」

トウマは首を押さえると乱れた呼吸を整え、再び意識を集中して両手に二本の短剣を生み出す。

トウマは再び高屋に向かって斬りかかった。しかし、高屋が右手の指を鳴らすと、剣を構え直した麗がトウマに向かって襲いかかってきた。

「ちっ…!」

トウマは舌打ちをすると方向を変えて、麗に向かって構える。短剣を握る手を変えると、麗の鳩尾(みぞおち)を狙う。麗は両手で握っていた剣を右手だけで持ち直し、左手を前に突きだした。

「(レイには悪いが気絶させるか)」

「サイレント…」

麗の言葉に全員が驚く。

麗の左手から黒い影のようなものが現れ、トウマ、悠梨、梁木の影に向かってうねりながら進んでいく。

「まずい!!」

トウマは呪文を唱えて宙に逃げようとしたが、それより先に影のようなものは三人の影の中に入っていく。三人の背後に大きな人の形をした影が現れ、三人の口を塞ぐように動くとすっと消えていく。

トウマと悠梨は何もない様子で顔を見合わせたが、梁木の真下には黒い魔法陣が浮かびすぐに消えていってしまう。

「ショウ!」

それを見た悠梨は驚き梁木の顔を見た。

「あ………」

梁木は右手を自分の顔のところまで上げて手のひらを見ると、口を微かに動かして何かに怯え驚いていた。

「呪文が…言葉がでて、こない……?」

「魔法封じか…」

トウマは梁木の顔を見て状況を理解する。

それを見て高屋はにんまり笑っていた。

「補助系魔法に詠唱破棄、麗さんは本当に興味深い…」

高屋は麗を見て表情を変える。それは何かを恐れているようにも見えた。

「魔法の使えない梁木さんは動けないみたいですね…」

高屋の言葉を遮るように、突然、遠くから強い風を感じて、高屋は両腕で顔を隠しながら風の現れた方を見た。

悠梨の両手には強く巻き起こる風の輪が生まれ、悠梨はそれを高屋と麗に投げつけるように腕を前に出した。風の輪が高屋と麗の腕と身体を締めつけて動きを止める。

「なっ……?!」

高屋は突然の出来事に驚き、きつく締めつける風の輪に身体が軋むような痛みを覚える。

麗は操られたまま表情を変えずに悠梨を見た。悠梨は悲しそうな顔で麗を見つめる。

「ごめん…でもレイの力じゃ私の力は破れない…」

「(…私?)」

梁木は自分の状況を理解しながら何か違和感を覚えた。

「トウマッ!」

悠梨の合図でトウマは何かに気づき高屋に向かって走り出した。

「(封印術…!!)」

高屋はトウマが封印術を使おうとしていることに気づいて小さく呪文を唱えた。しかし、一瞬だけ麗を見るとトウマを睨む。

「…このままだと麗さんが傷つきますよ?」

「!!」

その言葉を聞いたトウマは焦り、一瞬だけ何に躊躇してしまう。

それを見た高屋は笑い、その間に麗は力を込めて腕を動かし、苦しそうな声で呟く。

「……ブレイク」

その言葉に反応したように拘束された麗の両手から衝撃波のようなものが現れ、麗と高屋を締めつけていた風の輪を消してしまう。

「!!!」

トウマと梁木は驚き、高屋は一息ついてトウマを見た。

「まさかあんな言葉で躊躇するとは思いませんでした」

高屋は楽しそうに笑い、トウマは残念な様子で高屋を睨み舌打ちをした。

トウマは何かの気配に気づいて後ろを振り返る。トウマの後ろには悠梨が様子を伺うように見ていた。

トウマと悠梨の視線が合う。

「梁木さんは魔法を使えない、貴方は呪印のせいで力を十分に使えない。ああ…少しずつ満月が見えてきた…」

トウマと梁木が空を見上げると、薄暗くなった空にくっきりと満月が見えてきた。

「(声は出るのに詠唱しようとすると言葉が消えていく。詠唱破棄もできない…)」

梁木は現状に戸惑いながら、何かないか考えていた。

「(トウマとユーリ、二人は何を考えているんだろう……?)」

梁木が何かを考えているとトウマの声が聞こえる。

「ショウ、何かあったら逃げろよ」

「えっ……?」

一瞬、何を言われたか分からなかったが、梁木が気づいた時にはトウマは高屋に向かって攻撃しようとしていた。

「逃げる?この結界の中、どうやって逃げると言うんですか?」

それを聞いていた高屋は梁木を睨むと、笑いながら目の前で殴りかかろうとするトウマを避ける。

「お前、俺をなめるなよ?」

トウマも高屋を睨み、避ける高屋との距離を縮めていく。

トウマが小さく呟く。

「バースト」

トウマの右手には赤い球が生まれ、それを地面を叩きつけると、いっせいに煙が巻き起こり高屋の周りに煙が広がっていく。トウマは視線を動かし気配を探る。

「気配が消えた……?」

高屋はより意識を集中してトウマの気配を探そうとする。しかし、それより先に高屋の目の前の煙が小さく揺れる。

「ぐっっ!!」

気づいた時には遅く、高屋は何かに腕を引かれて投げ飛ばされ、地面に叩きつけられていた。

「(殺気も気配も消えていたのに、一瞬にして目の前に…?!)」

高屋は驚き、背中に強い痛みを感じて顔を歪める。

その時、高屋の真下に光を感じ、近くに何かがあることに気づく。

それはトウマが握っていた短刀の一つだった。

短刀が強く光ると地中から小さな光の輪が現れ、高屋の両手首を締めつけるように捕らえる。高屋の両手首を捕らえた光の輪は鉛のように重みを増し、高屋はその重みで動くことができなかった。

「!!」

驚く高屋の真下に紅く魔法陣が描かれる。

「火の精霊サラマンドラよ、光の刃と交わり発動する焔の魂…我等の限り無い力、全てを妨げろ……ボムフレアッ!」

トウマは呪文を唱え両手を前に突き出した。魔法陣が紅く光り、紅い球と光の刃が弧を描いて放たれ、爆発した。

煙が広がる中、トウマとは違う場所で声が聞こえる。

「…ブレスウインド」

その声が麗だと気づいたトウマは小さく呪文を唱え、自分の周りに防御壁を張る。

麗の放った風の刃はトウマに襲いかかったが、トウマの周りに作られた防御壁によって弾かれてしまう。

風の刃は辺りの煙を吹き飛ばしながら消えていく。

ゆっくりと煙が消えていくと周りが見えてくる。麗は肩を揺らして大きく呼吸を繰り返し、高屋は両手を地面につけたまま動けない体勢で全身に傷を負っていた。高屋の周りに張られていた黒い防御壁は消えていく。

「高屋の周りにも防御壁…致命傷は避けたか」

トウマは麗を見てから、高屋の額、喉元、心臓を見ると不快な顔をした。

高屋は自分の両手首を拘束する光の輪が消えているのを見ると、呼吸を整えゆっくりと立ち上がる。

「随分と酷いことをしますね」

「お前が言うな」

トウマも高屋も一歩も引かない様子で睨みあっている。

トウマの首筋にある呪印が濃く大きくなってるように見えた。

麗が小さく呪文を唱えると、麗の右手は淡く光り、高屋の全身が淡く光ると血が止まっていく。しかし傷口が塞がることはなかった。

トウマは麗の様子を見た。虚ろな目は変わらず疲れている様子で乱れた呼吸は整っていなかった。

「操られているとはいえ、あれだけ詠唱破棄をしたんだ。レイの魔力の消耗は大きいな」

地面に突き刺さっていた短刀はいつの間にか無くなり、トウマは足を開いて構えだした。

「また空が暗くなりましたね。このまま貴方がたはどうするのでしょう…」

高屋は動けない梁木と様子を伺っている悠梨を見て何かに気づく。

悠梨の影が一瞬だけ微かに揺れる。

何かに気づいた高屋は右手の指を鳴らした。

「麗さん」

指を鳴らす音を聞いた麗は瞬時に梁木の背後に回り、梁木の左手首を掴むと梁木の背中に回して押さえつけた。

「ぐっ!!」

動きを止められた梁木は痛みに顔を歪める。

高屋は動けない梁木を睨み、遠くで驚く悠梨を睨む。

高屋の声が低く強く聞こえる。

「彼女…風村悠梨はどこですか?」

「!!」

高屋が僅かに苛立っているようにも見えた。

トウマの眉がぴくりと動く。

「今のこの結界から出られると思いませんが…」

「………」

梁木は何があったか分からないような顔でトウマを見た。トウマは高屋を睨んだまま黙っている。

「術を解かないと…」

何も言わないトウマを見ると高屋は再び指を鳴らす。

その音を聞いた麗は少し俯くと、梁木の手首を掴む力を強くする。

「水の精霊ディーネよ、連なる水を描き、凍れる刃を与えよ…」

「!!」

麗が呪文を唱えると両手が青く光り、両手から凍てつくような冷気を感じる。

「この距離で魔法を放たれたら…」

梁木は背後で呪文を唱える麗に恐怖を感じて、手を解こうと力を込めて身体を動かす。

高屋はトウマを様子を見ている。

トウマは視線を反らし、僅かに考えると口を開いた。

「エイコ………戻れ」

トウマの声に反応したように悠梨は黒い影のような包まれ、やがて影はエイコの姿に変わっていく。

「!!」

それを見た梁木は驚き、高屋は何もせずその様子を見ていた。

エイコが再び影に変わると、隠れるようにトウマの影に消えていく。

「その術、護影法(ごえいほう)ですね」

「知ってるんだな…」

「相良の名は有名ですから。それにしても…貴方は彼女の存在に気づいていますね?」

高屋の言葉にトウマは顔をしかめる。

「お前も気づいてるな?」

「さあ」

高屋ははぐらかすように微笑すると再びその場所を睨む。そこには悠梨が立っていた。

「貴方がいるということは…」

高屋が指を鳴らそうとしたその時、遠くから鈴の音が響く。

「やはり、誰かを呼ぶために貴方は消えましたね?」

高屋の笑みが消え、微かに警戒しながらトウマと悠梨を睨む。悠梨は高屋を見たまま黙っていた。

鈴の音が近くなり、校舎の入口辺りに亀裂が走る。黒い結界の一部が欠けて、そこから誰かの影が近づいてくる。

「………」

結界に侵入したのは覚醒した大野だった。

大野の瞳の色は琥珀色に変わっている。

「…地司(じし)?」

高屋は大野の姿を見ると少しだけ驚いた。

麗が大野の方を見た瞬間、梁木は隙を見て腕に力を込めて麗の手を解き、麗から離れた。

梁木は大きく息を吐き、少し落ち着くとトウマの顔を見た。

「トウマ、地司とは何ですか?」

「本で見なかったか?称号…まあ、通り名みたいなものだな。大野はターサの力を持っている。ターサの称号が地司だ」

「称号…」

梁木は警戒しながら大野の顔を見る。

「まさか、地司が僕の結界に入ってくるとは思いませんでした」

高屋は大野を睨むように見ている。

大野は持っている厚い本を強く握り困惑した顔で俯き、少し考えると顔を上げてトウマの顔を見た。

「トウマ様…」

「大野、何があっても止めるなよ?」

トウマは苦しそうに息を吐いてから大野の顔を見て強気に笑う。

「はい」

大野は意を決して力強く頷くと、触れてもいないのに持っていた本がめくれ始める。

「大地より目覚め、空を仰ぐ聖なる御心よ。全てのものに光指す道標を、穢れを払い清らかな風を…。主よ、今こそその御力を我に与えたまえ…」

大野は左手で本を持ち右手を前に出すと、大野の胸元から淡い光が溢れだし、その光は持っている本も包んでいく。

それを見ていた高屋は何かが起こると思い、右手の指を鳴らす。それに反応した麗は、再び剣を生み出すと走りながら構えて大野に斬りかかる。

「………」

トウマは大野の前に立つと虚ろな目の麗を見つめる。額から一筋の汗が流れ、目を閉じて印を結んでいくと、どこからか風が吹き、真下に光り輝く魔法陣が描かれる。

「光の彼方より降り注ぐ天上の空音、鮮やかな刃を交差し、今、聖なる輝きを……ホーリークロス!」

トウマが左手を前に突き出すと、虚空から幾つもの光の矢が現れ、麗に向かって不規則に加速していく。

高屋はトウマの魔法に驚き、呪文を唱えると高屋と麗の周り黒い防御壁が作り出される。

麗に直撃するその瞬間、幾つもの光の矢は軌道を変えて高屋に向かう。光の矢が黒い防御壁にぶつかると大きな音を立てて壊れ、高屋に直撃した。

「…っ!」

大野は聞き取れない音のようなものを発すると、突然、大きな地震が起こり、校庭が揺れて地面に亀裂が走る。

「!!!」

激しい音を立てて地面が割れ、揺れは更に続く。地面が盛り上がり、立っていられない梁木は顔を歪め悩んだが、足元の地面が割れて倒れそうになり小さく口を開いた。

梁木はそのものを見るのが怖いと感じていた。しかし、魔法が使えない今、選択肢は無かった。

「…清らかな翼…隠された真実よ」

梁木が右手を胸に当てると梁木の背中は光り始め、右側に真っ白な翼が現れる。

「片翼…本当に神経が通っている…」

口唇を噛み困ったような顔をしたが、それより先に翼を広げ空を飛ぼうとする。

「…っと、片方だけでは難しいですね」

片方の翼を広げて動かしていたが、思ったよりうまくできずにふらついてしまう。落ちそうになる梁木の腕を掴んだのは悠梨だった。

「ショウ、大丈夫?」

「はい」

悠梨も魔法を使い、宙に浮いていた。

「この地震はいったい…」

「分からない。けどさ、トウマもあの人もマジで有り得ないよ…」

悠梨と梁木はトウマと大野の力に驚き、言葉が出なかった。

大野が放った柔らかい光はやがて結界を覆い、高屋の結界を消してしまう。

高屋によって作られた黒い防御壁の中にいた麗も柔らかい光に包まれていく。黒い防御壁が消えると麗の目に光が戻り、小さく震えるとその場に倒れてしまう。

「レイ!」

「待ってください、ユーリ!まだ揺れています。今、降りるのは…」

悠梨は倒れてしまった麗に近づこうとしたが、梁木によって止められてしまう。

梁木は言葉を続けようとしたが、柔らかい光は梁木達の元に広がった。梁木の背後に再び人の形をした影が現れ、引き裂かれるように消えていってしまう。

「…あ……っ…」

梁木は喉元を押さえて驚き、何かを実感するとゆっくりと口を開く。

「…風の精霊シルフよ、汝の力を持ち、風を起こせ…ウイング…!」

梁木が言葉を発動させると、周りに風が集まり梁木を丸く包むと、片方の翼を動かさずに宙に浮かぶ。

「ショウ!魔法、使えるの?!」

「はい、使えました。大野さん…彼女はターサの力を持っていると聞きました。彼女は確か神竜に仕えていた巫女、彼女も特殊な力を使うのですね」

梁木は魔法が使えるようになったことに驚き、大野の力に関心を抱く。

「そうだ!高屋!!」

悠梨は思い出したように校庭にいる高屋を見る。

土煙が舞い、そこには全身に傷を負った高屋がふらふらになりながら立っていた。

「はあ…ぁ……はぁ……」

高屋はトウマのいる先を睨んでいたが、思った以上の痛手に今にも倒れてしまいそうな様子だった。

土煙が引いていく中、目の前から強い殺気を感じた高屋は思わず呪文を唱え宙に浮いた。

土煙の中から現れたのはトウマだった。

「逃がさねぇ!」

トウマは怒りをあらわにして睨んでいる。

「(呪印が消えているっ?!)」

高屋はトウマの首筋に浮かぶ呪印が消えていることに気づき、それと同時に恐怖を感じた。

トウマが右手を伸ばして高屋に近づく。

「いいえ……僕はこれで失礼します…」

後少しで高屋に触れようとした時、高屋も睨みながら笑い、一瞬にしてどこかに消えていってしまう。

「逃がしたか」

トウマは悔しそうな顔をすると辺りを見回した。校庭を覆っていた黒い結界は消えて無くなり、夜空に満月が浮かんでいた。

「あいつの結界は、大野の力で無くなったな」

「トウマ!」

トウマが声に気づくと、悠梨と梁木が魔法を解いて地面に降りて近づいていた。

「大丈夫ですか?」

「ああ…なんとか、な」

トウマは大きく息を吐くと力なく笑った。

「トウマ様」

大野もトウマに近づき、心配そうな顔で様子を見ている。

四人の覚醒は解かれていた。

「大野もすまないな」

トウマに苦笑され、大野はゆっくりと首を横に振る。

「いいえ。彼女…風村さんが私を探して連れてきてくださらなければ、今ごろはどうなったことか…」

「ねえ、トウマ。さっき、呪印が消えなかった?」

上空から様子を見ていた悠梨は、トウマの違和感を口にした。

「ああ…一時的だが呪印は消えた。大野の力だと思っている」

「そうだ。…レイ!」

梁木は気を失って倒れている麗を見つけて駆け寄ろうとした。

しかし、突然、どこからか鐘の音が鳴り響く。

「鐘の音…?」

「高等部で鐘があるのって、確か礼拝堂だけだよね?」

そこにいた全員が鐘の音に驚き、辺りを見回した。梁木があるものを見つけてそこを指す。

「あそこ…強く光っています!」

「あの場所は…」

「…白百合の間」

悠梨は強い眼差しで校舎の六階にある白百合の間を見つめ、トウマは悲しいような苦しいような顔をしてそこを見上げている。

突然、強い光が一筋に集まり、校庭に降り注ぐ。

『!!!』

四人は驚き、腕を前に出して光を防いだり、目を閉じてしまう。

その時、トウマと梁木の脳裏にどこかで見たような光景が映像になって流れ、溢れだした。

「これは………カリル?」

梁木は一瞬だけ覚醒すると、脳裏に浮かぶ出来事に苦痛を感じ、手で口を押さえると声を殺して涙を流す。

「……!!」

トウマもまた一瞬だけ覚醒すると、苦しそうに顔を歪め、力が抜けたように倒れてしまう。

「トウマ様!!」

それを見た大野は驚き、声を上げてトウマに駆け寄る。

「何なの、これ……?」

堪えながら涙を流す梁木と苦しそうに倒れてしまったトウマを見て、悠梨は呆然としていた。




校舎の六階の窓から何かが光ったような気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ