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再生 20 策略の笑み

桜とともに春がやって来る。

「春ですね…」

始業式も終わり、桜が少しずつ散り始める頃、講堂の裏では梁木が桜を眺めていた。

「ショウ!」

ぼんやりと桜を見ていると後ろから声が聞こえる。梁木が振り返ると、そこには悠梨が手を振っていた。

「ユーリ」

悠梨は梁木に近づき立ち止まる。

「レイはどう?」

悠梨の問いかけに梁木は困った顔で首を横に振った。

「普段は特に何もないのですが、校庭を見てると…どこか別のところを見ているというか…ぼーっとしてますね」

四月になり新学期を迎えてから、麗の様子がいつもと違うらしい。

それを聞いて悠梨の顔が曇る。

「春だからかな?…舞冬祭の時にレイが生徒会にいる高屋によって操られたじゃない?あの時、レイは桜って言ってたから、てっきり桜が何か関係あるかと思って…」

「確かに校庭にはまだ桜が咲いていますね。ここ…講堂の裏にも咲いていて、意識しないと気づきませんが強い魔力を感じます」

梁木が空を見上げると、桜が風に揺れて花びらが待っている。悠梨も舞い落ちる花びらを眺めている。

「先月、保健室で見たゲームの出来事が実際に起こるとしたら、僕達はもっと強くならないといけませんね…」

「……うん」

「もう少し様子を見ましょう」

梁木は桜から目を離し、悠梨の顔を見ると、いつの間にか悠梨は梁木を見ていた。

「…ユーリ?」

梁木の顔を見ていた悠梨は小さく溜め息を吐いた。

「あーあ、今年はレイとクラスが離れちゃったあ。ショウとレイは一緒なのにー」

悔しいような困ったような顔をして悠梨は一歩踏み出して梁木に近づく。

「離れたと言っても二年生は同じ三階ですよ。すぐ顔は見れます」

「そうだけどさ…」

落ち込む悠梨を見て、梁木は肩の力が抜けたように苦笑した。

「けど…前と比べて色々な所で力を感じるようになりました。気をつけて動かないといけませんね」

「うん。…ところで、レイは?」

悠梨は頷くと、何かを思い出したように辺りを見た。

梁木は桜の木々から離れ、校舎と講堂を結ぶ通路に出ると校舎を見上げた。

「教室を出る前に、図書室に行くと言ってましたよ」



放課後の図書室、麗は本棚と本棚の間の壁にもたれながら本を読んでいた。

一区切りしたのか溜め息を吐くと、遠くで声が聞こえた。

「レイー」

麗が顔を上げると、本棚と本棚の通路から悠梨の姿が見える。

「ユーリ?どうしたの?」

図書室であまり大きな声で話せないので、麗は悠梨に近づいて声をかける。

「レイが図書室にいるってショウが教えてくれたんだ」

「ショウ?」

「うん。さっき会ったよ。講堂の裏で桜を見てた」

「桜…」

麗は桜という言葉に反応して窓から外を見ると、校庭に咲く桜を眺めどこかぼんやりとしていた。

「(ショウが言ってたのって…やっぱり、桜は…)」

それに気づいた悠梨は少し焦った様子で話を変える。

「それ…WONDER WORLD?」

麗が持っていたのは、少し色あせた深い緑色の表紙の本だった。

悠梨の言葉に気づいて、麗は悠梨の顔を見てから持っていた本に視線を落とす。

「うん。私はユーリにゲームを貸してもらったから、本はあまり読んでなかったけど……確かにゲームと同じだね」

レイナの双子の妹のティムとの再会と対立、妹との別れ、より強い敵との戦い、そして、レイナを娘と呼ぶ女性。本に書かれている内容は、先月、保健室で見たゲームの内容と一緒だった。

「あれから妹に連絡しても特に変わったことはないし、春休み中もほとんど学校には行ってなかったから敵に襲われることもなかったし…。あ、ユーリが前に生徒会室の前で神崎先生と結城先生に捕まったって言ってたよね?五階の中央階段の上にある白百合の間に行こうとして…」

「うん」

「五階は特別教室ばかりだから気づかなかったけど、この前五階の廊下を歩いていたら色々な魔力を感じたんだ…」

麗は本を閉じて本棚に戻すと悠梨の顔を見上げる。

「ユーリ…私、白百合の間を見てこようと思う」

「えっ?!」

麗の言葉に驚いて悠梨は大きな声を出してしまう。本棚の周りには人が居なかったので、注意をされることはなかった。

「ちょ、ちょっと、マジで?白百合の間は立入禁止だよっ?!」

悠梨は周りに誰も居ないことを確認すると、声をおさえて話し出した。

麗は悠梨の横を通りすぎてから立ち止まり、ゆっくりと振り返る。

「前にユーリが白百合の間を見ようとして、神崎先生と結城先生に捕まったのは知ってる。…でも、生徒会が怪しいなら神崎先生も結城先生も能力者だと思う…」

「だからってレイだけじゃやばいよ。あたしもついてく!」

悠梨は麗の横に立つと、図書室を出ようと通路を歩き出した。

「ユーリ」

「白百合の間は生徒会室から近いし、誰に会うか分からない。能力者だって分かったら結界を張られる前に逃げよう…!」

二人は真っ直ぐ見つめ合うと、笑って図書室を後にした。

その時、どこかでパソコンが起動する音が聞こえたような気がした。


図書室を出た二人は右側にある階段を上り、緊張を隠そうとした様子で何気ない話をしていた。

「レイ、クラス離れちゃったね」

「今年も一緒だと良かったね」

「あたしも。けど、ショウは同じクラスだよねー」

「うん。でも寮の部屋は変わらないし、教室も遠くないからすぐ会えるよ」

階段を上っていくと窓から校庭と通用門が見え、桜の木々が二人の視界に入る。

麗は立ち止まり窓から桜を見ると、再びどこか遠くを見てるようにぼんやりしていた。

「夢幻の…桜花……」

「むげんのおうか?」

悠梨は麗の発した言葉を繰り返して麗の顔を覗き込んだ。

どこかで見た麗の表情に、悠梨は寒気に似た何かを感じる。

「(舞冬祭で見た時と似てる…どこかに高屋が…?)」

悠梨は辺りを見回して麗の肩を掴むと、小さく叩いてそのまま揺らす。

「レイ……レイってば!!」

麗は我に返ったように驚くと悠梨の顔を見た。

「……ユーリ!?どうしたの……?」

何事も無かったように麗はきょとんとしている。

「レイ?…今、何を?」

悠梨は周りに誰も居ないことが分かると、恐る恐る麗に問いかける。

「え?私、何も言ってないよ?」

悠梨の気持ちに反して麗は笑いながら答えた。

「そ、そっかー」

悠梨も笑って右手で髪をいじっていたが、麗の後ろ姿を見ながら険しい顔になっていた。

「(覚えてない…?もしかしたら…)」

二人は五階に着くと、そのまま真っ直ぐ中央階段に向かって歩き出した。

廊下を歩いていくと中央階段が見え、左には生徒会室、右には上に続く階段が見え始める。

二人は足を止めて右を向くと、その先にある扉を見上げた。

「白百合の間…確かに何か力を感じる…」

「前に階段を上ろうとしたら、あたしは神崎先生と結城先生に声をかけられて…能力者だって気づいた時には先生の力によって捕まったんだ…」

麗の隣に立つ悠梨は、思い出したくないような怒ったような顔でそこを見ていた。

「ユーリ…」

二人の後ろには生徒会室、目の前には白百合の間に続く階段、どちらからも僅かに気配を感じていた。

麗は何かを決めるように右手で拳を作ると強く握り、階段を上ろうと一歩近づき足を上げようとした。

「あら、水沢さん」

突然、後ろから声をかけられ二人は驚き、ゆっくりと顔だけ振り返る。二人の後ろに立っていたのは、楽譜と教科書を持った音楽教師の内藤だった。

「その先は開かずの間だから立入禁止よ」

身体を少し前に出すと緩やかな髪が揺れ、内藤はにっこり笑っている。

能力者ではないことに驚いた二人は、安心したのか大きく息を吐く。これ以上動くのは良くないと判断した二人は、階段を上ろうとした足を下ろして身体ごと振り返った。

「そうだ、せっかく水沢さんがいるから今のうちに聞いておこうかな。まだ生徒会には提案してないのだけど、合唱会をやるって言ったら参加してくれる?」

内藤は楽しそうに笑いながら麗の顔を見ている。

歌が得意ではない麗は困ったように答える

「え?あ、でも…私、歌うのは苦手で…」

その様子を見た内藤は苦笑する。

「そう?苦手っていうことより楽しく歌えれば良いんじゃないかしら?」

内藤の優しい笑顔に麗は言葉を詰まらせる。

「ふふっ、まだやるかどうかも分からないから、気にしないでね」

「…はい」

二人は笑っていたが、内藤は何かを思い出して楽譜を落とさないように小さく手を叩く。

「そうそう、さっき職員室で中西先生が水沢さんを探していたわよ」

「え?中西先生が?」

麗は隣にいる悠梨の顔を見ると距離を縮めて話をする。

「ごめん。多分、すぐ終わると思うんだけど…」

「途中まで一緒に行くよ。保健室か図書室にいるね」

麗と悠梨は内藤に挨拶すると一緒に階段を下りていく。その様子を内藤は手を振りながら微笑ましく見送っていた。

その後ろで遠くから声が聞こえる。

「内藤先生ー」

その声に気づいて内藤が振り返ると、髪を高い位置で二つに結んだ女子生徒が軽やかに走り内藤に近づいて来る。

「佐月さん」

「先生、これから音楽室…?」

佐月と呼ばれた少女は内藤の前でくるりと軽やかに一回転すると、ふと階段を降りて去っていく麗と悠梨に目がいく。

「あの方、は……」

それを見た佐月は目を見開いて驚き、今にも泣きそうな顔で内藤の横を通りすぎて階段を下りようとする。

何かに気づいた内藤は走り出しそうな佐月の手を引いて止める。

「佐月さん!どうしたの?こんなところで覚醒したらまずいわ」

険しい顔で佐月を見つめ、回りの様子を伺う。佐月の瞳の色は明るい緑に変わっていた。

佐月は覚醒していたことに気がついていなかった。

「先生…。先生も覚醒してる…」

内藤もまた瞳の色が緑に変わっていた。

「………え?」

内藤は瞳を閉じて落ち着いて呼吸を整える。再び瞳を開くと、瞳の色は元に戻っていた。

「…見つけたの?」

佐月は涙が零れていることに気づいて指で涙を拭う。

「はいっ」

佐月は立ち止まり、内藤の顔を見ると大粒の涙を流しながら笑った。


「失礼しましたー」

職員室の扉が開き、麗は職員室を後にする。

「葵ったら、用事ってほとんどプリントを纏めるだけじゃない。早く終わって良かったー」

麗は右左と見て、また右を向く。

「ユーリは保健室か図書室って言ってたから、とりあえずこっちから行こう」

麗が一歩足を踏み出した瞬間、突然視界が歪み、睡魔に襲われる。

「あれ……何だろ、う…。目眩(めまい)…?それに……頭痛、い…」

麗はゆっくりと辺りを見回して結界が張られていないことに気づく。

「(結界は張られていないし…能力者はいない…)」

痛みと睡魔に意識は鈍くなり、足取りが重くなる。ぼんやりしていて、すれ違う人の顔も見えなくなっていた。

「(先に保健室に行って実月先生に見てもらおう…)」

廊下をゆっくりと歩き、男子生徒と擦れ違った瞬間、すれ違った生徒の口唇が動く。

麗はぴたりと立ち止まり、急にその場に倒れてしまう。

生徒は黒い霧に覆われ、やがて霧が晴れていくとそこには高屋がいた。高屋は振り返り、麗を見下ろすと怪しく笑う。

「本当に桜の力は凄いですね…」



日も傾き始め、空の色が少しずつ変わり始めていた。

梁木が図書室の壁にかけてある時計を見ると、五時を過ぎていた。

「もう、こんな時間…そろそろ帰ろう」

梁木は本を閉じると、足元に置いた鞄を持って図書室を後にする。

「WONDER WORLD…確かに本とゲームは同じ結末だったけど、何か嫌な予感がする…」

中央の階段から下りようと廊下を歩いていると、階段を下りている一人の女子生徒が梁木の視界に入る。

「あれは…レイ…?」

梁木が階段を下りる頃には少女の後ろ姿は見えなくなり、梁木はそれを追いかけていく。

「レイ…!」

梁木の声は届かず、少女は靴を履き替えずに外に出ていってしまう。

「待って下さい!」

少女は上履きのまま校庭に向かって歩き出していく。校庭の中央まで歩き、追いついた梁木が声をかけようとした瞬間、校庭の回りに咲く桜が強く光りだした。

「!!」

梁木は驚き、回りの桜を見ていると、少女の真下に黒く光る魔法陣が浮かび上がり、辺りには黒い霧のようなもので覆われていく。

梁木の目の前に立つ人物はゆっくりと振り返る。

麗は虚ろな顔でにっこりと笑っていた。

「(この表情…舞冬祭の時と同じだ…!)」

危険を感じた梁木の瞳の色が変わり覚醒する。

梁木は小さく呪文を唱えると、梁木の身体は風に包まれて宙に浮かぶ。

麗の周りに浮かび上がる黒い魔法陣がゆっくりと動き、一瞬だけ麗の影が揺れる。

「やっぱりこの魔法陣は…」

麗の右手が光り剣が現れると、虚ろな目で梁木を見つめ剣を構える。

その時、風を纏って宙に浮く梁木の後ろから強い力を感じる。

梁木が振り返るより先に、それは梁木の後ろから現れ、赤く光る幾つもの短刀を構えると麗の影に向かって大きく投げつけた。

「忌むべき影の猛き叫び…シャドウショットッ!!」

赤く光る短刀が麗の影に刺さろうとしたその時、麗の影は素早く動き、短刀は影を追うように地面に突き刺さっていく。

麗の真下に描かれた黒い魔法陣は消え、梁木は魔法を解いて地面に降り立つ。

梁木の目の前に立っていたのはトウマだった。

「トウマ!」

梁木は驚きトウマに声をかけようとしたが、トウマの様子がいつもと違うことに気づく。

「(トウマ…苛立っている?)」

「ショウ!!」

梁木の後ろから声が聞こえ振り返ると、悠梨が校庭に向かって走っていた。

悠梨は梁木の横で立ち止まると、乱れた息を整えようと大きく呼吸を繰り返す。悠梨も覚醒していた。

「ユーリとトウマが来たということは…」

梁木が悠梨の顔を見ると、悠梨は怒っているような困ったような顔で麗を見ている。

トウマが声を荒らげる。

「出てこいっ!高屋!!」

僅かな沈黙の後、麗の影がゆらゆらと揺れると影から声が聞こえる。

「やれやれ……」

影から人の形の影が現れ、影が消えていくとそこには覚醒した高屋が立っていた。

「本当に保護者気取りですね」

高屋はトウマを睨むと、皮肉混じりに口を開く。

「お前もな…ストーカー!」

トウマも怒りをあらわにして高屋を睨む。

「それにしても…思っていたより能力者が残っていましたね」

高屋は悠梨のほうを見つめると何かを考えるように笑いだす。

「やっぱり桜と貴方は関係してたんですね…」

「いつからレイを操ってたの?!」

梁木と悠梨も高屋を睨み、声をあげる。

「さあ…いつからでしょうね」

高屋は首を傾げて、はぐらかすように答えて笑う。

「てめえ………っ!」

いつの間にか地面に突き刺さっていた短刀は消え、トウマの両手に戻っていた。

トウマは高屋を睨んでいる。

「面倒な双子はいないようですし…僕の結界には入ってこれないでしょう」

高屋もトウマを睨むと、右手を肩の位置まで上げて指を鳴らした。

すると、再び桜の木々は光り、どこからか風が吹き荒れると花びらが辺りを覆うように舞い散っていく。

「桜…」

麗は虚ろな目で舞い散る桜を見上げている。

「さあ、始めましょうか…」

高屋の声に反応して麗は高屋の前に立つと、梁木達の方を向き再び両手で剣を握った。

「麗さん」

高屋の瞳は赤く光っていた。

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