再生 2 目覚める使者
陽射しが差し込む広い部屋で誰かが話している。
一人の少女の声に驚く者や戸惑いを隠しきれない者、冷静を装う者もいた。
「本を開いた生徒がいた?」
「まだいたんですね…」
「それで、それが誰か分かるか?」
窓際で足を組んで座っていた男性が、入口付近に立つ少女を睨みつけた。
「………学園祭の実行委員だと思います。二人とも女子生徒です」
男性は椅子から立ち上がると、窓から外を見下ろした。学園祭の準備で校庭や中庭は模擬店や貼り紙、鮮やかな飾りが準備されている。
「もしも彼女達が私の探している者なら…早く見つけださないとな」
麗と悠梨が暮らす学園内の寮では、朝から生徒達が忙しそうに動いていた。
麗は部屋で身支度を調えながら溜息を吐く。
「はあ…昨日の光はなんだったんだろう…」
図書室で見つけた本を開いた瞬間、本からまぶしい光が溢れ出した。光がすぐに消えてページをめくると、そこにはゲームと同じ物事の始まりが書かれていた。
読むか借りるか考えていたら、閉館が近づいていたので中身を見ずに図書室を後にしたのだった。
「…ユーリの部屋に行こう」
靴を履くと扉を開けて部屋の鍵を締めた。
麗と悠梨の部屋は目と鼻の先にある。
「ユーリ」
向かい側の扉を軽く叩いてから声をかける。少しすると部屋の鍵が外されて、中から制服を着た悠梨が出てきた。
「ごめん」
「いいよ、そろそろ開会式が始まるから行こうよ」
「うん」
悠梨は一度部屋に入ると鞄を持ってから部屋を出た。
午前十時。
透遥学園の学園祭は高等部と大学部の合同で行われている。一部、中等部も参加しているが、前日に文化発表会という形で行われることになっている。二人が校庭に向かうと、すでに大勢の生徒が集まっていた。
大きな舞台に一人の男性が姿を現すと、騒がしかった声が小さくなっていく。
男性は辺りを見回すと、端にいた生徒から拡張器を受け取ると一礼をした。
「これより、透遥学園、学園祭を始めます」
制服を着ていない男性は大学部の生徒だろう。長身に褐色の肌、ハーフと間違われるほど顔立ちが整っている。シャツの袖から黒いブレスレットが太陽の光に反射している。
男性の挨拶が終わると、それまで喋らなかった生徒達が一斉に声を上げて拍手をした。校舎の窓から覗いていた生徒も今にも身を乗り出しそうな勢いだった。
麗と悠梨も拍手をすると鞄から小さな冊子を開いた。学園祭のパンフレットだ。
「さ、どこから見に行く?」
「うーん、気になるとこ食べ歩こう!」
麗は悠梨のパンフレットを覗いて指で突いた。いつの間にか周りにいた生徒も自分の持ち場に戻ったり、校舎に戻っていった。
午前十一時半。
二人は綿菓子を片手に持ちながら校舎内の展示物を見たり、窓から外の様子を見ながら話していた。
「…ねえ、朝から何食べてたっけ?」
「焼きそば、チョコバナナ、カレー………後、クレープとジュース…っていうかあたし達食べてばっかりじゃない?」
「うん。でもさ、まだ食べるよね?」
「当たり前じゃない…あ、レイ、食堂!」
お腹を触りながら苦笑していた悠梨は何かを思い出したように声をだした。それに気づいたのか麗も手を叩いた。
「食堂のおばちゃんのプリン!」
「高等部で知らない人はいない、おばちゃんの手作りプリン!学祭だからって張り切るって言ってた!」
「まだ時間あるし、売り切れないうちに行こう」
食べ終えた綿菓子の棒をごみ箱に捨てて、二人は早足で階段を降りていった。
食堂は普段と違い、綺麗に飾りつけされていた。
「確か家庭科部と合同だったはず…あ、ユーリ!プリン、まだあるよ!」
「マジで?!」
広い食堂は生徒以外の人も集まり大盛況だった。二人は人と人の間を通り、プリンが並んでいるカウンターに近づいていく。
その時、麗がふと何かを感じて後ろを振り向くと、黒のスーツを着た男性が嬉しそうにプリンを食べながら人混みの中を歩いていた。金色の髪に少しだけ黒が見える特徴のある髪型、両耳にピアス、昨日見たトウマだった。
「…トウマさん…?」
「レイ!早く!」
麗はその姿を追いたかったが、悠梨の声を聞いて我に返り悠梨の後ろまで近づいた。
「あら、風村ちゃん」
「おばちゃん、プリン二つ」
悠梨はカウンター越しで明るく笑う女性と話していた。元気があって明るいおばちゃんは高等部でも人気があった。悠梨が財布から小銭を出すと、プリンと小さなスプーンを二つずつ手にとり人混みから抜け出した。
「レイ!」
「ありがとう」
麗は悠梨からプリンとスプーンを受け取ると、プリンの蓋を取ってスプーンですくう。口に入れると濃厚なクリームとバニラの香りが広がる。思っていたより後味が軽くて、どこか懐かしい感じのする味に二人は気づいたら笑っていた。
「おいしい!」
「幸せ」
あっという間に食べ終わった二人は食堂にある返却口に空になったビンとスプーンを置いて食堂を後にした。
「そろそろ講堂に行こうか?」
「うん」
午後二時。
講堂には多くの人が集まり殆どの席が埋まっていた。舞台の幕は下りている。
麗と悠梨は二階にある通路にいた。普段はフェンシング部や陸上部の練習場や道具置場にもなっている。そこには照明や音響機材が配置され実行委員の生徒が機材を動かしたり、他の生徒と打ち合わせをしていた。二階に行けるのは実行委員だけで、座れないが舞台を見渡すことができる。
「午前は演奏会や演劇部の発表だったんだね」
「午後はゲストのライブだけ。楽しみ~」
二人が話をしていると照明が暗くなり始め、放送が流れる。
「まもなく、午後の部を始めます。まずは『SPARK』(スパーク)の前に特別ライブを行います」
放送の声にざわつく声が聞こえる。二人も顔を見合わせて首を傾げると舞台の幕がゆっくり上がっていく。
舞台の上には四、五人の人影が見えたが暗くて何か分からなかった。中心の人影がわずかに動くと、それを合図にいっせいに照明がついた。
それまで座っていた観客は舞台に立つ人達を見て、歓声や驚きの声をあげて立ち上がった。
マイクの前に立っていた少年は動揺しながらマイクを握っている。
「こういうのは初めてで、あ、緊張してます。…あらためて『S-kreuz』(エスクロイツ)です。せっかく『SPARK』さんの見に来てくださった方に申し訳ないのですが…俺達のライブも楽しんでください」
麗と悠梨もフェンスから身を乗り出しそうな勢いだった。
「マジで!?ボーカルって一年の男じゃん!」
「確か…このバンドってボーカルだけ顔を出さなかったよね?」
『S-kreuz』はゲームの挿入歌を歌っているグループで、今まで素顔を出さなかったボーカルの少年が着慣れないスーツを着て恥ずかしそうに笑っている。
少年の合図でライブは始まった。
激しい音楽と感情を押し出したような歌、観客は手拍子をしたり両手を動かしてリズムにのっていた。彼らを知っている二人も音楽を楽しんでいる。
「レイ、この曲、ゲームでも流れてるよ」
「本当?早く聞きたいな」
曲が終わると歓声と拍手、たくさんの視線が飛び交った。
少年とメンバーは笑顔で頭を下げる。
「ありがとうございました!」
再び拍手が聞こえ、幕は下りていく。
歓声と拍手はしばらく続き、止み始める頃にドラムスティックを叩く音が聞こえた。
演奏が始まり再び舞台の幕が上がり始める。そこにはフレイ、カズ、エイコが演奏している。しかし、そこにトウマの姿は無い。
トウマがいないことに気づいた人たちがざわついている。
「トウマさんがいない…?」
麗は辺りを見回したが暗い講堂で探すのは難しかった。メンバーも何事もないように演奏を続けている。
その時、突然、講堂の後ろの扉が開いた。開演中は開かない入口の扉を開けたのは、黒いスーツを着たトウマだった。観客の視線はいっせいにトウマに向き、後ろから歓声と黄色い声が聞こえた。トウマは歩きながら歌い、舞台に上がっていく。
歌いながら歓声に手を振って応えているトウマは、照明の光も無く誰がどこにいるか分からない中で、まるでそこにいる事を知っているように二階にいる麗を見つめる。照明のおかげで麗はトウマと目があった事に気づいた。
言葉に音を乗せているように歌う。
ー今も昔もずっと見つめていたー
「…レイ?」
麗は自分に向けて言われたように思い、胸をおさえる。動揺して胸が高鳴っている。
「レイ?!」
「……え?な、何?どうしたの?」
「ぼーっとしてたよ、大丈夫?」
「う、うん、ちょっと疲れたのかなー」
麗は落ち着こうとライブを見ようとしたが、動揺して声が裏返っていた。二人のやり取りなど知らずにライブは盛り上がり、更にはアンコールまで続いていた。
午後五時。
学園祭は終わり、大勢の人がいなくなった校舎には静かだった。日も傾き始め、麗と悠梨は疲れた様子で廊下を歩いていた。
「疲れた…」
「でも、この学園って行事が多いから好きだよ」
「次は何があるんだろうね」
話の途中で麗は階段の前で足を止める。
「レイ、どうしたの?」
「あのさ…図書室に寄っていい?」
「あたしも気になるんだ」
それまでの楽しい雰囲気だったが、あることを思い出して真面目な表情で図書室に足を運んでいく。
学園祭で使用された図書室は人の出入りもあり扉は開いていた。誰もいない図書室に入り、二人は昨日見つけた本を探した。
「ユーリ、あったよ」
本棚から一冊の本を取り出した。深い緑色の表紙に金色の文字で『WONDER WORLD』と書かれている本を持つ麗の手は少し震えていた。
息を飲み、ゆっくりと本を開く。本は風もないのにめくれて本から光が吹きだした。図書室全体に不思議な空気が流れ、二人は眩暈のような感覚に襲われた。
その瞬間、扉が音をたてて閉まる音が聞こえ、金属と金属が擦れるような不快な音が響く。
強い光と不快な音に、二人は両手で耳を塞いで目を閉じた。
「あっ…」
「…痛っ!」
麗の手から離れた本は床に落ちて閉じてしまった。
音が止み、二人は手を離して息をついた時、どこかで唸り声が聞こえる。
「何………?」
「どこ?」
二人が声のするほうを見ると、そこにはテーブルの上で二人を威嚇して睨みつける奇怪な獣が群れをなして座っていた。