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再生 17 迷いと苦しみ

目覚まし時計の音が鳴るより先に目が覚めた。

麗はゆっくりと身体を起こし、枕元に置いた携帯電話を見る。

「着信もメールもない…どうしたんだろう…?」

土曜の夕方から悠梨と連絡が途絶えた麗は何かあると携帯電話を見ていた。

「学校…行かなきゃ」

着替えて身支度を整えると、麗は部屋を出た。

悠梨の部屋を訪ねても反応は無く、教室に着いても悠梨はいなかった。



「え?悠梨が欠席…?」

「ええ、水沢さん、風村さんと寮の部屋が近かったよね?何も聞いてない?」

教室にいたクラス委員に聞いたところ、思わぬ返事に麗は驚いた。

「気になるなら先生に聞いてみたら?」

クラス委員の女子生徒は壁に掛けてあるカレンダーを見ると、困った顔で麗を見る。自分では気づいていなかったが、気持ちが顔に出ていたようだ。

「う、うん…ありがとう」

予鈴が鳴り、麗は自分の席に着く。

右斜め後ろの悠梨がいつも座っている席は、授業が終わるまで誰も座ることはなかった。


休み時間。

麗は梁木の教室を訪ねた。

麗は土曜の出来事を話し、梁木も本を読んだことを話す。

「ユーリが学校にも来ないのは心配ですね」

「土曜は学校に来てたし、授業が終わったら実月先生のとこに行くって言ってたの」

会話が聞かれることを考え、二人は教室から離れると廊下に出て声を抑えて話す。

「実月先生…確かに何か知ってそうですね。後で保健室に行ってみましょうか?」

「うん」

「僕も第六章を見ました。ターサさん、吸血鬼や狼女の敵、スーマの力…気になるとこは幾つかあります。そして…スーマ…」

「土曜にトウマに会ってね、トウマはスーマと同じ結末が自分にくることを恐れてて……だから、結末を変えたいって言ってた」

土曜の出来事を思い出して、麗は拳を強く握る。

「スーマは竜族の中で最も強く…有翼人(ゆうよくじん)であるカリルは聖魔戦争で起きた翼狩(つばさがり)がきっかけで魔族や竜族を憎んでいる…」

梁木も本の内容を思い返すと、苦い顔で俯いてしまう。

「第七章が最後みたいだけど、レイナ達はどうなるんだろう?」

「分かりません…だからこそ、もっと強くならないといけませんね」

「そうだね」

予鈴が鳴り、二人は互いに何かを考えそれぞれの教室に戻っていった。


午前中で授業が終わり、生徒達が下校する中、滝河は高等部の中央階段を上っていた。

生徒達とすれ違う度に、目で追われたり挨拶されるのは生徒会役員だからか、それとも高等部の卒業式は終わり、制服ではなく私服だからか。

そんなことを考えながら五階に着くと、目の前の扉を小さく叩く。

中に気配を感じて扉を開いた。

生徒会室は中央にやや楕円形のテーブルがあり、窓際には二つの机がある。その楕円形のテーブルには朝日、鳴尾、高屋、久保姉が座っていた。

朝日が睨むように滝河を見ると口を開いた。

「滝河、会議の前に話とは何だ?」

滝河はそこに神崎と結城がいないことを考えると、椅子に座る朝日を見る。

「朝日生徒会長、本日はお願いがあり、会議前に時間をいただきました。…一年の大野智沙を生徒会から離れさせてはいかがでしょうか?」

「大野?」

大野という名前を聞いて、朝日の眉がピクリと動く。

「大野は以前より生徒会活動も消極的でした。役員の数は決して足りているとは言えませんが、今は月代、来年度から久保の弟が高等部に入学します」

「それは辞職ということか?」

「…はい」

生徒会役員の会長と会計という立場ではあったが、朝日のほうが年上なので話すだけでも緊張する時はある。

「…来年度からも色々な催しを計画している。確かに活動に消極的な者より、新しい風を取り入れるのも良いかもしれないな。検討する」

朝日は目を閉じて小さく溜息を吐くと、再び滝河の顔を見た。

「あ、はい…ありがとうございます」

朝日の答えに滝河は少し驚き、歯切れの良くない返事をする。

鳴尾はただ黙って滝河を見ていた。

滝河はふと壁を見つめ、朝日に問いかける。

「隣に誰かいるのですか?」

朝日も視線だけ隣の壁を見ると、何もないように答えた。

「ああ、資料室で神崎先生が今年度と来年度の活動の資料をまとめている。…それより、滝河、今日は大学部に行く日ではなかったか?」

大学部の生徒である朝日は滝河に聞く。大学生の朝日は大学部の予定も把握していた。

「あっ…はい!それでは失礼します……」

滝河は何か引っ掛かることがあったが、朝日に促されて生徒会室を後にする。

扉が閉まる音が聞こえたのと同時に久保が朝日の顔を見た。

「良いのですか?大野はまだ使えそうですよ?」

「月代は生徒会役員の証である指輪をつけていても実際には活動に参加してない。それに、大野の利用価値は無くなる。野放しにするのも力を封印するのも自由だ」

高屋もまた二人の会話を聞きながら何も言わずに何かを考えていた。

「後は、あの方次第だ」

朝日は何かを考えて強気な笑みを浮かべ、隣の壁を見た。

再び扉を叩く音が聞こえ、少しの間があると誰かが顔を覗かせる。

生徒会室に入ってきたのは真新しい高等部の制服を着た久保の弟、亮太だった。



生徒会室の隣にある資料室は、黒い膜のようなもので覆われていて薄暗かった。

悠梨が目を覚ますと、身体が動かないことに気づく。壁につけられた鉄のような枷に手首を押さえられ身動きが取れず、自分の身体が重たく感じていた。

「目が覚めてしまったかな」

意識がはっきりしてきたのか、目の前にいる人物を見て更に驚く。

「神崎…先生」

「力を押さえつけるのに二日かかるとは…流石、かな」

ゆっくりと自分の置かれている状況を理解した悠梨は腕に力を入れて手枷を外そうとする。

神崎の瞳が赤く光っている。

「その手枷は魔力を封じる特殊な力でできている」

「え……?」

「これで本来の力を出すことはできない。今ではただの生徒…確か、名前は風村悠梨だったかな」

悠梨は意識を集中しても覚醒できないことに焦り、更に腕に力を入れる。しかし、枷は外れることはなかった。

神崎はその様子を見て楽しそうに笑い、動けない悠梨に近づくと、悠梨の上着のボタンを外していく。

「な、何を……?」

ネクタイを緩め、シャツのボタンを外していく。

「い、嫌………」

悠梨は抵抗するが、力が出ない。

「このまま遊んでから力を封印させるか…それとも、力の源を探すほうが先か…」

神崎の言葉に悠梨は焦り、表情が変わっていく。

神崎は悠梨の胸を撫で、心臓の位置で手が止まる。

「抵抗しても力を出すことはできない」

悠梨はうっすらと涙を浮かべながら神崎を睨む。

「こんなことして…誰かが入ってきたら先生だってまずいんじゃない?」

神崎は笑いながら舌を舐めると、悠梨と顔を近づける。

「この部屋には特殊な結界が張られている。普通の人間には、私とお前が向き合ってるようにしか見えない」

「やっぱり貴方達は…」

悠梨の口調が変わり、手枷の回りに風が生まれる。

「しかし…抵抗できない相手を眺めるのは楽しいものだ」

神崎が口を開こうとしたその時、扉を開ける音が聞こえる。

入ってきたのは実月だった。

実月はわざとらしく左右を見てから神崎を見た。

「ああ…神崎先生、ここにいましたか」

実月が現れたことによって二人は大きく驚いて実月を見る。どこかで微かに烏の鳴き声が聞こえると手枷は歪んで消えてなくなってしまう。

「枷が……?」

悠梨は驚いたまましばらく何もできなかった。

「職員室で副理事長がお探しでしたよ」

実月が何か企んでいるような気がして神崎は不満そうな顔をしようとしたが、焦っていることを気づかれないように微笑した。

「そうでしたか。わざわざ来ていただいて、ありがとうございます」

実月は神崎の隣に立つ悠梨の顔を見る

「風村、お前もだ」

「は?」

「水沢が探してたぞ」

神崎が二日と言ってたのを思い出し、思ったより時間が経っていたことを思い出す。

土曜日に捕まったとしたら、今日は月曜日だ。

「わ、分かりました」

ようやく自分が動けることを確認した悠梨は、神崎から逃げるように入口に向かって走り出す。

入口に立つ実月とすれ違う時、実月は悠梨だけに聞こえる声で呟く。

「保健室に来い」

悠梨は立ち止まらず資料室から出ていく。

残された神崎と実月は互いに威圧するように笑う。

「私は他に用事があるので、失礼します」

実月が資料室から出ていくと、神崎は不快な顔を露にして舌打ちをした。

「私の魔法が打ち消された…?あの力、そして烏の鳴き声…」

いつの間にか資料室を覆う黒い膜のようなものは消えていた。


悠梨が保健室の扉を開けると、中には麗と梁木が椅子に座っていた。

「ユーリ!!」

麗は悠梨を見ると立ち上がり、今にも泣きそうな顔で悠梨に抱きついた。

「レイ…」

悠梨も麗に抱きついて涙を流す。

保健室の入口には、いつの間にか実月が立っていた。

「風村、中に入れ」

実月に促されて悠梨は保健室に入り、空いている椅子に座る。

「水沢と梁木の顔を見れば分かるだろ?土曜から今までのことを話せ」

実月も自分の椅子に座ると上着のポケットから煙草とライターを取り出して、煙草に火をつける。

悠梨は土曜の夕方から今までの出来事を三人に話した。

生徒会室辺りで神崎と結城に捕まったこと、何かの術で捕まり、覚醒できなかったことを話す。

自分の身体を触られたことを思い出すと寒気がしたが、それでも悠梨は話すだけのことを話した。

「生徒会室…ますます怪しいですね」

「神崎先生や結城先生も能力者…まだ、ゲームに出てきてないキャラなのかな?」

「マジで怖かったけど…実月先生が来てくれて本当に良かった…」

実月は話を聞きながら煙草を吸っている。

「先生、どうしてユーリが資料室にいるって分かったの?」

悠梨の話を聞いていた麗は何か疑問に思い、実月に質問する。

「あ?土曜、風村と会ったからだ」

「そっか」

実月と麗の会話に、梁木は何かを感じて小さく首を傾げる。

「ユーリが言うように生徒会の人達には気をつけたほうかいいね」

「うん。それに、しばらく一人にならないようにしなきゃ」

麗と悠梨は手を取り合い、互いの顔を見て頷く。

「水沢、お前はどこまで見た?」

「…第六章です」

「僕も同じです」

麗も梁木も同じように答えた。

「ふーん…」

「そうだ!あたし達が覚醒した時にも聞いたけど、先生は誰の力を持ってるの?手枷も結界も先生が来てから消えちゃったし、かなり強い力じゃないと結界を壊すことってできないよね?」

悠梨は煙草を吸っている実月を見て疑問を投げかける。

それに対して実月は悠梨の顔も見ないで煙草の煙を吐き出す。

「前にも言っただろ?そのうち分かるってな」

はぐらかされたように感じはがして、悠梨はふてくされる。

「風村も無事だったし、今日は寮に帰ったらどうだ?」

麗が時計を見ると二時を過ぎていた。

「そうだね」

まだ保健室で話していても良かったが、麗は悠梨のために寮に帰ったほうが良いと思ったのだ。

「ユーリ、帰ろうか?」

「うん」

「僕は実月先生に聞きたいことがあるので、もう少しここにいます」

梁木は椅子から立ち上がる二人の顔を見ると、立ち上がる様子も無く優しく笑っていた。

「分かったよ」

「また明日ね」

梁木は保健室から出ていく二人に手を振り、扉が閉まると、椅子の向きを変えて睨むような目つきで実月を見た。

「何か言いたげだな?」

「…聞きたいことがあります」

実月は煙草を灰皿で潰すと椅子にかけてある白衣を羽織り、梁木を見て笑っていた。


保健室から出た二人は下足場に向かって歩きだし、そのまま帰ろうとした。

「本当に無事で良かったよ」

麗が隣で歩く悠梨を見る。しかし、悠梨は立ち止まり校舎の入口と下駄箱がある方を見ていた。

「…ユーリ?」

「レイ…確か、お昼の二時だったよね?」

悠梨は目の前のものを見て何かに驚いているようだった。

「うん、そうだけど…」

「外…真っ暗だよ…」

悠梨の一言で麗も入口を見た。

まだ明るいと思っていた空は真っ暗だった。

「嘘…」

さっき保健室で見た時間は二時だった。それなのに外は暗い。目の前の出来事に二人は目を疑っていた。

「やっと出てきた」

下駄箱の方から声が聞こえ、二人は前を向く。そこには一人の女性が立っていた。

ゆるやかな茶色の長い髪、女性の右手の中指には黒い指輪を身につけている。

「この人…前に中西先生と喋ってた人じゃない?」

「確か久保って言ってたような気がする…」

二人は異変を感じてすぐに覚醒した。

目の前に立つ女性の耳は細長く尖り、狼のような尻尾が生え、犬歯は牙のように伸び始めた。

「あんた達があの方の言ってた水沢麗と風村悠梨ね」

久保の瞳は薄い紫のような赤色だった。

「この人も能力者…」

「それに狼みたいな耳と尻尾…アルナ…」

麗がゲームで見た登場人物の名前を出すと久保は笑いながら答えた。

「そう、私はアルナの力を持つ。あんた達を消しに来たの!」

久保が地面を蹴ると、思わぬ速さで麗に近づいて殴りかかろうとする。麗は咄嗟に剣を生み出して攻撃を受け止めた。

「素手で受け止めたっ?!」

咄嗟とはいえ、素手で剣を受け止めることは不可能なはずだった。

麗は驚いていたが、久保の強い力に押されていた。

「私達は武器なんてものは必要ないのよっ!」

久保の拳は麗の剣を弾き、片手を地面につけると身体をひねり、両足で麗の身体を目がけて蹴り倒す。

「がっ…!」

麗の身体は下駄箱まで弾き飛ばされ、背中を強打してしまう。

「レイ!」

悠梨は握っていたボーガンを久保に向けて矢を放とうとした。

「亮太!!」

久保が声をあげると、下駄箱の上には弟の亮太が両手を地面につけ、獲物を狙うように構えていた。

「!!」

久保と同じように亮太の瞳の色は赤紫に変わり、吸血鬼のような牙が生えていた。右手の薬指には黒い指輪が見える。

「こっちも能力者!」

悠梨の持っているボーガンは消え、飛びかかる亮太をかわすと、入口を見る。真っ暗な空には大きな満月が光り輝いていた。

「よそ見してていいのかよ!」

亮太の長い爪が悠梨の腕を裂き、腕から血が流れる。

血を見た亮太は舌を舐め、悠梨の腕を掴もうとした。

「満月は俺達の力を増幅させる」

悠梨の腕を掴むより早く、どこからか声が聞こえる。

「水の精霊ディーネよ、連なる水を描き、凍れる刃を与えよ…フリージング!!」

倒れた下駄箱の方から青い光が見える。倒れていた麗は立ち上がり、呪文を唱えていた。

麗の両手から幾つもの氷の柱が作られ、亮太に向かって加速する。

それを見た亮太は驚き、何かに怯えるように震えだした。

「あ……ああ……っ」

直線上に見える何かが光ったような気がした。

「亮太!」

久保の声が聞こえた時にはすで遅く、避けることができずに幾つもの氷の柱に弾かれてしまう。

「ぐあぁーーーっっっ!!」

亮太は壁に叩きつけられ全身に傷を負ってしまう。

「よくも亮太をっ!」

久保は麗に向かって駆け出し、急に麗の視界から消えると腰を目がけて大きく蹴り倒す。

「ぐっっ!」

「レイ!」

悠梨が右手を凪ぎ払うように前に出すと、悠梨の周りに風が吹き荒れ、風の刃が久保を襲う。

久保はかわしきれず吹き飛ばされてしまう。

「姉さん!」

いつの間にか亮太は立ち上がり、悠梨の背後に回ると首を目がけて腕を振り上げる。

首を打ちつけられた悠梨はその場に倒れてしまう。

倒れたまま動かない二人を見て、久保と亮太は口を拭くと二人に近づく。

「あの方にお願いして、時間を早めてもらって良かったわ」

「今夜は満月だからな」

「ねえ、このまま倒しちゃう?」

「姉さん…こいつ、さっきから妙な気配を感じる」

亮太は倒れたまま動かない悠梨を見ると、久保と顔を見合わせる。

「この気配、もしかしたら…」

「…それより、俺はあの鏡を壊したい」

亮太は左を向くと、何かに恐れるような顔で遠くを睨む。

「成程な」

突然、背後から声が聞こえ、二人は驚いて振り返る。

校舎の入口にはトウマと滝河が腕を組んで立っていた。

「時の能力者…やっぱりあいつの仕業か。純哉の読みは当たったな」

「あの鏡を壊すことは俺が許さない」

二人は倒れたまま動かない麗と悠梨を見ると、舌打ちをして久保と亮太を睨んだ。

トウマの瞳は翡翠のような薄い緑色、滝河の瞳は薄い水色に変わっていた。

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