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再生 15 対立する月のありか

それは二月上旬のとある日だった。

「葵が覚醒したー?!」

放課後、麗、悠梨、梁木の三人は実月のいる保健室にいた。いつものように本やゲームの出来事を話し、一瞬何かを言いかけて悠梨が口を開いたその時、麗は驚いて椅子から立ち上がったのだった。

「……………レイ?」

麗の声に悠梨と梁木はそれぞれ違う様子で驚いていた。

「レイ、やばいよ」

悠梨の言葉に麗は教師の名前を呼び捨てにしていることに気づく。中西といる時は敬語を使わず話しているが、生徒と教師という立場上、誰かがいる時は敬語を使い呼び捨てにしないように気をつけていたのだ。

「しまった………」

麗は悠梨、梁木、実月が少なからず驚いてる様子を見て肩を落とす。

「…えっと…私と中西先生は幼馴染で、お姉ちゃんみたいな感じだったんだ。ユーリには話したけど、この学園って中等部から大学部までエスカレーター式で、その中で私は高等部からの転入組なんだ。最初は急に転入することになって悩んだし、中西先生も心配してくれて…あ、その時には中西先生はもうここの先生になってたんだけどね」

「それまで別の学校にいたんですね」

「うん、突然、決まってね。転入した時も中西先生はよく気にかけてくれて、二人きりの時はどうしても普段の喋り方になっちゃうんだ」

麗は梁木に向かって苦笑する。

「入学式の時にユーリと会って、寮も部屋は近いし、仲良くなったんだよねー」

悠梨と麗は顔を見合わせて笑った。

「でさ、さっきの話、あたしが土曜に補習に行った時に図書室から気配を感じて、行ってみたら中西先生がWONDERWORLDの本を読んでたの」

「じゃあ、パソコンがついたの?」

麗の疑問に悠梨は首を横に振る。

「ううん、あたしと中西先生が図書室にいた時に地震が起きて結界が張られたの。気になって外に出たら剣を持った骸骨の群れに襲われて…食堂の横にある鏡が光ったと思ったら、鏡からカードが現れて先生は覚醒したんだ」

「という事は、図書室だけが覚醒する場所とは限らないんですね」

「あの鏡、マーリの力を持つ滝河さんの剣が出てきたよね?」

「ええ、あの鏡から強い水の魔力を感じました」

三人が話している間、実月は煙草に火をつけると小さく吸い、煙を吐き出した。

「レイ、中西先生が誰のキャラか分かる?カードを使って、格闘技を使うようなキャラって居たっけ?」

「確かに葵は運動神経は良いけど…ゲームも第六章の途中までだし、思い当たる人がいないんだよね」

その後も三人は期末テストやまだ覚醒してない能力者のことを話した。

「お前ら、教室に戻らなくてもいいのか?」

実月が声をかけると、三人は時計を見て時間が経過している事に気づく。

「やばい!教室に戻らなきゃ」

悠梨が立ち上がると麗と梁木も立ち上がった。

麗は保健室から出る前に何かを思い出すと、持っていた茶色の小さな紙袋から何かを取り出した。

「先生、これ」

「あ?」

麗の手にはラッピング袋に入ったチョコチップクッキーだった。

「もうすぐバレンタインだからね」

麗は笑うと手を振って保健室から出て行く。

一人になった実月は溜め息を吐くと苦笑した。

「甘いもの、あまり好きじゃねぇんだけどな」



中央の階段を上ると、梁木は少し照れたような顔で麗を見つめた。

「レイ、ありがとうございます」

梁木の手には実月に渡したものと同じラッピングされた袋があった。梁木は小さく頭を下げると廊下を歩いていった。

二人は梁木とは反対の廊下を歩き、悠梨は何かを思い出すと麗の顔を見た。

「レイ、後いくつ残ってるの?」

「さっき実月先生とショウに渡して…後はトウマにカズさん、フレイさん……あれ?」

麗は指折り数えて、紙袋の中を覗くと何かに気づく。

「どうしたの?」

「一個多く作っちゃったみたい」

「マジで?他に渡す人は?」

「うーん…」

麗が悩んでいると、目の前の教室の扉が開いて誰かが出て来た。

「あっ、水沢さん、風村さん」

鞄とコートを持った女子生徒は麗と悠梨を見ると優しく笑った。

「倉木さん、帰り?」

倉木と呼ばれた少女は笑いながら首を横に振る。

「ううん、これから礼拝堂に行くの。じゃあね」

倉木は手を振ると廊下を歩いていく。

「倉木みちるさん、容姿端麗で成績優秀…クラスの男子達に人気あるのが分かる気がする」

「皆に好かれる女の子っていう感じ?」

二人は倉木を見送ると教室に入る。教室にはコートを着て帰り仕度をしてる生徒や、椅子に座りながら談笑する生徒が居た。

「でさー、倉木って女らしいよな」

クラスの男子の言葉を聞いて麗は男子生徒の顔を見る。そこには二、三人の男子生徒がピンクと赤のリボンで可愛くラッピングされた袋を持っている。中には手作りと思われるハート型のクッキーが入っていた。

「クラスの男子全員にこれ、配ったんだよな」

「しかも、手作り!」

「可愛いし、頭いいし、本当にいいよな」

男子生徒は照れたように笑って驚いてた。

悠梨は教室の後ろにあるロッカーからコートを取り出し机にかけてある鞄を持つと、麗に近づく。

「レイ、どこか行く?」

麗はコートを着ながら答えた。

「大学部に行って、トウマ達にこれを渡すよ」

麗は茶色の紙袋を肩の高さくらいまで上げて見せた。

「あたしは実月先生のとこに行こうかな?まだ気になることがあるしね」

「じゃあ、また寮でね」

二人は教室を出るとそれぞれに別れて歩き出した。


放課後、大野は礼拝堂に向かって歩いていた。難しい顔で何かを考えていて俯いている。

目の前で礼拝堂の扉が開く音が聞こえ顔を上げると、礼拝堂から高屋が出てきた。

高屋は大野に気づくと、微笑する。

「地司」

大野は高屋の顔を見るなり怪訝な顔をした。

「…称号で呼ぶの、止めていただけませんか?」

「良いじゃないですか。貴方は地司の力を持つ者、変わりはありません」

高屋は少しずつ大野に近づき、大野は一歩後ろに下がり警戒していた。

「私は認めたわけではありません」

「ああ…彼女の結末が貴方と同じとは限りませんしね」

高屋は意味ありげに笑う。話をしても平行線になると思ったのか大野は不快な表情で大きく息を吐いた。

「もう、いいです。…それで、礼拝堂に何か?」

高屋は笑い、何かを思い出したように目だけで後ろに立つ礼拝堂を見た。

「中にいる人と話がしたかっただけですよ」

高屋の言葉を聞いて、大野は礼拝堂に誰かがいることに気がついた。

「貴方は何かに気づいていながら、何かに気づかないかもしれませんけどね…」

高屋は大野の横を通り過ぎ高等部に向かって去っていく。

「失礼します」

高屋の背中を見つめ、礼拝堂の屋根に掛かる十字架を見上げると、大野は大学部に向かって走り出した。


空が暗くなり、日が傾き始めた頃、麗は礼拝堂を通って寮に帰ろうとしていた。

「トウマに、フレイさん、カズさん、喜んでくれて良かった。でも、後一つ…どうして多く作っちゃったんだろう?」

紙袋の中にラッピングされた袋が一つ入っていた。

歩いていると礼拝堂が見え、誰かが立っているのが見える。

「あれは……倉木さん?」

俯いて立っているのは倉木だった。コートを着ている倉木はぴくりとも動いていなかった。

倉木はゆっくりと顔を上げて瞳を開く。

倉木の瞳の色は紺色だった。

「!!」

覚醒してることに気づいたレイは驚き、辺りを見渡した。倉木の回りから濃い青色の光が広がり、礼拝堂を包む結界が張られる。

「やっと一人になったぁ」

その時、礼拝堂の回りから何十人もの男子生徒が現れた。

「クラスの皆!」

それは、さっきまで教室で倉木のことを話していた男子生徒だった。男子生徒の虚ろで目でふらふらと歩き、倉木の前に集まり始める。

倉木は麗の前で強気に笑っている。

「倉木さん?一体、どうしたの?!」

「だって、水沢さん、ずっと誰かが一緒にいるんだもん」

「え…?」

倉木が手を前に出して円を描くように振ると、倉木の周りに集まる男子生徒達は一斉に麗の方を向き、ふらふら歩きながら麗に近づく。

「そんな…クラスに能力者がいるなんて…。それに、いつも優しい倉木さんが…」

麗は何をしたらいいか分からず小さく震えていた。クラスに能力者がいること、普段見る優しい彼女が能力者であることに驚いていた。

「男子達、バレンタインだからってハートのクッキーをあげたら喜ぶんだもん。操りやすかったぁ」

倉木はけだるそうに喋り、楽しそうに笑っている。

麗は男子生徒が覚醒してるかどうか分からず逃げようとしたが、一歩後ろに下がった瞬間、麗の足元に青色の魔法陣が浮かび上がり、魔法陣が幾つもの氷の刃が吹き出した。

「きゃーーーっ!!!」

氷の刃は麗の足や制服を切り裂き、肌があらわになったところから血が流れる。

「日が沈み始める…。今日は満月、私の力が強くなる!」

倉木の目が光り、手を前にかざすと、倉木の回りに幾つもの魔法陣が浮かび上がり氷柱が現れると麗に向かって襲いかかる。

「あの人は注意してって言うけど、これなら余裕で遊べる!!」

倉木は高らかに笑い、次々に魔法を放つ。麗はどうしたら良いか分からず覚醒しても倉木の魔法をかわしたり、剣を生み出して魔法を弾くことしかできなかった。

男子生徒達はふらふらと歩き、徐々に麗との距離を縮めている。

「っっ!!!」

麗は何かを考え小さく呪文を唱えようとしたその時、結界の中が黒く濃い霧で覆われる。

上空から大きな炎の玉が降りかかり、倉木の放った氷柱は炎の玉にぶつかり溶けていく。

蒸気が吹き出して炎が吹き荒れる。糸のようなものが切れる音が聞こえると男子生徒は張りつめていたものが切れたように次々と倒れていく。

「な、なんなの?」

倒れていく男子生徒を見回した倉木は空を見回した。

どこからか風が吹き、炎は広がり燃える音が響く。

「炎で前が見えない…」

炎で視界が遮られる。麗も戸惑っていたが、倉木もまた戸惑っていた。

倉木の目の前に影が現れ、誰かが立っている。

「まさか彼女のクラスに能力者が潜んでるとは思いませんでした」

足音が近づき、炎の中から高屋が現れる。高屋の瞳は赤く光っていた。

「その力…男を誘惑して襲い、眠らせて操る夢魔サキュバス…」

高屋の存在に気づいた倉木は高屋を睨み、鼻で笑う。

「貴方だって同じじゃない」

「一緒にしないでください」

高屋は不快を露わにして、倉木を見下すように睨み返す。

「この気配、もしかしたら…」

炎で何も聞こえず視界が閉ざされた中、麗は誰かの気配に気づき始めたが、炎によって動くことができなかった。

「誰が来ようと構いませんが彼女に何かあっては困るんですよ」

「は?」

「気づいてるでしょう?今夜は満月、もう月は見えています。貴女の力が強くなると同時に僕の力も強くなる…」

高屋が指を鳴らすと、倉木の周りで倒れている男子生徒達が次々に消えていってしまう。

消えていく男子生徒を見ながら倉木は顔を歪ませる。

「消えていく…」

「関係ない人達を結界から出しただけですよ」

高屋は倉木に近づく。

「それにしても…あの方も悪い人だ」

炎に包まれた空間の中、高屋は礼拝堂がある方を向くと思い出したように含み笑いをする。

「私の邪魔をしないでよ!」

倉木の両手の爪が針のように伸びると、高屋に向かって襲いかかる。

「ああ、そうだ…僕は貴女と違って獲物はただ一人だけですよ」

高屋は顔だけで後ろを振り返り攻撃を避けようとしたが、避けきれず、右の頬に爪が刺さり頬から血が流れてしまう。

高屋は舌打ちをすると、倉木の胸の高さまで手を伸ばして心臓に近い場所に手を当てる。

「!!」

倉木は恐怖を感じてその場から離れようとした。

高屋の赤い瞳が怪しく光る。

「……交差する世界で眠れ」

高屋の言葉と同時に高屋の手が光り、倉木の身体が宙に浮く。

燃えさかる炎は次第に消えていき、黒い霧は薄れていく。

「結界が解かれていく」

麗は辺りを見回し、炎と霧が晴れるのを見ながら警戒していた。

炎と霧が消えると、そこには宙に浮く倉木の姿が見え始める。倉木の身体から紺色の気体が吹き出すと次第に消えていってしまう。

「倉木さん!!」

消えていく倉木を目にした次に自分の目の前に誰かが立っていることに気づいた。

麗の目の前には高屋が背中を向けて立っていた。

「高屋さん……?」

高屋を見て麗の表情が強張る。

沈黙の中、高屋が口を開く。

「……貴方が僕を警戒するなら振り向きません。…けど、今日は力を使いません」

振り向かずに、今にも消え入りそうな声で高屋は俯く。

麗は一歩後ろに下がり、様子を伺いながら答えた。

「一体、何が起きたの?」

「彼女の力を封印しました。もう覚醒することはないでしょう。彼女は能力者でしたが、まさか貴方に攻撃してくるとは思いませんでした」

高屋の言葉を聞いて麗は驚きを隠すことができなかった。

それと同時に高屋に対して不思議な感覚を覚える。

「…助けてくれてありがとう」

自分がどうしたらいいか分からなかった時に助けてくれた、そう思った麗は思ったことを口にした。

高屋は背中を向けたまま動こうとしない。

「…力」

「え?」

「今日はもう力を使いません。だから…振り向いても良いですか?」

高屋の声は悲しそうに聞こえたのか、麗は少し考えて小さく頷く。

「…はい」

その言葉を聞いた高屋が驚いているようにも見えた。

高屋はゆっくりと振り返る。結界が無くなり、気配が消えたのか二人の瞳の色は元に戻っていた。

高屋は困ったような難しい顔で麗を見つめる。

真っ直ぐな瞳で麗を見つめると苦笑した。熱い眼差しに麗の頬は赤くなる。

恥ずかしくなった麗は何かを思い出して辺りを見回すと、近くに落ちていた鞄と茶色の紙袋を見つけて手に取る。それを持つと、高屋の前に戻って紙袋ごと前に突き出した。

「あの、お礼というか…バレンタインで作りすぎたからっていうか、その、皆にも渡してるんだけど…良かったら、その…」

梁木や実月には普通に渡せたのに、真っ直ぐ見られることに慣れていないのか、麗はしどろもどろになっていた。

麗の言動に高屋は驚き、少しの間の後に苦笑した。

「本当に良いのですか?」

「………」

麗は俯いたまま答えようとしない。

高屋は茶色の紙袋に触れると、麗は反射的に手を離した。

「ありがとうございます。…ですが、次に会う時はどうなるか分かりませんよ」

高屋は強気に笑うと、急に視線を反らして足早に麗の横を通り過ぎ去っていく。

通り過ぎる高屋を見ながら麗は何かを考えていた。


高等部の校舎に入り中央の階段を上っていく。

少し前に差し出された、いや、突き出されたように見えたのは気のせいだったのだろうか。

目の前にいた女の子は顔を赤くして自分を見ていた。敵だということは忘れていたのか。

そんなことを考えながら高屋は立ち止まり、右手で持っていた茶色の紙袋の中身を開く。そこにはラッピングされたチョコチップクッキーの袋が一つ入っていた。

それを見た高屋は驚くと、再び階段を上っていく。

「貴方という人は…」

少し俯き顔を赤らめると照れたように微笑んだ。

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