再生 14 新たな強さ
一月も終わり、二月になるとあちこちでバレンタインの話が飛び交い始める。
高等部最初のバレンタインデーは誰にあげようか、何を作ろうか、クラスメイトの女の子もお菓子作りの本を片手に楽しく話しているのを見ていた。
それを思い出しながら、悠梨は大きく溜息を吐く。
「はぁー…」
足取りが重いのは寒さだけではなかった。
「折角の土曜に登校して補習なんてマジ有り得ないっ!期末テストはまだ半月もあるのに…」
とある日、悠梨は補習のために高等部にいた。休日の高等部は部活動の生徒を除いて人は少なかった。
「苦手な科学の補習も終わったし、寮に帰ろうっと」
悠梨は鞄を小さく振りながら階段を降りていた。
ふと、悠梨の顔つきが変わり、何かを思い出した。
「どうしてレイの側にいる?」
少し前に悠梨がトウマと会った時、トウマの言葉は別の事を言っているような気がしていた。
「あれは気づいてるかもしれない。でも…まだ、見ていたい…」
階段を降りたとこで悠梨の足が止まる。
「結界が張られていないのに力を感じる…?三階は二年生の教室と…図書室…」
悠梨は辺りを見ると左を向いて歩き始める。
図書室の扉は開いていた。入口近くの受付では図書委員が一人で様子を見ながら何かを整理しているだけだった。
悠梨は静かに入り扉を閉めると、辺りを見回しながら気配を探した。
製菓・調理と書かれた札が貼られている本棚に並ぶ本はいつもより少なく、それを横目で見ながら奥へ歩いていく。
「(確かこの棚はSF・ファンタジー…W0NDER WORLDがあるとこ)」
悠梨が角を曲がり本棚を見ると、そこには壁にもたれかかりながら本を読んでいる中西がいた。
「せ、先生っ?!」
「風村、どうした?土曜に学校にいるなんて…まさか補習か?」
中西は悠梨の顔を見ると、本をめくる手を止めて笑った。
「確かに補習だけど………っていうか、それ…」
中西の姿に驚いた悠梨が指を向けた先には、深い緑色の表紙の本があった。本は少し色あせていて表紙には金色の文字でW0NDER WORLDと書かれていた。
「ああ、これか?急に本が読みたくなったから図書室に来たんだが…面白い本を見つけたんだ」
悠梨は辺りを見回すと警戒した。
「(この本を探せるのは能力者だけ…さっきの気配は誰かが近くに…?)」
悠梨は様子を伺いながら中西に問いかける。
「先生、その本を開いた時に何かありました?」
「ん?……本を開こうとしたら、横の窓が開けっ放しだったせいか本が音をたててめくれてしまったんだ。一瞬、辺りが眩しくなってて思わず目を閉じたくらいだよ」
中西が横の窓を見ると、空気の入れ換えのためか窓が少し開いていた。
「どうした?何かあったのか?」
「い、い、いいえっ」
「ところで、風村…舞冬祭の時、私は倒れたんだよな?」
中西の笑顔が曇り、真っ直ぐな目で悠梨を見つめる。少なからず動揺している悠梨は中西の声に気づき、中西の顔を見た。
「その時、夢を見たんだ…舞冬祭で皆が楽しそうに踊っているのを見てると、突然、景色が変わって皆がファンタジー映画の登場人物みたいに空を飛んだり魔法を使ってたんだ…」
何かを考えて俯いた中西を見て悠梨は驚いた。
もしかしたら、舞冬祭の出来事を覚えてるかもしれない。
そう感じた悠梨は気づかれないように一歩後ろに下がった。
「(舞冬祭の記憶がある…?)」
「こんなことを言うなんて…レイが言うように、私も疲れてるのかもしれないな」
我に返ったように中西は顔を上げて悠梨を見ると苦笑した。
突然、下から突き上げるような大きな音が聞こえ、小さく揺れ始めた。
「地震?!」
「本棚が余り揺れてない…縦揺れかもしれないな」
中西は本を閉じて本棚に戻すと、すぐに周りを確認した。悠梨も辺りを見回して壁を見た。
「(地震と同時に結界が張られた?確か…図書室の隣は資料室……)」
「風村!ぼーっとしてないで、図書室から離れるぞ!」
悠梨が考えていると、中西は悠梨の手を引っ張り駆け足で図書室から出た。
図書室を出ると辺りは静まり返り、人の気配を感じなかった。
「静かすぎる」
「この時間ならまだ生徒達がいてもおかしくないんだが…」
「先生、とにかく外に出よう」
悠梨が右を向いて目の前の階段を降りようとしたその時、何かが鳴る音が聞こえる。それは次第に大きくなりカタカタと渇いたような音が重なっていった。
「誰かがいる……?」
音が大きくなり階段から剣が見える。
『!!!』
そこには大きな剣を持った幾つもの骸骨が階段を上って悠梨達に近づいていた。
『いやあーーーーっっ!!!』
二人は驚いて同時に悲鳴をあげた。それに気づいた骸骨の群れは顎をカクカクと鳴らして階段をかけ上がり始めた。
二人は廊下を走り、その後を骸骨の群れが追いかける。
「な、な、なんなんだ?!」
「有り得ない!気持ち悪い!」
二人は一度振り返ると、骸骨の群れは剣を振りながら人間のように走っている。
「五階の理科室にこんなに標本の骸骨があったか?!」
「先生!そんなこと言ってる場合じゃなくて…っ」
何かを思い返した中西の言葉に悠梨は呆れたが、再び状況を思い出して後ろを振り返る。骸骨の数が増えていた。
廊下を走っていると中央階段が見えてくる。
「風村、降りるぞ…」
中西が階段を降りようと視線を向けると、下からたいまつのようなもの持った骸骨の群れが骨を鳴らし階段を昇って近づいてきた。
「駄目だ…こっちだ!!」
中西は自分の状況を考えるよりも身体が先に動いていた。
立ち止まっていた悠梨も中西の後を追おうとしたが、何かに気づく。
階段の上の踊り場に誰かがいる。
そこには月代が階段を上ろうとしていた。月代は何かに気づくと立ち止まり悠梨を睨んだ。
「(月代聖樹…!!)」
悠梨は月代の右手を見た。
「(親指に黒い指輪…生徒会に所属してる?!)」
「風村!!」
月代の存在と指輪に驚いていた悠梨は中西の声で我に返る。
骸骨の群れが前と後ろから近づき、距離を縮めていた。
再び廊下を走り出した二人は、どうして骸骨の群れが動いているのか、自分達を追っているのか分からず走っていた。
走っている間も悠梨は月代のことを考えていた。
「(月代聖樹が覚醒してる?……まだ力が充分じゃないのに…)」
骸骨の骨の音がカタカタ鳴り響く。背後に殺気を感じながら、それでも二人は前だけを向いて走っていた。
「(…一人だったら力が使えるのに!!)」
結界が張られているのは分かっていても、悠梨には誰がいるか考えることができなかった。
やがて突き当たりに階段が見えると、二人は勢いよく駆け下りた。
一階まで降りて食堂が見えると、左から気配を感じて二人は同時に振り向った。そこには、地下に続く階段から何体もの骸骨が階段を這い上がっていた。
『!!』
二人は驚き、外に逃げようと体育館と講堂に続く廊下を見た。しかし、そこにはあるはずのない壁があった。
「壁だと…?」
「…先生!こっち!」
息切れしている悠梨は振り返り、別の廊下に向かって走り出した。
その時、悠梨の足に痛みが走り悠梨は足元を見た。そこには階段を這い上がっていた骸骨の群れが悠梨の右足を掴んでいた。
「痛っっ!!」
「風村!!」
中西は咄嗟に壁に掛けてあったデッキブラシを見ると、手に取り、悠梨の足を掴んでいた骸骨を凪ぎ払った。骸骨は壁にぶつかると、骨はばらばらになり動かなくなってしまう。
「風村!大丈夫か?!」
「はい」
二人は飛びかかる骸骨の群れから逃げ、食堂の横にある鏡の前までに追い込まれてしまう。
「…これは一体、何なんだっ?!」
やっと今までのことを思い出した中西はデッキブラシを構え、目の前の出来事に驚きを隠せなかった。
悠梨は走りながら色々なことを考えていた。
「(図書室から力を感じたら、次は地下から力が強くなってる…結界が張られてるのは分かるけど、誰か分からない…)」
力を使いたくても中西がいることで、どうしたら良いか分からなかった。
鏡の前で逃げ場を無くした二人は何が起こったか分からずうろたえている。
悠梨は隙を見て、大きな鏡を見た。何かを確認すると諦めたように息を吐き、意識を集中させた。
その時、中西は悠梨の前に立ちデッキブラシを構え直した。
「風村…大丈夫だ。私がついてる」
「え………?」
「私は教師になったばかりで、まだ未熟かもしれない。けど、生徒を守るのは教師の務めだ」
何が起こっているか分からない中、中西は恐怖に僅かに震えながら目の前の骸骨の群れを睨みつけている。その様子を見た悠梨は何かを考えて中西に呟く。
「先生!もし…もし、レイでも同じことが言える?!」
悠梨の言葉に中西は驚いて、あることを思い出す。
さっき読んだ本の中の少女は麗によく似ていた。その姿を重ね、麗が中西に言った言葉を思い出した。
「大丈夫だよ」
悲しそうに笑うその顔が忘れられない。
中西は俯いて口唇を噛むと一筋の涙が頬を伝う。
「ああ……レイは私が守るっ!!」
顔を上げて、何かを決めたその瞳は赤色に変わっていた。
「!!!」
突然、二人の後ろにある大きな鏡が光り始め、輝く光に骸骨の群れは動けなくなり、悠梨と中西は腕を前に出して光を遮りながら振り返る。
中西の手からデッキブラシが離れ、音を立てて廊下に倒れる。
光が消えていくと鏡が水のように震え、中から何十枚もの小さなカードが吹き出し、二人の頭上を舞う。
「これは……」
「……カード?」
表には様々な絵と文字が描かれてていて、裏は透き通った青色だった。
中西はぼんやりとそれを眺めていたが、一枚のカードを見つけると目を見開いてそのカードを掴み、知っていたかのように言葉を発動させる。
「降り注ぐ氷の刃、光り輝く疾風よ幾重に轟け…フリーズブラストッッ!」
その瞬間、中西の持っているカードが光り、カードから大きな無数の氷の刃が現れて骸骨の群れに向かって加速していく。氷の刃が光ると霧のようなものが吹き出して、骸骨の群れに直撃する。霧で視界が遮られ、その中から氷が砕ける音と骨が崩れるような音が響き渡る。
「先生、上っ!」
悠梨が声を上げると霧の中から剣を持った骸骨が飛び出して中西に斬りかかる。
中西は鋭い眼差しで骸骨を睨み、自分の目の前に浮いているカードに触れた。
「猛き狼の怒涛の牙…キラーファング!」
カードに描かれた模様が光ると、中西の両手指が光り指輪のようなものが現れる。そこから鋼の刺のようなものが伸びて爪の形に変化した。
中西は両手を交差させて骸骨の攻撃を弾き、拳を突き上げるように殴る。骸骨の手から剣が離れてのけ反る前に、胸を目がけて蹴り倒した。
「先生…」
力強い眼差しで骸骨の群れを倒していく中西を見て、悠梨は驚き胸は激しく高鳴っていた。
悠梨は中西が見ていないうちに、制服のポケットからリップクリームを取りだし、蓋を開けると大きな鏡に何かを描いていく。
「風村!」
中西の声に気づいた悠梨は、骸骨の群れが持っているたいまつを自分に向かって投げつけたことに気づかなかった。
悠梨は振り返り、瞬時に瞳の色が変わると鏡に魔法陣が浮かび上がり風が巻き起こる。
中西は宙に浮いているカードを見ると、一枚を掴み発動させる。
「慈母が施すのは聖なる防壁、クロスシールド!」
中西の持つカードが光ると、悠梨の目の前に光り輝く十字の壁のようなものが現れ、骸骨が投げつけたたいまつの炎は消えてその場に落ちてしまう。
中西は躊躇いもなく骸骨の群れを飛び込み、次々に倒していく。やがて、二人の周りに残ったのは幾つもの剣と骨の山だった。
「はあぁ…はあ……」
中西は呆然と立ちつくし、大きく息を吐いて呼吸を整える。骨の山と剣が砂のように消えていき、いつの間にか周りを覆っていた凍てつく空気も消えていた。
「(結界も強い気配も消えた……。二つの力で増幅したとはいえ…彼女の力と強さ…)」
悠梨は冷静を装っていたが中西の覚醒に終始驚いていた。
中西の拳にはめられた鍵爪は次第に消えていく。
落ち着いてきた中西は、悠梨の顔を見ると目を見開いた。
「風村…お前、その目…」
まだ二人の瞳は元に戻っていなかった。
「!!」
悠梨は驚いて警戒した。自分の置かれた状況も分からない中西が覚醒して、中西自身も戸惑っていたのだ。
「いった、い……」
中西が一歩ずつ悠梨に近づいていたが、張りつめていたものが切れたように意識を失い、その場に倒れてしまう。
「先生っ!」
悠梨は中西を抱きかかえて、座り込んだ。
「気を失ってる…。覚醒して力を使いすぎたんだ…」
中西の顔を見て悠梨は苦笑する。
その時、再び大きな鏡が光り、鏡が水のように揺れると中から誰かが姿を現す。腰まで伸びた髪に、顔には目立つ大きな十字傷、睨むような鋭い目つきの男性は悠梨の背後に立つと腕を組んだ。
「覚醒したか」
「ええ。滝河純哉は鏡に魔法陣が描かれていたのは気づいたみたいだったけどね」
悠梨の口調が変わり、優しい顔で中西を見る。
「葵はともかく純哉は私の力に気づかなくてはいけない」
「ひょう…いえ、静は相変わらず厳しいのね」
「暁と私を一緒にするな。…しかし、お前も楽しんでるみたいだな」
「あの子は力をつけている。もしかしたらできるかもしれない…。それに、彼女はこれからも強くなる」
「純哉も葵もまだまだ脆い。だから、お前はこんなことをしたんだろう?」
静と呼ばれた男性は呆れたようにため息を吐いて悠梨を見下ろした。
「この学園にはまだ能力者が潜んでる。まだ色々と見ていきたいの」
「お前も相変わらずだな。まあ、私達は喚ばれたら戦うだけだ……じゃあな」
静は不敵な笑みを浮かべると踵を返し、水のように揺れている鏡の中に入り消えていく。
悠梨は何かを思いながら大きな鏡を見つめていた。
日が傾く頃、五階の生徒会室では神崎が窓から外の景色を眺めていた。神崎は何かに気づくと笑い、振り返らずに口を開く。
生徒会室の入口には朝日が立っていた。
「どうだった?」
「大野を資料室に連れ出して結界を作らせ、俺の術でスケルトンを召喚しました。高屋の話通り、中西先生は能力者でした」
「………」
「そして、一年の風村悠梨は特に変わった能力を持っているようです」
朝日は一礼して中に入ると、ほんの少しだけ神崎に近づく。
「その大野はどうした?」
神崎の問いかけに朝日は少し苛ついたような顔をする。
「一連の動きを見た後、逃げるように礼拝堂に向かいました。…礼拝堂にはあいつの特殊な力で結界が張られていて、俺の力では結界を壊すことはできませんでした」
「そうか…。まあ、あいつは相楽斗真の呪いを解く方法が分かるまで、生徒会から離れることはないだろう」
神崎は振り返り、朝日を見ると冷たく笑った。
礼拝堂は薄明かりがついていて、中では大野が大きな十字架の前で跪いている。
「ごめんなさい………ごめんなさい……っ」
何度も呟き、何かを祈るように瞳を閉じて静かに泣いていた。
大野の右頬は赤く腫れていた。
礼拝堂の回りは淡く光り、外ではその白い光を見つめる一人の生徒が立っていた。