再生 12 嘘つきな風
あの時、私は講堂で舞冬祭の舞台を見ていた。
透遥学園は行事が多く、身体を動かすことが好きな私にとっては、舞冬祭は前から楽しみにしていた行事の一つだ。私が声をかけた生徒達が楽しそうに踊る姿は見ているこっちも楽しい気分になる。
レイと風村の出番になり、二人が踊るその時だった。
突然、舞台の袖にいた生徒や舞台を見ていた生徒や教師の姿が消えて、数人の生徒だけしかいなくなってしまう。
「何が起きたんだ……?」
何か嫌な予感がして、私は舞台の袖に隠れて舞台の上で起こる出来事を見ていた。
いや、目を背けることができなかった。
ファンタジー映画で見るような不思議な技を使い宙に浮く人、それは全て学園の生徒達だった。
舞台の中心には人形のように動くレイがいた。いつも人懐っこく笑うレイが、別人みたいに見える。レイが遠くに行ってしまいそうな感覚に胸が締めつけられた…。
俯いて状況を判断しようと考えていると、生徒の声が聞こえ、レイは淡い光に包まれている。光が消えるとその場に膝をついて倒れてしまう。
「レイ!」
その姿を見て、気づいたら私は舞台の袖から飛び出していた。
身体が震えている。
そこにいた生徒達は驚き全員の視線が私に集まる。私は皆の瞳の色が変わっていること気づく。
目の前の出来事が信じられず辺りを見回して、頭の中が真っ暗になって……気づいたら保健室のベッドにいた。
私は夢を見ていたのかもしれない。
夢か現実か分からない。
レイは小さい頃から一緒にいて、本当の姉妹のように仲が良かった。
私が透遥学園の教師になり、少ししてから急にレイがこの学園に転入することを聞いた。私は二人が離ればなれになってしまうことが心配で何度も話をした。
あの子と離れることを分かっていてレイは転入を選んだ。
「大丈夫だよ」
そう言って悲しい表情で笑うレイを見て、私は心に決めた。
レイは私が守る。
冬休みが終わり、休み気分も抜けて日常が戻っていた。
校舎の一階の廊下を歩く麗と悠梨は両手を擦りあわせ息を吐く。
「また寒くなったよね」
「本当…もう口唇かさかさ」
悠梨はスカートのポケットに手を入れて、白いリップクリームを取り出す。蓋を開けて口唇に塗ると、またポケットの中に入れた。
「あれ?またリップクリーム変えた?」
それを見ていた麗は悠梨の顔を見た。
「うん。あたし、すぐ乾燥するんだよねー」
悠梨は苦笑して、ふと、食堂の手前にある地下に続く階段を見る。
「ねえ、知ってる?地下にある広い倉庫」
麗は悠梨の指差した先を見た。食堂の目の前にある階段は半地下の倉庫に繋がっている。
「あ、ここだけ地下の階段があるよね」
「高等部の校舎は…昔、大きな医療施設でね、地下に霊安室があったっていう噂があるらしいよ。ほら、高等部の校舎の造りって病院みたいじゃない?マジ怖くない?」
「確かに教室の向かい側にも教室があるからね………って、やだ、脅かさないでよ」
途中までは話を聞いて頷いていた麗は、霊安室と聞いて顔色が変わり表情が引きつる。
二人が立ち止まって地下に続く階段を見ていると、後ろから声が聞こえた。
「水沢、風村」
『先生っ!』
何気なく声をかけた中西は二人が小さく驚いていたのを見て首を傾げる。
「何かあったか?……ああ、そうだ。風村、舞冬祭の時はすまなかった…」
中西は悠梨の顔を見ると申し訳なさそうに苦笑した。悠梨はすぐに理解して話を合わせる。
「あ…あっ!先生ってば、あたし達の出番の前に倒れちゃうんだもん。マジでびっくりしたよね、レイ?」
悠梨が何か焦っていることに気づいた麗も、話を合わせた。
「う、うん、きっと張り切りすぎたんだよ」
二人の様子に中西は首を傾げ、安心したように表情を緩める。
「そっか」
三人が話していると誰かの足音が近づいてくる。
「中西先生」
ゆるやかな茶色の長い髪、ジーンズにシャツというラフな服装、腕に上着を持つ女性が三人に近づいてる。
悠梨は女性の右手の中指にはめられている黒い指輪を見つけた。
「久保じゃないか、高等部に用事か?」
中西は久保と呼ぶ女性に気づくと久保に近づき、いつもの顔で談笑している。
中西と離れた二人は中西に聞こえないように話をする。
「ユーリ」
「何?」
「舞冬祭の時、私がルトの力を持った高屋さんに操られたって本当?」
冬休みの前の出来事を思い出した悠梨は、何かを考えて小さく頷く。
「うん」
「ごめん…ユーリは近づくなって言ってたのに…」
麗も何かを思い出して俯いてしまう。
「ゲームの世界でもレイナはルトの術にかかって操られたんだよね…」
「ゲームの登場人物と生徒会のメンバー…なんか似てる人がいると思わない?」
「そう言われたらそうかもしれない」
「放課後、保健室に行ってみる?」
「そうだね」
二人は中西の会話が弾んでいるのを見て、中西に声をかけてその場を離れ階段を上っていく。
中西も二人に気づき、手を振って合図を送った。
教室に戻る時も二人は誰かに聞こえないように注意をしていた。
「ところで、レイ。ゲームはどこまで進んだ?」
「第五章……カリルが有翼人で…精風士ルイアスと対峙したとこだよ」
急に麗の表情が暗くなり何かを考えながら胸をおさえる。
ゲームでは、幻精卿と呼ばれる妖精や天使、竜が住むと言われている場所で死霊を操る精風士ルイアスと出会い、カリルは千五百年前の聖魔戦争の時に起きた翼狩で生き残った有翼人という種族だった。過去を暴かれ、悪魔と天上人の混血児ということが明かされた。
ルイアスの攻撃によって気を失ったカリルの背中から純白の片翼は生え、もう片方には何も現れなかった。
先にゲームを進めていた悠梨も言葉を詰まらせる。
教室に戻るとほとんどの生徒は机の上に鞄を置いたり、上着を羽織っている。二人が話してる間に下校時間になっていた。
「…カリルの力を持つのはショウだね」
「ショウも翼が生えるのかな?」
「…分からない。ただ、あたしは生徒会が怪しいと思う」
「さっきの人も舞冬祭の時に舞台に立ってたよね?」
「うん、大学部二年、生徒会会計の久保杏奈。舞冬祭の前に中等部にいる弟の久保亮太も生徒会に入ったみたい」
「よく知ってるね」
悠梨の言葉に麗は少し驚いた。悠梨はよく色々な話を耳にするらしい。
「あっ!やばい!あたし、調理実習室に忘れ物してきた。レイ、先に保健室に行ってて」
「オッケー」
麗は自分の机の上に置いてあった鞄と上着を持って教室から出て行く。悠梨も鞄と上着を持つと、麗と別の方を向いて歩きだした。
一階の廊下の突き当たりには食堂があり、右手には第二プールに続く廊下が見える。
悠梨はその手前にある大きな鏡を見ていた。切ない顔で見つめ右手で鏡を撫でる。
「ここにいたか」
背後から聞こえる声に気づく。鏡越しにトウマの姿が見える。
「トウマ?ど、どうしたの?」
何か察した悠梨は焦って振り向いた。トウマはいつものように強気な笑みを浮かべてる。
二学期の終わり頃に、トウマから「さん」を付けなくても良いと言われ、麗と悠梨は呼び捨てで呼ぶようになった。
「その鏡が気になるか?」
トウマの目が何か別のことを言っているように見える。
「…え?」
「最初はお前が誰の力を持っているか、覚醒したのが誰か忘れたって言ってたか気にしなかった。が、俺が知らないと思ったか?どうしてレイの側にいる?」
「……」
トウマの言葉と視線に悠梨は言葉を失い、表情が少し変わったように見える。
「流石、かな?」
大きく息を吐いて笑う悠梨を見て、トウマは悠梨に近づく。何かに警戒した悠梨はトウマの横を通り過ぎ、そこからを離れようとする。
「お前に頼みたいことがある」
トウマの言葉に悠梨の足が止まる。
「食堂のおばちゃんが作るプリン、一週間分」
何かに反応して悠梨は俯いた顔を上げてトウマの顔を見た。
「今のお前なら好きだろうな」
その反応を見てトウマは楽しそうに笑っていた。
彼女は幾つもの本を抱え、図書室に向かっていた。
借りていた本を返し、その後、礼拝堂で静かに考え事をしよう。そう思っていた。
階段を降りていると、階段を上る足音が聞こえる。黒く長い髪、黒いスーツ、首元から黒いチョーカーが僅かに見える。神崎だった。
「大野」
「神崎先生…」
大野と呼ばれた女の子は、何か考え立ち止まり神崎から目線を反らしてしまう。
「最近、よく大学部に行っているらしいな」
「!!」
「私が知らないと思っていたか?」
「…………」
「…呪いのことか?」
大野と擦れ違おうとした時、神崎は立ち止まり大野を睨みつける。動けない大野は黙っているだけだった。
その時、神崎は右手を伸ばし大野の首を掴み、そのまま壁に押し倒す。
「知りたければ私の言うことを聞いていればいい」
神崎の右手に力が加わり、大野は顔を歪ませ、苦しそうに身体を捩り逃げようと咄嗟に両手で神崎の腕を掴む。右手の人差し指に黒い指輪が見える。
幾つもの本が階段に散らばる。
「…………」
神崎の瞳は赤く光っている。
神崎は右手を離し、何事もなかったように階段を昇り去って行く。
その場に立ち尽くす大野は階段に散らばる本に気づいて拾い上げる。自分の手に雫が落ちて、ようやく自分が泣いていることに気づいた。
「……トウマ様」
本を拾い上げると、足早に階段を下りていく。
高等部には礼拝堂があり、大野は図書室で本を返した後、礼拝堂の扉を開き正面にある大きな十字架の前に跪くと両手を組み何かを祈るように瞳を閉じる。
「(私は一体何をすれば良いのでしょう…)」
ついさっき起きた事を思い出し、自分の首筋に触れる。
「(早く方法を見つけなきゃ)」
大野が考え事をしていると、礼拝堂の扉が開き誰かが声をかける。
「熱心に祈っていらっしゃるのね」
大野はゆっくりと目を開き、後ろを振り返る。扉の入口には柔らかい笑顔の女子生徒が立っていた。
「…………」
大野は立ち上がり、警戒するように黙って様子を伺う。
「大野さんは、いつも私を避けているみたいですね」
女子生徒は困ったように苦笑して、少しずつ大野に近づく。
その時、再び礼拝堂の扉が開き、朝日が不快そうな顔で礼拝堂の中に入る。
「…朝日生徒会長」
「大野、匠様がお呼びだ」
朝日は大野を睨み、女子生徒の存在に気づくと、避けるような複雑な表情をして視線を反らす。
「すみません…失礼します」
大野は女子生徒に軽く頭を下げると、先に礼拝堂から出て行った朝日の後を追うように足早に去っていく。
女子生徒は去っていく二人を背中を見つめながら何かを考え、溜息を吐く。
「あーあ、あの子はいつ気がつくのでしょうね」
椅子に座り、何かを待つように笑っていた。
一週間後、滝河は一階の廊下の突き当たりにある鏡を見に廊下を歩いていた。食堂が見え、鏡が見えると何か異変を感じる。
「これは……?!」
近づいて鏡を手でなぞると、遠くから見ても近くで見ても気づかないくらいの何かがついている。
それが何か気づいた滝河は目を閉じて、意識を集中させる。すると、滝河の立つ場所から水が溢れて広がっていく。
それは校舎を覆うように広がり、どこかで水が止まる音が聞こえると滝河は瞳を開く。
その瞳は薄い水色に変わっていた。
「誰かがいる」
足音が二つ聞こえ、水のような膜に波紋が広がると二つの影が見える。
「これって…」
それは麗と梁木だった。
麗と梁木は辺りを見回し、目の前に立つ滝河を見て驚いていた。
「生徒会の滝河さん…?」
「確か水竜マーリの力を持つ人でしたね」
二人は意識を集中して瞳を閉じて、開くと麗の瞳は深い水色、梁木の瞳は紫色に変わっていた。
「一年の水沢麗と梁木翔…ちょうど良い」
滝河は麗を睨み、問いかける。
「あいつはどこだ?!」
「…………え?」
突然の出来事に麗は驚く。梁木は様子を伺っている。
「だから、あいつ……ティムだ!」
「ティム?」
滝河は声を上げ何かを待っているようだが、麗は聞き慣れない単語に首を傾げる。
滝河は舌打ちをすると、両手を前に出す。
「知らないフリをするつもりか」
目の前には先端に水色の宝玉がついた杖が現れ、それを両手で掴むと、力強く踏み出し麗に襲いかかる。
『!!』
麗と梁木は驚き、麗は瞬時に意識を集中して剣を生み出す。
滝河は杖を振り回すと麗に向かって何度も突く。麗は間一髪で攻撃をかわし、剣で杖を払おうとする。
滝河は杖を右手で持ち、左手を前に突き出す。
「水の精霊ディーネよ、数多の氷晶を纏い鮮やかな刃と化せ…」
滝河の左手から無数の氷が生み出され、それは滝河の周りを囲み氷の粒は刃の形に変わっていく。
「ダイアモンドブレス!!」
滝河が言葉を発動させると、滝河の後ろにある鏡がまばゆいくらいに光り、うっすらと何かが浮かび上がる。その瞬間、鏡から無数の氷の刃が現れ、速く不規則な動きで麗と梁木に向かっていく。
「レイ、危ないっ!」
梁木は麗の前に立ち、小さく呪文を唱える。
「風の精霊シルフよ、我が手に集い防りの壁となれ……ウインドシールド」
梁木が言葉を発動させると鏡が光り、麗と梁木の周りに風が吹き上がると球体状に覆い、滝河の放った無数の氷の刃は風の壁に衝突して粉々に吹き飛んで廊下に散らばってしまう。
「やはり、レイナとカリルの力を持つ者か…」
滝河は焦った様子で二人を睨んでいる。
「ショウ、今…鏡が光らなかった?」
「ええ、何かが見えたような気がします」
二人は滝河の後ろにある鏡を見た。二人の疑問に滝河は驚き慌てて振り返る。
鏡は弱く光っていた。
「そうだ…鏡!鏡に何かしたのはお前らか?!」
「………え?」
滝河の言っていることが分からず、二人は動きが止まる。
「そうか…」
滝河は何かを考えて俯くと、顔を上げて力強い眼差しで笑う。
「本当かどうか試してやる!」
廊下に溢れた水が揺れ、結界の中の空気が冷えていく。
「寒い……」
「結界の中の温度が下がっているみたいですね」
梁木は辺りを見回し、吐く息が白くなっていることに気づく。麗と梁木の周りに飛び散った氷の刃が光りだし、二人の足元の水が氷結していく。
『!!』
「捩れた水に潜む氷の化身よ、渦を反らし、力を示し我に従え…アクアトルネード!!」
滝河が呪文を唱えると、滝河の回りの水が渦を巻いていく。勢いを増し幾つかに分散すると、身動きのとれない二人に向かい加速する。鏡が光るとそこから突風が吹き荒れ、水の竜巻は更に加速していく。
「何、これ…足が動かないっ!」
麗と梁木の足元の氷は少しずつ厚くなり、二人は身動きがとれなくなる。
梁木はなんとか落ち着き、何か呪文を唱えている。
その時、二人の背後から声が聞こえた。
「フレアブレスッ!」
二人が驚き後ろを振り返ると、風のように炎が滝河の結界をすり抜け、麗と梁木の足元に張りつく氷を一瞬にして溶かしていく。
「ショウの防魔壁は間に合ったな」
その声を聞いて梁木を見ると、麗と梁木の周りに風のようなものが二人を覆っていた。
滝河の結界をすり抜けて侵入したのはトウマだった。
「義兄さん…」
トウマの姿に滝河は驚き、滝河の言葉に二人は驚いていた。