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再生 100 交差する世界と輝く未来

その瞳に映っていたい。

ただそれだけだった。

貴方にとって俺はただの気まぐれの選択のひとつだ。

宝石のような黄金色の瞳、悪魔のような笑みと巧みな言葉、怖いと分かっていてその瞳に映りたいと願った。

この物語に終わりはあるのか。

終わってしまったらどうなるのか。

貴方は興味をなくしてしまうのか。

自分に降りかかる可能性が怖くなった。

戯れでも構わない。

他の誰でもない、貴方の手で俺の目を閉じてほしいんだ。



声にならなかった。



『レイーーーッ!!』

「いやぁーーっっっ!!!」

名前を叫ぶ声と悲痛な叫び声が響き渡る。

倒れた身体から血が流れ出している。

「死んだか。次は…」

彼は笑いながら残る梁木や凛を見ようとした。

しかし、次の瞬間、彼の身体は地面に叩きつけられていた。

驚いた彼は見上げる。

そこには赤い光に包まれたトウマと、青い光に包まれた滝河が立っていた。

二人は怒りをあらわにして彼を睨んでいる。

「あの少女が死んだことによって怒りの感情に支配されたか」

彼は立ちあがり、翼を広げた。

広げた翼から幾つもの氷の矢が現れ、トウマと滝河に向かって放たれる。

二人は氷の矢に当たっても立ち止まることなく彼に攻撃を仕掛けていた。


大野は考える。

まだ間に合う。

死なせてはいけない。そう思っていた。

分かっている。

それまで俯いていた自身の身体から雷が放出されている。

頭の中で彼の声が聞こえた。

「そんなに魔力を放出したら倒れちゃうよー?……って僕の声は聞こえてない、か」

彼は冷たい目で楽しそうに笑っている。

大野は怒っていた。

大野は両手を前に突き出すと、身体から放出されている雷が目に見えないくらいの速さで彼に向かっていく。

危険を察知したトウマと滝河がほんの僅かに後ろに下がる。

雷は彼の首や胸にぶつかると全身に流れていく。

「ぐあーーーーっ!!」

精神を乗っ取られているとはいえ、身体は人間そのものだ。

身体中を流れる雷に彼は絶叫した。


トウマと滝河が戦っている。

大野が怒っている。

頭の中で理解しているはずなのに、何も考えられなかった。

物語と同じになってしまった。

ショックで身体が動かない。

ただ、自分の目の前で仁王立ちしているゴーレムは見えていた。

よく見ると、倒れている佐月と中西の前にもゴーレムが立っていた。

恐らく、大野が呼び出したものだ。

時間を巻き戻したい。

ほんの少しだけ考えることができた。

その時、凛はある言葉を思い出す。


「今、お前の頭に言葉が浮かんでそれを言ったところで何も変わらないぞ」


少しでも可能性があるなら願いたい。

大切な家族を死なせたくない。その気持ちが全てだった。

凛は言葉を紡ぐ。

どうか来てほしい。

「光と闇に立つ、移り行く空に生きるもの…、悠久の源!!」

声を震わせ、涙を流しながら祈った。

「お前の魔力だと、こうなるから止めておけって言ったんだ」

思った通り、彼の声がした。

けれど、それ以上は考えることができなかった。

凛は安心したように力が抜け、意識を失って倒れてしまう。

煙草の煙が広がる。

その姿に全員の動きが止まり視線が集まった。

「…実月」

トウマも驚いている。

凛の前には実月が立っていた。

「時か」

彼は気づいていた。

実月は時の精霊ザートだ。

「召喚者が意識を失えば呼び出されたものの滞在時間は短くなる。残り全ての魔力を使って俺を呼び出したんだ。貴様には後悔してもらおう」

実月は煙草をくわえたまま笑った。

その瞬間、地面が割れて、地面から幾つもの火柱が巻き起こる。

空間が灼熱の炎に包まれた。

炎と煙が消えていくと、実月は倒れている麗を見た。

「(物語をねじ曲げろ)」

そう思うと、実月の姿は消えていった。

空間に漂っていた煙草の煙が集まると人の形に変わっていく。

「はあ…、肝心の召喚者が気を失っていては元も子もないですが…」

煙から黒い服の裾が見える。

そこには伊夜が立っていた。

「響一様のお願いですもの。罪を教えて差し上げます!」

いつの間にか伊夜の両手には扇子が握られていた。海のような青色の扇子には時計の模様が描かれていた。

それを片手で器用に開くと扇子から冷気を帯びた風が吹き荒れる。

綺麗に切り揃えられ、腰まで伸びている黒い髪と服の裾が揺れている。

「覚悟はできていますか?」

伊夜は不敵な笑みを浮かべて扇子を振り上げた。


その間もトウマ達は攻撃の手を止めなかった。

「メテオブレイク!」

トウマが右手を上にかざすと、虚空から炎に包まれた隕石のような岩が生まれ、彼に向かって落ちていく。

彼は火傷を負いながら、隕石のような炎の岩をかわしていく。

「(大野、あいつは大丈夫なのか?)」

攻撃を仕掛けながら、トウマは大野を心配していた。

大野から流れていた雷が消えていくと、俯いて倒れてしまう。

「魔力を使いきっちゃったね」

意識がなくなる前に、頭の中でノームの声が聞こえたような気がした。

地面が揺れる。

倒れてしまった大野の身体が緑の光に包まれると、それは人の形に変わっていく。

そこに現れたのはノームだった。

「サア…トビッキリノオ返シヲシマショウ」

ノームは笑っている。

その瞳は鋭く突き刺さるようだった。

ノームが両手を広げると、巨大な雷の塊が至るところに生まれ、四方から彼を狙う。

「純哉!月代から離れろ!」

強大な力に気づいたのか、トウマは彼から距離を置いた。

それに気づいた滝河は逃げ場を探しながら呪文を唱える。

「アクアフィナーレ!」

滝河は両手を前に突き出して魔法を発動した。

ノームの放った雷を避けていた彼の周りに水が現れた。直方体の水に包まれると空気を奪う。

「(息ができない!)」

肌で感じるのは水のはずなのに、身体を動かすことができない。

それでも彼は身体を動かそうとする。

「人間ノ身体ニハ流レテイルモノガアリマシタネ」

ノームは滝河の魔法を見て思い出した。

直方体の水に包まれた彼に無数の雷の塊が直撃した。

水に反応して感電する。

彼の声は聞こえないが、水の中でもがき苦しんでいる。

伊夜の身体が透けていっている。

それに気づいた伊夜は不満そうな顔で倒れている凛を見つめた。

「時の眷属であり、他の精霊と違ってちゃんと実体がある(わたくし)が力を貸したのです。ちゃんと立ち上がりなさい…!」

認めたわけではない。

そう言おうとした伊夜の姿は消えていた。


物語の通りになってしまった。

動揺して足元が覚束無い。

それでも、一歩一歩と麗に近づいた。

麗の身体から血が溢れだして止まらない。

嘘だ。

信じたくない。

その気持ちだけが梁木の頭を支配している。

梁木は倒れて動かない麗の身体の前で立ち止まると膝をついた。

梁木の考えていることはただ一つだった。

カリルと同じように自分の腕を切って奇跡を起こす。

梁木は握っていた短剣を腕にあてがうと、躊躇いもなく引いた。

「ぐっ!!」

強い痛みに思わず声が出る。

「(これで、レイは生き返る!)」

痛みの後、切った場所から血が盛り上がり腕を伝っていく。

梁木の血が麗の身体に落ちる。

しかし、いくら血が流れても何も起こらない。

梁木は麗の手首を握って脈をとる。

麗の脈は動かなかった。

「……嘘だ」

梁木は呆然とする。

声が震える。

物語では彼女は生き返るはずだ。

考えなきゃ。

自分には呪印のせいで治癒魔法や光魔法が使えない。

もしかしたら、それが関係しているのかもしれない。

「…大野さん!!」

今、いる中でそれができる人物を思い浮かべる。

しかし、大野は気を失って倒れていた。

死なせたくない。

このまま覚醒が解かれたらどうなるんだろうか。

もちろん、皆は悲しむ。それに、一緒に卒業することはできない。

考えていると、胸が締めつけられる。

苦しい。

悲しい。

梁木は彼女への気持ちに気づいた。

仲間でありレイナの能力者である彼女が好きだ。

失いたくない。

カリルも同じ気持ちなのだろうか。

仲間達は傷ついても力尽きそうになっても何度でも立ち上がっている。

皆も気持ちは同じだ。

呪いなんて関係ない。


僕にしかできないんだ。


できないと決めつけてはいけない。

できるんだ。


梁木は血が流れているほうの手で麗の身体に触れる。

「空と海をたゆたう聖なる時の旅人よ、静寂の心と光の力を我等に与えよ…リザレクション!」

その瞬間、梁木の右頬にある黒い逆十字の呪印と黒い翼は消えていき、黒い翼があった場所に真っ白な翼が現れる。

梁木の手が淡い光りに包まれると、麗の身体から流れる血は止まり傷口が塞がっていく。

激しい運動をしたように呼吸が乱れ、額に汗が流れる。

その時、扉が開かれる音が聞こえる。

それに気づいた梁木達は後ろを振り返った。

閉ざされていた白百合の間の扉が音をたてて開かれ、まぶしいほどの光が溢れだす。

「白百合の間が…」

「開いた」

トウマと滝河は信じられないものを見るような目つきだった。

今まで白百合の間は開かずの間とされていて、中に何があるのか誰も知らなかった。

梁木もそれを見て驚いていたが、近くで何かが光っていることに気づく。

麗の身体が光っている。

麗の身体が白く輝き始めると身体は宙に浮かび上がり、突如、背中から純白の翼が現れた。

「レイ…」

奇跡が起きた。

その光景を見た全員は驚きのあまり動きを止めてしまう。

その光から目が離せなかった。

麗の瞼が動くと、ゆっくりと目を開いた。

「あれ?私…浮いてる…?」

麗は自分でも状況を理解できていない様子だった。

梁木達の視線が麗に向かっている。

その時、白百合の間からコツコツと足音が聞こえる。

誰かが出てくる。

黒のパンプスに暗いグレーの女性用のスーツ、腰まで伸びた艶のある髪、ただ違和感があるのは彼女の背中には純白の翼が生えていた。

その瞳は濃い青色だ。

「彼女も能力者…?」

梁木は女性を見て驚く。

まだ能力者がいたのだ。

女性は辺りを見回すと、胸の前で手を組んだ。

「赤き希望の光、転生の炎をともせ…フェニックス」

女性の頭上に見たこともない魔法陣が浮かぶ。それが輝くと、魔法陣から灼熱の炎を纏った大きな鳥が姿を現した。

「なんだ、あれ…?」

「見たことないぞ…」

トウマと滝河は灼熱の炎を纏う大きな鳥を見上げている。

灼熱の炎を纏う鳥が天に向かって鳴くと、凛達の周りを旋回する。

旋回した場所から赤い光が雪のように降っていく。

赤い光が凛達の身体に溶けていった。

すると、意識を失って倒れていた大野、凛、佐月、中西が目を覚ます。

ゆっくりと身体を起こしていく。

「これは…」

「……姉さん!!」

大野と凛は目を開けて、何が起きたか考えるより先に辺りを見回して麗を探す。

麗はどうなってしまったのか。

「姉さん…!」

凛が麗の姿を見つけて声をあげる。

麗の身体は白く輝き、背中に純白の翼が現れていた。

目を開けてこちらを見ている。それは生きている証拠だった。

一部始終を知らない佐月と中西は麗の姿に驚いている。

信じられないことが起きている。

諦めなければ願いは叶う。それは本当だった。

しかし、ただ一人、彼だけは不快な顔をしていた。

「光自ら現れるとは好都合だ。貴様も一緒に滅ぼしてやろう!!」

彼は右腕を天井に向ける。

手のひらから巨大な闇の球が現れ、炎と雷を帯びて膨らんでいく。

それを見ていた女性は怯むことなく両手を広げて呪文を唱え始めた。

「輝く息吹は闇を照らす、降り注ぐ幾千の光は未来へと導く」

初めて聞く言葉なのに、何故か知っていた。

麗も後に続いて唱える。

『今、限りない力で遮る全てのものを打ち消せ…』

思いの強さが未来を変える。

麗は両手を広げる。

柔らかい光が自身を包む。

どこか懐かしくさえ感じるくらいだった。

『ディバインブライトー!!』

女性と麗は言葉を紡いだ。

頭上に現れた巨大な光の球が現れると、勢いよく膨らんでいく。

「闇の力で滅ぼしてやる!!」

彼は叫ぶように声をあげる。

光と闇が激しくぶつかり合う。

光が闇を押し、闇が光を押していく。

何度かぶつかり合い、光が闇を覆っていく。

驚愕する。

それでも自分の力は揺るがなかった。

しかし、闇は飲み込まれ消えていってしまう。

光が彼を包んでいく。

「ぐあーーーーーっっ!!」

輝く光の波に飲み込まれた彼は力の限り叫んだ。

背中にある六対の翼は消え、額や首の回り、手首に浮かび上がっていた模様が消えていく。

力が抜けたようにその場に倒れてしまう。

今まで使った力の反動なのか、その身体はボロボロだった。

作り出された空間は消え、元の生徒会室が見え始める。

麗とトウマが一歩足を踏み出した時、生徒会室の空間が歪む。

歪んだ場所から誰かの足が見える。

生徒会室に来たのは結城だった。

「結城、先生?」

麗は結城を見て目を瞬かせる。

結城も彼と同じようにボロボロである。全身に傷を負っていて動きにくい様子だ。

辺りを見回すと、納得したように息を吐く。

「なるほど。私達を足止めしていた理由はこういうことか…」

足止めしていたということは、この場にいない誰かが結城と誰かと対峙していたのかもしれない。

結城とも戦わなければならない。

麗達は警戒する。

しかし、結城は倒れている彼の元に移動すると、その身体を抱きかかえた。

「背徳の王は消えた。…もう用はない」

結城は複雑な表情で月代を見ている。

「(これで良かったのかもしれない…)」

結城はそう思いながら凛の顔を見た。

「結城先生…」

どうして、そんなに悲しそうな顔をしているのか。

凛が理由を聞く前に結城は月代を抱きかかえたまま、どこかに消えていってしまう。

「終わった…?」

静寂が訪れる。

結城は月代を抱えたままどこかに消えていった。

麗の身体がゆっくりと地面に下りていくと、凛と中西は麗の元に駆け寄って抱きついた。

「姉さん!…姉さん!!」

「……良かった!」

抱きつく力は強く、二人の顔は見えないが声は震えている。

物語の通りにならなかった。

麗が死ななかった。

「…うん」

麗は安心したように笑う。

月代の魔法によって攻撃を受けた時からの記憶はないが、目が覚めると自分の身体は宙に浮いていた。

その時、麗はあることに気づく。

白百合の間の扉は開いている。

「白百合の間が開いてる!!」

麗が階段を上っていくと、梁木や凛達もそれに続く。

中を覗くと、そこには大きな机と椅子が目に入り、部屋の両端には幾つもの本やトロフィーが整理されて並んでいた。

「ここは…、会議室?」

麗はピンとこない顔で首を傾げる。

教室というよりは会議室や指導室のような雰囲気に似ている。

麗達の隣にいる女性がにこやかに笑う。

「ここは理事長室よ」

『えっっ?!』

女性の言葉に一同は驚く。

そう思うと、 確かに校内で理事長室というのはなかった。二階に応接室や副理事長室ならある。

ここが理事長室であることを女性は知っている。 ということは、彼女が理事長なのだろうか。

生徒手帳に理事長の名前はあっても、式や行事の挨拶はいつも副理事長だった。

そう考えていると、階段の下にいた中西は何かを思い出したように女性を指さした。

「もしかして…、さやかさん…?」

さやか、という言葉に麗と凛は反応する。


二人が願っていて我慢していたこと。

それが叶うかもしれない。


麗と凛が女性の方を見ると、女性は目に涙を浮かべて笑っていた。

間違いじゃない。

「麗、凛、会いたかった…!」

面影が鮮明に浮かび上がり、気づけば二人は女性に抱きついていた。

忘れるはずがない。

『お母さん!!』

麗と凛の顔は歪み、ボロボロと涙を流している。

やっと会えた。

ずっと会いたかった。

それを見ていた梁木達はただ驚いて、その様子を見ていることしかできなかった。

女性は中西を見る。

「葵ちゃんも大きくなったわね」

「はい…。って、待ってください!聞きたいことがあります」

最後に会った日から十数年もの月日が流れている。

自分は成長して教師になったが、女性はあの時とほとんど変わらなかった。

しんみりとして懐かしんでいたが、今は多くの疑問がある。

「さやかさんが理事長なんですか?」

中西は不安そうな声で質問する。

「ええ」

女性は頷いて答える。

理事長は実在した。

それが麗と凛の母親だった。

二人も中西でさえ知らなかった事実だった。

「でも、確か理事長の名前は成瀬明って…」

自分が教師として透遥学園に赴任した時、すでに理事長はいなかった。

副理事長から理事長は多忙で不在が多いと聞かされて、その時は特に気にしていなかった。

理事長の名前は書類や生徒手帳などで見ていたはずなのに、その人と目の前の女性が同じということが不思議に思える。

答えは簡単に分かった。

「成瀬は私の旧姓で、読みにくいけど明っていう漢字一文字でさやかって読むの」

『えっ?』

女性、(さやか)から説明で知った事実に一同はさらに驚く。

自分の母親の旧姓を知らなかったし、明と書いてさやかと読むことも知らなかった。

麗と凛が小学校にあがる前、叔母からこう言われた。

お父さんとお母さんは遠い場所で働くことになったの。

麗と凛が最後に両親と会った時、行かないでとわんわん泣いた。

もう会えないんじゃないか。

胸が引き裂かれそうなくらいだった。

でも、今なら分かる。

寂しかったのは母である(さやか)も同じである。

麗と凛のことを優しく抱きしめて泣いている。

「お、お母さん」

「ん?」

久しぶりに母と呼ぶ。

久しぶりに母と呼ばれる。

それが少し恥ずかしく感じる。

麗も今までの疑問をぶつける。

「お母さんは大天使ユルディスの能力者なの?」

大天使ユルディスはレイナとティムの母親である。白百合の間から(さやか)が現れた時、瞳の色が違い、背中には純白の翼がある。

それは能力者の証だった。

「そうよ」

「じゃあ、 本やゲームはお母さんが用意したの?」

麗は同じタイトルのゲームから物語を知り、また、図書室にある本と同じ内容である。

理由は分からないが、ゲームも本も明が用意したものではないか。そう考えたのだ。

しかし、明は首を横に振る。

「いいえ」

「後、どうして今まで白百合の間は開かなかったの?それに、あたしや姉さんが編入した時に、なんで姿を見せてくれなかったの?」

凛も質問する。

凛が編入する前から、いや中西が教師になった時から理事長は不在で、白百合の間は何もない場所だと告げられていた。

麗が一年生の一学期、凛が二年生の二学期に透遥学園に来た。

編入手続きを決めたのが明自身なら、顔を見せても良かったのではないか。凛はそう思ったのだ。

凛の質問に対して、明は悲しそうな顔で二人を見つめる。

「全ては私の大切な場所、大切なものを守るため。光の精霊ウィスプは私の願いを叶えるためにこの場所に宿り、私は来るべき闇の力に備えてウィスプと共に力を蓄えていたの」

ある日、理事長室に光の精霊ウィスプが現れた。

ウィスプは本の中の出来事が起こり、このままでは闇の力によって厄災が訪れると告げた。

二人同時に編入させることはできなかったが、麗も凛も透遥学園に編入できる手続きを組んでいた。

二人が編入して、悪しき力によって災いが降りかかるなら、自分がウィスプと共に理事長室で力を蓄え、来るべき時に備えようと決意したのだ。

三人は見つめ合う。

ふと、明は自分に向けられる視線に気づく。

明を見ていたのはトウマと佐月だった。

大天使ユルディスの能力者は麗と凛の母親だった。

以前、闇の精霊シェイドが見せた姿。シェイドは理事長だと認識していたのか。

疑問に思うことはあるが、明と目が合うと何故か動揺してしまう。

「あ、あの…」

今まで誰かと目が合っただけで動揺したことがあっただろうか。

やっと会えた気持ちと、今までの疑問、何を伝えようか分からなくなってしまいトウマは少し緊張してしまう。

その隣で佐月も緊張していた。

透遥学園の理事長が麗と凛の母親であり、大天使ユルディスの能力者だった。

「大天使…」

自分は大天使ユルディスに仕えていた巫女のフィアの能力者である。

明との面識は全くないが、その姿、彼女から溢れだすオーラは神々しく、大天使ユルディスの能力者と言われても納得できる。

やっと会えた。

その気持ちは佐月も同じだった。

気づいたら階段の下で彼女に向かって跪いていた。

「(麗も凛も、本当に大きくなって)」

明は改めて二人の成長を嬉しく感じていた。

二人が幼い時から仕事や 学園の運営で忙しく、伝えたいことや会話の手段は手紙やメモだった。

二人にとっては叔母、自分にとっての妹に任せっきりで親らしいことはできなかった。

そんな自分を母と呼んでくれることが何よりも嬉しかった。

「麗、凛」

感慨深く頷く明は二人の名前を呼ぶ。

「闇は消えた。彼ももう大丈夫よ」

彼というのは月代のことだろう。

「物語はもうすぐ終わる。今まで辛い思いをさせてごめんなさい。…最後に、私からの贈り物よ」

そう言うと、明は一歩後ろに下がる。

「本当にありがとう」

ゆっくりと瞳を閉じると、背中の翼が光りはじめる。

「マザーズギフト」

明が言葉を発動させると、明からまぶしいくらいの光が溢れだした。あまりのまぶしさに麗達は目を閉じて顔を背けてしまう。

少しした後、光が消えたような気がして麗達はゆっくりと目を開く。

「……?!」

麗は最初に見えたものに驚く。

明と凛の背中にある翼が消え、瞳の色は元に戻っていたのだ。

「覚醒が解かれてる…?」

「本当だ」

凛も明と凛を見て驚いている。

「これで終わり。物語に関わった力や体質は消えたわ。能力を封印された人の記憶が戻って、今までの記憶は残る。能力者同士が知っていて他の人には分からない秘密みたいな感じね」

明は階段の下にいる梁木達を見て優しく笑う。

能力を封印された者の失った記憶が戻り、能力や体質、恐らく、翼や呪印とかの類いが消えた。

物語の登場人物の能力を使っていたことは覚えてて、その記憶は残る。

能力者同士はそれを知って他の人には分からない。

確かに秘密みたいな感じだ。

麗が不思議な気持ちでいると、誰かが自分を見ていることに気づいた。

麗は振り返る。

白百合の間と階段の下の中間の場所にある人物がいた。

彼女はもういない。

何度もそう言い聞かせていた。

けど、確かに彼女がいる。

それは、以前、風の精霊シルフが作り出した仮の器、風村悠梨だった。

「シルフ?」

麗の質問に彼女は首を横に振る。

麗はおそるおそる尋ねた。

「…ユーリ?」

彼女が力強く頷くと、瞳を潤ませて嬉しそうに笑った。

悠梨がいる。

麗の瞳が潤む。

驚くより先に麗は階段を駆け下りて抱きついていた。

悠梨も麗を抱きしめる。

「どうしてっ…?!」

温もりも感じる。

ちゃんと身体はある。

どうしてか分からない。

でも、確かにここにいる。

麗はボロボロと涙を流している。

嘘じゃない。

「分かんない!!力は無くなってるし精霊の姿に戻れないの。でも、一つだけ分かる!」

悠梨も笑いながら泣いている。

もう一度、始められる。

「あたし達、ずっと一緒にいられる!!」

願いは叶ったのだ。

麗と悠梨は頬を寄せて笑いあった。

二人は幸せそうだ。

「シルフが風村さんの姿に…?」

大野はそれを見て驚いていた。

シルフが人の形に戻っている。

「と、いうことはつまり…」

それに気づいた時、耳元で声が聞こえた。

「大野ちゃん」

その声に気づいて振り返ると、そこには地の精霊ノームが作り出した仮の器、藤堂渉が立っていた。

「まさか、ノームも…?」

彼はシルフと同じように人の形をしてる。

「だから、渉って言ってるのにー」

藤堂は呆れている。

地の精霊の時は容赦はしない冷酷な性格だが、藤堂渉の時は言動が掴みにくく飄々としている。

「どういうつもりか分からないんだけど、この姿なんだよね」

いつも飄々としている藤堂が、驚いたまま自分の身体を見ている。

「これが大天使の力か光の力か分からないけど、力を失って人の形を得た。全てが終わって、この姿だとしたら精霊としての姿は必要じゃないのかもしれない」

物語に関わった力や技、体質が消え、能力を封印された人の記憶が戻って、今までの記憶は残る。

明の言うことが本当ならば、仮の姿を作り出していたシルフとノームは精霊としての力を失った可能性がある。

「でもさ、これで君と肌を重ねることができるね」

それは、人間への憧れなのかは分からない。

精霊にはない人間の感情が芽生えたのか。

それは彼にとっては特に問題のないことだった。

藤堂はそのまま後ろから抱きつく。

「智沙、愛してるよ」

その声は今までに聞いたことのないくらい優しかった。

大野の顔が赤くなり、抱きついてきた腕を振りほどいて藤堂から離れた。


全てが終わり、笑顔の輪が広がる。

もうすぐ春がやって来る。



半月後。

厳かな雰囲気の中、講堂に声が響く。

「これより、卒業式を行います」

麗達はまっすぐ前を見ている。

まだ実感が沸かない生徒もいれば、退屈で欠伸をする生徒、すでに泣いていて涙を拭う生徒もいる。

長くて短い学園生活にたくさんの思い出が詰まっている。

講堂の舞台の端から理事長である明が歩いてくる。

中央に置かれている台の前に立つと正面を向いて椅子に座る生徒達を見渡した。

明が一礼すると、麗達も揃えて頭を下げた。

マイクを通して明の声が響く。

「皆さん、卒業おめでとうございます」

明も麗達も晴れやかな笑顔だった。


卒業式とホームルームが終わり、麗達は校舎の外に出た。

まだ風冷たいが、少しずつ暖かくなっている。

校庭や並木道では生徒達が写真を撮っている。

その中に麗達はいた。

麗、悠梨、梁木、凛、大野、佐月は思い思いに撮影したり話に花を咲かせている。

「おーい!」

話をしていると遠くから声が聞こえる。

振り返ると、こちらに向かってトウマと滝河が歩いてきていた。

「トウマ!滝河さん!」

それに気づいた麗は手を振って応える。

「皆、卒業おめでとう!」

「春から大学生だな」

佐月は別の学校に進学するが、麗達は春から敷地内にある大学部に進学する。

「大学で色々なことが学べそうだしね」

高等部に比べると、大学部は数多くの学科や講義がある。

それに単純にこの学園が好きだということもある。

「兄貴や彰羅もいるから、またどこかで会うだろうな」

大学部は高等部より広いが、もしかしたら会うかもしれない。

滝河はそう思いながら凛を見ていた。

「あれ?」

それぞれ話をしていると、トウマがあるものに気づく。

「上着のポケットについているピン…、皆、色が違うな?」

麗達はそれぞれの胸元を見る。

「僕達も思ったんです」

「これって覚醒した時の瞳の色なんじゃないかって話してたんです」

梁木と凛も答える。

胸元には花が留めてあり、そのピンにはビーズのような飾りがついている。

麗は深い水色、凛は鮮やかな青、梁木は紫と、覚醒した時の瞳の色と同じだったのだ。

「そう言われると同じだな」

「覚醒で思い出したんだが…」

滝河があることを思い出して少しだけ声を抑える、

「彰羅から聞いたんだが、あの時、結城先生がボロボロだったのは、彰羅、暁さん、師匠がやったらしい」

あの時というのは、半月前に背徳の王ルシファーに乗っ取られた月代と戦った時だ。

突然、姿を現した結城はボロボロだった。

その少し後に鳴尾に会った時、自分と暁、静の三人で結城と高屋を足止めしていたらしい。互いに傷つき疲労したが、ここで足止めしないといけないと思ったと聞かされたのだ。

母である明の力によって物語の能力は無くなったが、その話を聞いて、改めて三人の強さを思い知る。

その時、凛は自分を見ている視線に気づいて振り返る。

保健室の前で実月が自分を呼んでいるようにこちらを見ていた。

凛は麗達に気づかれないように輪の中から抜けて実月に向かって歩いていく。

「実月先生」

「お、気づいたみたいだな」

実月は白衣を着ていなかった。

今日は卒業式だ。式典にも参列していたのは知っている。

実月は周りに人がいないことを確認すると、少しだけ声を抑えて話す。

「卒業おめでとう。お前も確か大学部に進学するんだよな?」

「はい、姉さんや大野さん達と一緒です」

麗と自分は推薦枠で大学部を希望し、大野と梁木は一般枠で大学部を希望した。

大野と梁木は初めは推薦希望した学校だけを目標にしていたようだが、後になって大学部を希望したらしい。

大野も梁木も別の学校を希望していて、やりたいことはあったと思うが、また同じ学校に通えるという気持ちは素直に嬉しかった。

「ところで…」

凛がにこにこと笑っている中、実月もふっと笑う。

「前に結城先生も聞いていたが、…お前は自分に何が起きたか知らないままでいいのか?ま、お前が知りたくない、もう気にしていないのなら別だがな」

実月の質問に凛の笑顔が消える。

大天使ユルディスの能力を持つ明の力によって物語の能力は無くなったが、今までの言動を思い返すと、実月と結城は自分に何が起きたか知っていると考えている。

忘れたわけではないが、麗と滝河に話してから深く考えないようにした。

過去を変えることはできない。

ならば、できる限り前を向いていきたいと考えられるようになったのだ。

どう答えても自分の自由だ。

今までは答えを聞くことが怖くて仕方なかった。

でも、今は少しだけ違う。

「知りたいです」

凛ははっきりと答えを出す。

「へえ…」

凛がそう答えると思わなかったのか、実月は意外そうな顔をする。

実月は周りを見て人が近くにいないことを確認すると、凛に近づいて耳元で話す。

「お前が意識を失った直後、覚醒した結城が転移魔法を使ってお前を寮まで移動させた。お前が結城の名前を叫んだ後、何もされていない」

転移魔法によって図書室から生徒会室に移動した後、神崎によって押し倒された。

制服の上着のボタンを外され、太ももを触られようとした。

「それって、つまり…」

実月の言葉を聞いて、複数のことが頭をよぎる。

それを察したように実月が言葉を付け足した。

「全く触られていないと言えば嘘になるが、それ以上のことはない。…俺が知っているのは他の精霊の過干渉を防ぐためだ」

最後の言葉に申し訳ないというような気持ちが表れている。

あの場所に結城が現れるのは分かっていた。しかし、時の精霊だとしても生徒が襲われているのを見るのは良い気分ではないし、自分が干渉しようとも考えていた。

そう考えながら実月は凛を見る。

「………!」

予想はしていたが、凛は大粒の涙を流して泣いていた。


綺麗なままだ。


凛が最初に感じたことだった。

高校生にもなればそれくらいは分かる。

もしかしたら、それ以上のことをされたのではないか。そう考えた時もあった。

けど、違った。

触られたことに変わりはないが、自分の身体が綺麗なままだという事実が何より嬉しかった。

「泣きたい気持ちは分かるが、今日はお前達の晴れ舞台だ。今は難しいと思うが、笑え」

今までの葛藤から解放された。

涙はまだ止まらない。

けれど、実月のいう通り、今日は門出の日だ。

「それに…」

実月は何かを感じて後ろを振り返る。

滝河を先頭に、麗や大野達が凛に気づいて走ってきていた。

「俺が泣かしてるみたいだからな」

実月は困った顔で笑う。

滝河達が心配そうな顔でこちらに向かっていることに気づくと、凛は指で涙を拭うと晴れやかな顔で笑った。

「はいっ!!」

凛が泣いていることにより、実月は責められた。

せっかくの卒業式なのに泣かせた、と。

滝河が不機嫌な顔で実月を見ていた。

結局、凛がフォローをすることによってその場は丸く収まったのだった。



「四月まで後半月だ」

「それまでは高校生だから、しっかり思い出を作っておけよ」

三月末まで高等部に在籍していることになっている。

それまでは、まだ高校生だ。

トウマと滝河は経験者として麗に伝える。

「卒業旅行の話もしたいね」

「そうですね」

麗は梁木を見る。

卒業したら、皆で旅行に行きたいと話していた。

「皆でショッピングモールに行かない?」

「いいですね」

受験勉強のために遊びは控えていた。

話の後にそのまま卒業旅行の買い物をしてもいいかもしれない。

凛と大野はそう考えている。

「皆でプリントシール撮ろうよ!」

「クレーンゲームもいいですね」

悠梨と佐月も話が合うのか楽しそうな顔をしている。



長くて短い三年間が終わった。

離ればなれになるのは寂しいが、新しいスタートが待っている。

それに、環境や住む場所が変わっても友情は変わらない。


たくさんの思い出を作ろう。

たくさんの笑顔と笑い声が広がっている。



そう思いながら桜の並木道を歩き出した。

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