弱き者
変な言葉を話す兵隊に連れてこられた僕らは収容所で悪くない扱いを受けた。
絵の中で動いて喋る人間を見せられたり、甘くふわふわした塊を食べさせられたり、僕らと同じ言葉を話す外国の大人にやさしくされたりした。他にも湯で体を洗うと不安になるくらいたくさんの垢が出ると知った。
手を使ってはいけないという奇妙なボール遊びをやらされていた時、僕と一緒に収容された名前が虫みたいな奴に体当たりされたので、そいつを殺しかけた。馬乗りで喉を押し込んでいると、大人に邪魔され、それ以来、僕は懲罰房行きだ。
とはいえ、父さんにやられたみたいに、手首もよじれないほど狭い木箱に詰め込まれたわけじゃない。何の罰もなかったし、大人は変わらず優しかった。
懲罰房は広くて、壁が白くて、僕の他にも大人が一人いた。そいつがあれこれ尋ねてきたのだ。
「君は暴力が好きか?」
好きなわけがない。
「じゃあ、暴力が正しいと信じてるのかな?」
僕は黙った。言われたことの意味がわからなかった。
「ここの食事、飽きない?」
大人は膝に抱えた弦楽器のようなものを爪弾いた。
「俺は飽きてきたな。特にあのスカスカしたパンときたら」
どうやらそれも弦楽器の一種らしかった。
「君らはしばらく家に帰れないそうだよ。目処すら立たないんだ」
ギミィという大人が楽器の弦を切りながら、教えてくれた。
「理由がわかるかい?」
やはりわかるわけがなかった。村に返されること自体、忘れていた。
「君らが戦場に戻される可能性が高いからさ。ここの大人達も君らの敵も少年兵を認めない」
僕らを処刑しないの?
「子供に生きていてほしいと願う人間の方が多い。そんな彼らが今の君らを守ってるってわけ」
僕は家族と村を守らないといけない。ここにいたら守れない。だから、帰りたい。帰って戦いたい。
懲罰房から解放された僕は、とにかく走って体を鍛えた。腕立てもした。ギミィから腹筋の鍛え方も教わった。手足を強くすることしか頭にない村の大人はお腹を鍛えようなんて考えたこともないはずだ。
僕は戦いに備えた。いつ来るとも知れない戦いに。
走って転んで起き上がれなくなった僕は懲罰房に戻された。
「食べなきゃ筋肉は太くならないんだよ」
ギミィは笑っていたけど、お腹をいっぱいにしてしまうと心が弱くなる。僕と一緒に来た仲間はみんな、何をどうすればいいのかわからないって顔になってしまった。戦場にいた頃のみんなは今の僕と同じ気持ち、同じ顔だったのに。
腕に刺さった管がおっかなくて、それを抜きたかった。僕まで何をどうすればいいのかわからない人間にされてしまうようだった。でも、管を抜いたらどうなってしまうのかわからなかった。
ここに来る前の僕はいなくなってしまった。今はみんなと同じ、何をどうすればいいのかわからない人間だ。
「明日から授業が始まるよ」
それは、ギミィが言うには平和な世界に入っていくための訓練だそうだ。敵を作らず、武器も使わない生き方を学べば、戦わなくてもいいし、家族が傷つけられることもないらしい。
「明日まで授業ができなかったのには理由がある。兵隊が医薬品や食料と交換したとはいえ、それでも君らは彼らの子供だ。育んできた価値観や文化がある。それらを壊し、育て直す覚悟を決める時間が必要だったんだ、ここの大人にはね」
わかるように言って。難しい言葉はやめて。
「授業を受けると、もう村には帰れないんだよ。君はそれでいいかい?」
ここを出るんだ。
夜闇にまぎれて走った。照らされた壁から登れそうな部分を探した。するとどうだ。あの言葉が聞こえてきたんだ。戦場で敵が使う外国の言葉が。僕に向かって叫んだんだ。
そうだ! ここは戦場だ!
銃弾が放たれた。何もかも突き抜けて広がっていくような大きな音がした。
みんな、目を覚ませ! 戦場だ! 戦え! 目を覚ませ!
脱走は失敗した。僕を捉えた手に全力で抵抗したのに、敵も僕も擦り傷すら負わなった。
だけど、僕らの抵抗は意外な戦果になった。敵は次の日の授業を取り止めた。
みんなはあの銃声で戦場に連れ戻された。手当り次第に壊し、敵を攻撃した。暴れに暴れまくり、平和な世界への仲間入りを断られた。
三度目の懲罰房はみんなと一緒だった。棍棒を下げた見張りがつくようになった代わりにギミィは来なくなった。いずれまた敵の情報を伝えに来るはずだ。
収容された時に奪われた僕らの銃がどこかに隠してあるか。そういう話を聞きたい。