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蝉日記  作者: 十匙謎人
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雨井卍

 雨井卍……こいつの話なくして今までの私は語れないほど、この男の存在は私にとってとても重要だ。しかし、尊敬や感謝の念はなく、ただ単にこの悪魔がいなければ私は人間にならず、蝉としてあの時死んでいただろうというだけの話だ。


 さて、これまで私は2人の人間についての話をしたが、こいつについては冒頭で様々な謎を残したまま、うやむやにしてしまったと思う。


 まず、こいつが悪魔である証拠について、実際のところ、私が願いを叶えてもらったのは、「人間にする」という願いと、こいつが泣く理由になった「人として生きる上で困らないようにする」という願い、これらはちゃんと叶う、もしくは機能されてはいるのだが、実際悪魔らしくはないと思っていた。


 何かを犠牲にするわけでもなく、かといって代償に呪いを……なんてこともない。こいつの特徴と言えばなんだろうか……。面倒見のいい奴、としか言えない。私の人間になってからの大好物ができたのも、いうなればこの悪魔のおかげなのだ。


 それは、私がまだ人間になって間もない頃、買い物というものを実践してみた時、財布代わりに雨井を同行させたことがある。


「悪魔、あれはなんだ」


「雨井です。あれはドラゴンフルーツですね。

 ちょっと前までは日本では珍しいフルーツでしたが、

 今の時代では割とちらほら見かけますね」


「ふむ。おっ、悪魔、これはなんだ」 


「雨井です。

 これは知育菓子といって、

 子供の知的快楽を刺激するような、化学食品ですね。

 よくわからない粉に水を入れて、

 よくわからない粉同士を合わせて、

 不思議な味を作る……ちょっと面白そうなお菓子ですね」


「ほほぉ、やはり人間は変わっているな。

 ……悪魔よ、この……アレに似たものはなんだ」


「雨井です。卍です。

 それはカレールーですね。

 カレーという食べ物があるんですが、通常は香辛料やハーブ、

 まぁスパイスと呼ばれる物を混ぜて作るものなのですが、

 これはそれらスパイスを企業が独自にブレンドし、 

 どの家庭でも調理しやすく固形に加工したものです。

 

 ある程度具材を煮込んだ後にこれを入れると、

 あっという間にカレーができる優れものです。

 多少の不味い煮物もこれさえ入れればおいしい晩御飯になるそうですよ。

 あと、世の中にはこれが大好きな人もいるので、

 『アレに似たもの』とかもう今後一切口にしたらダメですよ」


「へぇ、人間とは何ともこう……微妙な生き物だな。

 食べ物ぐらいもっと単純でいいではないか。

 にしても、お前はほんとに何でも知ってるな」


「あの、分かってます? 私悪魔ですよ?」


このように、私は雨井を歩く辞書としても使ったこともある。


そんな時だった。私の運命の食べ物に出会ったのは。  


「お、おぉ! 

 これは……みたらし団子ではないか! 

 知ってるぞ! 甘いんだろ!? 蜜なんだろ!?

 89円……買える、買えるぞ!

 雨井、出せるな!」


「え、あ、はい」


「買うぞ、これは買うぞ! 何個まで買っていいのだ!?」


「え、いや、まぁ、二つまでなら……」


「二つ……一つにつき3本入ってるから、6本だな!

 いいぞ、それだけあれば十分だ!

 感謝するぞ!」


「え、いや、どうも。

 あの、みたらし団子にかかっているのはあなたの思う樹液では……」


 雨井の言葉を無視し、私はレジに向かった。こうして私はあの麗しき最上の食べ物、みたらし団子と出会ったのだ。今でも1日1本は必ず食べている。糖尿にならないかという疑問については、「ならない」とだけ答えよう。理由は言わずもがな。


 さて、話がそれてしまった。では、これからこの男が悪魔である理由と、根拠について話そう。


 まず、人間の中での悪魔の定義とは、どういったものだろうか?天使の逆、神に追放された者、人間に災いをもたらす者。端的に言えば畏怖・嫌悪の代表格みたいなものだろう。人間同士でも酷いことを平気で行う者のことを「悪魔」とよく表現する。


 しかし、この雨井という悪魔は見てのとおり嫌悪の対象にはなりうるが畏怖の対象にはなりえない。大学教授として民俗学の研究をしていた私は、気になるあまり雨井に聞いてみたことがある。


「なぁ、雨井よ、お前は本当に悪魔なのか?」


「へ? いきなりどうしたんです?」


「いや、私は今までこうやって人間のことについて深く学んできたわけだが、

 どうもお前は人間の定義するところの悪魔とは何か違う気がしてならんのだ」


「あぁ……たしかにねぇ、かなり違いますもんね」 


「かなり違う?」


「えぇ、天使の反対という点では合っていますが、それ以外全く違いますんで」


「どういうことだ?」


「あぁ、じゃあ説明しましょう。

 んんっ、いいですか?

 まず、悪魔というのは、天使の反対なんです。

 では、天使の反対とはいったいなんなのか、考えたことってありますか?」


「おぉ、ないな」


「でしょ? そこなんですよ、大事なのは。

 根幹から説明しますと……」


 雨井の話によれば、悪魔と天使というのは、元は同じ種族なのだそうだ。どちらも同じ、人類を超越した者達として誕生する。誕生後しばらくしてから神のもとで自分のこれからの生き方を二つの中から選ぶらしい。


 一つは、人類を超越する者として、その力を人間のためだけに使う。もう一つは、人類を超越する者としての力を、自分の自由に使えるが、人類には絶対使ってはならないという条件付き。


 この二つのうちどちらかひとつの生き方を選ばねばならんようだ。天使になる利点としては、神は人からの信仰心で成り立っており、それを回収してくれる天使は、少し贅沢な暮らしを保障されている。

 

 一方、悪魔になる利点としては、信仰心もへったくれもないので、生活は保障されない。よって、自分で生きていかねばならないが、その分自由に使える力があり、正直どっちもどっちなのだそうだ。


「で、お前は悪魔を選んだと」



「えぇ。

 天使として人間に貢献するのもよかったんですが、

 一生をその縛られた環境で、何千年もいるのはなんだか怖い気がしたんですよね」

 

「そうか……そうかもな」


「だから、あなたが放ったあの言葉、私ちょっとだけわかりますよ。

 自分の残された時間は、どのくらい長いんだろうって、ちょっと怖いですよね。


 話がそれました。

 だから、悪魔は別に人に災いを振りまいてなんかいないんですよ。

 天使がたまたま救いそこねた願いを、我々が救っていないだけなんです。

 救いそこねた願いを、人は不幸や災いと呼び、

 救わなかった私たちのせいにするんです。

 ホントは、救えないだけなんですけどね」


「そうだったのか……。

 ところでそのダサいファッションも悪魔であることが理由なのか?」

 

「人がせっかくしんみり話したのに!

 あなたって人はもう……。

 ん~、そうですね、これも悪魔であることが理由かもしれませんね。

 

 先ほども言いましたが、

 悪魔というのはもともと持つ力が100%自分のものなんです。

 天使はその力の多くを人間のために使わねばならないので、

 実質の力の量は元々の40%程になってしまいます。

 それに衣服は神から支給されるので、自分で選ぶ必要もほとんどないんですよ」

 

「便利なんだか便利じゃないのか……」


「ほんとそうですよね。

 で、そう言った理由から悪魔は服も自分で選びます。

 派手好きな奴もいたり、クールな服が好きだったり、

 アロハが好きな奴もいます。

 でも、悪魔としての大きな弊害が、

 それらファッションを台無しにしちゃうんです」


「弊害?」


「えぇ。力があふれてしまうことです。

 人間でいうところのオーラとでも申しましょうか、

 我々の体の周りは、常に自身の力によるオーラが纏われています。

 しかし、服を着てしまうとどうしてもそのオーラとかぶってしまい、

 影響を受けてしまうんです。

 その結果、どれだけ鮮やかな物を着ていても、

 色が白黒になってしまうんです」


「へぇ……、ではお前が着ているのも、元々はちゃんとした色があったんだな」


「ありましたよぉ。全身キンキラキンのね」


「モノクロになっていいと思うぞ、そのファッションセンスは逆に」


 以上が、雨井の話した『悪魔』というものだ。こいつの理論で言えば、私は元々虫だったからこそ気まぐれで助けられて、元々虫だったから、人間になってからも泣きながら願いを叶えていたのだそうだ。まさか虫ごときにここまで使われるとは予想していなかったようだが。


 ちなみに雨井は普段私が家にいるときは外へ散歩に出かけていたり、庭で花を育てたりしている。散歩から帰ってくるときは5回に1回のペースで野良猫を拾ってくる。満面の笑みで「飼いましょうよ~」という雨井に最初は返事をしていたが、最近は面倒なので無視している。庭で育てている花も、たまに悪魔の力を使って育てようとするので、その時はちゃんと育てるよう除草剤をちらつかせて説教をする。


 また、呼び出しの呪文については私があまりに迷子を連呼するものだから、ある日悲しげに


「あの、うん、もういいですよ、

 召喚の呪文とか」


と言ってきた。


しかし、私自身割と気に入っているので、色んなバリエーションで迷子ネタは引っ張っている。


 こんな悪魔と、人間の女性と、いけ好かない同僚に囲まれた生活を私は送っていた。今思うと、その生活はどこか充実していたとも思える。もともと孤独に死ぬはずだったこの命が、とある悪魔の偶然で人として生かされ、そこから多くの人間と出会い、奇妙な仲間や助手ができた。奇跡と表現しても悪くない毎日だった。しかし、そんな毎日が、非常に恐ろしく思えてしまう出来事が私に起こった。



 その出来事こそが、私がこれを書くきっかけになり、私の人としての人生を大きく変える物にもなった。



  あれは忘れもしない。人間になって9年目の夏のことだった。

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