それからのこと
その年の夏は極度に濃厚な一週間があった他は、特に大きな問題もなく終えることが出来た。冱露木夫妻とあの女子大生は無事にアメリカへ出発し、一週間後エアメールが届いた。
「あの女子大生とはその後どうなのだ?」
「女子大生じゃありません、萩野桔梗って言う可愛らしい名前があるんです!」
アメリカに渡った後は元気にやっているらしく、冱露木の下で助手の仕事を覚え始め、円花さんからは料理などを習っていたらしい。作成した大学のレポートも三つほどかかってしまったが合格基準に達し、帰ってくる頃にはあらゆる仕事を遜色なくこなせるようになっていた。アメリカにいる間に5キロ太って帰ってきてしまったことがショックだったようで、しばらくは時雨君とフィットネスやスポーツをして懸命にダイエットをしていた。
彼女は冱露木の元で卒業するまでの一年余り、そして卒業してから約四年ほど助手として働き、冱露木と同じく数学教授となっていた。ちなみに彼女にも冱露木と同じく好きな記号という物が出来てしまったようで、『≈』という記号が好きだとのことだ。何でも『≒』と同じく「ほぼ等しい」という意味のある記号らしいのだが、彼女曰く、
「このカーブが良いんですよ。『そうなんだけどね』というのを体で表現しているように見えませんか?点々がついてる方も捨てがたいんですけど、あれはなんとなく万人受けしないなと思って、万人受けしてこそ、記号とは美を持つものですからね!あぁ・・・愛らしい。ペットになってくれないかなぁ」
・・・だそうだ。このことについてはさすがの時雨君も理解しかねると思ったが、「なんとなくわかる」だそうだ。つくづく女子というのは難しい。
さて、一方の冱露木夫妻はというと、円花さんは無事留学の単位を所得し、臨床心理士の資格まで取得していた。後に彼女は亜心大学専任のスクールカウンセラーとなり、私の研究室によく遊びに来る一人にもなったのだが、「面白い教授がいる」という理由で相談に来た生徒を私のところへ持ってくることもよくあった。仕方なくコーヒーやみたらし団子を差し出したりするが、そうしていくうちに分かったこともあった。
心に悩みを抱える者の大半は、まず「全くの赤の他人」という人物を持たない。ごく普通のことだと思われるかもしれないが、では、親しい友人だからこそ話せない事実という物はなかろうか。愛する家族だからこそ話せないことはなかろうか。通常人が抱える悩みというのはこのどちらか一方に相談できることなのだが、様々な原因が重なり、どちらにも相談できない事案が発生し、その結果精神的に疲れ果ててしまう者が多いように見える。円花さんはそうした生徒のケアをするにあたって、まずは自分がその赤の他人に、そしてそれでも解決できそうにない場合は我々という複数の赤の他人を作り、解決していたのだ。
さすが円花さん、つくづく驚かされる。冱露木はというと、アメリカでの特別講義の経験が印象深かったらしく、毎年春休みになると海外へ特別講義をするようになった。その間冱露木が浮気などしないかと数人の女子生徒は思っていたが、あいつのことを知っている我々は特別そのことを心配することはなく、ただ持って帰ってくる土産のセンスの無さに毎度呆れかえっていた。アメリカへ行ったのに扇子を買ってきたり、中国へ行ってきたのに日本のキャラクターのマグカップを買ってきたり、ついにはインドへ行ってきたのに星条旗を持って帰ってきた。そして不思議なことに、毎度理事長にはほとんど似たようなキーホルダーを買ってくる。
「喜ばれた物って、そればっかり買いたくなるじゃん?」
と、悪気も何もない純粋な理由だったことが、なおさら悲しく思える。ちなみに三十五を超えた辺りから冱露木の腰からぶら下がるチェーンの数は減っていった。最初はとうとう飽きてきたかと思ったが、子供が出来たのだ。奴が立派な父親になれるかどうかは怪しいところがあったが、悪い父親にはならないだろうと思っていた。
八足と靑羽さんについては、靑羽さんの方から話すとしよう。靑羽さんはその後もチーフデザイナーを続けていたが、結婚を機に退職。今はこの街の一角で夫と共に華屋を営んでおり、それなりの生活をしているようだ。ちょくちょく顔をのぞかせに行くたびに、ニコニコしながら靑羽さんは、
「きっとご所望になる日が来ると思いますから、その時はうち使ってくださね。めいいっぱい大きいの作りますから」
と、後ろで微笑む旦那の前で言ってくれる。靑羽さんのご主人は元考古学者で、うちの大学で特別講師をしていたことがあったらしく、私のことを知っていた。残念ながら私の方は彼のことを知らず、打ち解けるまでにしばらく時間がかかってしまった。ちなみに靑羽さんは苗字が「遠藤」になっていたが、周りからはなぜか「靑羽」のまま呼ばれていることが多かった。
一方八足についてだが、今でも夫婦仲良くやっており、子供は四人出来ていた。八足の会社は順調に右肩上がりで、あの夏から三年後には海外進出までしていた。ハードスケジュールの中、子供の面倒を見るのは大変なのではないかと心配していたが、旦那の一公が四人目の出産を機に仕事を辞め、育児に専念しているらしい。子供は両親ともに好いており、大変な時期もあったが協力して乗り越えているとのことだ。八足が忙しくなってからは一公と会うことが増え、家に遊びに行くこともあった。
一番上の子供はなぜか私に懐き、よく「セミのおっちゃん」と呼ばれる。どうやら私の奇行を八足が時雨君から聞き、それを八足が一公に話し、一公から子に伝わったらしい。あながち間違いではないそのあだ名に、しばらく微妙な面持ちで居ることがあった。八足の昔話をすることがあるが、大抵の場合私からではなく、一公の方から振ってくる。たまたま本人がいる前で話すことがあったが、八足は臆することなく、
「あれが私の全盛期だったわねぇ。あのころは輝いてたわ」
と武勇伝にしていた。
雨井については、特に書くことはない。あいつは今までもこれからも雨井卍という悪魔だ。腹の立つ声、腹の立つ顔、腹の立つふるまい、しかし私の命の恩人だ。そういえば、実はここ最近雨井に三つ目の願いをした、それについては最後に私のことを話すときにまとめよう。
さて、では私と、時雨君のことについて書こう。
その後、私と時雨君はしばらくの間普通だった。あの一週間が始まる前のように、朝は準備をしながらコーヒーを飲み、教室に向かう際は彼女が前を、私が後ろを歩く。昼には騒がしい研究室になり、夜はさっと片付けてしまう。帰りにカツ丼屋に寄り、公園で空を見て、分かれ道で別れる。たまの休日にどこか遠くへ出かけ、散々遊び、疲れて帰ってくる。そんな日々が続いた。彼女はいつの間にか私のことを「教授」とは言わずに「媛遥さん」と呼ぶようになり、その後すぐに「ハル教授」と呼ぶようになっていた。彼女の私の名前は何度か変わったが、私はずっと「時雨君」と呼んでいた。
同じような日々が二年続き、あの時と同じ日に、私はもう一度彼女に告白した。しかし、今度はあの時のような緊迫した言い方ではなく、いつもの公園で夜空を眺めている時にふと漏れたのだ。
「時雨君」
「はーい?」
「今日も空がきれいだな」
「はい。いつもきれいですね」
「あぁ。こうやって『綺麗だ』と言える人がいると、もっときれいに見える」
「あらら、それ告白のつもりですか?」
「はは、それにしては下手な口説き文句だな。でも、あの夏よりはマシになった、そうは思わないか」
「ははは、そうかもしれませんね」
「・・・時雨君」
「はい」
「・・・これからも、一緒に星を見てはくれないか」
「・・・はい」
何年も一緒に居たせいか、付き合うと言っても、特に日常が変わることはなかった。強いて言うなら、遊びに行く回数が少し増えたことと、彼女が私の手を取る回数が増えたことぐらいだ。しかし、互いが互いを好いていると知っているという事実は、何とも不思議な気分であった。付き合ってしばらくして、彼女は私の家に住むようになった。元々部屋が余っていたこの家に、住人が増えることは喜ばしいことだ。
ただ、彼女と住むようになってからは、雨井のことを学校でしか見かけなくなってしまった。雨井は気にも留めていない様子だったが、なんだかいつも居た者が何時も居る場所にいないというのは、どことなく寂しさの様なものを感じた。漱石もあの夜以降人語を話すことはなくなり、私の家は、普通の大きな家になっていた。
そこからまた三年の月日が流れた。三年たっても、私と彼女の生活は大して変わることはなかったが、喧嘩をしたり、互いに励まし合うことは増えていた。この時だ。いつか八足が言っていたことを理解したのは。たとえ恋人でも、夫婦でさえ、たがいに迷惑をかけ合って生きてる。その迷惑を『絆』と呼べ合えるようになれば・・・末永く一緒に居られる気がする。その時の私には、恐らく私が勝手に思っていただけかもしれないが、時雨君との間に絆と呼べるものがあった。
日々、ほんの少しずつ変わっていく日常。大きな目で見ればそれはほとんど変わってないのかもしれないが、顕微鏡で覗けば小さな変化であふれていた。その変化を、これから先も時雨君と共有したい。
そのためにも・・・
「闇に・・・あー、迷子のお呼び出しを申し上げよ」
「あーなんだろうなぁ。久々に聞いたけどなんか違うんだよなぁ」
「雨井、三つ目の願いを言おう」
「・・・いよいよ、ですね」
「あぁ」
三つ目の願いを、雨井はもう既に知っていたのだろう。雨井はただ一言、「お任せください」と言った後、星空へと消えていった。その後、雨井を見かけることはなくなり、亜心大学は新理事長、冱露木潤の就任を告げていた。
何度目のデートだっただろうか。やはり夕食はあのカツ丼で、やはりデザートをサービスしてもらい、やはり行きつく先はいつものあのベンチで、季節はちょうど夏だった。
「時雨君」
「はい、媛遥さん」
「結婚しよう」




